十一月十日、土曜日、午前十時半。
アミュスフィアを被ってALOの世界へとログインした私は、現状根城にしているイグシティの宿屋を後にして、遠くに見える浮遊城目掛けて青い翅を羽ばたかせた。
浮遊城は現在、プーカ領上空を飛行しているようなので、そちらに向かってゆっくりと飛翔する…とは言っても、傍から見ればかなりのスピードらしいが、わたし達の仲間の間では、これぐらいが普通なのだ。リーファちゃんの得意とする風の軌道を読む力も少しずつ身に付いてきたらしく、上手く上昇気流に乗りながら、やがて私はアインクラッドへと辿り着いた。
苦い思い出も楽しかった思い出も混在しているはじまりの街を移動し転移門ゲートに触れた私は、目的の第十五層の主街区の名を唱え、そちらにテレポートする。旧アインクラッドと同じく、活気の溢れる街並みを通り抜けながら、私はそちらへと向かった。
新生アインクラッドの最前線は第19層なのだが、今日は攻略をしに来たわけではない。彼女に呼び出されたので、そちらに向かっているのだ。
…恐らく十二月に入れば、ニ十一層以降の層も解放されるのだろう。そして二十二層に辿り着いた暁には、もう一度ログハウスを買う決意を、私は既に固く己に誓っている。その時に備え日々ユルドを大量に貯めてきたし、ユルド不足で困るという事態にはならないはずだ。彼女の話によると、ホームのお値段はSAOの頃の二倍であったらしいが、それでも何とかなる程にはユルドを貯蓄出来ているのだ。
住宅エリアを突き進んでいくと、その先にこじんまりとした白色のお家を発見する。私はその家のドアをノックすると、程なくして、鍵が開く音と共に扉が開かれた。
ユウキ「アスナ、待ってたよ!」
私の姿を認識するや否や、屈託のない笑顔で出迎えてくれたのは、黒髪ボブが良く似合う少女…ではなく、パープルブラックのロングヘアーが似合う少女だ。髪型だけでなく顔つきや肌の色も、いつもとはまた違った雰囲気をしているが、愛嬌のあるその笑顔は全く変わらない。
恐らくこの魅力的な笑顔が、彼の心を射止めている理由の一つであるのだろうことは、既に想いの人のいる私でも深く理解できることだ。
ユウキ「…アスナ?どうかした?」
アスナ「…あ、ごめんね。やっぱりまだそっちのユウキの姿に慣れなくて…ちょっと見惚れちゃった」
ユウキ「…そんなに、こっちのボクの方が可愛いのかな…アルファにも似たようなこと言われたし…」
アスナ「それは…うん、アルファ君が悪いわ」
不思議そうにこちらを眺めるユウキに私が思ったままの言葉を送ると、彼女は微妙な表情を浮かべるのだ。彼の愛する彼女あり、同時に恋する乙女であるユウキに対してなんて酷いことを言っているのだと、ちょっとシュンとしているユウキに、私は強烈な母性的保護欲求を募らせる。
そんなユウキの為を思って、「アルファ君!?なんてこと言ってるの!?後で細剣ソードスキル最上位技でお仕置きだからね!?」と心の中で、ここには居ない彼に捲し立ててあげた。
ユウキ「ま、取り敢えず入ってよ」
アスナ「うん、お邪魔しまーす」
スプリガン改めインプのユウキに手招きされて、彼女のホームに入らせてもらった私は、そのままリビングまで案内される。
ユウキがいつものアバターを使っていないのは、つい一週間ほど前に、彼女が他のゲームにキャラデータをコンバートさせたのが原因だ。ユウキがフレンドから消えていることに気が付いた私は、それはもう焦りに焦ってリアルで真っ先に連絡を取ってしまったのだが、幸いにも、私が心の片隅で恐れていたような最悪の事態では無かった。あの時は本当に、心の底から安心したことを今でも鮮明に思い出せる。
これは余談だが、彼女がコンバートした先のゲーム名は、私もリズ達も教えてもらっていない。だが何でも、かなり大切な事らしく、一カ月後ぐらいにはまたALOに戻って来ると言っていた。ユウキと同時にアルファ君もコンバートしたようなので、二人で色んな世界を遊び回っていたりするのだろうか。
