──やあ!
突然だけど、皆こんにちは!僕の名前は長田慎一。こっちの世界だと、レコンっていうキャラクターで通ってるんだ。
いきなりの私事だけど、僕はつい数か月前に、直葉ちゃんって言う女の子に、見事振られちゃいました!いや~、行けると思ったんだけどなぁ。何が足りなかったのかなぁ。今となってもそれは分からず仕舞いだねー。
そうそう、みんなが知っているかは分からないけれど、失恋ってかなり辛いものだよね?失恋の痛みは時間が解決してくれるってよく言うけどさ、僕に至っては、時間が経過するにつれて、傷心がドンドン辛いものになってきている気がするんだ。
だから最近は、そのストレス発散として、このALOって言うVRMMOの中で見つけたカップルを強襲しているんだよね~。まぁ、大体は返り討ちにされてるんだけど…。
そういう訳で、今日もイグドラシルシティで獲物を狙っているとなんと!男女二人揃って空へと羽ばたいていく姿を見つけたんだ!しかもどっちもかなりアバターが美形で、その上女の子の方は、装備的にも初心者。これなら僕でも、ハイディングからの闇討ちで倒せると思って、コッソリ彼らの後を着いて行ったんだ。
その二人はアルンの草原に降り立ってさ、僕も近くの大樹の後ろに隠れて、様子を伺ってたんだよね。そしたらさ~、まさかまさかのその二人、いきなりデュエル始めちゃったんだよね!ビックリするでしょ~?
でもこれなら、漁夫の利だって出来るぞって、僕も更に意気込んでたわけなんだけど……まぁ、兎に角凄かったんだよ。もう僕の理解の範疇を越えていて、そうとしか表現できない。うん。
イイ装備している男性プレイヤーは兎も角、初心者のはずの女性プレイヤーまで、滅茶苦茶強かったんだよ!?多分、偶に開かれるデュエル大会の決勝なんか目じゃないぐらいに、次元の違う戦いを繰り広げていたんだよね~。
それにさ、その二人の闘いは、今まで僕が経験してきた闘いの中で、一番人間らしい闘いだったと思うな。だってあの二人、すっごく動きが速くて複雑なのに、一切翅使ってないんだよ。こんなの有り得るのかなぁ~。
しかも如何やらさ、二人…と言うより男の子の方が叫んでいるのを聞いてみると、なんかあの二人仲違いしてるみたいだったんだよね。痴話喧嘩ってやつ?でも最早あんな規模で闘われると、最早驚天動地の大喧嘩なんだけどね。
男の子が叫び終えたと思ったら、今度は女の子の方が泣き叫んじゃってさ、もう二人の気持ちが可視化しちゃいそうなぐらいに、気持ちと気持ちのぶつけ合いだったよ。そんないつまでも続きそうな大接戦だったんだけど、遂に女の子の剣が、しっかり砕けたんだよね。
その時に男の子の方が、止めを刺すみたいにさ、女の子の顔の横に剣を突き立てたんだよ。あの時の彼、顔に似合わずちょっとカッコよかったなぁ~。僕もリーファちゃんにああいうアプローチ仕掛ければ良かったのかなぁ…。
そしてそれからはね、お互いに抱き締め合って、愛の言葉を伝えて……もう、これ以上はこっちも恥ずかしくて、見てられなかったよ…。
暫くすると二人はまた空に飛んで行っちゃってさ。僕はその場に取り残されちゃったんだけど…その時にはもう僕も、なんか満足しちゃって。
…何て言うんだろ。あのALO史上一、二を争う壮絶な戦いは、きっと僕だけしか見届けていないんだろうなっていう特別感と、あの二人の幸せが僕の心に伝播したような幸福感がさ、僕をそう思わせたんだろうね。
だからその日は、僕もそのまま適当に狩りに向かって、ログアウトしたよ。じゃあ、僕のお話はこんな感じで終わりかな。じゃあ、また何処かで!
