~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第139話 舞台裏の決勝戦

 リズベット「しっかしなんで、アルファもユウキも今日は来てないのかな」

 

 ふとリズがそう言うのに合わせて、バーカウンターに腰掛けているクラインが答える。

 

 クライン「案外アイツら、この大会に出場してんじゃねぇの?」

 

 アスナ「まっさか~…う~ん、有り得るかも…」

 

 クラインのおどけた発言を、完全に否定しきれないわたしが心の何処かに居るのだ。わたしは微笑みながら言葉を返していると、ついでシリカちゃんが思い付いたままの言葉を口にする。

 

 シリカ「だったらキリトさん、私達に黙ってアルファさん達と遊びに行ったんですかね」

 

 リーファ「…あ、大会始まったみたい。……え、これって…」

 

 彼女が硬直するのも、無理はなかった。だって、わたし達が眺める大型スクリーンの中には、鬼のようなオーラを纏いながら、大会開始早々一人のプレイヤーを葬ったユウキそっくりの動きをするプレイヤーが居たのだから。

 

 アスナ「…まるでユウキみたいだね」

 

 リズベット「しかも名前はユウだってさ。ホントにユウキだったりするんじゃないの?」

 

 クライン「だったらアルファはなんて名前してんだろうな」

 

 シリカ「アルファの反対の…オメガとかなんじゃないですかね」

 

 そんな調子で、まだわたし達があくまでも推測としてあれやこれやと語っていた十五分後。如何やらスナイパーとしてプレイしているアルファ君らしきプレイヤーが、また画面に映ったのだ。

 

 リーファ「その名前の人、出てきたね…」

 

 そうして彼女たちは、キリトが画面に映るまでの間、二人の動きに注視し続けていた。がしかし、元ラフコフのメンバー…赤目のザザの出現により、彼女らは否応なしにキリトの動向に注目せざるを得なくなる。

 そして他方で、ザザとキリトの因縁を知らない一般プレイヤー達も、冷酷なる狙撃手として知られるシノンがBOBにてタッグを組んでいることに、そしてその相棒が、可愛らしい女の子(男の子)であることに、そしてそんな二人の素晴らしき連携に、思わず釘付けとなっていたのだ。

 それ故に、これから語られる闘いの記録は、その当時の人々の記憶にはあまり残らないものとなった。しかし同時に、彼と彼女の闘いは、第三回BOB終了から程なくして、隠れた名勝負として語り継がれることとなるのは、また別のお話である。

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 午後九時ちょうど。

 

 BOB本戦から一時間の時が経過し、本日四回目のサテライト・スキャンが行われたその頃、俺は相変わらず田園エリアの屋内で、ひっそりと身を潜めていた。

 受信端末を確認してみるも、今の所山岳エリアの頂点付近に生存者が数名。そして田園エリア、草原エリア、森林エリアには脱落者を示す灰色の点が散在している。その内の前者二つには、グレーの点の中に一つの白い輝点が存在していた。それこそが、俺とユウキである。

 現在、都市エリア及び砂漠エリアには多くの輝点が存在しており、激戦が繰り広げられているであろうことが容易に伺える。

 これからユウキを倒しに行こうと考えている俺からすれば、今から都市廃墟エリアへと向かって行きたい気持ちで山々なのだが…その前にまず、ミトとの銃撃戦で失ってしまった体力を回復させるねばなるまい。

 だからこそ俺は、大会開始と共に参加者に配布されている救急キッドをこの場で使用しているのだが…。

 

 アルファ「いくら何でも遅すぎだろ…」

 

 彼是二分は物陰に潜みながら安静を保っているというのに、このリジェネスピードでは、体力が完全回復するまでにはもうあと六十秒ほどは時間を有する気がした。

 こんなものは、SAO第一層の街で購入できる最低級ポーションよりも回復速度が遅いではないかと、俺がそう悪態をつくのも致し方ないと思われる。なんとこの救急キッド、静止状態でなければ機能しないのだ。

 だが幸い、周辺には生存者は一人も居ないようなので、こちらも安心して体力回復に努められる。しかしポーションとは違って、瓶に詰まった苦めの液体を全て飲み干す必要は無く、首筋に先端針を差し込むだけで済むのは良い所なのかもしれない。…だが俺としては、自分で自分の身体に針を差し込むことに少々抵抗を感じてしまうのだが。

 都市廃墟エリア及び砂漠エリアでは、他の参加者の動向を確認したプレイヤー達がゾロゾロと動き出している様子が、俺の端末にはしばらく映し出されていたが、やがて受信期間が終了する。

