~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第142話 キャリバー 前編

 十二月二十八日、日曜日、午前九時半。

 

 俺は朝から上機嫌に、寝床の上で意識を覚醒させた。とは言っても遂一時間ほど前には、一度あちらの世界でユウキと共に目を覚ましてはいるのだが、現実世界で身体を起こすのはこれが初めてだ。

 季節は冬真っ只中。一人暮らし且つアルバイトもしていない学生である以上、余計な支出は控えなければならないこの身としては、夜通し加湿器やら暖房やらを付けているわけにはいかないので、朝はこうして、体温で温められた自然の炬燵であるお布団の中からは、どうしても這い出たくない。

 がしかし、いつまで経ってもこうしていてはユウキに怒られるぞと己に言い聞かせた末に、俺は布団をがばっと捲ってしまうも…あぁ、寒い。外と内の温度差にブルリと身体を震わせながらも即座にエアコンを起動させ、寝間着の上から羽織を被り、靴下を履く。

 勿論、地元の長野と比べるとここ東京はまだマシではあるが、それでも寒いものは寒いのだ。取り敢えず洗面所にてお湯を使いながら顔を洗う。寝ぐせは…別に直さなくてもいいだろう。今日は一日パジャマで過ごすつもりだし…。

 …べ、別にダメ人間って訳じゃねぇからな?ちゃんと家事洗濯に自炊してるし、空いてる時間に偶には運動だってするし、勉学にも励んでいるのだ。れっきとした真面目な学生だろう。

 

 と、数日前に冬休みに突入して以来一日の殆どをVR空間で過ごしている俺は、心の中で誰かに言い訳をしてからキッチンに立ち、今日は朝ご飯の支度を始める。卵を割ってかき混ぜて、熱したフライパンに流し込む。

 …こんな作業でさえ実に気分爽快であるのは、やはり彼女のお陰であろう。朝ベットで目を覚ました時にユウキがおはようと俺に言ってくれる瞬間、或いは、ふと目を覚ました時に、隣で眠る君の可愛らしい寝顔を拝めるその瞬間、将又、寝る前に彼女と深く繋がれるあの瞬間、ユウキと共に眠りにつき目覚めるまでの間には、俺を幸せにしてくれるものが沢山詰まっているのだ。

 それ故に俺も、こうして朝から鼻歌交じりにフライパンをひっくり返す…

 

 アルファ「あ」

 

 …少々、気を抜きすぎていたらしい。如何やらフライパンを熱する前に、油をひき忘れていたようだ。お箸で包めようとした卵が、フライパンに張り付いてしまっている。

 料理を初めてそろそろ半年経過するけど、やっぱりまだまだ母さんには遠く及ばないな…と当たり前のことを思いながら、仕方なくそのまま食べることに決定し、その他諸々の朝食メニューをテーブルに並べてから、俺はそれを頂いた。

 

 アルファ「ご馳走さまでした」

 

 きっちり朝食を食べ終えた俺は、焦げ付いたフライパンを苦労して洗ってからようやく一息つく。冬休みの宿題は今のところ順調だし、今日は勉強しなくても…いや、その奢った気持ちが全てを台無しにするのだ。

 面倒臭いが今日も課題に取り組むことを決意した俺は、そろそろユウキの元に帰ろうと、アミュスフィアに触れる前に…何か連絡が来ていないだろうかと、今日初めて携帯電話に触れる。電源ボタンを押し、画面を明転させると、思いの外多くの連絡が入っていた。

 それらを一つずつ丁寧に返信していると、ふとキリトから、妙なメッセージが届いていることに気が付く。

 

 「ALOにて伝説武器、<聖剣エクスキャリバー>発見!我ら探索部隊、今すぐに結集すべし!」

 

 その一文を目にして、まず俺が思ったことは、「な、何ィ!?レジェンダリーウェポンが見つかっただとー!?」…では無く、「なんかこの文面、新聞の文字が逆向きに綴られてた頃の雰囲気醸し出してるな。まぁ見たこと無いけど」という自分でもよく分からない物であった。