ユウキ「ホントはお茶とかお菓子とか自作したかったんだけど、今は熟練度が低いからね~」
アスナ「これでも充分じゃない」
そう笑いながら彼女は、テーブルに紅茶とパウンドケーキを出してくれた。今日は私とユウキしか居ないので、ティーカップもお皿も二人分しかない。アルファ君は何をしているのかは分からないが、ここには居ないようだし、ユイちゃんはリズやシリカちゃんと一緒に、みんなと何処かに行っているのだ。
…さて、今日は一体何の話をするのだろうかと、ユウキの顔をチラリと見やると、彼女は目をキョロキョロと動かして、何から話せばいいのか迷っているようだった。しかしやがて、頭の中で思考を纏め上げたのか、ユウキは紅茶を一口嗜んでから、口を開いた。
ユウキ「…実は、もうすぐアルファの誕生日なんだ」
アスナ「…確かアルファ君の誕生日って、ちょうど二週間後よね?」
ユウキ「そそ、二十四日だよ。でね…ボク、何プレゼントしたらいいか、あんまり分かんなくて…」
アスナ「あ~…それで、わたしに相談したいってこと?」
もう目の前にアルファ君の誕生日が迫っているのだと、そう呟いたユウキは、まるでそれが自分のことのように嬉しそうな表情であった。そんなユウキの健気な様子にほっこりしていたわたしではあったが、途端にそれは不安げな表情へと移り変わる。どうしたのかと私がその訳を尋ねる前に、彼女はおずおずとその理由を語ってくれたのだ。
ユウキ「うん…アスナも、キリトに誕生日プレゼント渡したんでしょ?だから、頼れるかなって」
アスナ「わざわざ呼び出してもらったのにこんなこと言っちゃあれだけど…多分アルファ君、ユウキからのプレゼントなら、何でも喜ぶと思うよ?それこそ…激マズ失敗調味料詰め合わせとか贈らない限りはね?」
ユウキの言う通り、わたしは既に一カ月ほど前に、愛するキリト君に誕生日プレゼントを贈っている。だからこそ、ユウキのその迷う気持ちも、痛い程に理解出来た。
私だってキリト君へのプレゼントを考えている時は、あれの方が良いかな?こっちはあんまりかな?やっぱりこれかな?だなんて考えが溢れるほど浮かび上がって来たのだから。
でも同時に、プレゼントを渡した時にキリト君が見せてくれた満面の笑みを見て、別にプレゼントがどんなものであれ、誠心誠意込めて選んだものであれば、相手はこんなにも喜んでくれるのだと、プレゼントとは相手が欲している物を渡すことだけでなく、気持ちを伝えることが何よりも重要であるのだと、何となくわかった気がしたのだ。その答えを冗談交じりに伝えると、ユウキもほんわかとした笑顔で答えてくれる。
ユウキ「流石のボクもそんなの贈るつもりは無いよー」
アスナ「じゃあ、ユウキが一生懸命選んだものなら何でもいいんじゃないかな?」
私がそう言ったのは、何もユウキのプレゼントを考えるのが面倒くさいとか、そういう訳ではない。私はSAOの頃にユウキから、以前アルファ君への誕生日プレゼントを贈ったことがあると聞いているのだ。
その時贈ったのは部屋着ということで、ユウキのセンスも問題ないことも考慮した上で、彼女自身の判断に任せても良いだろうという考えである。がしかし、ユウキは煮え切らない様子で、また私に訊ねてくる。
ユウキ「う~ん…ねぇ、アスナ。アルファって、学校生活の中とかで欲しいもの零してたりしない?」
アスナ「…ん~…何も言ってないかなぁ…」
ユウキ「そっか…アルファって、あれが欲しいとかこれが欲しいとか、全然話してくれないんだよね~」
アスナ「じゃあ、やっぱりユウキの思うプレゼントを渡せばいいんじゃない?」
ユウキ「…そう、なるよね…やっぱり…」
なにがなんでもアルファ君が望む最高のプレゼントを選びたいらしいユウキは、食い下がるように私にヒントを求めてくる。なので私も普段の彼の日常生活を思い出してみるも、あまりそれらしい発言は見当たらなかった。
ユウキのちょっとした愚痴には、多分みんなそんなもんだよ~と心の中でツッコんでいると、結局、話が振出しに戻って来たわけだ。するとユウキは、暫く唸った末に、少し悲しそうな表情を浮かべながら、私に語り掛けてきたのだ。