 それから更に三十秒ほど経ってから、やっとのことで失われた三割の体力が戻って来た。一応、周囲に何者かが潜んでいないかを確認しながら、すぐさま移動を開始する。

 

 九時十五分。

 

 俺が都市廃墟エリアの先端に辿り着いたその頃に、五回目のサテライト・スキャンが行われた。先の田園エリアとは違って遮蔽物が豊富な都市の中で、俺は自動車に身を隠しながら受信端末を開いた。

 すると驚いたことに、十五ほどはあったはずの都市廃墟エリアに点在していた輝点が漏れなく全て、何かを追い掛けるようにその北側もしくは砂漠エリアの方角へと移動しており、そしてその内の幾つかは、既に撃破されているようだった。

 その他にも、山岳エリアで生き残っていたプレイヤー達数人は相打ちになっていたりと、現在生き残っている十名ほどのプレイヤーは皆、マップの中央から北側にのみ存在しているらしい。

 そして草原エリアから都市廃墟エリアを目指している一つの輝点はやはり、俺のターゲットであるユウキだった。彼女がこちらへと向かってくる前に待ち伏せするだけの時間があることを確認した俺は、晴らしの良い場所を確保するために、素早く動き出した。

 

 九時三十分。

 

 意外にも、この十五分の間に、ユウキと遭遇することは無かった。だが今回のサテライト・スキャンを見る限り、ユウキも都市廃墟エリアの南西部にやって来ていることは確認できている。

 都市廃墟エリアの西部は狙撃手にとって有利な高所が多いことからか、彼女もそこを考慮して慎重に行動しているのだろう。

 そんな俺が現状狙撃ポイントとして使っているのは、マップのど真ん中にあるスタジアムの外壁上部だ。パッと見ただけで分かる堅牢な黒鉄で作り上げられた外壁は、その中心にあるこの都市一番の塔をぐるっと囲むように建造されており、だがそれが作られたのは遥か昔のなのだろう。錆や汚れ、砂塵などが、漆黒の上からでも目立っていた。

 ここはビル三階ほどの高さがある為、狙撃としては絶好のポイントだと思っていたのだが…残念ながら、この十五分でユウキをスコープに収めることは出来なかった。なので仕方なく外壁の西入り口からその場を発った俺は、少々リスクは高めではあるが、次は西エリアのビルで狙撃態勢を整えることにした。

 …正直なところ、こちらの位置が露見している状態で、ユウキを狙撃できる気はしない。その状態からだと、彼女に予測線が無くとも難なく狙撃を回避される自信がある…いや、そんな自信は無くて結構なんだけども。

 

 因みに、バトロワの現状についても説明しておくと、この時点での生存者は、もう僅か六名しかいない。俺とユウキ以外に都市廃墟エリア北部にプレイヤーが二人。そして砂漠エリアに闇風ともう一人。大会もラストスパートに突入したということだろう。

 …しかし、総勢三十人のはずなのだが、時折総数が三十人に満たないのは何故なのだろうか。あぁ、そう言えば、砂漠エリアにはサテライト・スキャンが回避できる洞窟があるとメールに記載されていたか。ならまだ後二人ぐらいは追加で生き残っているかもしれないな…。

 とそんなことを思いながら、俺は迅速かつ慎重に、ボロボロのコンクリートで舗装された道路を走り抜けていく。その時々には、壊れた大型バスやバイク、車が転がり、塵のように崩壊したプラスチック製品が散在している。

 その様子からして恐らく、この街を覆う砂塵は、プラスチック粒子。いわゆるマイクロプラスチックと呼ばれる有害物質なのだろう。ペットボトル水の中にはマイクロプラスチックが多く含まれており、長期的に見ればそれが人体に悪影響を及ぼす可能性もあるだとか無いだとか、利権も絡み合ってどちらの主張も引っ切り無しに争っているが、少なくともこちらの世界では何の問題もあるまい。

 都市全体は蔦で覆われ、人の気配は全く感じられない。荒涼としたゴーストタウンという言葉が良く似合う街を駆け続けた俺は、何とかユウキと鉢合わせることなく、玄関口であるガラスドアが破壊されたビルに到着した。

 そのままビルに侵入して全速力で階段を駆け上がり、ひたすら上層を目指す。その途中には、ここで撃ち合い脱落したらしいプレイヤーのアバターが転がっていたりもした。

 すぐに屋上に辿り着いた俺は、そこからPGM338を構え、スコープでユウキが居たであろう南西部を見下ろす。ここまで僅か、四分の出来事であった。

 

 九時三十八分。

 

