淡い光に包まれる懐かしの回廊には、多種多様な種族のプレイヤー達がぎっしりと、その場に集っていた。その数は凡そ五十名…正しく言うなれば、ワンパーティー七人×七のフルレイドの四十九人名だろう。
そこには、シルフやらサラマンダーやら、インプにノーム、スプリガン等々…種族の分け隔ては存在しない。誰もがアイテムの残量を確認したり、隣にいるプレイヤーと気楽に話に花を咲かせているのだ。
ユウキ「何回見ても、この感じは慣れないよね~」
アルファ「…そうだな」
ユウキの言わんとすることが、俺達の目の前にある重々しい大扉を指すのか、それとも、この緊張感のないガヤガヤとした騒がしさを指すのか、或いはその両方なのか、正確には分からない。
だが、俺とてこの感覚に慣れるには、まだまだ時間が必要なのだとは思う。何を隠そう現在俺達が訪れているのは、新生アインクラッド第14層の迷宮区タワー最上階、そのボス部屋の目の前なのだ。
そしてそこを訪れている目的は勿論、ボス部屋に待ち構えるフロアボスを撃破し、第十五層への扉を開いたという栄誉を手に入れる為…では無いのだが、兎に角、俺達はボスを倒しに来たわけである。
アスナ「足りないアイテムあったりする?」
アルファ「いや、特には無いな」
クライン「アルファ、今日は前衛やるのか?それとも後衛やるのか?」
アルファ「あー…必要に応じて、だな」
キリト「そんじゃあ最初は後衛に置いとくぞ?」
ノーチラス「アルファが後衛やってくれないと、前衛が五人になるからな」
ユナ「でも今日は私もいるから、まだマシだろうけどね」
本日レイドに参加させてもらった俺達は、貴重なワンパーティー分の枠を頂いて、俺、ユウキ、キリト、アスナ、クライン、ノーチラス、ユナのガチガチパーティーでフロアボス攻略に臨んでいる。
新生アインクラッドの攻略には頻繁に参加している俺達は、有難いことにに周りのプレイヤーにも実力を認めてもらえてるので、俺達のワンパーティー分埋めさせて欲しいとの申し出は快く受け入れてもらえた。
今日は十月の中旬の終わり頃の土曜日だ。
そういう訳で、こうして真っ昼間からレイド上限のメンバーを募り、俺達もしっかり集合出来たわけである。本日欠席しているのは、部活動があるリーファと店番があるエギルだ。リズベットとシリカは、つい一カ月半ほど前から、夏休みということでALOに本格参戦してきたディアベルのパーティーに入っている。
ユウキ「ボク達だったら、ワンパーティーでもクリア出来たりするんじゃないの?」
アスナ「まっさか~」
アルファ「まぁ、相性さえ噛み合えば何とかなりそうだけどな。元攻略組が本気出せば、それぐらいは」
クライン「なら今日は、おめぇの援護期待してるぜ?」
アルファ「援護かよ。俺も前線出たいんだけど」
ユウキの強気な発言に、今日はどうしても負けられない俺も六人に笑い掛けながら勝ち気の返事をする。するとニヤリと笑ったクラインが、俺のサポートを期待していると言ってくれるが、果たして、俺はそんな悠長に闘いを見守っていられるだろうか。
我らが元攻略組のパーティーは、もし俺が前衛をやるとなるとアスナとユナの二名しか後衛を担える人物がおらず、しかもエギル負罪の今日は純タンク職だっていないわけで、かなりバランスの悪いパーティーとなってしまうのだ。故に前衛職の中で唯一まともに魔法を覚えている俺が、疑似的な後衛をやり遂げねばならないということになる。
「おっしゃあ!そろそろボス戦初めよーぜ!!」
「「おおっーっ!!」」
本日のフロアボス戦の全体指揮官を務めてくれるらしいサラマンダーの男が、威勢の良い掛け声を掛けると、皆も熱狂に酔いしれたような雄叫びを上げ返す。
こんなにイケイケ押せ押せの迸る熱気が溢れ出す勢いでフロアボスに挑むことなんて、あの頃じゃ中々無かったなぁと思っていると、ここはあの頃と変わらず、ユナが歌によるバフをレイドメンバーに掛けてくれた。