ユウキ「…ボクはさ、アルファのことなら、誰よりもよく知ってる自信があるんだ。…でもね、ボクが知ってるのはアルファだけで、ホントは、歩夢のことはあんまり知らない気がするんだよね…。だから、歩夢が欲しいものが、ボクには分からないのかな…」
そんなユウキの言わんとすることは、私自身も深く共感できる部分があった。キリト君が好きになってくれたのは、芯のある強さを身に付けたアスナであり、最後には親の言いなりになることしか出来ない心の弱い明日奈では無いのだと、そんな気持ちが、私の心の何処かには根付いているのだ。
…でも、ここでユウキにそんなことを言ったとしても、それは傷の舐め合いにしかならないだろう。故に私は、自分の中で疼く気持ちは一旦封じ込めて、微笑みながら答えた。
アスナ「…そんなことないよ。アルファ君は何処まで行ってもアルファ君なんだから、そんなに難しく考えなくていいんじゃないかな。それに…知らないんだったら、知ろうとすればいいだけだよ、きっと」
ユウキ「…そうだね。アスナの言う通りだよ。ボク、これからちょっとアルファにリサーチしてくるよ!」
アスナ「うん、じゃあ、またね」
ユウキ「うん、アスナ、ありがとね!」
私の言葉に得心してくれたらしいユウキが、悲しげな表情をふっと消し去り、いつもの笑顔に戻ったその時には、彼女特有の明るさが、そこに戻って来ていた。
これで相談事は終わりだと、私が席を立つと、ユウキは玄関までしっかりと見送ってくれた。ユウキのホームを出た私は、先程の言葉を心の中で繰り返す。
…誰かを知る為には、まずは自分のことも曝け出さなければならない。それが出来ないから、私はこうあるのだろうと、そんな思いが頭をよぎる。
アスナ「わたしもそろそろ、アルファ君のプレゼント考えないとなぁ…」
そんなマイナスな思考を打ち切るように、私は別のことを考え始めたのだった。
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アルファ「…おい。初心者にうそぶいて、こんな意味わからんダンジョンに連れて来るとか、お前ら良識ってもんがねぇのかよ」
真っ暗な洞窟で…とは言っても、スプリガンお得意の魔法のお陰で暗視効果が付与されている為、周囲の様子はよく見えるが…出口を目指して引き返している中、俺がそう愚痴を零すと、この状況を作り出した張本人が答えてくれた。
クライン「っても、ここはノームが居ねぇと入場自体が禁止されてるダンジョンなんだから、しゃーねぇだろ?」
この洞窟ダンジョンの奥に隠された、目的の三十年物のワインを手に入れた彼はやけに上機嫌であった。この世界でも相変わらずこよなく酒を愛しているクラインは、こうして九種族の領地を縦横無尽に駆け巡っては、各地に隠された秘蔵のお酒をかっぱらっているらしいのだ。
キリト「それに、アルファは初心者じゃないしなぁ」
クラインにお供することになったもう一人の彼が、これまたご機嫌な様子で俺の発言の揚げ足を捕って来る。キリトはまだ17歳なのだから、アルコール飲料の美味しさなんて分からないはずなのだが、どうにも彼は、仮想世界でのお酒を気に入ってるらしい。
本日、俺はキリトに呼び出されたもんだから、GGOで銃器の特訓をする時間を放り投げてわざわざサブ垢でログインしてやったのに、頼まれたのはダンジョンの同行、お酒は結局あれ以来怖くて一滴も飲んでいない俺からすれば、全くもって無意味な時間である。
キリト「そう言えば、アルファってもうすぐ誕生日だよな」
クライン「確か二十四日だろ?」
アルファ「あぁ、そうだな」
俺の十七歳人生も残りあと僅か、二週間後には十八歳の誕生日が迫っていることを何気なく訊ねられた俺は、辺りにモンスターが居ないか目視で探りながら、適当な相槌を打つ。
こっちのキャラデータではスキル熟練度が無いに等しいため、索敵スキルはほとんど機能していないのだ。それを思うと、新生ALOにてSAO時代のデータをコンバートせずに、キャラを一から鍛え上げたキリトは、それはもう相当な努力を続けてきたのだろう。
