アルファ「んじゃ、始めようぜ」
ユウキ「うん、始めよう」
現実世界では夜分、こちらの世界では夕暮れ。そんな中俺達は、いつも通り決闘を行うために、偶々通り掛かった新生アインクラッド二十四層を訪れていた。
二十四層はその大部分が水面に覆われた湖沼系フロアであり、行く先行く先で足を捕られて、攻略が難航したことは…正直余り記憶に残っていない。その原因は恐らく、その一つ上の層での出来事が、俺に多大なる影響を及ぼしたからだろう。
主街区の名は<パナレーゼ>、街全体は巨大な湖上に築かれている。水上都市と言うロマン溢れる構造は、男心をくすぐるに充分であろう。似たような構造の街で言うと、六十一層の<セルムブルグ>が挙げられるが、あちらは天然の島の上に要塞が築かれている一方、こちらは人工の島である点が相違点だろうか。
中央の巨大な島を取り囲むかの如く、四方八方至る所に小島が点在しており、それが網の目のように連結している。そんな小島の一つ、デュエルするにうってつけの島が、そこにはあったのだ。
人一人では到底抱えきれない程の直径を持つ大樹が一本聳え立つその場所で、俺達はデュエルを始めようとしていた。初撃決着モードを選択し、お互いに武器を構え、デュエル開始の合図を待つ。
最近の俺は、最早搦め手を使うことは無くなった。ただ純粋に、剣技のみでユウキに勝りたいと思う心が、俺をそうさせているのだろう。魔法も無し、翅も無し、そんな状況でユウキと闘い、そして勝つ。それが俺の最終目標とも言えるのかもしれない。
そんな俺の得物は、相変わらずの両手剣…ではない。かと言って片手剣でもなければ、カタナや片手槍でもなく、今の俺のメインアームは、バスタード・ソードであった。
ALOにおけるバスタード・ソードとは、史実通り両手剣にも片手剣にもなり得る長剣であり、片手持ちをすれば片手剣ソードスキルを、両手持ちすれば両手剣ソードスキルの一部を発動させることが出来る。先端が鋭く尖っていることもあって、細剣ソードスキルを発動できるわけではないものの、突き技もまた有効である。
つまりこの武器は、あの世界で両手剣と片手剣、そして片手槍をマスターした俺にとってはもってこいの武器なのだ。加えて俺がこの武器を扱っているのは、軽い片手剣を圧倒的な速度で振り回すユウキに対抗する上で効果覿面であることも影響しているのだが…。
勿論その利便性ゆえに、片手剣としては重く扱い辛く、両手剣としては少々軽すぎる。片手槍程上手く突きを放てない等のデメリットも存在するが、それらの多くは、SAO時代の高ステータスを引き継いだ俺には然したる障害にならなかった。両手剣からバスタード・ソードへと乗り換えて以来、ユウキも心なしか、以前よりも俺に対して攻め辛そうな印象を持っているように思える。
そしてそれはやはり、俺の気のせいでは無かった。遂に始まったデュエル。合図と共にほぼ中央で剣をぶつけ合い、お互いに剣戟を結び始めた中、お互いの剣がぶつかり合う度に、彼女は嫌そうな顔を浮かべるのだ。それは恐らく、軽めの剣を扱う彼女からすれば、片手剣にしては重過ぎる俺の剣を受け止めるのは、それなりに厳しいからだろう。
だが一方で、ユウキも相変わらずの反応速度だ。舞うような流暢さで次から次へと剣を繰り出し、ドンドンと刃が俺の身体を掠めていく。しかし、剣戟の相性自体はこちらに分があるだろうと、そこに勝機を見出した俺は、怯まず斬り合いに挑み続けた。
とうとう訪れた転機。俺のノールック足払いが、僅かにユウキの足を掠めた。体勢を崩した彼女が、俺の剣を受け流し損ね、ほんの少しばかり後ろ体重へと移行する。
アルファ「そこだっ!!」
ユウキ「!!」
その瞬間、俺は迷わずソードスキルを発動させた。発動させたソードスキルは、片手剣ソードスキル<ハウリング・オクターブ>。それは計八連撃に及ぶ超連撃であり、最初の五発は高速の突き技から始まる。
ここで俺が、一撃目の上段斬りが最速である片手剣最上位ソードスキル、<ノヴァ・アセンション>を発動させなかったことには、一つ確かな理由があった。それは、幾ら出が早いからと言っても、ノヴァ・アセンションのモーションは固定されているという一点である。