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ユウキ「ボクも、アルファのことを、愛してるよ。…ホントはこれからも一緒に居て欲しいし、会いに来て欲しいんだよ…。…ありがとう、アルファ」
柔らかい君の身体を強く抱き締めていた俺は、長らく耳にしていなかった君からの愛の囁きをようやく受け取り、途端に心が幸せに満ちていくこの感覚を、全身で味わっていた。
暫くの間、無言のままにお互いの身を強く抱き寄せていた俺達は、何を言うでもなく唇を重ね合わせ、君が今ここに居てくれる幸せを実感する。やがて長いキスを終えた俺は、君の頭を優しく撫でながら、訊ねた。
アルファ「ユウキ、今から会いに行ってもいいか?」
ユウキ「え、うん…でも、もう遅いけど大丈夫?」
アルファ「あぁ、大丈夫だ。ただ、明日も学校あるからそんなに長くは居られないけど…明日も放課後にはそっちに行くから」
ユウキ「…うん。アルファが来てくれることは、先生に伝えとくね」
アルファ「サンキュー。そんじゃあ、一旦街に戻ろうぜ。この世界だと、宿屋と自分の種族のテリトリー以外じゃログアウトし辛いんだ」
ユウキ「へぇ、そうなんだ。じゃあ案内よろしくね」
アルファ「おう」
俺がユウキの右手を取って、翅を羽ばたかせると、ユウキもそれに倣って、左手でコントローラーを握りながら、翅を動かし始めた。まだ彼女には随意飛行を教えていないが、それもまた明日から、伝えて行けばいいのだろう。
行きとは違って君と手を繋ぎながら、俺達は短い空の旅を始めた。俺の左手から伝わって来る君の熱が、とてもとても心地良くて、ふと隣の君を眺めると、君も心なしか嬉しそうに、俺に笑い掛けてくれる。
これまた行きとは違って、帰りはほんの一瞬で目的地まで到着してしまった。俺はユウキと手を繋いだまま近くの宿屋に入り、部屋を借りようとするも…。
アルファ「二部屋借りるか?それとも一部屋?」
ユウキ「同じ部屋で良いよ。ボク、今更そんなこと気にしないもん」
アルファ「それもそうか」
些細な会話に、また笑顔を綻ばせつつも、宿屋の受付で一つだけ部屋を借りた俺達は、そのまま部屋へと向かった。部屋に入った俺は、こちらの世界では初めて宿屋を訪れたであろうユウキが、キョロキョロと辺りを見回しているのを微笑ましく眺めながら、彼女に声を掛ける。
アルファ「宿屋なら、フィールドとは違って即時ログアウト出来るから、ログアウトボタンを押せばすぐ…あぁ、この世界だと寝落ちっていうログアウト方法もあって、それを使うと違和感なくログアウト出来るらしいけど…」
ユウキ「ん~…また細かいことは、後から色々聞こうかな。取り敢えず時間も時間だから、早くログアウトしないと」
アルファ「そうだな。んじゃ、また後で──」
ユウキ「──ま、待ってっ!」
そう言えばユウキには、ALOのシステムやらゲームの方向性やらをも説明していなかったなぁ、と反省しつつも、ユウキの言う通り、今から俺が最短で病院に向かっても、その頃には午後八時ぐらいになるだろうから、急いでそちらに向かうべきだと判断した俺は、ログアウトボタンを押そうとメニューウインドウを操作する。
するとその時、いきなりユウキが、俺を呼び止めたのだ。
アルファ「どうした?」
俺が短くそう訊ねると、彼女は少し恥ずかしそうに、俺を上目遣いに見てくる。
ユウキ「…あっちだと、ボクはアルファに接触できないからさ、もう一回ここで、ぎゅーってして欲しいな…?」
アルファ「…分かった」
ユウキ「ん…ありがと…」
ユウキにそう言われて、途端に頭の中が、あの現実に引き戻された気がしたが、一旦そのことは置いておいて、俺はもう一度、彼女を強く抱き締めた。暫くすると、彼女が満足してくれたようなので、俺も抱擁を解いて、一先ずの別れを告げてから、ログアウトボタンを押した。
徐に、我が家となってまだ一カ月の天井を認識し、現実世界へと戻ってきたことを把握した俺は、すぐにユウキの元へと向かうべく、行動を開始した。
服装はずっと制服のままだったので、特に着替えることも無く、部屋の電気を落とし終えた俺は、自転車のカギを取って玄関を出る。急ぎつつも、ちゃんと玄関の鍵を閉めて、駐輪場へ向かった俺は、白色のシティサイクルに乗り込み、最寄り駅へと向かって行く。
いつの間にか雨は止んでいたようで、雨上がりの夜空を、無数の人工照明が、都会特有の輝く明るさを創り出していた。タイミング良く来てくれた電車に乗り込み、揺られている間に、滝のように流れてくる今日の出来事を、俺は思い返していた。