 俺は未だに、ユウキの姿を捉えることが出来ていなかった。もしや既に俺の陣取るビルの内部に侵入し、振り返れば凍り付くような笑顔で銃口を向けられているのでは…と考えると、途端に全身がゾゾっとするが、誰かが階段を登っている音は聞こえない。その心配は無い筈だ。

 

 そしてその一分後に、遂に転機が訪れた。

 

 アルファ「!」

 

 直線距離にして、約900メートルほど先。脇道から大通りに躍り出てくる一つの影を、俺は捉えた。

 その人物はふるふると周囲を警戒するように見回しながら、障害物を器用に利用して射線を切ろうとしている。そしてそれは間違いなく、ユウキの姿であった。しかも何たる幸運か。ユウキはまだ俺の存在には気が付いていないようだ。

 …これは最早、完璧なる不意打ちを成功させられるだろう。彼女が次の掩体へ移動し、また物陰に身を潜める一連の流れを、こちらからはまるで横スクロールで切り取ったように眺められる。次に彼女が移動するであろう掩体を先読みし、そこに照準を構えた俺は、さぁ来い!と心の中で願い続ける。

 そして世界は、俺の味方をした。彼女は導かれるように、スコープ内にピッタリ入って来たのだ。瞬間、俺は迷わず、必殺の弾丸を撃ち放った。

 

 

 

 

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 ユウキ「よし、回復完了っ」

 

 先の戦闘で傷付いた体力を回復するために、近くの塹壕で救急キッドを使い終えたその頃には、時刻は九時十分過ぎであった。午後九時のサテライト・スキャンは、兇手ノエル…いや、こちらの世界ではナターレ…との戦闘中であったが故に、バトルロイヤルの現状は主観的なブラックボックスに包まれている。

 彼女との闘いは予想以上に苛烈であったために、最大で三割しか回復できない救急キッドでは、ボクの体力を全快することは出来なかった。残り八割と少しと、決戦に備えては少々心許ないが、まぁこれもハンデだと思えば、それでいいかもしれない。

 …よもや、彼女に奥の手を切らされるとは思わなかった。ボクが光剣を披露するのは、アルファとの闘いの中にしようと思っていたのに…彼女が二刀流なんてことをしてくるから、こっちも本気にならざるを得なかったんだ。

 しかも彼女、あの頃よりも確実に剣技を洗礼していたものだから、ボクもかなり苦戦を強いられたのだろう思う。幾らボクの反応速度が優れているとはいっても、流石に一本の剣で二本の変幻自在な剣を防ぎつつ、その上で反撃に転じるのは容易では無かった。

 彼女の二刀流に倣って左手でショットガンを構えるという閃きと、刀身同士ではエネルギーが弾け合ってしまう光剣の持ち手を一刀両断するという賭けに勝てなければ、今頃敗北していたのはボクの方なのかもしれない。

 

 「ありがとう、これで自分の罪と向き合える」

 

 彼女が最後に言い残した言葉。あれは一体、どういう意味だったのだろうか。ボクはその核心的な答えには辿り着けていないけれど、剣で止めを刺して欲しいと彼女に言われたその時に、何となくは察していたような気もする。

 多分彼女は、SAOの中で犯した殺人という事実に、悩み苦しんでいたのだろう。わざわざボクに過去の名前を思い出させるようにして、飛び道具を捨て去ってまで二刀流に拘っていたのは、兇手ノエルとしてボクに敗北することで、何かそこに救いを見出したかったのかもしれない。

 ボクは彼女と剣をぶつけ合いながら、そんな気持ちを感じ取れた気がした。…あれでボクが、彼女の力になれたのかは解らない。だけど、最後に彼女は本当に満足げな表情をしていたから、これで良かったのだとは思う。

 そう言えばだけど、恐らく彼女の誕生日は、十二月二十五日だったりするのだと思う。だって、「ノエル」はフランス語で、「ナターレ」はイタリア語で、クリスマスを意味するのだから。

 

 ユウキ「…」

 

 であれば…殺人ギルドに所属していたような人でさえ、やはり人殺しの罪に苛まれていると言うのであれば…自ら積極的に殺人を犯そうとは決してしなかった彼は、一体どれほどの苦しみを、その胸の中に抱えているのだろうか。

 彼は自分からは、人殺しの記憶を語ることは無い。偶にボクが「大丈夫?」と心配することはあるけれど、微笑みながらボクを眺める彼が、その口から放つ返事は決まって「問題ない」の一言だ。

 きっと、問題ないわけがない。だけど、彼はその苦しみを外に漏らすことは無い。故にボクは、それを如何にかしてあげることも出来ない。…ボクはいつの日か、アルファの苦しみを溶かしてあげられるのだろうか。

 