であれば…ユウキ程の反応速度を持つ者であれば、これを受け止める、或いは回避することは容易であろう。とするのならば、面ではなく点の攻撃である防御し辛い突き技で、初撃を手にしようとする選択は最適であるはずだ。
デュエル中にソードスキルを発動させるタイミングは、技後硬直と言うデメリットが存在する以上、勝利を掴み取れるその瞬間以外有り得ない。
つまり俺は、この瞬間に勝利を確信したのであった。俺の左手から放たれる突き技が、ほんの少しだけ…だが致命的に、後ろに揺れたユウキの身体を貫く……ことは無かった。
ユウキ「やあっ!」
俺の左腕から五本の軌跡が生じる寸前に、ユウキもまたソードスキルを発動させていたのだ。彼女の右手に握る細身の剣に、青紫色のライトエフェクトが集約し、短い気合いと共に剣技が放たれる。
…まさか、俺と同じソードスキルを発動させて、剣技を相殺してしまうつもりだろうか。そんなことは現実的に不可能だろうと言いたいが…ユウキであれば全然有り得る。
だが俺の予想に反して、彼女の放ったソードスキルは、疾風怒涛の速さで右斜めへと流れる。まるで一本の線を描くような軌道。しかしそれでいて、ユウキの右腕から煌めいた剣技は、超速の五連突きであった。
その威力に阻害されるように、俺の五連突きの軌道が彼女の身体から逸れていく。それでも俺のソードスキルは止まらず、六撃目の斬り降ろしモーションへと移った。
ユウキが何のソードスキルを発動させたのかは分からないが、今の彼女は恐らく、硬直状態に襲われているはずだ。なればもう俺の剣技を食い止めることは出来まい。俺は彼女に止めを刺すべく、全力で剣を振り降ろす──。
アルファ「っ!?」
がしかし、ユウキの剣技は、そこで止まることは無かった。
今度はぎゅんと左上に剣が構えられ、また目にもとまらぬ速さの五連突き。その内の二撃で俺の振り降ろしモーションは完璧に阻害され、ソードスキル発動失敗の硬直が俺を襲った。
次なる三連撃目が瞬く間に俺の胸を貫き、そこで初撃決着モードのデュエルは、ユウキの勝利で確定となる。
だが彼女はそこで終わることなく残りの二連突きも繰り出してきた。圏内であるが故に保護コードが発動し、紫色の障壁が彼女の剣を拒むも、その尋常ではない衝撃自体は俺に伝わってくる。
堪らず後方に吹き飛びそうになる身体を、俺は両足に力を込めて何とか踏ん張り切った。まるでエックス字を描くように、ユウキの剣技は俺の上半身を貫かんとするのだ。
…十連撃。ユウキの繰り出した剣技は、十連撃にも及ぶ超技であった。一体いつの間に、こんな技を開発していたのだろうか。そんな疑問と共に、俺は彼女の神技を称賛しようとしたのだが──
──ユウキの剣技は、まだ尚続いているようであった。
彼女の長剣は青紫の輝きを纏いながら、更にもう一度、今度はぐっと身体の中心に剣を引き戻される。これがとどめの一撃であるかのようにライトエフェクトが一層激しく迸り、彼女の剣線が、丁度エックス字の交差点を、ピタリと照準する。
一秒にも満たないほんの一瞬の間、剣が完全に停止したかと思うと、十一撃目が、俺の胸部の中心をどすりと貫いた。かと錯覚してしまうぐらいに、ユウキの放った剣技の威力は凄まじいものであった。
どうにか保護コードのお陰で、俺はユウキに貫かれることは無かったものの、これまでとは比較にならない程の衝撃が全身に荒れ狂い、俺は今度こそ吹っ飛んでしまった。剣技の余波によって、周囲の草木が放射状に倒れていくのと同じく、俺の身体も宙を舞い──バシャーンッ!!盛大な着水音を響かせながら、俺は見事に落水した。
彼女の素晴らしき剣技の余韻に浸りながら、俺は暫し暗い湖の底へと沈んでいく。がしかし、いやさっきの剣技は何だったんだと、それを無性に訊ねてくなった俺は、翅を広げてロケットのように水中を進み、やがて水面から飛び出した。
そして小島の中央を眺めると、ユウキは決め顔でそこに佇んでいた。俺は犬のようにブルブルと身体を震わし、身体に纏わりつく水滴を振り払ってから、彼女の所まで引き返す。
アルファ「今の技、なんだよ!?」
俺が一歩ユウキに詰め寄り、食い気味にそう訊ねると、彼女はまたドヤ顔を浮かべながら答えた。
ユウキ「ボクのOSSに決まってるじゃん!」
──OSS。それは、<オリジナル・ソードスキル>の略称である。