 だが兎に角、ALO最大のお宝であると周知されているキャリバーが遂に発見されたということは、それすなわち俺もまた動かざるを得なかった。

 やはりSAOの世界で、ユニークスキルならぬユニークウェポンだと思われる武器を所持していた俺としては、伝説級武具を我が物にしたいという欲求がそれなりにこびり付いているのだ。

 キリトのメッセにすぐに「我参戦せむ」と古語で返事を打ち込み、そしてその後すぐに…ユウキならキリトの魅力的な話に乗るのだろうかと思案した結果、お宝好きの彼女が乗らないわけ無いだろうという結論に至り、それを送信した。

 それから俺は家事を慌ただしく終わらしてから、アミュスフィアを起動しALOの世界へと移動すると…。

 

 ユウキ「アルファ!早くボクのキャリバー、ゲットしに行こうよ!」

 

 想定通り、聖剣エクスキャリバーという魅力に虜になっているユウキが、そこには居た。しかも彼女は気が早いことに、もう既にキャリバーが自分のモノになるのだと、そう決めてしまっているようだった。

 …ボクのキャリバー?そんなの目の前にあるじゃないですか…などと下ネタを言ってしまえば、かなり引かれるだろうから、そこは我慢しておく。

 だが真剣な話、そもそも、キャリバーは片手剣にカテゴライズされているのだろうか?両手剣という筋もあるのでは?もしそうだったら、仲間の中で両手剣を使うのは俺だけだから、勿論俺のモンだよな?

 だなんて邪な思考を巡らせつつも、俺達はすぐさまマイホームを飛び立ち、アインクラッドから飛び出て本日の待ち合わせ場所となっているリズベット武具店へと翅を羽ばたかせていく。

 リズベット武具店とは言っても、今はまだ新生アインクラッドはニ十層台までしか解放されていないので、それがある場所は、以前とは違ってイグドラシル・シティの目抜き通りである。とは言え店の外観は、水車が無い事を除けばあの頃とかなり似ているだろう。

 店の前に急下降してた俺とユウキは、そのまま勢いでドアを開くと…もう既にそこには、皆がワイワイと集合していた。

 

 キリト「お、アルファとユウキも来てくれたか!」

 

 クライン「遅せぇぞ、アルファ!火酒二壺目いっちまっただろう!」

 

 アスナ「二人のポーションは、もう分配してあるよー!」

 

 リズベット「二人も武器防具の耐久値ヤバいなら、遠慮なく言いなさい!今日はタダで修繕してあげるわよ!」

 

 あまり広くは無い店内で四つの声がほぼ同時に響いたが、俺もユウキもそれをしっかりと聞き分けて、キリト達にまず会釈、クラインのよく分からない追及は放っておいて、相変わらずのアスナの作戦指揮能力によって分割された各種ポーション類をポーチ及びストレージに格納、その費用を手渡してから、リズベットのお言葉に甘えて武器のメンテナンスをお願いした。

 

 ユウキ「それで、キャリバーは何処でゲットするの?」

 

 リズベットに二本の剣を砥いでもらっている間に、ユウキが最もな疑問を呈示する。それに答えたのは、キリトだった。

 

 キリト「あぁ、それはだな…俺とリーファとアスナとユイが、キャリバーが封印されているダンジョンの在り処を知ってるんだ。だからそこに挑んで、キャリバーをゲットする。大雑把に言えば、そう言うプランだな」

 

 アルファ「へぇ、キャリバーの場所が分かってるんだったら、後はどうとでもなるか」

 

 キリト「そんな簡単に言ってるけど、相当な難易度なんだぞ。俺達が初めて挑んだ時は──」

 

