──2月14日。
それは、大いなる闘いである。
世の中の女性は、その日にこぞって、仲の良い友や職場の人間、或いは好意を寄せている誰かに、チョコを媒介として思いの丈を告白するのだ。
丹精込めてチョコを自作したり、ネットでポチっと注文したり、わざわざお高い商品を買いに行ったりと、それぞれ選ぶ手段は多種多様ではあるが、最後に目指す方向は皆同じである。日々の感謝、仲良しの証、そして恋心等々、チョコを渡す人に幸せになってもらうために、その日の準備を進めていくのだ。
対する男性は、今年こそは本命チョコを手に入れるぞと躍起になったり、友人間でチョコが何個貰えるか勝負しようぜだなんて言い合ったり、或いは、チョコなんて要らねぇしなどと素っ気ない素振りを見せつつも、何だかんだで心の中では誰かから贈り物を期待しており、その末に結局望み通りの結果に辿り着けず、人知れず心に傷を負う人たちもいるのだとか。
そんなわけで、バレンタインデーという物は、女性にとっても男性にとっても、壮絶なる一日であるとのことに、最早学会は異論がないらしく…。
であれば、ボクは何のために、彼にチョコを渡そうと思っているのか。
ALOのお家の中で、想いを込めてチョコ作りの練習に励みながらも、ボクはそんなことを考えていた。だがそんなものは、もう自明の理であろう。
ボクはアルファに日々の感謝を伝えるために、これからも仲良くして欲しいという意味を込めて、そして君が大好きなこの気持ちを贈る為に、チョコをプレゼントするだから。
正直に言うと、今年のバレンタインは、こうやって仮想世界にて自作するか、若しくはネットショッピングでリアルにおけるプレゼントにするかは、相当迷った。
もしかしたらアルファは、現物を手にする方が喜んでくれるかもしれないし、また一方で、ボクが作るチョコが食べたいのかもしれない。そこを考えていくとキリがないことを悟ったボクは、自らの力による製造過程を挟むことで、より気持ちを彼に伝えられるよう、こうして自作を決意したのだ。
とは言っても、ALOの料理はかなり簡略化されている。まずは最高の素材を集めることから始まった。
せっかくアルファにプレゼントするのに、彼にそれを手伝ってもらっては本末転倒な気がしたので、アスナやリズをはじめとする女性陣の助力を得つつ、ボクは一週間の時を掛けてようやく素材を収集し終えた。
ボクの卓越した料理スキル熟練度であれば、作成に失敗することはまず無いだろうが、それでも毎回の如く超成功出来るわけでもない。成功率をブーストする調理器具やらを集め、低価な素材で何度か練習をしながら、完璧な素材配分、調理工程、料理時間を正確に把握した。
これで下準備は終わりだ。あとはもう、ボクがどれだけアルファのことを想ってチョコを作るか否かで、成功度合いが変わって来るのだろう。さぁ当日は、ボクも頑張っちゃうぞ!
そんな意気込みを抱きながら、ボクは彼との三度目のバレンタインデーを迎えたのだが──。
「──歩夢先輩!私からのチョコ、受け取ってください!」
アルファ「おう、ありがとな」
帰還者学校の中庭。少し小柄なキュートさのある顔立ちの女の子が、軽く赤面しながら両手で包みを手渡す。そしてアルファは、それを嬉しそうに受け取る。
女子生徒が何処かへいそいそと去って行くのを暫し見送ってから、アルファはその場を後にしようとした。しかし数メートル歩いたところで、前方からまた別な眼鏡女子生徒が現れる。恥ずかしそうに差し出す小包を、これまた笑顔で受け取った彼は、また歩みを進めて行くのだ。
そしてボクは、そんな様子を、プローブから送られてくる映像にて眺めている。
ユウキ「…アルファ、モテモテなんだね…」
アルファ「…俺もこんなにチョコ貰ったの、人生で初めてなんだけどな…」
VRルーム内でソファに腰掛けたボクは、ふと思ったままのことを伝えると、彼自身もまた大層意外そうな表情で、ボクにそう言葉を返していた。
現在昼休み、アルファが女子生徒から受け取ったチョコは、既に二桁に登っていた。その内にはアスナやリズ、シリカ、ユナ、そしてキリトから…まぁ、ホントはリーファが作ったのをキリトが渡したんだけど…のチョコも含まれているが、それでもその過半数以上は、彼はボクが直接面識のない女の子からチョコを頂いているのだ。
恐らくこの流れからしてその数はこれからも増えていくだろうし、そしてその内の何人は、アルファのことが好きなのだろうか…。
…べ、別にボクは、アルファにチョコ渡さないでよ!アルファはボクのものなの!!とか言うつもりは無いんだよ?だって、周りの人たちはボクとアルファが恋人関係だってことは知らないわけだし、そもそもアルファは魅力的だから、ちょっとぐらいは仕方ないとは思ってるんだよ?だからそんなことで嫉妬したりするつもりも無いんだよ?
