「一井さん、あともう一往復頑張りましょうか」
アルファ「はい……ぐっ…」
専門の先生に身体を支えられながら、俺は筋力が全く足りない両腕で平行棒を握り締め、一歩ずつ、一歩ずつ、歩行を行っていた。やがて専門の先生に指示された通り、平行棒を一往復し終える。
しばらく時間を掛けて乱れた呼気を整えた俺は、そのまま車椅子乗せられる。補助器具を使った単なる歩行であるというのに、俺の息は相当上がり、今でも肩で息をしていた。
「では、本日のリハビリはこれで終わりです。お疲れ様でした」
アルファ「…あの、俺は後どれぐらいで、歩けるようになるんですか?」
「それはまだ何とも言えないですが…一井さんさえ良ければ、あと三日後ぐらいには、一度松葉杖での歩行にチャレンジしてみますか?」
アルファ「はい、お願いします」
俺のリハビリを担当してくれている専門の先生…確か、理学療法士の先生と、今後のリハビリ予定について相談しているうちに、俺は車いすに乗せられて、自分の病室まで帰って来てしまった。
ちゃんと丁寧に、先生にお礼を述べてから、手持ち無沙汰となった俺は、また窓から街の景色を眺め始めた。
アルファ「…ん?あんな建物、無かった気がするんだが…」
全く変わらないと思えた街並みにも、よくよく目を凝らしてみると、少しずつ変化が見られることに、俺は最近気が付いた。地元…とは言っても、俺はこの近くに住んでいるわけではなく、友達と街に繰り出すだけであったので、微細な変化には気が付きにくいのだろう。
本日は、一月三十日で、俺が現実世界に帰還及びリハビリ開始から、約一週間が経とうとしていた。さっきの歩行訓練でさえも、まるで持久走を全力で走っているかのように辛いものであったが、これでもかなり回復した方である。
リハビリを始めた第一日など、全身の筋肉が悲鳴を上げるどころの騒ぎではなく、文字通り身体が痛すぎて、死ぬかと思ったぐらいだった。その他にも、二年間もずっと寝たきりであったせいで、関節にまで異常をきたしていたらしく、リハビリ前の屈伸運動でさえ、ズキリとつんざくような激痛が伴った。まさか、御年十七という若さで、身体の節々が痛い、という高齢者めいた事象に出くわすとは、俺も思いもしなかった。
また、初めてリハビリのために直立したその時は、視界が歪み、立ち眩みが酷かったものだ。何でも先生によると、俺の身体はこの二年間、筋肉の縮小を防ぐ為に電極を張り付けていたらしいが、それでも筋肉の劣化を完全に食い止めることは出来ず、今の俺は軽めの「廃用症候群」という病気を患っているらしい。
廃用症候群だなんて、恐ろしく仰々しい名前をしているが、その実は、長期入院患者にはよく見られるもので、しっかりとリハビリを行えば、特段命に別条があるというわけではないらしい。
アルファ「…しっかし、暇だなぁ…」
仮想世界に幽閉された後に、今度は病院内で軟禁されていると言っても過言ではない俺の数少ない暇つぶしの一つが、携帯電話である。
SAOを始める前までは、ゲームとか漫画とか、凡そ中学生が娯楽とするであろう何かに没頭していなかった俺には、病院内での娯楽というものが、ほとんど無かった。その中の一つが携帯なのだが…うん、俺が二年間眠っている間に、スマホはドンドン新しい機種を開発していたらしい。
俺の追っかけていたユーチューバーは、めっちゃ有名になってたり、或いは動画投稿止めてたり…と言うかそもそも、ユーチューブの流行りの動画が変わってたり…あぁそう言えば、俺が唯一読んでいた漫画も、いつの間にか完結していた。
