~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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 まずは分かりやすい方から。


第137話 それぞれの戦い 前編

 ジッと気配を潜め、ゆっくりと息を吸い、そして空気を吐き出す一連の流れを、鼓動のリズムにシンクロさせる。

 俺の覗くスコープの先には、少々厚めのアーマーを装備した顔に十字の傷が走る男…とは言っても、実際に現実でも顔に割創が存在するわけでは無いだろうが…が複数の藁俵の陰で身を隠しながら、周囲を索敵している様子が見える。

 その名前も知らぬ男が、こちらに向かって一歩動き出すその一瞬前に、俺は違わずトリガーを引くことを決意している。それは、男がこちらにもう一歩寄ったその瞬間が、俺のPGM338が有効に機能する距離を確保出来るから他ならない。

 

 そんな俺は今、小さな丘の頂上付近で伏せながら、狙撃銃を構えているという訳だ。俺の初期リスポーン地点は、マップの東部にある田園エリア…それも、その最東部に位置する場所であった。

 ただ長閑な草原が辺り一面に広がり、振り返ればマップの終わりを示す荒れ狂う海が見えるその場所は、俺にとっては最高の立地であると同時に、最悪の条件を付されたとも言える。

 まず、このマップ端の利点としては、狙撃手として背後に気を遣わなくても良いという最大のメリットが存在するのだ。だがその一方で、逃げ場は限られるし、身を隠しやすい場所も無いし、その上一発ミスったら、銃声を聞き取った野郎どもに囲まれることは違いないしで、スナイパーとしてはやり辛い事この上ない。

 故に俺が目指すのは勿論、田園エリアの中心にある家屋である。家屋の内部に入れば、身は隠せるし、敵が入って来る場所も限られているし、屋上に登れば狙撃だって出来るしで、良い事尽くめである。

 その目的のためには何としてでも、俺の行く手を阻んでいるあの男を狙撃せねばならないのだ。…もう直ぐ、本戦が開始して以来十五分が経過する。そうなれば俺のいる場所も露見するが、アイツも移動を開始せねばならないだろう。そこが狙い目になって来る筈だ。

 

 アルファ「…」

 

 が俺の予想に反して、スコープの先に居る男は、少し早い段階で身を動かす気配を見せた。それを感じ取った俺も、僅かに集中力を高める。トリガーに指を添え、照準線を男の額ピッタリに…いや、風の具合と男の移動後の位置を考慮して、少し左にずらそう。

 

 俺の視界に表示されている緑色に輝く半透明のサークルは、<着弾予測円>呼ばれる俺にだけ表示される攻撃的システム・アシストである。今から俺が発射しようとしている銃弾が何処に命中するかは、このサークル内の何処かになるわけだ。

 この着弾予測円の大きさは、標的との距離、銃の性能、スキル・ステータス値、天候、光量等々によって決定付けられるが、中でも一番それを左右するのは、心臓の鼓動らしい。生体データを収集しているアミュスフィアが、現実世界の心臓が脈を打つ度にバレット・サークルを拡大させ、それからまた収縮していく。

 故に狙撃を行う理想的なタイミングは、心臓の脈拍一歩手前ということなのだろう。男との距離は約一キロ。銃とスキルは全く問題ないとして、天候もしっかり考慮している。後は心臓の鼓動の問題となって来るのだが…既に俺の目に映るバレットサークルは、男の頭二個分程度にまで縮小されていた。そこから鼓動に合わせて三個分と一個分の間を行き来しているのみである。

 

 如何やらこの世界で、狙撃手というビルドを構成するプレイヤーは皆無らしい。多くのプレイヤーからすると、狙撃という緊張状態の中で、この心臓の鼓動にサークルを合わせることが、相当に難しいのだとか。

