~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第129話 憂苦の小片

 行き交う生徒の様々な声が飛び交う廊下を、俺はゆっくりと歩きながら、第二校舎へ続く渡り廊下へと向かって行く。連絡通路には、次の授業の教材を運ぶ学生や、或いはカフェテリアから教室へと戻るらしい複数人の男女。他にも、せわしなく往来する先生方など、それは様々であった。

 そんな中俺は一人、渡り廊下を通過し、そのまま階段を登って三階へと移動する。やがて見えてきたコンピュータールームのような、大小さまざまな機械が整然と並べられた部屋に入った俺は、すぐに目的の人物の姿を確認し、声を掛ける。

 

 アルファ「よお、キリト」

 

 キリト「おお、アルファか。珍しいな、こんなところに来るなんて」

 

 キリトが頻りにパソコンのキーボードを叩きながら、同じように作業している男子生徒と意見交換している所に、俺が割って入るのも若干申し訳なかったが、声を掛けさせてもらった。

 するとキリトは、俺の姿を認識するや否や、不思議そうな表情を浮かべていたのだが…コイツは、昨日交わした大切な約束事をもう忘れてしまったのだろうか。俺は右手に握り締めていた茶封筒をキリトにすっと差し出し、言葉を放つ。

 

 アルファ「これ、使ってくれ」

 

 キリト「ん?なんだなん……は……?」

 

 俺から少し分厚い茶封筒を受け取った彼は、やっぱり昨日の俺との会話を忘れてしまったようで、徐にその茶封筒の中身を確認し、途端に硬直する。しかしすぐにその石化魔法は解除され、ガタッと椅子から勢いよく立ち上がったかと思うと、俺の手に茶封筒を捻じ込み、彼は俺に迫って来た。

 

 キリト「こ、こんなの受け取れないぞ!?それになんでなんだ!?」

 

 アルファ「キリト…昨日の俺との会話、もしかしてマジで忘れてるのか?」

 

 キリト「昨日の会話…?」

 

 アルファ「お前…なんだっけ…<視聴覚双方向通信プローブ>っての頑張って作ろうとしてるって言ってただろ?だからその為の資金にな?」

 

 キリト「た、確かに言ってたけども!…だからって、こんな桁の金額は受け取れないだろ!?」

 

 アルファ「キリトがさ、勿論一番目はユイちゃんの為を思ってそれを作ろうとしてるのは知ってるぜ。…でも、その次ぐらいにはユウキの為なんだろ?だからさ、俺はそういう頭は無いから、これぐらいは応援させてくれ」

 

 昨晩、ALOで狩りをしている時にふとキリトが、アミュスフィアとネットワークを通して、現実世界の遠隔地と視覚、聴覚のやり取りを可能とする代物を研究しているが、中々上手く行かないのだとの愚痴を零したのだ。

 最初はそれを何となく聞いているだけだった俺も、不意に、ならばメディキュボイドでも同じことが為せるのではないのかという結論に至り、それを彼に訊ねてみると、オフコースとの返事を頂けたのだ。

 この学校は普通の高校とは違って、高専的な要素があり、生徒が望めばそれなりに専門的な知識を身に付けられるような仕組みになっている。それ故に、彼の専攻するメカトロニクス・コースでは、そのような研究テーマを打ち立てたのことだった。

 そしてその話の中で、せめてもう少し研究費用があれば…と彼がボヤいていたので、こうして俺は資金援助を申し出たというわけだなのだ。

 昨日の会話をやっと思い出したらしいキリトが、焦った様子で俺に反論してくるが、俺は更に言葉を返す。するとキリトはまだ納得できないのか、尻込む様子で口を動かす。

 

 キリト「…でもなぁ…」

 

 アルファ「…それにその金は、キリトが事前にVRMMOが盛り上がるって教えてくれた時の不正金みたいなもんだから、実質お前のもんだぞ?遠慮なく使ってくれいいんだって」

 

 俺の言わんとすることを察したのか、キリトは俺の言葉には納得しつつも、未だにそのちょっとしたはした金を受け取ることに渋るのだ。俺も我慢しきれずそれをぐいと押しやると、彼はようやく茶封筒を受け取ってくれた。

 

