~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第126話 迷う心

 ユイ「クジラさーん、ありがとうでしたーっ!また背中に乗せてくださいねーっ!」

 

 アスナの肩にちょこんと座ったユイちゃんがブンブンと手を振りながら、俺達をここまで送り届けてくれた、白い巨大クジラとお供のイルカをお見送りしていた。

 結局、あの後俺達は、クジラにトゥーレ島どころかここシルフ領の浜辺にまで運んでもらったのだ。その途中には、クジラが間欠泉のように潮を吹いたり、それによってユイちゃんが空高くぶっ飛ばされたり、現実世界のクジラは噴気孔から海水を排出するわけではなく、海面の近くで噴気した時に、一緒に海水を巻き上げているだけだという雑学をユイちゃんが披露し、それに皆が口を揃えて驚きを示したりと…色々あったが、全て含めて実に楽しいクエストの締め括りであったと思う。

 このクエストに臨んだ目的も果たせたことだし、良かったなぁと思っている俺に対して、キリトは、クジラたちが見えなくなったことに名残惜しさを感じているユイちゃんが、少し寂しそうな表情を浮かべていることに気が付き、優しく声を掛ける。

 

 キリト「きっとまた会えるさ。さっきのクエスト、なんだか続きそうな気配だったしさ」

 

 クライン「おう、そこ、そこだぜキリの字!」

 

 クライン「いったいぜんたい、あのクエは何だったんだよ?人魚姫がジイさんで、ジイさんが大ダコで、大ダコがシンエンの王だとかナンタラ神族がどうだとか、オリャもうワケわかんねーよ」

 

 キリト「最初の人魚姫は単なるお前の願望だろう」

 

 クラインの見事なボケに、しっかりとツッコミを入れるキリトの漫才力には感心しながら、俺も喉でつっかえていたそのものの正体に気が付く。…それだ。キリトの言う通り、あのクエストには続きがある予感がしたんだ。

 本日俺達が挑んだ探し物クエストは、目的物をお届けしたと思ったら、そのお使いを頼んだ本人が黒幕だったという、一捻り入れつつも最早使い古されてしまったありがちなストーリー構成であったのだが、そこからが、まぁ想像もできないような展開であった。

 その黒幕がクラーケンとか言う伝説の魔物であり、俺達じゃ全く歯が立たない所を、海の王なるおじさんが割って入り、それにてクエスト終了となったのだ。クラインの至極真っ当な疑問に、俺以外の皆も難しい顔を思い浮かべながら唸っていると、キリトが一つ問い掛けてくる。

 

 キリト「誰か、タコとおっさんの会話、正確に憶えてたりしないかな?」

 

 他のゲームのことは、俺はよく知らないが、俺の入り浸っているVRMMOというジャンルのゲームでは、こういうクエスト関連の重要そうなイベント会話は、アイテムを使って録音する必要があるのだが…今回は、余りにいきなり過ぎてそんなところまで頭に回ってこなかった。

 旧SAOで過ごしたあの頃であれば、こんな調子であれば、クエストのお手伝いを頼んできたアルゴに大目玉を貰うところであるが、幸い、今日は誰にもそれを追及される心配は無い。俺達全員がふるふると首を左右に振ると、代わりにキリトが嫌味なボケを言ったりしたが、それに反応したのはリズベットであった。

 …そう言えば、俺はこのメンツの中だと、ボケ係なのかツッコミ役なのか、それともいじり担当か将又弄られキャラなのか、一体自分のジョブは何だったろうか。まぁ、弄られキャラは確実にクライン&キリトなのは確定だろうが…だなんて脱線した思いを巡らせていると、ユイちゃんが言葉を放った。

 

 ユイ「しょーがないですねえ。ちょっとずるっこですが、私が会話を再現してあげます!」

 

 「「おお~」」

 

 ユイちゃんの粋な申し出に、俺達が揃って感嘆の声を上げると、「えっへん!」と少し舞い上がったユイちゃんが、タコとオジサンの口調を器用に真似ながら、海の王と深淵の王の難解なやり取りを一人二役で再現してくれた。