その名の通り、OSSは<独自の剣技>をテーマとしており、動き全てがあらかじめ設定されている既存の剣技ではなく、プレイヤー自らが編み出し、登録することのできるソードスキルとなっている。
OSSが導入されたのは、丁度アインクラッドが復活した日であった。その時にソードスキル自体も移植された訳だが、運営側のチャレンジ的な試みによって、OSSが追加されたという形である。
OSSの登録手順は非常に簡単で、ウインドウにあるOSSタブを開き、剣技記録モードの記録開始ボタンを押した後に、各人が登録したい剣技を繰り出すだけだ。それ故にOSSが導入された当初は、多くのプレイヤーたちが、自分だけの必殺技を手に入れるべく、OSSの登録手順を踏んだらしい。そして誰もが、深い挫折に見舞われたとか。
俺はその当時にALOをプレイしていなかったので、絶望に打ちひしがれるプレイヤーたちの様子を拝むことは無かったのだが…兎に角、OSSの登録システムには、明示されていない鬼畜要素があったのだ。
まずOSSは、既存のソードスキルとの抵触を認めていない。であるが為に単発技は全て既存の技とみなされ、OSSとして登録できないことはお解かりだと思う。となると、OSSは必然的に連続技に限定されることになるのも簡単に理解出来るだろう。
そして次のこれが、OSSの登録を最高難易度へと至らせた原因だ。と言うのも、記録の際に放つ剣技は、完成版ソードスキルとほぼ同等のもので無くてはならないという条件である。つまりは、本来システムアシストがあってこそ成り立つソードスキルを、アシスト無しに成し遂げなければならないのだ。
他にも、登録の際に、一連の動きでの重心移動や攻撃軌道、足の運び方等々に僅かにも無理があってはならない等の誓約もあるとはいえ、そこは問題にはならないだろう…あくまで元攻略組の基準で考えればだが…。
まぁ要するに、その二つ目の要件を突破するためには、一カ月以上に渡る反復練習を重ねる以外に方法はない。それが厳し過ぎたが故に、ほとんどのプレイヤーたちは、ロマン溢れるOSSの獲得を諦めてしまったのだ。
しかし、それでも極少数のプレイヤーはOSSの開発に腐心し、やがて成功まで漕ぎついた。そんな努力家たちは中世の剣術流派開祖に似た栄誉を手にし、<○○流>だなんてギルドやら道場やらを興した者もいるらしい。
そしてそれを可能にしたのが、OSSシステムに付随する<剣技伝承>システムだ。OSSを編み出した者は、一代コピーに限って、技の<秘伝書>を他のプレイヤーに伝授できるのである。
OSSがソードスキルである以上、勿論対モンスター戦には絶大な効力を発揮する。そしてそれだけでなく、対人戦においても、相手にその出方を予測させないという最大のメリットを有しており、無論有効であるのだ。
それ故に誰もがOSSや技の伝承を欲しており、その価値もまた莫大だ。中でも五連撃を超えるような<必殺技>クラスの秘伝書は、ALO界において最も高価なアイテムの一つとなっている。
現在俺が知っている中で、最も連撃数の多い剣技は、サラマンダー将軍のユージーンと、こちらの世界ではブラッキー先生で通っているキリトが編み出した八連撃OSSである……あったのだ、ついさっきまでは。
アルファ「……じゅ、十一連撃って、マジ…?」
ユウキ「うん、そうだよ~!でも、流石に十一連撃を作り出すのは苦労したけどね~」
…う~ん。やっぱりユウキは天才だなぁ…。
俺がどれだけこの事実に驚愕しているのか、恐らく彼女は気が付いていないだろう。俺の掠れた問いかけに、のほほんとした様子で彼女は答えるものの…うん、苦労したとかそんなレベルで済む話じゃないだろ、普通は。
幾らユウキが、アミュスフィアよりも高性能なメディキュボイドを使っているとは言え、これは明らかに本人のポテンシャルに由来している。俺が知らない所でこれを開発していたということは、多分ユウキは、俺が学校に行ってる間とかに、コツコツ頑張ってたんだろうな…努力家だな。
因みに言っておくと、俺もつい二週間ほど前に、六連撃OSSの登録に一つ成功している。とは言えまずは剣技の最適な形を模索するのに一カ月。それから型を身体に馴染ませるのに更に一カ月という果てしない苦労の末であった為、今の俺は、次なる剣技を考案する気には到底なれていない。