…でも、まぁ…なんていうのかな…アルファが毎度毎度笑顔で女の子に対応してるから、笑顔はボクだけの為に見せて欲しいよって思っちゃったりして、ちょっぴり焼き餅焼いちゃったりしてたりもするんだけどさ…。
そんなことを想っている最中にも、また一人チャレンジャーがアルファに前に立ちはだかっていた。そしてとうとうボクは、画面越しに映されるその光景を眺めながら、思わず頬を膨らませてしまう。
ユウキ「…むぅ…」
その光景を眺めるのにも、そろそろ飽きてきたボクは、少し別のことを考えることにした。
…思い返してみると、こうやってアルファとバレンタインを過ごすのは、今日で三回目なんだね。
一度目のバレンタインは、まだオウガとサツキが一緒に居てくれた時。二度目は…思えばまだあの頃は、ボクとアルファの関係がコンビだった頃だった。でもあの時ボクがアルファの為に作ったチョコには、コッソリだけど紛れもなくボクの愛情を注いでいたんだけど…果たして、彼はそれに気が付いてくれていたのだろうか。
そして三度目の今日は……決めた。もう、甘ったるくて仕方が無い程の愛を注入してあげよう。アルファはあの時、ちょっと苦めのチョコが好きだって言ってたけど、偶には甘過ぎるチョコだって美味しく感じるはずだよ…。
とそこで、途端に良いことを思い付いたボクは、一人ニヤニヤと笑みを浮かべながら、アルファはあと幾つチョコを貰うだろうかと、また別のことを考え始めたのだった。
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──28個。
それが、十八度目のバレンタインで俺が手に入れた、チョコの総数であった。その内の幾つかには、明らかに本命だろこれ…みたいな奴もあったが、残念ながらその気持ちに応えることは出来ない。俺には既に、絶対的な想いの人がいるのだから。
そんな君は今、倉橋先生との面談があるということで、通信プローブとの接続は切っている。そして現在、学校は放課を迎えた為、俺はALOにてユウキと落ち合う前にまずは通信プローブのメンテナンスを頼もうと、電算機室へ足を運んでいるのだが──。
「歩夢君、ちょっといいかな?」
アルファ「…どうした?」
「はい、チョコあげる!」
アルファ「あぁ、サンキュー」
うん、これで二十九個になっちゃったな。高等部四年の女の子からチョコを受け取った俺は、まぁこれはクッキーだから恐らく友チョコだろうと考えつつも、まさか三十個近くもチョコを貰う日が来るなど想像もしていなかったなと、そんな感慨を抱かされる。
…全く、SAOに囚われる以前は、毎年多くても6個とかだったのに、しかもその全部が友チョコ…いや、今から思い返してみれば、本当にそうだったろうか?俺の恋愛スキルが低すぎて、それを本命と判断出来なかっただけでは…?まぁ、今となってはどうでもいいか。
そんな風に雑な結論を下した俺は、辿り着いた電算機室の扉を潜ると、そこには既にキリトと…女の子が一人、居たのだ。
「あ、あの、和人君、良かったら受け取ってくれないかな?」
キリト「あ…うん、ありがとう」
有り得ない程赤面しているその子に対して、キリトが微かに笑みを浮かべそれを受け取ると、彼女はそのまま何処かへと飛び出して行った。これは凄い現場に出くわしてしまったなと思いつつも、第一声に何を言うべきか考えた俺は、彼に言う。
アルファ「…アスナに言っとこ」
キリト「そう言うアルファだって、右手にチョコクッキーぶら下げてるだろ」
キリトに真っ当な発言を為されてしまった俺は、何も言い返すことが出来ないまま、チョコの代わりにプローブを手渡す。受け取った彼は、プローブに異常が見られないかチェックしながら一つ訊ねてきた。
キリト「アルファはチョコ何個貰ったんだ?」
アルファ「…二十九」
キリト「に、にじゅっ!?」