ボスの姿見や攻撃パターンは多少は判明しているのだが、やはり、命が掛かっていないということもあって、そんな綿密に偵察しているわけではない。実質的には今回が初めてのボス戦で、これはぶっつけ本番みたいなものである。
指揮官の男が大扉に触れると、ギギギギッ…と軋むような音を立てながら、ゆっくりと扉が開いていった。ボス部屋に雪崩れ込んでいく彼らを追い掛けるように、俺達もその内部へと侵入し、すぐさま武器を構える。
その広々としたボス部屋には…何もなかった。プレイヤー達がボス部屋に移動する際に発生する装備がカチャカチャと擦れる音や、得物を引き抜く音、足音以外の音源は何もなく、ボスの姿も見えない。
がしかし、キュイイイイインと不思議な音が鳴り響いたと思ったら、ボス部屋の至る所から青いポリゴン片の塊が出現し、それらが中央で凝縮され、やがて大きな生き物の形を露わにした。
青いフラグメントで構成された鎧を砕くように、その巨大なシルエットを包むライトエフェクトが拡散したかと思うと、遂にボスが出現する。
黒い身体に真紅の複眼、頭は濁ったオレンジ色をしており、丸く太ったお腹は赤黒くて毒々しい…つまりは、巨大な蜘蛛といった所だろう。体力バーは七段、ボスの名前は<ザ・ミスティック・スパイダー>…これぐらいなら俺にも分かる、不思議な蜘蛛ちゃんって訳だ。
旧アインクラッド第十四層のボスはこんな奴では無かったのだが…まぁ、今そんなことを言っても仕方がない。一先ずは補助呪文を唱えるべきかと思い、俺は魔法を詠唱し始める。
アルファ「希望溢れるそよ風よ。我らを導き給え」
俺が詠唱スペルを高らかに発声し、パーティーメンバー全員に移動速度上昇の補助魔法を掛け終えるのとほぼ同時に、ユナが防御力上昇の魔法を、アスナがリジェネ系の魔法を唱え終えた。
ボス戦前に補助魔法を発動させても、ボスの出現と共にその効果が打ち消されてしまうため、プレイヤー達はこうして、ボス戦開始直後に魔法を張らなければならない。
ただ、その例外となるのが吟唱スキルで、それはユナの選んだプーカ限定のスキルである。恐らく、運営側が音楽妖精の人口を増加させたいと考えた上でのシステム的利点なのだろう。
ユウキ「行くよ!」
準備万端となった前衛が、それぞれ武器を煌めかせながら前方へと飛び出す。多脚から繰り出されるボスの攻撃を次々と回避し、しっかりダメージを与えていく。その様子を眺めていると、俺も飛び出したい気持ちに駆られるのだが、そこは気持ちを抑え込んで、続けて攻撃系の風魔法を詠唱しておく。
魔法は一度詠唱を済ませておけば、一定時間の間は手元に残すことが出来て、時差攻撃が可能となる。要するに、魔法を事前に貯金しておけるということだ。八本の足を駆使した蜘蛛の地団駄攻撃を、キリト達は難なく回避し、一度こちらへと退いて来る。
そのタイミングで、キラリと蜘蛛の眼が更に赤く光ったかと思うと、俺達目掛けて真っ白な糸を吐き出してきた!
アルファ「おっと、あぶねぇな!!」
ノーチラス「蜘蛛の癖に口から糸吐いて来るんだな…」
ユイ「蜘蛛の中でもヤマシログモ科の蜘蛛は、蜘蛛の中でも唯一口から糸を吐き出すんですよ!」
かなりのスピードで糸が飛んで来るも、俺達は難なくそれを躱す。お腹の下の方にある糸つぼから糸を噴射するはずの蜘蛛が、どうして口からぶっとい糸を吐き出してくるのだと、俺も疑問に思っていたことをノーチラスが代弁してくれたと思ったら、ユイちゃんがマメ知識を披露してくれた。
如何やら糸はそのまま妨害オブジェクトとして残るようなので、こういうのはちゃんと丁寧に処理しておかないと後々面倒になるだろうと、皆が剣で糸を切ろうとしたのだが…かなりの粘着度らしく、中々難しいようだ。なので俺がタメておいた風魔法を使用し、簡単に除去しておく。
そしてそこからは、ボスは糸を吐く以外に特殊能力を披露して来ないまま、レイドメンバーは呆気なく体力バーを一本減らした。すると突として、ボス部屋の至る所から、小さな子蜘蛛が出現した!