 それからキリトが、まだ俺とユウキが再会する前の六月初めにその四人でダンジョンの偵察に行ったのだと、そしてそのダンジョンの一階層に陣取っていたサイクロプスに凹されたのだと、だが今の俺達であれば、充分突破できる見込みもあると、そんなことを語ってくれた。

 そしてその話が終わる頃には、リズベットが武器のメンテを終えてくれていたので、彼女に感謝を告げてから、そこでようやく全員の準備が整った。キリトが皆の中心に立ってこちらをぐるりと見回すと、右手を口に添えて軽く咳払いした後に、こう言った。

 

 キリト「みんな、今日は急な呼び出しに応じてくれてありがとう!このお礼はいつか必ず、精神的に!それじゃ──いっちょ、頑張ろう!」

 

 「「おー!」」

 

 …そう言えばキリトは夏休みにも似たようなことを言っていたが、果たしてその時のお礼は、いつしてくれるのだろうか。若しくは、お礼はストック方式なのだろうか。恐らくそんな疑問を、若干数名は抱いたのだろう。彼女らは威勢よく唱和したものの、少々の苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 ──聖剣エクスキャリバー。

 

 それがALOの世界に存在することは、公式サイトの武器紹介ページの最下部記載されているため、ボクもそれを知ってはいた。

 だが実際には、どうにもその具体的な在り処が判明せず、プレイヤー達は闇雲にそれを探すしかなかったのだが、如何やら本日、遂にキャリバーを手にする機会が巡って来たのかもしれない。そう思うと、このアバターを動かす脳信号でさえ、若干浮足立っているような心地に陥る。

 今ボク達はイグシティからその麓にあるアルン市街へと降り立ち、そこからフィールドに出てヨツンヘイムに向かうのだろうが…どういう訳か、案内役を買って出たキリトは、アルン市街の外ではなくむしろその逆、マップ表示さえされないアルンの細かな裏通りを、右へ左へとグイグイ進んでいた。

 途中まではその道のりを暗記しようとしていたボクだったけど、つい数分前にそれは諦めた。ここは余りに複雑すぎる。まるでその様子は、圏内PKの謎を解くために、キリトにアルゲードの街を案内してもらった時のそれと酷似しているように思えた。

 それからも階段の上り下りを繰り返し、民家の庭まで通り抜けたその先の円形の木戸の前で、彼はようやくその足を止めた。

 

 アルファ「隠しルートか?」

 

 ユウキ「多分そうだろうね」

 

 キリトのすぐ後ろを歩いていたリーファがベルトポーチから小さな銅のカギを取り出し、それを鍵穴に挿して回すと、彼の想像通りドアが開いたのだ。それは単なる装飾的オブジェクトのようにしか見えなかったけれど、ちゃんと移動可能な扉だったらしい。

 …キリトと同じくお宝関連には目の無いボクとしては、何だかこういう小ネタ要素を先に誰かに見つけられるのは、あんまりいけ好かない。今度アルファと一緒にアルン市街を隈なく探索しよっと、と彼からすればげんなりする様なことを思い浮かべながら、みんなに倣ってドアを潜り抜ける。

 

 リズベット「うわぁ…いったい何段あるの、これ」

 

 リズがそう言うのも無理は無いだろう。ボクだって心の中では、似たようなことを思い浮かべていたのだ。

 ボク達の目の前に広がる光景は、粗っぽく掘られたであろう洞窟の内部の壁際に、小さなランプが等間隔に並び、それが暗がりを作らないよう上手く辺りを照らし出しているものであった。

 高さ三メートルほどの下り坂には無数の階段が設置されており、それは解像度の限界まで延々と続いている。メディキュボイドというみんなよりも高性能な機器でログインしているボクでさえ、その終わりは見えないのだ。

 

 アスナ「んー、アインクラッドの迷宮区タワーまるまる一個分ぐらいはあったかなー」

 