 キリト「…ありがとうな、アルファ。必ず、成果を出して見せる」

 

 アルファ「おうおう、女遊びには使わないでくれよ?」

 

 キリト「使うわけ無いだろ…そんなことしたら、俺、アスナに串刺しにされちゃうからな…」

 

 アルファ「それもそうだな。んじゃ、頑張ってくれ」

 

 ほんの少し軽口を交えてから、俺はメカトロニクスを専攻している生徒に与えられた教室を後にした。件の視聴覚双方向通信プローブとやらの完成形は、その使用者の視線の動きと同期して映像を得ることが出来るらしい。

 それがあれば、俺は今よりもユウキと一緒に過ごせる時間が増えるのだろうし、ユウキだって、キリトやアスナ達と掛け替えのない時間がもっとたくさん得られるに違いないと、俺は信じているのだ。

 キリトに渡した茶封筒には、高だか五十万円の半分以下である数十万円程度しか入っていない。以前の俺ならば、それでさえ莫大な金額だろうと思っていたのだろうが、今の俺にとっては最早紙屑同然であった。

 なにせ、例え数十万だろうと数千万円だろうと、それではユウキの命を救うことは出来ないのだから。ならば、そんな紙屑が役立つ機会があるのならば、彼女の人生を少しでも豊かにするために、どうしてそれを使わないだろうか。

 だが俺は、同時にこうも思う。であれば俺はどうしてキリトと同じくメカトロニクス・コースを専攻し、視聴覚双方向通信プローブの開発に携わろうとしないのだろうか、と。その答えは明白で、単純に俺が、その手の専門知識が全く頭にない上に、数学やら理科やらが少々苦手だからに他ならない。

 …しかし、それは俺の本心だろうか?今から俺が必死に専門知識を頭の中に叩き込めば…まぁ、一年半後ぐらいには、俺もキリト達と共に、ユウキの為になる機械を開発出来たりするのではないだろうか?

 そんな自問自答に、俺は紛れもなく、イエスと答えよう。なればこそ、俺はそれらに時間を割く気になれない。何故なら、何故ならば……果たして君は一年半後に、確かに俺の隣で笑っていてくれているのだろうか?確実に末期へと向かっている君は、一年半後には、もう……

 

 アルファ「……」

 

 ……やめよう、そんなことを考えるのは。…大丈夫だ。大丈夫だから。

 

 少し、悪い方向へと頭が働いていた俺は、それをリセットするように小さく息を吐き出し、その可能性を頭の中から追い出した。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 倉橋「じゃあ、今日の面談はこれで終わりにしようか」

 

 ユウキ「はい、ありがとうございました」

 

 倉橋先生が椅子から腰を上げるのに合わせて、ボクもベッドの上から軽く頭を下げ、挨拶しておく。今日は、定期検査及び面談の日であった。とは言っても、検査の結果は特段異常は無かったので、倉橋先生とは今後の治療の方針と、メディキュボイドの臨床試験の指針の再確認をしただけではあるが。

 これから外来診療を担当するべく、病院医師としての業務に戻る先生に、ボクは一つ確認しておきたいことを思い出し、呼び止める。

 

 ユウキ「…あ!先生、待って」

 

 倉橋「どうかしたかな?」

 

 ユウキ「えっと…VRルームの件は、どうなりましたか?」

 

 倉橋「あぁ、木綿季くんの望み通りになりそうだよ。もう少し時間がかかるだろうけど」

 

 ユウキ「ホント!?…よかったぁ…」

 

 倉橋「そうだね。予定だと、一カ月から一か月半後には何とかなりそうだよ」

 

 ユウキ「ありがとうございます!じゃあ、先生も業務頑張ってきてください!」

 

 倉橋「ええ、勿論。じゃあまた後でね」

 

 先生から望み通りの解答を聞き出せたボクは、思わず胸が躍る感覚を覚えながら元気よく言葉を返した。すると倉橋先生も一層穏やかに微笑みながら、ボクに言葉を返し、ここから去って行く。

 一つ、ボクなりに打ち立てた事柄が現実になる予感を感じ取り、ボクの顔には自然と笑みが零れ落ちるのだ。…少し、喉が渇いたな。そう思ったボクは、ゆっくりとベッドから降りた。

 