アスナ「これはかなり不味いんじゃない?」
アルファ「いや、俺とユウキが魔法使うから、出来るだけ一か所に引き付けてくれ!」
子蜘蛛とは言っても、それはあのボスのサイズから換算した言い分なので、実際には、その全長は俺達の身長の程だ。確かにこれならば、集合体恐怖症の方々にもしっかり配慮が出来ていると俺は思う。
がしかし、子蜘蛛と呼ぶに相応しい大量の取り巻きが出現したわけで、一歩間違えれば一気に戦線崩壊の可能性もあるこの状況に、アスナが焦りを募らせるも、俺がそう指示を飛ばすと、五人は子蜘蛛のタゲをしっかりと引き付けてくれる。
ユウキ「みんな!魔法撃つよ!」
そして一か所に固めた大量の子蜘蛛に対して、俺とユウキは同時に、雷竜の巣で手に入れたバングルに秘められた強力な雷魔法を炸裂させる。
ズガンッ!と青と赤の稲光がボス部屋の一部に轟き、一瞬、レイドメンバーの全員の視線が俺達へ向けられた気がする。何はともあれ、子蜘蛛の半数ぐらいはこれで撃破できたのではないだろうか。残りの子蜘蛛は、他のパーティーが魔法を使って焼き払ったり凍り付かせたりしているので、然程問題はなさそうだ。
そのままボスの体力バーをまた一本削り、再び現れた子蜘蛛は同じように対処して、更にもう一本削る。残る体力バーが四本となった蜘蛛は、ここでまた新たな行動を取って来た。
アルファ「アイツ、また動きが速くなりやがった」
キリト「しかも天井にくっついたぞ。これはかなり面倒だな」
蜘蛛の臆病な本質がここで強く出たのか、ボスは暴れ回るようにボス部屋を縦横無尽に動き回った挙句、天井部分へと引っ込んでしまったのだ。
こうなってしまっては、ボスに攻撃を命中させる手段は、魔法で攻撃を命中させることぐらいなのだが…今は子蜘蛛の対応に追われている上に、試しに魔法をぶっ放してみても、カサカサと足を動かして、呆気なく避けられてしまった。
咥えてボスは天井部から糸を吐き出すという遠距離攻撃も仕掛けてくるので、厄介なことこの上ない。せめて天井まで飛んでいけたらよかったのだが、残念ながら迷宮区タワーの内部では飛行が制限されているので、そういう訳にもいかないだろう。
…さぁ、どうしたものか…。
キリト「アルファ、俺ちょっくら、ボスに殴り込んでくる。サポート頼めるか?」
アルファ「…あぁ!そう言うことか。任せてくれ」
ふと、キリトが何かを思い付いたように剣を振るモーションを見せながら俺にそう告げてきて、俺も何となく彼の言わんとすることを理解し、軽く頷く。
するとキリトは軽く助走を付けながら、ボス部屋の壁を走り始めた。軽量級妖精が使える共通スキル<ウォールラン>だ。
キリトはギリギリまで地面と水平に壁を駆け登りながら、やがて限界地点で大きく壁を蹴り飛ばし、緑色のライトエフェクトを彼の剣に纏わせた。そしてそのままボスの身体へ吸い付くように、その懐かしの技が、蜘蛛の腹部をグサリと貫く。
「キシャアアアアア──ッ!!」
脳内に響き渡るような甲高い金切声を響かせたボスは、そのまま天井部分で暴れ狂うも、キリトは暫くの間ボスの身体に張り付きダメージを蓄積させてから、もう限界だと空から降って来た。
そうなることを事前に予測していた俺は、対象の落下スピードを減速しふわりと包み込む風魔法を発動させ、キリトを落下ダメージ無しで地上へ降り立たせる。
アルファ「全く、お前はいつも俺の想像を超えてくれるな」
キリト「ナイスサポートだ。アルファ」
グッとお互いにサムズアップを交わしている頃には、キリトの行動から着想を得たように、軽量級のアバターを持つプレイヤー達がキリトと同じように壁走りを始めるも…結局、上手くできたのはその内の半分ほどであった。なので彼らは武器による直接攻撃を諦め、無数の魔法による爆撃を始める。
幾ら蜘蛛の足は速いとは言えども、約三十名以上の大人数で放つ多種多様な魔法を全て躱し切ることは出来ず、ボスは徐々に体力を減らしていく。