…まぁ要するに、俺は完全なる浦島太郎となってしまったわけだ。正直なことを言うと、動画やネットを見ているこの時間さえも、俺は筋力回復に努めたいのだが、廃用症候群の症状の一つである骨萎縮のせいで、勝手な運動は禁止されているのだ。
なので仕方なく色々ネットなりなんなりで情報を取り入れているのだが、これはあくまで仕方なしにやっていることで、故にすぐに飽きてしまう。
アルファ「おっ、キリトから連絡来てるのか」
ふと、現実世界で圧倒的なシェア率を確立しているコミュニケーションツールを確認すると、キリトから「リハビリの調子はどうだ?」と、他愛もないメッセージが送られてきていた。俺も「マジできつ過ぎる。お前よくやり遂げたな」と適当な返事を返しておく。
俺が現実世界に帰還したその次の日に、キリトと菊岡さんなるエージェントと面会したのは皆さんご存じのことだろうけれど、その時に二人とは、連絡先を交換しておいたのだ。まぁ、キリトも流石に東京から長野までは移動が大変だろうし、何より、今はアスナのことで手一杯だろうから、暫くはこちらに来ることは無いだろう。それでも、こうして連絡を送ってくれるのは、凄く有難いことだ。
菊岡さんは、「何か知りたいことがあれば、いつでも連絡してくれ」と俺に言い残していたものの、今の俺には、もう仮想世界での二年間のことは、あまり考えたくはなかった。あの世界での日々を思い出すと、どうしても、君の姿がチラついてしまう。そしてその度に、君に突き付けられた言葉を脳裏に浮かべ、胸が切り裂かれるような激しい痛みを感じるのだ。この痛みは、リハビリなんかよりもよっぽど辛い。
…きっといつかは、あの世界で出会い、仲良くなった彼らに、連絡を取りたいとは思っている。だけど、今はまだ──
アルファ「…ん?」
ふと俺の耳に、誰かの足音が聞こえた。だけども、それは複数人の物であり…君が俺の病室までやって来てくれたのではないか、という甘過ぎる夢を見ることさえも出来ない。
……俺は今でも、君が俺の前に現れて、あの言葉は壮大な嘘だったのだと、笑いながらそう言ってくれるのを、心の何処かで期待しているのだろう。全く救いようのない人間である。
その複数人の足音は、俺の病室の前でピタリと止まった。…家族だろうか?いや、今はまだ昼間だ。全員揃ってやって来る筈がない。ならば、看護師さんだろうか?俺がそんなことを思っているも、中々扉は開こうとしない。
なので俺も、車いすを懸命に動かして、扉の方まで移動した。そして、やせ細った腕を使って、気合いで扉を開けようとしたその直前に、向こうから扉が開かれたのだ。
そしてそこから姿を現した人物の人数は、五人…五人は五人なのだが──
アルファ「……お前ら……久しぶりだな…」
その姿を見た俺は、図らずも、ニヤリと口角が上げてしまった。…こいつらの姿を見て、どうして笑顔を浮かべないでいられるだろうか。
対する彼らは、眼を大きく見開いたり、パッと笑顔を咲かせたり、或いはその顔に驚きを示したり、泣き出しそうな顔をしたりと、それは様々であった。俺が順番に五人の顔を眺めてから、声を掛けると、ようやく彼らも、声を発した。
「…歩夢…やっと目を覚ましたんだな…」
「SAO事件が解決されたのに、何時まで経っても歩夢が目覚めないから、うちらもかなり心配してたんよ?」
「全く、何回この病室に足を運んだことやら…」
「お、日葵の奴、嬉し過ぎて泣いてるのか?」
「…だって、歩夢が死んだらどうしようって…」
アルファ「…まぁ、なんとか生還出来たってことだ。皆に心配かけて、悪かったな」