 ユウキ「…っ…」

 

 ベッドという支柱を失い、二本足で身体のバランス感覚を維持しようとしたボクは、途端にそれを認識する。それとは、身体に圧し掛かる重さ…つまりは、重力である。その重みに抗いながら、ボクは水分補給を行うために動き出した。

 …これ程にまで、重力とは苦しいものだったろうか。水分補給を完了し、再びベットに横たわったボクは、そう思わずにはいられなかった。

 勿論、ボクは日頃から、メディキュボイドの被験者として仮想世界に入り浸り、ALOなるゲームの世界でSAOのデータを引き継ぎ、疾風の如く動き回っているだけでなく、更には四枚の翅を使って空を自在に飛び回っているのだ。それ故に、現実世界の重力感をより強く認識するのは、仕方のない事なのだろう。

 …でも、果たして本当にそれだけが、ボクが重力を辛く感じる要因だろうか。否である。ボクがそう感じる要因はもう一つあるのだ。そしてそれが、最も足る理由でもあった。

 …単純に、ボクの現実世界の身体に、筋肉が足りないのだ。そして何より、ボクの身体自身が、徐々に衰弱してきているからだ。先程、検査の結果に特段の異常は無いとは言ったけれど、それはボクの症状が急激に変化していないことだけを指し示しており、日和見感染症は…エイズは、緩やかではあるが、一定のスピードで確実に、ボクの身体を蝕んでいる。

 

 ユウキ「……死にたく、ないな……」

 

 それを認識した途端、ボクはつい弱音を吐いてしまった。きっとボクがこんな弱音を吐けば、アルファは悲しんじゃう。だからボクは、アルファの前では決してこんな弱音を吐くつもりは無いけれど…今はここには誰も居ない、ちょっとぐらい本当の気持ちを呟いたって、誰にも迷惑は掛けまい。

 

 ……あぁ、こんなにも生に執着してしまうようになったのは、一体いつ頃からだろうか。

 

 少なくともSAOに囚われる以前は、ボクはいつ死んでもいいと思っていたはずだ。ただ、その時が訪れるのを待っているだけだったはずだ。寧ろ、その時が早く来て欲しいと、そうとさえ思っていたのかもしれない。そうすれば、ママやパパ、姉ちゃんの所へ行けるし、これ以上誰にも迷惑を掛けないで済むと思っていた。

 そしてそれは、SAOに囚われてからも変わらなかったのだと思う。ボクは未来ある誰かのために役立ちたいからこそ、攻略組になることを目標とし、そして同時に、そこにこんな自分の価値を見出そうとした。それだけで良かったのだ。却って、誰かからの見返りなど、求めようとも思っていなかった。

 でも、彼が…アルファが、ボクを必要としてくれた。愛してくれた。そしてその瞬間から恐らくは、ボクにとっての生きる意味は、抽象的な誰かの為ではなく、君の為だけに注がれたのだと思う。

 そしていつしかボクは、彼に向けられる愛を、これからも、いつまでも甘受していたいと、そう思うようになっていた。もっと生きたい。君と生きたい。君の隣で笑って、君も笑って、そんな時間を生き続けたい。いつかボクも彼も年齢を重ね、彼と愛を誓って、二人の間に新たな命を宿し……でも同時に、そんな未来が永劫訪れることは無いことも、ボクは痛く理解していた。

 勿論、彼がボクの前から離れていく可能性もあるだろうが…それ以上に、ボクの方から近い未来に、彼に元を離れなければならないその時が、必ず来るのだから。

 それは、もう一年…いや、半年と無い極僅かな時間なのだろう。自分のタイムリミットのことは、自分が一番よく分かっている。

 なればこそ、またボクは恐ろしいのだ。ボクが消えた後に、彼は勿論、また日常に戻って行くのだろう。そしてその内に、ボク以外の誰かに恋をして…まぁ、彼は中身も外面も良いから、きっとすぐに恋仲になれるだろう。そしてボク以外の人に愛を囁いて…分かっている。それは普通のことだってことぐらい、ボクにだって分かっているのだ。

 だからこそ、彼の中に少しでも、ボクという人が居たことを覚えていてほしくて、忘れないでほしくて、せめて心の片隅にでも留めておいてほしくて、またボクは今日も、彼を求めるのだろう。

