~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第118話 勇気の一手

 その日は、学校中が大騒ぎであった。…とは言っても、騒ぎ立てていたのは主に女子生徒で、男子生徒は、普段と変わらない生活を送っていただろうが…。

 それは、私と同い年である高等部三年から、一、二年は勿論。更には中等部や、私達と同じ学年という扱いではあるけれど、実はSAOに囚われている間に、既に大学生と同じ年になってしまった、通称<高等部四年>をも含む、文字通りこの帰還者学校に通う、全学年の女子生徒を示している。

 多くの女子生徒が、私のクラスにやって来ては、お目当ての彼の姿を目に収めて何処かへと去り、或いは廊下を歩けば、彼の噂を耳にするわけである。ただでさえ女子生徒が少ないこの学校で、こんなことになるのはまず無いだろうと思っていたけれど…寧ろその逆しか有り得ないと思っていたのに…まさか、こんなことになるなんてね。流石に想定外でしかないわよ。

 このクラスの中にも、彼に好感を抱いている女子生徒が一定数存在することは、既に私が中学時代に培ってきた、素晴らしき情報収集能力で把握済みだ。がしかし、本日でその数が大きく増えたことに、彼は全く気が付いていないのだろう。

 その当の本人は、私の前で呑気に水筒の水を飲みながら、不思議そうに訊ねてくる。

 

 「…なぁ、アスナ。今日なんか、廊下の人通り激しくないか?」

 

 アスナ「…なんでだろうね。アルファ君?」

 

 アルファ「ん?さぁ?」

 

 何処か透かしている雰囲気でさえ、微塵も感じられない彼の様子から見て、どうやら彼は本気で、この現象が自分のせいで巻き起こっていることを理解していないらしい。そんな彼に、私は思わず大きくため息をつきたくなったが、それは喉元にて、何とか堪える。

 …話に聞くと、彼は一人暮らしをしているらしいのに、わざわざ水筒を準備してくる辺りも、かなりポイントは高いのかもしれない。そんなどうでもいい分析をしていると、授業合間の貴重な十分休みを使ってここにやって来たらしい女子生徒が、廊下からこちらへと向かってきて、彼に話し掛ける。

 

 「あの~…歩夢先輩…ですよね?」

 

 …明らかに、彼を狙っている。上目遣い。距離の詰め方。纏う雰囲気。顔色…等々から、それが一目瞭然で分かるほどの女子生徒の態度であるというのに、彼はと言えば──

 

 アルファ「おう、そうだけど…君は?」ニコッ

 …どうして、その笑顔をなりふり構わず誰彼にも振りまいているのかなぁ!?

 今日何度目かの彼に対する心のツッコミで、私は最早疲労困憊である。だが、ここで彼に浮気というフラグを立てさせるわけにもいくまいと、どうやって助け舟を出そうか迷っていると──

 

 リズベット「アルファ、あんた日直でしょ?早く日誌取りに行かないと、後で苦労するわよ?」

 

 アルファ「あ、やべっ!サンキュー、リズベット」

 

 「あ、歩夢先輩…」

 

 リズの言葉に、それを思い出したらしい彼は、一目散に職員室へと向かって行く。それによって私も、ホッと息をついて一安心する。

 取り残された後輩生徒ちゃんは、リズをキッと睨みつけていたが、彼女は清々しいにまでの知らんぷりであった。ようやく諦めがついたのか、後輩生徒が教室を出て行くのを見送ってから、私は彼女と、秘かにサムズアップを交わし合った。

 

 アスナ「リズ、ナイスフォローよ」

 

 リズベット「どういたしまして。なんか…今日のアルファは、危なっかしいわね…」

 

 彼女の言葉の通り、本日のアルファ君は…こう、なんというか、心ここにあらずと言った様子で…兎に角ふわふわしている。うん、その擬音が一番よく似合う。

 しかもそれだけでない。この学校に入学してきて以来、SAOでの彼とは違って、何処か笑顔が悲しそうであった彼が、今日は何故か以前のような、魅力的な満面の笑みを浮かべるようになっていたのだ。

