左右の拳の打ち付け、右脚による三連踏みつけ、直線軌道の氷ブレス、そして氷のドワーフ兵十二体の生成。これが王スリュムの、ひとまずの攻撃パターンであった。
一番厄介かと思われた取り巻きは、シノンが弱点を正確に射撃することで瞬く間に片づけてくれたし、その他の攻撃もユイちゃんのサポートによって、完全回避を続けることが出来ていた。
だが一方で、俺達の攻撃は思った通りスリュムのすね辺りにしか届かず、しかもそこは分厚い毛皮のレギンスに守られているせいで中々の物理耐性が固い。それ故にチビチビとしかダメージを加えられなかったのだが、俺とユウキの雷魔法とフレイヤさんの電撃魔法は大変効果覿面であった。
そしてつい先ほど、何とか十分掛かる前に一本目の体力ゲージを全損させたのだが…果たして間に合うのか、これは。
スリュムの新たな攻撃パターン、広範囲ブレスによって大ダメージを負った前衛組は、現在スリュムのヘイトを一人で引き受け、決死の囮役を買って出たシノンにタゲを任せているうちに回復ポーションを飲み干し、HPゲージが回復していくのを待っている。十秒後、再び安全圏まで体力が回復した俺達は、キリトの指示に従って攻撃タイミングを合わせようとする。
「剣士様」
ふと、いつの間にかキリトの近くに寄っていたフレイヤが、彼にこう言った。
「このままでは、スリュムを倒すことは叶いません。望みはただ一つ、この部屋の何処かに埋もれているはずの、我が一族の秘宝だけです。あれを取り戻せば、私の真の力もまた蘇り、スリュムを退けられましょう」
フレイヤの進言に、キリトは彼女の裏切りを考慮し迷ったようだったが、結局はそれを受け入れた。そして宝物の特徴を訊ねると、黄金の金槌であると彼女は言う。
彼は驚いたように聞き返していたが、俺はぐるりと辺りを見回し、付近にそれらしいものが無いかと軽く見てみるも…恐らく、あの宝の山の何処にかあるのだろう。パッと見やる程度では判らないらしい。
宝を探してワンチャンスに賭けるべきか、それとも、壁際に追い込まれ遂に危うくなってきたシノンを助けるべくタゲを取りに行くべきか…。その時ユウキが、はっと顔をこちらに向けると、唐突に叫んだ。
ユウキ「アルファ!宝の山目掛けて雷魔法使おう!」
アルファ「は…?」
ユウキ「早く!!」
一瞬、彼女の言ったことを全く理解出来ないでいた俺だが、ユウキが急かすようにそう言ってくるので、俺はやっぱり何が何だか訳が分からないまま、しかし彼女とほぼ同時に、バングルに秘められた力を解放した。その稲光は黄金の山全体に行く渡り…バチッ!とその中で、一際大きく輝いた雷光が、俺達の視界に入って来た。
キリト「あれか!」
キリトが確信した様に宝の山目掛けて走って行くのに、俺とユウキもついて行く。先程の光を頼りにして、辿り着いた宝の山の中で穴を掘るモグラように、高価そうなオブジェクトを投げ捨てて──。
キリト「これか!?」
三者がそれぞれ別の方向から、金槌を探していたのだが、それを見つけたのはキリトであった。俺が宝の山から顔を出す頃には、彼はその柄が黄金で頭が白金の小型の槌を遠投しており、それをしっかり受け止めたフレイヤは…何故か身体を丸めた。よくよく見てみると、その白い背中は小刻みに震えており…ついで、先程とは打って変わった、しゃがれた声が彼女の口から響いてくるのだ。
「……なぎる……みなぎるぞ……」
彼女の身体を覆うよう、小さなスパークが激しく轟く。まるで気を解放するかのように、彼女の髪はふわりと浮き上がり、純白の薄いドレスの裾が勢いよく翻る。
「みな…ぎるうぅぅぉぉおおオオオオオオ─────!」
そしてそれは遂に、女性の声帯では不可能であろう低さにまで至り、重低音の絶叫が周囲に響き渡る。ドレスが引きちぎれたかと思うと彼女の身体は一気に盛り上がり、やがてスリュム以上の巨体へと変化した!