何気なく放たれた彼の言葉に、これは多過ぎるだろうとは自分でも思いつつも、俺は小さく返事をする。当然それに驚きを示した彼は、プローブを弄ることを辞めて、目を見開きながらこちらを眺めてくるのだ。彼は一瞬口をパクパクと動かしてから、ようやく言葉を発した。
キリト「…お前、滅茶苦茶モテるんだな…二十九とか誰にも負けないぞ…」
アルファ「…いや、マジで俺もビックリしてる…まぁ、昔100個貰った奴居たしな…そいつには負けてるぜ」
キリト「それは絶対嘘だろ」
アルファ「それがほんとの話なんだよなぁ…」
キリトの言葉の通り、多分俺には、人生の中で三回あると言われているモテ期って奴が到来したんだと思う。それも恐らく、三回分纏めててだろう。そうでもなければ、こんなにみんなからチョコ貰えるわけが無いのだから。
二十九とか負けないだろとキリトは言ってくれたが、そこで俺は思い出した。二年前の今日、百個の贈り物を手にした人のことを。…それがまさかのユウキであると言えば、キリトはどんな顔をするのだろうか。
そして二年前の本日、彼女とは違って二個しかチョコを手に入れられなかった俺が、男性たる尊厳を君に跡形もなく破壊されたことを、君は知っているのだろうか。
…そう言えばあの日、俺はユウキに、男女比が偏っているのが問題だのどーだのと言い訳をしたのだが、やっぱりそれは言い訳でしかなかったらしい。だって、こうして今年の俺は、沢山のチョコを手にすることが出来たのだから。
思い返せば二年前の今日は、まだ俺とユウキは恋人関係に至っていなかった。俺の記憶の中では、あの日が昨日であるかのように思い返せるのに、もう二年の歳月が巡ってしまったのか。
俺が心の中に何処か懐古的な感情を抱いていると、プローブに特段の異常が無い事を確認し終えてくれたらしいキリトが、ニヤリと笑いながら言う。
キリト「アルファはもう、ユウキからチョコ貰ったのか?」
アルファ「…これから貰えるんじゃねぇの?キリトは?」
キリト「俺もこれからだろうな。んじゃ、アスナの所行ってくる」
アルファ「おう、メンテありがとな」
そう言ったキリトは電算機室から俺を追い出し、電灯を落として扉の鍵を閉めると、それを職員室に戻すべく一足早く階段を下りて行った。アスナの元へと向かっているからなのか、彼の足取りは非常に軽快であった。
そんなキリトに遅れて俺も、西日の落ちゆく校内を進んで行く。本日はバレンタイン。恐らくユウキは、みんなの為にALOでチョコを作ってくれているだろう。そしてそれを配りに行く筈だ。それ故に彼女は、今日は病室に来なくていいから、ALOに早めに来て欲しいと俺に言ったのだと思う。
…ユウキは、俺の為にチョコを作ってくれただろうか。作ってくれているはずだと信じてはいるが、もしユウキからチョコが貰えなかったら…俺はかなり悲しい気持ちになるだろう。と同時に、もしユウキが俺にチョコを贈ってくれたら、俺はそれだけで多大なる幸福感を得られるのだろう。
例え二十九個もチョコを手に入れようとも、君からの一つが貰えるか否かが、俺の気持ちをこうも左右してくれるのだ。誰かから貰う二十九個よりも、君からのたった一つだけが、俺が本当に手に入れたい物なのだから。
やがて辿り着いた下駄箱にて、靴とスリッパを交換した俺は、下駄箱にチョコが入ってたりしないだろうかだなんて思ったりもしたが、流石にそんなことは無かった。
ようやくチョコラッシュも終わったのか、俺が昇降口から駐輪場まで歩いて行く間には、もう誰かに呼び止められたりすることも無かった。俺はそのままチャリに跨り、ゆっくりと正門から我が家を目指して行こうとしたその時だ。
「アルファ、遅かったじゃない」
正門前にて、ふと誰かが俺に声を掛けてきた。その声は女性のもので、しかも俺が耳にしたことのある声色である。まさかと思い振り返ると…。
アルファ「み、ミト!?」
やはり彼女が居た。
…なんでミトがこんな所に居るんだ!?あぁ、バレンタインか。多分アスナ達にお菓子渡すついでに、俺にも何かくれるんだろう。