 そしてそのせいで、多くの女子生徒が、彼の隠れた魅力に気が付いてしまい、このような事態に陥っているというわけである。

 勿論アルファ君は、私の大好きな彼とは違って、人からの好意に鈍感というわけではないし、異性から恋愛感情を基に距離を詰められそうになると、自然とバリアーを張っているのだが…今日は、その肝心のバリアーが存在しない。

 

 そんな様子からして、きっと彼に何か良い事があったのだろうと目星を付けていた私は、それとなく訊ねてみたのだが…確かに良いことはあったらしいが、それが何なのかまでは教えてもらえなかった。代わりに彼からは、何故か私とリズの開いている日と時間帯を訊ねられたのだが…。

 とまぁ、余談は置いておいて、本日はそんな彼を守り抜くために、私とリズはかなりの奮闘を強いられていた。

 ついこの前のオフ会で、ユウキとは誰も連絡がつかないという衝撃の事実を、わたしは知ってしまったのだが、それでもアルファ君は、ユウキのことが忘れられないように見えたし、ユウキだってアルファ君のことを好きだろうから…ユウキ以外の異性を、彼に近寄らせるわけにはいかないだろう。

 もう六月を迎えてしまったが、この時期になってようやく、この帰還者学校に、アルファ君と同じく健康状態の回復が遅れていたという理由で入学してきた生徒も少数いるので、そのうちユウキもここに入学してくれるはず…そうしたら、きっとアルファ君も嬉しいだろうし、私だってまたユウキと会えて嬉しいし…。

 

 そんなことを考えていると、日誌を手に入れたらしい彼が帰って来た。彼の姿を認識し、眼を光らせる廊下の生徒及び教室内の生徒を目にして、今度こそわたしとリズは、二人同時にため息をついてしまう。そんな心模様も、一旦は置いておいて、残り三分となった休み時間という名の戦争に、わたし達は身を投じた。

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 アルファ「んじゃ、また明日!」

 

 アスナ「うん、また明日ね」

 

 リズベット「今日のアルファは危なげだから言っとくけど、事故しないように気を付けなさいよ!」

 

 アルファ「解ってるって、ちゃんと安全第一だ」

 

 本日のラスト授業、七限目の日本史の授業が終わると、俺は素早く荷物を纏めた。両隣に座って居るアスナとリズベットに声を掛け、次いでこのクラスで仲良くしている学友にも別れを告げてから、駆け足に駐輪場へと向かって行く。

 駐輪場でチャリに跨った俺は、そのままかなりスピードを飛ばして、だがリズベットに返事したようにしっかり周囲には注意を張り巡らしながら、我が家の近くにある駅にまで到着した。

 急げ急げとホームに駆け込み、しかし次の電車が来るまでは五分ほど時間があることに気が付き、急く思いを落ち着かせながら、いつの間にか上がっていた息を一旦ホームで整える。やって到着した電車に乗り込んで、ユウキの待つ病院へと向かって行く。

 

 …今日一日は、ずっとずっとユウキに会いたかった。約五カ月の間、ずっと心の奥底で蓄積し続けていた、彼女と一緒に居たいという欲求が、一日眠って冷静になったはずの俺の脳内を、完璧に支配していたのだ。学校に向かう時、授業を受けている時、昼食を食べている時…どんな時でも俺の思考の中枢は、ユウキ一色であった。

 最早学生という身分など捨ててしまい、一日中ユウキと一緒に生活していたいというちょっと危ない思考にまで至りつつも、それは流石にダメだと己を自制して、今日一日の学校生活を送っていたのだ。

 今日の学校生活は、なんだかいつもよりも身の回りが騒がしかった気がするけれど、そんなことを気にする余裕が無いぐらい、俺はユウキのことだけしか考えていなかったのだ。

 

 …放課後という僅かな時間にしか、君に会えないことが、俺は凄く寂しいけれど、君も同じような気持ちになっているのだろうか。もしそうだとしたら、俺はなんだか嬉しいな。

 電車を降りて病院へと向かい、受付の職員さんに面会に来たことを説明すると、昨日と同じように銀のプレートを手渡してもらえた。それを使ってエレベーターを使用し、ゲートを通過して、君の病室の前まで辿り着く。

 そこには既に倉橋先生が一人待機していてくれていて、先生と共に扉を潜り、ガラスを透過するためのシステムを起動してもらった。

 