対するユウキは、これでOSSを創り出すのは幾つ目だろうか。ユウキがこれまで登録したOSSは、その全てが今は無き月光スキルの剣技であったが、それでも、あの動きを完璧に再現するのには、それなりの努力が必要だったと聞いている。
…だというのに、八連撃など目じゃない十一連撃。しかも今度は完全オリジナル。やっぱりユウキには、まだまだ敵いそうにないな…。
アルファ「んじゃ、もうOSSの名前とか決めてるのか?」
心の中でユウキの努力をこれでもかと称賛していた俺は、そのままそれを行動に移して、頑張ったなとユウキの頭をぽんぽんと叩いて置いた。心地よさそうに瞼を閉じている君に、そう言えばとそれを訊ねてみる。
OSSを開発する上で、それなりに苦労するのが命名であろう。俺みたいにネーミングセンスが皆無な人間だとかなり困る筈だ。
…まぁユウキは、ギルド名も上手く考えれてたし、命名についても問題無いだろう。俺の言葉にゆっくりと瞼を開けたユウキは、自信満々の表情で答えた。
ユウキ「技の名前は…<マザーズ・ロザリオ>!どう、良い名前でしょ?」
アルファ「…あぁ、良い名前だな」
ユウキが何を思ってそう名付けたのかは、正確にはよく分からない。だが恐らく、厳格なカトリック教徒であった母親を想起してその名を付けたのではないだろうかと、そんな些細な推測は出来た。
十一連撃。この技を越える剣技は、果たして今後世界に現れるのだろうか。それこそ、かつてのキリトのように二刀流を成し遂げるプレイヤーが居ればそれも可能だろうが、片手剣に限定すれば、ユウキに勝る者など遂には登場しないのではないだろうか。
と思いつつも、俺が一番、このOSSに関して彼女に言いたかったことを、ここでようやく伝訊ねることにする。
アルファ「…でも、このタイミングで公開しちまっても良かったのか?切り札じゃねぇの?」
するとユウキは、挑発するような笑みで言葉を返した。
ユウキ「いいのいいの。だって、ボクがこれをとどめで放ったら、分かったところで防げないでしょ?」
アルファ「…」
…それを認めるのはかなり悔しいが、確かにユウキの言う通りであろう。十一連撃にも及ぶ連続技、絶大な威力、圧倒的な速さ、そして極めつけは、それら全てが点での攻撃。
アタックチャンスを生み出したところでユウキがこれを放てば、相手方が敗北を逃れられる道理は無い。それに加えて、勝負の時は明日だ。対策を練って試行錯誤する時間さえも残されていない。それ故に切り札を開示しようとも、ユウキはこうして絶対的な自信を保てるのであろう…だが…。
アルファ「それは自信じゃなくて、慢心じゃねぇの?」
俺がおちょくるようにそう言うと、彼女は変わらず不敵な笑みで、俺に告げる。
ユウキ「だったら明日、アルファがボクに勝利することを楽しみにしとくよ」
──そう。明日は、第四回統一デュエル・トーナメントが開催される日だ。
二月中旬の終わり。そのある日に、ALOにおける一大イベント、統一デュエル・トーナメントが催された。
今回が第四回目であり、第三回は四月に開催された以来で、実に約十カ月ぶりに、デュエル大会が開幕することとなったのだ。
長い間このデュエル大会が開かれなかった要因は恐らく、昨年五月下旬の初め頃にソードスキルシステムが導入されたことから、魔法中心であったALOにおける戦闘形態の基本に大変革が巻き起こったが故であろう。
そして本日、超大型アップデート以来初となる統一デュエル・トーナメントには、数多のプレイヤーが参加者として、その倍以上のプレイヤー達が観客として、運営人によってアルン高原に設けられた特設巨大コロッセオに集っていた。
コロッセオの周囲には数多くの出店が展開しており、その様子はまるで、かつて七十五層でキリトがヒースクリフと立ち会った時のような、そんな印象であった。
今大会のルールは、翅を使ったエアレイドは有り、魔法スキルの使用は一切禁止、勿論バフによるドーピングは認められず、武器は各人の自由となっている。そして肝心のデュエル形式は、時間制限アリの全損決着モードであった。
とは言え今回の大会では、トーナメント参加者が体力を全損させようとも、デスペナルティは発生しないように運営が計らってくれている。
そしてなんと、この大会の決勝戦は、あの名高いネット放送局<MMOストリーム>にて生中継されるとか。そんなわけで本日は、ALOをプレイしている人間の殆どが、ここアルン高原に集合していることであろう。
