~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第138話 それぞれの戦い 後編

 「なにっ──」

 

 塹壕に身を隠していた一人のプレイヤーに対して、ボクは無機質にショットガンの銃口を向け、そのままトリガーを引く。大き目の重低音と共に放たれた無数の散弾は、この至近距離では全てそのプレイヤーの身体へと命中した。

 ショットガンに付与されているノックバック効果によって、男は腰を抜かしたように情けなく仰け反った。ボクは迸る感情を極力抑え込みながら…だけどまるで八つ当たりでもするかの如く、男を見下すように銃口を向ける。

 そんなボクを見て男は恐怖に慄いているけれど、ボクはそんなことはお構い無しに、続けてショットガンをもう一度放つ…まだHPが残っているので、更にもう一発。

 すると男の腹の上に、死亡表示が為された。それを確認したボクは、この音を嗅ぎ付けたプレイヤーとの面倒な戦闘を回避するために、早々にその場を後にする。

 

 つい先ほど、午後八時半のサテライト・スキャンが行われた。そこで都市廃墟エリアへと進む為の障害となるこの塹壕エリアの近くに、一人のプレイヤーが居座っていることに気が付いたボクは、迅速にその場へと向かい、こうしてまた一人参加者を撃破したということだ。

 これで本戦での戦闘は二回目だけど、誰も彼も全く物足りない。靡く草原の中に紛れてボクに接近しようとも、その中で発生する不規則的な音を拾い、何者かがこちらへと接近してくることを感じ取るシステム外スキル<聴音>によって、索敵スキルなんてものに頼らずとも危険は察知可能。

 そして相手の目線から狙いを推測する<見切り>。更には、アバターの動かし方や重心から、相手の出方を見極める<先読み>。こんなものは、デュエルをする上では出来て当然のことなのだ。

 その程度のことも出来ないまま、最強を名乗ろうと考えているなんて、馬鹿にもほどがある…と、少々辛口のコメントを心の中で唱えてしまうのは間違いなく、本戦前のあの出来事のせいだろう。

 

 …思い出すだけで腹が立ってくるけど、まぁ端的に言えば、突如としてボク達の前に現れた美人な女性プレイヤーが、アルファの不貞行為を暴露してくれたという訳だ。

 何でもその話によれば、アルファはGGOの世界でボクと別行動を取っていた期間に、彼女をナンパしたのかされたのか、どっちにしろ誘いに乗って一緒の部屋で寝泊まり、その上肉体関係まで持ったらしい。

 

 こんな話を聞いておいて、アルファに愛されているはずのボクは、どうして怒らないで居られるだろうか。

 

 当初は、この大会に出る大きな目的は、ただアルファとの決着をつけるためだったけど、今のボクにとっては、まずはアルファを必ず後悔させる。彼が幾ら泣いて謝ろうとも、許すつもりなど微塵も無い。

 そしてその次に、出来ればアルファを誑かしたあの女をぶちのめす。武器だけじゃない、素手でもぶん殴ってやるんだ。アルファはボクのものだ。あんなよく分からない女に、ボク達の二年以上もの積み重ねを奪われてたまるか。

 こうして、ボクの中に元あった一つの純粋な目的は、既にこの二つの悍ましい目的へと変質していた。

 

 ……でも同時に、恐らくあの話は根も葉もないことだって言う予感も、ボクは何となく感じ取っていた。あの時のアルファは…ホントに何も知らないって言う顔していたし、意味不明のことを言われたという意味で動揺していたし…多分、本戦に何か影響を及ぼさせるために、あの女は嘘をでっち上げたのだと思う。

 まぁ、ボクはそれにまんまと引っ掛かったわけだけど……だって、アルファが浮気なんてするわけが無いって信じてるけど…でも、アルファはカッコいいし優しいし、もしかしたらって可能性も無くは無いんだよ…。

 …いや、ボクはアルファのこと信頼しているけどね!?…でもやっぱり……あぁ、これ以上は堂々巡りだね。

 兎に角、そんな一抹の不安が、ボクをこうして嫉妬心に駆らせているのだ。

 

 ユウキ「…ボク、ちょっと重かったりするのかな…」

 