キリト「アルファは何か欲しいものあるか?」
アルファ「…いや、特には」
クライン「ンじゃあオレからは、エギルの奴の店で食い放題をプレゼンツしてやんよ!」
アルファ「そりゃあかなり嬉しいな」
率直に、キリトに欲しいものを訊ねられて、俺は一瞬考え込む…こともなく、すぐさまその答えに辿り着く。俺が欲しいものなど、結局のところ、ただユウキが長生きして欲しい、願わくば、彼女の病気が奇跡的に回復して欲しいという望みの薄い希望でしかないのだから。
だが、二人にこんなことを言っても意味が無いだろうと、二人には適当な返事を返しておいた。その時、前からキリトに訊ねておきたかったことをふと思い出した俺は、彼に問い掛ける。
アルファ「そういや、視聴覚双方向通信プローブってやつ、どうなったんだ?」
キリト「あぁ…あれはかなりいい感じに開発出来てるぞ。…一月ぐらいには、試作機が完成しそうだ」
クライン「だったらキリの字は、それがアルファへの誕プレになるだろうな」
キリト「いやいや、これは元々アルファに献上する予定だったからな。また誕プレは適当に選ぶって」
そしてキリトから、件のブツが一月には完成しそうだとの言葉を聞いて、俺も一安心するのだ。ユウキがある日零した願いを叶えるためには、視聴覚双方向通信プローブなる機器が、確実に必要になって来るに違いない。
まだ一月ならば間に合うと、俺はそう信じていたい。…いや、そもそもどうして俺は、そんなに考え方が後ろ向きなのだ。俺がもっとポジティブに居なければ──。
アルファ「っ!?」ゾクッ
キリト「どうした?」
アルファ「…なんか、急に寒気が…」
クライン「風邪でも引いたんじゃねぇの?」
不意に、全身の鳥肌が立つような悪寒を感じた俺は、図らずも声を漏らしてしまった。不思議そうに俺を眺めているキリトとクラインに、いま俺の身体に起きたことをそのまま伝える。クラインの言うことは最もではあるが、そうではないという確信が、俺の中に芽生えていた。
…これは、こう、なんというか…まるで誰かに睨まれたような感覚なのだ。がしかし、キリト達の索敵には引っ掛からないようだし、やっぱり気のせいだろうか。この後何か、自分にとって嫌な事が起る予感を覚えながら、俺はようやく見え始めた出口へと向かって行ったのだった。
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相談に乗ってくれたアスナを見送ってからすぐに、ボクはフレンドリストを確認すると、予想外にもアルファがこの世界に来ていることに気が付いた。
ボクはアルファに「もし時間があったら、ホームに来て欲しいな」とメッセージを飛ばすと、彼から「解った。二十分以内に行く」との返事がくる。すると予告通り十五分後に、ガチャリと玄関ドアが開く音がした。
ボクがソファから顔を出すと、廊下からリビングルームへとやって来たアルファの姿を見つける。そこで向こうもこちらに気が付いたようで、ボクの顔を見てから笑顔で口を開いてくれた。
アルファ「ただいま」
ユウキ「おかえり、アルファ」
その何気ない一言が、どれだけボクの心を満たしているのか、きっと彼は知らないだろう。ボク達が購入したホームにやって来て、只今と言ってくれるということは、彼にとってこの場所が、帰って来るべきところであると認識してくれているから他ならないのだから。
ここが、ボクとアルファの二人にとってのお家。それが共通認識であることが、ボクにとっては凄く嬉しい事なのだ。ボクが手招きをすると、彼はボクの隣に腰掛けてくれる。
アルファ「…なぁ、ユウキ。俺さっきアスナとすれ違ったんだけどさ…出会い頭にソードスキルぶち込まれたんだ…。何か知らないか?」
ユウキ「…し、知らないかなぁ…」
アルファ「…なんかアスナ、ユウキが可哀想とかどうとか言ってた気がするんだけどなぁ…」
ユウキ「…」