 だが俺は…と言うか恐らく、元SAOプレイヤー攻略組は、彼らとは違う。俺達はあの世界で常に、日々命懸けの闘いを繰り広げ続けた。要するに俺達は、緊張という物に慣れ親しんでいるということだ。であれば、俺が更にここから集中力を上げれば…。

 

 アルファ「いけ」

 

 バレット・サークルが男の顔面一つ分の大きさへと至ったその瞬間に、俺は引き金を一瞬も遅れず引いた。全身に襲い来る衝撃、銃口付近で巻き起こる白い閃光、そして轟音。

 視界の回復したスコープの奥では、想定通り男はこちらへと一歩動き出しており…彼の額を、俺の銃弾が一寸違わず貫く。男はそのまま藁俵と共に吹き飛ばされ、次いで腹の上にdeadの文字が出現した。

 

 アルファ「ふぅ…」

 

 俺がスコープを覗くことを辞め、念のため周囲を見渡し、敵がいないことを確認した末に、丘に隠れるようにして身を潜めてから大きく息を吐き出す。

 そしてそれと同時に、時刻は八時十五分を迎えた。俺はすぐさまサテライト・スキャンの受信端末を取り出し、位置情報の更新された全体マップを開けてみる。

 するとマップ全体の至る所に、疎らに輝点が存在していることが確認できた。既に暗転している点は恐らく、この大会の敗北者ということだろう。都市廃墟エリアを除いたそれぞれのエリアに一つずつ、つまりは五名のプレイヤーが既に退場しているという訳だ。

 狙撃銃での対処が難しくなってくる周囲一キロ圏内に存在する輝点は…如何やら、さっきの男だけだったらしい。つまり今は、俺の近くに脅威は存在しないようだ。だがここから二キロ三キロほど先には、輝点が三つも存在している。それを順番にタッチしていくと…。

 

 アルファ「…あのクズ野郎じゃねぇか…」

 

 田園エリアの西部、ほぼ都市廃墟エリアに近しい場所にある輝点は、文字通り不当な手段で俺を窮地に陥らせてくれた、深兎と名乗るプレイヤーのモノであった。

 その近くには輝点が一つ存在しているので、あんな奴には是非ともここでくたばって欲しい…と思う一方で、俺自身が制裁を加えてやりたいという気持ちも存在しており、俺は暫し迷った結果、次なるプランを固めた。

 現在田園エリアには、中央北部に一人、中央西部に一人、そして俺が最東部に、人間の屑が最西部に位置している。このまま田園エリアで勝負を仕掛けに行くのもアリだが、田園エリアの南部にある森林エリアを目指す動きを、ここで今回の十五分で採ろうと思う。

 森林エリアにはどうも、こちらに近づいて来ているプレイヤーは居ないらしい。だがもしかすれば、今の銃声音で、スナイパーが近くにいることが露見してしまったかもしれない。そうなると、狙撃手にとって有利な田園エリアに移動してくるだろうと、プレイヤー達はそう踏むはずだ。

 それを逆手にとって俺は、一度このまま一面分の警戒を怠っても良い状況で田園エリア南部へと移動し、狙撃するに当たっては若干不利とも取れる森林エリアを目指すかのような動きを、次のサテライト・スキャンで彼らに見せつける。

 そして次のスキャンで田園エリアの中央へと移動し直し、その頃には恐らく、田園エリアに陣取る二人のプレイヤーが闘っているだろうから、そこを漁夫の利することにしよう。あの野郎が田園エリアにやってきていたら、その場で仕留める。都市廃墟エリアへと向かったのならば、そのまま追い掛ける。これで良いだろう。

 

 アルファ「ユウキは…草原エリアか…」

 

 一先ずの作戦を決めた俺は、俺のいる場所から反時計回りに、画面に表示されている輝点を片っ端からタップした。半周回ったところで、草原エリアの中央辺りに「Yuu」というプレイヤーが存在することを確認し、如何やら彼女と出会うのは、都市廃墟エリアになりそうだと目星を付ける。