…いやそうじゃない!!ミトって確か受験生だろ?もうあと一、二週間後にはあの超有名国立大学の受験が控えてんだろ!?こんな寒い中外に突っ立って風邪でも引いたらどうすんだよ!?…と、俺は言いたいことが山々であったが、兎に角、要件を訊ねてみる。
アルファ「…こんなところでどうしたんだ?」
ミト「どうしたって…アルファにバレンタイン渡すの待ってたに決まってるじゃない」
アルファ「…うん、まぁそうだよな…」
ミト「はい、クッキーあげる」
ミトから思った通りの返事を頂いた俺は、彼女が差し出してくれたクッキーの入った袋を受け取った。
…これで三十個目か。もしタブレットが教材代わりになってくれてなかったら、鞄にチョコもこんなに入らなかっただろうな…なんて思いつつも、中に入っているクッキーは店売りかと思うぐらい上手く焼けており、しかし外包は百均でよく見るような可愛い袋で…。
アルファ「これ、手作りか?」
ミト「…うん。手作りクッキーなんて今年初めて作ってみたんだけど、味には自信あるかな」
アルファ「へぇ…なら楽しみにしとくぜ?」
ミト「お返しは期待してるわよ」
お互いに気安い言葉を交わし合いながら、ミトはここでキリトとアスナにクッキーを渡すとのことだったので、俺はお礼を述べてからその場を後にしようとする。
その瞬間ミトから、「本命チョコ方が良かった?」などと言葉が飛んで来るもんだから、俺は思わず自転車から転げ落ちそうになってしまった。その時のミトの表情と言ったら、それはもう憎たらしいぐらいに良い笑顔だった。
気を取り直し別れを告げた俺は、しばらく自転車を漕ぎ続けて、リアルの我が家であるマンションに辿り着く。
帰って来てすべきことを済ませ、椅子に座りながらアミュスフィアを被った俺は、リンクスタートの言葉を唱えた。程なくして意識を取り戻した先は、いつも通りベットの上。がユウキはまだALOに来ていないのか、いきなり抱き着かれるなんてことは無かった…のが、ちょっとだけ寂しかったりしている…。
と思ったが、そういう訳ではないらしい。一階のキッチンから生活音が響いている。恐らく、ユウキが絶賛チョコ作りに励んでいるのだろう。ちょっと味見でもしようかと、俺は一階へと向かって行った。
がしかし残念。ユウキはもう既にチョコを作り終えたようで、キッチンには何も残されていない。そこで俺がALOにやって来たことに気が付いたユウキは、パッと笑顔を咲かせながら、俺に告げる。
ユウキ「アルファ、みんなにチョコ届けに行こうよ!」
アルファ「りょーかい」
…なるほど。まずはみんなにチョコを渡してから、最後の最後で俺にチョコを渡してくれるという訳か。ユウキの意図を汲み取った俺は、二つ返事で彼女に言葉を返した。
現状ALOにログインしている奴らを確認して、そいつ等から順番にチョコをお届けすることに決定した俺達は、フレンドリストを確認してみると…。
アルファ「…ん?アルゴがログインしてるのか。珍しいな」
ユウキ「ホント!?アルゴの分も作っておいたから、居なくなっちゃう前に渡しに行こ?」
たまーに俺達に顔を出してくれる程度にしかALOをプレイしていないアルゴが、今日は珍しくも三日と言う短いスパンでALOを訪れていたのだ。
何でもアルゴは、リアルでも情報屋紛いの仕事をしているらしいので、本職に追われてログアウトしてしまう前に、俺達は急いで彼女の位置情報を確認する。
するとどういう訳か、アルゴの現在地は俺達のすぐ近くに位置しており、そこでインターホンが鳴り響く。俺もユウキも玄関まで移動してドアを開けると…そこにはアルゴが居た。
アルゴ「アー坊、ユーちゃん、ハッピーバレンタインだナ!」
アルファ「そうだな。んで、何の用なんだ?」
アルゴ「そんな冷たい言い方しないでくれヨ。オレっち、二人の為に友チョコ持ってきたんだカラ」
ユウキ「そうなの!?ありがとね、アルゴ。お返しにボクからも、チョコあげる」
アルゴ「ん、ありがとな、ユーちゃん」