 そんなことを考えながらも周囲の警戒は怠らず、九時二十五分頃に、ボクは都市廃墟エリア西部に辿り着いた。

 十分前のサテライト・スキャンによると、アルファは既にこのエリアに辿り着いているようであった。この世界ではスナイパーとして生きている彼なら、必ず高台でボクを探すだろうと考えて、彼の現在地を確認できるまでは狙われないよう、高層ビル群が少なく建物が密集している南部へと素早く移動する。

 

 その時丁度午後九時半を迎え、ボクは瓦礫のように倒壊した家屋に身を隠しながら受信端末を確認した。すると彼が、街の中心に居ることを把握出来る。辺りにはボク達以外にプレイヤーは生き残っていないみたいだし…彼ならその場に張り付いてボクを待ち構えるだろうと予想して、ボクは西部に移動を開始した。

 恐らく、アルファはボクが南部に居ることに気が付いただろうから、そのまま一直線に向かっては、先に見つかってしまうのはこちらだろう。故にボクは、彼に動きを悟られないよう西から都市の中心へと急行しようと考えたのだ。

 アルファの使用するスナイパーライフルの射程は一キロを超えている。既にその圏内に入っていることもあって、ボクは慎重に行動していたんだ。

 出来るだけ街の中央から身を隠せるルートを選んで、錆びた車を盾にコソコソと移動し続けていた。そして西の大通りに出たボクは、相変わらず生活感が感じられない都市に捨て去られた、大型バスやら電車やらを弾除けに、街の中心にあるスタジアムを目指していたその時だった。

 

 ユウキ「っ!」

 

 ふと、感じ取った。ボクに対して向けられる、よく知っている視線を。

 

 その左斜め後ろ感じる視線を回避するように、ボクはふっと全身の力を抜いて、その場で仰向けに倒れ込んだのだ。直後。コンマ一秒前のボクを…しかもそれは驚いたことに、正確に頭蓋骨があったその場所を、ギラリと輝く銃弾が、通り過ぎて行く。そして遅れて、大きな銃声が鳴り響く。

 きっと彼は、ギリギリ限界まで殺気を抑え込んでいたのだろう。だからボクも、本来ならその必殺の一撃を躱すことは出来なかったはずだ。

 だけどそれを可能にしたのは、アインクラッド一と謳われたボクの反応速度。そして、数あるシステム外スキルの中でも、習得が最高に難しい<超感覚>のお陰であった。

 それは、見えない、聞こえない何かの視線や存在を感じ取る技術のことだ。デジタルデータのみで構成されるはずの仮想世界に、そんなオカルトめいたものは無いのだという最もな意見もあったけれど、ボクとアルファはその存在を肯定する派であった。

 このスキルは、SAOから解放されて以来使うことなんて中々無くて、かなり錆び付いていた技術だったけれど…兇手ノエルとの全力の闘いが、ボクの戦闘勘と共にそれを呼び戻してくれたらしい。

 かなり離れた高層ビル。その屋上から、黒色の銃口が伺える。仰向けになった身体をヒョイと起き上がらせたボクは、その銃に備え付けられたスコープの奥を眺めながら、小さく口を動かした。

 

 ──み つ け た よ ?

 

 瞬間、黒光りする銃が、ぶるりと慄いた気がした。

 

 

 

 

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 ──嘘だろう!?

 

 正真正銘の、完璧なる奇襲。あれ程の一撃は、この生涯最高の出来事であったと、俺は深く自負出来る。しかも予測円だって、彼女の額を貫くような小ささにまで縮小していたし…あのヘッドショットを避けられる道理など、無い筈だった。

 だが彼女は、それをやってのけたのだ。それが事実とは分かっていても、文字通り必殺の一撃があえなく回避されたことに、頭が追い付いてこない。

 しかも、今の一撃で俺を発見したらしい彼女は……有り得ない。スコープの奥に見える俺の瞳を見つめながら、「見つけたよ」と、そう口を動かしたのだ。

 

 アルファ「…怖すぎだろ…」

 

 …一体何のホラーゲームなんだこれは。普通、この距離で目が合うとか有り得ねぇだろ。不覚にも、ユウキのその一連の言動に怖れと畏れを抱かされた俺は、一度ガクガクと身体を震わせてから…いやそもそも、何で俺はユウキの口の動きを見ただけで彼女の言葉を理解できているのだと、自分に冷静さを取り戻させる為のツッコミを入れておく。

 如何やら前方九百メートル離れたあの場所から、一直線に俺の居るビルを目指してくるらしい彼女の様子をスコープ越しに眺めて、ここから移動するべきか。それともここで狙撃を試みるか。その二択が俺の頭をよぎる。

 そしてその結果、瞬時に選ばれたのは後者であった。と言うのも、ユウキは俺よりもAGIが高いとは言え、彼女がここに辿り着く前に、俺はまた別の狙撃ポイントまで移動できるとは思う。

 だが一方で、もう一度狙撃をしようともまた躱されるだけな気がした為、ここを決戦の地にすることにしたということだ。

 

 …ユウキが俺の狙撃を紙一重で回避できた理由は恐らく、スコープ越しとは言え俺の視線を感じ取ったが故なのだろう。俺としたことが、そこまで念頭に置けていなかった。ならまたの機会があれば、今度は目隠しして狙撃してみるか。ハハッ!!

