第133話 決戦のステージ
アルファ「お待たせ」
ユウキ「一分の遅刻だよ」
夜ご飯を食べたりお風呂に入ったり、洗濯を回したりしていると、どうにも時間が足りなくて、アミュスフィアを被ってユウキのVRルームを訪れた時には、俺は約束の時間に遅れてしまったらしい。
わざとらしく頬を膨らませるユウキの頭をポンポンと撫でてやると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。そのまま二人でソファに腰を下ろして、お互いに寄りかかり合う。仮想世界とは言えども、こうしてお互いに身体が触れ合うと、俺とユウキの温もりはちゃんと共有されるのだ。
つい十日ほど前に初めてここを訪れた時には、ただ何もない暗い空間が広がっているだけであったが、今となっては、壁や天井、絨毯や小テーブルにソファ、椅子、そして部屋の奥にはオシャレな暖炉と、確かに一つの部屋が完成していた。
俺とユウキがあーでもないこーでもないと色々試行錯誤した結果、こんな感じのルームと呼ぶに相応しい空間を作り出すことに成功したのである。
ユウキ「遅刻の罰として、一つお願い聞いてもらおうかな」
アルファ「無茶ぶり以外なら、何でも聞いてやるよ」
ふと、ユウキが俺にそんなことを言ってくるので俺も適当に返事をすると、彼女は右手を動かして一つのウインドウを出現させる。
このVRルーム内において、システム的操作権限を持っているのはユウキだけなので、彼女に許可してもらわないと俺はここで何も出来ないのだが…有難いことに、ユウキから管理者権限とほぼ同等の権利を与えられている。
なので俺もやろうと思えば、ここでユウキと同じように何かを調べたりすることも出来るのだが、まぁ、今はその必要もあるまい。何かを調べ上げたらしいユウキが、ウインドウに映るサイトを見せつけてくる。俺もそちらに視線をやり、そして目に映った文字列を、そのまま言葉にした。
アルファ「…最強者決定バトルロイヤル、第三回<バレット・オブ・バレッツ>の開催日時が決定…?」
閲覧者の記憶により強い印象を残すために、反対色を上手く使ったその見出しを眺めながら、俺は聞き慣れない言葉を脳内で検索してみる。
がしかし、バレット・オブ・バレッツなるバトルロイヤルどころか、その第一回第二回についての情報も全く捻り出すことが出来ない。一度記事から目を離して、恐らく何か知っているであろうユウキの顔をチラリと見やると、彼女は俺に訊ね掛けてきた。
ユウキ「アルファは<ガンゲイル・オンライン>っていうゲーム、知ってる?通称<GGO>って呼ばれてるらしいんだけど」
アルファ「…いや、聞き覚えが無い…と思う」
ユウキ「じゃあ、まずはこっちの記事を読んでみてよ」
俺が微妙な言葉を返すと、ユウキが更にもう一つ記事を差し出してきたので、それにも目を通してみる。
…ガンゲイル・オンライン。略称GGO。そこは銃と鋼鉄が支配する世界らしく、舞台は最終戦争後の地球という設定のようだ。…こんなことは、現実世界では是非とも起こって欲しく無いし、個人的にはみんな仲良くしていたいのだが…。
地球文明の名残がある荒廃した大地で、様々な銃火器を使いモンスターを倒すゲーム…というよりは、如何やらかなりPVPが盛んらしい。あぁ、それ故に、最強者決定バトルロイヤルが開かれているということか。
GGOの特記すべき点はそれに加えて、日本のVRMMOで唯一<ゲームコイン現実還元システム>を採用している所だろう。ということはつまり、GGO内で稼いだお金は現実世界の通貨へと変換されるわけで…正しくは、電子マネーのようだが…まぁ、今の世の中どこでも電子マネーは使えるが、それでも現金を使う人は大多数存在する。その中の一人が俺なのだが…おっと、少々話が逸れてしまったか。
兎に角、GGOの世界には、言わばプロゲーマーが居るらしい。稼げる人は、月に三十万円も稼いでいるとか…。
アルファ「…あぁ、GGOってのもどっかで耳にしたことはあるかもな…で、そのバトルロイヤルがどうしたんだ?」