デュエル・トーナメントという名前からも想像できるだろうが、今大会はBOBとは違って、予選無しの本戦スタートだ。大会参加者が想像以上に多く、トーナメント表がもう有り得ない程に長々と記載されることとなった。だが幸いにも、コロッセオの周囲にもいくつかの決闘場が用意されているので、大会の進行自体が行き詰まったりすることはない。
そして現在、デュエル大会全体は第六回戦を迎えているのだが…。
キリト「次のアルファの相手は…ユージーンか。知ってると思うけど、滅茶苦茶強いからな、あいつ」
アルファ「東ブロック激戦区過ぎるだろ…」
…正直言って俺はもう、この時点でかなり疲労が蓄積してきている。
なんと今大会、決勝戦に臨む為には、計八回もブロックを勝ち抜いて行かねばならないのだ。それだけでも、一体どれほどのプレイヤーがこの大会に参加しているのかが良く分かるだろう。
俺も一応はSAO屈指の攻略組であったのだ。本来なら、八連戦ぐらいであれば何の問題も無いはずであった。
がしかし、キリトの一言に俺がげんなりと返事をしていることから分かるように、俺の放り込まれた東ブロック下半分は、それはもう想像を絶するほどに厳しいエリアであった。
俺の第一回戦の相手はいきなりリーファ。流石全国大会に出場するほどの腕前、その剣技はALOにおいても輝いており、更に彼女はエアレイドが大の得意で、こちらもかなりの苦戦を強いられた。
それでも俺は彼女の剣を受け流し、どちらかと言えば苦手な空中戦に持ち込まれないよう文字通り地に足つけて闘うこと十五分間、何とか与えたダメージの総数判定で、この準決勝ばりに熱い戦いを勝ち抜いた。
第二回戦は身内では無かったし、何の問題も無く勝ち上がることが出来たのだが…迎えた第三回戦。お相手はクラインであった。しかもクラインの奴は何が何でも俺に勝つ気だったらしく、居合いの構えでジッと俺の出を待ち構えてきたのだ。
そうなると当然、ルール上投げナイフで牽制も出来ない俺としては、神経を張り巡らせて隙を見出そうとするより他なかった。十分近くクラインと目線での勝負を続けていた俺は、その末に先に隙を見出すことに成功し、辛くも勝利を掴むことが出来た。
続く第四回戦。今度の対戦相手はディアベルだった。彼の剣と盾を巧みに操る堅実な戦い方は、まるでヒースクリフを想起させるような硬さを誇っており、防御を崩すのに相当苦労した。ちょっとでも攻撃に意識を振り過ぎるとすぐに向こうから剣が飛んで来るもんだから、マジで面倒な戦いだった。
そして第五回戦。今度はやっと身内以外のプレイヤーではあったものの、ここまで勝ち上がって来るなれば当然猛者。片手斧を器用に使うその人との闘いで、俺はまた消耗させられたわけだ。
…いや、改めて思い返してみると、ちょっと酷過ぎる。東ブロック上半分にいるキリトが身内と闘ったのはノーチラスだけだし、西ブロックの上半分にいるユウキはリズだけだし、下半分にいるアスナはエギルだけだ。
シリカはピナが参戦出来ないため不参加。シノンは舞台で闘う都合上武器の相性が悪すぎるため不参加。ミトはそもそも秒読みで受験が迫ってるので欠席。うん、三人で誰か一人でも良いから妨害してくれ。
とまぁ、そんなこんなで絶賛疲労困憊である俺は、精神力を回復するには短すぎる休憩時間の末に、指定の舞台へと移動していく。
対する彼は既に、その無骨な舞台にやって来ていたようだ。舞台中央にて燃えるような赤の短髪を逆立て、顔立ちは猛禽のように鋭く、髪と同じく朱色のアーマープレートを身に纏った、逞しい肉体美を誇る大柄な男が、そこに威風堂々と立っている。背には巨大な剣を帯刀しており、その双眸はいつ見ても緊張感を覚えさせてくれる。
ユージーン「待っていたぞ、貴様と闘える日を」
獰猛に口元を歪めた彼は、俺にそんなことを言ってくるが、対する俺は肩をすくめ、おどける。
アルファ「俺としては、出来れば今日はご遠慮願いたかったんだけどな」
ユージーン「貴様のことは、ブラッキーからよく聞いているぞ。それ程の腕を持ちながら、シルフに与していないこともな…」