 階段を下り始めたアスナが思い出すようにリズの問い掛けに答えると、リズやシリカ、クラインにアルファ、そしてボクも同時に元気が無くなってきた。

 …だってそりゃそうだよ。迷宮区タワーなんて、上り下りするのにすっごく苦労するんだから。朝に出発したと思ったら、帰ってくるのは夕方なんてざらだったんだからね…。

 そんなボク達に対して、キリトはこのトンネルの有難さを長々と語っていたけれど、まぁ確かに、彼の言う通りではあると思う。ボクも夏ごろに、一回アルファと二人でヨツンヘイムに挑みに行ったけど、そこに移動するだけでもかなり時間が掛かったし、モンスターは大量に襲い掛かって来るし、おまけにヨツンヘイムにひしめく邪神は滅茶苦茶に強いし…言っとくけど、ボクとアルファにそう言わせるなんて、相当なんだからね?

 ともかく、それらの過程が全てすっ飛ばせるというのならば、このトンネルは実に素晴らしいものなのだとは思う。キリトはここの通行料として一回千ユルド徴収したいだなんて言っていたけど、ボクなら片道二千ユルドに値上げしちゃうねと、現金なことを考えていると…。

 

 シノン「フギャア!!」

 

 突然、シノンが物凄い悲鳴を上げながらその場で飛び上がり、次いでキリトの顔を両手で引っ搔こうとしたのだ!がしかしキリトはそれをひょひょいと回避し、挙句に後ろへと引っ込む。

 シノンはGGOの一件以来、またキリトが引っ掛けてきた女の子として、ボク達の輪に入って来た女の子だ。表面はすっごくクールな女の子だけど、その内心はとても寂しがり屋で誰かの温もりを求めていることは、アルファの温もりを求めるボクにはよく分かった。

 彼女と出会ってからはまだ二週間ほどの短い時間だからなのか、シノンからはあんまり距離を縮めようとしてくれなかったけど、こっちから距離を詰めれば、彼女も段々心を開いて行ってくれている気がする。

 そしてこの中で、シノンが今の所一番気を許しているのが恐らくキリトなのだろう。それ故に──

 

 シノン「アンタ、次やったら鼻の穴に火矢ブッコムからね」

 

 ──と物騒なことを言ってのけられるに違いない。…確かケットシーの尻尾って、かなり敏感なんだよね。だから今みたいに急にガシッと掴まれたりしたら、ヘンな感じがするって聞いたことがあるよ。だからそれを利用したプレイが存在するとかどうとか…。

 

 アルファ「…しっぽ…」

 

 恐らく彼も似たようなことを考えているのだろう。誰にも聞こえないような声量でそう呟いていたけど、勿論ボクにはしっかりと聞こえている。

 でもクリスマスは君の好きにさせてあげたんだから…うん、あの日はホントに良かったよ…今度はボクが好きにしたいんだ。機会があれば尻尾を生やしてもらうのは、アルファの方なんだからね。アルファの尻尾と三角耳を軽く撫でながら、焦らしに焦らして…などと邪な考えを巡らせていると、遂にトンネルの出口が見えてきた。

 踏破時間、凡そ五分といった所だろう。出口の傍に辿り着くとそこから薄い白光が眼前に広がり、ひやりと凍えるような冷気が身体に纏わりつく。そしてボク達は、視界にヨツンヘイムの全景を捉えた。

 

 シリカ「うっ…わあ…!!」

 

 シノン「すごい…」

 

 気が付くと、周囲には雪の結晶が舞い散っていた。眼下に広がるのは、カチコチに凍った雪に覆われた世界<ヨツンヘイム>だ。

 光源は氷の天蓋から突き出す水晶柱が、僅かに地上の光を反射するのみであり、故に世界は常闇のように薄暗い。世界には無数の岩柱が聳え立ち、その中には邪神族の城や砦が点在している。そしてすぐ目の前には、底なしの大穴。通称<中央大空洞>と呼ばれる巨大なボイド…。

