ユウキ「そろそろボクも、動き出そうかな」
本日は七月二十五日。まだまだ夏休みは始まったばかりということもあって、今日もアルファと一日中一緒に過ごしていられると思ったんだけど、なんでもアルファは、今日は学校でカウンセリングを受けなきゃなんだって。
だから今日は、朝ゆっくりとアルファと過ごすことが出来なくて、ちょっぴり不満なボクだけど、まぁ、仕方ないよね。
そんなわけで、アルファの居なくなった宿屋で暫くボーっとしていたボクは、そろそろ現実世界に戻らないとなと思ってログアウトボタンに触れた。ALOからログアウトし、次いでVRルームからもログアウトしたボクは、メディキュボイドから降りて、取り敢えずトイレを済ませることにした。
朝ご飯の時間になったので、わざわざここまで食事を運んできてくれた看護師さんにはお礼を述べてから、朝食を頂く。本当は、もっと色んなものが食べたいんだけれど、加工殺菌という条件が課されている以上、食事のレパートリーは大幅に制限されるし、中々そうはいかないのが現実だ。…まぁ、食べたいものがあれば、ALOで食べればいいし、そんなに問題ないんだけど。
朝食を食べ終えたボクは、歯磨きをしてから、早速軽く歩行訓練をする。以前と比べると大分筋力も回復してきて、松葉杖さえあればスムーズに動けるようにはなったけど、目指すは歩行器具無しで歩けるようになることだ。
そんなのを目指して何になるのかは分からないけれど、多分アルファは、ボクが歩行器具無しで歩けるようになったら喜んでくれるだろうから、ボクは彼の笑顔の為に、今日も頑張るんだ。
歩行訓練を一通り終えたボクは、次はお風呂へと向かった。今日は午前中のこの時間帯にお風呂が割り当てられているので、朝風呂という訳だ。今日は平日ということもあって、少しばかり院内が騒がしいことを、遠くから聞こえてくる微かなざわめきで把握しつつも、身体を清潔にしたボクは、再び小さな部屋に戻って来る。
倉橋先生は、金曜日は午前も午後も病院の先生として働いているから、今日は話し相手は居ない。なのでボクは、ちょっと勉強しようかなと、メディキュボイドを利用して、VRルームにログインする。もう勉強なんてする必要もないボクだけど、ボクが賢くなればアルファ達の役に立てるんだ。
そんな理由で昨日の続きに励んでいると、トークアプリから着信音が鳴り響いた。ボクに電話を掛けてきた人物は…。
ユウキ「もしもし、アスナ。どうしたの?」
リズベット「ヤッホー!ユウキ」
直葉「こんにちは、ユウキさん」
シリカ「わ、私もいますよ!」
ユウキ「みんな、おはよ~…あれ?アスナじゃないの?」
確かに、ボクに電話を掛けてきたのはアスナのはずなのに、何故だかボクに返事をしてくれたのはリズベット、直葉、シリカの三人だった。どういうことだろうとボクが疑問に思っていると、ようやく声を発した電話の主が、それに答えてくれた。
アスナ「わたしも居るよ~。今、キリト君がカウンセリング受けてるらしいんだけど、どうやらそこにアルファ君も居合わせてるみたいだから、もしかしたら、ユウキが寂しいかな~、って思ってね?」
ユウキ「アスナはボクのこと良く分かってるね。実はちょっと寂しかったんだ。それで、みんな揃ってどうしたの?」
アスナ「今日の夜に、みんなで水中ダンジョンに行くでしょ?でも…」
直葉「実は私、水が苦手で…だから、泳ぎの練習として皆さんにコーチしてもらってるんです」
シリカ「コーチしてくれてるのは、アスナさんだけですけどね」
リズベット「ホント、直葉はこんなに大きなウキが二つもあるのに、どうして泳げないんだか」
直葉「ちょ、ちょっとリズさんっ!やめてください~」