俺もキリトもぽかーんとその様子を眺めているが、何も、フレイヤさんの一糸まとわぬ姿に釘付けになっているわけではない。…だって、その胸部は勿論、以前と変わらず巨大ではあるが…それは決して、俺が求めているものでは無かった。
遂に、フレイヤさんのごつごつと逞しい頬と顎から、金褐色の長いお髭が伸びてくる。いつの間にか、クラインもこの現象に気が付いていたらしい。彼もまた両目を剥き出しにしながら、それを見つめるばかりであった。
クライン「オッ…」
キリト「サンじゃん!」
アルファ「…」
この広い部屋の中で、男二人の絶叫が響いた。もう一人の男性陣であった彼は、叫ぶことさえままならなかった。
「ヌウゥーン…卑劣な巨人めが、我が宝<ミョルニル>を盗んだ報い、今こそ贖ってもらおうぞ!」
「小汚い神め、よくも儂をたばかってくれたな!そのひげ面切り離して、アースガルドに送り返してくれようぞ!」
二体の巨人が目線をバチバチと迸らせながら、難解な言い合いを始めたその時、俺はようやく、フレイヤなる人物が実はあの彼の有名な雷神トールであったことに気が付く。
スリュムは氷の戦斧を、トールは黄金のハンマーをぬっと構えると、ほぼ同時に、それぞれの得物を打ち合わせた。そこから生じた膨大なインパクトが、余波となって周囲に吹き荒れる。
そこでシノンが、トールがタゲを取ってる間に攻撃しようと叫んだことで、皆ハッとこの現状を正しく認識し、すぐに武器を構えようとする。勿論俺もその例に漏れず、スリュムの足元目掛けてソードスキルを発動させようとしたのだが、そこでふと思い出したのだ。
アルファ「……」
…俺達の目的は、スリュムを打倒することだったろうか?
…いや、違う。俺達の為すべきことは、キャリバーを要の台座から引き抜くことだ。少なくとも戦闘開始前には既にメダリオンの九割以上が暗黒に冒されていたことを考慮すれば…スリュムに構っている暇なんて無いのでは?
それにもしこれが、SAOの頃と変わらず、ガーディナル・システムに準するクエスト自動生成機能によって生み出されたというのならば…まさか!
それに気が付いた俺は、すぐさま行動に移した。
アルファ「ユイちゃん!キャリバーはこの部屋にあるのか?」
ユイ「アルファさん?…いえ、ここにキャリバーは無いようですが…」
アルファ「だったら、この部屋から何処かに続く隠し通路は?」
ユイ「…!ありました!王座の後ろに、下り階段が一つ生成されています!す、すいません、私としたことが──」
キリトに…正確には、キリトの近くをホバリングするユイちゃんに、俺が慌ただしくキャリバーの在り処を訊ねると、彼女は不思議そうにしていたものの、俺の質問に答えてくれた。そしてやはり思った通り、隠し通路が設置されていることが明らかになった今、驚愕するキリトに対して、俺は矢継ぎ早に言葉を伝える。
アルファ「いや、サンキュー、ユイちゃん!おいキリト!スリュムは俺とユウキに任せて、お前らは要の台座まで急げ!もう時間が無いはずだ!」
キリト「っ!わ、解った!おい、みんな!緊急事態だ!俺についてきてくれ!」
するとキリトも、本来の目的を思い出したように、スリュム討伐に夢中になっている彼女らに急いで声を掛けていく。
そんなキリトをこれまた不思議そうに見つめた彼女らも、キリトの表情が切羽詰まっていることからか、その事態の深刻さを理解したらしい。何か聞き返すでもなくキリトの元に集まり、そのままユイちゃんの指示に従って玉座の後ろ側へと走り去って行く。
…何故俺がこんなことに気が付けたかというと、あの頃に挑みまくった数多とあるクエストの中で、時間制限付きのクエストも幾つかあったのだが…大ボスと見せかけて、実は時間稼ぎのダミーでした、残念♪…というパターンの奴には、散々苦汁を飲まされたが故である。
つまりは今回もそのパターンではないかと勘づき、そしてやはりそうであったという訳だ。キリトをはじめとする七名が要の台座を目指してこの場を去ったのを確認してから、俺も再び戦況を見つめ直す。