 

 ユウキ「…え?ここからどうするの?」

 

 目の前には大穴。そこでボク達の辿って来たトンネルは、ここでお終いだ。ボイドに落ちれば絶対に体力が全損しちゃうだろうし…ヨツンヘイムじゃ翅も使えないでしょ?…と色々考えていると、ボクの疑問に答えるように、まずアスナが凍結耐性を上昇させる支援魔法を唱えた。そのお陰で肌寒かった世界が、一気に遠ざかって行く。

 次いでリーファが、高い口笛を吹き鳴らすのだ。そして数秒後、何処からか大きな鳴き声が、空間に響き渡る。そして現れたのは、平べったい魚のような胴体の側面から四対八枚のヒレに居た白い翼が伸びている、身体の下には触手が無数に垂れ下がり、頭部には六つの黒目と長く伸びる鼻……巨大な化け物だ!

 

 ユイ「トンキーさ───────ん!」

 

 アルファ「…敵じゃ、無いらしいな」

 

 ユウキ「そ、そうみたいだね…」

 

 こんな邪神は見たこと無かったけれど、兎に角この地に住まう強力な邪神型モンスターだろうと見当を付けていたボクは、何時でも剣を抜けるよう待機していたんだけど…ユイちゃんの大きな声での呼びかけに応えるように、甘えたような鳴き声を上げるその怪物を見て、どうやらそういう訳ではないらしいことを理解した。

 ボクと同じく臨戦態勢に突入しようとしていたアルファが、気が抜けたように肩の力を抜いたのを見て、ようやくボクも一息つく。

 キリトとリーファの説明によると、この邪神はトンキーというお友達ということだ。話すと長くなるのでとかなり割愛されたが、キリトとリーファが旧ALO世界で世界樹を目指している時に、偶々実質的なテイムに成功したとのことである。

 最初は七人乗りだったけど、お魚を上げているうちに、九人乗りが出来るにまで身体を大きく成長させたらしい。このトンキー君、若しくはトンキーちゃんの背中に乗って、件のダンジョンにまで移動するのだとか。

 

 クラインが恐る恐ると言った様子でトンキーの背に乗った後に、ボクとアルファもまたおっかなびっくりと言った様子で背に乗り込む。するとトンキーは、何処かを目掛けて翼をはためかせ始めた。

 正面には世界樹の巨大な根っこが無数に絡まり合い、その中央にある逆三角形の形をした半透明の氷塊が、ヨツンヘイムの天井でありアルヴヘイムの地下である大地から鋭く突き出している。

 スプリガンのおまけ効果である暗視ボーナスによって、その逆三角形の内部は迷路のように入り組んでおり、モンスターであろう巨大な影が蠢く様子が伺えた。

 でもボクが一番惹かれたのは、逆ピラミッドの最下層にて、時折煌めく金色の光であった。恐らくあの輝きこそが、聖剣エクスキャリバーなのだろう。

 …勿論ボクだって、キャリバーは是非とも入手したいと思っている。でももしもキャリバーが重めの片手剣だったり、若しくは両手剣だったりしたら、ボクは迷わずアルファにプレゼントするのだと思う。

 アルファがキャリバーを手に入れた時の笑顔は、きっとすっごく綺麗だ。だからボクは、そんなアルファの様子をどうしても見たいんだ──。

 と、ボクが考えているその瞬間だった。これまで安全運転を続けていたトンキーが、突然急降下し始めたのだ!