 その語りを纏めると、まず、海の王と深淵の王は旧友であり、海の王はアース神族の味方、深淵の王は神々に敵対する勢力に与するということ。

 次に、そんな二つの勢力のどちらにもキーになってくる存在が、俺達が海底神殿から持ち出してしまい、あわや何も知らないまま深淵の王に渡そうとしてしまったあの卵であること。

 そして最後に、その卵から得られる力が御子の力と呼ばれ、そんな卵の中の存在は、いつか全ての海と空を支配するらしい高名な御方のものらしいということであった。

 

 ユイ「…以上です!」

 

 キリト「サンキュー、ユイ」

 

 ユイちゃんの見事な語り口に、皆皆揃って拍手をしながら、俺はユイちゃんの話の中で一番衝撃的だった事実を、ついボソッと呟いてしまった。

 

 アルファ「…あぁ、あの人リヴァイアサンって言うのか…」

 

 ユウキ「もしかして、アルファ読めなかったの?」

 

 アルファ「…」

 

 ユウキ「アハハ~、アルファもまだまだだね~」

 

 ボソッと呟いたはずだったのに、誰も気が付いてなかったのに、何故か俺の発言を器用に聞き取ってしまったユウキにそれを追及され、図星であった俺は無言を貫き通すしかなかった。

 ユウキに英語能力の低さを揶揄われてしまい、もしや、俺はキリトとクライン同様、弄られキャラとしての地位を確立してしまうのではないかと、別の意味で焦りを募らせる。

 

 キリト「うーん…気になる固有名詞は、<アース神族>と<御子>だな。どっかで聞いたことあるような気もするけど…」

 

 リーファ「はーい!」

 

 俺はアース神族とか言う存在については、なんだか耳にしたことがあるな、っていうぐらいなので、当然キリトの疑問に答えることは出来なかった。

 …まぁ俺も、SAOの頃に散々神話とかに関係したクエストをクリアしてきたから、それには若干興味があるんだが、何せどこから手を付ければいいのか分からないもんだから、中々手を出せないで居るんだよなぁ…。

 そんな中で、勢いよく手を挙げたのは、リーファであった。そう言えば、リーファは神話などなどがお好きなようで、それ故にそれに関連する知識も豊富であると、本人から聞いた覚えがある気がする。

 

 リーファ「アース神族って言うのは、北欧神話に出てくる神様の一族のことだよ!主神のオーディンとか、雷神トールとか、悪戯好きのロキとかはみんなも聞いたことあるんじゃない?」

 

 「「あるあるある」」

 

 リーファ「で、御子っていうのは…」

 

 「「ふんふんふん」」

 

 リーファ「さっぱり解りません!」

 

 とても現実世界ではやろうとは思わないが、ここは仮想世界、ちょっとぐらい強く地面とぶつかっても、痛くもかゆくもないのだ。なので、リーファが笑顔でそんなこと言うものだから、俺達は律儀にずっこけモーションを披露した。

 

 アルファ「ユウキって、自称博識だろ?御子って何か解らないのか?」

 

 ユウキ「自称じゃなくて通称ね。ボクも色々考えたみたけど、御子なんて聞いたことも無いと思うな」

 

 俺のイメージが弄られキャラに固定されてしまわないように、ユウキをいじる方針に移った俺はそれを追求したのだが、ユウキはケロッとしたまま焦る様子を見せることも無く、サラッと自称を他称どころか通称にまでランクアップさせてから、返事をしてくれた。

 

 シリカ「えーとつまり、クラーケンのお爺ちゃんは、そのアース神族が気に喰わないけどいまはまだ勝てないから、<御子の力>を手に入れて強くなろうとしている…ってことなんでしょうか?」

 

 リズベット「あの大ダコのトンデモパワーでも敵わないって、アース神族ってのはどんだけ強いのよ…」

 

 アスナ「そりゃまあ、神様だもんね」

 

 アルファ「ALOのプレイヤーが束になっても一蹴されるぐらいかもな」

 

 クライン「そうだぞォ、おめーら若ェのは知らねーだろうけど、オーディンっつったら最強クラスだったんだぞ。召喚されるや否や、ズバッ!とモンスターを一刀両断…」

 

 エギル「おいおい、神話の話じゃねぇだろそれ」

 