 草原エリアを歩きながら、ふと不安を吐き出すようにそう呟くと、何だか自己嫌悪的な気分に陥ってしまう。

 …分かっている。あのアルファの様子を見る限りは、浮気なんかしていない。もう三年も一緒に居るのだから、それぐらいはボクには容易に汲み取れる。

 …だからこの胸に渦巻く悪感情は、ボク自身に向けられたものなのだ。ボク自身にアルファを射止め続けられる自信が無いから、アルファが何処かへ行っちゃうんじゃないかって、そんな不安を感じるんだ。

 

 …でも今は、こんなこと考えてても仕方ないよね。闘いに集中しないと。

 

 一旦、ボクの心を覆っている、アルファへと見せかけて実はボクへと向けられた猜疑心は胸の奥底に押し込んで、再び周囲に気を配り始める。

 ボクが現在向かっているのは、都市廃墟エリアだ。正確に言うと、さっきのサテライト・スキャンで確認したアルファのいる田園エリアに向かおうと思うと、どのみち都市廃墟エリアを通らねばならないということである。恐らくアルファも、ボクのいる草原エリアを目指すだろうから、決戦の地は都市廃墟エリアとなるだろう。

 そんなボクが最初に転送された位置は、草原エリアの最西部。本戦が開始してすぐに敵の気配を感じ取ったボクは、そのまま草原エリア中央でアサルトライフルを持った男と交戦してから、周囲に敵がいることを考慮して近くにあった塹壕を移動してたんだけど…その中で迷っちゃったのだ。

 それで一度目のサテライト・スキャンを活用して、敵がいない方を進みながら都市廃墟エリアを目指していたけれど、二度目のサテライト・スキャンで、さっき倒した男の人がボクの近くにいることに気が付いて、塹壕を辿って背後から奇襲したのだ。

 そして今はその塹壕から出て、都市廃墟エリア目掛けて一直線に…とは言っても、スナイパーの可能性を考慮して、時々身を潜めながらそちらへと向かっているのだ。

 

 ユウキ「…もう直ぐ、八時四十五分…」

 

 右腕に装着したデジタル時計で現在時刻を確認したボクは、背の高い草に隠れ込んでから、三度目のサテライト・スキャンをチェックしようとしたその時──

 

 ──タンタンタンタンッ!!

 

 ユウキ「っ!」

 

 突として赤いバレットラインが数本眼前に表示され、こちらの回避行動を待たずして何処からか飛んできた銃弾が、ボクの左脚を貫いた。続けてボク目掛けて放たれているらしい銃弾は、一応草並みがカモフラージュとして機能してくれているらしく、天然の掩体のお陰で、何とか二発掠めるに済んだ。

 一瞬銃弾が止んだその瞬間に、ボクはバレットラインが表示された方向目掛けてすぐに駆け始めたが、頭の中では「有り得ない」の一言が何度も反響していた。

 …あの銃声と発射速度からして、そう遠くない…寧ろかなり近い場所から、ボクは誰かに狙われたのだろう。でも、よもはそんなことは有り得ないはずなのだ。

 だってボクはここに身を隠すまで一切警戒を怠らなかったし、ボクの聴覚には、茂みを分け入って動くプレイヤーの足音どころか、ボクを狙っているというその視線さえ全く感じ取れなかったのだ。がしかし、現にバレットラインが表示されるその僅か一瞬に、何者かの視線を感じ取ったことは否定できまい。

 要するにこのボクが、誰かの接近に気が付けなかったのだ。そんな予想を裏付けるように、ボクから三十メートルほど離れた夕闇色に染まる草原を逆光に、確かに一人の赤毛のプレイヤーが佇んでいた。

 

 「ようやく会えたね。探したよ」

 

 ユウキ「…誰…?」

 

 ボクに一声掛けてきたその人物は…確か、本戦前にボクに声を掛けてきた、その女性だった。だけども、やはりボクにはその女性に見覚えは無い。

 ボクは基本的に、GGOの世界でソロプレイしていた時は、ネットで面白そうな銃器を調べては一人でSBCグロッケンの地下遺跡ダンジョンに潜り、そこでお宝探しをしているのみであった。その中で数人、恐れを知らずボクに声を掛けてきたプレイヤーは居たけれど、それは全員男性プレイヤーであったし、彼女はそれに該当しない。

 であれば、ALOで知り合ったプレイヤーが、偶々GGOの大会に出場しに来たのだろうか。確かにALOをプレイする中で、そこで初めて出会った女性プレイヤーと話したことはある。とは言えボクがALOで深く関わり合っているのはアルファ達だけだし、それも違うと見えた。