…さて、巨人たちの闘いは、少々拮抗しているようだ。トールがやや優勢ではあるようだが、彼もまた体力は無限ではない。下手を打てば逆転されることも有り得よう。…そう言えば、ユウキがさっきから見当たらないが、何処に居るのだろうか…。
ユウキ「ここは任せろなんて、死亡フラグじゃない?」
アルファ「…何処行ってたんだよ」
ユウキ「ん~…まぁ、色々だね~」
アルファ「…兎に角、俺達はトールと共闘してスリュムを撃破しようぜ。その後にキリト達を追い掛ければいい」
気が付くと、いつの間にか俺の隣に立っていたユウキが、ケラケラと笑いながらそんなことを言ってくるが、無論俺も、死ぬつもりなど一切ない。お返しとばかりに訊ね返すも、それは適当にはぐらかされてしまったのだ。
ユウキ「そうだね。それじゃあ久し振りに、コンビ力発揮しよっか」
アルファ「ちゃんとついて来てくれよ?」
ユウキ「そっちこそ!」
そうして軽口を叩き合いながらも、双方武器をしっかりと構えた俺達は、勢い良く地を蹴りスリュムの足元目掛けて飛び出した。スリュムのヘイトはトールが完全に引き受けてくれているので、俺達は代わる代わる派手にソードスキルを炸裂させていく。
二人だけで行うスイッチの動きは、今となっては仲間と共にALOの世界を飛び交う俺達にとっては、本当に久し振りの流れであったが、染み付いた動きの熟練度は全く腐っておらず、何の違和感もなくそれを行える。
そして、俺達の攻撃が蓄積し、態勢を崩したスリュムは左ひざを床に着かせダウンを示す。そこを逃さずトールが怒りの鉄槌が降り下し──遂に、スリュムの体力バーがゼロへと至った。巨体の四肢がぴきぴきと凍り付いていくのに合わせて、眼窩に宿る燐光も薄れていく。そんな中で、スリュムは意外にも低く笑った。
「ぬっ、ふっふっふっ…。今は勝ち誇るがよい、小虫どもよ。だがな……アース神族に気を許すと痛い目を見るぞ…彼奴らこそが真の、しん」
だがその全てを言い終える前に、無情にもトールの強烈なストンプが炸裂し、スリュムは凄まじい規模のエンドフレイムを巻き起こしながらパーティクルへと変じた。その圧倒的な質量に、俺もユウキも手をかざしてそれを払いのけようとしていると、遥か高みからトールの声が響いた。
「……やれやれ、礼を言うぞ、妖精の剣士たちよ。これで余も、宝を奪われた恥辱をそそぐことができた。──どれ、褒美をやらねばな」
そう言ったトールは、右手に握る巨大且つ華麗なハンマーの柄に触れる。すると嵌っていた宝石の一つが零れ落ち…それは光を伴って、縮小版ミョルニルへと生まれ変わった。トールはそれを俺に投げ落とす。
「<雷槌ミョルニル>、正しき戦の為に使うが良い。では──さらばだ」
トールが右手をかざした瞬間、ガガァン!と大きな雷が広間を貫いた。その俺達のバングルから発せられる以上の輝きに、俺は思わず目を瞑ると、再び瞼を開けた時には、もう二体の巨人はそこには居なかった。
ついでボス部屋の奥に生成されていた黄金の山も薄れ消えて行き、場が一気に閑散とした。流石に疲れたなと、拳を一度突き合せた俺とユウキは、並んでその場に腰を下ろす。そして彼女は、笑顔で俺に言った。
ユウキ「伝説武器、良かったね」
アルファ「…まぁ、俺はハンマー系使わないんだけどな」
ユウキ「なら、リズに上げれば?」
アルファ「いや、売り払おう」
ユウキの笑顔に対して、ハンマースキルは一ポイントも熟練度を上げていない俺は、苦笑いを浮かべるより他なかった。するとユウキは、鍛冶屋であり生粋のハンマー使いでもあるリズにこの伝説武器をプレゼントすることを提案してくるも、そこは俺が真顔で売買に持ち込むべきだと言い張ると、彼女の朗らかな笑い声が広間の中に響き渡る──
ユウキ「ひゃっ!?」
アルファ「いっ!?」
──突如として、広間に…いや、スリュヘイム城全体に、俺がこれまでに経験したことの無い程の強大な衝撃が走ったのだ!