アルファがふと訊ねてきたことに、ボクは少しばかり心当たりがあったけれど、知らぬ存ぜぬを貫き通すことに決めた。…だって、ボクが本気でもう一人のボクの姿にちょっとだけ嫉妬しているなんて、恥ずかしくてアルファには言えないからね。
アルファ「まぁ、それは置いといて…今日はどうしたんだ?」
ユウキ「ん~…アルファがGGO出来ないように、妨害してるんだよ~」
ボクがアルファを呼び出した目的は勿論、アルファに贈る誕生日プレゼントのヒントを得るためのリサーチであるのだ。でも、アルファにそう訊ねられて、正直に「誕生日プレゼントは何が良い?」だなんて聞く気にもなれなかったが故に、適当な言い訳をしながらアルファの肩にコツンと頭を寄せる。すると彼は、愛おしそうにボクのロングヘアーを撫でながら、口の端から苦笑を漏らした。
アルファ「おいおい…それじゃあユウキだって、GGOで準備出来ねぇだろ。それで良いのか?」
ユウキ「大丈夫大丈夫~。ボクはもう、アルファの度肝を抜けるだけの作戦は思い付いてるからね」
アルファ「へぇ、そいつは楽しみだな。…ま、俺もユウキをぶちのめす未来は見えてんだけどな」
ユウキ「まさか。ボクが負けるわけないじゃん」
GGOをプレイし始めて一週間ほど経つが、色々試行錯誤した末に、ボクはもう自分のプレイスタイルを確立させたし、それがアルファには想像も出来ない事だという確信だってある。指を銃の形にしながらボクの額に手を押し当てているアルファには悪いけれど、ボクが勝者になることはほぼ確実だろう。
そう言えば、ボクがわざわざGGOに彼を誘った理由はまだ言っていなかったけれど、それは、半分以上がボクのエゴなのだ。
と言うのは、GGOをプレイする理由は、プロゲーマーだなんて人達がいるGGOでボクの腕がどれだけ通用するのかを確かめたかったからだし、ちょっと別のVRMMOもやってみたくなったからということでもあるのだが、それ以上に、ボクの我儘なところがあるという訳だ。
…簡単に言っちゃうと、ボクは…アルファに構って欲しかったのだ。このホームを購入して以来、ほぼ毎日引っ切り無しに仲間の誰かが訪れてくるものだから、アルファがボクに構ってくれる時間が減って、それで、だったらみんながプレイしていないゲームをすれば、アルファとの時間が増えるんじゃないかなって…うん、完全に我欲だね。
それ故にボクは、みんなにはGGOをプレイしていることを教えていない。だってそれを言っちゃったら、みんなGGOに参戦しちゃって、また鼬ごっこになりそうなんだもん。
結局、GGOの中では、戦略が透けないよう街を観光する時以外は別行動を取っているので、意味が無かったりするのかもしれないけれど、その分二人っきりでVRルームで過ごす時間が多くなったので、本来の目的は既に半分ぐらい達成出来ていると言えよう。
ユウキ「そう言えばさ、アルファは、最近不便だなーって思うことあったりする?現実世界で」
アルファ「不便か…あんまねぇかもな」
ユウキ「そっかー」
これは自然な流れでリサーチに成功した!そう思えたのも束の間、やっぱりアルファはあんまり物欲が無いのか、ボクにとっての望ましい結果は得られなかった。
アルファ「なぁ、そろそろGGOやらないか?まだ行っていない街、観光しに行こうぜ」
ユウキ「…そうだね。行こっか」
アルファにそう言われて、特に断る理由も無かったボクは、寧ろ今からアルファとデートが出来るのだと、無邪気に心を躍らせる。がしかし一方で、この芳しくない状況をどうすればいいのか、全く見当がつかないでいた。
…それじゃあやっぱり、自分で考えるしかないよね。…でも、一体何を贈れば、アルファに喜んでもらえるんだろ…。アスナは何でもいいって言ってたけど、ボクはどうしても、アルファが一番喜んでくれる物を渡したいんだよね…。
思い返せば、アルファに誕生日プレゼントを渡したのは、もう二年も前の話だ。当時は何が良いのかも分からなかったし、いろいろ苦労したっけ。それに、あの時は既にボクの中で、アルファへの恋心が芽生え始めていたんだよね。でも、まだ自分の気持ちに嘘をついて、誤魔化してたんだんだよ。何だか懐かしいである。