 深兎とか言うプレイヤーのせいで、ユウキは大層ご立腹のご様子だったし、一体どんな過激なスタイルで俺を倒しに来るのかを考えると、今からでもブルっと体が震える。

 …やはり、ユウキに惨殺される前に、なんとしてでもあの話が不実であったことを証明しなければ。俺はこの大会に新たなる目的を定めながら、取り敢えず移動を開始し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──想定外であった。

 

 よもや俺が田園エリア南部へと移動している間に、その中央に位置していた二人のプレイヤーが撃ち合いを始めてしまうとは。

 

 遅まきながらそれに気が付いたのは勿論、今大会二度目のサテライト・スキャンが行われた、午後八時半現在である。さて、俺の目論見通りに事態は動いているだろうかと、そう思って受信端末を眺めてみた結果、中央西部にいたプレイヤーと中央北部に居たプレイヤーが勝負に出て、その末に後者が生き残ったらしい。

 これでは俺の計画が全部パーじゃねぇかと、そういう憤りを感じなくも無いが、幸運なことに、俺の向かった森林エリアの方角からは、誰一人としてこちらに向かって来ていなかった。

 

 なれば俺も、田園エリアでの戦闘に集中できるという物。しかもそれに加えて、深兎なるプレイヤーも田園エリアへと向かって来ているようなので、俺としては大変好都合だ。

 この十五分の間に死亡者は更に三名増えていた。それぞれ、田園、都市廃墟、森林エリアでの出来事のようだ。現在森林エリアでは、二人のプレイヤーが山岳エリアへと向かって追いかけっこをしているらしい。そして肝心のユウキは、まだ草原エリアを屯しているようだった。

 

 アルファ「よし、俺もそろそろ気張るか」

 

 俺から見て二キロほど先の田園エリア西部には「深兎」が、そして同じく二キロほど先の田園エリア中央西部には「アークナイト」なるプレイヤーが点在している。

 森林エリアからの新手の可能性は低いことを考慮すれば、深兎からの奇襲及び狙撃の可能性に気を配りながら、まずはこの十五分でアークナイトを仕留める。次のサテライト・スキャンに合わせて田園エリアの家屋に忍び込み、深兎を迎え撃つ。このプランが今のところの最適解だろう。

 そう結論付けた俺は、すぐさま行動を開始する。慎重且つ迅速に足を動かしながら、田園エリアの中心部分へと向かって行く。その道中でも勿論索敵は怠らず、時々掩体に身を潜めながら、徐々に徐々に目的地との距離を詰めた。

 そして、辿り着いた田園エリアの中央近くにある黄金色の小麦畑に、俺が一先ず身を隠すと──。

 

 ──カタカタカタカタッ!!

 

 アルファ「ヤバッ!!」

 

 如何やら俺よりも一歩先に、家屋でプレイヤーを待ち構えていたらしい誰かが、俺が麦畑に入って行くところを見つけたらしい。その誰かは、広大な麦畑の中で恐らく俺が潜んでいるであろう位置に目星を付けてアサルトライフルをぶっ放し、その内の一発が俺の肩を捉える。

 …だが動かなければ、こちらの正確な位置はバレないはずだ。向こうも銃弾の全てを、こんなところで使い切りたくは無いだろう。がしかし、あと六分後にはサテライト・スキャンが行われる。そうなればどのみち、俺の居場所も露見するだろう。こちらも相手の位置は解らないし…さてどうしたものか。そう思っていた矢先だ。

 

 ──ズガーンッ!!

