十二月十三日、土曜日、午後一時半。
昼食を済ませ、食器を洗ったり洗濯物を干したりした後に、アミュスフィアを被ってVRルームを訪れた俺は、初めて訪れた時からは想像もできない程に生活感溢れる空間の中で、ソファーに寝転がるユウキに声を掛けた。
アルファ「お待たせ」
ユウキ「今日は何食べたの?」
アルファ「チャーハンと味噌汁」
にこにこと語り掛けてくるユウキに俺がそう即答すると、彼女は眉を顰めながら言った。
ユウキ「それ、前の土曜日と一緒の組み合わせじゃん。ちゃんと色んなもの食べないとだよ?」
アルファ「栄養価は偏ってないから大丈夫だって」
ユウキ「それならいいんだけどね」
ユウキの発言に対してよくそんなの覚えてんなと思いつつも反駁した俺ではあったが、まぁユウキの言うことも最もであった。最近の俺は、兎に角同じ献立を繰り返している。季節が冬に突入したこともあって、三日に一回は鍋料理を食べているのだ。
…だってさ、鍋料理って簡単だし、美味しいし、野菜もお肉も食べられるし…これ完璧じゃね?そもそも一人暮らしで自炊してるだけ、偉い方だよな?とか思っていると、ユウキがソファーを半分開けてくれたので、俺は隣に座らせてもらった。
ユウキ「アルファ~!」
アルファ「おっと」
すると早速、ユウキが俺の名前を呼びながらもたれ掛ってくる。そんな彼女をしっかり受け止めと、なんだかユウキは物欲しそうな顔をしているのだ。恐らく要望通りであろう髪を撫でてあげると、彼女は嬉しそうに顔を綻ばせていた。
…全く、多分ユウキの前世って、犬とか猫とか馬とかなんだろうな。こうやってなでなでしてるだけで、こっちも癒されてくるし…あ、これセラピー効果ってやつか。だったらますます犬猫だな。
ユウキ「…よし、充電完了っ」
アルファ「え、ユウキってバッテリー式なのか」
ユウキ「アルファも充電しとく?」
アルファ「いや、結構──」
ユウキ「充電してあげる~」
しばらくしてから、パッと身体の重心を持ち直したユウキの発言に、俺も適当にノリツッコミすると、彼女がまた訊ねてくる。
がしかし、今の一連の流れでこちらもしっかり充電出来ていたわけで、それ故に断りを入れようとしたのだが、ユウキの有無を言わせない強引な抱き着き攻撃によって、俺の充電はいつもの如くマックスオーバーしてしまうのだ。
アルファ「…そろそろ、行くか?」
ユウキ「そうだね。ちょっと早めにログインしちゃおっか」
ユウキに抱き締められること十数秒、遂にその抱擁から解放された俺は、なんだか夢のような包容力から目を覚まし、ようやく本題を切り出す。
俺の提案を受け入れたユウキがウインドウを操作して、GGO世界へと続く扉を開いてくれた。その扉を潜ると、VRルームからGGOへの接続が行われ、次に視界が機能した時には、そこはさっきまでの温かい雰囲気が溢れる空間ではなく、殺伐とした寒々しい世界が待ち受けていた。気が付くと、俺もユウキもリアルの姿ではなく、お互いの欲望が凝縮された美男美女のアバターに移り変わっている。
アルファ「確か総督府って、俺から見て右側だったよな」
ユウキ「うん、ここからだと、あと四キロぐらいかな」
アルファ「じゃあその道中のショップで、装備の最終確認しようぜ」
ユウキ「りょーかい」
素早く予定を組み立てた後に、俺達はやけに縦長なSBCグロッケンを歩き始めた。なんでも「SBC」とは「スペース・バトル・クルーザー」の略称らしく、それ故に街全体が宇宙船のような形をしているらしい。
道中に見つけたショップにて、お互いの手札が露見しないよう交互にお店に入り、弾丸などの補充をしてから、再び総督府を目指して歩いて行く。
俺達が総督府を目指す理由は唯一つ、本日行われる件のバトロワ…第三回BOBに参戦するためだ。イベントのエントリーやゲームの手続きなどは、総督府なる施設でしか出来ない上に、BOBの会場が総督府となっているので、俺達もそちらへ向かわないといけないということである。