 …でも、どうしてだろう。この姿には見覚えが無いのに、彼女の声色には何処か聞き覚えがあるのだ。それを頭の中で必死に検索してみるも、詳細検索の結果はゼロだった。だから仕方なく、その黒髪の女性に訊ね掛けると、彼女は微笑を崩さないままボクに告げる。

 

 「…あぁ、そうか…。こっちの世界は、姿見はリアルとは違うからね。君が気が付けないのも仕方ないか」

 

 ユウキ「……」

 

 …気が付けない?だったらやっぱり、ボクは彼女と何処かで知り合っているのだろうか。それをもう一つ訊ねたかったボクではあったが、まるで自分の中だけでボクの質問を解するようにそう呟いた彼女は、そしてこれが答えだと言わんばかりに、更にこう言った。

 

 「…でも、いいんじゃない?だって君は…今から私に狩られるんだから」

 

 ユウキ「!?」

 

 ──殺気!?

 

 これは最早そうとしか、表現出来なかった。彼女が放つその佇まいは、研ぎ澄まされた殺気そのものであった。しかし彼女は、あくまでもその表情は穏やかだ。これまでは全くそれらしい気配を感じ取れなかったのも、この洗礼された気配の使い方故だったのだろう。道理で接近にも気が付けなかったわけだ。

 …殺気なんて、アルファとデュエルしている時に極稀に…それ以外だと、SAOの世界で生きていた頃にしか向けられるものじゃなかったのに…。これは思わぬところで強敵が出現したと、ボクも一気に臨戦態勢を緊張させながらジワリと汗を滲ませる。

 

 だがあの頃と違うのは、ボクに向けられる攻撃手段が多種多様なモンスター達の千差万別な攻撃モーションや、剣や槍、斧などの武器では無く、銃器である事だろう。

 彼女が右手に持っている、持ち手は黒くて銃身はギラリと銀色に輝いている小型銃は恐らく、あの回転式の弾倉からして、リボルバーという種類の銃に違いない。となれば、一度に連続して打てるのは大体六発ぐらいのはずだ。

 弾を打ち切れば、リロードの隙が生まれる。ボクの勝利条件は、六発の銃弾を何とか回避しつつ彼女に接近し、ショットガンを打ち込むことなのだろう。

 …だけど問題は、この辺りには射線を切れるものが、何一つ存在しないことだよ…。こうなった以上ボクはもう、自分の回避能力を信じて、予測線を予測し続けるしかないよね!

 

 「行くよ」

 

 ユウキ「っ!」

 

 そう短く言い終えた彼女は、遂にリボルバーを構える。それと同時に三十メートルの距離を詰めるべく、草原を全力疾走し始めたボクは、その後すぐに出現した予測線を左右に動きながら躱し、その四発の内の一発が、ボクの首元を掠った。

 しかし彼女は冷静さを全く崩さずに、残りの二発を撃ち放ってくる。それを滑り込むようなスライディングで回避して見せたボクと彼女の距離は、残り十メートル程であった。

 だけどここで想定外。如何やら彼女の持つリボルバーは、六発以上打てるらしい。そこから更に二本、予測線をそれぞれ上空と地面目掛けて発射し、彼女はボクがジャンプするのを未然に阻止してきた。これは避けられないと低い弾道の一発が、起き上がり直前のボクの身体を撃ち抜く。

 

 彼女との闘いで一気に体力バーが三割も失われたが、もう彼女との距離は、残り五メートルを切っていた。ボクは右腰のホルスターに収納しておいたショットガンを彼女に向けて構え、更に距離を詰めながら、至近距離で散弾を全てその身体に食い込ませようとする。対する彼女は空いている左手で、左腰のホルスターに手を伸ばす。

 …どんな銃を取り出したとしても、絶対にボクの散弾銃の方が早い。至近距離に置いて、ディレイ効果に優れるショットガンに勝てる銃なんて存在しないんだから。

 何の迷いも無くそう判断したボクが、トリガーに力を籠めようとしたその時だった。不意に、ボクは気が付いたのだ。彼女のホルスターに収められている物が、丸い筒状の物体…銃ではない物だということに。

 

 ユウキ「ッ!」

 

 彼女がそれを振り抜いたのと、ボクが緊急回避として無理なバックステップを取ったのは、ほぼ同時であった。だがボクの方が一瞬遅かったらしい、ボクの腹部は薄く、それによって切り裂かれている。