ズガーン、或いはドゴーン…いや、もうこの際何でもいい。兎に角、巨大地震をも軽く上回ってしまうような、それこそ件のラグナログが始まってしまったのではないかと思ってしまう程に、このダンジョン全域が、大きく震えたのだ。
俺もユウキも同時に言葉にならない声で驚愕を露わにしていると…メキッ、ミシッ、ゴゴゴゴゴゴゴッ!とそんな擬音が何処からか鳴り響き、天井を突き破るようにして、茶色の巨大な何かがこちらへとグングン伸びてくる!
がしかしそこは、腐っても攻略組。瞬時に状況判断を下し、俺達の真上から迫って来る巨大な物体を回避すべく、俺もユウキもその場から飛び退く。まさか敵襲かと、そう思い込んでいた俺だったが…どうやらそういう訳ではないらしい。
天井から飛び出してくる無数の蠢く茶色い太い何かは…巨大な木の根だ。その人間数人が束になった以上の厚さからして…恐らく世界樹の根なのだろう。ということは、キリト達が要の台座からキャリバーを引き抜くことに成功して、世界樹が成長を始めたのだろうか。いや若しくは、キャリバーを引き抜くのが間に合わず、スリュヘイムの侵攻が始まってしまったのか…。
ユウキ「あ、アルファ!どうする!?」
こんな状況だというのに、暫し余計なことを考え込んでいた俺に対して、ユウキが俺の身体をグラグラと揺らしながら打開策を求めてくる。そこでようやく、何にせよ俺達が置かれている状況がかなり不味いのではないかということを理解させられる。
俺も慌ててユウキの手を引いてキリト達の進んだ方向へと向かおうとするも…ダメだ。その螺旋階段は、世界樹の根によって完全に防がれている。キャリバーでしか断ち切れないとされる世界樹に、俺の剣を打ち立てても無駄であろう。
そして遂に、部分的に床が抜け落ち始めた。いよいよ本格的に不味くなってきたなと、焦りながらも俺はユウキに伝える。
アルファ「取り敢えず上に逃げるぞ!ここに居たら落下死する!」
ユウキ「解った!」
これが最適解だと、俺はそう考えたのだ。納得した様に返答してきたユウキと共に、元来た道のりを引き返すべく走り始めて数秒後。ピタリと同時に足を止めた俺達は、お互いに切迫した表情を向け合う。
ユウキ「上に逃げても意味ないよ!?どうせこのダンジョンから出られないよ!?」
アルファ「全くその通りだったな!!ん~……世界樹!世界樹の根に捕まろうぜ!!」
ユウキ「そうだよ!それだよ!!」
ユウキの指摘通り、例え俺達がダンジョンの入り口まで戻ったとしても、そこには空中に開けたテラスが待っているだけだった。なので俺達は即興プランAを捨て去り、プランBを模索する。そして閃いたその代替案を可決し、五メートルほど先の最寄りの根を掴もうと──。
アルユウ「「え」」
その時、俺達が踏み込んだ地面が、僅かにめり込んだ気がしたのだ。そしてそれはやはり、気のせいなどでは無かった。俺達が世界樹の根へと飛び着く一歩前に、俺達の立つ床が、ガタンと音を鳴り響かせながら、大きな塊として完全に抜け落ちた!