因みに、キリトが成し遂げたのは、先ずは壁走りをかなりの長距離走り続けるという離れ業に加えて、ジャストのタイミングで宙に飛び立ち、そこから体勢を崩さず剣技を……そう、ソードスキル<ソニックリープ>を発動させるという神業であった。
まだまだソードスキルというシステムに触れて五カ月ほどのALOプレイヤーが、キリトと同じように出来ないのは当然とも言えるだろう。
新生ALOでは、不遇種族の一つと言われる音楽妖精を優遇したり、全プレイヤーが夢見た滞空時間無しの飛翔だったり、新生アインクラッドを誕生させたりと、様々な大変革を巻き起こしてきたのだが、その中の一つがソードスキルの導入であった。
新生ALOは新生アインクラッドの誕生と共に、SAOがSAOとして成り立っていたその根幹である<ソードスキルシステム>をも取り入れたのだ。まぁ、運勢側もただ単にソードスキルを取り込むだけでなく、幾つかの刺激的な追加点を用意してくれたのだが、それはまた別の機会に話そう。
要するに、片手剣や両手剣、カタナに両手槍、片手槍、両手斧にダガー、更には投げピックやナックルなど、各系統の武器に応じて設定されていたあの数多の<技>が、こちらの世界でも使えるようになったということである。
ソードスキルの派手なライトエフェクトとサウンドエフェクト、そして、システムアシストによって自分の力だけでは中々繰り出せない超スピードで剣を繰り出すことのできるあの感覚は、やはり多くのプレイヤーを魅了したらしい。
それ以前のALOでは、近接戦闘をするよりも、遠距離から魔法を撃っている方が圧倒的に強かったため、プレイヤーのビルドが魔法職一辺倒になってしまっていたようだが、ソードスキルの導入のお陰で近接物理ファイターの数もかなり増えてきたらしい。…最も、俺の周りの奴らは、その比が逆に偏っているのだが。
その話を知った今から思えば、俺がまだアルフのアバターで旧ALOを旅している時は、道理でどのプレイヤーも基本的には近接戦闘が下手だったわけである。
しかし少し残念だったのは、ユウキの所持していた<月光>スキルや、キリトの代名詞である<二刀流>スキル、そして伝説を築き上げた<神聖剣>スキルを始めとするユニークスキルは、ゲームの公平性を著しく害するとして、こっちの世界には持ち込まれなかったのだ。
まぁ、運営側の言うことも当然であるので仕方ないと言えば仕方ないのだが、噂によると十個ぐらいあったとか言うユニークスキルの全てを知りたいと思う好奇心は、今でも俺の中に根付いている。
ユウキ「よしっ!ラスト一本だよ!」
そんなことを心の片隅で考えながら、しかし俺もついつい勢い余って魔法詠唱を辞めて、キリトと同じようにウォールランからのソードスキルを炸裂させるという快感を味わっていると、ボスの体力バーがもう一段、更にもう一段と削れ、遂に残り一本となった。
ユウキの周囲を活気づけてくれる明るい声に、俺ももうひと踏ん張りだと気合いを入れ直す。
ここに来るまでに、体力バーが残り三段の時には、蜘蛛が糸つぼから一本の糸を垂らし、それを伝って天井から降りてきたタイミングで、その口から毒霧を吐き出したり、天井や壁などの至る所に蜘蛛の巣を張り巡らせ、更に移動スピードを上昇させてきた。
そして残り二段の段階では、無数にいる子蜘蛛がちょっと成長して、取り巻きの攻撃力や移動速度が上昇したりと色々あり、フロアボス攻略当初はきっちり四十七人居たレイドメンバーも、今はざっと見た感じだと、2パーティー分ぐらいの人数が様々な色に輝くリメインライトとなっている。
そのうちの幾つかは、蘇生時間の猶予が終了してしまったようで、既に迷宮区タワー一階のセーブポイントに戻されているのだろう。
…さて、フロアボス戦のラスト一本という存在は、あの二年間ことごとく俺達をピンチに陥らせてきた。故に俺も、今回だって一ミリたりとも気は抜けねぇなとしっかりと身構えていたのだ。
だが、ボス蜘蛛は普段通り子蜘蛛を召喚することはなく、蜘蛛の巣が張り巡らされた天井周りに毒霧を吐き出しまくったかと思うと、ストンと床に落ちてきた。
…一体、何がしたいんだ?