 アルファ「ユウキ、今日も来たぜ」

 

 ユウキ「アルファ!ちょっと待っててね」

 

 俺がそう声を掛けると、彼女は大変嬉しそうな声色で、メディキュボイドの中から言葉を返し、直ぐに現実世界へとログアウトしてくれた。

 ベッドの上で体を起こしたユウキは、俺の姿を見つけてパッと笑顔を咲かせると、横に置いてある松葉杖を使いながら、わざわざこちらにゆっくりと近づいてくれる。

 

 ユウキ「思ったよりも早かったね。もうちょっと遅いかと思ってたよ」

 

 アルファ「学校終わりにそのまま来たからな。これから毎日、この時間帯から夜まで、俺はここに居られるぜ」

 

 ユウキ「毎日夜まで居てくれるなら、ボクも嬉しいけど…それじゃあアルファの私生活がダメになっちゃうんじゃない?」

 

 アルファ「…むぅ、それもそうだけど…」

 

 ユウキ「…だからさ、ALOの世界で一緒に過ごさない?そしたら夜遅くても、ボクもアルファも大丈夫だろうし、アルファの生活リズムだって確保できるし…」

 

 俺のちょっと行き過ぎた発言に、彼女は何一つ嫌な顔せず、寧ろ俺のことを心配までしてくれた。ちょっと発言が重すぎたなと反省しつつも、彼女の厚意に甘えて、これからはその方向性で行こうと考える。

 だってそうしたら、ユウキと沢山密着出来るし…なんかさっきから、ちょっと俺の愛、重過ぎないか?…と自己分析しつつも、ユウキに返事をする。

 

 アルファ「…そうだな。そうするか。…で、話は変わるんだけど、みんなの予定が合う日が見つかったんだ」

 

 ユウキ「ありがとね、手伝ってくれて」

 

 アルファ「ん、今日の午後九時なんだけど、行けるか?」

 

 ユウキ「うん、大丈夫だよ!」

 

 アルファ「オーケー。じゃあ、どうする?ALO行く?それとももうしばらくここで話す?」

 

 ユウキ「…あのね、ボク先生にお願いして、隣の部屋をアルファが使えるようにしてもらったんだけど…」

 

 アルファ「隣の部屋?」

 

 全員の予定が合う日程を約束通りユウキに知らせてから、俺はこれからどうするかを訊ねると、ユウキは何処か小恥ずかしそうに、何かを申し出てくれた。

 しかしその言葉の意味が良く分からなかったので、訊ね返すようにその言葉を反復すると、後ろに控えていた先生が、ユウキの言葉を補ってくれる。

 

 倉橋「そうですね。隣の部屋には、私が木綿季くんとの面談用に準備してあるフルダイブ用シートとアミュスフィアがあるんです。使える時間は長くても二時間ほどですが、もしアルファ君が使いたければ、そこでALOにログインしてもらっても構いません」

 

 アルファ「なるほど…じゃあ、有難く使わせてもらいます」

 

 ユウキ「ALOはアプリ起動ランチャーに入ってるから、そこからログイン出来るよ」

 

 アルファ「おう、了解だ」

 

 先生とユウキに返事をしてから、モニタールームの奥にある部屋に入った俺は、リクライニングシートにあるアミュスフィアを頭に装着し、電源を入れる。すると眼前に白光が広がり、現実世界から意識が切り離されていったと思ったら、次の瞬間には、ALOの世界に降り立っていた。

 ユウキと共に、最後にログアウトした宿屋で意識を覚醒させた俺は、次いでログインしてきたユウキの姿を目にする。ユウキはこちらを認識すると、言葉を発する前にまず、俺の胸の中にいきなり飛び込んできて、俺も少々ビックリしつつも彼女を受け止める。

 

 アルファ「ど、どうしたんだ?」

 

 ユウキ「…ん~…」

 

 俺の問い掛けにユウキは言葉で答えることなく、しかし行動で応えた。

 ユウキは俺の身体に、自分の匂いを擦り付けるように密着させ、まるで猫の匂い付けのような行動を取って来る。服の上からではあるが、ユウキの柔らかい頬が俺の身体に当たって、こちらも思わずドギマギしてしまう。