 

 「うわあああああ!?」

 

 という男性三名の太い絶叫。

 

 「きゃあああああ!」

 

 と女性陣の高い悲鳴。

 

 「やっほ───────う!」

 

 とこれは、スピードホリックことリーファ。

 

 恐らく皆、トンキーの広い背に密集する毛を掴み、強烈な風圧に必死で耐えているのだろう。だけどボクは…どさくさに紛れて、隣に座るアルファの身体にしがみ付いてたんだ。

 本気で驚いたように絶叫を上げていた彼も、片方の手ではトンキーの毛を握りながら、しかしもう片方の手はボクが虚空に投げ出されないようしっかりと抱き返してくれていた。

 …もう、ちゃんとしてるなぁ、アルファは。こんな緊急事態でもしっかりとボクを守ろうとしてくれている彼の姿勢に、ボクは先程の防寒魔法の数倍は心をポカポカと温めた。

 そしてトンキーは急ブレーキを掛け、やがて緩やかな飛行を再開する。九人が三人ずつに分かれて座る一番後ろの席で、未だにアルファに抱き着いていたボクは、呆れた調子の彼にこう言われる。

 

 アルファ「大空洞真っ逆さまでもおかしく無かったぞ、今のは」

 

 そんな彼に対して、ボクは満面の笑みで答えた。

 

 ユウキ「アルファなら、守ってくれるって信じてたもん!」

 

 アルファ「…」

 

 クライン「イイよな、オメェは可愛い彼女が居て…」

 

 ボクがそう言うと、彼はもう何も言わなかった。アルファの隣に座るクラインが恨めしそうにこちらを眺めているのに気が付き、取り敢えずえへっとピースしておいた。

 

 リーファ「お、お兄ちゃん、あれ見て!!」

 

 程なくして前方から、リーファのただならぬ切迫した声を耳にし、後部に座るボク達もなんだなんだと彼女の指差す方角へと視線をやった。するとそこには、トンキーと似通った特徴を持つ象水母のような動物型邪神が、ざっと見ただけでも三十人規模の大軍隊に包囲され、滅茶苦茶に攻撃を仕掛けられている様子が伺えた。

 だがボク達を驚愕させたのは、そのプレイヤー達と共に、肌は青白いが腕が四本、顔が三つの阿修羅のような姿見の人型邪神が、同様に動物型邪神を強襲していることだった。人型邪神の粗雑な剣が象水母の硬質な外角をかち割り、弱点部分であろうその柔らかい肉体に、プレイヤー達の魔法や剣技が炸裂する。

 

 アスナ「あれは…どうなってるの?あの人型邪神を、誰かがテイムしたの?」

 

 シリカ「そんな、有り得ません!邪神級モンスターのテイム成功率は、最大スキル値に専用装備で振るブーストしてもゼロパーセントです!」

 

 クライン「ってェことは、つまり…あれは、なんつぅか…便乗してるってワケか?四つ腕の巨人が象クラゲを攻撃してるとこに乗っかかって、追い打ちを掛けてるみてェな…」

 

 シノン「でも、そんなに都合よくヘイトを管理できるものかしら」

 

 いま目の前で起きている謎の現象を解き明かそうと、アスナとクラインが推論を打ち出すも、前者はシステム的にアウト、後者はヘイトシステム的にも難しく、明確な答えが出せない。

 そうこうしているうちに、その動物型邪神がポリゴン片へと変化した。トンキーが悲し気な唸り声を上げ、それに合わせてリーファとユイが深く俯く。横目でアルファの様子を伺うと、彼もまた決して愉快そうな顔はしていなかった。

 

 キリト「な…何で戦闘にならないんだ!?」

 

 キリトが掠れ声でそう驚くのも当然である。その件の人型邪神はプレイヤー達を争うことも無く、寧ろ協力するかように共に歩みを進めながら、何処かへと移動を始めていたのだ。

 次いでアスナが声を上げながら指さす方を急いで眺めると、そちらにもまた、プレイヤーと協力して動物型邪神を討ち取ろうとする人型邪神が二匹いたのだ。

 

 クライン「こりゃァ…ここで、いったい何が起きてンだよ…」

 

 リズベット「…もしかして、さっき上でアスナが言ってた、ヨツンヘイムで新しく見つかったスローター系のクエスト…って、このことじゃないの?人型邪神と協力して、動物型邪神を殲滅する…みたいな…」