 ……でも、まだ、焦る時期ではない。まだ、大丈夫だ。少し身体は辛くなってきたけど、こうしてまだ身体活動は出来るのだから。もし身体が動かなくなる時が来ても、メディキュボイドがあるのだから。

 …でも、身体が動くうちにやらなきゃいけない事だってある。中々どうして難しいことだけど、ちゃんとやらないとダメなんだ。

 

 ユウキ「…そろそろ、頑張らなくちゃ…」

 

 この先の長い人生で、ボク以外の誰かを愛するだろう君、君と何処までも歩いて行けないボク、君と一緒に居られる少なすぎる残り時間…途端に様々な恐怖がボクを襲うも、ボクは意を決してベッドから再び起き上がり、まだ彼らの学校の時間であることを確認してから、大切な作業に取り掛かり始めた。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

 

 

 

 ユウキ「おはよ、アルファ」

 

 アルファ「おはよ…って、現実世界は、こんばんはだけどな」

 

 ユウキ「別にいいじゃん。こっちは朝なんだもん」

 

 俺がログインしてくるとすぐに、笑顔でそう挨拶してくれたユウキにいちゃもんを付けると、彼女は不服そうに頬を膨らませていた。

 キリトに軍資金を手渡した後は、退屈だが意味のある授業を数コマ受けて、今日はアスナやリズベットなどのメンツと共にユウキの病院を訊ねた。そして家まで戻って来て晩御飯を準備して食し、お風呂も済ませてから、こうしてALOの世界にログインしてきたのだ。

 出来ることなら毎日、ユウキがわざわざ来なくていいと言ってくれている土日以外は、ユウキの病室を訪れている俺に対して、アスナ達がユウキの病室にやって来るのは、週に一回ぐらいだ。

 何も、現実世界のユウキに会いに行かない彼女たちが、ユウキのことが実は嫌いだとか、そういうことを言いたいのではない。傍から見ればかなりの暇人である俺とは違って、彼女たちには色々予定があるのだろうし、それに、ユウキと一緒に居たいのならば、ALOの世界の方が、直接触れ合えることもあるのだろう。

 だがそれ以上に彼女たちが、ユウキの病室を訪れようとしない理由があることも、俺もまた理解していたし、その気持ちも深く共感できた。

 …もし、自分が病室に訪れた時に、ユウキの命が燃え尽きてしまってたら……彼女たちはきっと、そんなことを考えてしまうのだろう。そしてそれは、俺とて例外ではない。

 俺だって、怖いのだ。ユウキの命が終わっていたら…だなんて、とてもじゃないが想像したくない。だからこそ俺は、そんな可能性は常に蚊帳の外にしている。でもそれ以上に、彼女が俺の知らない所でこと切れることも、また恐ろしかった。

 故にこそ俺は今日も、まだまだユウキが元気であることを確かめるために病室を訪れたし、明日からもずっとそうするのだろう。……でも、それは一体、あと何回なのだろう?数百?それとも…数十?もしかしたら……今日で最後…?

 

 ユウキ「…アルファ、痛いよ…」

 

 アルファ「あ…ごめん…」

 

 如何やら俺は、知らず知らずのうちに彼女の身体を強く抱き締めていたらしい。自分の内から這い出てくる恐怖に耐えられなかったようだ。ユウキが確かに今日も生きていることを、その温もりを以て確かめたかったのだろう。

 

 ユウキ「どうかしたの?」

 

 アルファ「…いや、何でもない。ちょっとユウキの身体に触れたくてな。あんまり柔らかいもんだからつい…」

 

 ユウキ「…そう言うのは、夜にしようね?」

 

 アルファ「リアルはもう夜なんだけど?」

 

 ユウキ「こっちじゃ朝でしょ。じゃあ訂正しとく、寝る前!」

 

 そんなユウキは優しい声色で、俺の悩みを包み込んでくれようとしてくれる。がしかし、俺がそれに甘えるわけにはいかない。きっと、本当に辛いのは、怖いのは、俺ではなく紛れもなく君の方なのだから。

