~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第145話 ゆく年くる年

 十二月三十一日。

 

 適当に作った昼食を頂き、それに使った食器を洗う。起床して以来リーゼントの如く暴走していた寝ぐせは、お昼を回ったこの時間になってようやく直された。

 洗濯機が止まったことを知らせる音が鳴る十秒前に、その前で待機していた俺は、アラームが鳴ると同時にそれを開く。濡れた衣類を…今日は天気が良いので、少々狭すぎるベランダで干すことにしよう。

 ちょっと外に出ただけなのに、ほんのり暖かな室内とは打って変わって、厳しい寒さが身を貫く。ブルブルと身体を震わせながらも作業を終えた俺は、続けて寝間着から外着へと着替え、部屋の暖房を消した。

 忘れ物が無い事を確認してから、厚手のジャンバーを纏い玄関ドアを開ける。ひやりとした金属鍵で玄関ドアをロックし、数歩歩いてエレベーターに乗り込む。

 駐輪場で自分のチャリに鍵を挿し込み、半回転させてロックを解除する。道路に出るとすぐにサドルに跨り、最寄り駅へとチャリを走らせた。下り坂を進んで行くと、さっきの倍以上の冷気が、布地に守られていない鼻や耳をこれでもかと激しく叩きつけてくる。耳当てでも欲しいなとそんな欲求を抱きつつも、それを考えるのは今日で何回目なのか。

 

 やがて辿り着いた最寄り駅の駐輪場に自転車を停めた俺は、あと一分でやって来る電車に乗り遅れないよう駆け足にホームへと向かって行った。慣れた手筈で乗り換えを挟み、そのうちに最寄り駅に辿り着く。

 駅を出た正面には、白い巨塔が、周囲の高層ビルに溶け込みながらも、威厳を放ちながら聳え立っていた。駅から病院までのちょっとした道のりを、俺は黙々と歩いて行く。

 君の待つ総合病院のエントランスは、相変わらず多くの人でごった返していた。季節は冬だということもあって、身体を冷やし風邪をひいてしまったりした人たちが大勢いるのだろう。

 面会受付でもう面会用紙を記入することも無く、口頭でそれを伝えると、受付のお姉さんから銀色のプレートを受け取れた。エントランスの横へ移動し、四角い箱を利用して、最上階へと至る。

 …俺がこの病院に通い始めて、気が付くと半年ほどの時が経過した。家から病院までの道のり、病院の外観、エントランスの様子に、最上階の無機質過ぎる構造。それどれもが、半月の月日が流れようとも何一つ変わることは無かった。

 だが、確かに変わりつつあるものは、そこにたった一つだけ存在する。奥行きのある部屋に入り、看護師さんにパネルを操作してもらうと、黒のガラスが透過し始めた。すると程なくして、部屋に設置されたスピーカーから大好きな声が聞こえてくる。

 

 ユウキ「今日も来てくれたんだね。ありがと」

 

 アルファ「…まぁな。前にも言ったと思うけど、年内に会えるのは今日が最後だからさ。そりゃ当然だ」

 

 ユウキ「あ、そうだったね~。いつこっちに戻って来るんだったけ?」

 

 アルファ「多分…一月五日だと思う」

 

 ユウキ「じゃあ、歩夢の姿はこれで今年は見納めか~」

 

 言葉の通り、俺は明日の十二月三十一日ギリギリに、実家へと帰省せねばならない。いつもの年末年始であれば、別にこのタイミングでわざわざ帰省してまで、家族と共に年越し年明けを祝う必要など特段ないとは思う。

 しかし今年はそうもいかない。俺が二年間も眠りこけているうちに、親戚にも迷惑が掛かってしまったようで、今年はそのお礼に行かねばならないのだ。

 正直に言ってしまえば、そんなどうでもいい事の為に、ユウキと共に過ごせる時間を割かねばならないことが、俺にとってはかなりのストレスである。だがまぁ今更そんなことをぼやいても仕方がない。会える時間が減るとは言え、向こうにアミュスフィアさえ持っていけば、彼女とはいつでも会えるのだから。

 