…アルファの誕生日をお祝い出来るのは、多分今年で最後なのだろう。出来ればいつまでも…せめて、来年まで…無理、かなぁ…悲しいなぁ…もっと沢山お祝いしてあげたかったなぁ…。…でも、だからこそ今年は、アルファにとって最高の思い出になるようなプレゼントを選ばなくちゃ…。
憂い、希望、諦念、誠実…心の中で様々な想いを交錯させながら、ボクはアルファの誕生日までの日々を過ごしていくのだった。
ユウキ「…ん…」
朧気ながらに目を覚ましたボクは、左手にアルファの温もりを感じながら、空いている右手を動かし、ウインドウを開いて現在時刻を確認する。
時刻は午前七時前と、あと十分後にはアルファが目を覚まさないといけない時間だ。それなのにすーすーと寝息を立てながら熟睡しているアルファの様子を、ボクは相変わらず可愛いなぁと思いつつ暫し眺め続ける。
無性にほっぺをツンツンしたくなるけれど、アルファがあんまり気持ちよさそうに寝ているものだから、その欲求はしっかりと抑え込んでおいた。
…今日は、十一月二十四日。アルファの十八歳の誕生日だ。こうして彼の様子を眺めてみても、そのあどけない顔つきは、ボクよりも一歳年上であるようには全然思えない。同い年と言われる方がしっくりくるぐらいだと、ボクは今でも思う。
ボク達が今いる場所は、ALOでもなく、GGOでもなく、メディキュボイドのメインメモリに構築されているVRルームであった。現在、ボク達のほぼ生身の姿が映し出されたアバターは、GGOにコンバートしているせいもあって使用できない。
ボクもアルファも、お互いのサブアバターの姿は嫌いではないが、せめて寝るときぐらいはいつもの姿が良いという意見が一致して、今はお互いに現実世界と同じ姿で居られるVRルームに寝泊りしているのである。
そう言えば、ボク達がGGOをプレイし始めて約三週間が経過したけど、大体二週間過ぎたあたりかな、アルファがある日、「一人でプレイするのもう限界です。ユウキと一緒に居たい」とボクに言い出してくれたのだ。
その当時はボクもアルファ成分が不足していて、同じことをいつ切り出そうか迷っていたぐらいだった。だからもちろん、ボクは二つ返事でそれを受け入れたんだけど…あの時のアルファの素直っぷり、可愛かったなぁ…。特に、ボクが一回断る素振りを見せた時に、あからさまにシュンとしてた所、すっごくドキドキしたよ…。
と、そんなことを考えているうちに、アルファが起きないといけない時間が来た。だからこれは合法なんだよね?と誰かに言い訳しながら、アルファの柔らかい頬っぺたを何度か突っつくと、彼はこちらに意識を取り戻してきたようだ。
アルファ「…んん…」
ユウキ「アルファ~、朝だよ~」
アルファ「…あと…五分だけ…」
ユウキ「起きないと遅刻しちゃうよ~」
アルファ「…ん…おはよう、ユウキ」
彼は一度こちらに意識を取り戻すも、再び眠りの世界へと引き戻されそうになっていたので、ボクが軽く身体を揺らし起こす。
対するアルファは、まだ眠そうに眼をこすりながらも身体を起き上がらせ、ボクの方に顔を向けて朝の挨拶をしてくれた。なのでボクも笑顔を綻ばせながら、精一杯アルファに伝える。
ユウキ「おはよ、アルファ。…十八歳おめでとう!」
アルファ「…あぁ、ありがとな。もう、十八か…」
ユウキ「十八歳からは、選挙権とか色々あるもんね」
アルファ「大人の仲間入りってことだな」
ユウキ「…未成年淫行?」
アルファ「それは絶対に違う」
すると彼は、一瞬呆気に取られたようにボクを見つめてから、すぐに笑顔で感謝を述べてくれた。そして他愛もない会話とボケツッコミを交えつつも、平日であるが故に非常に短いアルファとの朝を大切に過ごしたボクは、そろそろ学校の準備だからと、名残惜しそうに言ってくれる彼に告げる。
ユウキ「アルファ。今日は学校終わりにボクの所来て欲しいんだけど、良いかな?」