俺もSAOに囚われて以来、VRMMOというジャンルに限定すれば、かなりのゲームオタクと言えるだけの知識を有している自覚はある。SAOやALO以外にも多くのVRMMOが存在することは当然知っているし、その内の一つとして、GGOの名も聞いたことぐらいはあった気がしたのだ。
…と言うような自分語りは置いておいて、何故ユウキがその件のバトロワの話題を持ち出してきたのかを訊ねる。するとユウキはニヤリと不敵な笑みを浮かべてから、その衝撃的な答えを返してくれた。
ユウキ「アルファ、ボクと出場してみない?このバトロワに」
アルファ「は…はぁ!?」
その突拍子もないユウキの発言に、俺は思わず調子はずれな大声を出さずにはいられなかった。だが対するユウキはかなり本気のご様子で、それが冗談ではないことは、彼女の真っ直ぐな瞳を見れば一目瞭然である。故に俺も、まだ心の動揺を抑えられない中ユウキに訊ね返すのだ。
アルファ「ま、待ってくれ。いきなりどうしたんだよ」
ユウキ「えっとね、理由は沢山あるんだけど…まずは、ボクが他のゲームもやってみたくなったから。二つ目は、GGOってかなり強い人がたくさんいるらしいくて…ボクも腕試ししたくなったからな」
アルファ「理由はその二つで完結してるんじゃねぇの?」
確かに、GGOはプロゲーマーという職業が成り立つようなゲームだ。それだけゲーム内での競争は過激だろうし、PVPに慣れているプレイヤーの総数も、他のタイトルに比べると多いのは確実であるに違いない。
何だかんだ言って、この世界でも高頻度で俺とデュエルをしているユウキは、その実力のほどを客観的に確かめたいのかもしれない。
つまりは、己の戦闘意欲を満たすために、ユウキはバトロワに参加したいと、そう考えたのだと俺は思ったのだが…それだけでは無かったらしい。
ユウキ「ううん、そんなことないよー。三つ目はね…アルファと真剣勝負がしたくなったからだよ」
アルファ「…真剣勝負?」
ユウキ「うん、ボクとアルファの本気のバトルは、まだ一勝一敗でしょ?だから、そのバトロワで決着つけたいなって」
ユウキの呈示した三つ目の理由に、俺は反射的に聞き返した。その理由は単純で、俺はユウキとデュエルをする時には、いつだって真剣に闘っているから他ならない。
だが一方ユウキは、当然と言わんばかりにそう答える。そして俺も、ユウキが言わんとする一勝一敗の意味…俺達が唯一、全損決着モードでデュエルをしたあの二回の特別な戦い…を理解し、それでもなお問い掛けるのだ。
アルファ「でもバトロワだったら、俺達がかち合う前にお互いにやられたりする可能性だってあるだろ?だったら、普通に真剣勝負したらいいんじゃ…」
俺の言い分は、最もなことだと思う。真剣勝負をしたいなら、別にわざわざGGOをプレイしなくても、段々と闘い慣れてきた剣技に飛翔と魔法を組み合わせたALOでの戦闘で事足りるだろうし、どうしても連戦の状況を作り出したいというのならば、月一で開催されている剣技のトーナメントにでも出場すればいいだろうし…やっぱり、ユウキが銃ゲーやってみたいだけじゃねぇか。
ユウキ「ボクはそんなつもり更々ないんだけどね。…でも、アルファがそんなへなちょこなら、バトロワも諦めるしかないかな~?」
などと思っていると、ユウキは情けない人を見るような目で俺を見つめながら煽り立ててくるのだ。ちょっとムカッと来た俺は、次の瞬間にはもう答えを出していた。
アルファ「言ってくれるじゃねぇか。よしっ、その話乗った。ユウキをぶちのめした上でしっかり優勝してやんよ」
ユウキ「威勢充分って感じだね。…まぁ、剣と魔法じゃなくて、銃で勝負するのは、アルファにも勝ち筋あげる為なんだけどね~」
アルファ「…こんなに散々言ってんだ、あとで泣きっ面になっても、もう知らねぇからな」
バトロワに参加する決意を表明した俺に、追い打ちをかけるように焚き付けてくるユウキに、俺はまたピキッと来るも…まぁ、ユウキの言うことも、一理ある。正直なところ、お互いが慣れた剣で闘うよりも、不慣れな銃で闘った方が、まだ勝率は上振れるかもしれない。ユウキの反応速度には、今の俺では着いて行くので精一杯、若しくは着いて行けないのだから。