ユージーンがそう言うもんだから、俺には全く関係が無さ過ぎて忘れていたことをいま思い出した。確かシルフとサラマンダーは、お互いに敵対関係にあるらしいことだ。だがシルフ族に心まで帰属しているわけではない俺としては、無論そんなことは関係あるまい。
戦争とは往々にして、一部の輩共が自国の女子供が虐げられている映像を流し、それが敵国のせいであるとかあること無い事言いふらし、大衆を扇動して行う物である。
流石にALOでそのような手法を取っているとは思えないが、まぁ要するに、例え国と国で対立していようとも、その中に居る個人個人はそういう訳でもないってことだ。もし他国に悪感情を抱いていたりするのならば、それは果たして本当に己の心からのものなのか、それとも、真か偽か自分で確かめていない与えられた情報によって呼び起こされたものなのか、それを十分に考えてみるといいだろう。
ユージーンは徐に背中の剣を抜くと、剣先を向けて俺に言った。
ユージーン「…どうだ。貴様がここでオレに敗北した暁には、オレの部下になるというのは」
アルファ「じゃあ俺が勝ったら、お前が部下に…いや、要らねぇか」
コイツの余りに勝手な発言に、俺はユウキの騎士だから無理に決まってんだろッ!!と叫びたくなる気持ちを抑えて、代わりに挑発しておく。すると彼は、低い笑い声を漏らし──
ユージーン「クックック…いつまでその減らず口を叩けるか、見物だなッ!」
──デュエル開始の合図と共に、その魔剣を振り払って来た。
────────────────────────────
ユウキ「始まったみたいだね~」
キリト「あぁ、どっちが勝つだろうな」
首尾よく第五回戦に勝利したボクは、次なる闘いが始まる前に、アルファの第六回戦を見物しに来ていた。ボクと同じようにこの戦いの結末を見届けようとしているキリトに話し掛けると、彼がそんなことを訊ねてくるのだ。
ユウキ「ボクとしては、そりゃアルファに勝って欲しいけど…」
キリト「アイツには魔剣グラムがあるからな。そこをどう攻略するかが、勝負の分かれ目ってところか…」
<魔剣グラム>。それは、ユージーン将軍のメインウエポンであると同時に、キリトの持つキャリバーと同じくレジェンダリーウェポンに分類される伝説級の武器だ。
それ故に魔剣グラムには、<エセリアルシフト>と呼ばれるエクストラ効果が付与されている。その効果はグラムが非実体化するという物で、単純だけど強力だ。何せ、受け止めようにも刀身が透過し、こちらの防御を無効化されてしまうのだから。
キリト曰くその攻略方法は、右手の剣で一度グラムを透過させ、次いで左手の剣で受け止める…つまりは二刀流による二段の防御であるらしいが、アルファは二刀流使いではない。いつものアルファならストレージから奇策を繰り出すんだろうけど、今回はルール上それが禁止されているのだ。
となると、これはアルファにとっては厳しい戦いに…。
キリト「…おおっ!アルファ、考えたな!」
であれば、彼の考えた作戦はそれであった。武器での受け流しを諦め、ユージーンから放たれる剣技を全て回避することは基本、しかしそれだけでなく、目にもとまらぬ猛攻を仕掛けたのだ。
つまりそれは、魔剣グラムの特殊効果を発動させないよう先回りをした闘い方であった。武器の性質上、グラムが透過する際には、勿論グラムでは相手の剣を受け止めることが出来ない。それを逆手に取った彼は、攻めの姿勢を続けることで、ユージーンに特殊効果を発動する隙を与えていないのだ。
ユウキ「流石アルファだね!相変わらず頭が冴えてるよ」
でもそれは、言うは易く行うは難しを体現したようなものだ。単に攻め続けるだけでは、それは成立し得ない。常に相手の嫌がる所を、最適解を選び続け、剣を振るい続けなければならないのだ。しかしアルファは、それをやってのけたのである。
…最近ボクは思う。もし今のアルファと、メディキュボイドではなくアミュスフィアを被った状態で闘えば、もうボクは君に敵わないんじゃないかなと。ホントの実力で言うと、ボクは既に君に追い抜かれてるんじゃないかなと。
アルファはあの頃から変わらず、今なお着々と腕を磨き上げている。その証拠に、ALOでもトップクラスの実力を誇ると呼び名の高いユージーン相手に、彼は優勢の闘いを繰り広げていた。
キリト「ユウキ、そろそろ出番みたいだぞ」
ユウキ「そうみたいだね。それじゃあ行ってくるよ」