 であるとするのならば、俺がこうして、帰省に過剰なストレスを抱える必要も無いのだろう。がしかし、それでも俺は、物理的に君の元から離れなければならないことに、酷く気負いを感じている。そしてそれは、恐らく……。

 目の前に広がるクリーンルーム内に、松葉杖をついて俺の前にまでやって来てくれているユウキは、もう居ない。今の彼女はこちらへと出てくることは無く、メディキュボイドの中から俺に話し掛けてきてくれているのだ。

 よくよく現実世界のユウキを見てみると、胸元を覆う薄いシーツから覗く色素の抜けた肩は、一カ月前と比べてまた更に痩せこけてしまっていた。以前はほんのりと桃色であった唇も、今はほとんどその色を失っている。

 …俺の誕生日から数日後。まるであの日がユウキの最後の力を振り絞ったかの如く、彼女はメディキュボイドから出てくることは無くなった。

 そしてその理由は、悲しいほど単純なことであった。彼女の身体を蝕む日和見感染症が悪化し、それに伴う身体の苦痛を、鎮痛剤を使わない彼女自身が感じ取らないよう、メディキュボイドの体感覚キャンセル機能を代用しているためだ。

 倉橋先生曰く、ユウキは、様々な日和見感染症及びHIV消耗性症候群によるスリム病と微熱に冒されているとのことだった。

 

 ……もしかしたら、先生はユウキに口止めでもされているのかもしれない。先生は決して、それ以上を俺には伝えなかった。

 だが俺は、やはりそれに気が付いたのだ。そして同時にその日から、俺はこの現実に、酷く怯え始めている。……ユウキは…ユウキは……。

 

 ──ユウキの病状が、末期に突入した。

 

 それが、俺達の置かれた紛れもない現状だ。

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

 今日もアルファが病院にやって来て、ボクに会いに来てくれた。それだけでもボクは、凄く嬉しい。でも最近は、ボクを更に幸せにしてくれることがもう一つあるんだ。

 それは…アルファの服装。なんでアルファの服装を見てボクが嬉しくなるかって言うと、それは単純明快。ボクが誕生日プレゼントに贈った服を、彼はこうして着てくれているからだ。やっぱり、一生懸命選んだものを、受け取って欲しい人に大切に使ってもらえるのは、送り主としては大変喜ばしい事なのだと思う。

 

 アルファ「あ、そうそう。会える時間は減るだろうけど、実家にもアミュスフィア持ってくからさ。出来るだけ一緒に居られる時間は増やそうと思う」

 

 ユウキ「ボクは嬉しいけど…アルファはもっと、家族とか友達とかとの時間を大切にしないとだよ?地元にも友達沢山いるんでしょ?」

 

 アルファ「沢山は居ねぇけど…まぁ、ユウキがそう言うなら」

 

 面会時間が残りわずかとなったこのタイミングで、アルファは思い出したようにそう言ってくれた。そんなアルファの申し出は、ボクにとってはホントに心嬉しいことだ。でも、そうやってボクが、アルファを縛り付けてちゃいけないのだということも、ボクは心の中では解ってる。

 

 …いや、ボクは本当に分かってるのだろうか?

 現にボクが君を引き留め続けるからこそ、これから先に明るい未来の待っているアルファにとって、ボクは不必要なお荷物になっているではないか。

 ただでさえSAO事件に巻き込まれて、人生が滅茶苦茶になっているアルファは、先の短いボクに構ってる暇など無い筈だろう。それをお前はどうして、彼の足枷となってまで今を生きているのだ。

 そもそもお前は、アルファに恋心を曝け出したところから間違えているんだ。そんな風にアルファに迷惑を掛けるぐらいなら、いっそこの瞬間に──と、心の何処かでもう一人のボクが、今もそんなことを叫んでいる。

 その苦痛な叫び声に、うるさいうるさいと、ボクは両手で耳を塞ぐ…ことは出来ない。だって、それは正しい事なのだから。でもその声は聞こえないふりをして、ボクはまるで小さな子供に言い聞かせるようにアルファに言うと、彼は渋々それを受け止めてくれた。

 

 それからもう暫くアルファとの会話を楽しんでいると、すぐに面会時間の終わりがやって来た。アミュスフィアを被ればいつでも会えるというのに、少し名残惜しそうにボクに手を振る彼を眺めながら、ボクもVRルームの中で小さく手を振って、彼を見送る。