時間には余裕があったので、道中で見つけたちょっとよく分からない店の、これまた素材がよく分からないモチモチした謎パンをゆっくりと食べ歩きしながら、約四十分ほどで総督府に辿り着いた。
ユウキ「うわ…近未来な感じだね~」
総督府の外見は、無機質なレーダードームやアンテナなどが付随する、冷たい印象を与える巨大な金属タワーであったが、対する内部は、如何にもサイバーな壁紙や、ドでかいホログラムなどが幾つも設置されており、そのSFチックな様子が俺達の胸を躍らせる。
ホログラムの中の一つに記載されていた案内に従って円形ホールの右奥へと進む。そこに設置されているATM風の機械で、俺達は大会のエントリー手続きを行い始めた。
そのタッチパネル式端末を操作しながら、まずは第三回バレット・オブ・バレッツ予選エントリーを選択、次いで表示された、名前、職業等々の入力画面で、危うくarufaと入力しそうになるも、しっかりomegaと入力しておく。職業は…学生だろう。
とそこで、ふと入力画面の最上部を見やるとそこには、「以下のフォームには、現実世界におけるプレイヤー本人の氏名や住所等を入力してください。空欄や虚偽データでもイベントの参加は可能ですが、上位入賞プライズを受け取ることは出来ません」と記載されていた。
……と言うことはつまり、ここには何も入力しなくても良かったってことか?まぁ、上位入賞で貰えるもんってことは、恐らくレアアイテムか何かなのだろう。他のゲームでも、そういうことしてるしな。でもだったら、なんで住所とかまで記載する必要があるんだ?…ま、どっちにしろ、俺はこの大会が終わったらユウキと一緒にALOにコンバートし直すし、アイテム受け取っても意味ないか…と、色々考えた挙句、俺は既に入力していた名前と職業を消しておいた。
この一カ月間GGOをプレイしてみて、GGOは奥が深くてかなり面白いゲームだとは思ったものの、正直なことを言うと、この荒廃した世界観が俺好みでは無かった。俺はどちらかというと、ALOとかSAOみたいな純ファンタジー色強めの方が好きなのだろう。
結局、記載事項が全て空欄のままでエントリー完了ボタンを押すと、後一時間後に予選トーナメントが始まるとの知らせを受けた。最後に表示されたエントリー番号を確認し終えると、既にエントリーを済ませていたらしいユウキが、またいつもとは違った獰猛な笑みで俺に告げるのだ。
ユウキ「ボクはKブロックの8番だよ。アルファは?」
アルファ「俺は…Bブロックの31番だ」
ユウキ「なら、アルファとの勝負は本戦までお預けなんだね」
アルファ「予選敗退なんてすんなよ?」
ユウキ「そっちこそ」
俺達は不敵な笑みを浮かべ合いながら、お互いに迸る闘志をその身に纏う…のは、これから始まる予選のために取っておいて、取り敢えず予選会場に向かおうかと、並んで歩き始めた。
因みにだが、今大会では、予選は勝ち残りトーナメントであり、本戦はバトルロイヤル形式となっている。バトロワに漕ぎ着くためには、予選トーナメントの決勝に進出しなければならず、つまりは各ブロックの予選トーナメント第一位と第二位が、本戦に駒を進めることが出来るということだ。
…というのは、俺もつい一週間前にネットで調べた。本戦に出場できる人数に明確な限界は無いらしいが、ユウキの発言からして今の所、11ブロックは存在しているということになる。一ブロック六十四人のトーナメントで構成されていることから、この大会がGGOプレイヤーにとってどれだけ重大なものであるかが伺えるだろう。
幸い、トーナメントにシードは存在しないので、前回優勝者と二回戦で鉢合わせる、みたいな事態は避けられそうだ。…最も、運悪く一回戦でぶち当たる可能性もあるのだが。
ただ、実質的なシード権みたいなものは存在し、上位入賞者は予選でぶつかり合わないよう、それぞれが各ブロックの東西に散りばめられているらしい。
俺とユウキがほぼ同時にエントリーしたのに、ブロックがかけ離れているのは恐らく、エントリーした順でトーナメント表を決めると、八百長の可能性が生まれるからなのだろう。