まだ彼は闘いの最中ではあったが、ボクも第六回戦の招集がかかってしまった。彼とユージーンの熱戦を最後まで見届けられないのは残念だけど、見た感じアルファの方がリードしてるし、六回戦はアルファの勝ちだと思う。
そこで一度アルファのことを考えることを辞めたボクは、自分の闘いに集中すべく意識を純化させてから、指定の舞台へと向かって行った。
「それでは只今より、第四回統一デュエル・トーナメント決勝戦を行います──」
運営体からのアナウンスに続けて、遠雷のように歓声が聞こえてくる。柄にもなくちょっとだけ緊張しているボクは、一度深呼吸を挟んでから控え室の扉を潜る。四角く切り取られたような通路を歩いて、闘技場へと向かって行く。
そして辿り着いた闘技場は、アインクラッドのボス部屋以上に広大な舞台であった。その闘技場を囲むようにして、数多の観客がボクに歓声を送っている。まるでその様子は、キリトがヒースクリフと闘っていたあの時そっくりだけど…今日の対戦カードは、キリト対ヒースクリフでは無い。
ボクが闘技場の中央にまで移動すると、そのタイミングで反対側の入り口から、一人こちらへと歩みを進めてくる。闘技場に彼が現れたことで、歓声が更に巻き起こった。
やがて彼は、ボクと同じように中央で足を止める。ボクとの決勝戦が楽しみなのか、その表情には少しばかり笑みが浮かべられていた。そしてボクもまた、彼に笑い掛けながらこう告げるのだ。
ユウキ「お互いに全力尽くそっか──」
ユウキ「──キリト」
キリト「あぁ、悔いの残らない戦いにしようぜ」
ブラッキーことキリトVS月光ちゃんことユウキ
それが、今大会決勝戦の対戦カードだ。
────────────────────────────
───負けた。
…負けた負けた負けた負けた──。
これ程にまでデュエルの敗北が悔しいと思わされたのは、一体いつ以来だろうか。俺は皆と観客席に腰を下ろしながら、深い悔恨に囚われていた。
俺が敗北したのは、第六回戦ユージーンとの闘い…ではなく、ブロック決勝戦であった。俺が相当の苦労を重ねながら辿り着いた東ブロック決勝戦の相手は、我が友キリトであった。
俺は以前からキリトと闘いたいとは思っていたので、その対戦カード自体は大いに喜ばしいものだったのだが…その結果、俺は決勝戦一歩手前で敗れ去り、ユウキとの闘いに臨むことは出来なかった。敗因を挙げていくとキリが無いが、一つ言えることは、キリトが俺よりも速くて強かった。ただそれだけだ。
…いや、だからこそめちゃくちゃ悔しい。正直なところ、キリトが二刀流を使わずともあそこまで強いとは、俺も想像出来なかった。…まぁ、SAOでアイツが二刀流使ってたのって表舞台だとマジで一瞬だったし、それ以外は片手剣オンリーだったしそりゃそうなんだろうけど…要するに、俺は慢心していたのだろう。
最近、SAOで最高の反応速度を持つと謳われたユウキといい勝負が出来てるからって、ちょっと調子に乗っていたに違いない。昨日ユウキに慢心すんなって言ったばっかなのに、俺がこの有様とは…「他人の振り見て我が振り直せ」。まさにこういうことなのだろう。
だが一方で、俺はこうも思った。今大会はユウキに誘われ、みんなも参加するからと成り行きで出場したとは言え、GGOにてユウキを斬れないことを直感的に理解した俺は、決勝に進出しようとも、ユウキと全力で闘えたのだろうかと。
アスナ「キリト君…頑張って!!」
アルファ「いや、勝つんだ!ユウキ!!」
などと心の中で反省会を開いていると、ユウキとキリトが闘技場の中央で相見えていた。その時アスナが大声でキリトに声援を送るもんだから、俺も反射的にユウキを応援すると、俺達の前の席に座るリズベットが呆れた表情で言ってくる
リズベット「そう言うのって、自分が負かされた方に勝って欲しいもんじゃないの?」
アスナ「わたしは六割ぐらいはキリト君に優勝して欲しいかな。あとの四割はユウキだけど」
そう。俺はキリトに、そしてアスナはユウキにブロック決勝戦で敗北しており、それ故にこの二人の闘いが、俺達の実質的な三位決定戦という訳でもあるのだ。
であればお互いに、自分が負けた方を応援するのが合理的ではあるが、愛情とは時に不合理を生み出すものである。俺もアスナも、お互いの想いの人を応援しないわけにはいかないだろう。