 

 ユウキ「…ホントはね、こうしてアルファとくっつきたいから、ボクはアルファに、ALOで一緒に過ごして欲しいんだ」

 

 アルファ「俺も…俺もユウキとくっついていたい」

 

 ふと、俺の背中に腕を回したまま、俺の眼を見たユウキは、照れた表情でそう言ってくる。そんな愛くるしい彼女の姿を見た俺は、堪らず彼女を包み込むように抱き返して、全身で強く君を感じ取ろうとした。

 不意に、すぐ後ろにベッドがあることに気が付き、俺の脳内に、溢れんばかりの欲求がよぎった。そして俺は、このまま君を押し倒してしまいたいという危うい気持ちに駆られるが……それはダメだ。ユウキが傷付くだろうし、何よりもそれは、彼女にとっては恐ろしいトラウマだろう。絶対にやってはいけないことだ。落ち着け、俺…。

 寸前で冷静さを取り戻した俺は、一旦彼女の身体から離れ、微笑みながら、君に語り掛ける。

 

 アルファ「ユウキ、随意飛行の練習でも、しに行こうぜ?」

 

 ユウキ「あ!それやってみたかったんだよね!行こう行こう!」

 

 俺がそれを提案すると、ユウキは途端にワクワクした表情を魅せてくれたので、やっぱり変なことは考えるべきじゃなかったと、一人心の中でまた反省しておく。

 ユウキと手を繋いで宿屋を後にした俺達は、まずは適当な武器屋で、昨日のデュエルで壊れてしまったユウキの代用片手剣の更なる代用となるものを一本購入し、次いで今日の午後九時の為に、大人数が入れるだけのスイートルームを借りてから、いざ随意飛行の練習を開始した。

 

 アルファ「いいか、ユウキ。随意飛行ってのは、背中から生えている四枚の翅に仮想の筋肉と骨をイメージしながら、それをパタパタ動かすような感じで──」

 

 ユウキ「…こんな感じ?」

 

 アルファ「良い感じだ!それをそのままもっと強く、速く!」

 

 ユウキ「むむむぅ~…お~!これ出来たんじゃない?」

 

 アルファ「あぁ、それじゃあ次はゆっくり飛んで、身体に馴染ませてみたらいいと思う」

 

 ユウキ「りょーかい!」

 

 勢いよくそう答えたユウキは、最初は覚束ない飛び方で空を舞っていたものの、すぐに自由自在に空を駆け巡るようになっていった。ユウキに随意飛行のコツを教えていたこの瞬間、ふと俺の脳裏に、この世界で初めて出会ったプレイヤー…ミトのことが思い出された。

 …彼は…いや、彼女は親友と、再び友情を取り戻すことが出来たのだろうか。彼女は確か、インプであったはずだ。彼女とは仲良くなれそうだったし、そのうち時間に余裕が出来たら、この世界を飛び回ってミトを探したいとは思うが…まだその時ではない。今はただ、この空白の五か月間を取り戻すように、ユウキとの時間を濃密に過ごしていたいのだ。

 

 ユウキ「アルファ!一緒に空飛ぼうよ!」

 

 アルファ「おう」

 

 充分に大空を舞う楽しさを満喫したらしいユウキは、お次は俺と空を飛ぶことを所望のようなので、俺もそのリクエストに応えて、ユウキから差し出された右手を取る。以前とは違って滞空制限の無くなったこの世界で、二十分以上も、俺達は街とフィールドの上空を舞い続けた。

 

 ユウキ「そう言えば、アインクラッドって今何処までクリアされてるの?」

 

 アルファ「…さぁ?俺も昨日まではALOにログインしてなかったから、あんまり知らねぇんだよな」

 

 ユウキ「じゃあ、今から見に行こっか」

 

 …恥ずかしい話だが、俺が初めて新生ALOにログインし、ホルンカの森を訪れ、そして君が居ないという事実を受けた時に、俺は完全に、君に振られてしまったのだと思い込んで、もうゲームどころの心模様では無かったのだ。

 故に、俺はアカウントを作成しながらも、あの日以来ALOをプレイすることは無かった。ユウキの提案を受けて、上空に浮かぶアインクラッド目掛けて急上昇して行った俺達は、やがて第一層に降り立つと、そこからは地に足を付けて転移門まで歩いて行く。