ボスの行動パターンが全く読めないでいた俺であったが、突如、蜘蛛の真紅の眼が妖しく輝いたのだ。続いて直感的に何か不味いと思った時には、もう遅かった。
アルファ「っ!?」
蜘蛛の眼の輝きに合わせて、ボス部屋中が赤紫に包まれたかと思うと、ふと俺の足元から大地を踏みしめる感覚が失われた。次いで重力感がこれまでとは真逆の向きに作用し、視界があべこべになる。
何が起こったのかを理解する前に、俺は床であったはずの天井から落下し、天井であったはずの床へと頭から落ちていく──
ユウキ「アルファっ!」
──がしかし、そんな俺を助け出してくれたのは、ユウキであった。黒色の四枚翅を羽ばたかせたユウキが、落下し行く俺の身体を受け止めてくれたのだ。
アルファ「…サンキュ、助かった」
ユウキ「うん、どーいたしまして」
そこでようやく、ボスが何か魔法みたいなものを発動し、天地がひっくり返ったことを把握した俺は、まず最初にユウキに感謝の言葉を伝えると彼女もニコリと笑ってくるた。
俺の周りを見回してみると、ユウキと俺と同じように、キリトがアスナを、ノーチラスがユナを、翅を羽ばたかせて助け出している。…あれ?クラインは?…まぁ、死んじまったか。南無阿弥陀仏…。
ここで何故、飛行禁止エリアであるはずのボス部屋で、三人が飛行出来ているのかを説明しておこう。
第一に、原則としてプレイヤーは、自由に飛び回ることが可能である。だが例外として、ダンジョンなどの飛行禁止エリアでは飛翔が不可能となる。がしかしその例外の中の特例として、スプリガンだけは、迷宮区タワー内部を含む飛行禁止エリアでも、一定時間飛べるようになる専用の上位スキルを持っているのだ。
それ故に、スプリガンを選択した三人は、ボス部屋内でも翅を広げられているのである。この特権的な専用スキルも、例によって新生ALOにて新たに追加されたものなので、恐らく、不遇と言われ続けていた影妖精の株を上げるための運営側の施策なのだろう。
クライン「おいオメェら!なんで誰もオレのことたすけてくれないんだよ!?」
キリト「おっ、クライン、生きてたのか」
アルファ「俺もてっきり死んだかと…」
クライン「しっかり受け身取ったんだよ!ちきしょうが、これだからリア充は…」
俺達六人が天井改め地上に降り立つと、そこには意外にもクラインが出迎えてくれて、しかも大層ご立腹のご様子であった。クラインに言われて初めて気が付いたが、確かにこのパーティーは、クライン以外は全員リア充だ。…なんかそう思うと、クライン可哀そうだな。
ユナ「でも、アルファは助けてもらう側だったね~」
ユウキ「ボクらは、持ちつ持たれつだからさ」
アルファ「嬉しいこと言ってくれてどうもなんだけど…」
アスナ「如何やら、事態は楽観視できないわね」
アスナの言葉の通り、この完全に予想できないボスの行動によって、落下ダメージと毒霧のコンボにより死亡してしまったプレイヤーが多数、死亡とまでは行かずとも、蜘蛛の巣に絡まって暫く身動きが取れないプレイヤーもかなり居る。
今の所生存者は、約二十五名といった所だろうか。こんな状況、あの頃であれば顔面蒼白も良い所ではあるが、今は単なるゲームなのだ。そこまで恐れるようなことではない。ここで子蜘蛛が召喚されると、かなり厳しい展開になって来るのだが…まぁ、やっぱり召喚されますよね。
ノーチラス「これは…腹を括るしかないな」
クライン「おうよ!ここらでいいとこ見せて、オレも可愛い彼女作ってやんよ!」
そして俺達はその絶望的状況の中で、SAO時代の集中力を遺憾なくとまでは行かずともその半分以上は発揮し、俺とユウキの無詠唱範囲魔法攻撃による子蜘蛛の効率的な殲滅のお陰もあって、何とか場を持ち直すことに成功した。
その場で生き残ったレイドメンバー23人。つまりは四パーティーと二人分のプレイヤー達は、苛烈なボス戦の中で、あの頃とは違った意味での明るい雄叫びを響かせながら、VRMMOというゲームを最大限楽しみつつ、更にもう一度起こった天地逆転をも乗り越えた。
最後の最後でユウキがボスにスタン状態を作り出し、そこからは全員が無我夢中で剣技やら魔法やらをぶち込むことで、俺達は遂に、第十四層フロアボスを撃破したのだ。
巨大蜘蛛の肉体が美しいパーティクルへと変化し、花吹雪が舞うようにポリゴン片が四散する。重低音だが高周波なフロアボス攻略成功を知らせるサウンドエフェクトが鳴り響き、次いでボス部屋の中で、何十人もの歓声が純度百パーセントで広がる。