 看護師さんがガラスを黒化させたのを確認してから、外と繋がるマイクを切ったボクは、アルファがここに来てくれるのは一時間半後ぐらいかなと思いながら、彼とあれやこれやと意見を出し合いながら完成したVRルーム内のソファーにぼすりと飛び込んだ。

 さて、これから何をしよっかな、とは思ってみたものの、特にやるべきことも、やりたいことも無い。なので手持ち無沙汰に、アルファがこっちにやって来たらまずは何処かのお店でご飯食べたいなぁ…などと考えていると、心の淵からは、何か別のことが浮かび上がって来る。

 …アルファは最近、何処か気を張り詰めているように見えるけれど、一体どうしたんだろう?と疑問を呈したところで、その答えはすぐに見つかった。

 多分アルファは、ボクがメディキュボイドから出てこられなくなったことを受けて、薄々勘づいているのだろう。倉橋先生には、余計に心配掛けたくないからアルファには言わないでと伝えているけど…うん、ボクのことはよく分かっているアルファのことだ。きっと彼は、言われずともそれぐらいは理解しているんだろう。

 

 最近の先生との面談は、リアルで身動きの取れないボクに配慮して、VR空間で行っている。そしてボクはその時に、先生から聞いているのだ。エイズがかなり進行していて、ボクが病状が末期に突入していることを。

 それを初めて先生から聞かされたその時、ボクは意外にも、あんまり取り乱したりはしなかった。ただ、あぁ、もうその時が来たんだねと、想像以上に短かったけど頑張った方かなと、まるで他人事の如く、その程度にしか思えなかった。

 正直なところ、ボクは死ぬのは怖くは無い。でも、これまで得てきた多くのものを失うのが、凄く怖い。もうアルファに、アスナに、みんなに会えない。それがどうしようもなくボクの心を苛み、震えさせる。

 アルファと寄り添っている時に、ボクは無性に、彼にこの気持ちを全て曝け出してしまいたくなる。死にたくないよと、もっと一緒に居たいよと、助けて欲しいと。

 だけどそんなことをしても、アルファが困っちゃうだけなのは、ボクも当然理解していた。きっとアルファは、ボクがそうして弱音を吐き出せば、優しく抱き締めながら大丈夫だと、そう言ってくれるのだとは思う。

 でもそんな彼の優しさに、悪い意味で甘えてしまうのは、またボクの本望では無かった。…まだ生きたい。まだ死ねない。終わりが見えてくるにつれて、そんな欲求が際限なく溢れ出てくる。もしそれが叶えば、ボクはどれ程幸せであろうか。

 理想と現実の落差に、ボクは仄かな諦念を覚えつつも、それでも、まだあと少しだけいいからと、そう思う心は、終ぞボクの中から消えることは無かった。

 

 

 

 

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 十二月三十一日、午後四時。

 

 その時になってようやく、はるばる東京から長野県へと帰省してきた俺は、普段乗り継ぐ電車と比べると、少し高過ぎるとも言える新幹線を利用していた。長野駅からは電車に乗り換え、計一時間強を掛け、俺はようやく地元に辿り着いた。

 我が家最寄り駅のロータリーには、確かに見覚えのあるナンバーの黒塗りミニバンが停まっている。如何やら、母さんか親父がわざわざ出迎えに来てくれたらしい…と俺は思っていたのだが、窓をスライドさせておーいと手を振り、こちらに声を掛けてきたのは姉貴であった。

 

 姉「歩夢~、こっちこっち~!」

 

 アルファ「んな大声で呼ばなくても分かるって」

 

 姉貴の大袈裟な呼びかけに、ぶつくさと文句を垂れる俺ではあったが、助手席…は事故でもされたら怖いので、大人しく運転席側の後部座席に座らせてもらう。

 

 アルファ「安全運転で頼むぜ?」

 

 姉「おねーちゃんの運転技術に度肝を抜かんといてや?」

 