 

 アルファ「!?」

 

 今度はさっきとはまた違った種類の銃声が、何処かから響いてきた。次いでまたアサルトライフルの銃撃音が響き渡るが、如何やら今回は、それは俺に向けられたものでは無いらしい。恐らく、深兎とアークナイトの双方が撃ち合いを始めたのだろう。

 今が千載一遇のチャンスだと、大胆にも麦畑から大きく走り出した俺は、そのまま超速で最短距離にあった家屋に浸入し、玄関の近くにある木製階段を駆け上がって、近くの部屋ドアを勢い良く開ける、そしてその二階の一室から狙撃態勢を整えようとするが…その時には、既に銃声は鳴り止んでいた。どちらかが撃破されたのだろう。

 しかも不味いことに、部屋の向かいから太陽の光が漏れてくるせいで、恐らくどちらか一方が居るであろう家屋にPGM338を構えると、光の反射でこちらの位置がバレてしまう。

 

 …これは困った。狙撃は一旦諦めて、向こうのアクションを待とう。そう考えるも、向こうからも何の行動も無いまま、本日三回目のサテライト・スキャンが行われた。

 射線を切るべく窓から身がはみ出ない様に気を遣いながら、滑るように受信端末を覗き、やはり向かいの家屋に潜んでいるらしい輝点をタップすると…深兎か。

 これでお互いにお互いの位置が露見したわけだが、輝点が表示されている間は、下手には動けまい。行動履歴が残らないスキャン時間後に、俺は動き出すしかないのだろう。

 

 狙撃銃を背負った俺は、接近戦に備えアイテムストレージから小型機関銃を取り出し、スキャン時間終了と同時にひっそりと村を動き始めた。

 まずは少し離れた向かいの家屋へと移動するが…向こうから銃弾が飛んで来ることは無かった。相手も移動中かと考え、隣接する家屋に移動するも…そこには深兎は居ない。

 …隣の家屋から、人の気配を感じる気がする。恐らくそこに奴が居るのだろうことを確信した俺は、まるで秘密スパイの如く、音を殺した忍び足で、その家屋の玄関前へと移動した。

 

 アルファ「…」

 

 ダッ!と勢いよく家の中に突入し、小型機関銃を構えながら、平屋建てのその内部を見渡すも…誰も居ない。…であれば何故、この家から俺へと向けられた視線が感じ取れるのか…これは、屋上か?…いや!そうじゃない!

 

 直感的に勘づいた俺はバッと視線を上向け、銃口をそちらへ向けると、やはりそこには、天井の骨組みに潜む女性プレイヤー…深兎がそこにいた!

 その紫髪の彼女が身に纏う白いマントは、木造骨組みの隠蔽としてはアンマッチだとしか思えないのだが、それでも装備したまま居るのには、彼女なりに白マントへの拘りでもあるのだろうか。

 俺のサブマシンガンから数多の銃弾が飛び出すのと同時に、彼女の右手に握られた銀色のハンドガンもまた、銃弾を放った。向こうのハンドガンの威力は相当なのか、そして彼女の技量も素晴らしいためか、銃弾はまさかの相殺。

 そのまま天井から降って来た深兎に対して、俺はジャストタイミングで体術スキル<弦月>と全く同じ動きをした蹴りを浴びせるも、彼女はしっかりと腕をクロスして、それを防ぎ切る。そのまま彼女が蹴り出してきた流れるような前蹴りは、俺も身体を捻らせて回避するも、お互いの距離が異常に縮まる。

 

 …コイツ、近接戦闘に慣れてやがる!

 

 至近距離となった二人の間合いで、俺が彼女に銃口を向けると、対する彼女も俺と同じように銃口を向けながら…しかし戦闘中とは思えないような、心底嬉しそうな笑顔を浮かべていた。そんな様子に俺が一瞬呆気に取られていると、彼女はまた予想外の一言を述べた。

 

 「本戦でも、何とかお互い生き残れたね。私も安心したかな」

 

 アルファ「…てめぇ、誰なんだよ」

 

 まるで友達感覚で、彼女はそう語りかけてくる。俺が本戦前と同じように、しかし勝手な浮気をでっち上げられたこともあって、荒い口調でそう訊ね返すと、彼女は少し傷付いたような表情を俺に向けた気がした。

 …だが、この声色と口調…それに、この白いマント。何処かで見覚えがある気がするんだが…俺の異性の知り合いなんて、かなり少ない。その誰にも該当しない筈だ。

 

 「…本当に忘れたの?…ねぇ、アルファ」

 

 アルファ「なっ…!?」

 

 …どういうことだ!?