…やっとのことで君に出会えたと思ったら、出会い頭にまた距離を置かれそうになって、俺は心がポキンと折れ賭け…いや、軽く心が折れてしまっていた。二度もユウキに拒絶されるという事実が、俺の意志力を、決意をも根こそぎ奪ってしまったのだ。
それでも、ふと倉橋先生やキリトの語り口を思い出し、俺がそれを訊ねようと、君に話し掛けようとしても、君は全然俺の言葉を聞いてくれなくて、そんな君の様子に、嘗て君が俺に言った言葉の鸚鵡返しではないかと、本当に久しぶりに…それはまだ、コンビを組んで日が浅かったあの日以来に、俺は君に対して、激しい怒りを覚えたのだ。
だけどそこで怒りを発露しても、仕方のない気がしたもんだから、でもどうしようかと思って、俺は八方塞がりに遭っていた。その時ふと、君が贈ってくれた言葉を一つ思い出して、それを実行するべく、君を無理矢理にでも、仮想世界に招いたんだ。
こうして思い返してみると、君が積み上げてきた言葉こそが、最後まで俺を支えてくれたお陰で、この結果があるんだってことに気が付かされる。
そしてそれから急いで自宅に帰った俺は、服を着替える時間さえ惜しくて、そのままアミュスフィアを被り、ALOにログインした。ALOにログインするのは、アインクラッドが出現した日ぶりで、あの日はもう何も考えれないまま、ホルンカの村の宿屋でログアウトしていたので、俺はそこからのスタートとなった。
当然、寄り道することもなくイグドラシルシティまで移動し、出来るだけ君の手にしっくりくるような軽めの片手剣を購入した俺は、この街の初期スタート地点に移動した。
程なくしてやってきた君は、耳の形が変わったこと以外、髪色さえも変わらず、約束通りここにやって来てくれたのだ。どちらかと言えば、多分君は来てくれないんだろうな、って少し諦めがちに思っていた俺は、少し呆気に取られていた。
それからの君は、今までに見たこと無い程に冷たくて、そんな他人行儀な対応を取られるとは夢にも思ってなかった俺は、勿論少しだけ…いいや、相当に傷付いた。
それでも兎に角、俺は君をデュエルに誘ったんだ。その代償として要求された事柄は、俺にとってはかなり厳しいものだったけれど、負ける気なんて更々無いし、負けられないって分かっていた俺は、それを受け入れた。
君の言葉の通り、ぶつかれば俺の気持ちも伝わるし、君の気持ちも伝わってくると思っていた。だけど、君から伝わって来るものは「迷い」一色だったんだ。本当に知りたいことを、君から何も感じ取れなかった俺は、思わず声を荒げてしまったのだ。
そして俺は、己の気持ちを嘘偽りなく全てぶつけ、それで君が本当に辛そうな表情を浮かべていたけれど、それでも君の本当の声が聞きたかった俺は、迷わず君にぶつかり続けた。
それが正しかったのかは、分からない。でも結果的には、君は俺に、その気持ちをの深奥をぶつけてくれた。よもや君が、あそこまで複雑怪奇な心を抱いていたとは、俺も想像さえ出来なかったけれど、そんな君の根幹を見せつけられても尚、俺は君が好きだったんだ。
もしかしたら、俺も自分では気が付いていないだけで、君と同じように淀んだ心を隠し持っているのかもしれない。いつの日か君のように、俺も似たような過ちをしてしまうのかもしれない。
…いや、もう俺は失敗していた。あの世界に居るうちに、現実世界での君に踏み入ろうとしていなかったという、許されない大きな失敗を犯していた。
君が俺の変化を恐れたように、同時に俺も、君の関係性の変化を恐れたのだ。俺は弱い。その押し問答は以前にしていたはずなのに、結局また弱さに押し流されていた。そんな弱さが、俺の根幹にある醜悪さなのだろう。
だからこそ俺は、今度こそ君と些細なすれ違いをも起こさないよう、これから君と過ごす日々の中で、俺の弱さを曝け出そうと思う。ちゃんと伝えようと思う。
気が付くと、いつの間にかユウキの待つ、横浜港北総合病院の最寄り駅に辿り着いていた。その病院の威容を眺めながら、歩みを進めるに連れて、重い現実が途轍もない重力として、俺の身体に纏わりつくようだった。鉛の方な足枷で縛られているかの如く、段々足が重くなってくる。
……ユウキの命は、刻一刻と終わりに近づいている。しかもそれは、俺よりも圧倒的に早いペースで、なのだ。いつかその時が訪れることを予感し、足が竦む。背中がゾクリと震える。
…頭では理解しているつもりなのだ。だけどそれはあくまで、「つもり」であって、それを鮮明に理解するだけの気概が、俺には無いのだろう。
先生が打つ手なしと判断している以上、最早俺がどうこう出来る問題ではないことも、分かっている……分かってはいるのだ。だがこんなの余りに酷過ぎるだろう!?何故ユウキなんだ!?どうしてユウキがこんな目に遭わなければならないのだ!?