 彼女が左手に持つ黒の筒は、ぶぅんと低めの電子音を鳴り響かせながら、その先に一メートルほどの長さで紫いろのエネルギー刃を灯していた。彼女が左手に握る物が何なのか…それは他でもないボク自身が、一番よく分かっていた。

 しかも彼女は、剣術の心得があるらしい。彼女の居合いは凄まじく洗礼されていたのだ。もしボクがあと一歩判断に遅れていれば、今頃身体は真っ二つだろう。これはいよいよとんでもない戦いになって来たよと、ボクの中での緊張感が増幅していき、自然と口元がにやけてしまう。対する彼女は、感心した様子で口を開いた。

 

 「おー、あれ避けるんだ。君はやっぱり凄いね」

 

 ユウキ「…どーいたしまして」

 

 彼女の、まるでボクのことを知っているような口振り。だけど、やっぱり彼女が誰なのか、ボクには見当もつかない。でもこれほどの力量の持ち主だ。そんな人を果たして、ボクが忘れるのだろうか。

 ボクを淡々とした調子で称賛した彼女は、不意に右手に持っていたリボルバーをポイと何処かに投げ捨ててしまう。

 

 …なんで!?右手にリボルバー、左手に光剣なら、ボク相手に死角は無かったはずなのに!?

 

 彼女の想定外の行動に、ボクは目を見開いていると、彼女はまた口を動かした。だがその一言は、ボクを酷く硬直させ、口から驚愕を漏らさせるに充分であった。

 

 「…ま、「月光ちゃん」なら当然か。腕が鈍っているわけじゃなさそうで良かった」

 

 ユウキ「なっ!?」

 

 ……知っている!?ボクのもう一つの名前を、彼女は知っている!?

 

 彼女がハッキリと言い放ったその単語は、どう足掻いてもボクの二つ名である。となればすなわち、彼女は…SAOに居たんだ。ボクの二つ名を知ってるってことは、彼女もまたSAOサバイバーなのだろう。

 ボクが衝撃で身をたじろがせている間に、彼女は空いた右手で、右腰のホルスターから新たな銃を…いや、もう一本の光剣を取り出した。それを片手に一本ずつ持ちながら、腰を落とし、構える。

 そしてその姿を見て、ボクはようやく、彼女の正体に気が付くのだ。記憶の奥底に眠っていた、あの時の光景が甦る。そして遂にボクは、彼女の名を思い出した。それを確かめるように、ボクは恐る恐る、口を動かし始めた。

 

 ユウキ「…あ…──」

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

 ──八月の中頃。

 

 私の所属していたギルドは、綺麗さっぱり解散した。とは言っても、「これからはそれぞれの道を歩もう!皆に祝福があらんことを!」みたいな明るい調子で、ギルドが解散したのではない。

 正確に言うと、私の所属していたギルドは、数多のプレイヤー達の希望によって壊滅させられたのだ。実際、私の所属していたギルドが壊滅して以来、SAOの世界はこれ以上に無い程の平和が訪れていた。

 そんなギルドの名前は、<ラフィン・コフィン>。アインクラッド最凶の殺人ギルドであり、その被害者は実に三桁に登る。そんな危険なギルドは、壊滅して当然だったろう。

 八月の中頃に、ラフコフ討伐隊というチームが攻略組の中で結成され、そして彼らは私たちの活動拠点を見つけ出し、ある日の深夜に強襲を仕掛けてきたのだ。だがその情報は、ラフコフリーダーのPoH自身が垂れ流したものであった。

 故に、PoHはそこで討伐隊を壊滅させ、ラフコフの恐怖をアインクラッド中に轟かせるつもりだと、私はそう考えていたのだが…どうにもそれは違った。PoHはわざとラフコフ側にもその情報をギリギリで開示し、その場で血みどろの闘いを繰り広げさせたのだ。私は今となっても、その時の彼が考えていたことを真に理解することは出来ていないのかもしれない。

 そしてその日の晩、私が担当したのは、二人のプレイヤーを除いて彼の元へと続く山道を死守すること。それは黒の剣士と、目立った二つ名の無い少年だった。

 その当時の私は、まさかラフコフのメンバーでさえ気が付けないこのPoHの考えに、討伐隊側が気が付けるわけが無いと高を括っていたのだ。けれど実際後者はそれに気が付き、その彼を追いかけてきた少女を食い止めるために、私も義務を履行せねばならなかった。