共に激闘を乗り越えたプレイヤー達との固い握手を交わし合うとすぐに、俺とユウキは早々にボス部屋の奥にある扉へと進み、螺旋階段を登る。キリト達はまだボス部屋に屯しているようだが、そんなことは知ったことじゃなかった。
アルファ「…」
ユウキ「…」
俺もユウキも、何も言葉を発することは無かったが、お互いに抱く気持ちは固く共有されていた。
わざわざフロアボス戦に参加してまで、何人にも後塵を拝さないように新生アインクラッド第15層へと至る理由など、最早それ以外に有り得なかった。
ドクンドクンと響めく心臓の音に合わせて、螺旋階段を登るスピードも徐々に徐々に速くなっていく。扉に描かれている恒例のレリーフには目を向けることも無く、二人同時に階段の先にある扉に手を当てて、力いっぱい扉を押し開ける。
そして俺達の前に現れたフィールドは、旧アインクラッド第十五層とはかなり風変りしていた。がしかし、俺達はほぼ同時にフィールドを駆け始め、そのまま主街区<イナキア>にまで超特急で移動する。
新層が開放されることを待ちわびているプレイヤー達の為に転移門をアクティベートすることさえ無く、こちらは余り様変わりしていない主街区を駆け足に走り抜ける。商店エリアを通り抜け、そのままプレイヤーホームが販売されている住宅エリアに突入し、二人はやがてそこに辿り着いた。
アルファ「…」
ユウキ「…」
俺達が無言のままジッと見つめるその目線の先には…屋根は緑色で外壁は純白色をしている、小さめのプレイヤーホームが存在していた。その姿は、旧アインクラッドで俺達が購入したプレイヤーホームと何一つ変わらない。
ここに辿り着くまでに、所々建物が変化していたリ、道が増えたり無くなったりしていたことあって、まさかと少々不安心を抱かされたが、やはりこの家は、俺達のことを待っていてくれたらしい。
このプレイヤーホームを眺めているだけで、あの世界での思い出がありありと頭の中に浮かび上がり、なんとも情緒的な感傷を胸の中で味合わされる。
…だが、俺はその気持ちを一旦抑え込んで、俺の隣で同じようにプレイヤーホームを眺めながら、その瞳にかつての日々を映し出すユウキに視線を向け、言葉を掛けた。
アルファ「ユウキ…」
ユウキ「…なぁに?」
俺が君の名前を呼び掛けると、君はまるで、俺が今から何を言うのかを既に読み取ったように、穏やかな表情で訊ね返してくれた。だから俺もまた君と同じように、微笑みながら答えたんだ。
アルファ「…また俺と、この家で暮らしてくれないか?」
ユウキ「…うん、もちろんだよ!」
俺の問い掛けに、君は溢れるような満面の笑みでそう応えてくれた。
ユウキ「このソファは、何処が良いと思う?」
アルファ「ん~…左端?」
ユウキ「じゃあそうしよう」
ユウキから了承を得た後にプレイヤーホームを購入した俺は、後から俺達を追いかけてきたキリト達と、今晩にプレイヤーホーム購入を記念したパーティーを開催することを約束し、取り敢えずその場で解散となった。
プレイヤーホームの気になるお値段は、なんと400万ユルド!確か、当時は200万コルでこの家を購入したはずだから、俺はその倍の金額を払わなければならなかったのだ。
四百万ユルドなど、高名な鍛冶職人であろうともそう安々と稼げる金額ではない。この家を即時購入できた理由は紛れもなく、俺がSAO時代に貯め込んでいたコルを、奇跡的に引き継げたからなのだろう。
もしそうでなければ、今頃俺はキリト達から借金をせねばならなかった筈だ。そういう訳で、これからしばらくは金欠となることが確定した俺は、内装関連のアイテムは全てユウキに購入を任せることになったのだ。
ユウキ「こっちがボクの部屋で、あっちがアルファの部屋でしょ~」
アルファ「そこは変わらずか」
ユウキ「それで、このもう一つの部屋は、寝室にしよっか」
プレイヤーホームは外見こそ変化はなかったものの、二階に四つあった小部屋が三つになっており、代わりに一階に和室が追加されているという変更点があった。
こうなってしまうと、オウガとサツキの部屋はもう無いのだが…まぁ、それでいいのかもしれない。俺達が四人で日々を生き抜いたのは、SAOでの出来事であって、ALOでの話では無いのだから。
それ故に、俺もユウキもギルド<スリーピング・ナイツ>を結成しないのだと思う。アレはあくまで、四人だからこそ創り上げたものであり、二人抜きの俺とユウキだけでは、結成しても何の意味も無いのだ。
ユウキ「…ベットは一つしか買ってないけど、それでいいよね?」