ユウキ「そ、そんなにリーファっておっきいの?」
シリカ「はい、ホントに凄いですよ!半分分けて欲しいぐらいです!」
リズベット「なんなら今から写真送ってあげるわよ」
ユウキ「……す、凄いね…ボクも半分分けて欲しいや…」
直葉「それだと私の分が無くなるじゃないですか!」
リズの言葉に興味をそそられて、リーファのお胸事情について訊ねてみると、リズが激写したであろうリーファのリアルの姿が写真として送られて来た。
どうやらリーファは、現実世界でもやっぱり可愛いらしく、しかも確かにお胸が凄いことになっている。その上、何故だか、リーファはスクール水着を身に付けており、それが凶悪までに胸部の魅力を引き出していた。
…ボクが同じ格好しても、こうはいかないんだろうなぁと、いつの間にか両手で自分の小さな胸部を覆いながら、少し悲しい気持ちになる。
アスナ「本当は、こっちの映像を映せたらいいんだけどね」
ユウキ「大丈夫だよ。ボクには充分伝わって来るから!」
アスナ「でもね、キリト君、専攻してるコースで、VR空間と現実世界の映像を同期する研究してるんだって。だからそのうちユウキも、こっちの世界の景色が見られるようになるはずだよ」
ユウキ「へぇ~、それは凄いね!」
アスナの言葉の通り、ボクはVRルームにてトークアプリを使用しているのだが、そうすると、音声自体のやり取りは可能なものの、映像を映し出すことは出来ず、こうして画像を添付してもらわないと、現実世界の様子を推し量ることは出来ない。
キリトがそんな専門的なことに挑戦しているとは、感心の一言であるが、ボクがその恩恵に預かれるのか否かは、また別の話なのだろう。今は休憩中らしいみんなと色々喋っていると、リーファが口を開いた。
直葉「前から聞こうと思ってたんですけど、皆さんは、どうやってお兄ちゃんと知り合ったんですか?」
ユウキ「ん~…ボクが出会ったのは、体術スキルって言うレアスキルの獲得方法を教えてもらう時かな。あの時のキリト、体術スキルを入手するためのクエストを受けたら、顔におひげのペイントされるってこと知ってた癖に、それを黙ってたんだ。それで、アルファと一緒に罠に嵌められたんだよね~」
直葉「あはは…そう言う子供っぽい所、お兄ちゃんらしいな…」
シリカ「私は、モンスターに襲われたところで──」
特に何の面白味もない、キリトとはそんな出会い方をしたけれど、そう言えばアルファは、一体いつキリトと出会ったのかな。二層でキリトを紹介された時は、もう既にかなり仲良さげだったし、やっぱりボクがはじまりの街に引き籠っている間かな~…今度聞いてみよっと。
とそんなことを考えていると、次いでシリカがキリトとの出会いを話し始めた。とは言っても、シリカとキリトの出会いについては、ボクはその当事者であった為良く知っているし、その過程でシリカがキリトに恋心を抱いたのだろうことも、今なら容易に分かる。
でも、天地がひっくり返るほど驚かされたのは、その後のリズのキリトとの出会いの話だった。その話によると、リズはクリスタライトインゴットを手に入れる一泊二日の旅路を、キリトと共に過ごしたらしい。
…ってことは、リズがいつか話してた恋しちゃった人って…キリトってことだよね!?じゃあ、アスナとシリカだけじゃなくて、リズまでキリトのことが好きってことなの!?この流れで行くと、よもやリーファまで…いや、それは無いよね、流石に。
…でも、キリトのモテっぷりを目の当たりにすると、今度の標的は…アルファ?た、確かに、アルファってキリトと仲良いし…ま、まさか!?…ダメダメダメ!!ボク絶対にキリトには負けないからね!?