アルファ「言われなくとも」
またまた嬉しいことを言ってくれる彼に、ボクはまた笑顔を綻ばせながら、いってらっしゃいのキスをして、またねと言った。
…ボクは結局、アルファに贈るべきプレゼントを悩み抜いた挙句に、彼の誕生日の三日前に、それをネット通販で注文したのだ。やっぱり、学校生活とは無縁なボクでは、彼が欲しているであろうモノを推測することは出来なかった。
故に、ボクは考えに考え抜いた結果、アレを誕生日プレゼントに選んだけど…アルファは、喜んでくれるかな。喜んでくれたら、嬉しいな。不安と期待がたくさん詰まっている小さな胸にそっと手を添えながら、ボクは彼が訪れてくれる放課後を待ち望んだ。
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シリカ「アルファさん。誕生日おめでとうございます!これ、プレゼントです!」
アルファ「おっ、サンキュー、シリカ」
今日も一日の学校生活が終わり、さて自転車を取りに行こうと駐輪場に向かう前に、わざわざ俺の教室の前にまで来てくれたシリカが、誕生日をお祝いしてくれた。シリカからのプレゼントは…手作りクッキーだ。香ばしい匂いが漂ってきて、実に美味しそうである。
…と言うか今思えば、アスナからはマカロン。リズベットからはマフィン。ユナからはエクレア。そしてキリトとノーチラスからは、恐らくポッキーの日に購入したであろう品物と、俺の誕生日プレゼントはお菓子で埋め尽くされている。…まぁ、嬉しいからいいんだけど。
アスナ「ユウキからは、何が貰えるんだろうね?」
アルファ「さぁ?やっぱ装備一式とかじゃねぇの?」
リズベット「んなわけないでしょ。サッサとユウキのとこ行って来なさい!」
アスナの問い掛けに、俺は結構真面目に返事をしたつもりだったのだが、リズベットには真っ向から否定され、それにアスナとシリカは大変同調している様子であった。
…まぁ、そうだな。俺がユウキに何かを望むとすれば、ALOで誕生日ケーキでも作って欲しいな。あ、そうか。今は熟練度が低いサブ垢だから、それはムリか…コンバートし直した時に作ってもらいたいな。
そんなことを思いながら、俺はいつも通り家の最寄り駅にチャリを止めて、そこから電車を乗り継ぎ、彼女の待つ病院へと辿り着く。
最早顔パスで通れるぐらいのVIP待遇になって来た俺は、受付の人の所へ行って名前を告げるだけで、最上階へと移動できるプレートを入手できた。初めてここを訪れた時は、まるで迷路のように思えたのに、今となっては余裕でそこに辿り着ける。とは言え、それら全ては全く喜ばしく無い事なのだろうが。看護師さんに頭を下げてから、縦長の部屋へと入った俺は、すぐにユウキに声を掛けた。
アルファ「ユウキ、来たぞ」
俺がそう言うと、すぐに拡声器から彼女の声が響く。
ユウキ「あ、ちょっと待ってね。今出るから」
そう言ったユウキは、メディキュボイドの使用を一旦辞めて、ジェルベッドからゆっくり降りた後に、松葉杖を突きながら、一歩ずつガラスの近くに来てくれる。
十月下旬を前にして、ユウキは一度、日和見感染の悪化によって体調を崩してしまったのだが、あれ以降は、特に同じような事態には陥っていない。だが、初めてユウキと再会した五カ月ほど前と比べると、彼女は目に見えて痩せていた。その今にも消えてしまいそうな姿に、俺がズキンと胸を突かれていると、ユウキは相変わらずの明るい笑顔で俺に告げた。
ユウキ「誕生日おめでとう、歩夢」
アルファ「ありがとな、木綿季」
ユウキが珍しく、俺を本名で呼んで来たことに一瞬驚くも、俺も同じように彼女の名前を呼び返す。とは言ってもユウキはキャラネームも本名も同じなので発声に違いは無いのだが、彼女は俺の意図を理解してくれたのか、穏やかに微笑んでいた。
…さぁ、今日は何を話そう。キリト達からお菓子を大量に貰えた事でも話そうか。…いや、まずは、誕生日ケーキを作って欲しいとお願いしよう。そう考えた俺が、口を開こうとしたその瞬間──。
ユウキ「ねぇ、アルファ」