ユウキ「でも実は、GGOって接続料が高いんだよね。三千円もするんだけど、大丈夫?」
アルファ「あぁ、俺は問題ないけど…ユウキこそ大丈夫なのか?」
ユウキ「ボクも大丈夫だよ」
一カ月の接続料が三千円とは、ALOしかプレイしていない俺では比較対象が少な過ぎるとは言え、確かに少々割高なように思えた。三千円程度の出費であれば、有難いことに実家からの仕送り金で何とかなる範囲だ。だが他方で、そう言えばユウキは、何処からそのお金を捻出しているのだろうか。
アルファ「んじゃ、GGOのパッケージダウンロードするか」
ユウキ「うん。だけどその前に、ALOのデータをコンバートしないとだよ?」
アルファ「なっ…マジで!?」
…まぁ、それはまたいつか聞けばいいか。適当にそう考えた俺は、まずはGGOをダウンロードしようと、検索エンジンにGGOと打ち込んでいると、ユウキの口からまたしても予想だに出来なかった発言が飛んで来て、俺も頓狂な声を上げてしまう。対するユウキは、やはりケロッとした様子で俺に告げる。
ユウキ「だって、大会に出場する人達は、きっとみんな猛者だよ?初期アバターじゃそれこそ勝てっこないからさ」
アルファ「…まぁ、そうか…」
ユウキ「それじゃあまずはALOにログインして…そうだね。タイラのお店の保管庫に、アイテム収納してもらおっか。それでも収まらない分は…ボクとアルファが交互にもう一つアカウントを作ろう。それで、ホームの所有権も忘れず移して…」
アルファ「おっけおっけ。取り敢えずログインしようぜ」
ユウキの口から次から次へと飛び出てくるコンバートの為の手順を聞き流しながら、二人一緒にALOへとログインし、ホームの中で目覚める。
タイラが都合よくこの時間にログインしていることを確認してから、手持ちのアイテムを強制的に引き取らせるべく、俺達は彼の店へと向かって行った。
ユウキ「タイラー、久しぶり~!」
タイラ「あぁ、お久しぶりです。ユウキちゃん、アルファ君」
アルファ「間取りは全然変わんねぇんだな」
タイラ「えぇ、こっちの方が落ち着きますから」
つい一カ月ほど前の十月初めに、新生アインクラッド第十層の主街区にて、タイラはあの頃と同じく店を経営し始めたのだ。店内の雰囲気はあの頃とほとんど変わらず、陳列している商品も高性能なものから汎用性の高いものまで様々である。
こうして商品を眺めていると、ついつい購買欲求が湧いてくるのだが、残念ながら今の俺は、ホーム購入により懐が寂しい。またの機会にさせてもらおう。
ユウキ「あのね、今日はちょっとタイラに頼みたいことがあるんだ」
タイラ「なんでしょう」
ユウキ「ボク達コンバートするからさ、アイテム預かって欲しいんだよね」
タイラ「ええ!?ユウキちゃんもアルファ君も、ALO辞めるんですか!?」
そのユウキの発言に、思いの外オーバーな反応を見せたタイラに驚きつつも、俺は慌てて訂正を入れた。
アルファ「違う違う。ちょっと一瞬他のゲームに遊びに行くんだよ」
タイラ「…そうですか…なんだか安心しました」
アルファ「ってことで、よろしく頼む」
そうしてタイラから同意を得た俺達は、店に置いてある保管庫にありったけの手持ちアイテムをぶち込み、だがやはりそれだけでは足りず、結局、新規アカウントを作ることになった。
一度ホームへ戻って来た俺達は、まずはユウキからアバターを作って来るということなので、彼女の残りの手持ちアイテムを受け取ってから、暫し彼女がここに来るのを待ち続ける。
…せっかくだからこの時間に、コンバートなるシステムについて説明しておこう。まず前提条件として、この世界にあるVRMMOは基本的に、あの頃から一部では囁かれていたブラッキー先生がばら撒いた<ザ・シード>を利用して生成されている。
そしてその便利なVRMMO支援パッケージを利用すると、一つの制約が課されるのだ。それこそが、<キャラクター・コンバート機能>である。つまりは、ザ・シードを使ったVRMMOである限り、一つのゲームで育てたキャラデータを別のゲームに移動させることが出来る機能のことを意味しているのだ。