この残酷な現実に対して、途方もない怒りが湧き上がって来るが、それを吐き出す行方は知らない。
……あぁ、いっそのこと、空からボタンでも降って来てはくれないだろうか。全人類の半数と引き換えに、君の病気を完治させられるボタンでも、俺の手元に現れてはくれないだろうか?
ならば俺は迷うことなく、そのボタンを押すのだろう。大勢の人の幸せなんかよりも、俺なら君の幸せを選ぶ。…でも、そんなことをしたら、君はきっと悲しむだろうな。そんな現実逃避をしているうちに、とうとう病院の前までやって来てしまった。
……ダメだな。俺が弱気になってたら、それこそどうしようもない。先生は確かに、ユウキがSAOに幽閉されている間は、不思議と病状の進行が抑制されていたと、そう言っていたではないか。
ならばあの頃のように、俺が…ユウキの仲良くしていた人たちが、彼女の傍に居れば、ユウキもまだまだこれから、長く生きて行けるはずだろう。
そう思うことで、何とか気持ちを切り替えた俺は、病院のエントランスに入場し、受付のナースさんに、「紺野木綿季さんに会いに来たのですが、何か彼女から聞いていませんか?」と訊ねると、名前と身分証明書を要求されたので、学生書を呈示する。
すると、本人確認が完了したようで、看護師さんから銀のプレートを受け取った俺は、説明された通りのエレベーターへ向かい、最上階まで昇っていく。
…そう言えば、何だかんだで俺は君の本名を知ってしまったけれど、君はまだ俺の本名は知らないんだなと、そんなことを思っているうちに、最上階へと到着する。
エレベーターから降りると、そこには倉橋先生が待機していた。
アルファ「先生、こんばんは」
倉橋「ええ、こんばんは。…驚きましたよ。先程とは打って変わって、まさか木綿季くんから、アルファ君がここに来るから、受付の人にそう伝えて欲しいと言われるなんて。一体どんな魔法を使ったんですか?」
アルファ「ハハッ、魔法なんて使ってませんよ。ただ、お互いに本気の気持ちをぶつけ合っただけです」
倉橋「それが二人にとっては、魔法みたいなものなのかもしれませんね」
先生とそんな会話しながら目的の地まで向かって行くと、すぐにそこに辿り着くことが出来た。しかし、その細長い部屋に入った俺は、ガラスの向こう側に、先程とは違う光景を目にしたのだ。
ユウキ「…アルファ…ボク…こんなのでごめんね」
…そう。初めてここを訪れた時には、メディキュボイドを使っていた君が、今は松葉杖を突きながら、ガラス窓の近くにまで来てくれていた。
少し痩せ過ぎている君の姿だけれど、そうであるからこそ、君はまるで、アバターよりも妖精らしい美しさを孕んでいるように思えた。
…それに、君の姿がどうであろうと、いつだって俺を支えてくれた君の本質は変わらないのだから。そんな君に惚れ込んでいる俺が、君を嫌うわけが無いのだと、少し目線を俯け、申し訳なさげに、卑屈そうに言葉を発した君に、それをちゃんと伝える。
アルファ「別に、ユウキが謝る必要なんて無い。俺はどんなユウキでも、変わらず好きだから。…と言うか、大丈夫なのか?歩いてても」
ユウキ「…ありがと、アルファ。…ボクはこの部屋の中でしか動けないからさ。必然的に動ける回数が少なくて、中々筋肉を回復させられないんだけど…大丈夫だよ」
俺の言葉に、仄かな笑顔を浮かべてくれたユウキを見て、君を守ってあげたいという保護欲求が、無性に湧き出してくる。ユウキが俺に質問に答えた通り、さっきからバックに控えている倉橋先生も何も言わないことから、本当に大丈夫なのだろう。
…ってことは、さっきの俺の発言も、先生に聞かれてしまったわけだが…まぁ、今更気にしても仕方がないか。この際割り切ろう。チラリと先生の方を見やると、先生は微笑まし気に俺達を眺めていた。
そこで不意に、それを思い出した俺は、ユウキに言葉を掛ける。