 まぁ、姉貴はもう大学生だ。何処かのタイミングで、運転免許を取っていたのだろう。年齢が十八である俺も、普通自動車免許をを取れるわけではあるが、今はそんな時間は無い。自信ありげな発言にしては、慎重な運転を繰り広げた姉貴ではあったが、調子に乗って事故を起こされてはよっぽどなので、これでいいのだろう。

 やがて辿り着いた我が家の車庫に丁寧に駐車した姉貴は、ドアを開けて車から降りる。俺も続けてドアをスライドさせ、車から降りたその瞬間。俺はガッチリと、姉貴に肩を掴まれた。

 

 アルファ「なんだよ姉貴」

 

 そしてそのまま、俺の肩周りだけでなく、腹や足まで探るように触れ始めた姉貴に対して、これは新手のセクハラなのかと訝しげな表情を浮かべながらそう問い掛けると、姉貴もまた眉を顰め疑問気に言った。

 

 姉貴「…ちょっと痩せた?」

 

 アルファ「…あぁ…かもな」

 

 姉貴「ちゃんと食べてんの?」

 

 アルファ「そりゃ最低限は」

 

 意外にも、姉貴が揶揄うことなく俺を心配する様な一言を発してきたことに、俺は少々呆気に取られつつも、まぁ確かにそうかと姉貴の言葉に納得する。

 俺の日常は基本的に、学校へのチャリ通と病院までの電車と徒歩の往復。家に帰ればそのアミュスフィアを被り、休日はほぼ一日中、ユウキと共にVRワールドで過ごしている。そんな感じだ。

 そうなると当然、消費カロリーは減ってくるわけだが…現実に疑似的な満腹度が発生するALO内で、ユウキとちょっとご飯を食べたりするし、アミュスフィアを被る前にはあんまり大量にご飯を食べない方が良いこともあって、食べる量もまた減っているのだ。

 摂取カロリーがそれ以上に少ないとなると、合間合間に筋トレなんぞ挟んでいると、身体は段々と細くなっていく一方である。この生活に終わりが来たのならば、俺もまた体重を増加させられるだろうが、その生活が終わるということは……。

 そんな気持ちを何処かで意識しつつも、姉貴の言葉に返事をしてから、俺は久々に我が家へと戻って来た。玄関ドアを開けるや否や、親父と母さんがお出迎え…してくれたわけではなく。まず俺の視界に飛び込んできたのは、綺麗に包装された缶やら箱やらが山積みになっている様子であった。

 なんだなんだこれはと俺がそちらに目を奪われていると、こちらに顔を見せた親父と母さんが、お歳暮だと答えてくれた。そりゃそうかと一瞬納得しかけたが、なんでこんな大量に…あぁ、そういや親父、今の会社じゃ上位に居るんだったな。こんぐらいお歳暮貰えるのは普通…だろうか?

 兎に角、久し振りに舞い戻って来た我が家にて、俺は暫し家族との時を過ごしたのだった。

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 ユウキ「……」

 

 本日は大晦日。以前であれば、今日も変わらずアルファと一緒にアインクラッドの最前線に繰り出していた。でも、あの悲しくも豊かであったゲームを想いの力が終わらせた今は、勿論そういう訳では無い。

 アルファは今頃、地元で家族や友達とゆっくり過ごしているのだろうか。そんなことを思いながらお茶を一服。だが何処か、彼に会えないことにソワソワしている自分が居る。無言でクッキーを放り込んでから、ボク同様にソファーにポカンとだらけている彼も、また無言であった。

 

 キリト「……」

 

 アルファに会えないなら、アスナ達と楽しく過ごせばいいんだ!

 そう考え付いたボクは、すぐに第二十二層の森の家へと向かって行ったのだが…森の家の内部を見て、ボクは肝心なことを思い出した。アスナもまた、実家へと帰省していることを。

 如何やらユイちゃんはお昼寝タイムだったようで、小さな揺り籠に身を包めながら、気持ちよさそうに眼を閉じていた。そしてそこには、死人のように一ミリも動いていないキリトがソファに倒れていたのだ。

 そこで何となく、キリトもまた最愛の人に会えないことで、軽く精神を崩壊させてしまったのだろうことを察したボクは、ならみんなで集まればいいやとリズ達に連絡を送ったけれど…まだ返信は来ていない。みんなそれぞれ忙しいのだろう。故にボクとキリトは、こうして森の家でゆっくりとしているわけだ。