 苦痛を誰かと比較して決定付けるのは悪手でしかないが、それでも俺はそう思わずにはいられなかった。君が気丈に振舞い続けているのに、どうして俺が弱音を吐けようか。寧ろ、ユウキの痛みと恐怖を俺が優しく溶かしてあげないとダメなんだ。

 だから俺は冗談っぽく笑いながら返事をするのだ。すると君は、またいたずらな笑みを浮かべてくれた。

 

 アルファ「そんじゃあ、寝る前にたっぷり味合わせてもらうとして…まだちょっと時間空いてるけど、どうする?」

 

 ユウキ「ボクとアルファが二人で、しかも三十分以上時間が空いてるってなったら…もう、あれしかないよね?」

 

 アルファ「そうだな。んじゃ、ちょっと急ぎ目で移動しようぜ」

 

 話の話題を転換させると、ユウキは俺の問いに対して当然と言わんばかりに指示語を使ってくる。だがそこは、SAO時代から続く長年のコンビであるが故に以心伝心。俺が問い掛けたのも、あれ以外の選択肢をユウキが選ぶ可能性も無くはないかと思って、一応聞いてみたぐらいのものだ。

 昨日観光していたスプリガン領の街から飛び立った俺達は、そのまま低空飛行しながら、手ごろな場所を探す。

 

 ユウキ「アルファ、あそこちょっと開けてるよ」

 

 アルファ「よし、あそこにするか」

 

 世界樹がある側のスプリガン領に広がる鬱蒼とした森林の中で、ALOの世界でも山火事だか土砂崩れが起こるのか…と言うか、その全てがプレイヤーの魔法によるものなのだが…大き目のギャップ地帯をユウキが見つけ出してくれたので、俺達はそこに舞い降りることにした。ここに来るまでの間に、周囲を索敵したが、特にプレイヤーは居なさそうだ。これなら安心して、俺達も戦いに臨める。

 

 ユウキ「賭けの内容は、いつも通りね」

 

 アルファ「りょーかい。魔法は無しでいいか?」

 

 ユウキ「ボクは戦闘で使える魔法が無いからいいんだけど…アルファは使った方が良いんじゃない?今日も負けちゃうよ?」

 

 アルファ「うるせぇ。俺は純粋な剣技を磨きたいんだ。それに俺が魔法使ったら、それこそ一瞬で勝負ついちまうだろうからな」

 

 ユウキ「まさか。ボクがそれぐらいで負けるわけないじゃん」

 

 そんな軽口を叩き合いながら、俺はユウキにデュエル申請を送ると、ユウキもそれを素早く承諾してくれた。

 …そう、俺達はこの世界にやって来てからも、何だかんだで頻繁にデュエルをしているのだ。思い返せば俺達がデュエルを始めたきっかけは、PKへの対策という意味合いだった。

 もし俺達が、あの世界でほぼ毎日デュエルを行い、剣技を磨き、闘い方を熟知しなければ、オウガを唆したPK集団との戦闘か、俺が初めて人を殺したその時か、若しくはボス戦やダンジョンか、将又圏内事件の時か、それともラフコフ討伐戦か、或いはヒースクリフとの決闘か…そのうちの後者二つは敗北してしまったわけだが…まぁ、俺は必ずどこかでくたばっていたのだろう…俺とは違って、反応速度最強のユウキは何とかなりそうだけども。

 だが、いつしかそんな当初の目的は、俺達の中では形骸化していたのかもしれない。俺もユウキも、ただ純粋に、お互いに負けたくないという対抗心を燃やし、己の武をもっと高めたいという欲求に憑りつかれてたのではないだろうか。

 それ故に俺達は今もこうして、死の危険はなくなったこの世界でも、デュエルを続けていることに疑いはない。デュエルとなると、最早お互いはお互いに恋人である以前に、好敵手だ。だからこそ、デュエル直前となると、俺達は普段よりも軽口の応酬が増えるのかもしれないな…などと考えているうちに、カウントダウンは残り三だ。

 

 アルファ「…」

 

 ユウキ「…」

 

 …さて、相変わらずユウキに、隙らしい隙は見えない。何処から攻めたものだろうか。約束破って魔法でもぶっ放してやろうか。いや、今日はユウキには剣だけで打ち勝ちたい。勝率は30パーセントにも満たないだろうが、そこからパーセンテージを上げられるか否かは、俺の力量次第だろう。