アルファ「そう言えば、俺。まだユウキに自己紹介してなかったよな」
ユウキ「あ、そうだね。確かにボクも自己紹介してないや。…改めて自己紹介するのもなんだけど…えっと、ボクの名前は、紺野木綿季です。年は十七歳です」
アルファ「こんの、ゆうき…俺は、一井歩夢だ。年は、同じく十七だな」
剣と魔法の世界が終わる時とは違って、ユウキは変わらず笑顔で、遂に本名と年齢を明かしてくれた。ユウキの名前も年も、既に倉橋先生から聞いていたけれど、やっぱり実際にユウキ本人からそれを教えてもらえるのは、嬉しいものなのだ。
俺もユウキと同じように自己紹介すると、彼女もまた嬉しそうに、俺の名前を呟いていた。
ユウキ「いちのい…あゆむ…。うん、良い名前だね」
アルファ「良く考えてみるとユウキって、本名とプレイヤーネーム同じだったんだな。さては考え無しにキャラネーム決めたな?」
ユウキ「あ、あはは…全くもってその通りだよ…逆にアルファ…じゃなくて、歩夢はなんでアルファなの?」
アルファ「ユウキの好きな方で呼んでくれていいぜ。因みに俺のキャラネームに関しては…非公開に付き」
ユウキ「え~…まぁ兎に角、ボクはアルファも歩夢も、好きな方で好きな時に呼ぶことにするよ」
アルファ「了解。ま、ユウキなら、考えればすぐに気が付くんじゃねぇの?俺の名前の由来」
ユウキ「そうかなぁ~…あれ?ア、アルファって、誕生日は十一月の二十四日だよ…ね…?」
お互いのキャラネームの由来…とは言っても、ユウキはそのままだし、俺に至っては、わざわざ自分の間違いを馬鹿正直に告げるのもちょっと恥ずかしかったので、それとなく誤魔化しつつも…多分いつかは話すのだろうことを想像していると、途端にユウキが、眼を大きく見開きながら、俺に訊ねてきた。
アルファ「そうだけど…どうかしたか?」
ユウキ「…じゃあアルファって…と、年上なの!?」
アルファ「あぁ、そう言うことだな。…ってことはユウキは、俺の一個下なのか…うん、しっくりくると言えばくるし、来ないといえば来ないな…」
ユウキ「ぼ、ボクは全然しっくりこないや…てっきり同い年か年下だと思ってたのに…」
俺がそう返事をすると、彼女は開いた口が塞がらないと言った慣用表現を体現しながら、若干大きめの声で、俺に叫んだ。
ユウキにそう言われて、ならユウキは年下だったのかと…彼女の見た目と子供っぽい所を考慮すれば、そんな気もするし、だけど一方で、彼女は博識であったり、俺を引っ張ってくれたり、包容力があったりと、何処か見た目にそぐわないお姉さん要素も持っているわけで…要するに、ユウキはどっちでもいけるということだ。
対する彼女は、俺が年上であることに多大なる衝撃を受けているようで、まつ毛をパチクリと頻りに動かしていた。
ユウキ「じゃあ、今日から歩夢じゃなくて、歩夢君?」
アルファ「嫌いじゃねぇけど…なんかこそばゆい。今まで通り呼び捨てにしてくれ」
ユウキ「勿論だよ。その見た目で年上って言われても、ボクも納得できないしね~」
アルファ「逆にユウキは、見た目通りって感じだけどな」
ユウキが俺を揶揄うようにそんなことを言ってくるので、俺も買い言葉に売り言葉で、ユウキを煽り返しておく。すると彼女は、頬っぺたをぷく~っと膨らませ、抗議の態度を取って来た。
…あの頃ならば、その頬っぺたをつついてやったところなのだが、今の俺達は、一枚のガラスで隔てられていた。そうしたくても、それは許されない。彼女もこの先の展開を想定していたのか、俺に頬っぺたを突いて貰えないことが、少々寂しそうであった。しかしユウキは、すぐにその表情を消して、話題を転換する。
ユウキ「そう言えば、一時間あればここまで来れるってことは、アルファって東京に住んでるってことだよね?」