 

 ユウキ「…そんなに、アスナに会えないのが寂しいの?」

 

 キリト「…まぁな。ユウキだってそうだろ?」

 

 ユウキ「そりゃそうだけどさ…なんて言うか、キリトは表情に出過ぎだよ」

 

 キリト「そう言うユウキも似たようなもんだけどな。俺がぽかんなら、ユウキはほわんって感じだぜ」

 

 ユウキ「…?」

 

 キリトがそれこそ時が止まったかのように表情を動かさないせいで、ボクが思わずそれを訊ねてしまうと、当然想像通りの答えが返ってくる。そっくりそのまま訊ね返してきたキリトにボクが指摘してあげると、対する彼はそう答えた。でもキリト特有のちょっと抽象的過ぎる表現に、ボクははてなマークを頭に浮かべることしか出来ない。

 するとキリトが思い出したようにあっと表情を変化させてから、しかしユイちゃんを起こさぬよう、声量には気を配りながらボクに言った。

 

 キリト「そうそう、ユウキにはまだ言ってなかったんだと思うけど、一月頃には、視聴覚双方向通信プローブってメカが完成しそうなんだ」

 

 ユウキ「視聴覚双ほ…ってなに?」

 

 キリト「あぁ、詳しく言うと長々となるからな。簡単に言うと…忘年会の時に使った据え置きのカメラをもっとコンパクトにして、モバイル式に進化させた奴だな」

 

 ユウキ「へぇー、それはかなり凄いね!」

 

 続けてキリトの口から放たれた聞き慣れない単語を聞き返すと、彼は身振り手振りを使いながら小さなドームを描き、それを肩に乗せながらボクにそう言った。

 忘年会が始まる直前に、キリトの指示に従いながら、アルファが難しそうな顔でパソコンで色々と作業してくれたおかげで、忘年会は素晴らしく楽しいものになった。その時にボクがお世話になれたあのシステムも、ボクにとってはかなり画期的なものだったのだ。

 であれば、それが小型化され、キリトの想定通り肩にまで乗せられるとなればそんなの大発明だよと、ボクからすればそう思わずにはいられない。ボクのように院内から身動きの取れない患者さんや寝たきりの患者さんが、現実世界の風景をリアルタイムで味わえるとなれば、それはもう夢の機械だと思う。

 

 キリト「だからそれが完成したら、もっとアルファと一緒にリアルを楽しく過ごせるようになると思うぞ」

 

 ユウキ「それは楽しみだね~」

 

 …そう言う話を聞いてしまったからには、やっぱりまだまだ死ねないね。件の視聴覚双方向通信プローブの完成が、ボクとアルファの生活を更なる彩を与えてくれるだろうことを悟ったボクは、そんな淡く美しい希望を、この胸に抱いた。

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

 

 

 何だかんだで夏休み振りに家族と再会した俺は、ついつい話に花を咲かせてしまい、気が付くと夕食の時間がやって来た。本日の夕食は、勿論年越しそばである。

 年越しそばを食べるのは、SAOに二年間、更にALOに数か月閉じ込められていたこともあって、実に四年越しのことであった。あの濃い目のお出汁。その旨味の詰まったダシを吸い込み、一部サクサク一部しっとりとした天ぷら。そば粉の風味も損なわれていないコシのある麺。甘辛い油揚げに、歯ごたえのある蒲鉾。アクセントとして辛みの効いた刻み葱。そして〆には少しトロリとした白い蕎麦湯を…あぁ、あれは至福の時だった。

 それからは明日の予定等々を確認しつつも、夕食前だけでは話し切れなかった日々の生活を家族間で共有し合っていると、あっという間に午後十一時を迎えてしまった。

 そろそろ時間だなと、夜も更け東京以上に凍える世界と化した外へと繰り出した俺は、例の公園で皆と再会した。五人共相変わらず元気そうで、しかし彼らは俺よりも一歩早く、もう目の前に受験が控えている。是非とも頑張って頂きたい。

 

 そして俺達は、目的地へと向けて足を動かし始めたわけだが…こんな夜中の年の瀬に集合する理由など、ただ一つであろう。そう、年明けと共に、氏神様にご挨拶しに行くということだ。