 「「アハハハッ!」」

 

 ユウキ「…え?神話の話じゃないの?」

 

 アルファ「…さぁ?俺にもよく分からん」

 

 クラインの発言にキレの良いツッコミを入れたエギルに、皆で笑い声を上げているとふと、ユウキが俺に訊ねてきたのだ。しかし、確かに俺も改めてよく考えてみると、クラインの言ったことの意味はあまり理解していなかった。

 …まぁ、召喚だとか言ってる辺り、ゲーム関連の話なのだろう。小学生時代は外で元気に遊んで、中学生時代は部活動に全てを費やし、そして高校生活の半分は、デスゲームと化したVRMMOという魔境に取り付かれてしまった俺にとっては、他のゲームのことはやっぱりよく分からない。

 なんだか途端に取り残されたような気分を味わいながら、クラインがオーディンやらバハムートがどれだけ強かったのかの力説を聞いているうちに、ようやく俺にも、耳に挟んだことはあるぐらいの超有名ゲームのタイトルが聞こえてきた。

 隣で不思議そうに皆を眺めていたユウキも、得心したように声を上げていたので、どうやら彼女も某<最後の空想>については知っていたようだ。

 

 クライン「あああっ、ヤベエ!オレ、十時にピザの宅配予約してたんだった!」

 

 エギル「おいおい、あと三分だぞ。ここからスイルベーンまで飛んだら十分は掛かるぞ」

 

 クライン「オレ様のシーフードピッツァと生ビールがぁ──っ!」

 

 あんなに熱心にゲームの話題を語っていたクラインが、突然素っ頓狂な大声を出したかと思うと、なにやらピザの予約をしていたらしい。

 エギルの冷静な指摘に、もう午後十時になってしまったのかと、体感的にはまだ一時間程しか経過してないぞと、やっぱりみんなと過ごす時の時間の流れの速さと言ったら尋常ではないことを改めて思い知らされながら、クラインの大袈裟な叫びに俺も苦笑を漏らす。

 

 キリト「消えるまで俺達が見てるから、ここで落ちろよ。今度はちゃんと受け取らないとな」

 

 クライン「そうだな。んじゃ、お言葉に甘えて、今日はここらで失礼させてもらうぜ」

 

 キリトが妙に懐かしそうな表情で、クラインの肩に手を置き、そう言うと、クラインもまた在りし日を偲ぶような表情を浮かべて、へへッと笑う。

 まぁ俺は、キリトとクラインに何があったのかは知らないが、言葉から推測するに、クラインは過去にピザを受け取れなかったことがあるらしい事実は把握出来た…とは言っても、そんなことを理解したところで、何になるのだという訳だが…。

 

 リズベット「ピザの上に載ってるエビとカニとイカとタコにもよろしくねー」

 

 クライン「んじゃ、皆の衆、お疲れ!」

 

 リズベットの小突くような発言に、そう言えば少し前に、もうそれらの顔は見たくねぇとボヤいていたクラインを思い出す。そしてその張本人であったクラインも、微妙そうな顔をしながら、ログアウトボタンに触れる。

 すると、クラインのアバターが圏外ログアウトの待機状態に移行した。それを周囲のモンスター或いはプレイヤーに狙われないよう、俺達は彼のアバターを守らねばならないのだが、こんなシルフ領の端にやって来るプレイヤーなど殆どいないだろうし、出現するモンスターもかなり弱いこともあってか、キリトが次いで皆に呼び掛ける。

 

 キリト「他にも、ログアウトしたい人が居たら落ちてくれていいよ。俺が最後まで見てるから」

 

 キリトの発言に、まずはアスナが、そろそろ時間だからとログアウトを申し出た。これまでの学校やらALO内での発言からして、俺の母親とは違ってアスナのお母さんがかなり厳しいことが見え隠れしているので、どうやら夜更かしのし過ぎはダメだったりするのかもしれない。

 次にログアウトを申し出たのは、明日の仕込みがあるというエギルだ。彼はお店経営者なのだから、それも当然だろう。その次は、夏休みの宿題に取り組むという学生の本分たる学業に励むらしいシリカ。そして最後は──

 