その一瞬前に、ユウキが俺に言葉を掛けてきたのだ。そのおずおずとしたユウキの様子を不思議に思いながらも、俺は相槌を打つ。
アルファ「どうした?」
するとユウキは、言葉に迷うように視線を左右に動かし、パクパクと口を小さく動かしていたが、やがて俺の眼を見据えて、そして俺の耳にしっかり届く声量で、彼女は答えた。
ユウキ「あ、あのね…アルファのいる部屋の隅っこに、包装されてる袋ないかな…?」
アルファ「…あぁ、あったぞ」
ユウキにそう言われて、俺は彼女の言わんとすることが良く分からないまま部屋をくるりと見渡すと、確かに部屋の奥に、少し大きめの袋が置いてあった。何だか丁寧に赤いリボンまでついているが、これは一体何なのだろうか。もしかしたら、ユウキが誰かからお見舞いに貰った品かも知れないな…などと考えていると、ユウキが照れたような笑顔で俺に言うのだ。
ユウキ「それはね…ボクからの、アルファへの誕生日プレゼントなんだ。良かったら、受け取って欲しいな」
アルファ「……え……」
一瞬、彼女が何を言っているのか、俺は理解出来なかった。がしかし、一度頭の中でその言葉を反唱させ、すぐにそれを理解した俺は、徐にリボンを解いていく。
そして袋の中に入っていたのは…服だ。オシャレな上下の服が一着、その袋の中には入っていた。それを確認した末に、また思考を止めていた俺に、彼女は言葉を掛けてくる。
ユウキ「多分サイズとかは大丈夫だと思うけど、もし大きすぎたり小っちゃすぎたりしたら、遠慮なく言ってね」
その俺の内心とは見当外れなひと言に、俺はプレゼントの服を凝視した後にユウキと視線を合わせ、思わず訊ね返したのだ。
アルファ「……こんな金…何処から…」
別に、ユウキから貰った服は、ブランド品でも何でもない普通のものなのだろう。だがそれでも、服は一着何千円もするし、上下揃えれば万を越えることだってザラである。
前々から思っていたのだが、ユウキはALOやGGOの接続料を、一体どこから捻出しているのだろう。俺が目を見開きながらそれを訊ねると、彼女は少し困ったような笑顔で、俺にまた告げる。
ユウキ「えっとね、それは、パパとママの遺産からなんだけど…あ、全然気にしなくていいからね?ボクがアルファにプレゼントしたくて、珍しくお金使っただけだから」
アルファ「……」
ユウキ「…ホントは、手渡ししたかったんだけど、それは出来ないからさ。こういう形でサプライズって言うのも、悪くないでしょ?」
言葉が、出てこなかった。俺は一体どうして、そんな大切なお金をユウキに使わせてしまったのか。俺の誕生日プレゼントなんかじゃなくて、もっと有意義に使う方法だってあったはずなのに。そう思うと、途端に心が罪悪感で塗り潰されそうになる。
──こんなことにお金使わせちゃって、ごめん…。
一瞬、俺の口がそれを告げるために動こうとするも、それはその直前で止まった。
…違う。そうじゃないんだ。ユウキは俺の為を思って、俺を喜ばせようと色々悩んだ結果、こうして服をプレゼントしてくれたのだ。だからきっと、この服は凄く俺に似合うんだろう。この服を着る度に、俺は君の愛を確かめられるし、同時に君も今日のことを思い出してくれるんだ。
…なればこそ、今の俺が君に掛けるべき言葉は、謝罪などではない。それは──。
アルファ「…ユウキ…」
如何やら俺は、君の優しさに涙を流しそうになっているらしい。君の名前を呼ぶだけで鼻がツンと来て、目が潤む。それでも俺は君の瞳をしっかりと見つめながら、全力の笑顔を浮かべ、心からの全力の気持ちを伝えたのだ。
アルファ「プレゼント、ありがとう…俺、すげぇ嬉しい」
すると君は、俺の言葉を聞いた途端に、その表情をパッと輝かせ、また言った。
ユウキ「…う、うん!どういたしまして!」
そのいつも以上に綺麗な笑顔を浮かべる君を見て、この十八年の中で今日が一番の誕生日であったと、俺は強く確証を得た。
次回の投稿日は、二月二十六日の土曜日となります。
では、また第135話でお会いしましょう!