 とそんなジョークを唱えながらも、こちらへと迫りつつあるユウキ向けて、ボルトを手動で操作しもう一度弾薬を装填してから、PGM338を構える。恐らく今のユウキには、<弾道予測線>が表示されているだろう。

 弾道予測線とは、この世界における守備的システム・アシストであり、攻撃的システム・アシストである着弾予測線と対を為す存在である。

 プレイヤーが放とうとする銃弾には必ずその弾道を表す赤いラインが表示され、それを躱せばその後に襲い来る銃弾をも回避可能となる。距離が近ければそれだけ、予測線の表示タイミングと銃弾が襲い来るタイミングが切迫し銃弾は回避不能となるが、これ程距離が離れていれば、ユウキであれば難なく回避してくるだろう。

 狙撃銃の持つ最大のメリットこそが、この予測線を一発目に限って表示させないという所であり、これならユウキに対抗できると思ってこの戦いに取り入れたのだが…残念ながら、目論見通りに機能することは無かった。

 

 アルファ「やっぱ無理か」

 

 ユウキの足元目掛けて放った一発を、やはり彼女はあっさりと回避し、ドンドンこちらへと距離を詰めてくる。狙撃銃で闘うのはこれでお終いだなと。ここまで頑張ってくれたPGM338に感謝を捧げてから、俺はそれをアイテムストレージに仕舞う。

 代わりに俺が元から持っていたサブマシンガンと、ミトの装備していた光銃を拝借させてもらったので、それらを二丁拳銃的に装備し、他にも色々準備してから、十五階もあるこのビルの一階へと向かって行く。

 そして僅か一分後、大通りを速度オーバーも良い所の超特急で駆け抜けてきた彼女が、遂に俺の目の前に現れた。

 だが俺はすぐに戦闘を開始することなく、彼女を見据える。すると彼女もこちらの意図を察したのか、開幕早々鬼の形相で、ショットガンを俺の顔面にぶちかましてくることは無かった…良かった…。

 

 アルファ「ユウキ…大会前に俺に話し掛けてきた、あの女性プレイヤーのことなんだけどさ…」

 

 ユウキ「いいよ、今は。…今は勝負を、楽しもうよ」

 

 俺がミトについて色々と弁解するつもりで口を開こうとしたけれど、彼女は凛とした様子でそう言ってくれた。

 …如何やらユウキは、既に戦闘意欲に溢れているらしい。その瞳には、俺を打倒し、必ず勝利をもぎ取ってみせると、強い信念が宿っていた。

 …その通りだ。俺は何を、闘いの最中に釈明などしようと思っていたのか。ここで俺が為すべきことは、そんなことでは無いだろう。今の俺が為すべきことは、彼女との真剣勝負に挑み、そして打ち勝つ。ただそれだけだ。元よりその為だけに、俺達はこの一カ月を過ごしてきたのだから。

 ようやく本当の意味での戦闘意欲を滾らせた俺は、意識をユウキとの闘いにのみ、一気に集中させていく。そしてその末に、彼女の言葉に応えた。

 

 アルファ「…それも、そうだな」

 

 それが合図であったかのように、俺達の決戦は始動した。

 

 

 

 

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 ──今この瞬間は、全力の勝負を。そんなボクの想いに応えるように同調した彼の言葉を皮切りに、ボク達だけの決勝戦が始まったと思ったのに──

 

 アルファ「…」ダッ!

 

 ユウキ「あっ!待てっ!!」

 

 ──彼はあろうことか、ぐるりと身体を百八十度回転させボクに背を向けたかと思うと、敵前逃亡を始めたのだ!