 …少し左肩が前に出ているな。だが果たして、それは本当に隙だろうか。ユウキの誘いでは無いだろうか。…まぁ、一周回ってそれを狙うのも悪くは無いだろう。だが、初動はあくまでも右ひざを狙うように、だ。露骨に左肩を狙えば、事前に準備しているであろうユウキに軽々受け止められてしまう。

 とここまで、僅か三秒の思考であった。俺が作戦を決定すると同時に、カウントダウンは終了し、だがお互いは既に動き出している。

 

 ユウキ「くっ…」

 

 アルファ「ぐっ…」

 

 初動は、全くの互角であった。ギャリーン!とお互いの得物がぶつかり合う音が響き渡り、そのまま鍔迫り合いのように二人は硬直する。

 もし今日の俺の装備が両手剣であれば、この鍔迫り合いも押し切ることが可能で、勝負を決していたかもしれない。がしかし一方で、もしそうであれば、初速で出遅れ、ユウキの勝利に終わっていただろう。お互いに距離を置いた俺達は、間髪おかず高速剣による剣戟を開始した。

 

 アルファ「シッ!」

 

 ユウキ「はぁっ!」

 

 最早この二年間で、お互いの癖という癖は知り尽くしていた。故に、次は何処に剣を放つとか、足をこっちに運ぶとか、ここで体術を入り交えてくるとか、そういう戦略的なところでは、もう俺達は勝負を左右することが出来ない。

 ならば、俺達がどこで勝負を左右するかというと…一つ、ユウキの無茶苦茶な反応速度、一つ、俺の捻りだした妙策、一つ、その日の運勢、一つ、お互いに次の次の先読み…である。

 お互いが如何にして、次の次の一手、更にはその次の次の次までを読めるかが、勝負を大きな分かれ道だ。だが、それも回を重ねるごとにより深く先読みを行わねば、負けてしまう。

 左右右上足払い…と見せかけて手元に突き。思考をより戦闘へと純化させ、剣戟は更に苛烈さを増していく。…今の所、先読みは互角だ。であれば、俺はその内ユウキの反応速度に押し切られる未来が見えている。…だから、俺は!

 

 アルファ「う…おおおおっ!」

 

 ユウキ「っ!」

 

 俺が追い込まれているように見せかけ、ユウキにわざと誘導させた後ろの大木を力いっぱい蹴って、大きく翅を広げた。地面擦れ擦れの超低空飛行により、ユウキの高速剣から逃れる。俺はそのまま急旋回し、ユウキの背中を斬ろうとするも…ギリギリのところで回避されてしまう。

 両手で地面を跳ねるように突き飛ばし、その躍動で方向転換した俺は、ホバリングをする間もなくまたユウキに剣を向けるが…どうやら彼女も、翅を広げたようだ。俺の一撃をふわりと躱して、逆に一太刀浴びせようとしてくる。だが俺も空を舞いながら回避し、また木を踏み台にして不規則な方向転換を図る……はずだったのだ。

 

 ユウキ「ハアァァァッ!!」

 

 アルファ「なっ!?」

 

 俺が蹴飛ばそうとした木を、彼女はあろうことか事前に斬り伏せてしまったのだ!それによって完全に体勢を崩した俺は、当然地面に不時着。その隙にユウキに綺麗な一撃を浴びせられた俺は、またデュエルに敗北してしまった。

 

 ユウキ「はいっ!ボクの勝ち~!」

 

 アルファ「行けると思ったんだけどなぁ…」

 

 デュエルの勝敗が決し、実に十連敗の大台に乗っかってしまった自分の不甲斐なさを嘆きながら、俺はデュエルの勝者を呆然と眺めていた。

 あの頃と全く変わらない喜びようを示すユウキを見て、俺はまた思う。どうして俺は、この死ぬはずのない世界で、初撃決着モードのデュエルに拘るのだろう。正直なところ、その答えは、俺もハッキリと認識出来ていない気がしていた。

 やはりまだ、疑似的な死に慣れていないから?デスゲームでないゲームであると、根本からは信用出来ていないから?それとも、ゲームとは言え誰かを殺すことで、殺人の罪を想起することを、心の何処かで恐れているから?それどれもが、正解なようで正解じゃない気がする。