とまぁ、今のボクの表情はかなり目まぐるしいだろうが、幸いにも、彼女たちに伝わるのは音声のみだ。ボクの慌てた様子が悟られることは無いだろう。
アスナ「──え、私とキリト君の出会い?」
リズベット&シリカ「あたし(私)も聞きたい!(です!)」
アスナ「で、でもぉ…」
ユウキ「ボクも気になるかな~」
アスナ「…もう、仕方ないなぁ…」
言われてみれば確かに、ボクはアスナとキリトの出会いについてはあまり知らない。その後のアスナとキリトのことであれば、同じ攻略組であり、友であったが故にかなりのことを知っているが、最初期のことは全くのブラックボックスだった。
リズ達に同調するように、ボクもアスナに情報開示を求めると、アスナは渋りながらもキリトとの出会いを話し出した。その中でボクが知らなかったことは、キリトとアスナは第一層フロアボス攻略直前に知り合ったということぐらいだった。
やっぱり、アスナに関することはかなり知っているらしいボクは、なんだか少し嬉しい気持ちになりながらも、ふと、時間が迫っていることに気が付く。
ユウキ「みんな、ごめんだけど、ボクそろそろご飯の時間だからさ、一回電話切るね」
アスナ「ん、りょーかい。また良かったら、掛け直してね」
ユウキ「もちろん!じゃーねー」
お昼ご飯の時間五分前であるので、ここで一度ボクはメディキュボイドの利用を終え、トイレを済ませてから、出されたお昼ご飯を食べる。そして再びVRルームに移動し、電話を掛け直すと、開口一番リズから声が飛んできた。
リズベット「そう言えば、まだユウキからは聞いてなかったわね」
ユウキ「何を?」
シリカ「アルファさんとの出会いですよ!」
ユウキ「あ、アルファとの出会い?」
リズベット「アタシ達はもう全員喋ったんだから、最後はユウキの番よ!」
ユウキ「ええ…」
シリカ「そう言えば、ユウキさんっていつからアルファさんと知り合ったんでしょう。確か、五十層代の頃には既に一緒に居ましたけど…」
リズベット「アタシはそれよりも前にユウキ達と知り合ったけど、その時から一緒に居るわね」
アスナ「私が初めて会ったのは…第三層?だと思うな」
直葉「三層って…ほとんど最初から一緒ってことですか?」
なんとも強引な話だとも思えるけれど、まぁ、確かにみんなそれぞれが、キリトとの出会いを教えてくれたわけだし、ボクもみんなに話すべきだよね。そう思ったボクは、アルファとのはじまりの日を思い返しながら、口を開き始めた。
ユウキ「ボクがアルファに出会った日は、第二層が開放されたその日だよ。それで、ボクがアルファと出会った場所は、第一層ホルンカの村の周囲に生い茂る森の中なんだ。ボクがモンスターに囲まれて、焦っちゃってるところに、アルファが駆け付けてくれたんだ」
アスナ「へぇ、あの日だったんだ。でもアルファ君は、どうして二層に行かずにわざわざ森に立ち寄ったのかしら」
ユウキ「ん~…アルファは、アニールブレード獲得のクエストに必要な胚珠が余ってたらしくて、それを必要としている人に渡そうと思ってたって言ってたよ」
リズベット「それでその時から、ユウキはアルファに恋したんだと…」
ユウキ「ううん、そういう訳じゃないよ。最初ボクがアルファとコンビを組んだ理由は、ただ最前線で闘っている人から色々教わろうと思っただけで、それ以外に特に理由なんて無かったから」
今思い返してみれば、アルファとの出会いは数奇なものだったのだろう。当時は超が付くほどのレアアイテムであった胚珠をアルファは余分に手に入れているという豪運と、それを無償で誰かに提供しようとする優しさと、ボクのはじまりの街から一歩出ようとする意志力が無ければ、彼とボクの人生が交わることは無かったのかもしれない。
シリカ「なら、ユウキさんはいつ頃から、アルファさんを好きになったんですか?」
ユウキ「う~ん…それは難しい質問だなぁ…。でも、ボクがアルファに恋してるって確信させられたのは、ボクが男性プレイヤーに強姦されかけた時なのかなぁ…」