ユウキ「何階だっけ?」
アルファ「地下二十階」
エントリーを終えた俺達が向かったのは、総督府一階ホールの正面奥に設置されたエレベーターの前だ。予選は、ここ総督府地下二十階で開かれるらしい。差し詰め、地下闘技場といった所だろうか。エレベーターに乗り込み、特有の緩やかな落下感とトンとした減速感を味わった後に、ドアが自動で開く。
ユウキ「へぇ…」
そして横開きのドアの奥に広がっていたそこは、薄暗闇に包まれた空間であった。広さは先程俺達が訪れた一階ホールと同じぐらいで、照明は限りなく絞られている。その代わりに、巨大なホロパネルに映し出された予選開始までのカウントダウンが、真紅のフォントで点々と輝いていた。
そのホロパネルを囲むように簡素なテーブルがずらりと並んでおり、床や壁などの素材は全て、黒く輝く鋼板か赤さび色の金網、所々に立っている柱も似たようなものだ。低い音調で流れるメタル系のBGMが、ピリ付いたを醸し出しているように思える。
がしかし、ユウキが感嘆の声を漏らした理由はその為ではない。それは、空間の至る所にたむろするプレイヤー達の鋭い眼光が故である。彼らは決してバカ騒ぎせず、一人で押し黙るか数人ずつで固まりボソボソと囁く程度で、これはまるでゲームの中だとは思えない。
恐らく彼らは、今大会の出場者であり、同時に俺達もそうであるだろうと目を付けて、ガンを飛ばしているのだろう。だが俺達はそんな視線に見向きもせず、ドームの奥を目指していった。その先にある鉄扉の前で、俺はユウキに一つ訊ねる。
アルファ「どうだ?アイツら、強そうだったか?」
ユウキ「ん~…あんまりかな。まず、みんなメインアーム見せびらかしてたし…」
正直言ってその返答には俺も似たような感想を抱いていたので、然程驚くことも無かった。まだ試合開始五十分前だというのに、もう武器を装備するなど、手札が一枚露見しているようなものでは無いか。全く、彼らは対人戦という物を理解できていない。俺とユウキからすれば、そう思わずにはいられないのだ。
軽く見渡してみた感じだと、多くのプレイヤーはアサルトライフルを携帯していた。恐らく彼らは中距離戦を主体とし、万が一の近接戦に備えて、副武器としてサブマシンガンでも隠し持っているのだろうことは簡単に目星が付く。
アルファ「まぁ、そうだよな。…でも、かなり手強そうな奴も、ざっと見ただけでも数人は居たぜ?」
ユウキ「そうだね~。だけど、ボクは負けるつもりなんて無いよ」
だが中には数名、手練れと思われるプレイヤーも、あの空間に佇んではいた。そういうプレイヤーは大体、無言のまま何処かを眺め厳ついオーラを醸し出しているか、一方は逆に驚くほど雰囲気を醸し出さず、周囲に溶け込んでいるかの二択である。出来ればそう言う奴らとは決勝以外では闘いたくないと思う俺に対して、ユウキはやる気満々らしい。
アルファ「ここが控え室か?」
ユウキ「多分そうじゃないかな。入ろ?」
アルファ「…?お、おう…」
俺はユウキに問い掛けながら眼前のある複数の鉄扉を見回すと、その上部には緑か赤のランプが点灯していた。恐らく赤が使用中、緑が使用可なのだろうと目星を付けていたのだが…はぁ、一体どうしてユウキは俺の腕を引っ張ったのか。二人一緒に控え室に入ってしまったのだ。
ユウキがドアの内側に設置された操作パネルに触れると、ガチャリと施錠音が鳴り響き、やはりランプが緑から赤に移り変わる。…もしや、ユウキは控え室が単に選手の控える場所だと思っているのだろうか。まぁ、天ねんユウキちゃんならその可能性も大いにあり得るか。
そう考えたが故に俺が、「ここは装備を着替える場所なんだぜ」とNPC風に告げようとしたその時、不意にユウキが、俺の右腕をガシッと掴む。
ユウキ「ア~ルファっ」
アルファ「ど、どうしたんだ?」
ユウキの想定外の行動に俺も少し驚いていると、彼女はニヤリとイタズラな笑みを浮かべながら、徐に掴んだ俺の右手を、彼女自身の胸部に触れさせた!