若干一名、俺の意識が回復したことに本気で涙しているもんだから、俺も少々面喰いながら、あの頃と変わらない様子で、彼らに気兼ねなく接した。
彼女の涙も収まったことだし、ゾロゾロと五人は俺の病室に入って来て、足りない分の椅子は病院から借りて来たらしく、それぞれが腰掛けた。ちょっと前までは寂しかった病室も、今はかなり窮屈になってしまった。だが、俺にとってはそれが、凄く嬉しい。
俺の病室にお見舞いにやって来てくれた五人は、男子三名、女子二名の、俺が中学、小学時代、特に仲良くしていた友達である。あれから二年以上も経過してしまった今、最早旧友達は俺のことなど忘れて、新たなる舞台でそれぞれが楽しく生活を送っているだろうとばかり思っていたものだから、よもやこの場で再会できるとは思わなかった。
例え二年間、離れ離れになろうとも、俺のことを大切な友だと認識し、度々お見舞いに来てくれていたらしい彼らには、本当に頭が上がらない。現実世界に帰ってきて以来、トークアプリに何件か届いていた、かつての旧友達からの俺の身を案ずるメッセージに、もう俺のことなど忘れてしまっただろうと返信しないでいた俺は、馬鹿野郎でしかない。
そんな最高の友達である五人について説明しておこうと思う。
まず、中学時代から更に身長を伸ばしたらしい、高身長且つほっそりとした体型の眼鏡君の名前は、高山亮也だ。見た目通りかなり頭が良く、高校はさぞ良い所に進学したのだろう。
二人目は、身長は平均ぐらいだろうが、何せそのカッコイイ顔で中学時代はモテモテだった男、西野樹。中学時代は、イケメンの樹、可愛いの歩夢と揶揄されていた悲しき過去が、今俺の脳裏に甦った。
そして男性陣最後の彼の名は、大谷翔太。確か俺の記憶の中だと、彼は体格が良くて、少々ポッチャリしていた筈なのだが…どういうわけか、彼は筋肉マッチョになっているではないか。一瞬別人かと思ったが…うん。顔つきで、彼であることが分かる。
さて、お次は女性陣と行きましょう。俺よりも少し背の低い金髪の彼女は…中澤莉緒。…まぁ、一言で言うなれば、お茶目なトラブルメーカーだ。俺がその被害に何度巻き込まれたかを思い出すだけで、ゾッとする。
そしてもう一人は…あれ?確かに最後に見た時は、俺より身長が低かったはずなのに、今じゃちょっとだけ俺よりも高身長になってないか?御淑やかな雰囲気を纏った彼女の名は、若林日葵。かなり顔が可愛くて、中学時代では高嶺の花として、男子から屈指の人気を誇っておりました。まぁ、高嶺の花なので、当たって砕けろ玉砕告白した数多の男子は、軒並み振られてましたけどね。
…はい、簡単な人物紹介は、以上でしょうか。
アルファ「…取り敢えず、言いたいことがあるんだけど…いいか?」
一同「…」コクッ
彼らから無言の許可をもらった俺は遠慮なく、約二年ぶりに見た彼らの第一印象について語らせてもらおうと思う。
アルファ「…まぁ、まずは翔太」
翔太「俺からか」
アルファ「お前…めっちゃ変わったな。主に体型」
翔太「日本男児足る者、筋肉を付けるべきじゃないか?」ムキッ
アルファ「…そ、そうか。それは概ね同意するけど…次、亮也」
亮也「なんだよ。次は僕か」
アルファ「ちょっとぐらい身長寄越せ、不公平だろ」
亮也「身長は遺伝的なものだろう?恨むなら自分の遺伝情報を恨んでくれ」
アルファ「次は…樹…いや、特にコメントはないか…」
樹「おいおい歩夢!オレとの二年ぶりの再会だぞ!?何か、一言ぐらいあるだろ!?」
アルファ「じゃあ一つ…今、彼女いるのか?」
樹「あぁ、勿論な!」
アルファ「イケメン死ね。以上」
莉緒「うちのこと見たってことは、次はうち?」