具体的に言うなれば、あるゲームで育てたレベル八十のキャラクターをもう一つのゲームに移動させると、元のゲームでの強さを相対的に換算した強さを持ったキャラクターが、そのもう一つのゲームでも使用可能となるのだ。
要するにこの機能が、異なるVRMMO間に強いリンクをもたらし、今後更にVRMMOという市場が盛り上がって行く為の一つの重大な基盤となっているわけである。
だがコンバート機能の一つの弱点は、コンバートした瞬間に元の世界のキャラデータが仮消滅してしまう点だろう。しかもアイテムやゲーム通貨は持ち越せない為、こうしてタイラのような信頼できる知人が居なければ、コンバートすれば文字通り全財産を失うことになるのだ。勿論、また元の世界にコンバートし直せば、キャラデータは戻って来るのだが、アイテム及びゲーム通貨はその限りでない。
ユウキ「アルファ~」コンコン
そんなことを考えているうちに、新規アカウントで新たなアバターを作ってきたらしいユウキが、家の前までやって来たようだ。軽く玄関をノックされると同時に外から彼女の声が聞こえてきたので、その声の主がユウキであることは間違いないだろう。
新規アバターとなった彼女はまだ、俺とはフレンドではないため家の扉を開けることが出来ないのだ。故に俺が、玄関ドアを開けてやると──
ユウキ「ちょっと手間取っちゃってさ~」
アルファ「」
ユウキ「…アルファ?」
──俺の目の前に現れた少女は、随分と華奢で小柄であった。…まぁ、そこまでは、普段のユウキと変わらない。
だがユウキは、九種族の中から闇妖精たるインプを選んだらしい。肌は影部分が紫がかった乳白色をしており、頬はほんのりとピンク色に染まっている。いつもは肩に掛かるか掛からないか程度の綺麗な黒髪は、麗らかな紫色のストレートロングに変わっていた。そして相変わらず大きな瞳は、ルビーのようにキラキラと輝いている。
その少女は、端的に言えば…率直に言うと──
アルファ「…すっげぇ可愛い。マジで好きだ!」
ユウキ「ふぇ!?ちょ、ちょっとどうしたの!?」
──俺のハートをドストレートにぶち抜いてきた。いつものユウキも凄く可愛いことは勿論なのだが…この特に、ボブに対してストレートロングというギャップが、俺の心をあっさりと鷲掴みにしたのだろう。
俺は堪らずユウキの身体を抱き締めると、ユウキは驚いたように、しかしされるがままになっていた。抱き心地やユウキの優しい匂いとかは相変わらずで、俺はたっぷり十数秒ほどユウキを堪能する。そして俺はふうと息をついてから、取り敢えず彼女を家に招き入れた。
ユウキ「このアバター、そんなに気にいったの?」
アルファ「あぁ、そりゃかなり」
ユウキ「…普段のボクと、こっちのボク、どっちが良い?」
アルファ「…ん~…出来ればどっちのユウキもいて欲しい。両手に花みたいな感じで」
ユウキ「そこはいつものボクって言って欲しいんだけどね」
ユウキの作った新たなるアバターのアイテムストレージに、また収納できるだけのアイテムを敷き詰め、ついでにホームの所有権も移していると、ふとユウキが究極の二択を迫って来たのだ。
相当迷いに迷った挙句、自分に嘘を付けなかった俺は、右にはいつものユウキ、左にはいつものユウキが居るのがベストだと答えると、ユウキは何故だか大層複雑そうな表情を浮かべていた。
アルファ「って言うか、名前変えなかったんだな」
ユウキ「そうなんだけど…やっぱり、自分じゃない姿のアバターを動かすのに名前だけは一緒って、ちょっと違和感あるんだよね。コンバートする時には、適当にニックネーム付けようかな」
アルファ「んじゃ、俺もそうするか」
目の前にいるユウキが、これまでと変わらず<Yuuki>とキャラネームを付けていることに気が付いた俺は、何気なくそれを指摘する。
するとユウキは、自分のアバターのいろんなところをポンポンと叩きながら、クルリと一回転したり、いつもよりも長い髪をかき上げたりした末に、モヤモヤした表情でそう答えた。