シリカの突発的な質問に、ボクは答えあぐねた。でも、ボクがアルファを好きになった瞬間、それは明確に存在しないのだと思う。
アルファとの毎日の積み重ねが、ただの攻略パートナーから戦友へと移行し、やがて友になった。そして友から恋人未満へと意識が移り、遂にはそれは恋にまで昇華した。更にはその恋が成就し、その先に家族同然の大切な存在に変化し、そしてその果てに、愛へと至ったのだ。
だけど、そんな恋心を確信した瞬間は、紛れもなく、あの冬の終わりの迷いの森での出来事であることは、間違いないのだと思う。
直葉「ご、強姦!?」
ユウキ「あ、ごめんね。ちょっと刺激の強い発言だったね」
直葉「いえ、大丈夫です」
ユウキ「…それで、勿論ボクだってそんなの絶対嫌だったから、夢中で誰かに助けを求めてたんだ。だけどその時にボクが助けを求めてたのは、アルファだけだった。そんな自分に気が付いて、ボクはアルファへの恋心を正面から認識したんだろうね。多分好きになったのは、それより前なんだろうけど、具体的に何処って言うのはボクも分からないかな。ホントに、一緒に居るうちに段々惹かれたんだってぐらいしか…」
アスナ「ユウキも、色々大変なことがあったんだね。…因みに、ユウキから告白したの?それともアルファ君から?」
そう言えば、あの世界でも頻繁にお互いの恋模様を共有していたアスナにも、そこはまだ話してなかったなとそれを思い出し、彼が勇気を振り絞って、ボクに恋心を曝け出してくれたあの夜を思い出した。
あの時は、本当に心の中がぐちゃぐちゃになったのを今でも思い出せる。絶対に実る筈の無かったはずの恋が、意中の相手から結ばれかけて、ボクはどうしようもなく嬉しかったのを、鮮明に覚えているんだ。
ユウキ「アルファからだよ。でもね、ボク実は一回、アルファからの告白を断ったんだ」
一同「「な、なんでっ!?」」
ボクのその答えに、勿論皆が食って掛かって同様の驚愕を見せた。まぁ、そりゃあそうだと思う。これまでのボクの話の流れだと、どう足掻いてもアルファからの好意を受け取らないはずが無いのだから。
だが、ならばどうしてそんなことになったのかを説明しようと、それを詳細に思い出していく。
ユウキ「ボク、やっぱり病気だからさ。きっと、アルファとずっと一緒には居られないし…それ以外にも、アルファと一緒にあの世界を生き抜いていく中で、ボクはアルファの心を壊しちゃったこともあったんだ。だから、アルファにはこれ以上迷惑を掛けたくないと思って、告白を断って…。多分それまでに、薄々アルファが好きな自分の気持ちには気づき始めてたんだけど、そう言う気持ちもあって、それとなく誤魔化してたんだと思うな」
思い返すと、やはり一番最初に出てくるのは、ボクがエイズであるという動かしようのない事実だ。ボクがキャリアであることを初めて皆に暴露した時には、キリトの妹であるリーファの存在をまだ知らなかったので、リーファには後からそれを伝えている。
それを告げた理由は、一緒にALOで遊んでみて、この人なら信頼できるなと感じたが故である。そんな簡単にキャリアを暴露してもいいのかと思うかもしれなけれど、アルファと全力でぶつかり合って以来、もうボクは誰かの心の近くに行く為なら、一切の躊躇はしないと決めたのだ。ボクがリーファともっと仲良くなりたいと思ったからこそ、ボクはそれを伝えたのだ。
話を戻すと、まずボクはエイズであるが為に、当時アルファとの距離を縮めるのを躊躇したことは、最早疑いのないことなのだと思う。あの夜にアルファの手を取ってしまったことは、正直今でも、本当にそれで良かったのかが分からない。
近い将来、終わりの時が来ると分かっていて、それでもアルファの気持ちを受け止め、そしてボクの気持ちを伝えてしまったことは、どちらかと言えば良くない事だったのだとさえ思う。それでも、ボクがアルファを恋い慕っていることを暴露したのは、やっぱりその当時から、色々自分の中で言い訳を重ねようとも、ボクは自分の幸せばかりを気にしていたからだろう。