 

 全く、これまでのアルファの戦闘スタイルからして想像もできないその行動に、ボクは一瞬硬直状態に襲われた。如何やら彼は階上へと向かうべく、階段を登り始めている。

 遅れてボクも、右手に兇手ノエルが投げ捨てたリボルバーを握りながら、彼の背中を全速力で追い掛け始めた。一階目の階段を登り、その踊り場に差し掛かろうとしたその時。ボクの足元に、何か丸いものが放り込まれた。

 途端に物凄く嫌な予感のしたボクは、その場から吹き飛ぶように力強く地を蹴り、バク宙の要領で再び一階へと緊急回避を行う。その一秒後には、ドガ──ンッ!!と、やっぱり思った通り爆弾が破裂し、次いでその余波が熱気と共にボクの全身を貫くよう襲い来る。

 

 ユウキ「ぐっ…」

 

 その強大な衝撃音に気を取られているうちに、頭上からボクの身体に数本のバレットラインが現れた。急いで更に回避しようとするも、その内の一本が胸元を切り裂く。お返しと言わんばかりにこちらも回避しつつリボルバーを一発放つと、それが二階に陣取る彼のこめかみを掠め、銃弾自体は天井に食い込む。

 …完全に、してやられた。搦手が大好きな彼の行動を読めなかったこともそうだし、先に階段を登られたせいで、これからボクは常に彼に上を取られ続けることになることも含めて、完全に作戦負けしている。

 苦虫を嚙み潰したようにギリギリと歯を食いしばると、彼は盛大に皮肉を込めた笑顔で、ボクにこう言った。

 

 アルファ「おいおいユウキ。普段と違って胸デカすぎて、感覚バグってんじゃねぇの?」

 

 …カチーン。ボクがなんだかんだで一番気にしていることをそんなドストレートに言ってくるなんて、これはボクも黙っていられないや。という訳でボクも、心からのアイロニーを込めて、彼に満面の笑みで言い返した。

 

 ユウキ「そう言うアルファだって、いつもは小さい筈の身長が高すぎて、上手く感覚掴めてないんじゃないかな?」

 

 アルファ「…ハッ、俺もその内身長伸びるだろうし、予行練習みたいなもんだぜ」

 

 ボクの核心的なひと言に、勿論彼も表面上は威勢の良い返事をしつつも、形の良い眉をピクピクと動かしている。

 …さぁ、言葉で闘うのは、ここらで終わりにしておこう。再び階段を登り始めたボクは、今度はアルファが爆弾を投げて来ようとも、サブマシンガンを撃ち込んで来ようとも、それを難なく回避できるよう階段の手すりを足場にし、壁を蹴り、時には手すりからジャンプして次の階の手すりを掴んで登ったりと、ペイルライダーがボクとの予選で見せたような、三次元空間をふんだんに使った動きを披露する。

 これには流石のアルファもかなり驚いていたが、彼もまた同じように階段を登り始め、ドンドンと階上へと進んで行く。

 …一体、何処まで行くつもりなのだろうか。やがて辿り着いた、十五階。後は屋上しか逃げ場は無いだろうと、狙撃手である彼を追い詰めたと確信し、ボクが階段からバッと躍り出たその時だった。

 

 ──ダダダダダダダダダダッ!!

 

 ユウキ「ッ!?」

 

 突如として、これまでとは比にならない程の複数の赤い線…最早、それは一本の太い円柱のようなバレットラインが表示されたかと思うと、そのすぐ後に無数の銃弾が、轟音と共に空間を吹き荒れた。

 ボクは急いで階段側へと引っ込むも、そのうちの幾つかを掠めてしまい、一気に体力を四割に落とし込む。…どういう事なのだろう。アルファの武器は狙撃銃とサブマシンガンじゃ…。

 

 ユウキ「…えぇ…」

 

 銃撃が止んだその時に、恐る恐る顔を出したボクは、それを見て途轍もない衝撃を受けたのだ。それは、ボクの表情を見てニヤリと獰猛に笑う彼と…その両手に携えられた、二つの中機関銃であった。

 

 

 

 

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 なんだかんだ言っても、やっぱりユウキは素直な子だ。そんな彼女の性質が良く表れたのが、この場面であろう。馬鹿正直に俺の待ち構えるビルで闘い、そしてこうして、俺の奥の手に追い詰められているのだ。

 …まぁ、立体的な動きを見せたり、最初の爆弾を回避し切ったところには大いに感心させられたのだが…よもやこれはどうしようもないだろう。彼女が無謀にも向かってくるようであれば蜂の巣にしてやるし、彼女が逃げるようであれば追い掛けて殲滅する。

 そんな脳筋プレイを仕掛けようとしている俺が両手で構えているのは、NPCショップで買える普通の汎用機関銃である。だがそれでも、ユウキが俺に接近する前に、彼女の体力を全損させられる自信はあった。

 

 中機関銃という本来なら一人か二人で使うような代物を、どうして俺が一人で、しかも右手と左手の片方ずつに構えられているのか。それは紛れもなく、SAO時代から約二年半もの間使い続けているこのデータのステータス値が異常に高いから他ならない。