アルファ「ちょ!?は!?」
ユウキ「フフッ…」
ピタッと吸い付くように俺の掌は、彼女の大きな胸部に張り付いた。何が何だか状況を掴めない俺は、動揺を隠せないであたふたしていると、ユウキは相変わらず揶揄うような笑みを崩さないまま、俺に囁く。
ユウキ「ほ~ら、アルファはどうしたいのかな~?」
アルファ「……」
そう言った彼女は、スッと俺の右腕を解放した。つまりは、今俺は自分の意思だけで彼女のたわわに触れているわけである。掌を動かさずとも伝わってくるその柔らかさは、普段触れている小さなものとはまた違った魅力を大いに秘めており、俺はその色気に抗えず、空いている左手を彼女のもう一つのたわわに──。
アルファ「痛っ!?」ペチッ
しかしそれは、突如おでこに生じた痛覚により阻害される。その頃には俺から一歩引いていたユウキが、左手はデコピンのポーズ、右手は腰に手を当てながら、呆れたような瞳で俺を見つめていた。
ユウキ「…そんなんじゃ、本戦でもお色気作戦で一発KOだよ?」
アルファ「い、いや…そんなことねぇし…」
ユウキ「今更そんなこと言っても、全く信じられないけどね。それじゃ、ボクから着替えるから、アルファは一回出て行ってね」
アルファ「…はい」
如何やら俺は完全に、ユウキに弄ばれていたらしい。何だか凄く悔しいというか恥ずかしい気分に襲われながらも、ユウキに背を押されて一度控え室から追い出された俺は、彼女が装備を変更するまでの時間を、ただボーっと過ごしていた。…別に、俺だってデュエルとなれば、あんなアホみたいな作戦に引っ掛かったりしねぇし…多分。
暫くして控え室から出てきたユウキは、身軽さを追求したのだろう。アーマーは最低限のみのプロテクター装備を身に付けていた。まぁ、対する俺が後を追うように身に付けた戦闘用装備も、防弾チョッキ以外は動きやすさを念頭に置いたものなのだが。
ユウキ「ルールって、どんな感じだったっけ?」
お互いに装備を整え、後は試合開始を待ち望むだけだったので、一度外の空気を吸いに行ってから試合開始の五分前に再び会場へ戻って来た時に、ユウキがふとそう訊ねてきたのだ。
アルファ「えっと確か…カウントダウンがゼロになったら、エントリー者はそれぞれ予選一回戦の相手と、二人きりのバトルフィールドに自動転送されて…勝ったら次の対戦者とすぐに二回戦、もし相手がまだ試合中だったら、それまで待機だな」
ユウキ「そっかそっか。ありがとね」
そうして基本事項のおさらいをしていると突然、ドーム内にロックバンド的なファンファーレが響き渡り、次いで合成音声が鳴り響いた。
「大変長らくお待たせいたしました。只今より、第三回バレット・オブ・バレッツ予選トーナメントを開始いたします。エントリーされたプレイヤーの皆様は、カウントダウン終了後に、予選第一回戦のフィールドマップに自動転送されます。幸運をお祈りします」
合成音声が途切れると、間もなく盛大な拍手や歓声、銃の作動音やレーザーの発射音、そしてその色とりどりの光がドーム中を覆った。要するに、SAOでの年明けソードスキルのライトエフェクトの代わりに、GGOでは銃による花火ということである。椅子から立ち上がった俺達は、お互いに拳を軽く突き合わせた。
ユウキ「お互い、勝ち上がろうね」
アルファ「おう」
そして俺達は自動転送により、何処か別々のフィールドへと運ばれた。
…と思っていたのだが、まず俺が転送されたのは、暗闇の中に一枚のホロパネルが浮かぶ空間であった。ホロパネルを確認するとまず上部に、「omega VS ライタラン」と表示されている。そしてその下には、六十秒間の準備時間の残り猶予と、俺とライタランなる人物が闘うことになるフィールド名が表記されているのだ。
フィールドは「赤焦げの荒廃地」と言う場所らしいが、たった一カ月程度の知識では、それがどんな場所なのか、俺には名前から推測することしか出来ない。右手で呼び出したメニューから、主武装と副武装をセットし、この準備時間の残りは精神統一に使わしてもらう。
そして六十秒経過後、俺は昼下がりの荒野に転送された。俺はすぐさま周囲を見渡し、その末にライタランが居ないことを確認し、岩陰に身を顰める。フィールドは名の通り、大地はオレンジに近い赤色をしていて、人工的なものは一切見当たらないが、代わりに切り立つ崖やら岩やらが点在していて遮蔽物はかなり多めと見える。
…こうなって来ると、俺のメインアームが機能し辛くなるのだが…いや、一番高い崖に登れば、何とかなるか。色々と考えた末に俺は、十メートルほど離れた場所にある巨大な崖を登る為に、ひっそりと移動し始めた。