だけど同時に、一度アルファの好意を拒絶したのは、これ以上彼を傷付けたくないという感情が強く表れた結果でもあるのだと思う。
アルファの大切な仲間であったオウガを死に至らしめた直接的な原因は、ボクにあった。それでもアルファは、自分は直接的な原因ではないというのに、サツキが死んでしまったことも相俟って、深く自分を責め続けていた。
25層のフロアボスに心を粉々になるにまで打ち砕かれ、アルファは文字通り絶望のどん底に叩き落されていた。普段のなんだかんだで思慮深いアルファからは想像もできない程、周りの人間に当たり散らかし、言葉を選ばず相手を傷付けようとしていた。
だけど、そんな経験を味合わせてしまったのは、ボクのせいなのだ。アルファの心を壊したのは、紛れもなくボクだった。彼は決して言葉にはしないが、きっと今もなお、あの時のことを後悔しているはずだ。だってそうじゃなきゃ、もう遊びのゲームになったはずの世界で、刀と片手槍をわざわざ手元に置いておくはずが無いのだから。
それだけじゃない。ボクはアルファに、人を殺させてしまった。その翌日、お風呂場で一人、苦しみに吞まれたかの如く凄惨な表情で蹲るアルファを見て、彼が殺人という罪に吞まれていることに、ボクはやっと気が付いた。
君の剣は人を殺すための物なんかじゃないと、そう伝えたけれど、そんなのはボクが当然するべきことだった。寧ろ、殺人を犯したその日に、まず第一に彼のことを案じるべきだった。なのにボクは、今すぐにでもその辛い思いを叫びたかったはずの彼が、ボクの為に振り絞ったなけなしの気概に、甘え続けていた。
結局のところ、ボクはアルファの心を、人格を、価値観を、全て傷付けてしまったのだと思う。そしてそれは今も、そしてこれから先ずっとだろう。きっとアルファは、これから先の人生でも、ふとした時に殺人という罪に苛まれ、そしてその度に心を擦り減らせ続けるのだろう。
そんなボクが、アルファに気持ちに応える資格なんて無かった。だけどそれでも、彼の手を掴んでしまったのは、それこそが彼にとっての救いになると妄信した故か、それとも、彼と恋をしたいと願ったボクの利己心の発露なのか。
思い返せば、アルファが少し変わってしまったのは、彼が殺人を犯したあの時からなのかもしれない。25層以降のアルファも、オウガとサツキが死んだことから、それ以前よりも安定行動を選ぶようになっていたけど…あの時以来、彼は徹底的にボクの安全を重視し始めた。それは、異常とも言えるほどに、だ。
ボクが死なないように、レベリングを死に物狂いで続け、ボクが殺されないように、デュエルで誰にも負けない腕を身に付けようとした。ボクにとって障害となり得るものは、真っ先に排除しようとして、でもボクのやりたいことはやらせてくれて、ボクの意思は出来るだけ尊重してくれていた。
以前は確かに彼自身の行動原理があったはずなのに、その時辺りから、彼の行動原理の第一優先事項として、ボクの命の安全という物が組み込まれたのだと思う。
勿論、ボクのことを考えてくれるアルファの姿勢は、凄く凄く嬉しかった。だけど、それは本来のアルファの姿だったろうか。アルファと出会った当初は、果たして彼はこんな感じだったろうか。
…ううん、きっと違う。本当のアルファは、他人のことも大切にするけれど、自分のことも大切にしている人だった。だからこそ、自分の気持ちをよく曝け出したし、ボクと意見が対立することだってあった。
だけど、あの時以来の彼は?…うん、自分を顧みなくなった。自分のことは二の次三の次。まず第一にボクのことを、第二に友のことを。そんな人になっちゃった。誰もが思い浮かべる勇者像は、そんなものなのかもしれない。
でもそれで、アルファは命を落としかけた。いや、一度命を落とした。そんな彼の危うさが色濃く表れていたのが、ラフコフ討伐戦だったのだと思う。
あの時のアルファは、きっとラフコフ討伐なんて本当はしたくなかった筈なのだ。人を殺すということが、どれだけの重みを孕んでいるのかを、彼は間違いなく心に深く刻んでいたはずだなのだ。もう殺したくないと、心が討伐戦を強く拒絶していたはずだ。