さてはて何事なのか。三日のスパンで訪れたということは、単に顔出しに来たわけでもないだろう。そう思った俺が率直に訊ねると、彼女は意外にも、俺達にチョコをプレゼントしてくれるようだ。
頭のどこかで三十一個と数えながら、アルゴが差し出す二つの箱を、俺もユウキも受け取る。ユウキはアルゴのチョコと交換するように、自作したチョコをプレゼントしていた。そして何を思ったのか、アルゴは俺にニヤリと笑い掛けてから、言ったのだ。
アルゴ「アー坊は、オネーサンの本命チョコがご所望だったカナ?」
アルファ「まさか」
アルゴ「…なんでそんなに冷静なんダ?いつものアー坊ならもうちょっと慌てるダロ」
アルファ「そのくだりはもう経験済みなんだ」
ウインクなんかしちゃって、いたずらっぽく俺に笑い掛けてきたアルゴではあったが、対する俺は平静。そんな様子を訝しむようにアルゴが尋ねてくるので、誰かさんのお陰で既に免疫がついているんだと言ってやった。
するとアルゴは大層詰まらなさそうな顔をしていたのだが…一方ユウキは、俺を怪しむような視線を向けている。いや、そんな疑われるようなことはないですから。
それから俺達は、アルゴと共にキリトやらアスナやらにチョコを渡しに向かった。とは言っても、タイラやエギルは夜間にしかプレイしていないので、結局、皆にチョコを渡し終えるのは、夜ご飯を挟んだ後になってしまった。
さぁ、あとは俺がユウキからチョコを貰うだけだ。星空を眺めながらアインクラッドへと羽ばたく最中、俺はそんな風に思っていた。ふと、少し前方を飛翔していたユウキが、くるりとこちらを振り向いたかと思うと、笑顔で告げる。
ユウキ「アルファ、デュエルしよっか」
アルファ「おうとも」
ユウキがそう言ってくるものだから、もうひと踏ん張りするかと、俺は彼女の提案に従った。
…まさか、デュエルに勝てないとチョコはお預けとでも言うつもりじゃないだろうな。だったらかなり不味いんだが…まぁユウキのチョコの為だ。何とかするしかあるまい。
今となっては、月光スキルも太陽の戎具も身に付けていない俺達は、もう周囲のプレイヤーに隠すようなことも無い為、適当にプーカ領のフィールドに降り立つ。辺りを見回してもモンスターやPKの類は見当たらず、俺達はその場でデュエルを始めた。そして暫しの攻防の末、俺は呆気なく君に敗北する。
ユウキ「何だか今日のアルファ、てんでダメだったね~」
アルファ「…」
今日のデュエルに関しては、惜しいとかそう言うレベルじゃなかった。完全に全ての択をユウキに読まれ、対する俺は全くユウキの行動を読めなかった。
今日の俺が余りに歯応えが無さ過ぎたのか、消化不良気味に剣を眺めていた彼女は、俺にそんなことを言ってくる。そしてそれは、ユウキからのチョコを意識し過ぎて、頭の中が煩悩で溢れ返っていた俺には手厳しい一言であったが故に、何も言い返せない。
…だが、そんなユウキの俺に向ける瞳が、何処か面白がっているようなものに思えるのは気のせいだろうか…。兎に角、デュエルを終えた俺達は、我が家を目指して再び飛翔し始めたのだった。
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デュエルを終えてから、ボク達はすぐにお家に戻って来た。他愛も無い会話を交わし合いながら家の電気を点けて、魔法の薪ストーブをオンにし、一旦アルファと同時にソファに座り込む。一瞬、無言の時が訪れたが、ボクがすぐに言葉を続けた。
ユウキ「そう言えばアルファ…今日英語の宿題あるじゃなかったっけ?」
アルファ「あ…そうだった。やらねぇとな…」
ユウキ「頑張れ~、ボクはお茶でも入れてあげるからさ」
ボクのその一言に、課題の存在を思い出したらしい彼は手早くウインドウを展開し、英語の課題に取り組み始めた。その様子を見たボクもソファから立ち上がって、キッチンへと向かって行く。そこで二人分の紅茶を淹れてから、それをソファの前にある小テーブルに置いてあげた。