フィールドはどれも一キロ四方の正方形に限定されており、地形や天候、時間はランダム。最低五百メートル以上は離れた場所からスタートするため、試合開始直後に隣り合わせということにはならない。というかそうなるのであれば、俺もこんな武器を使おうとは思わなかっただろう。
アルファ「…見つけた」
崖を目指して移動するその道中に、重そうな装備で身を纏いながら、俺と同じよう慎重に岩陰と岩陰の間を行動するライタランの姿が、俺の眼に入った。しかも幸運なことに、相手はまだ俺の存在に気が付いていない。
俺は崖を登るプランをすぐさま放棄し、崖の陰から、太陽の反射で位置を悟られないよう、しっかりと岩陰で膝を屈めて、態勢を整える。…つまり、俺の選んだ主武装は、スナイパーライフルというわけだ。その名前は確か…<PGM 338>だったはず…。
俺は余り銃器には詳しく無いので、この武器を入手したその後にネットで軽く調べた程度だが、この武器はフランスで製造された対人狙撃銃らしい。狙撃範囲は、五百メートルから千五百メートルと、このフィールドの全域をカバー出来ているわけだが、対物ライフルに比べるとまだまだ優しいものである。
なんでもこのPGM338の血統には、<PGM・ウルティマラティオ・へカートⅡ>とかいうヤバすぎる対物ライフルが存在するらしい。しかもそれはここGGOにも存在しているようで、それが発見された当初、時価二十万円相当の値が付いたようだが、それを所有しているプレイヤーは売らずに主武装として採用したのだとか。もしかしたら、そのプレイヤーもこの大会に出ていたりするのかもしれない。
勿論俺も、この武器をひょんなことから手にするまでは、NPCショップで購入したアサルトライフルに色々カスタマイズを施したもので大会に挑もうと思っていたのだ。
しかし、まだ俺がユウキと別行動をしていたある日のことだ。首都の地下に広がる巨大な遺跡ダンジョンでは、NPCショップで買える以上の武器が手に入るという情報をネットで目にした俺は、意気揚々と地下ダンジョンへと潜り込んだのだ。
その時俺は、かなり慎重にダンジョン内を探索していたのだが…偶々遭遇したロボット兵に、俺がアサルトライフルをぶっ放していたところ、如何やら大量のモンスターから逃げようとしていたらしい男が躍り出てきて…そのまま、周りが見えていなかったのか、俺の銃弾に突っ込み死んでしまったのだ。
そしてその男が、デスペナルティとしてランダムドロップしたアイテムの中にこのPGM338があったわけで、俺もモンスターに囲まれつつも、これはレア武器だろうと必死のパッチでその場を何とか掻い潜り、命からがらPGM338を持って帰って来たという訳だ。
そしてその日から、折角手に入れたのだから、性能も良さそうだし有難く使わせてもらおうと思い、今に至るという訳である。
アルファ「ビンゴ」
ライタランが出てくると踏んで見張っていた方角から、予想通り姿を見せた彼に向けて、俺は迷わずトリガーを引いた。
そこでライタランはようやく自分が狙われていることに気が付き、ビクッと身体を硬直させたがもう遅い。身体中を突き抜けるような轟音と共に超速のスピードで放たれた弾丸は、一寸違わずライタランの心臓を貫いた。
訳が分からない、そんな表情を浮かべていたライタランがバタリと倒れたところでウィナー画面が表示され、次いで俺が転送されたのは…待機エリアであった。
…何とか、一回戦はラッキーが味方してくれたなと、さっきまでのフィールドの静けさとは打って変わった騒がしさに包まれているこの待機所で、ひとまず安寧の息をつく。ふと周りを見回すも、ユウキの姿は無い。
となるとユウキはまだ闘っているのかと思い、この場にいる多くのプレイヤーが見つめる、予選の交戦シーンを中継しているらしい中央のマルチモニターを見つめて──
アルファ「…マジか…」
──俺は思わず、驚きを声に出してしまった。
…何故ならば、その幾つもの交戦シーンの中には…明らかにユウキと思しき人物が、縦横無尽にフィールドを動き回りながら相手の銃弾を回避し、その末に二連ショットガンをぶちかましていたのだから。戦闘に勝利したらしいユウキが、画面から消えたかと思うと、俺と同じく待機扱いとなったようで、すぐ隣に転移してくる。
ユウキ「おっ、アルファも一回戦勝ったんだね」