アルファ「取り敢えず俺も、もう一個アカウント作って来るぜ」
続いて、俺もまた新規アカウントを作成するために一度ALOからログアウトし、サブアカウントを作成し始めた。
選択する種族は、本アカで所属しているシルフではなく、ユウキと同じようにインプでもなく、キリトが選んだスプリガンでもない。俺がサブ垢で所属することに決めたのは…土妖精ノームだ。ノームの特徴は、こんがりと日差しに焼けた肌と、大柄で筋骨隆々なアバター……のはずなのだが…。
アルファ「…なん…だと…?」
目の前に表示されている鏡で自らの新たなる姿を見つめた俺は、余りの衝撃に大きく硬直した。
ランダムで作成されたもう一人の<arufa>は、ノームらしく軽く焼けた肌がある一方で、髪型はいつもとほぼ変わらず、体格だってほとんど同じ、顔は若干男らしくなっているものの、筋肉ムキムキの俺なんて、そこには当然のごとく存在しなかったのだ。
…こんなの、あんまりではないか。カッコいい鋼の筋肉を身に付ける為だけに、俺はノームを選んだというのに、本来の目的を一つも果たせていないではないか。
俺はある種の絶望感に囚われながら、例によってイグシティにリスポーンし、そのままユウキの待つ第十五層へと翅を羽ばたかせた。ホームの前やって来て、彼女がしたように扉をノックする。
ユウキ「早かったね~…へぇ、アルファは土妖精にしたん…」
アルファ「…」
呑気にそんなことを言いながら、ノームとしての俺を認識したユウキは、無言のまま俺のつま先から頭のてっぺんまでを見回す。そしてユウキは、俺が何を思ってノームを選択し、どうしてこうなってしまったのかを何となく理解したのだろう。最後に俺の意気消沈した瞳を見やると…。
ユウキ「ア、アハハハーッ!!ノームなのに、随分小柄だねぇ~!お腹ぐるしいよぉ~!」
彼女はその場で笑い転げるかと思うぐらい、腹を捩りながら大爆笑し出したのだ。その目尻には笑い涙まで浮かべていやがる。
完全に気分を害された俺は、ここで「笑い事じゃねぇよ!」とキレても良かったのだろうが、もう、なんというか、余りの自分の運の無さに呆れ返っていたこともあって、自虐的なため息を吐くことしか出来なかった。
ユウキ「アルファはもうダウンロード出来た?」
アルファ「あぁ、いつでも行けるぜ」
あれから程なくしてVRルームに戻って来た俺達は、迷うことなくGGOのパッケージをダウンロードした。…とは言ってもダウンロード自体は無料で接続料が有償なだけなので、ダウンロードすること自体に心理的ハードルがあるわけでは無いのだが。
これは余談だが、あの後の俺達には、短い時間の間にかなり色々あった。まぁ煎じ詰めれば、ユウキのいつまでも止まない笑い声に、遂に俺が「俺だってカッコよくなりたかったんだよ!」と叫ぶと、対するユウキは「無理無理~、アルファは可愛いんだから~、アハハッ!!」などと挑発しながら反駁してきたのだ。
耐え切れず俺が横蹴りを放つと、彼女にひらりと躱され、逆にパンチを喰らわされそうになった。しかしそれは何とかガードしたところで、二人揃って、「決着はGGOにしよう」と言う意見に一致したのだ。
ユウキ「それじゃあレッツゴー!」
そう言ったユウキが、VRルームからGGOの世界へと誘うための扉を出現させてくれたので、俺も彼女に倣ってそれを潜る。
するとまずは、それぞれが初期設定エリアに飛ばされた。そこで俺はコンバートを選択し、唯一キャラネームは変更できるので、一瞬悩んだ末に<Omega>と入力した。αの対を為すωということで、実に単純なニックネームである。
あの時とは違って今度は、アルファベット表記も間違えていない。そうして初期設定を終え、GGOの世界に降り立ち何気なく外へ出た瞬間に、俺はその光景に吸い寄せられ、暫し絶句したのだ。
アルファ「…ザ・世紀末って感じだな…」
空は何処を見ても、どんよりと赤錆色を帯びた黄色に染まっていた。眼前には金属的な高層建築群が無秩序に飛び出しており、それを空中回廊が層を為すように上下に交錯している。ビルの至る所にホログラム広告が流れていて、目も耳もチカチカと五月蠅い。