彼らの頭上に巨大なホロパネルが出現し、そこには二人のプレイヤーネームと、ご丁寧にも二つ名が記載されていた。
キリトもユウキも、この世界でもSAO時代以来の二つ名を冠せられているが、キリトは見た目からしてそれが推測出来る一方で、ユウキの二つ名に関しては、その由来を把握していない者が殆どに違いない。何せユウキの二つ名の由来は、もうこの世界には存在しないのだから。それを知っているのは、SAOサバイバーのみであろう。
デュエルの開始までのカウントと共に、二人の放つ強烈なプレッシャーが増していく。色とりどりの歓声を上げていた観客も、それに感化されるようにその口を閉じていく。
そして始まった決勝戦。ユウキとキリトの全力の剣技が、一般プレイヤーには目に負えない程の速さで繰り出された。恐らく彼らには、剣と剣がぶつかり合う音と衝撃だけが、五感情報として入ってきているに違いない。
まずはお互いに、小手調べとしての剣戟。やはりあの頃からデュエルを重ね続けたことが影響しているのか、ユウキが優勢であるように見える。
途端にキリトが翅を広げ空を舞うと、ユウキもまた同じように翅を展開し、空中戦へと移行していく。その末にキリトの猛烈な一撃がユウキの身体を捕えた。ユウキは勢いよく地へと墜ちていくも、地面で上手く受け身を取って、逆にカウンターを決めていた。
再び地上戦、次は空中戦、また地上戦…と、二人は踊るように、舞うように、剣と剣をぶつけ合いながら、時にソードスキルを入り交え、決勝戦に相応しいド派手な戦闘を繰り広げていた。
その場に居合わせた観客…いや、このライブ中継を見ている多くの人々は、息を吞んでその闘いの行く末を見守り続けた。いつまでも続いて行きそうなその剣舞。しかし闘いには、いずれ決着の時が訪れる。
お互いの体力がイエローゾーンの半ばに突入したその瞬間、二人は勝負に出た。
キリト「うおぉっ!!」
ユウキ「ッ!」
ユウキの右斜め振り降ろしを完全に読み切ったキリトは、彼女の剣を大きく弾いたその瞬間に、刀身に青い光を纏わせ、ソードスキルを発動させたのだ。
しかし…その一撃目の軌道は、全く見覚えのないものであった。それすなわち…それは彼が今この瞬間まで温存し続けていた、必殺OSSと言うことなのだろう。ユウキは剣を弾かれバランスを崩し、更には初見のOSS…これはもう、勝負は決した
──かに思えたが、そこで、俺には予想だに出来なかった事態が発生した。
なんとユウキは……キリトの剣技を、完璧に弾き切ったのだ…それも、剣技を使わずに、だ。威力のブーストされていない通常攻撃でソードスキルを弾く為には、正確にその軌道を読み取り、的確な箇所を迎撃せねばならない。
まるで不可能。しかしユウキはそれをやり遂げた。まさに神の御業。ユウキの真骨頂を目の当たりにした俺は、全身の鳥肌が立つ思いに駆られた。そして訪れたキリトの技後硬直。ユウキはそこを逃さず、あの技を発動させる。
ユウキ「やぁあああっ!!」
アメジストに輝く十の剣線。最早俺の眼にはそれしか捉えられなかった。ユウキの放ったマザーズ・ロザリオは、昨日俺に見せたものとは比べ物にならない程に、超速であったのだ。
紫色に輝く軌道が、吸い込まれるように彼の身体を貫く。一度引き戻された彼女の細剣が、格別濃いライトエフェクトに覆われ、終わりの十一連撃目が放たれた。
それを胸の中央に受けたキリトは、そのまま衝撃波に呑まれ大きく吹き飛び──彼の身体から黒炎が噴き出した。スプリガンのエンドフレイムだ。エンドフレイムが生じるということは、それすなわちキリトの体力が尽きたということ──。……つまり、それは──。
訪れた静寂。次いで闘技場の上空に浮かぶホロパネルに、「winner<Yuuki>」との表示。
そして──大歓声。その爆音のような喧騒に、暫し目を丸くしていたユウキであったが……やがてカメラに視線を合わせた。微笑みながら左目を閉じて、右腕を大きく動かし、観客に向けて勝利のピースを魅せ付ける。
ユウキ「ブイッ!」
第四回統一デュエル・トーナメント王者<ユウキ>。
その勇名は、ALO中…いや、ザ・シードネクサス全体に、大きく轟き渡った。
次回の投稿日は、三月二十四日の木曜日となります。
では、また第150話でお会いしましょう!