などと彼女は呑気に宣っているが、一体これはどういうことなのか。結城って、俺と行動してる時はアサルトライフル使ってたよね?あれブラフだったのかな?まぁ、俺も同じようにアサルトライフル使って、狙撃銃隠し持ってたんだけどね。ねぇ、どうなの?…と、彼女には問い詰めたいことが山のようにあったのだが…
アルファ「…取り敢えず、一回戦お疲れ…んで、何でユウキはそんな武器を──」
ユウキ「あ、いってらっしゃーい」
…それを問い詰める前に、如何やら二回戦が開幕したらしい。俺は一度気を取り直して、また相手の名前とフィールド名を確認し、フィールドに転送される。フィールドで相手を探し出し、狙撃銃をぶっ放つ…その過程を更に二回繰り返した。
つまり今から始まる闘いは、Bブロック決勝戦ということである。なので、俺はもう既に本戦出場が決定したのだが、だからと言ってこの戦いに手を抜くつもりは無い。ここまでの闘いは、楽勝であった…と言いたいところなのだが、実際には、一つ前の第四回戦には非常に苦戦させられた。
何故かと言うと、その対戦相手<ルーター6739>なる人物は俺と同じく狙撃銃使いで、しかも試合開始直後に、お互いがお互いに遮蔽物の無い空間で姿を認識し合った結果、どちらが先に相手を撃ち抜けるかという早打ち対決を、なんと狙撃銃で迫られたのだ。何とか先に銃弾をぶち込めたものの、あれはかなり危うい闘いであった。どちらが負けていてもおかしくは無かったはずだ。
…さて、ブロック決勝戦の相手は…<闇風>なるプレイヤーらしい。フィールドは<大陸間高速道>。このマップは二回戦で経験済みであるのである程度のことは判っている。マップ全体が幅百メートルのハイウェイの一本道であり、俺のような狙撃手にとってはかなり有利なステージだ。
一分の準備期間の後にステージへと転送された瞬間、俺はすぐさま前後を確認し、自分がマップ中央の東寄りに位置することを理解する。さて、闇風はどちらに転送されたのだろうか。遺棄されたヘリコプターに身を潜めながら、相手の出方を伺おうとしたその時だった。
アルファ「っ!?」
前方七百メートルほど先だろうか。マップの西側端から、夕陽をバックにこちらへと迫って来るプレイヤーがそこには居た。思いの外早々に位置が露見してしまったことに驚きつつも、俺は素早くスコープを覗く。がしかし──
──速い!!
その圧倒的なスピード感に、俺は強烈な戦慄を覚えた。これまでの四回とは次元の異なる対戦相手の出現に、コイツは強いと全身の鳥肌が立つ感覚を生じさせる。
俺は鳴り止まぬ高揚感の中で、スコープに闇風を捉えようとするも…彼は一向に隙を見せない。前傾姿勢でハイウェイを走り抜ける闇風は、ダッシュ中だというのに頭の位置がブレず、更には高速道上に点在するバスやら自動車やらを使って俺からの射線を切りつつも、一向にスピードが落とさないのだ。
故に俺も、これまでの四人であれば見つけ出すことの出来たトリガーを引くためのタイミングを、全くもって見出せない。スコープに映る闇風の速さは、閃光のアスナを恐らく上回っているだろう。ともすれば鼠のアルゴと同等とも伺える。ということは恐らく、彼はAGI特化型のスキル構成なのだろう。
アルファ「…」
だが対する俺も、猛烈なスピードで距離を詰めてくる闇風の放つプレッシャーに気圧されずに、スコープを覗き続ける。残り600…550…500…とここまで来ても、てんで銃弾を確実に命中させられる気がしない。
…これは恐らく、俺の技量では一発で闇風を仕留めることは難しいのだろう。残り450メートル地点でその結論に至った俺は、そこから早かった。残り400メートル地点にある軽トラ二台が行く手を阻むそのエリアで、闇風がグンと軽トラを迂回したその瞬間に、彼の右太腿目掛けて俺はトリガーを引いた。
ズガーン!とPGM338から轟音が鳴り響き、軽トラを避ける動作によって、僅かながら足の動きが制限された闇風の身体に、俺の銃弾がぶち込まれる…寸前に、闇風がギリギリでそれを回避しようとするも、やはり僅かに足を掠め、ガクンと彼の体力バーが減少する。
狙撃手にとっての生命線である初撃をやり過ごした闇風は、勝利を確信した笑みを浮かべていたが、それは瞬間的に驚愕へと移行する。
アルファ「勝負ッ!」
潔くPGM338を捨て去り腰に装着していたハンドガンを引き抜いた俺は、闇風と全く同じように、残り350メートルの距離を駆け始めた。これには彼も目を丸くしていた…とは言っても、相手はゴーグルみたいなものを付けていて、こちらからはその様子を伺えないのだが…ものの、恐らく己の戦闘スタイルに絶対の自信があるのだろう。ニヤリと狂暴な笑みを浮かべ、遂にお互いの距離が150メートルを切る!