 そしてその果てに、私は少女に敗れた。負けられないはずだったのに、結局、私は無様にも敗北を喫した。そしてそこで、殺人者としての私の人生は終わりを迎え、これからは私自身として生きていくのだと、明け方のフィールドを一人、歩いて行ったのだ。

 

 そしてそれから約二か月後に、SAOは突発的にクリアされることになったのだが…その間私は何をしていたのかというと、まずは一週間ほど掛けて、十七人もの命を奪った代償を、カルマ浄化クエストにて祓った。勿論、そんなもので、己の罪が許されるとは思わない。あれは形式的に罪を浄化しただけなのだから。

 だけども、私は生きるために殺しただけだ。何も間違ってはいない。日々を生きるために、動植物を殺し、頂く。それと同じではないか。

 などと思いながら八月終わり以来、私は街で深くフードを被りながら、基本的に隠蔽スキルを発動させつつひっそりと普通の暮らしを始めた。

 

 何故私がそうして人目を避けなければならなかったなど、もう言うまでもないことだろう。私自身はラフコフに所属していた幹部メンバーであり、あの討伐作戦にて唯一、行方を眩ました人なのだから。そういう訳で、私はSAOの世界にて実質的な指名手配犯となってしまった為、身バレは極力避ける必要があったのだ。

 因みにだが、あの世界で言う普通の暮らしとは、当初茅場晶彦が放ったゲームをクリアしろという一言を受け入れ、その趣旨に従って、攻略組のように最前線にて真の意味での命懸けの闘いに挑むことを指すわけではない。

 だが一方で、第一層はじまりの街に引き籠り続け、貧民の如くたった一コルを巡って争うわけでもない。それは、単なる中層プレイヤーとして安全な狩りを楽しみながら、暮らしの為の生活費を稼ぐと言った物だ。

 それから私は、人目に怯えながら、一人でコッソリと生活を送っていた。

 

 そして十一月の初め頃、何時ものようにフィールドで日銭を稼いでいると、いきなり謎のアナウンスがアインクラッド中に響き渡り、私はSAOから解放された。

 その後二カ月半にも及ぶリハビリの末に、私…ノエル…いや、野沢絵里花は、見事社会復帰を果たしたのだった。めでたしめでたし……となれば、私もそれが一番ハッピーだったのだが、そう上手くはいかないのが現実という物だろう。

 現実世界に戻って来て以来、私の病室には家族や友人が引っ切り無しに訪れたものだが…どういう訳か、二年前なら確実に、気兼ねなく接することが出来たはずの彼らに、私は上手く接することが出来なかった。

 私にとっては彼らの存在こそが、何処か浮世離れした物のように感じたのだ。勿論、表面上はこれまでと変わらず接し続けたし、己の命を守るためとは言え、私があの世界で犯した二桁に及ぶ殺人という事実は、保護観察処分が下されるほどの大事にもなってしまった…とは言っても、その後私は実に健全な社会生活を行っていたのだが。

 

 だがそれはあくまでも、表面上のお話。私の内面はいつまで経っても変わることは無かった。それは、私は表面上は絵里花として生きつつも、その中身はいつまでも、兇手ノエルであり続けたということだ。

 それは当然、十七の命を奪ったことに対する罪の認識が、そうでもしないと私の心を圧し潰してしまいそうであったから…ではない。最早あの世界で、私の人格は大きく変容してしまった。

 十七人殺そうとも、それは仕方のない事だったのだと、時に夢の世界で殺した彼らの姿を垣間見ようとも、それを淡々と割り切れるほど、既に心は壊れていたのだ。

 

 であれば何故、私は兇手ノエルで居ようとし続けたのか…。

 

 それは、私にとっての唯一の現実とは、あの世界だったからだろう。リアルこそが夢のようなものであり、バーチャルこそが現実という物であったということだ。もう負けられなかった。兇手ノエルである以上、その存在証明として、二度と敗北は許されなかった。現実世界で生活を続けようとも、そんな意識が拭われることは無かった。

 それ故に、多くのSAOサバイバーに見られるVR拒否症状が、私には一切無かったのだろう。それはつまり、私は現実世界にこそ拒否感を感じていたのかもしれないと言うことだ。そんな私が選んだVRMMOは、殺し殺されに特化した、GGOなる舞台である。