…これがGGOの中央都市、<SBCグロッケン>か。SAOにALOと、所謂ファンタジー系のVRMMOにしか触れたことの無かった俺は…尚、前者は見掛けはファンタジーなものの、中身はデスゲームのダークファンタジーだったのだが…GGOのSFチックな壮大なる世界観に圧倒されたのだ。
アルファ「…っと、ユウキは何処に…」
不意に、ユウキとこちらの世界で落ち合うことを思い出した俺は、恐らく彼女もさっき俺が居たドームっぽい初期リスポーン地に居るのだろうと、一度踵を返して、その内部で辺りをグルグルと見回してみる。がしかし、ユウキらしい人物は一人も見当たらない。
…一応、若干一名俺と同じようにキョロキョロと辺りに視線を送りながら、そして俺を見つけ、だが訝しげな表情で俺を見て、やはり違うとまたチラチラと他の場所を見る人物が一人いるのだが…あれがユウキだとは思いたくない。
…何故なら、何故ならば…その女性は、明らかに胸部が大きく膨らんでいるのだ。本来ユウキはもっと小さいのだから、あぁなるわけが無い──
「えっと、すいません。ボク、アルファって言う人探してるんですけど…」
アルファ「…」
一人称がボク。そしてそもそも、アルファなるどこぞの元攻略組プレイヤーのことを知っている。この時点で、この俺の目の前にいる身長165センチほどの女性は、ユウキ以外に有り得ないのだろう。
彼女のアバターはまさしく容姿端麗と呼ぶに相応しいもので、髪色はシアーベージュで長さはセミロング程、瞳は綺麗な黒色をしており、そして何より、やっぱりお胸が大きい。こちらへ小走りにやって来る彼女の動きに合わせて、その二つのたわわはたゆんたゆんと揺れていた。
…まさか、狙ってやっているだろうか。いや、いつもは無いものをこうも容易く武器にはできないはずだ。その可能性はない、か…と要らぬ思考を巡らせた後に、俺は彼女に告げた。
アルファ「…俺がそのアルファだ。こっちじゃ、オメガって名前だけど」
「ええ!?ま、まさか…ん~、そっか。ボクはユウキだよ。こっちじゃ、ユウって名前だけどね」
俺の自己申告に対して、ユウキはかなり驚いて見せたが、また俺の全体像を眺めた末に、俺がアルファであることに納得したようで、彼女も同じように名乗ってくれた。
アルファ「あんま変わってねぇな」
ユウキ「そう言うアルファもじゃん」
アルファ「因みに俺って、どんな感じなんだ?」
ユウキ「うーん…あの鏡の所行こうよ。ボクも自分の見た目気になるし」
アルファからオメガのキャラネーム変更の何が変わっていないのかは意味不明であったが、兎に角、ユウキとの目線の関係から見て、俺は高身長であろうことだけはすぐに分かった。
165センチの人をこれだけ見下ろせるということは170は固いなと、なんだか少しウキウキながら、自分のアバターを確かめることが楽しみになって来る。するとユウキが俺の手を引いて、見つけた鏡の前まで案内してくれた。そしてそこに映った、俺のGGOでの姿は…。
アルファ「おお!これは凄いな!」
それはもう、百点満点をあげてもいいぐらい、俺のアバターはユウキと同じく、完成された容姿をしていたのだ。
身長は恐らく175センチ程だろう。スラリと高身長で、足が長い。筋肉ムキムキという訳ではないが、鍛え抜かれた筋肉が効率的に身体に身に付いている。髪型はサイドが刈り上げられたベリーショート。色は黒っぽい茶髪だ。瞳は深い緑色をしていて、クールな男性を思わせる顔つきである。
俺は思わず自分の姿に見惚れていると、ユウキが自分で豊満な胸に手を当てながら、少し自嘲気味な声色で言うのだ。
ユウキ「…自分で言うのもあれだけど…ボク達これ、お互いのコンプレックス晒してるだけだね…」
アルファ「…た、確かに…そうだな…」
彼女の冷静なる一言を聞いて途端に小恥ずかしくなってきた俺は、早々に鏡の前から離れる。いそいそとドームから飛び出すと、俺を追随するようにドームから出てきたユウキが、さっきの俺と同じように、街の外観に目を奪われていた。