 

 ユウキ「はじまりの街って、ほとんどそっくりだけど、ちょっとずつ違ってるんだね。ほら、あの噴水の形とか」

 

 アルファ「良くそこまで覚えてるな。俺は全然気が付かなかったぞ?」

 

 ユウキ「最初の一カ月は、ボクずっとこの街に引き籠ってたからね。よく覚えてるんだ」

 

 アルファ「へぇ、俺は初日で出て行ったからな。あんまりはじまりの街のことは知らねぇな」

 

 ユウキ「初日で街を離れるなんて、かなり勇気があったんだね」

 

 アルファ「勇気というよりは…ありゃ蛮勇だな。二度とやりたくない」

 

 二人で手を繋ぎながら、大まかな構造は大して変わっていないはじまりの街を闊歩し、やがて転移門広場まで辿り着いた。こうして二人でアインクラッドの世界を歩いていると、数か月前の俺とユウキの毎日が強く想起され、もしやまだここは、SAOの世界なのではないかと、そんな気持ちに陥る。

 …いや、寧ろ、まだSAOの世界の中であって欲しいと、俺はそう願ってさえいるのかもしれない。だってそうであれば、俺はユウキの残酷な現実を知ることも無かっただろうし、ユウキの方だって、そんな辛い現実を意識しないで居られたのだろうから。

 でも同時に、それはユウキがずっと、その胸の中に秘密を抱え続けるということでもあり、もしそれで君が必要以上に悩んでしまうのならば…これで良かったのかもしれない。

 

 ユウキ「…なんだか、不思議だね。もうこの世界で死んだとしても、別に命が失われるわけじゃないんでしょ?なのにボク、フィールドに出るのかなり緊張してるよ」

 

 アルファ「…俺もだ。もうデスゲームじゃないって分かってても、当分この緊張感は拭える気がしないな」

 

 転移門を調べてみると、現在は第六層まで解放されているとのことだった。だが、取り敢えず久し振りに、対モンスターの戦闘訓練でもしようと思った俺達は、転移門から何処かへ移動することなく、そのまま第一層のフィールドに繰り出したのだ。

 まるであの頃と変わらず、街からフィールドへ続く門は三つ存在していた。難易度が高い順に、北、北東、北西ルートであることを思い出して、自然と安全な北西門を選んでしまう。

 暫くフィールドを進んでいくと、これまた見慣れたオオカミモンスターが出現した。噛み付き攻撃による継続ダメージにさえ気を付ければ、何も恐れることは無い雑魚モンスターである狼を前にして、ユウキが一歩前に出ると──

 

 ユウキ「え!?」

 

 アルファ「な!?」

 

 ──突として、オオカミが前肢で地面を強く叩くという見たこと無いモーションを仕掛けてきた思うと、ユウキの足元から、鋭利な岩が飛び出してきた!

 俺達の知識には無い、オオカミの謎行動に驚愕しつつも、しっかりとそれを回避したユウキは、流れるように剣を斬り伏せる。突き出されたクロー攻撃は、入れ替わるように前に出た俺が剣で受け止め、その隙にもう一撃ユウキに攻撃を加えてもらって、戦闘は終了した。

 お互いに拳を突き合わせる勝利のルーティンを、暫くぶりに行った俺達は、その何処か懐かしくもシックリと来る動作に、軽く笑みを浮かべる。

 

 ユウキ「今の、なんだろうね?」

 

 アルファ「…魔法、じゃないか?」

 

 ユウキ「あ、そっか。この世界って、魔法が存在するんだったね」

 

 アルファ「あぁ、でも詠唱スペルってのがかなり複雑で、覚えるのに時間がかかると思う」

 

 ユウキ「ボクも魔法使ってみたいな!」

 

 アルファ「今から教えたいのは山々なんだけど…もうそろそろ時間だから、街に引き返しながら、一つ簡単な魔法を教えてやるよ」

 

 ユウキ「うん、ありがと!」

 