 春先にその世界へと降り立った私は、それ以来今日まで負けることなど、一度たりともなかった…訳ではない。私は幾度となく、GGOの世界で死亡してきた。そしてその度に、「何故敗者である兇手ノエルが、今も生き続けているのか、己が殺した十七名と同じように、お前も墓場に行くべきだろう」と、そんな声が心の中から響いてきては、それを無理にでも打ち消し続けた。

 

 そしてその末にようやく、私は気が付いたのだ。私は、大量殺人の罪に心を壊されてしまったのではない。大量殺人の罪を真っ向から認識することを恐れて、兇手ノエルという媒介を通さねば、今もそれを意識することさえ出来ないだけだということに。

 私は、いつか私自身として、罪に向かい合わなければならない。だがこんな調子ではいつまで経っても、罪に真正面から向き合えない。私は次第にそんなジレンマに駆られ始めた。

 そんな時だった。それはSAOクリアから約一年後の、十一月初め頃だ。ふと電車で何気なくSNSを眺めていると、GGOの世界での映像が画面から流れてきた。そしてその映像に、私は衝撃を受けることとなった。

 画面に映る可憐な女性プレイヤーの動きが、私を初めて負かしたあの子…月光と呼ばれた少女とそっくりだったのだ。聞き取り辛い音声を何とか拾って、その女性がユウキと呼ばれていることを把握した。瞬間、間違いなく彼女だと思った。

 

 そして同時に、どうして彼女みたいな人が、こんな殺伐としたゲームにやって来たのかを考え、約一か月後に開催されるBOBに出場するつもりなのだろうと目星を付けたのだ。

 その推測は見事的中し、彼女はBOB予選にエントリーしていた。彼女ならば必ず勝ち上がって来るだろうと、そう確信していた私は、多くを語るのは戦場で十分だろうと、本戦直前に少し話し掛けた程度であった。

 本戦では運良く、彼女のいる草原エリアの近くにスポーンした私は、その道中で簡単に一人葬ってから、試合開始四十五分後にようやく彼女に会えたのだ。

 だが肝心の彼女は、私を思い出せないようであった。がしかし私の目的は、兇手ノエルとして改めて彼女に挑み、その果てに殺されることでしかなかった。勿論今度は、きちんと殺してもらうつもりだ。そしてその時ようやく、彼女の放つ死の一撃と共に、私の中の兇手ノエルが消え去り、己の罪に向き合える気がするのだ。

 …こんなものは、ただの自分勝手な願いなのかもしれない。だけど、初めて私を殺そうとした彼女であれば、それを成し得る気がしたのだ。故に私はこうして、彼女に兇手ノエルを思い出させるために、かつての日と同じように…そして兇手ノエルの本領を発揮するために、二刀流を構えたのだ。

 すると彼女は、遂に私の正体に気が付いたようで、目を見開きながら私に訊ね掛けてきたのだ。

 

 ユウキ「…あ…きょ、兇手ノエル…?」

 

 その問い掛けに、私は微笑しながら答える。

 

 ノエル「そうだよ。改めて、久しぶりだね、月光ちゃん…またの名を、ユウキ」

 

 すると彼女は、途端に眉間に皺を寄せながら叫んだのだ。

 

 ユウキ「い、今更何しに来たの!もうラフコフは壊滅したんだ!!」

 

 ノエル「…私は唯、君を殺しに来ただけ。…さぁ、あの日の続きを始めよう」

 

 …なるほど、そう来たか。如何やら彼女は、私が未だ殺人に魅せられていると勘違いしているらしい。だがそれは全くの見当違いだ。例え私はどれだけ歪んでいようとも、生きるためにしか殺さなかった。ラフコフの連中のように、快楽のために殺人を犯すことは、一度たりともなかったのだから。

 私が短くそう言い返すと、彼女はゴクリと息を呑んでから…アイテムストレージから何かを引っ張り出してきた。そして彼女の右手に握ったものは…私の持つフォトンソードと同じ光剣であった。

 

 実にお誂え向きだ。まるであの日の再現とも見える。違っているのは、あの日は陽が昇る前、そして今日は、陽が落ちる前だということぐらいだろう。

 彼女が構えるのと同時に、私は思いっ切り地を蹴った。ブゥン、ブォンと私の光剣が唸るが、それは彼女の回避技術によっ、容易に躱される。

 続けて私に振り放たれた光剣がその身体を抉ろうとするも、ギリギリでエネルギー刃を衝突させ、バチバチッと電撃を辺りにまき散らすのみであった。空いている右手の剣で彼女を切り裂こうとするも、先に彼女の蹴りが身体に食い込み、距離を取られる。