 

 リズベットの推測に、今度は明瞭にそれが答えだと思ったように皆鋭く息を吞んだ。…でも、確かにさっき見た逆ピラミッド型ダンジョンの内部には動物型邪神は一匹も居なくて、でも人型邪神が沢山いて…それだと、人型邪神を倒さなきゃキャリバーは手に入らないんじゃ…。

 

 ユウキ「?」

 

 突然、ボクの真後ろから、大きな影がぬっと現れた。キリトとクラインがボクの後ろを眺めながら、大きく口を開けていることに気が付き、ボクも徐にそちらを向く。

 するとそこには、ローブらしき長い衣装に身を包んだ、足元まで綺麗に流れた金髪で、超然とした優美なる美貌の女性が居たのだ。そしてその二人が同時に、その美女に叫ぶ。

 

 キリト&クライン「「でっ………けえ!」」

 

 ユウキ「…」

 

 確かにキリト達の言う通り、その美女はまさかの…三メートル以上の長身だった。だからその発言も仕方のない事だろうけれど、果たしてその大きさに関する驚愕は、身長かそれとも…その胸部のどちらに向けられたものなのかは推し量れない。

 アルファも食い入るようにその巨大な美女を眺めているが……うん、流石に違うよね。幾らボクがちっさいからって、それはボクの邪推が働き過ぎだよ。

 

 「私は、<湖の女王>ウルズ」

 

 そんなボクの欲に塗れた思考とはかけ離れた荘重なそのひと声は、ボクを真面目モードに引き戻すには充分であった。

 

 「我らが眷属と絆を結びし妖精たちよ」

 

 …多分眷属って言うのは、トンキーのことだろう。ウルズと名乗った美女は、足元は触手に変じてることから、動物型邪神の女王って言うところじゃないかとも考えられる。お遊び抜きで現状に集中し始めたボクは、まずはそこから情報を引き出そうとした。がしかし、女王はすぐに本題に入ってくれた。

 

 「そなたらに、私と二人の妹から一つの請願があります。どうかこの国を、<霜の巨人族>の攻撃から救って欲しい」

 

 「かつてこの<ヨツンヘイム>は、そなたたちの<アルヴヘイム>と同じように、世界樹イグドラシルの恩寵を受け、美しい水と緑に覆われていました。我々<丘の巨人族>とその件族たる獣たちが、穏やかに暮らしていたのです」

 

 アインクラッドでクエストを嫌という程クリアしたボクは、女王の話を聞きながら、果たして彼女はクエストNPCなのか、それとも攻撃的クエストMOBの罠なのかなどを考えていたのだが、途端に目の前に、女王の言葉通りの、草木や花々、清らかな水が溢れた自然豊かなヨツンヘイムの過去が映し出された。

 あの大空洞は元は湖であったようで、かつて世界樹の根はそこまで伸びてきていたらしい。その太い根の上には街が存在しており、豊かな生活の営みを感じさせる。

 

 「──ヨツンヘイムの更に仮想には、氷の国<ニブルヘイム>が存在します。彼の地を支配する霜の巨人族の王<スリュム>は、ある時オオカミに姿を変えてこの国に忍び込み、鍛冶の神<ヴェルンド>が鍛えた<全ての鉄と木を断つ剣>エクスキャリバーを、世界の中心たる<ウルズの泉>に投げ入れました。剣は世界樹のもっとも大切な根を断ち切り、その瞬間、ヨツンヘイムからイグドラシルの恩寵は失われました」

 

 次に現れた光景は、凄まじいの一言だった。キャリバーが投げ込まれたかと思うと、途端に世界樹の根が縮小していき、根の上の街はガラガラと崩壊していく。ヨツンヘイムに咲き誇る花々は枯れ果て、小春日和の光もどんどんと薄れていく。吹雪が荒れ狂い、川は凍り付き、また泉も凍結した。