アルファ「勿論」
ユウキ「二人の寝室だね!」
アルファ「そうだな」
新たに誕生した俺達の寝室に、ユウキが一つ大きなベッドを出現させたかと思うと、改めてそんなことを確認してくる。だが、今後ともユウキと一緒に眠ることは決定事項である俺からすれば、そんなものは即答であった。それが嬉しかったのか、少し上機嫌になったユウキがルンルン気分で振り返ろうとしたその瞬間──
ユウキ「……あ、れ…?」グラッ
アルファ「どうした?」
──不自然に、ユウキの足元がふらついたかと思うと、彼女はそのままグラリと床へ倒れ込む──前に、俺がその間に割り込み、彼女の身体を抱きかかえた。
俺はすぐさまユウキにそう訊ね掛けるも、彼女は暫しの間何も答えずに、ただ茫然と俺の顔を眺めているばかりであった。俺もまた呆気からんとユウキが倒れたことを不思議に思っていたが、直後、脳裏にその可能性が過り、全身が軽く硬直する。
…普段のユウキならば、こんなミスをするわけが無い。その様子はまるで、俺が初めて仮想世界での倒れた時と酷似していて──。
ユウキ「ううん、何でもない……ことも無いかな。多分、現実世界のボクの身体が、ちょっと風邪引いたのかも」
アルファ「っ…」
ユウキ「でも、大丈夫だよ。こういうことは、よくあることだから」
一瞬、それを誤魔化そうとした彼女であったが、俺の真剣な表情を見て、ちゃんとそれを教えてくれた。
…ユウキが、現実世界で風邪を…?常に日和見感染症と闘い続けているユウキが、メディキュボイドという高性能なVR機器を使って尚、足元がふらつくということは…。
俺はそれを考えて、途端にパシャリと冷や水を浴びせられたような気分を味わった。そんなはずは無いのに、まるでこの世界が夢想での出来事でしかなく、現実は無常でしかないのだと、嫌な悪寒が走る。この幸せな日々はいつまで続くのか、そんな考えたくも無い事が頭に浮かんで来る。
するとユウキは、あくまでも穏やかな笑みで、大丈夫だと言ってくれるのだ。…そうだ、その通りだ。そんなわけが無いだろう。…しかし…しかし…。
アルファ「…今から、ユウキの所行くから」
ユウキ「大丈夫だって言ってるじゃん。ちょっとゆっくりしてたら、すぐに良くなるよ」
アルファ「…行くから」
ユウキ「…ん、判った。じゃあついでに、アルファのアミュスフィア持って来てくれない?」
アルファ「アミュスフィア?」
ユウキ「うん、いい話があるんだ」
アルファ「解った。そんじゃあ、一回ログアウトするから。…待っててくれ」
僅かにでもその可能性があるというのならば、俺は無論おぞましいほどの焦燥感に苛まれ、直ぐに行動を起こすことに決めた。俺の確固たる決意を理解したのか、最初は俺の言葉に消極的であったユウキも、それを承諾してくれた。
なので俺はすぐにALOからログアウトし、彼女に言われた通りアミュスフィアを持って、君の待つ病院へと急いで向かう。何故アミュスフィアを持って来て欲しいと言われたのかは分からないが、兎に角、俺は出来るだけ病院へと急いで行ったのだ。
…まさかそんなわけが、だがしかし…と繰り返し相反する可能性を何度も思い浮かべながら、受付に向かい、プレートを受け取って最上階へ移動する。そのまま急ぎ足でバイオクリーンルームを目指し、最短時間で現実世界の君の元へと、俺は辿り着いた。
倉橋「アルファ君、大丈夫ですよ。そんな危ない状態じゃありません。日和見感染の重症化は、これまでにも何度かありましたから」
アルファ「…そう、ですか…」
クリーンルームの前で待機していた倉橋先生にそう伝えられ、そこでようやく俺は、ログインして以来ずっと浅かった呼吸を落ち着かせ、一度深く息を吐き出す。先生に案内されていつもの場所へと移動すると、すぐに君の声が響いた。
ユウキ「かなり来るのが早かったんだね。でも、今日はちょっとメディキュボイドからは出られないかも、ごめんね?」
アルファ「そんなの気にしなくていい。ユウキの声が聞けるだけで、充分だ」
…当たり前だ。病気が辛いのだから、わざわざメディキュボイドから出てきてくれなくたっていい。君が生きていてくれていただけで、俺は途方もない安堵感を手にすることが出来るのだから。そんな俺の浮き沈みの激しい内心に対して、ユウキは特にいつもと変わらない様子で、また俺に訊ねる。
ユウキ「アミュスフィアは、持って来てくれた?」
アルファ「あぁ…持ってはきたけど、どうするんだ?」