 気が付くと、もう一時間が経過していた。学校で過ごした一時間は、あんなに長く感じたのに、ユウキとの一時間がほんの一瞬に感じてしまう自分に驚きながら、俺はそれをユウキに伝えて、イグドラシルシティへと引き返し始めた。

 ユウキに教えた魔法は、小さな火球を創り出す魔法で、それを成功させた彼女は、眼を輝かせて魔法を使える喜びを体現していた。…こういう素直で純粋な所が、またユウキの魅力でもあるのだと、そんな彼女を見た俺は、そう思わずにはいられない。

 

 アルファ「じゃあ、一旦ログアウトしようぜ」

 

 ユウキ「ん」

 

 ユウキにそう声を掛けたものの、直接肌に触れ合えるのは仮想世界でだけなので、お互いの温もりを確かめ合うように一度ハグをしてから、それでも尾を引かれる思いで、ログアウトボタンを押す。

 隣の部屋から出てきた俺は、彼女がメディキュボイドから出てくるのを待ってから、「また九時前に」と声を掛ける。お互いにバイバイと手を振り、ひとまずの別れを告げてから、俺は自宅へ戻るべく、移動を開始した。

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 アルファ「お、早かったな」

 

 ユウキ「そう言うアルファも、五分前どころか二十分前行動だけどね」

 

 アルファとたった一時間の短い時間を過ごしたボクは、それからは夜ご飯を食べたり先生と軽くお話したりしてから、約束の時間の三十分前には、もうALOにログインしてしまった。

 今日一日も、ボクはアルファに会いたくて会いたくて仕方が無くて、さっきはついついアルファの身体に抱き着いてしまったけれど、アルファも嬉しそうな顔をしてくれたから、ボクもなんだか嬉しかった。

 アルファが来るまでの時間は、適当に街でも観光しようかと思っていたけれど、思いの外、彼は早くこちらにログインしてきた。ボクが既にここに居ることに驚いている彼に、その言葉をそっくりそのまま返しておく。

 

 アルファ「…ユウキに早く、会いたかったからな」

 

 ユウキ「…ボクもだよ」

 

 …こうやって、アルファと抱き合うのも今日で数回目だけれど、全くもって飽きる気がしないや。しかもさっきとは違って、アルファの方からボクを抱き寄せてくれたことに、ボクは更なる幸福感を覚える。

 もうずっとこうしていたいけれども、今日はそうはいくまい。もうしばらくしたら、ボクはあの世界で出会った仲間たちに、真実を告げなければならないのだから。

 

 アルファ「そろそろ時間だけど、どうする?俺がここまで皆を呼んで来た方が良いか?それとも一緒に行くか?」

 

 ユウキ「…最後にもう一回、自分の中で言葉の整理しておきたいから…ううん、やっぱり、ボクも一緒に行くよ」

 

 もし今ここで一人になれば、また逃げ出してしまいそうな気がして、彼と共に皆に会いに行くことに決める。これならばもう、後に引くという選択肢を、自分に甘いボクに与えないで済むだろう。

 

 アルファ「じゃあ、行こうぜ」

 

 ユウキ「うん」

 

 宿屋を後にしたボク達は、そのまま集合場所らしい所まで、アルファに先導してもらいながら、街を歩いて行く。やがて見え始めた少し広めの噴水広場には…ボクとアルファがあの世界で仲良くしていた人達が多数、そこに集まっていた。

 

 アルファ「よっ、みんな」

 

 「……」

 

 殆どの人が、SAO時代のデータを引き継いだようで、妖精としての属性や各種族の特徴が付随されているものの、あの頃とほとんど変わらない見た目をしていた。

 ただ一人、多分キリトと思われる人物だけは、SAOのデータを引き継いでいないのか、あの頃とは違った見た目をしているが、なんとなく雰囲気やアバターが似ていて、すぐに彼だと認識することが出来た。

 そこに集合していた計九名の妖精は…詳細に説明するなれば、キリト、アスナ、リズ、シリカ、ユナ、ノーチラス、タイラ、エギル、クライン…まずアルファを発見し、驚き顔を見せていたものの、次いでその隣に並んでいたボクの姿を認識して、それをも軽く凌駕するような衝撃を受けているようで、額面通り皆絶句していた。

 そんな中、声を震わせながら第一声を放ったのは、透き通るようなライトブルーの髪をした、アスナであった。

 