アルファ「そうだな。相変わらずの厚化粧だな。莉緒は」
莉緒「相変わらずって何よ!?化粧して会うの初めてだと思うけど!?」
アルファ「最後に、日葵」
日葵「な、何かな?」
アルファ「亮也が身長分けてくれないらいしから、代わりに身長を縮めてくれ。俺の尊厳に関わる」
日葵「別に歩夢は、小っちゃくてもいいんじゃないかな。…可愛いし」
アルファ「……」
最後の一言に何も言えなくなってしまった俺を、五人は何処か意外そうな表情で見つめていたが、一体なぜだろうか。…あぁ、そうか。中学時代は必ずそれに反応して、言い返していた俺が何も反論しないからか。まぁ、俺も大人になったってことだろう。…相変わらず癪だけども。
一旦、一番言いたかったことを言い終えた俺は、ふぅと一息ついて、再び彼らに話し掛ける。
アルファ「それでは、質疑応答に移りたいと思います。何か質問のある方は挙手を──」
莉緒「はい!」
アルファ「どうぞ」
莉緒「手元に携帯あるのに、なんで歩夢はうちらに連絡してくれなかったん?」
アルファ「…てっきり、皆はもう、俺のことなんてどうでもいいかとばかり…」
莉緒「そんなわけないやん!うちらがそんな薄情者に見える?」
アルファ「いや、全く見えねぇな。みんな、マジでサンキューだ。…でも、だったらどうしてお見舞いに来たのが今日なんだ?俺が目覚めたの、一週間前なんだけど」
樹「そりゃオレ達だって…言っとくと、歩夢が目覚めたって言うその日にお前のおばさんから連絡来たんだぜ?…でも、その時はまだ、主役が病床に伏せてたからなぁ?」
五人に感謝の言葉を告げた俺は、なんとなくそれを訊ねてみたのだが、すると樹が、途端に口元をニヤニヤさせながらそんなことを言葉にして…日葵に視線を向ける。
日葵「い、樹!?」
アルファ「なんで日葵の方見てんだよ。…お見舞いに主役もクソもあるか」
莉緒「このタイミングで日葵が、インフルエンザに罹っちゃったんよ。だから、その治療に専念しててん。…まぁ、やっぱりお見舞い行くなら、五人揃っての方が良いやん?」
亮也「日葵はしっかりと、一週間以上安静にし続けていた。だから安心してくれ、歩夢にインフルエンザが移ることは先ず無い」
アルファ「それはナイスな判断だな、日葵。今インフルエンザに罹ったら、俺はイチコロだったぜ」
日葵「それで歩夢が死んじゃったら、私ホントに立ち直れなかったよ~」
…なるほど、確かに莉緒の言うことにも、一理あるだろう。やっぱり大人数で来てくれた方が、病室がいつもよりも騒がしくなって、俺も心なしか寂しさが軽減される気がする。
亮也が眼鏡をクイっと上げながら、データ的なことを述べてくれるが、それは誰もが既知のことである、無駄に賢っぽくするのは辞めていただきたい。俺は、この体が弱っている状態でインフルエンザを発症してしまう未来を思い浮かべて、彼女の選択を褒めると、彼女はほわんほわん笑っていた。
翔太「そんじゃあ、次は俺が質問してもいいか?」
アルファ「おう、なんだ?」
翔太「歩夢、身体が細くなり過ぎじゃないか?ちゃんと食べてるか?」
アルファ「今は、病院で出されたものしか食えねぇんだ。出された分は、ちゃんと食べてるぜ?」
翔太「そうか。…因みに、今後の筋トレ予定は?」
アルファ「そうだな。取り敢えず一通り筋力を回復させたら、ちょっと体を鍛えようとは思ってる」
翔太「ならその暁には、俺が色々サポートしてやる」
アルファ「そりゃ助かるぜ」
俺に聞きたいことが、俺の筋肉を心配する発言であったことから、俺の知らないうちに、翔太は筋肉に脳を支配されてしまったんだなと、哀れみの視線を向けておく。だが図太い性格は変わらないのか、彼はそれに気が付く気配は見えなかった。