アルファ「元は長野県民なんだけどな。元SAOプレイヤーの教育機会を補充してくれる学校が、東京に出来たからさ、こっちに引っ越してきたんだ」
ユウキ「へぇ、アルファって長野県民なんだ~。こっちに出来た学校って、あれでしょ?帰還者学校って言う所?」
アルファ「そうそう。結構知ってる奴も入学してるんだぜ。キリトとかアスナとか、リズベットにシリカだろ…ユナにノーチラス…まだまだ居るんだけどな」
ユウキ「学校、かぁ…」
そう呟いたユウキが、少し悲しそうな顔をしているのに、俺は今更気が付いた。愚かにも俺は、ユウキと本当に久し振りに、気兼ねない会話を出来たことが嬉しくて、ついつい俺は話すことに夢中になり過ぎて、学校に通えない彼女が、その話題を出されたらどんな気持ちになるのか、まるで考えられていなかった。
アルファ「…ごめん。あんまり聞きたくなかったよな」
ユウキ「そんなの気にしなくてもいいよ。寧ろ、歩夢の学校での話、色々聞きたいな?」
アルファ「ユウキ…」
彼女が優しくそう言ってくれる様子が、俺の胸をきつく締め付ける。こういう時には、ユウキは余り嘘をつかない。だからこそユウキが、本当に帰還者学校での日々を知りたいことが伝わってくるが、それと同時に、彼女が帰還者学校に通える日はもう来ないだろうことを、痛く意識してしまう。
…ならばユウキは、もうアスナ達にも会えないのだろう。…だが、もし彼女が本当は、アスナ達に会いたいというのならば、俺もその手伝いぐらいは出来るはずだ。そう思った俺は、意を決してユウキに一つ訊ねた。
アルファ「ユウキは、またみんなに会いたいか?」
ユウキ「っ……うん、やっぱり、みんなとまた仲良くしたいな…」
俺がユウキの眼を見てそう訊ねると、彼女は一瞬言葉を詰まらせたが、勇気を以てその返事をしてくれた。だから俺も、微笑しながらもう一つ訊ね返す。
アルファ「そっか…じゃあ、ユウキはどうしたい?」
ユウキ「…ボクは…みんなに、病気のこと打ち明けてみようと思う。それで…もしそれでみんなに嫌われちゃっても…もうそれは、それでいいんだと思う。みんなの心の近くにまで行けたことに、変わりは無いだろうしね。最初からどーんとぶつかって行かないと、またアルファにしたみたいに、遠回りしちゃうだろうから」
アルファ「確かに、そうだな。ユウキの言う通りだ。それにみんなも、きっとユウキを受け入れてくれる」
ユウキ「…だけど、ここにはあんまり大勢は入れないからさ。みんなって、ALOとか他のVRゲームやってたりするの?」
アルファ「他のは知らねぇけど…多分、みんなALOはやってると思う」
ユウキ「じゃあ、みんなの都合が合う日に、ALOの世界で打ち明けようかな。その手助け…お願いできる?」
アルファ「おう、任せてくれ。日程が決まったら、ユウキに知らせるけど…ユウキがダメな日とかあるか?」
ユウキ「そうだね。検査と面談の日は、ちょっとの間ダメな時間帯があるけど、一日中無理な日は無いかな」
アルファ「そうか。なら──」
ALOにて、ユウキが独白をしたいとのことなので、俺はすぐに、ユウキの都合の悪い時間帯をメモし始める。再び他愛も無い会話を交わし合い、次の日の学校に備える必要のある俺は、その日は帰宅することにした。
クリーンルーム内でユウキが手を振ってくれるのに、俺も手を振り返してから、倉橋先生に夜分遅くまで迷惑を掛けたことを謝罪すると、「別にこれぐらいの時間帯であれば構いませんよ」と言ってもらえた。
それでも先生には迷惑だったろうから、明日からはちゃんと面会時間以内までには帰らないとな、とは思いつつも、やはりもっと…ずっとユウキと一緒に居たいという欲求が、心の底から湧き出てくる。
電車と自転車を活用して、我が家まで戻って来た時には、既に時刻は午後十時半となっていた。簡単な晩御飯を食べてから、お風呂に入り、今日の課題に取り組む。