 

 俺の目の前にいる女性プレイヤーは、少し寂しそうな様子で今確かにハッキリと、俺の名前を口にしたのだ。しかもそれは、俺がこの世界で使っている名…オメガでは無く、あの世界で使って来た名前…アルファだ。

 であればまさか、コイツはSAO内で知り合った誰かなのか…?俺がそんな風に思考を巡らせていると、彼女がボソリと独り言のように、だが決定的なひと言を、言葉にしたのだ。

 

 「…まぁ、一期一会の出会いも、VRMMOの醍醐味の一つではあるんだけどね」

 

 アルファ「!」

 

 その些細な一言で、俺の脳内で欠けていたピースが、綺麗に当てはまった。

 …その口癖は…そうか。道理で声に聞き覚えがあっても、すぐに思い出せなかったわけだ。何せ俺はその声を、一度しか聞いていなかったのだから。

 そして名前の読み方は…訓読みじゃない。音読みをするべきなんだろう。だってそうすれば、俺は確かにその人と、短くも濃密な旅を共にしたのだから──。

 ようやくその答えに辿り着いた俺は、ハッと眼を見開きながら、彼女に問い掛けた。

 

 アルファ「…お前──」

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 ──VRMMO。

 

 そのジャンルが衰退していくのは、最早火を見るよりも明らかな状態であった。

 

 私がプレイしていたALOは、そのゲーム内で非人道的な実験が行われていたことが公となり、無論運営停止へと追い込まれ、その他の幾つかのVRMMOもまた、社会的批判からは逃れられない状況となってしまった。

 ALOの全データが、無償に近い形で次なる運営会社<ユミール>に託され、新生ALOの運営自体は三月初めに再開、想定外にもそのプレイ人口には然程減少は見られなかったものの、市場自体の縮小はもう確定したようなものだった。

 だからこそ、あの出来事は非常に不可解だと、私はそう思わずにはいられない。いきなり何のきっかけも無く、世の中に<ザ・シード>なる万能アイテムが利権フリーで登場し、それによってVRMMO…いや、VR市場そのものが、一気に加速していったのだ。…でもまぁ、そのおかげで、今の私があるのだけれど。

 

 人生で初めて出来た親友との絆を取り戻した私が、次に取り掛かったことは勿論、そのチャンスを私にくれたもう一人の親友とも呼ぶべき彼…アルファと、もう一度出逢うことだった。

 そうは言っても一カ月と少しの間は、私と彼を繋いでいた唯一の仮想世界ALO自体がそもそも機能していなかった。その間私はじれったく歯痒い思いを抱えながらも、ありきたりな生活の中に明日奈との交友という鮮やかな色を加えながら、遂に残り一年を切った受験までの猶予を余さず使い切る為に、しっかりと勉学にも励んでいたのだ。

 

 そしてその三月初めにALOが再開するとなった途端に、私はすぐさまそちらへとログインをした。彼ならばきっと、私の贖罪の結果を尋ねに来て、頑張ったんだなと、そう笑顔で私のことを、認めてくれる気がしたのだ。

 だけど結論から言えば、私は彼に会うことは出来なかった。何処をどれだけ探し回っても、彼の痕跡はあの世界に残されていなかった。既にその頃には春休みも終わり、新学期が目の前にまで迫っている時期であった。

 約一カ月。それ程の時を費やそうとも、彼と再会出来ないということは、もしかせずとも彼は、やっぱり私を見限ったのでは…とも思わなくも無かったけれど、彼がそんな人じゃないことは、あのたったの二日間でよくよく理解していた。きっと、私がまだ探し切れていないだけだろうと、それからも諦めることは無かった。