俺とユウキを乗せた氷塊は、一目散に自由落下を始めたのだ!今回ばかりはユウキもお茶目なことをする余裕など無いらしく、必死に氷塊にしがみ付き悲鳴を上げている。
…なんか俺って、落下すること多いよな。例えば、SAOの火山ダンジョンだろ。んでその前に洞窟でも落っこちてるし…あぁ、旧ALOでも落下したか。その三つは何とか生還可能だったけども…あぁ、今回は流石に無理だな。グレートボイドは強制落下死だ。その先には何も──。
アルファ「…なぁユウキ。グレートボイドの底って、何かあったりしねぇの?」
ユウキ「…何かあったとしても、落下衝撃で終わりだよ?」
アルファ「…あ~あ、このクエストはクリア出来ないまま俺達は退場か…」
このどうしようもない事態から目を逸らすように、俺が中身の無いことを訊ねると、彼女ももう諦めがついたのか、悲鳴を上げることを辞めて、落下し行く氷塊の上での俺との会話に乗り出した。
ふと頭上を見上げると、スリュヘイムが下部から徐々に崩壊し、遂にはそのダンジョン全体が墜ちていく様が見える。多分キリト達は、キャリバー手に入れて転移脱出とかしたんだろうなぁと思いながら、クエストで得られたものが余りに少ないことをぼやくのだ。
するとユウキが、何だかニッコリとした笑みを浮かべながら、ウインドウを操作し始めた。そして取り出したものは…金ぴかに輝く黄金の長剣だ。これは何だと見入る俺に対して、彼女は自信満々な表情でこう言った。
ユウキ「そんなことないよ。ボクがちゃんと、アルファの為に武器取って来たから!」
アルファ「…それは…いつの間に…?」
ユウキ「あのボス部屋のお宝の山から、片手剣と両手剣探したんだよ~」
ユウキが意気揚々と答えてくれるも、だがどのタイミングでそんな高価そうな武器を手に入れたのか、全くもって想像出来なかった俺がそれと問うと、彼女はまた朗らかに笑いながら答えてくれる。
…なるほど。巨人二体の闘いが始まったその時に、ユウキが見当たらなかった気がしたのは、彼女はあの黄金の山でそれらを物色していたからなのか。
……うん、何というか…どんな状況でも変わらず自分を貫いてる様子が、ユウキらしいな…しかもすっごい笑顔で両手剣差し出しながら俺に話し掛けてくるし…。
この時俺は、もうこの後落下死することが確定してしまっている状況だったわけで、ちょっと頭のネジが外れていたんだと思う。だからこそ俺は、目の前で氷塊にしがみ付くユウキをひしと抱き寄せて、強烈にこの気持ちを叫んだ!
アルファ「あ~!もう!ユウキはしっかりしてるなぁ!!そう言うとこ、マジで好きだ!!」
ユウキ「わぁ!?…え、えへへ~、ありがと~!」
俺の叫び声が、ボイド中に響き渡る。いきなり俺に身体を覆われた彼女は勿論、最初は動揺を示していたものの、俺が全力でその髪をぐっしゃぐしゃに撫でまわすと、満たされたように満開の笑顔を浮かべていた。
…まぁ、こういう終わり方もアリっちゃアリだなと、落下し行く無数の氷塊群と共に、ユウキと共に奈落へと沈んで行こうと思っていたその時だった。
ふと奈落の底を眺めていると、その少し手前には…数名のプレイヤーが飛行型邪神という物珍しいモンスターの背に乗りながら、おーいと叫び大きく手を振っている。その様子にユウキも気が付いたようで、彼女はくすりと笑いながら言った。
ユウキ「みんながお出迎えしてくれたみたいだね」
アルファ「そうだな。ちゃっちゃとトンキーの背中に飛び移るか」
横の距離は充分近いと思えたので、しっかりと縦の距離が縮まるのを待ってから、グッドタイミングで俺達を乗せていた氷塊を蹴り飛ばし、トンキーの背中へとダイブする。
しっかりと、誰かを踏みつけてしまうことも無く、空いているスペースに落下した俺達は、何処かやり遂げたような表情の彼らを見て、全て納得した。