彼が難しい顔で問題を解いている中、ボクも一緒にその画面を眺めて、アルファが間違えたところは随時指摘していく。そんな感じで家庭教師紛いのことを続けることたっぷり三十分。遂に課題を終えた彼は、開放されたように大きく腕を伸ばし、肩を解す。
ユウキ「お疲れ~、今日は結構間違えたね~」
アルファ「…まぁ、そうだな…」
ユウキ「何か考え事でもしてるの?」
アルファ「…いや、そういう訳じゃ…」
ボクがそれを訊ねてみると、彼は目線を逸らすようにして曖昧に答える。その分かりやす過ぎる彼の調子を見ていると、それだけでも笑みが零れ落ちそうな内心を堪えて、ボクは一芝居打つことにした。
ユウキ「…あ…そうだ、アルファ」
ボクが思い出した素振りでそう言うと、彼はくっとこちらに目線を合わせ、ハキハキと言葉を返してくれた。
アルファ「ユウキ、どうした?」
ユウキ「えっと…」
アルファ「…」
ユウキ「アルファっていつもなら、いまお風呂の時間じゃない?お風呂入らなくてもいいの?」
アルファ「あぁ…そうだな、うん、入って来る…」
ボクのその的外れな回答に、あからさまにガックシと項垂れた様子を悟らせる彼は、そのままログアウトしていった。
そこで遂に、ボクもとうとう耐え切れなくなる。ソファにぼすりと身体を投げ出し、クッションに顔を埋めながらジタバタと手足を動かした。先程のアルファを思い出すと胸の奥がきゅんと疼き、ニタニタとした笑みが勝手に溢れ出てくるのだ。
ユウキ「にひひ~…」
…ボクは分かっている。アルファがALOにログインして以来、ずっとボクからチョコを貰えることを期待していることを。いつボクからチョコが貰えるのかが気になって、デュエルや勉強にさえ集中力を欠いていることを。
だからこそボクはこうして、意図的にチョコを渡すタイミングを遅延し…言わば彼を焦らしているのだ。そして彼は、ボクの望み通りの反応を見せてくれている。彼は彼なりに、それをボクに悟られまいと努力しているようだけど、ボクからすれば顔に書いているようなものだった。
…もう、アルファはほんとに可愛いなぁ…そんな調子じゃ、ボクいつまで経ってもアルファをいじめるの辞められないよ~…。どうしよっかな、どこまで焦らそっかな…。
などと考えているうちに、お風呂から上がって就寝準備を整えた彼が再びログインしてくる。その頃にはもう、ボクもこの気持ちを一旦抑え込み、平静のままに普段の笑顔を彼に向ける。
しばらくボク達はお互いの身体を寄せ合っていたけれど、アルファはやっぱりちょっとソワソワしていて、それを傍で見つめるボクはもう今すぐにでもこの想いを叫びたくなるけれど、そうしてしまっては計画が全て台無しだ。まだダメだよと、ボクにもアルファにも制止を掛けておく。
そして遂に、就寝時間がやって来た。
ユウキ「アルファ、そろそろ寝よっか?」
アルファ「…ん…」
…あ~、もう…ほんとのホントに限界だよ…。
そこでようやく、ボクからチョコを貰えないことを悟ったのか、最早彼はしゅんと表情を曇らせていた。ボクの言葉に短い返事をする彼を見て、胸の高鳴りが限界地点にまで達していたが…もうちょっと、もうちょっとだよ?頑張ろ?と、またしてもボクは自分と彼に、心の中でそう唱えた。
そして辿り着いた寝室。二人仲良くベットに潜り込む…前に、ボクは彼に一声掛けた。
ユウキ「アルファ」
アルファ「?」
ボクからチョコが貰えない。たったそれだけのことなのに、ここまで落ち込んでしまった彼に向けて、ボクは徐にストレージを操作すると、透明の小包を取り出した。その中には、数粒のチョコレートが入っている。どれもこれもボクの愛情が凝縮された一品で、素材も最高級であるが故に、その量は多くない。
よもやここで渡されるとは思っていなかったのか、呆けたようにボクとチョコを眺めている彼に、ボクは言った。
ユウキ「…あんなに心配そうな顔しなくても、ボクはちゃんとチョコあげるよ?」
アルファ「…ハハッ…そんな顔に出てたか…ありがとな…」