 東京民には、ハッピーニューイヤーがあーだこーだと街中で大騒ぎする者達も一定数存在するらしいが、まぁ大体の人間は、神社にお参りするだろう。近くのお寺から鳴り響く除夜の鐘を耳にしながら、俺の中の煩悩を…いや、こんなに綺麗な俺の中に、煩悩なんて無いだろう…現世と隠り世を隔てる証である鳥居にて一礼。手水で心身を清めてから参拝者の列に並び、鈴緒を鳴らしてみんな揃って二拝二拍手一拝。

 彼らが何を願ったのかは知らないが、俺は……祈ったところで叶うのならば、どれ程幸せであったろうか。道は自らの手で切り開かなければならない。それが世界という物だろう。

 神社から踵を返した俺達は、帰り際に、何故こんな時まで営業しているのか、今日ぐらいは休んでも良いだろうと思う現代版万事屋に立ち寄り、適当に買い食いをした。

 そして現在、皆が帰路へと着くために、それぞれの帰宅ルートを歩んでいるわけだが…。

 

 翔太「じゃあまた今度な、歩夢」

 

 アルファ「あぁ、またな」

 

 日葵「ちょっと翔太?私には?」

 

 翔太「日葵は、会おうと思えばいつでも会えるだろ?」

 

 日葵「まぁそうだけど~」

 

 翔太「…バイバイ、日葵」

 

 日葵「ん、またね、翔太」

 

 道筋が同じこの三名の中で、一番早く家に辿り着く翔太が、ここで帰宅してしまったのだ。そして取り残されたのは俺と日葵。日葵の家までは、もうあと徒歩三分ぐらいではあるが…まぁ、何というか……気まずいな。

 五人で居る時なら気兼ねなく接していられたけど、こうして二人だけになると…うん、俺は以前に日葵をしっかり振っちゃったわけで、勿論俺自身は、別にそんなに日葵に対して態度を変えたりはしてないけど…向こうがどう思ってるかが怖い。故に気まずい。とそんな俺の内心を見透かしてか、日葵は微笑みながら俺に言う。

 

 日葵「歩夢は、大切な人を見つけられたんだね」

 

 アルファ「え?」

 

 …いやまぁ図星ではあるのだが、一体どうして日葵にはそれが解ったのかと、俺は言葉に詰まった。まさか表情に何か出ていたのかと頻りに顔のパーツを触っていると、日葵は面白そうに笑いながらまた俺に言う。

 

 日葵「良かった良かった。これで私も浮かばれるよ」

 

 アルファ「生きてるけどな」

 

 彼女のボケにはしっかり突っ込んでから、俺もまた一つ訊ねた。

 

 アルファ「そう言う日葵は、見つけられたのか?」

 

 すると彼女は、ちょっと困ったように言う。

 

 日葵「私は…幸せを見つけるのは、もう少し時間が掛かりそうかな」

 

 アルファ「…そっか。ま、頑張れよ。日葵なら基本イチコロだからさ」

 

 日葵「他人事だね~」

 

 そんな下らない会話を続けているうちに、すぐに日葵の家の前まで辿り着いた。いつの間にか気まずさも無くバイバイとお互いに手を振って、また次に会うのは春休みだろうなとそんなことを思いつつも…俺はふと、彼女を呼び止めた。

 

 アルファ「なぁ、日葵」

 

 日葵「ん?なに?」

 

 俺に呼び止められたことが意外そうに、こちらに顔を向けた彼女に、俺は一瞬、心中に迷いを巡らせたものの…意を決して、それを問うた。

 

 アルファ「もしも…もしもだ。…もしも、手に入れた幸せが、いつかは失われるって分かってたら、どうすればいいと思う?」

 

 日葵「…」

 

 …こんなことを聞いたってどうしようもないことぐらい、俺にも分かっていた。だがそれでも、俺の内心を見透かすのが上手な日葵なら、こんな問いにも答えてくれるのではないかと、或いは、既に俺の中で出ている一つの答えが、果たして正しい方向性なのかどうかを、俺に教えてくれる気がしたのだ。