恐らく、キリトの両手に握られている虹色の宝石が輝く黄金剣こそが、エクスキャリバーであろうことに疑いは無かった。…だが、何処かその表情の中に、何かニヤニヤとした笑みが混じっているように思えるのは…気のせいだろうか。
アルファ「迎えに来てくれてありがとな」
キリト「いや~、俺達もどうしたらいいか困ってたんだけどな、どっからか愛の叫びが聞こえてきたんだよな~?」
アルファ「う…」
アスナ「その愛を一身に受け止めてる人は、さぞかし幸せ者なんだろうね~…キリト君~?」
キリト「う…」
ユウキ「…ま、まぁね…」
兎に角俺が皆にお礼を言うと、キリトの野郎が、他人に言われると途端に恥ずかしくなってくるようなことを述べてきやがった。それに言葉を詰まらせていると、今度はアスナがユウキを追求する…と同時に、何故かキリトまで詰められていた。コイツはまた何かやらかしたのだろうか。全く、目を離すとすぐこれだ。
…などと思っていると突然、ボイドの奥底から、まるで間欠泉が湧き出てくるような轟音が鳴り響く。なんだなんだと皆一斉にそちらを見やると、青い輝きが底から迫り上がって来るではないか。
するとその時、今度は頭上から、別の激しい轟音が鳴り響いた。その正体は、うねる世界樹の根である。世界樹の無数の根は合体し行き、一本の幹のような太さにまで変容し、一気に真下へと突進し始める。
そして今は湖と化したグレートボイドの水面に激突し、その表面に網目のように広がる。清らかな湖からありったけの水分を吸い取り、根から巨大な芽が幾つも立ち上がり始め、やがて黄緑の葉を元気よく広げる。
次いでヨツンヘイムに、暖かな春のそよ風が通い、薄明るかっただけの水晶群は、小さな太陽の如く強い白光を振りまいき始めた。次第に氷雪は溶け行き、大地からまた新緑が芽吹く。
そしてようやく、俺は思い出した。この目の前に広がる光景こそが、女王が俺たちに見せた、かつてのヨツンヘイムの姿であることに。
「くおおぉぉぉ───────ん………」
不意に、トンキーが長い遠吠えを響かせたかと思うと、至る個所から、おぉーん、くおおぉーん、と返事が木霊のように戻って来る。よくよく周囲を見渡してみると、自然溢れる豊かなその大地には、数々の動物型邪神…いや、この世界の住人が、フィールドを闊歩している。侵略者であった人型邪神は、もう何処にも見当たらない。
リーファ「…よかった。よかったね、トンキー。ほら、友達がいっぱいいるよ。あそこも……あそこにも、あんなに沢山……」
トンキーを溺愛しているリーファが、ポロポロと涙を零しながら優しくトンキーに語り掛ける様子を見て、俺もまた、何だか胸がジーンと熱くなる感覚を覚える。シリカは涙を流すし、アスナやリズベットもその眼に涙を浮かべ、ユイちゃんはアスナの髪に顔を埋め、クラインは顔を隠すようにソッポを向いている。ユウキ、シノン、キリトは涙を流すことは無くとも、満足そうにその平和な世界を眺めていた。
「見事に、成し遂げてくれましたね」
突として、前方から声が響き、俺達が正面に注目する。するとそこには、女王ウルズが…恐らく、力を復活させたのだろう。前回とは違って実体を伴った姿で、俺達の前に現れた。
「<全ての鉄と木を斬る剣>エクスキャリバーが取り除かれたことにより、イグドラシルから断たれた<霊根>は母の元に還りました。樹の恩寵は再び大地に満ち、ヨツンヘイムはかつての姿を取り戻しました。これも全て、そなたたちのお陰です」
キリト「いや……そんな。スリュムは、トールの助けが無かったら到底倒せなかったと思うし…」
キリトの謙遜でも何でもない発言に、女王はそっと頷く。
「かの雷神の力は、私も感じました。ですが…気を付けなさい、妖精たちよ。彼らアース神族は、霜の巨人の敵ですが、決してそなたらの味方では無い…」