 四月の下旬ごろ、新生ALOにて伝説の城が復活することが、VRMMO界隈だけでなく社会的にも大きく注目を浴びていた。そしてその時ふと、私は気が付いたのだ。

 

 …あぁ、そうか。彼はもしかしたら、あの世界に囚われていたのかもしれない。だからこそ、単なるゲーム内での死をあれほどに重く考えたり、人生経験が豊かだったりしたのだろうと。

 

 故に私は、新生アインクラッドが出現する日に、彼がもう一度あの世界にやって来るのではないだろうかと、そんな気がしていたのだけれど…学校での模試に電車の大幅な遅延と、リアルで色々あったせいで、私がその日ALOにログインできたのは、午前零時前であった。

 浮遊城には多くのプレイヤーが集っていたけれど、その人混みの中で、彼の姿を見つけ出すことは出来なかった。それから二週間ほど新生アインクラッドで彼を探し回ってみたけれど、終ぞ彼を見つけることは出来なかった。そして私は、次にこう考えたのだ。

 

 …ひょっとすると、彼はALOでは無くて、今は他のVRMMOをプレイしているのでは?と。

 

 それはもう予想の域を超え妄想や空想でしか無いとは自分でも分かっていたけれど、一体何ゆえの執着心なのか、どうしても彼と再会したかった私は、彼を探しに行く為に、他のVRMMOをプレイすることを決意した。

 その頃にはコンバート機能だなんて便利なものまであったので、私はそれを活用して、様々な世界で捜索活動を行い続けた。一ゲームあたり、大体一カ月ちょっとの期間である。六月からそれを始めて、十月初めに手を出したゲーム…GGOは、実に四つ目のゲームであった。

 そしてまた一カ月ほどゲームの中を彷徨い、でもやっぱり彼の痕跡さえ見つけられなくて、そろそろ心が折れそうになって来ていたその時に、私にとっての転換期が訪れたのだ。

 あれは確か、十一月初め頃の出来事だったはずだ。偶然、携帯でのネットサーフィン中に目に付いたGGOに関するSNSを眺めていると、ある一本の動画が、そこに貼られていたのだ。何となくそれをタップした私は、その映像を見て驚愕し、思わず声を漏らした。

 

 「…アルファ?」

 

 正確に言うなれば、件の映像に出てくる青年は、私が目にしていたアルファの姿とは似ても似つかない男らしいイケメンさを持ち合わせていた。

 だけどそれでも、私がその人をアルファだと確信できたその理由は、ガンマンゲームで銃弾を避け続けるという離れ業を為すその姿と身体の動かし方が、私が目に焼き付けたアルファの姿と酷似していたから他ならない。

 しかもそれだけでなく、彼と同じようにガンマンゲームをクリアし続ける可憐な女性が、ゲーム内で撮影した映像ということもあって少々聞き取り辛かったが、何度もその部分を聞き直していると、その青年をアルファと呼び、またその青年が、彼女のことをユウキと呼んでいることに気が付き、私はそれを確信したのだ。アルファが、GGOの世界にやって来ているということを。

 

 がしかし、他のVRMMOと比べて排他的で殺伐としているこの世界では、彼を見つけ出すこともまた容易では無かった。

 とは言え、イメージ的にはGGOの世界観は余りお気に召さなそうな彼がこの世界にやってきた理由を考えてみると、何となく、彼はBOBに出場するつもりなのではないだろうかと、そんな予感を覚えたのだ。

 そしてその推測は正しかった。彼は確かに、総督府一階にエントリーしに来たのだ。その瞬間、私は有り得ない程の衝動に突き動かされ、その逸る気持ちのままに彼に話し掛けるべきか散々迷ったが、どうせ彼ならば、本戦まで勝ち上がって来るだろうと思い、いざ話し掛けるのは本戦前にすることにしたのだ。

 …多分、その時の私はまだ、彼とまた会えるなんて夢にも思ってなかったわけだから、何を話すべきか、考えを纏めたかったのだと思う。そして今日、本戦が始まるその直前に、やっぱり堪えられず私は彼に話し掛けに行ったのだが…。

 

 ──あの、どちら様ですか?