 リズベット「じゃあアタシも、見たいテレビあるから、ログアウトしまーす。お疲れぃ!」

 

 アルファ「おう。そんじゃあ、お疲れ」

 

 キリト「…いや待てアルファ。今のは正当な理由なのか…?」

 

 アルファ「…あれは完全に私的な理由だな。流れが自然過ぎて、全く気が付かなかったぞ…」

 

 リズベットがノリノリでログアウトしていくもんだから、そのまま見送ってしまったその直後、キリトがあれ?可笑しいな?って顔しながら、俺にその旨を伝えてくれた。

 そこで俺も、リズベットにしてやられたことに気が付いたわけだが、もう時すでに遅し。その場に残ったキリト、リーファ、俺、ユウキの四人で、五人分のアバターを守る羽目になってしまったわけだ。

 そんなときにふと俺は、シリカの頭上をキョロキョロと見回すピナの存在に気が付く。ピナとは、シリカがSAO時代から連れている<フェザーリドラ>という小さなドラゴンの名称であり、彼女のテイミングスキルで手懐けることに成功したレアモンスターである。

 SAOのデータを引き継ぐ際に、なんとテイミングスキルで手に入れたモンスターもこちらの世界に連れてこられる仕様だったようなので、こちらの世界でも、ピナは変わらずシリカに引っ付いているという訳だ。

 そのふわふわとした青い体毛に、くるりとした紅色の眼は非常に可愛らしく、その上ご主人様であるシリカを守るように、辺りをチラチラと警戒する健気さも、また愛くるしい。

 

 ユウキ「アルファって、ピナのことかなり気に入ってるでしょ」

 

 アルファ「まぁな。…俺もこういうモンスターテイミングしてぇ…」

 

 ユウキ「じゃあ何でケットシー選ばなかったのさ」

 

 アルファ「…ネコミミみたいなん付けたくなかったから」

 

 ユウキ「…結構似合うんじゃない?」

 

 アルファ「だから嫌なんだ」

 

 ユウキ「そこは自覚済みなんだね。…ねぇ、今度ケットシーでアバター作って来てよ」

 

 アルファ「断固拒否させてもらう」

 

 ユウキ「え~…」

 

 ピナは俺のことを敵ではないと認識してくれているのか、俺が思わずその柔らかい毛並みに触れても、可愛らしい鳴き声を上げるだけで、噛み付いたり、得意のバブルブレスを吐かれたりすることは無い。

 不意にユウキに、俺がピナを好きなことを指摘され、俺が思ったままの返事をすると、特に話すつもりのなかったそれを追及されてしまった。

 まぁ嘘をつく必要も無いだろうと、正直に答えた後に、絶対にケットシーになるつもりは無いとの意志を伝えると、何故かは分からない…というよりは分かりたくないが、ユウキは非常に残念そうであった。

 …ただでさえ、俺はどっちかと言えば可愛い寄りの顔をしているのだ。そこはもう、散々周りに言われ過ぎて、諦めて受け入れることにした。だが、カッコよくあることを諦めたわけではない。ネコミミやらイヌミミ、シッポなんてつけた日には、当然ユウキ達に馬鹿にされる未来が良く見通せる。

 何やら次の大型アップデートでは、種族間の転生機能だなんてものが噂されているが、転生にはどうせ大量のユルドが必要になって来る筈だ。とは言え、そこまでしてでもドラゴンとかテイミングしてたいという気持ちはあるのだが、皆に馬鹿にされるぐらいならば、それも泣く泣く諦めることにしよう。

 

 キリト「俺たちはひとっ飛び、スイルベーンまで戻るけど、二人はどうする?」

 

 アルファ「じゃあ、俺達もそうするか」

 

 ユウキ「そうだね」

 

 ケットシーに転生するか否か、そんな分かり切ったことをもう一度考え直していると、みんなのアバターも無事にその場から消え去り、完全なログアウトが完了したようだ。

 なので役目を終えた俺達も、その場を後にすることにした。妹に対する保護欲求でも湧いてきたのか、キリトがリーファの手を掴んで空を飛ぼうとすると、逆にキリトがリーファに腕を引っ張られながら、空へと飛翔していく。