そこでリーファちゃんが、それはどういう意味なのかを問うていたが、残念ながら女王は、それには答えてくれなかった。
…が恐らく、スリュム本人の言葉を聞いていた俺からすれば、彼が最期に放とうとした言葉は…アース神族こそが真の、侵略者ということなのだと思う。
これがどういうことなのかまでは俺には分からないし、今後ALOがそう言う方向に進んで行くのかも、サッパリ分からない。こんな事なら、北欧神話を知り尽くしておけば良かったと、そんなどうしようもない悔恨を抱いているうちに、女王の右側から一人の女性が現れた。
とは言っても相変わらず巨大である。その女性は青い長衣に身を纏い、顔立ちは優美さが強く出ていた。ベルザンディと名乗った彼女が、感謝の言葉を述べると同時に右手を振ると、俺達の眼の前に山のような報酬が出現する…も、残念ながら、俺とユウキにはそれは一切入ってこない。
何故なら…何故ならば…俺達は、正式にはこのクエストを受諾していないからだ。あくまでもトンキーを手懐けたリーファが所属するキリト達のパーティー一行がクエストを受諾しただけで、俺とユウキはそれについて行った…いわば腰巾着。クエスト報酬が受け取れないのは当然ではある。悲しいけども。
今の報酬でも凄まじいものだったが、ウルズの左側に三人目が出現。二人とは違って俺達ほどの背丈であったその女性は、鎧兜姿の美しくも勇ましい顔立ちであった。凛と張った声で、彼女はスクルドと名乗ると、また報酬を滝のように降らしてくれる。…あとで、分けてもらえるよな?と現金なことを考えていると、満を持してウルズが再び口を開いた。
「…私からは、そのつるぎを授けましょう。しかし、ゆめゆめ<ウルズの泉>には投げ込まぬように」
キリト「は、はい、しません」
とキリトが答えると、遂にキャリバーが彼のストレージへと格納された。彼の右手に僅かに力が入っているのを見るに、心の中では来たぁぁぁぁッ!と叫んでいるに違いない。…しかし、まぁ好奇心旺盛なキリトとは言え…流石にキャリバーを投げ入れるようなことはしないはずだ。多分。
そしてクエストが終了したのか、三人の乙女たちが身を翻しその場から飛び去ろうとした。直前、どたたっと前に飛び出たクラインが叫んだ。
クライン「すっ、すすスクルドさん!連絡先をぉぉ!」
──NPC相手にんな無茶な!!
クラインの必死の懇願に対して、俺は声にならないツッコミを入れるも……マジか。スクルドさんはまさかの、クラインに対して面白がるような表情を浮かべた後に、手を振り同時に何かきらきらしたものが宙を流れ、それはクラインの手にすぽりと飛び込んだ。
そして遂に、その場から乙女たちは完全に消え去り、場には沈黙と微風だけが残された。やがてリズベットが、小刻みに首を振りながら囁いた。
リズベット「クライン。あたし今、あんたのこと、心の底から尊敬してる」
もしかせずとも、この場に居る八人全員が、全く同じ気持ちを抱いているのだろう。多分、この大クエストで一番実りのあるものを手にすることが出来たのは、間違いなく彼なのだろう。
こうして、2025年最後の大冒険は、幕を下ろしたのだった。
電車に揺られて目的の駅へと辿り着いた俺は、改札を出て目的地へと歩みを進める。今日俺が辿る道順は、いつもとは違うものの、つい二週間ほど前にはミトと共にその道を通ったわけで、迷うことなくエギルの経営するカフェに辿り着いた。扉を開けると、店主たるエギルは勿論、キリト、シノン、直葉ちゃんの三人が俺を出迎えてくれた。
キリト「おっ、アルファ、早かったな」
こちらに気が付いた四人に、俺は軽く会釈してからキリトの元へと近づいて行く。