俺がそんなユウキを眺めていると、ドーム近くからぬっと出てきた厳つい見た目の男性が、顔に似合わない調子で俺達に話し掛けてくる。
「おおっ、お姉さんとお兄さん、運がいいね!そのアバター、どっちも1300番系でしょ!め~ったに出ないんだよ、そのタイプ。今なら始めたばっかりだろうし、アカウントごと売らない?2メガクレジット出すよ!」
アルファ「…悪いな。俺達コンバートなんだ。だから金には代えられねぇ」
「あ~、それは残念。…噂じゃ、その手のレアアバターはコンバート前のアカウントを使い込んでるほど出易いらしいんだよね。参考までに、前のアカのプレイ時間を教えてくれないかな?」
ユウキ「えっとね~…いちま…んぐっ!?」
アルファ「…ざっと、一年ぐらいだな。俺もコイツも」
「うーん、そうか…」
恐らく、レアアバターを転売してお金を稼いでいるのだろう男に総プレイ時間を訊ねられ、俺も頭の中でユウキと似たような思考に至っていたものの、それを口に出すことは勿論無かった。
だが純粋なユウキは馬鹿正直に、その二年半以上であろうプレイ時間を暴露しようとするのだ。そんな彼女を見て、俺も慌ててユウキの口を右手で抑え込む。
ユウキは驚いたように俺を見ていたが、そんなの身バレ防止を考えれば当然だろう。それ程の長期間フルダイブしている奴ら等、元SAOプレイヤー以外に居ないのだから。
ついでにその男に、初心者が訪れた方が良い場所を聞き出してから、俺達その場を離れた。俺の行動を不思議そうに問い掛けてきたユウキには、ちゃんとその理由を話しておいた。利口な彼女は、しっかりと俺の言わんとすることを理解してくれたらしい。
アルファ「かなり複雑だな、この街」
ユウキ「そうだね~。はじまりの街なんか目じゃないぐらいだよ~」
俺達が男の指示に従って、メインメニューから詳細なマップを呼び出し、それとにらめっこしながら突き進んでいるこのSBCグロッケンという都市は、広大なフロアが幾つも重なる多層構造であった。
まるでアインクラッドのミニマムバージョンだが、それは単なる多層構造なだけでなく、移動手段がエスカレーターやらエレベーター、空中回廊など多種多様で、それらが余計にこの街の構造を複雑にしているように思える。
行き交う強面なプレイヤー達は、俺達…ではなく、ユウキの姿を見つける度に、だらしない顔を浮かべている。中にはユウキに声を掛けようとさえするプレイヤーも数人居たのだが、そいつらはユウキの隣を歩く俺の無言の圧力…ではなく、ユウキ自身が発する、そのほわんほわんとした様子からは推し量れないような、絶対的強者の雰囲気を纏っているせいで、どうにも近寄れないなかったらしい。ユウキに向かって三歩歩いたところで、ピタッとその足を止めてしまっている。
ユウキ「ここがお店かな?」
アルファ「そうだろうな」
何度も迷いそうになりながらも、何とか目的地に辿り着いた俺達は、初心者向け総合ショップなるお店に足を踏み入れたのだ。しかし、実情はどうだろうか。店内は外以上に、様々な光と音に満たされており、まるでゲーセンやパチンコにやって来たような刺激が、耳と目に届いて来る。
外見は大手スーパーのような見た目だったのに、中身はアミューズメント施設そのもののようであった。しかも、NPC店員は誰もが美女且つ露出度の高いコスチュームを身に付けており、その点も合わせると、何処かのガールズバーやらキャバクラにでも入ってしまったのではないかとさえ疑ってしまう。
…まぁ、風俗店なんて行ったこと無いんだけどな。もしここの店員さんにセクハラでもしたら、銃火器でハチの巣にされるのだろうか。そんな下らないことを思っていると、ユウキが何かを思い出したように、慌てて俺に問い掛けてきた。
ユウキ「アルファ!そう言えばボク達って、お金ないんじゃない?」
アルファ「…あぁ、そういや…うん、金ないな、俺達」
ユウキに言われて初めてそのことを思い出した俺は、メニューウインドウを操作して、ざっと所持金額を調べてみる。するとご丁寧にも、そこには千クレジットと、SAO以来目にする少なすぎる所持金額が表示された。