 その凍り付いた泉の氷塊を包み込むように、世界樹の根がそれを上空へと持ち上げ、無情にも様々な動物型邪神がそこからはじき出された。やがて氷塊はヨツンヘイムの天蓋に突き刺さり…それがあの逆ピラミッド型ダンジョンであることは言わずもがなであった。

 

 「霜の巨人たちは、それに飽き足らず、この地に今も生き延びる我らが眷属の獣たちをも皆殺しにしようとしています。そうすれば、私の力は完全に消滅し、スリュヘイムを上層のアルヴヘイムにまで浮き上がらせることが出来るからです」

 

 クライン「な……なにィ!ンなことしたら、アルンの街がぶっ壊れちまうだろが!」

 

 女王の悲痛そうな面持ちを見て、クラインが憤慨した様にそう言うと、女王はその言葉に頷き、言った。

 

 「王スリュムの目的は、そなたらのアルヴヘイムもまた氷雪に閉ざし、世界樹イグドラシルの梢にまで攻め上ることなのです、そこに実るという<黄金の林檎>を手に入れるために」

 

 女王の言う黄金林檎とは恐らく、夏休みの中盤に、ボク達は雷竜の巣で迷子になっちゃったけど、キリト達は無事に辿り着いたという世界樹の天辺に存在しているのだろう。

 

 「我が眷属たちをなかなか滅ぼせないことにいら立ったスリュムと霜巨人の将軍たちは、遂にそなたたち妖精の力をも利用し始めました。エクスキャリバーを報酬に与えると誘い掛け、眷属を狩り尽くさせようとしているのです。しかし、スリュムが科の剣を余人に与えることなど有り得ません。スリュヘイムからエクスキャリバーが失われる時、再びイグドラシルの恩寵はこの地に戻り、あの城は溶け落ちてしまうのですから」

 

 リズベット「え…じゃ、じゃあ、エクスキャリバーが報酬っていうのは全部嘘だってこと!?そんなクエストありぃ!?」

 

 「恐らく、鍛冶の神ヴェルンドがかの剣を鍛えた時、槌を一回打ち損じた為に投げ捨てた、見た目はエクスキャリバーとそっくりな<偽剣カリバーン>を与えるつもりでしょう。充分に強力ですが、真の力は持たない剣を」

 

 リズの素っ頓狂な声に、ボクも全く同じ気持ちを抱いていたけれど、次いで女王が宣った偽剣カリバーンとやらと聖剣エクスキャリバーとの比較に、ボクの興味は移行していた。

 …キャリバーの秘める真の力って、どんなものなんだろ。やっぱり全てを断ち切るって言うぐらいだから、防御無視の一撃を放てるとかなのかな?でもそれだと、魔剣グラムと似たより寄ったりの能力だけど…まぁ、ゲットすればそれも分かるよね。今はそんなこと聞くようなタイミングじゃないよ。と自分の中で自己解決してから、ボクは再び女王の話に耳を傾け始める。

 

 リーファ「ず、ずっるい…王様がそんなことしていいの…」

 

 「その狡さこそが、スリュムのもっとも強力な武器なのです。しかし彼は、我が眷属を滅ぼすのを焦るあまり、ひとつの過ちを犯しました。配下の巨人のほとんどを、巧言によって集めた妖精の戦士たちに協力させるため、スリュヘイムから地上に下ろしたのです。今、あの城の護りはかつてないほど薄くなっています」

 

 そこでボクはようやく、女王の請願が何たるかを、真に理解した。湖の女王ウルズは、大きな腕を真っすぐ上空のスリュヘイムに差し伸べ、言った。

 

 「妖精たちよ、スリュヘイムに侵入し、エクスキャリバーを<要の台座>より引き抜いて下さい」

 

 それが2025年最後となる、大クエストの幕開けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、三月十二日の土曜日となります。

 では、また第143話でお会いしましょう!
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