ボクがあの時、何度もしつこく討伐戦には参加しなくてもいいと彼にそう言ったのは、彼に自分の意思を優先して欲しかったからだ。それでも、ボクやキリト達が命の危機に晒されるならと、彼は結局自分の意思を封じ込めて、戦場に向かった。
ボク達には内緒で、ラフコフ討伐戦の裏情報を探り、その末に一人で突っ走った。ボクの邪魔者を、友の邪魔者を、未然に排除してボク達を守り続けようとする。それだけが彼の行動原理だった。
…でも、そんなのは機械のすることだ。そんな生き方をしていては、先に擦り切れ、潰れるのはアルファなのだ。それを証明するように、彼はあの日一度死亡した。
…もう、そんなことはして欲しくなかった。もっと自分を大切にして欲しかった。出来れば、ボク達を頼って欲しかった。だからボクは、アルファの命を救ったあの日、彼の前で大泣きしながら、その想いを叫んだのだ。
あの時の彼は、大層驚いているようだった。自分が良かれと思ってやっていたことが、実は誰かを傷付けているとは思いもしなかったのだろう。そして彼は、ボクの言わんとすることを理解してくれた。
だからこそ、ヒースクリフの正体に迫ろうとしたあの時、一緒に手伝って欲しいと、ボクを頼ってくれたのだ。その翌日の朝、二人一緒に眠ったベットの上で、一緒に中層に逃げ出そうと言ってくれた。本当に嬉しかった。
普段のどうでもいい会話の中じゃなくて、大事な話をする時に、彼はまた自身の気持ちを伝えてくれるようになったのだ。それが、誰かのためのアルファじゃなくて、彼自身の為のアルファだった。それが本当に嬉しかったんだ。
彼はそんな自分を、弱いと言った。だけどそれは、弱さじゃない。自分を大切にしようとすることが、弱さなのではない。弱さとは、自分の気持ちを真正面から見つめられない事なのだと、ボクはその後になって理解したのだから。
そして決戦の時…あれは、別にアルファのことを責めるつもりは無い。あの場面なら、ボクだって勝負に出たはずだからね。ただ最後まで、麻痺状態を回復してボクと共にヒースクリフを打ち破ろうとしてくれた。それで充分だった。
旧ALOの世界で、ナメクジアバターの研究員を打倒する際に、とどめをボクに任せてくれたあの姿勢も、もう誰かを守るために突っ走ることは無い、守りたい人と協力しながら闘うという意志を強く感じ取れた。…なのに──
ユウキ「でも、やっぱりボクもアルファが好きだったから、自分の中で、あの世界でだけならアルファと一緒に居ようって、そう思ったんだ。だから…最初からそう決めてたから、現実世界に戻れるようになったその日に、ボクはアルファに別れを告げたんだ」
アスナ「だからアルファ君、現実世界に帰って来てからずっと、あんなに悲しそうな表情してたんだ…」
ユウキ「そうなの?」
アスナ「うん、ずっと何処か笑顔が曇ってたよ」
──なのに、ボクは最後まで、本当の意味で彼を信じることが出来なかった。己の心の中に潜む気持ちと本気で向き合わないままに、彼に別れを告げた。
アスナの話によればアルファは酷く悲しんでいたようだ。やっぱり、ボクは人を傷つけるのが得意ならしい。ホント、嫌な特技だよね。
それでも彼は、ボクを探し続けてくれた。そしてその果てに、ボクを見つけ出し、例えボクが拒絶しようとも、ボクとぶつかり合いながら、心の距離をもう一度詰め直してくれた。
ユウキ「…また、アルファのこと傷つけちゃったんだなぁ…。しかもね、ボクがアルファに別れを告げたのも、ホントはボクがアルファに病気のことを知られるのが怖くて、それで見限られちゃいそうな気がして、ボクがアルファから逃げたんだ。結局、ボクはアルファのことなんて何も考えてなかった。自分のことだけしか大切にしてなかったんだ。それでも、こんなボクでもアルファは愛してくれるから、こうして今があるんだろうね」
ユウキ「ボクの話はこんな感じだね。…うん、ちょっと空気が重くなっちゃったか。ごめんね」