 俺の難解な問い掛けに、暫し悩むように目線を泳がせていた彼女は、やがて柔和な笑みを浮かべ、ゆっくりと答えた。

 

 日葵「私だったら…今ある時間を精一杯楽しんで、沢山の幸せな記憶を作るかな。そうすれば、いつかは失われたとしても、暫くは思い出が心を温めてくれるよ」

 

 アルファ「……そっか。ありがとな」

 

 日葵「うん。それじゃあ、またね」

 

 アルファ「あぁ、またな」

 

 そして今度こそ日葵に別れを告げた俺は、そのまま駆け足に我が家へと戻って行った。玄関先で靴下を脱ぎ捨て、納戸に羽織を直してから、手洗いうがいを済ませて水分を補給し、すぐにお風呂に直行する。

 烏の行水の如く的確かつスピーディーに身体を温め終えた俺は、自室へと飛び込みベットに潜り込んだ。そして最後にアミュスフィアを装着し、リンクスタートの言葉を唱える。

 彼女の活動拠点であるVRルームを経由することなく、俺はALOへとログインした。ログイン地点は我らがマイホームの一階。ぐるりと辺りを見回すも、そこに彼女の気配は感じ取れなかった。

 がしかし、彼女がこちらの世界にログインしているのは確かなので、もしかすれば、時間も時間だから、もう眠ってしまったのかと思い、出来るだけ足音を立てないよう寝室へと向かう。

 ゆっくりと寝室のドアを開いて内部の様子を伺うと、暖色系の豆電球が部屋の中を薄暗く照らしており、ベッドの上には…君が、気持ち良さそうに眼を閉じていた。

 だけどそんな君の表情が、いつもとは違って一人で眠っているがために、何処か寂しそうに見えるのは、俺の慢心故だろうか。彼女の隣にぽすりと腰を下ろした俺は、相変わらず可愛い寝顔してるなぁ…その柔らかい頬っぺた突きてぇ…と、つい先ほど消し去ったばかりの煩悩を溢れさせていると──

 

 ユウキ「わっ!!」

 

 アルファ「うわぁぁああ!?」

 

 ──突如、スヤスヤと眠っていたはずの彼女が、いきなり大声を上げながら俺の身体に腕を回してきたのだ!

 

 その完全なる不意打ち攻撃に、勿論俺は究極的に驚き、思わずその場で腰が抜けるかと思う程に情けない大声を上げてしまった。してやったりと言った様子で俺を眺めるユウキに、これはやられたなと苦笑いを浮かべていると、彼女は笑顔で俺に言った。

 

 ユウキ「いえーい!ドッキリ大成功~!」

 

 アルファ「いや…マジで引っ掛かったぜ…」

 

 俺のその一言に、満足した様に頷いたユウキはベットから起き上がり、通常ライトで辺りを照らした。如何やら彼女は、深夜一時前だというのに、健気にも眠らずに俺を待っていてくれたらしい。…いや、ドッキリ仕掛けてきた時点で、健気かどうかは怪しいか…。

 彼女の現実世界での身体を考えると、もう眠っていないとダメだろうと言ってやりたいのだが、彼女が考え無しにこれを選択したわけではないことは、俺にも分かっている。

 

 ユウキ「いや~、もうちょっと遅かったら寝ちゃってたよ~」

 

 アルファ「悪い悪い…俺もリアルのことは済んだからさ。今からはフリーだ。…あ~、でも、明日の朝はゆっくり出来ねぇな…」

 

 ユウキ「いいよいいよ。今ここに来てくれただけでも、ボクは充分だからさ」

 

 ベットの上で腰掛けた俺達は、お互いに肩を寄せ合い、そんなありきたりな会話を重ねる。するとユウキが、また笑顔で俺に言ってくる。

 

 ユウキ「兎に角、あけましておめでとう、アルファ」

 

 アルファ「あぁ、今年もよろしくな、ユウキ」

 

 ユウキ「アルファの今年の抱負は、何なの?」

 

 アルファ「ん~…因みにユウキは?」

 