 アスナ「……ゆ、ユウキ…だよね…?」

 

 彼女の問い掛けに、ボクは微笑みながら答える。

 

 ユウキ「そうだよ、アスナ。…みんな、久しぶりだね」

 

 次いで皆にそう言うと、止まっていた時が動き出したかのように、硬直していた残りの八人が、ボクに対して本当に嬉しそうな声で、思い思いに叫んでくれる。

 リズには、「ユウキ!あたし心配してたんだからね、ユウキが中々顔見せないから!」と言われたり、シリカには、「ユウキさん、会いたかったです~」と言ってもらえたり、ユナには、「もう会えないかと思っちゃって、悲しかったんだよ?」とまで言ってもらえた。

 その他男性陣からも、色々と再会の言葉を投げかけられながら、ボクは、みんなにこんなに心配されてたんだなと、そこで初めてそれに気が付き、だからこそ、ちゃんと伝えなきゃいけないんだと、その決意を固める。

 

 ユウキ「…ボク、みんなに話さないといけないことがあるんだ…。ちょっと、ついて来てくれるかな?」

 

 ボクがそう訊ね掛けると、みんなもボクの提案を快諾してくれた。なので、みんなと久し振りに他愛も無い会話を交わし合いながら、一緒に予め借りておいた、スイートルームへと移動していく。

 すぐに辿り着いた客室にて、みんなにはソファに着席してもらった。アルファには万が一、外に話が漏れないように、部屋の前に立ってもらっているから、ここからは、ボク一人で頑張らなければならない。

 ボクのただならぬ真剣な様子を感づいているのか、みんなもまた少し、真面目な表情をしていた。

 

 ユウキ「……ボクが、みんなに話さなきゃいけない事なんだけどね…」

 

 自分がキャリアである事を独白することに、ボクの心は強い抵抗感を示して、勝手に喉がきつく締まり、言葉が詰まる。この後みんなにどんな反応をされるのかが怖くて、やっぱり何も言い出せなくなりそうになる。

 …だけど、ちゃんと伝えないと、もうみんなと、本当の意味で心を通じ合わせることは出来なくなっちゃうから。あの世界で固い絆を結んだみんなを、裏切ることになるのだから…。ボクは一度深呼吸を挟んで、真実を言葉にしたのだ。

 

 ユウキ「──ボク、エイズなんだ…」

 

 「……っ…」

 

 ボクが短く、それを言葉にすると、みんなの表情が一気に強張った。それがボクへの強い忌避感なのか、それとも、ただボクの言葉に衝撃を受けただけなのかは、まだ分からない。だからこそボクは、もう臆すことなく続きを言葉にする。

 

 ユウキ「実はボクね、生まれた時のちょっとした事故で、輸血することになってさ、その時に使用された輸血用血液がね、ウイルス感染してたんだ。だからそれで、ボクはエイズになったんだ」

 

 それからボクは、再会した瞬間からは考えられない程に静まり返ったみんなに対して、あくまでもソフトな声色で、自分はエイズの中でも、薬剤耐性型であること、もう既にエイズは発症しており、病院の外には出られないこと、その病院の中でも、メディキュボイドという医療用フルダイブ機器の臨床試験の被験者になることで、クリーンルームに入っており、そこからも出られないこと、だから帰還者学校には通えない事、ボクと同じくエイズを発症した家族はもう他界してしまったこと等のことを、出来るだけ簡潔に、柔らかく説明した。

 

 ユウキ「…みんな、ごめんなさい。今まで黙ってて」

 

 「……」

 

 息を詰めてボクの話に耳を傾け続けていたみんなは、最後にボクの謝罪の言葉を聞くと、変わらず黙り込み続けていた。みんながみんな視線を俯けており、今彼らがボクに対して、どんな感情を抱いているのかは、やはり全く読み取れない。

 するとそんな中で、何処からともなくすすり泣くような声が聞こえてきた。その声の主を探すと、それはアスナをはじめとする女性陣であり、加えてクラインとタイラである。

 

 ユウキ「み、みんな!?どうしたの!?」

 

 ボクは彼らの感情が全く読み取れず、思わず動揺を表してしまった。するとアスナが、頬に涙を伝わせながら、小さく答えた。

 