直葉「…ユウキさんは、別に自分のことしか考えてないような、自己中心的な人じゃないと思いますよ。だって、もしユウキさんがそんな人だったら、こうやってみんなからも愛されませんし、アルファさんだって好きになることは無かったはずですから」
ユウキ「……」
直葉「人は誰しも、正の面と負の面を持ってるんだと思います。勿論私にだってありますし…だからユウキさんは、そんなに自分を卑下する必要はないですよ」
ユウキ「…優しいね、リーファは」
直葉「いえ、私だって、自分の行き場のない気持ちを別の誰かに押し付けようとするような人ですから。そんなことは無いですよ」
思いの外、アルファとの出会いとこれまでの話は、思い出すことが多くて、ボクが夢中でそれを語っていると、思ったよりも内容が重かったことに気が付く。
如何やらボクは、アルファに対して綺麗な恋心を抱いたと言うよりは、もっと淀んで薄汚い気持ちを抱いていたらしい。一瞬、静まり返った場であったが、リーファがボクを肯定してくれた。
リーファの言う通りだと思う。ボクにだって、正の面はある筈なのだ。でも、それを自分で見つけられない程、負の面が大きく前に出ているだけなのだと思う…。そんなことを考えていると、リズがふと、口を開いた。
リズベット「……そう言えばだけど、あたし、ユウキに一つ聞きたいことあるのよね」
ユウキ「何かな?」
リズベット「結局のところ、ユウキってアルファと初夜迎えられたの?」
ユウキ「り、リ、リズ!?」
全くもって、これまでの話の流れからは想像もつかないリズからの不意打ちに、ボクが思わず焦りを募らせていると、次いでアスナが口を開いた。
アスナ「あ、わたしもそれ気になるなぁ~」
ユウキ「アスナ!?」
シリカ「まぁ、アスナさんに関してはさっき答えたみたいなものですし、ユウキさんについても気になりますね~」
ユウキ「え、えぇ…し、仕方ないなぁ…」
みんなからの思わぬ要望に、ボクは頬を赤く染める。さっきまでの気持ちは何処へ行ったのか、いつの間にか頭が乙女モードに切り替わっていた。
…まぁ、確かにアスナとリズには、アルファと夜の営みするために色々聞いたし、ちゃんと答えるべきだよね…。そう思うと、なんだか証言義務がある気がしてきたボクは、羞恥心に襲われながらたどたどしく答える。
ユウキ「…む、迎えたよ。あの後…」
リズベット「ほ~う…で、どうだったのよ?」
ユウキ「ど、どうって…」
直葉「…」ゴクリ…
ユウキ「…そ、そんなの~…よ、良かったとしか…」
シリカ「……ど、どんな風に…?」
ユウキ「ど、どんなっ!?……そ、それはぁ……」
直葉「は、早くお願いします!」
ユウキ「うぅ~…。……い…」
アスナ「い?」
ユウキ「言えっこないよそんなことっ!?」
ユウキ「あっ!!ボクもう直ぐ先生と面会だからっ!バイバイっ!!」
最初のリズの質問にさえ答えればそれでいいと思っていたのに、思った以上に皆に追及され始めて、アルファとの初めての夜の営みを脳裏に鮮明に浮かべながら、ボクはもう顔中真っ赤にしていた。
ドンドンと具体的なことを述べねばらならなくなっていく状況に、遂に恥ずかしさが限界を迎えたボクは、不意に面談の時間が迫っていることを思い出し、それを契機として無理矢理電話を切ってしまった。
今VRルームから出ると、向こうでもポーっと顔が赤くなる気がしたので、ボクは暫くVRルームの中で、照れた乙女の顔を浮かべ続けたのだった。
アスナ「あ、切れちゃった」プツン
リズベット「さては逃げたわね、ユウキの奴」
直葉「け、結構気になってたのに…」
シリカ「…まぁ、でも…」
アスナ「ユウキも色々あるんだろうけど…」
直葉「なんだかんだで…」
リズベット「幸せそうよね…」
一同「「…はぁ…」」
ユウキが電話を切った直後、その場に取り残された四人の誰もが、願わくばこれからも、ユウキが幸せであり続けて欲しいと、そう強く願わずにはいられなかった。
次回の投稿日は、明日となります。
では、また第125話でお会いしましょう!