 

 ノエル「…強いね。あの時よりも…」

 

 ユウキ「当たり前だよ。ボクだって成長するんだ」

 

 今日の彼女の剣は、あの日のように滅茶苦茶な速さをしているわけではないが、その代わりあの日には見られなかった彼女自身が培った剣技が、戦闘術が輝いており、それ故に彼女と私の間にある決定的な実力差を、今更ながらに実感させられる。

 …スモークグレネードとかの搦手は、彼の相棒のせいで読まれているだろうし…やはり、剣で勝負するしかない。殺されたいとは願っていようとも、同時に兇手ノエルとして、彼女に二度も負けたくないという気持ちもまた存在しており…だからこそ私は、全力で彼女を殺しに行くのだ。

 手数が多ければ、当然それだけ有利だ。その上私だって、歳月を費やし二刀流を更に昇華させたという自負だってある。左右から繰り出す別々の動きが、彼女の剣による防御と回避ステップを徐々に追い詰め、その身に剣を掠れさせる。

 だが私の隙を見て、彼女も剣をこちらの身体に食い込ませて来る。高速で振り放たれるお互いの光剣がぶつかり合う度に、二人の周囲にはビリビリと小さなスパークが走り、それはまるでソードスキルのライトエフェクトを思わせた。

 一進一退の攻防。これ程にまでその言葉が似合う場面は、二度と来ないのかもしれない。お互いの体力は既に五割を切り、ここからが勝負どころだと、そう意気込んだその時であった。

 

 ユウキ「そこだッ!」

 

 ノエル「な!?」

 

 これまで通り、私が片方の剣で彼女の剣を受け流し、もう片方の剣で彼女の身体目掛けて剣を突き出し、それを彼女が回避するという流れが更に加速していくと見えたそのタイミングで、剣を握らない彼女の左手が、不自然に動いたのだ。

 その手に握られていたのは…ショットガンだ。こちらが剣と剣の二刀流であると言うなれば、相手は剣と銃の二刀流であった。ほんの一瞬、そのショットガンに気を取られ、その銃口から放たれる散弾を意識した私は、それを防ぐ為に二本の剣で銃口を遮ろうとしたのだが──。

 

 ユウキ「やあっ!!」

 

 ノエル「…うそっ…」

 

 光剣の刀身であるエネルギー刃と、私の手で覆われた持ち手の間にある、ごく僅かな隙間。そこを綺麗に狙ってみせた彼女は、見事私の光剣を真っ二つに斬り裂いたのだ。

 …まさに、神業。がしかし、こちらもすぐに反応し直し、その被害を光剣一本に留めるも、今度は彼女の左手から流れるようにショットガンが放たれ、私はディレイに陥る。

 …あぁ、結局また、負けてしまうのか。ショットガンが全弾命中した私の体力は、残り二割程度であった。ディレイ状態から逃れられない私では、もう敗北は決まったようなものである。

 …残念だが、私はここまでらしい。止めを刺すべくこちらに歩み寄り、ショットガンを向ける彼女に、私は一つ願いを乞った。

 

 ノエル「…お願いがあるんだ。…剣で、君の剣で私を殺して欲しい…」

 

 ユウキ「…分かった」

 

 銃弾ではない。彼女自身の信念が籠ったその剣で、私の心臓を…心を…兇手ノエルを貫いて欲しかった。彼女の手で直接、殺して欲しかった。それこそが、私が一歩前に進む為に、どうしても必要なことだと思えたのだ。

 私のささやかな願いを、彼女は少し真剣な表情で聞き入れ、そしてその光剣で…草原に倒れ込んだ私の心臓を、貫いてくれた。

 …あぁ、やっと、君に殺してもらえる。これで兇手ノエルは、本当に終わりだ。こんなことで、本当に己の罪に向き合えるのかは分からない。だけど兎に角今は、不思議な満足感が全身を覆っていた。…最期に、伝えなければ…。君に、この気持ちを──

 

 ──君のお陰で、私はやっと、自身の罪業と向き合える…ありがとう──。

 

 それを言葉に出来たのかは、解らない。だけど彼女の剣が、私の心を覆っていた一つの歪みを、綺麗に斬り取ってくれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、三月五日の土曜日となります。

 では、また第139話でお会いしましょう!
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