 

 私の姿を見て、口を開くや否やそう言い放った彼に対して、私は少しカチンと来たのだ。

 思い返せばどうして、彼は今まで私と連絡を取ろうとしてくれなかったのか。どうしてあの時私を置いて行ったのか。何故あの楽しかった日々を忘れてしまったのか。君にとっては、私との二日間はすぐに忘れてしまうようなことだったのか。

 それを思うと何だか腹が立ってきて、ついつい意地悪をしてしまった訳である。私と過ごした二日間では、幽霊を怖がった瞬間以外は、基本的に食えない人だったアルファこの焦り様は、かなりの見物であった。彼の彼女は相当ご立腹のご様子だったけれど、これに関しては後程訂正を入れようとは思っている。

 そんな調子で始まった第三回BOB。私は何とか一人撃破しつつもバトロワを生き残り、その果てにもう一度、彼に会えたのだ。それでもやっぱり私が誰だか判らないらしい彼に一つヒントを与えると、ようやく私のことを思い出してくれたようだ。

 …あぁ、ようやく君に、また私を友として認識してもらえるんだ。そんな嬉しさが胸の中に湧き出て来る予感を感じ取りながら、彼が私の名を呟いてくれるその時を、私は心から待ち続けた。

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 アルファ「──ミト、なのか…?」

 

 俺が半信半疑と言った様子で彼女にそう問い掛けると、彼女は…呆れたような笑顔という、何とも不思議な表情を浮かべながら答えた。

 

 ミト「…そうよ。やっと思い出してくれたのね。アルファを探し出すの、かなり苦労したし…私は寂しかったんだからね?」

 

 アルファ「……」

 

 その時俺は、彼女に返すべき言葉を一つも見つけられず、絶句してしまっていた。

 …幾らユウキとの時間を大切にしていたかったとは言っても、そんなことを言ってしまえば、俺はアルゴに連絡を取りに行ったし、ユウキとの時間を潰してまで学校には通っているし、そんなものは言い訳にしかならないのだろう。

 今は亡きあの旧ALOの世界で、ミトには散々世話になっておきながら、最後は自分勝手に彼女を見捨てて、その末に一度も彼女を探し出そうとせず、俺は今日まで彼女のことを、一度たりとも気に掛けようともしていなかった。

 …彼女はかつて、友を裏切ったことを相当に悔いていたが、対する俺はどうだ?たったの二日間とは言え、仲良くやっていた彼女の気持ちも考えずに別れを告げ、その後一切連絡を取ろうとしないまま、今日まで日々を過ごしてきた。

 …これからも仲良くやっていけそうだなんて思っておきながら、彼女を探し出し、あの日身勝手な行動を取ったことを謝り、それでも仲良くして欲しいと言えなかったそう言う俺こそ、ミトを裏切ったと言えるではないだろうか。

 

 アルファ「…ミト、ごめ──」

 

 ミト「──今は、良いの。その代わりバトロワの後で、色々聞かせてもらうからね」

 

 ミトを傷付けていたという己の罪をようやく認識し、胸の奥から溢れ出した罪悪感に任せて謝罪の言葉を口にしようとした俺に、ミトは穏やかにそう言い返してくれた。

 そんな彼女の様子は、かつて俺の前で、自分の本当の気持ちと罪の鎖の板挟みになり、誰かに道を照らしてもらうことを欲していたあの頃とは違って、確かに芯のある強さを、その瞳に宿していた。君は強くなったんだな。俺はいつまで経っても弱いままだなと、そんな苦い感傷を味合わせられる。