流石に一週間も経てば、俺も御粥ではなく普通の病院食にありつけるようになったわけで、少し量は物足りない気はするものの、俺はその味には十分満足しながら、毎日の食事を頂いている。
やはり、SAOでは味わえなかった現実世界の味、そして、仮想世界では感じられなかった本物の食事という行為は、俺を虜にするに充分であった。
樹「じゃあ、そろそろオレも質問させてもらうぜ?」
アルファ「ん」
樹「退院したら、またソフトテニスやるのか?オレとペアで」
アルファ「…樹とペアかどうかは兎も角…どうだろうな。趣味の一環としてはやるかもしれない、ぐらいの気持ちだな、今のところは」
樹「おいおい、俺とペアでまた無双しようぜ?ソフトテニスやってた奴らは、大体硬式に浮気してったからさぁ」
アルファ「無双って…校内だけだろうが」
樹「それは触れたらダメだろ~」
二年前と変わらず、俺が樹の発言にしっかりツッコミを入れると、彼も何処か懐かしそうな表情で、随分と嬉しそうであった。
何を隠そう俺は、中学時代は部活動の一環として、ソフトテニス部に所属していたのだ。ゲームにも漫画にも然程興味を示さなかった俺が熱中していたのは、まさしくソフトテニスであり、それはもう、朝練から放課後練、更にはソフトテニスのレッスンなんかに参加していたほどだ。
そのせいもあって、俺は学業が余り宜しくなかったのだが…まぁ、その話は割愛させてもらおう。因みにだが、そこまでソフトテニスに打ち込もうとも、俺が手にしたのは校内ナンバーワンの実力ぐらいで、公式大会に出たとしても、良くて県大会の二回戦進出ぐらいまでしか成し得なかった。
樹と俺は鉄板ペアであり、そのせいもあってか、イケメンの樹に対して、キュートな歩夢という対比構造がより深く学校中で知らされる原因となったわけだ。…やっぱり、今思い出してみても腹立たしいな。
ソフトテニスを今後も続けるか、という質問に対して曖昧な返答をしたのは、単に俺が、あの頃のようなモチベーションを維持できるか、判らないからである。
日葵「じゃあ次は私が」
アルファ「どうぞ」
日葵「…歩夢は、何時ごろには退院できそうなの?」
アルファ「…さぁ?それは俺にも分からん。でも、俺が体力をある程度回復させて、歩行も器具を使えば可能、体調もあとは自然に回復していく、ってとこまで来たら、って感じらしい」
日葵「じゃあ、まだまだ退院は先なんだね」
アルファ「かもな」
日葵が俺の身を案ずるような表情でそれを訊ねてきたので、俺も少し真面目に、担当の先生から聞いた話をそのまま伝えた。
…俺が松葉杖を使って、日常生活動作をある程度は滞りなく行えるようになるには、後どれぐらいの月日が掛かって来るのだろうか。キリトは大体一カ月半程で退院できたとは言っていたが、彼と比べて更に二カ月ほど眠り続けていた俺が、同じように行くとは限らないだろう。
短く見積もっても一カ月半、長めに見積もるならば、二カ月半ほどなのだろうか。こればっかりは、俺の生きようとする努力次第なのかもしれない。ただ、そうなって来ると、厳しいのかもしれないがな…。
亮也「じゃあ最後は、僕から一つ聞かせてもらおうかな」
アルファ「大取りだからな、しっかりしたこと質問してくれよ?」
亮也「任せてくれ。歩夢は、まだ義務教育終えてなかったよな?」
アルファ「…まぁ、そうだな…」
亮也「だったら──」
亮也が意外なことを聞いて来るもんだから、俺もそう言えば、義務教育終了までのあと四カ月ほどの間、SAOに囚われていたことを思い出しながら、それに返事をした。