 新年最初の挨拶。それを交わし合った俺達は、今度は毎年恒例の新年の抱負を述べる時間がやってきたわけだが…俺は最近毎日が忙し過ぎて、抱負とか一切考えてなかった。ちょっとタンマと、先にユウキに抱負を述べてもらうことにした俺は、質問返しをする。対するユウキは、これまでとは少し違った仄かな笑顔で答えた。

 

 ユウキ「ボクは……生きたいな。うん、生きたい」

 

 アルファ「……」

 

 そして俺は思い出した。こうしてユウキと新年を迎える度に、俺は彼女の魅せるその確かな芯のある表情に、心を奪われてきたのだということを。

 SAO開始から約二カ月。初めて新年を迎えたその時、君は来年まで生きたいと、そう俺に言った。そして更に一年後。彼女はまた、来年まで生き抜きたいと、そう答えた。

 その当時の俺は、SAOという死と隣り合わせの日常を潜り抜け、来年まで生き延びていたいのだと、ユウキは単にそう言っているのだとばかり思っていた。だが今年になってようやく、俺は真に、その言葉の意味を理解することを出来たのだと思う。

 彼女は、己の身を蝕む病魔の手を掻い潜り続けたいのだと、そう懸命に呟いているのだ。そんな君の強さが、また俺の心が強くあろうとする原動力そのものであった。と同時に一つ。悲しくも俺は、気が付いてしまった。

 ……今年の君は…来年までと、そう言ってくれなかった。それが何を意味するのか、今日まで共に過ごしてきた俺が、分からないわけが無かった。

 しかし一方で、分からなかった。そう言った君に対して、俺は何を言えばいいのか、何をしてあげられるのか、何を伝えられるのか。今日まで君の強さに憧れ、同じく強くあろうとするために、いつしか彼女の隣に立てるようその背中を追い掛け続け、遂には未だ追い付くことの出来なかったそんな俺に、一体何が出来るのか。

 そんな自責の念とも自虐の心とも違う、名前の付けられない強い衝動が、俺の全身を駆け巡った。そして俺はその末に──ユウキを、強く抱き締めた。

 

 アルファ「……そうだな。…うん…生きような…俺も一緒に、生きるから…」

 

 強く強く、力の限り君を抱き締める。それは、抱き寄せているのか君の身体に身を委ねているのか。それとも君を包み込む為なのか、或いは何も出来ない俺が、それでも君を掴んでいたいのだと、そんな甘えた依存心故なのか。俺にはもう、自分の気持ちでさえよく分からなってしまっていた。

 

 ユウキ「…今年はもう、守ってくれないの?それとも、今年も守ってくれるの?」

 

 そんな俺の自分でも判別つかない心模様を、やはり全て受け止めるように抱き寄せてくれた君は、微笑みながらそれを訊ねてくれた。

 ……あぁ、思い返せば、俺があの世界で君を守るとそう約束したあの言葉も、君を守れるほどに強くなりたいと、そう願ったが故の己自身への誓約であったのだろう。

 今やっと、そこに辿り着けた。だからこそ俺は何度も何度も無茶を重ね、それで君に怒られて…その果てに、ようやく一つ分かったんだ。なればこそ俺は、今年こそはそれをちゃんと伝えよう。

 

 アルファ「…もう、一方的に守る必要なんて無いだろ?…だから、一緒に歩いてくれ。俺はユウキを守るから、ユウキも俺を守ってくれ」

 

 ユウキ「…うん、そうだね。…そうだったね…。じゃあさ、ボクも守るから………アルファも、守ってよね…」

 

 俺が捻り出したその答えに、何処か嬉しそうに頷いた君は……次の瞬間、普段は見せないような、何かに怯えたような瞳を、俺に向けてくれた。そして君は、そのまま俺に身を預けるよう、胸に顔を埋めた。

 

 ユウキ「……やだ……ずっと、一緒に居たいよ…アルファ…アルファ…」

 

 今にも途切れてしまいそうな、か細い声でそう呟いた君は、暫く動かなかった。俺は無言のままに、胸にジワリと温かな湿り気を感じ取りながら、今一度彼女の身体を強く抱き締める。

 

 …いつ振りだろうか。俺の目に映る君は、いつもよりも少しだけ、小さく見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、三月十七日の木曜日です。

 では、また第146話でお会いしましょう!
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