 特に、どちらかと言えばSTR寄りのステ振りをしていた俺からすれば、中機関銃までであれば片手で構えることが出来たのだ。つまり今の俺は、たった一人でこの通路に弾幕を張れるということになる。

 …これは勝ったな。俺が屋上まで駆け上がったのは、屋上へと続く最後の一本道にユウキを誘い出すためであった。現にそれは成功したし、ユウキは難しそうな顔でこちらを見ている。

 

 アルファ「どうする?降参するか?」

 

 ユウキ「…まさか」

 

 この期に及んで諦めの悪い彼女は、潔く負けを認めることを断固拒否していた。がしかし、彼女も心の底から俺に勝てるとは思っていないのだろう。数百と繰り返されて来た俺とのデュエルの中で、彼女が過去最大に焦っているのは、そのいつになく切迫した表情を見ていればよく分かる。

 …あと十秒。あと十秒経ってもユウキが玉砕特攻を仕掛けてこなければ、こちらから勝負を終わらせに行こう。まさかこの状況を覆す一手は存在しないと思うが…油断しないことに越したことは無い。勝ちを目の前にして気を緩めていては、足元を掬われるだろうからな。

 そう考えた俺は、その場で深く構えていたのだが……その時、世界が灰に包まれた。

 

 アルファ「っ!?」

 

 彼女がこちらにポイと何かを投げつけたかと思うと、瞬く間に俺の視界は濃い灰色に包まれたのだ!

 

 …これは…スモークグレネードか!?濃煙の中で停止していた脳をすぐにフル回転させ、その可能性へと辿り着いた俺は、しかし身体の方は驚きで硬直したままであった。

 勿論俺だって、スモークグレネードはしっかりストレージに収納してあるし、そんなアイテムがあることに驚いたわけではない。……だが、これまでユウキと闘ってきた中で、たったの一度たりとも、ユウキがこうしたアイテムを使用することは無かったのだ。それが、俺の動きを、判断を鈍らせた。

 こんなものは結果論でしかないが、この時俺は、スモークグレネードに驚くことなく前方に弾幕を張れていたのならば、彼女に勝利することが出来ていたのだと思う。だが当時の俺には、それが出来なかったのだ。

 ふと濃煙を切り裂くように、紫電の何かが飛んで来ることに気が付いた俺は、慌てて二つの中機関銃本体を重ね合わせそれを受け止めようとするも…あろうことか、中機関銃がいつも簡単に真っ二つに破壊され、更には俺の腹を浅く切り裂いた。……斬り裂いた?

 

 アルファ「なぁっ!?」

 

 そして濃煙が晴れたその先で、俺はガクンと下顎を開いて、驚きを露わにするより他なかった。そんな俺の目に映るのは、一瞬前とは打って変わって勝利を確信した笑みを浮かべながら、右手にライトセイバーを握り締めた麗しき剣士であった。

 

 

 

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 …な、何とかなった…。彼の前でふぅと一息ついたボクは、驚き顔を隠さないその様子を見て、今度は逆にこちらがニヤリと笑い掛けてやった。

 アルファが繰り出した切り札に、もうどうすることも出来なかったボクだけど、その時にふと、ストレージにスモークグレネードを一つ入れていることを思い出したんだ。

 それを使って決死の特攻を仕掛けた結果…どういう訳か銃弾は一つも飛んでこないまま、ボクは彼に接近することに成功した。スモークグレネードなんて使うわけが無いと思っていたけれど、やっぱり備えあれば患いなし、ってやつだね!

 

 アルファ「お、おいユウキ!!お前これ銃ゲーだぞ!?剣ゲーじゃないんだぞ!?」

 

 ようやくポカンと開いていた口を引き締めた彼は、途端にそんなことを喚きながら、しかし動きは迅速で、それぞれモチーフの違う二丁の銃を構える。だけどその二丁程度であれば、問題なく回避できるだろう。

 

 ユウキ「だってボク、剣士だもん。アルファは剣…持ってないの?」

 

 アルファ「持ってるわけ無いだろ!?」

 

 ボクが当然だと言わんばかりの調子でそう言うと、彼は動揺を隠さないまま言い返してきた。

 …それは意外だった。ボクが手に握っているのは、NPCショップで購入できる<フォトンソード>なる武器なのだ。アルファと同じお店でお買い物したから、多分彼も光剣に目星を付けていたとは思うんだけど…彼は、ボクが思っていた以上に素直で可愛いくてカッコいい子らしい。ボクが銃の世界で闘おうと言ったから、それに従って銃オンリーで闘おうと考えていたのだろう。