すると亮也…というか、その他四人まで、嫌な笑顔を浮かべながら俺を見てくるではないか。そして彼が放った言葉は──
亮也「──僕達が、歩夢の義務教育を修了させてあげようじゃないか」ニコッ
アルファ「…なん…だと…」ドンッ
亮也が、徐に自分のバッグから取り出した大量の書物は、大きな音を立てながら机に積み上げられた。…それは、嘗て俺が毎日のように持ち運びしていた中学生の教科書である。しかもどういう訳か、俺が所有していた教科書ではないか。
彼らがニコニコと俺の顔を眺めている理由を、俺はようやくここで何となく察し、大きく戦慄する。
亮也「歩夢のおばさんに頼まれたんだ。もし良かったら、勉強教えてあげて欲しいって。だから、今日から僕達が、歩夢の先生になってあげるってことさ!」
アルファ「いえ、遠慮しときます」
翔太「でもいつかはやらないといけない事だろ?今からやっとけば、後々楽だとは思うけどな」
アルファ「…でもなぁ…俺はアホだってこと、お前らも知ってるだろ?」
日葵「大丈夫。私達が、優しく教えるからね?」
莉緒「うちは勿論戦力外通告やけどね?」
樹「オレは…まぁ、中学生の問題なら、行けると思うぜ?」
アルファ「…」
勉学という苦手分野を渋る様子を見せる俺に対して、彼らは頼もしい返事を返してくれたのだが、若干一名、俺以上に勉強がチンプンカンプンだった莉緒は、この件に関しては丸投げするらしい。
…確かに、俺もいつかは勉強を再開せねばなるまい。しかもそれが、本来ならば俺は高校二年生なわけだし、約二年分以上の学業を、この頭の中に詰め込まねばならない状況での話だ。
一応、高校をどうするのかという点については、まだまだこれから両親と話し合って行こうといった感じなのだが、何にせよ、中学生としての勉学は、今のうちに学習しておいた方が良いのかもしれない…。
アルファ「…解った。今日から、よろしく頼む」
一同「「おおっ!!」」
どうせなら、友達に教えてもらう方が、楽しく勉強できるだろう。そう結論付けた俺は、軽く頭を下げてそう答えると、彼らはかなり驚きながらも、「良くぞそう言った!」と俺の英断を褒めてくれる。
そうして、早速俺は今から勉学に励むこととなったわけだ。これが、俺が現実世界に帰還してから、約一週間後の出来事である。
…この世界に戻ってきて以来、いつの間にか、俺の胸の中には、大きな穴がポッカリと空いてしまった。…きっと、その全てを補完することは出来ないのだろうけれど…それでも旧友たちの登場が、それをほんの少しだけ埋めてくれた気がした。
────────────────
「一井さん、いいですねー!これなら、もうすぐ退院出来ると思いますよ!」
アルファ「ほ、本当ですか?…まだ、かなりキツイんですけど…」
「いえいえ!かなり筋力が回復してきていますから、もうその内には、入院の必要はなくなってくるかと」
アルファ「なら、次の検査結果次第ってところですね」
俺が現実世界に帰還してから、約一カ月の時が流れた。俺は来る日も来る日も、リハビリを一所懸命に行い、友には勉学を教えてもらいながら、入院生活を送り続けていた。
…今の俺が、普通の生活を手にしたところで、一体何の意味があるのかは、分からない。だけど、ただでさえ俺は、二年間も家族や友人に迷惑や心配を掛けてしまったのだ。これ以上余計な心配を掛けさせない為にも、今は、退院というゴールを定めて、他のことはあまり考えずにいるべきだろう。
今日も一日のリハビリを終了し、松葉杖を突きながら理学療法士の先生と共に病室まで戻っていると、先生から、俺の筋肉的な健康はもう殆ど回復してきていることが伝えられ、もうすぐ退院も視野に入ってくることを教えてもらった。