お金が無ければ武器や防具を購入できないのは当然で、さて、どうしたものか、強盗でもしようかと冗談半分ぐらいで悩んでいると、ユウキが何かを見つけたようだ。あっと声をあげた後に、俺の腕をクイと引っ張った。
ユウキ「これ…お金貰えるんじゃない?」
ユウキが俺を誘導して案内した店の奥には、幅三メートル長さ二十メートルほどの一本道が用意されていた。その見た目はまるでボウリングだが、それと違うのは、ガーターの代わりに柵があるのと、一番奥にはピンの代わりにガンマンみたいなNPCが立っていることだろう。
近くに設置されている案内板を読んでみると、如何やらこれは、あのガンマンが打ち出す玉を避けながら、奥へ奥へと進んで行くゲームらしい。プレイ料金は一回五百クレジット。十メートル突破で千、十五で二千クレジット貰えるようだ。更に、一番奥のガンマンに触れられた暁には、あの電光掲示板に表示されている金額…三十万クレジットが手に入るらしい。
アルファ「…よし、やってみるか」
ユウキ「じゃあその次はボクもやろっと」
今の俺の所持金が、たった十メートル移動するだけで倍になるのだ。そう楽観的に考えた俺は、五百クレジットを支払いゲーム開始地点へと移動する。横幅は三メートルほどしかないので、ガンマンの放つ銃弾を左右に回避することは不可能と見える。だったら一直線に走り抜けようかと、そう考えたその時だった。
アルファ「…なんだ?」
不意に、俺の身体に突き刺さる三本の赤い線が出現したのだ。これはどういうことなのだろうと思っていると、ガンマンがレボルバーの銃口をこちらに向けてくる。そこでなんとなく三本線の意味を理解した俺は、それを躱すように身体を動かすと…その一秒後には、やはり赤い線に沿って、三つの銃弾が飛んでくる。
…これは、事前に銃弾が飛んでくる場所を教えてくれるゲームなのか?この時はまだ、<銃弾予測線>の存在など知りもしなかった俺はそう結論付け、次の赤ラインが出現するまでの間に、ガンマンとの距離を更に縮めようとする。
俺が残り十五メートル付近に近づくと、ガンマンは時差を付けた撃ち方をしてきたが、その程度なら難なく躱せた。がしかし、そこであることに気が付き、一度ゲームを終わらせようと思った俺は、十五メートルの所でわざと立ち止まり、ゲームオーバーとなった。
ユウキ「ボク、あのゲームの攻略方法気づいちゃったかも!」
アルファ「やっぱりユウキもか。んじゃあ、じゃんけんで勝った方から挑戦しようぜ」
ユウキ「りょーかい!」
と俺とユウキが話し始めたその時には、さっきまでは俺達以外に誰も居なかったこのスペースが、数多の男性プレイヤーで溢れかえっているではないか。そしてその理由は恐らく、単純にユウキの可愛いアバターのせいだろう。
そしてそれから俺達は、一度ゲームに挑むことで気が付けた「予測線を予測する」というこのゲームの必勝法を利用して、ひたすらクレジットを稼ぎまくった。俺達にとっては十メートル突破は安い事だったので、毎ゲーム千五百クレジットは安定して稼げたのだ。
しかも一回二十秒も掛からないため、数分後には何十万ものクレジットを手にすることに成功する。しかもユウキは度々、俺も数回は、ガンマンに触れることさえも出来たりした。…とは言っても、それは一回目しか意味が無かったのだが。
そんな俺達の様子を、ギャラリー達は呆然としながら眺めるばかりであった。俺達がかなりの金額を稼ぎえ終えた時には、NPCガンマンは心なしか疲れ果てたような目をしていた気がする。
そうして俺達は、あと一カ月と一週間後に迫ったバトロワに向けて、GGOの世界に入り浸ることになったのだ。だがこの時、ギャラリーの一人が、俺とユウキがガンマンゲームをクリアし続ける様子を録画しており、それをネット上で公開したことが契機で、また新たなる戦いが巻き起こることになるとは、まだ俺達には知る由も無かった。
次回の投稿日は、二月二十四日の木曜日となります。
では、また第134話でお会いしましょう!