それが終わる頃にはもう日付が回りそうになっていたので、明日のことも考えてサッサと寝ようと布団に入ったその時だ。
ふと、やらねばならなかったことを思い出し、俺はこんな時間には迷惑だとは分かりつつも、急いで電話を掛ける。
アルファ「──こんな夜中に悪いな」
「…いや、俺にとっちゃまだ宵が始まったばかりみたいなもんだからな。あと一時間ほどしたら寝ようと思ってたし、全然構わない」
アルファ「…一時って、流石に夜更かしし過ぎだろ…」
「アルファは健康的過ぎるんだよ。寧ろ珍しいじゃないか、こんな時間まで起きてるなんて」
アルファ「…お前には、先に言っとかないと思ってな。キリト」
俺は、再び俺とユウキを巡り合わせてくれた張本人である彼には、詳細は述べられずとも、簡単な結果報告はしておく必要があるだろうと思い、キリトに電話を掛けたわけだ。
…もしキリトが、メディキュボイドの存在に気が付いていなければ、俺はもう二度と、ユウキに会えなかったかもしれないし、ユウキの本当の気持ちも知ることも出来なかったのだろう。
電話を掛けた当初は、ちょっとふざけた様子だったキリトも、俺のこの言葉を聞くと、途端に息を詰めたのが、電話越しでも伝わって来た。
キリト「……行ったのか?」
アルファ「あぁ、行った」
キリト「……どうだった?」
アルファ「…居た。キリトの言う通り、ユウキはメディキュボイドの被験者だった」
キリト「!」
アルファ「ありがとな、キリト。お前のお陰で、またユウキに会えた」
キリト「はぁ~…」
俺がキリトの感謝の気持ちを言葉にすると、彼は一気に、腹から緊張を吐き出すような、安堵の息をついたようだった。
アルファ「どうした?」
キリト「いや~、アルファからの返事がいつ来るのか、ずっと待っててさ。俺、放課後からビクビクしていたんだぜ?」
アルファ「なんでキリトがそんな心配してんだよ」
キリト「そりゃだって、あの時のアルファ、本当に精神が不安定でさ、かなりヤバかったんだぞ?もしユウキが居なかったら、それこそ泣き崩れそうなぐらいに。それだけが心配で、今日の俺はALOにログインしない程なんだ。相当だろ?」
アルファ「…キリトがゲームしないなんて、そりゃ相当だな。迷惑かけて悪かった」
キリト「自分で言っててアレだけど…俺の指標って、なんかズレてるな…」
アルファ「まぁな」
…確かに、今日キリトと屋上で会った時は、俺もかなり精神的に追い詰められてたな…。今思い返してみれば、よくわかる。一旦キリトと、ボケとツッコミのどうでもいい会話をしてから、キリトが気を取り直したように、俺にそれを訊ねてくる。
キリト「……それで、ユウキは?」
アルファ「…それは、ユウキが自分の口で伝えたいってさ。だから悪いけど、俺からは何も言えないな」
キリト「…そうか」
アルファ「そんで、それに関係した話なんだけど、今から言うメンバーの都合が合う時間帯を、俺と手分けして訊ねてくれないか?日はいつでもいいんだ。時間もそんなに取らないと思う」
キリト「…分かった。メンバーの名前を教えてくれ」
アルファ「サンキュー。じゃあ言うぞ?──」
そうして俺は、ユウキから事前にリサーチしておいた、彼女の秘密を打ち明けたい相手の名前を、キリトに次から次に伝えてから、彼との通話を終了した。
夜も遅いことだし、他のメンバーの空いている日と時間帯については、学校で聞けばいいと考えた俺は、そのまま部屋の電気を消す。
今日は大雨が降ったこともあって、夜間の気温は少し下がっていた。それ故に俺は、布団に包まり、眠りにつこうとする。…あの頃とは違って、俺の隣に君が眠ってくれているわけでは無いけれど、代わりに君がくれた確かな愛が、俺を温めてくれた気がした。
次回の投稿日は、一月二十五日の火曜日となります。
では、また第118話でお会いしましょう!