アルファ「……ぉおおおっ!!」
それから俺達は数分間に渡り、相手の銃弾を躱しながら、逆に銃弾を命中させようとする何ともアクロバティックな戦闘を繰り広げた。俺の銃弾を闇風は回避し、返すように放たれた銃弾は、俺がまた回避する。しかし俺が闇風に銃弾を当てれば、彼もまた俺に銃弾を命中させた。
白兵戦的銃撃戦の中で、お互いに視線がバチバチとぶつかり合い、闘いの緊張と駆け引き故に自然と双方の口角が上がる。そして結局は、闇風の銃弾が俺を先に捕らえ、決勝戦は彼の勝利に終わったのだ。
勝負を決した要因は恐らく、まずはこの戦闘スタイルの熟練度、次に玉切れ時のリロードの腕前、この二つが大きい。そして最後に僅かではあるが、武器の性能差も影響したと思われる。だが、そんなことを言ってしまっては、闘いが詰まらないものに思えてしまうし…故にその点で負け惜しみをするつもりなど無い。
出来れば本選でも、もう一度闘いたい相手だ。とどめの一撃を放つ瞬間の闇風にも、似たような表情が見えた気がする。
という訳で、敗者として一階ホールに送り込まれた俺は、すぐに地下二十階へと舞い戻ると…ニヤニヤ顔のユウキが、俺をお出向けしてくれた。
ユウキ「見てたよ~。アルファ、負けっちゃったんだね!」
アルファ「まぁな。闇風ってプレイヤー、マジで強いぜ。…そう言うユウキは、どうなったんだ?」
ユウキ「ボクは決勝で、ペイルライダーって言う人と闘ったんだけど、凄かったよ!なんか、ビュンビュンって立体的に動くんだ!ボクもちょっと本気出さないと危なかったかな…勿論、勝ったのはボクだけど!」
ユウキが興奮した様子で、身振り手振りでビュンビュンを表しながらそう言う程だ。ペイルライダーなる人物も、ユウキの説明を聞く限り、恐らくは身体能力を活用してくる相当な強者なのだろう。
…ただ予選では、俺の手札は殆ど温存しておいた。来るべき本戦に備えて、手札を隠しておくことなど基本中の基本であろう。…まぁ、兎にも角にも、俺もユウキも本戦に出場権を得られたわけだ。これにて今日は一件落着──
ユウキ「…ねぇ、アルファ…」
アルファ「ん?」
ユウキ「…ボク、予選優勝したからさ…頭なでなで欲しいな…?」
──とはならなかった。予選優勝とか言う謎の権限を活用して、ユウキが俺にご褒美を所望してきたのだ。
アルファ「…ん、判った。頑張ったな、ユウキ」
ユウキ「えへへ…ありがと、アルファ」
勿論俺もそれを断るわけが無く、ちゃんとよしよししてあげると、ユウキはお昼過ぎのあの時と同じように、気持ちよさそうな表情を浮かべていた。そんなユウキを見た俺は、図らずも穏やかな笑みを零してしまう。
…俺は予選準優勝なんだけど、こんなご褒美をもらってもいいのだろうか。君に幸せを届けることで、自分まで幸せになっているという事実に改めて気が付かされながら、BOB予選トーナメントは終わりを迎えたのだった。
次回の投稿日は、明日となります。
では、また第136話でお会いしましょう!