 

 …でも、勝負は勝負だからね。

 

 ユウキ「降参しとく?」

 

 アルファ「……ぐ、ぐぬぬぬ……」

 

 先程の意趣返しとして彼と同じように一つ訊ねると、彼は臍を噛んだような表情でボクを眺めるばかりだ。如何やら彼は、万策尽きたらしい。

 そして次の瞬間、最後の足掻きなのか、彼は二丁拳銃をボクに向けてバレットラインを表示させる。次いで放たれた銃弾は丁寧に光剣で弾きながら、ボクは彼に止めを刺すべく接近を開始した。

 

 ユウキ「もう諦めなよ!」

 

 アルファ「誰が諦めるか!」

 

 そんなボクから逃げるように屋上へと滑り込んでいく彼に、ボクはそう呼び掛けるも、彼はそれを無視して屋上へ突入した。するとその場でボクと同じようにスモークグレネードを使用し、辺りを濃煙に包む。

 …まさかここから飛び降りて、また何処かに身を隠すつもりなのかと、そんなことを考えたが、それは杞憂に終わった。

 ワンテンポ不自然に間をおいてから、彼はこちらにバレットラインを表示させてきたのだ。それによって前後不覚の煙の中でもアルファの位置を把握出来たボクは、またしっかりと飛んで来る銃弾とエネルギー弾を処理してから、そちらへと距離を詰めていく。

 

 ユウキ「ボクの勝ちだね」

 

 アルファ「…クソッ」

 

 やがて煙が晴れる頃には、彼の左手に持つ光銃はエネルギー切れとなったようで、鼬の最後っ屁として彼はそれを投げつけてくるも、ボクは裕にそれを回避した。彼の右手に持つサブマシンガンはリロードが必要なようだし、でも勿論そんな隙を与えるつもりは無い。

 サブマシンガンをも放り投げた彼は、一度ポケットに手を突っ込んでから、それでもなお臨戦態勢を整えた。ポケットから何かを取り出そうとして、だけどそこに何も無い事に苦渋の表情を浮かべたのは…恐らく、いつもならある筈の投げピックが、一本も無かったからだろう。

 

 ユウキ「終わりだよ」

 

 アルファ「…」

 

 一歩。また一歩。ボクはゆっくりと彼に近づく。恐らくこれが最後の抵抗なのだろう。彼の身体から繰り出されたしなるような蹴りをきっちり躱して、ボクはそのままの勢いで、光剣を彼の腹に突き刺した。

 …これで、ボクの勝ち越しだ。この時のボクは、まだ勝負が決してはいないというのに、一足早く掴み取った勝利に、そんな調子で浮かれていた。だからこそボクは、最後まで彼の思惑に気が付けなかったのだ。

 

 アルファ「…ユウキ…」ダキッ

 

 ユウキ「ふ、ふぇっ!?」

 

 不意に、ボクに貫かれながらも一歩こちらに歩み寄った彼は、いきなり力強く、ボクの身体を抱き締めてきたのだ!

 …ど、ど、どうしたの!?アルファ!?今、闘いの途中だよね!?そういうことする時間じゃないよね!?余りに突発的な彼の愛情表現に、ボクが動揺を隠せないまま硬直していると…ふと異変を感じ取った。

 …それは、彼の腹部に感じる、何か硬くて、丸っこくて…よく耳を澄ませてみると、カチカチと時計のような音が──

 

 ユウキ「っ!!」

 

 ──そうか!アルファはボクに勝つことは諦めたけど、負けることを認めた訳じゃなかったんだ!!

 

 自分諸共、爆弾でボクを道連れにしようとしている彼の魂胆に気が付いたボクは、今すぐにその抱擁から逃れようと身を捩る。だがそこは、ステ振りの差が顕著に顕れた。STRに秀でる彼の力強さには、ボクの力では敵わなかったのだ。

 …いや、本当にそれだけだったろうか。普段からアルファに抱き締められる時は、その気持ち良さに身体の力を抜いてしまっているボクは、いつもの癖で力を込められなかったのかもしれない。

 

 アルファ「勝ち逃げなんて、させるわけ無いだろ?」

 

 ユウキ「…決着は、またお預けみたいだね…」

 

 その時のアルファの表情は…それはもう、憎たらしい程に満面の笑みだった。…結局、最後までアルファの作戦勝ちだったねと、勝負にも試合にも勝てないことが確定したボクは、そのままアルファに強く抱き締められながら、次第に生じた、白き閃光に包まれたのだった。

 

 ──第三回BOB。同時七位。

 

 それが、ボク達の闘いの記録だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、明日となります。

 では、また第140話でお会いしましょう!
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