本日お昼過ぎ、俺達が挑んだ壮大なるクエストは、無事にハッピーエンドを迎えることが出来たわけで、そのお祝いも兼ねて忘年会を開催しないかと、あの後そう言う話になったということだ。
その突発的な忘年会を、キリト達の家である新生アインクラッド第二十二層の<森の家>で開催するか、それともリアルで集うかを悩んだ結果、後者が選択されたという訳だ。
それは、何でもアスナが明日から一週間、父方の祖父母宅へと帰省するとのことなので、今日が実質、俺達が年内に集える最後に日であったからである。
となると、現実に肉体を持たないユイちゃんと、エギルの店まで足を運ぶことが出来ないユウキには、この忘年会の参加を諦めてもらうしかなかった…と言うことにはならなかった。キリトの目の前で鞄から大き目のパソコンを取り出した俺は、それをキリトに差し出す。
アルファ「ほい、言われた通りにやって来たぞ」
キリト「サンキュー」
パソコンを受け取った彼は、頻りにキーボードを叩きながら何か複雑な操作をしたかと思うと、俺に小型のヘッドセットを渡してきた。キリトから準備オーケーの合図を貰った俺は、それを装着し、話し掛ける。
アルファ「どうだ、ユウキ、聞こえるか?」
────────────────────────────
ユウキ「バッチリ聞こえるよ!」
アルファに言われた通りにVRルームにて待機していたボクは、突然聞こえてきた彼の声に少々驚きつつも、そう言葉を返した。
本日開催される忘年会は、みんなで集まれる機会が年内今日で最後ということもあって、現実世界で集まることになったんだけど…そこは、キリトとアルファが、ボクとユイちゃんの為に色々考えていてくれたらしい。
今ボクの前に広がる景色は、ボクがこの目で初めて見る、エギルのお店のリアルタイム映像であった。勿論、同じようにエギルのお店の料理を食べたり、みんなと身体を触れ合わせたりは出来ないけれど、そちらへと赴くことが出来ないボクが、こうやってリアルでみんなと楽しい時間を共有できることは、何よりも嬉しい事であった。
シノン「アルファ、すっごい良い笑顔してるわね」
アルファ「そりゃ当然だろ~」
ふと、シノンの声が響いてきたかと思ったら、次いでアルファの、声色だけでも分かる本当に嬉しそうな様子が伝わって来た。声の方向を辿りながら、そちらへと視線を動かす…恐らく、店内に設置したカメラがボクの視線の動きに同期して動いてくれている…と、そこには、満開の笑みを浮かべてカメラを覗き込んでいる彼が居た。
ユウキ「アルファ~、もうちょっと下がってくれないと、周りが良く見えないよ~」
アルファ「あぁ、悪い悪い…」
ボクがちょっとわざとらしくそう言うと、彼は素直に一歩二歩その場から退いてくれる。
…全く、どうしてアルファは、そんなに輝く笑顔をしているんだろうか。ボクが金ぴかの剣を見せてあげた時の数倍は嬉しそうな笑顔だよ…。
とそこで、ボクはようやく気が付いた。ボクが見たかったアルファの笑顔は、例えキャリバーをプレゼントしていたとしても、見れなかっただろうことに。
自分で言うのもちょっぴり恥ずかしいけれど、多分アルファは、ボクと一緒に過ごせる時間が増える度に、その表情を喜色満面にしてくれるのだろう。
また一つ、彼の新たな一面に気が付けたボクは、VRルーム内で図らずも笑みが零してしまうも…流石に、こちらの映像までは向こうには送れまい。ボクのだらしない表情を悟られることはまず無いだろう。
…朝はアルファと一緒。お昼過ぎまでは大冒険。そしてこれからはみんなと忘年会をして、また夜になったら、アルファと一緒…今日は、一段と楽しい一日になりそうだよ。そんな予感を今更ながらに意識したボクは、これから始まる忘年会を心の底から楽しんだのだった。
遊びは終わりだ。
次回の投稿日は、三月十五日の火曜日となります。
では、また第145話でお会いしましょう!