ボクが純粋な笑顔でそう言うと、彼は恥ずかしそうに笑顔を浮かべながらそう言って、ボクの差し出したチョコを受け取ろうと──
ユウキ「だ~め」
──がしかし、ボクがその直前で小包をひょいと引っ込める。えっと表情を固まらせた彼に、ボクはチョコの代わりに彼の胸元に人差し指をトンと押し当てた。僅かに仰け反るアルファを追い掛けるように顔を近づけたボクは、今度は彼に隠していた揶揄うような笑みで、小さく囁く。
ユウキ「…そんなに、ボクのチョコが欲しかったの…?」
そんなボクの表情を至近距離で見つめた彼は、一度ごくりと息を呑むと、やがて答えた。
アルファ「…あぁ…」
そんな彼に、ボクはそのいたずらな笑みを消さないまま続ける。
ユウキ「なんでそんなに、ボクのチョコが欲しかったのかな?」
すると彼は照れたように顔を赤らめてから、少し目線を逸らして口ごもった。
アルファ「……ユウキが…俺が一番チョコが欲しい相手だから…俺は、ユウキが好きだから…」
…アルファに好きだと言ってもらえる。ボクのチョコが一番欲しかったと言ってくれる。その純粋にまで率直な愛が、ボクの心をこれでもかと幸福感に浸してくれた。そしてボクは、照れちゃった君を逃がすまいと目線を追いかける。
ユウキ「その言葉が聞けて、ボクは凄く嬉しいよ。さ、そこに座って?」
アルファ「…?おう…」
ボクはアルファにこの幸せを共有しようと、それを満面の笑みで伝えてから、彼にベットに腰掛けるよう誘導した。
すると彼は、チョコが貰えなかったからか、途端に不思議そうにボクを眺めてくる…が、ボクはそれに構うことなく彼の隣に座った。そしてボクは小包を開封し、中に入っているチョコを一つ取り出す。
…このままチョコをアルファにあ~んしてあげるのも、それはそれでいいけど…今日のボクは、アルファに甘すぎる愛を注ぎ込むって、そう決めてるんだ。
だからこそボクは、愛情込めて作ったチョコを彼の口に放り込む……ことは無く、ボクの口に入れてしまった。
アルファ「え」
その時の彼は、純粋に驚いたようにボクのことを眺めていたけど…その表情はすぐに見えなくなった。だって、ボクがチョコを口の中で転がしたまま、彼に濃厚な接吻を仕掛けちゃったからだ。
アルファ「!?」
驚きを示しているであろうアルファのことなど放っておいて、ボクは強引に彼の口内に舌を潜り込ませ、彼の舌を絡めとる。いつもなら積極的に深い口吸いを仕掛けてくる彼も、この時ばかりはボクにされるがままであった。
次第にお互いの唾液が混じり合い、溶けだしたチョコの甘みがキスの甘さに上乗せされる。最早ボク達は呼吸さえ置き去りにして舌を動かし、お互いの身体を抱き締め合っていた。
そして遂に、チョコが完全に溶けてなくなり、そこでボクらもようやく長い長いキスを終えた。もう何が何だか分からない、珍しく、ボクじゃなくてアルファが、そんな蕩けた表情を浮かべている。
お酒の力が入っていない状態でアルファがこうなるのは初めてのことで、それ故にボクの気持ちもまた、青天井の高揚感に包まれていく。惚けた表情を浮かべる君の顔に手を添えて、ボクもまた最高に赤くなった顔で、ようやくそれを言葉にした。
ユウキ「…アルファがあんなに女の子にモテてるの見たら、ボクだってちょっとぐらい妬んじゃうんだからね?」
ユウキ「アルファの笑顔は魅力的なんだから。あんまりボク以外の女の子に見せちゃダメだよ?」
アルファ「……」コクッ
ボクがはにかむように笑いながら君にそう告げると、彼は無言のままこくりと頷いた。その了承に満足したボクは、また小包から一つチョコを取り出す。それを彼に見せると、彼はほんのり顔を赤らめてしまった。
…その態度からして、如何やら今日はボクに主導権を握らしてくれるらしい。チョコはあと四つもあるから、まだまだ楽しめそうだね…とそんなことを思いながら、ボクは二つ目のチョコを口に咥えたのだった。
次回の投稿日は、三月二十二日の火曜日となります。
では、また第149話でお会いしましょう!