 

 ユウキ「ボクも引っ張ってあげようか?」

 

 アルファ「いらんいらん。そんなに飛ぶスピード変わらねぇだろ?」

 

 ユウキ「うん…」

 

 アルファ「なんてな。ちゃんと手、繋ごうぜ?」

 

 ユウキ「うん!」

 

 ユウキの提案に対して、俺が少し意地悪を言ってみると、目に見えて寂しそうな顔をしたユウキを見て、やっぱり純粋だなぁと可愛すぎるユウキの様子を楽しんでから、俺もユウキの手を取る。

 すると途端にパッと顔を輝かせるものだから、本当に面白いし何より俺の心を擽ってくれる。もしユウキがケットシーを選んでいたのならば、今頃ブンブンと尻尾を振り回しているのではないだろうか。…ふむ。いま何気に思ったが、ユウキのケットシー姿…絶対に可愛いな。俺なんかよりもよっぽど需要あるぞ。

 

 ユウキ「そう言えば言いそびれてたけど、飛ぶスピードはボクの方が速いんだからね?」

 

 アルファ「いや、俺だから」

 

 ユウキ「じゃあ、今度スピード勝負でもしよっか」

 

 アルファ「臨むところだ」

 

 二人でそんな軽い言い合いをしながら、キリトとリーファの後ろを飛翔し、やがてシルフ領の首都スイルベーンに辿り着く。キリト達とはそこで解散し、俺達は適当な宿に入った。

 部屋だけ借りて、取り敢えず小腹を満たそうと、また適当なお店で海鮮丼を頂いてから、再び宿へと向かい、客室に入る。例によって就寝準備をしてから、俺は再びこちらの世界へとログインしてきた。

 …今日はユウキにはその気が無いのか、いつもみたいに俺がログインするや否や、こちらに何かを仕掛けてくることは無く、俺達はソファに並んで、ゆっくりと腰掛けていた。

 

 ユウキ「ねぇ、アルファ」

 

 アルファ「どうした?」

 

 ユウキ「アルファって、どんな神様を信じてるの?それとも、神様なんてそもそも信じてなかったりする?」

 

 アルファ「…そう、だなぁ…」

 

 すると隣にいるユウキが途端に、そんなことを訊ね掛けてくる。改めて、自分がどんな神様を信じているのかについて聞かれることは、これまでの人生の中でも余りない経験だったので、俺も暫く考え込んでしまった。

 思い返せば、俺の家系はお寺にお墓があるのだから、浄土真宗だか浄土宗だか、兎に角仏教を信仰しているのだろうが…では実際に、俺自身が仏教徒であるのかと言われると、そうでもない。

 これは日本人の多くに見られる宗教自体への意識の希薄性なのかもしれないが、そうではないのかもしれない。かと言って、神様なんぞこの世界には居ねぇんだよと言ってしまうことも、また俺は無いのだろう。であれば、日本人の多くの根底にある神道が、俺の信じる神様なのかと言われてみても、どうにもそれも納得いかない。

 …ただ、あの世界での二年間を通して、確かに俺の中に宿ったたった一つの信念こそが、その核心たるものなのではないかと、俺はそのような結論に至り、再び口を開いた。

 

 アルファ「俺は、みんなが思ってるような神様は信じてないけど…神様が居ないとも思ってないんだろうな」

 

 ユウキ「どういうこと?」

 

 アルファ「ん~…なんか、神様ってのはさ、その人自身なんだと思うんだ。何か特定の神様っていうのが明確にそこに存在してるわけじゃなくて、自分自身の中に神様がいるみたいな…。だからこそ、何かを強く願ったその時に、自分の内に秘めたる神性が、俺達をその結果へと導いてくれるんじゃないか?」

 

 ユウキ「なるほどね~、自分自身が神様で、誰もが神様かぁ…うん、良い答えだと思うな」

 

 アルファ「そりゃどうも」

 

 ユウキが満足そうに深く頷く様子を見て、俺も軽く頷き返す。

 俺は今の言葉の通りに、神という存在を信じているのだと思う。例えば引き寄せの法則だなんてものがこの世界には存在するが、それは他でもない自分こそが、それを強烈に望むからこそ、その結果が得られるに違いない。