倉橋「それは僕が説明しよう。実は一カ月半ほど前、メディキュボイドのメインメモリに構築されたVRルームに、アルファ君を招待したいと木綿季くんに頼まれましてね。すぐには出来なかったんですが、構造的には問題ない事でしたので、つい昨日、それが出来るようになったんです。アミュスフィアにそのデータをダウンロードさえすれば、VRルームに入ることが出来るのですが…」
アルファ「そう言うことなら、是非」
「VRルーム」という物がどんなものなのかは、俺には余り分からなかったが、何やらユウキが色々と計画してくれていたらしい。彼女からの厚意を無下にするつもりも無いので、俺は当然二つ返事でそれを承諾する。
倉橋先生にアミュスフィアを渡すと、隣の部屋ですぐに何か操作をしてくれた。ものの数分で作業が終了し、これでVRルームに入れるはずだと倉橋先生が言う。故に俺もまずはお試しがてら、この場でアミュスフィアを使わせてもらった。
アミュスフィアを被っていつも通り仮想世界へと飛び立つと、目の前に選択画面みたいなものが登場し、いま俺が差し込んでいるカセットと、VRルームという二択が現れた。右のVRルームを選択すると、仮想の身体がそのまま何処かへと転移していく。
ユウキ「おっ!ちゃんと来れたみたいだね」
アルファ「…ユウキか…ここは?」
ストンと真っ暗な空間へ移動したと思ったら、俺の目の前に…ユウキが居た。しかもそれは、ALOでのスプリガンのアバターを介したユウキではなく、SAOの頃に俺が目にしていたのとそっくりの、現実世界の姿をしている彼女である。ユウキの近くには、複数枚のウインドウが表示されており、ネット記事やらテレビやら英文やら、それは様々であった。
ユウキ「ここはメディキュボイドの中で、ボクが普段滞在してるVRルームだよ。ホントは、色々設定すれば、ここももうちょっとお部屋っぽく出来るんだけど…まぁ、アルファと一緒に考えればいいかなって」
アルファ「…へぇ、これがVRルームか…」
俺の問い掛けに対してユウキが色々と答えてくれたが、しっかりと理解できたのは前半だけで、恐らく後半部分は、この空間には模様替え機能があったりするのではないだろうかぐらいの理解度である。
俺がクルクルと辺りを見回してから、しかしすぐにユウキの姿を眺め、なんだかこの姿のユウキを見るのは久しぶりだなぁなどと呑気に思っていると、ユウキは穏やかに微笑みながら、俺にそれを告げたのだ。
ユウキ「これなら、いつかボクがメディキュボイドから出られなくなっても、現実世界の姿のアルファと面と向かってお話しできるし、こうやって触れ合うことだって出来るんだよ!」
アルファ「……」
そう言ったユウキは両手で俺の右手を包んでくれるが、彼女の言葉には、これからの君自身の未来の行く末が見え隠れしていて、俺はなんと言葉を掛ければいいのか、どうにも判らなかった。
そんなことは絶対に起きないのだと、幻でしかない安心感を与えればいいのか、それとも、君に優しく微笑むべきなのか、全く分からない。
挙句の果てに俺は、無言のままに君を抱き締めることしか出来なかったのだ。
ユウキ「わっ!…アルファ、どーしたの?ボク、大丈夫だったでしょ?」
俺がいきなり抱擁したことに、勿論ユウキは驚きを示した。俺は強く君を抱き締め、その頭を俺の胸に押し当てる。そして俺は、そのまま君の後頭部を必死にさすり続けるのだ。
するとそこでユウキは、またいつもと変わらない声色で俺に訊ね掛けてくる。だが対する俺はどうであったろうか。俺の喉奥から洩れだした声は、何かに怯えるように震えているではないか。
アルファ「…あぁ、そうだな。…大丈夫だったな。……本当に、良かった…」
ユウキ「……ホントにダメそうなときは、ちゃんと伝えるから…」
アルファ「……うん……」
そんな俺に対して、ユウキはやはり穏やかな声でそう言った後に、彼女はゆっくりと俺の背中を撫でながら、そっと抱擁を返してくれた。もう、明日にはこうやって君の身体に触れられない気がして、どうしてもこの幸せな時間を手放したくは無いのだと、俺はユウキの命を闇へと誘う何者かから彼女を覆い隠すように、懸命にユウキを抱き寄せる。
本当は、俺が君を包み込まなければならないのに、俺が君を安心させてあげなきゃいけないのに、俺が君を支えてなければならないはずなのに…俺はまるで、何処までも強い君の優しさに甘えるように、しばらくの間、ぎゅっと君の身体を抱き締め続けた。
次回の投稿日は、二月二十二日の火曜日となります。
では、また第133話でお会いしましょう!