 

 アルファ「…あぁ、解った」

 

 俺がそれを了承すると、ミトは打って変わってニヤリと口元を歪めると、俺に対してこう言う。

 

 ミト「…で、今はこんな状況だけど、流石のアルファも、銃ゲーになると私には敵わないみたいね?」

 

 …確かに、今は戦闘中だったな。それも、最強を決めるためのバトロワの。

 

 それを思い出した俺は、ならば今ここで全力でミトを倒しに行かなければ、それこそ彼女にとっては不服であろうと、一旦は彼女に言わねばならない言葉を腹の中に溜め込んで、ニヤリと笑いながら言い返す。

 

 アルファ「…んなこと言っても、ミトは拳銃、俺はサブマシンガン。それに俺は高VITだから、撃ち合えば確実に俺の勝ちになるぜ?」

 

 ミト「それはどうかな。私の拳銃はかなり高レアリティの物だし…それに私には光銃もあるから、先に削り切られるのはやっぱりアルファよ」

 

 アルファ「…」

 

 ミトの言葉の通り、彼女の左腰にあるホルスターには、一丁の光銃が差し込まれていた。ミトの持つ拳銃が高性能且つ対光弾防護フィールドの効果が薄い俺の装備では、幾らヒットポイントが高いとは言え、彼女に押し切られる可能性も無くは無いだろう…だが…。クックックと笑い声を漏らしながら、俺はミトに一つ訊ね掛ける。

 

 アルファ「ミト。お前は、俺のことをまだまだ分かってないな」

 

 ミト「…ふ~ん、じゃあ、期待してる」

 

 俺の笑い声を訝しげな表情で眺めながらそう呟いた彼女は、言い終えると同時に拳銃を一発ぶちかましてきた。勿論こんな至近距離では、避けることも出来ないので、最低急所に当たらないよう気を配りつつも、一気に二割も体力が消し飛ぶ。

 しかし俺のサブマシンガンから放たれた銃弾も彼女の身体に次々と食い込んでいくが、次いでミトの左手に握られた光銃が、シュバッとスマートな化学音を鳴り響かせながら、俺の身体を捕えようとしてくる。

 既にそれを避け切ることを諦めていた俺は、レーザー弾を数発掠め喰らいながらも、ストレージから一つの銃器を取り出し、ミト目掛けて構えた。

 唯一の逃げ場である玄関は俺に塞がれており、己の負けを確信したらしいミトは、悔しそうに言ったのだ。

 

 ミト「あぁ…そっか。アルファって、色んな武器使うのが得意だったね」

 

 アルファ「そう言うことだ。…これは対ユウキの手札だったんだけど、如何やら最初の獲物はミトになっちまったか」

 

 ミト「なら、光栄かも」

 

 アルファ「んじゃ、またあとでな」

 

 ミトの銃撃を受けながらも、俺がアイテムストレージから取り出し両手で構えた武器は…機関銃である。これならばこの狭い屋内では俺の射撃からは逃れられないし、その圧倒的な連射速度で、瞬く間にミトを仕留め切れる。

 言葉の通り、これは接近戦を得意とするユウキを対策したものだったのだが、まさかこんなところで役に立つとは思いもしなかった。

 それを伝えた後に、俺は容赦なくミトに銃撃を浴びせた。瞬く間に体力をゼロに移行させたミトの身体が糸の切れたように倒れ落ちる。その余り見たくない光景を視界に収めつつも、dead表示が現れたのを機械的に確認しておいた。

 …さて、深兎の正体も明らかになったことだし、後はユウキに弁解を図り、その上でユウキを倒せば、それで俺のタスクは完了だ。もう直ぐ四回目のサテライト・スキャンが行われることを意識しながら、俺は恐らく彼女が来るであろう都市廃墟エリアに向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、三月三日の木曜日となります。

 では、また第138話でお会いしましょう!
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