 抽象的に言い換えるならば、各人に宿る強大な意志の力が、神性として現実世界に反映されるのだろう。人はそんな奇跡を、第三者である神様が与えてくれたのだと、そう考えるわけだ。

 だがその本質は、自分自身のみに宿っているのだと、俺はそう確信している。その証明こそが、俺がシステムに規定された麻痺毒を無理矢理打ち破ったあの二度の出来事であり、ヒースクリフとの決戦で、オウガとサツキを呼び寄せた意志力なのだと思うのだ。

 

 アルファ「…んなら、そう言うユウキはどんな神様を信じてるんだ?」

 

 ユウキ「ボク?」

 

 アルファ「あぁ」

 

 ふと、対するユウキはどんな神様を信じているのだろうかと、そんなことが気になったので、俺も訊ね返してみた訳だ。するとユウキは、すぐに答えを返してくれる。

 

 ユウキ「ボクは…ママがキリスト教徒だったからさ。それで昔はよく、教会にお祈りに行ったりしてたかな」

 

 アルファ「キリスト教徒か…」

 

 ユウキ「うん…あ、そうだ」

 

 ユウキがキリスト教徒であったこと、それはよく思い出してみれば、初めて倉橋先生と会った時に聞かされていた。がしかし、あの時は他の情報量が余りに多過ぎて、俺もついつい忘れてしまっていた。

 俺がユウキの言葉を繰り返していると、彼女は突として何かを思い出したようであった。しかしその瞬間に、ユウキの口元がニヤリと良からぬ歪み方をしたので、こちらも警戒心を高める。

 

 ユウキ「ボクのママはね。厳格なカトリック教徒だったんだけど……この意味が分かるかな?」

 

 アルファ「…いや、全く」

 

 ユウキは俺を揶揄うようにひたすらニヤニヤと俺に問い掛けてくるが、俺のキリスト教に関する知識など、カトリックからプロテスタントが誕生した程度のものなのだ。

 一瞬、俺がそんなことを考えているうちに、何故かユウキがピタリと俺の身体に密着し出した。俺は僅かにドキリとしながらも、短く答える。するとユウキは、更にこちらに身体を密着させながら、言葉を続ける。

 

 ユウキ「カトリック教徒って言うのはね~…」

 

 まるで俺を弄ぶように、語尾を間延びさせてその意味を教えようとしてくれないユウキに、ある種の焦らしを受けていると、唐突にユウキが、俺の耳元で小さく囁いた。

 

 ユウキ「婚前交渉は、しちゃダメなんだよ?」ボソッ

 

 アルファ「っ!?」

 

 ユウキの口から放たれた衝撃的な一言に、俺は大きく硬直した。

 …な、な、なんだとッ!?例えユウキがカトリック教徒でなかったとしても…いや、現に親がカトリック教徒だったから、ユウキも一応カトリック教徒であると仮定するのならば…完全にアウトじゃないか!?思い当たる節が多過ぎるぞ!?というか何で今更そんなこと言うんだっ!?

 この圧倒的背信状態に、俺がアセアセとしていると、ユウキはそのままの俺の身体の上に跨り、意地悪な笑みを浮かべながら、紅潮した視線を向けてくる。

 

 ユウキ「…で、今日はどうするのかな~?ん~?」

 

 アルファ「」

 

 ユウキのその挑発的な言動に、まぁ勿論俺も耐えられるわけが無かった。…いや、きっと以前の俺ならば、なんとか冷静さを保てていたのだろう。だが最早一度、彼女によって決壊してしまったダムは、中々修復出来ないでいたのだ。

 …今週はこれで五回目だな。この調子で行けば、今週は毎日かもな…とそんなことを頭の片隅で考えつつも、だが一方で、また、ユウキに流されたんだなぁ…きっとこれじゃダメなんだろうなぁ…良くないんだろうなぁ…何やってんだか、俺…と悩む心が俺を覆い被さろうとする。

 しかし俺はすぐに彼女の色香にあてられ、それは一旦は心の奥底へと封じられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、二月十二日の土曜日となります。

 では、また第127話でお会いしましょう!
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