 ……本当はもっと、こう、何か……俺があの世界で剣を振り抜き、殺し合いを繰り広げた中で…その理由が……

 

 ユウキ「アルファ?そろそろ時間だよ?」

 

 アルファ「…悪い、考え事してた」

 

 ユウキ「そんなに一生懸命考えたって、ボクには敵いっこないよ?」

 

 アルファ「はいはい。大層自信がおありなようで」

 

 不意にユウキに呼び掛けられ、俺はその思考を途中で破棄してしまった。時刻を確認すると、確かにユウキの言う通りだ。なので少しばかり速度を飛ばしながら、浮遊城アインクラッドへと飛翔していく。

 俺達と同じように、今日はアインクラッドを訪れているプレイヤーが多いようで、その城から出て行く者はおらずとも、入って行く者は大勢だ。俺とユウキもその中に紛れてはじまりの街に到着し、そのまま転移門を使って第十層へと至る。するとそこには、顔馴染みのアイツらが俺達を出迎えてくれた。

 

 キリト「遅いぞ、アルファ」

 

 アルファ「主役は遅れてくるもんなんだよ」

 

 リーファ「別に、今日はアルファさんが主役って訳でもないですけどね~」

 

 クライン「一層解放の時は、アルファもユウキちゃんも居なかったからよォ、俺達もかなり寂しかったんだぜ?」

 

 ユウキ「それはごめんだよ~」

 

 アスナ「でも今日はみんな一緒だもんね。これでこそわたし達、って感じだよ」

 

 リズベット「十一層って、どんな感じにアレンジされてるのかしら」

 

 シリカ「わたしあの町結構好きだったし、そんなに変わってないと嬉しいですね~」

 

 本日は九月四日。もう後五分ほどで、遂に新生アインクラッドの第十一層からニ十層が開放されるのだ。そういう訳で、今日はアインクラッドを訪れるプレイヤーが一層多いということなのだろう。

 十一層からニ十層…それはつまり、もう一度十五層に戻ってくる日も、もう目の前まで迫っているのだろう。…十五層に登った暁には、俺はもう一度、あの家を探しに行きたい。そして願わくば、もう一度あの家を購入して…ユウキと共に過ごしたい。

 新生アインクラッドは、旧アインクラッドと少し地形が違っていたりする。故に、俺たちの思い出が眠るギルドホームが、またあそこにあるという確証はない。だが、俺は信じている。あの家は俺とユウキを、この世界でも待ってくれていることを。またあそこで、沢山の思い出を作れることを。

 

 ユウキ「…あ、そう言えば、十一層って美味しいスイーツ店あったよね」

 

 エギル「あぁ、アレはかなりの美味だったな」

 

 ユウキ「じゃあ、今日はアルファにそこ奢ってもらうかな?」

 

 アルファ「了解だ」

 

 リズベット「ええー、いいなぁ~。あたしらにも奢ってよ!」

 

 アスナ「わたしもわたしも~!」

 

 アルファ「な、なんでだよ!?」

 

 クライン「オイオイ、そこで渋ってちゃあ、男が廃るってもんよ。なぁ、キリの字」

 

 キリト「うむ、そう言うことだ」

 

 一体あのしみじみとした俺の心はどうしてくれるのか、突発的に発生した強制奢りムードに、俺は若干焦りを募らしていた。

 …どうする?ここでこんな大人数の奢りを受け入れれば、十五層でギルドホームが買えないって事態にも…いや、何せ十五層だ。解放されるのはあと一か月後以上の話だろう。であれば…まぁ、ここらでこいつらに借りを貸しておくのも悪くは無いかもしれない、か…。

 

 アルファ「分かった。…今日は俺に任せてくれ!」

 

 「「よーしっ!アルファさんサイコー!」」

 

 打算在りきの俺の威勢も気前も良い発言に、彼らは口を揃えて俺への感謝を述べてくれる。…さて、奢った分はその後の狩りで取り戻さないとなと、早速どれだけの支出になるのかを恐れながらも、俺達は十一層が開放される時を、今か今かと待ち続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、二月十七日の木曜日となります。

 では、また第130話でお会いしましょう!
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