俺はそれに少し喜びを覚えつつも、病室に戻ると、彼らから出された宿題に取り掛かった。アイツらも暇じゃないだろうに、わざわざ俺に宿題まで出してきやがって…本当に、嬉し過ぎるほどに良い迷惑だ。
俺が宿題を終え、暫くの間、軽く腕を動かして身体の筋肉を使ったり、スマホをいじったりしていると、今日もその時間がやってきた。俺の病室をノックする音が聞こえてくる。
アルファ「どうぞ」
日葵「おはよう、歩夢」
アルファ「おはようって時間でもないけどな。それに、ノックしなくてもいいぜ?適当に入って来てくれたら」
日葵「歩夢と今日会うのは初めてだから、「おはよう」なの」
どうやら、本日の俺の先生担当は、日葵らしい。中学時代と変わらない会話のやり取りを交わした俺達は、雑談も程々に、勉学に取り組み始めた。俺を教えに来てくれるのは、莉緒を除いた四人だが、その中でも特に、日葵の教え方は上手いように感じる。
今日の授業内容は、数学と英語だ。…うん、どっちも苦手なんだが、頑張るしかない。俺が唸り声を上げながらも、一通り今日の目標地点まで達すると、もう外は暗くなっていた。
アルファ「悪いな、今日も日葵に来てもらって」
日葵「全然気にしないで…私が、好きでやってるだけだから…」
アルファ「それでもだろ?…最近、ほとんど日葵が来てるけど、学校は大丈夫なのか?」
日葵「うん、順調すぎるくらいだよ。でも、後二週間後にあるテストが、不安かなぁ~」
アルファ「それこそ、俺を教えてる暇ないだろ…」
日葵「大丈夫大丈夫。ちゃんと帰って勉強してるから」
アルファ「全く、相変わらずの努力家だな、日葵は」
日葵「そう言う歩夢こそ、最初は一二年生の内容も怪しかったのに、今ではかなり頭に入って来てるんじゃない?」
アルファ「まぁな。これもお前らのお陰だ」
今日の勉強を終えた俺達は、そんな風に軽く雑談をしていたわけだ。流石に二年もブランクが空くと、真面目に勉強に取り組んでいなかった俺では、初めは中学一二年の知識でさえあやふやな状態だった。
そんな俺の様子に彼らは呆れていたが、それでもなんとか、俺も必死に食らい付くことで、かなり中学生としての勉学は、頭に入ったのだと思う。
日葵「…歩夢、だいぶ腕の太さ戻ってきたんだね」
アルファ「これでも、まだまだ細すぎるんだけどな」
日葵「私と、同じぐらいかな?」
アルファ「…それだと、日葵の腕が細過ぎるってことじゃねぇかよ」
日葵「フフッ、確かにそうかもね」
ふと、日葵が俺の腕を掴むと、自分の腕と並べて腕の太さを比べてきた。俺はそれに一瞬驚きつつも、他意なく他愛もない会話を続ける。するとその時、俺の病室をノックも無しにガラリとスライドし、中に侵入してきた人物が一人!
莉緒「…おっと?うちはお邪魔だったかな?」
日葵「り、り、莉緒!?」
アルファ「別に邪魔なんてことはねぇだろ。どうだ?莉緒も俺と一緒に、中学数学でもやるか?」
莉緒「やるわけないに決まってるやん。…もうすぐ、翔太も来るらしいし、軽くみんなでお菓子でも食べよか」
アルファ「今の翔太は、お菓子なんて身体のコンディションに悪影響が出る!とか言い出しそうだけどな」
日葵「確かにね~」
莉緒「アハハッ!間違いない!!」
とまぁ、そんなこんなで、俺は退院までの日々を着実に過ごしていったのだった。
別に筆者は、ユウキと再会させるなんて一言も言ってませんから(ド畜生)
次回の投稿日は、明日となります。
では、また第109話でお会いしましょう!