 アスナ「……だって…ユウキに限ってそんなの…ないよ…」

 

 ユウキ「…アスナ…」

 

 …アスナの眼を見て、ボクも分かったんだ。アスナは、ボクを拒絶したりなんかしないんだ。アスナは変わらず、ボクを見ていてくれている。そんなアスナを見て、ボクは心が温かくなりつつも、耐え兼ねたようにボクに抱き着いてきたシリカに、度肝を抜かされた。

 

 ユウキ「うわ!?」

 

 シリカ「…ユウキさ~ん…私、何も出来なくてごめんなさいぃ」

 

 ユウキ「…シリカ、良いんだよ。シリカは悪くないんだから」

 

 シリカ「でもぉ…」

 

 ボクよりも背の低いシリカの頭を撫でながら、改めてみんなを見渡して、ボクはそこでようやく、それを理解した。

 アスナだけじゃない。ここに居るみんなは、等しくボクを受け入れてくれるのだ。病気であることを知った上でも、変わらず接してくれるのだ。小学生の時に味わったような、辛く悲しい気持ちにはならなくていいのだ。何処か強張っていたはずのボクの心は、いつの間にか柔らかく溶けていた。

 …あぁ、ボクはこんなにも、優しい人達に囲まれているんだ。なんて、幸せなんだろう…。ふと、扉を開けてこちらの様子を伺って来た彼は、その様子を見て、ボクに微笑んでくれる。そんな時に、ふとクラインが、涙を拭って大きな声を上げた。

 

 クライン「…よしっ!もう湿っぽい話はここらで終わりにして、今からこのメンツで第六層の迷宮区踏破しようぜ!」

 

 キリト「なんでクラインがまとめ役みたいになってるんだよ」

 

 クライン「なんだよキリの字。文句でもあんのか?」

 

 ユウキ「アハハ~、二人は相変わらずだね~」

 

 二人のあの頃と全く変わらない軽口の交わし合いを目にして、いつの間にか、ボクも釣られて笑顔を綻ばせていた。そんな二人の様子を見て、ボクはもう一つ、大切なことに気が付いた。

 …きっと、あの城で二年間を共に過ごしてきた彼らにとっては、ボクの病気のことなんて、良い意味で取るに足らない事なのだ。彼らが見てくれているのは病気のボクではなく、あの世界で生き抜いた、剣士としてのボク…紛れもないボク自身なのだろう。それが、堪らなく嬉しい。

 

 ユウキ「じゃあ、今から迷宮区に向かおっか!」

 

 ユナ「勿論エーくんも、来てくれるよね?」

 

 ノーチラス「まぁ、そう言うことなら、僕も喜んで手伝うよ」

 

 リズベット「ちょっと待ちなさいよ、ユウキ。…そんなへっぽこなNPCメイドの剣じゃ、満足できないでしょ?出発の前に、あたしが一本鍛えてあげるわよ!」

 

 タイラ「なら僕は、ユウキちゃんの装備でも見繕いましょうか」

 

 エギル「アイテムの類は、オレが安くで売ってやるよ」

 

 キリト「まだ店は無いけどな」

 

 エギル「なに、そのうちまた立ち上げてやるよ」

 

 クライン「んじゃ、そろそろ出発しようぜ!」

 

 「「おーっ!!」」

 

 今日はリーダー役を買って出てくれるっぽいクラインが、拳を突き上げるのに合わせて、ボクもみんなと一緒に掛け声を合わせる。

 お高いスイートルームの使用時間は僅か三十分ほどにも満たないぐらいであったことが、どうにも勿体なく思えてしまうが、今はそんなことはどうでもいいんだ。みんなとこれからも一緒に居られることが、凄く嬉しいのだから。

 

 アルファ「良かったな、ユウキ」

 

 ユウキ「うん!」

 

 ボクに優しく声を掛けてくれたアルファに返事をしてから、ボクはみんなと同様に、宿屋を飛び出した。それから暫くの間、本当に久し振りに、楽しくて騒がしい時間を、ボクはみんなと共に過ごしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、一月二十七日の木曜日となります。

 では、また第119話でお会いしましょう!
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