~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第150話 砂城の上で

 三月上旬。

 

 二月末の定期テストを乗り越え、あとはもう春休みが訪れる時を待つばかりとなった学生身分の俺は、ユウキと共に我が家のリビングでゆったりと、おやすみ前の時間を過ごしていた。

 こうしてユウキと寄り添い合い、お互いに何も話すことなく、ただ温かいココアを飲みながら過ごすこの瞬間は、俺にとってはとても大好きな時間であった。甘いココアを口に含み、それを飲み込む。ふと隣に居るユウキに目線をやると、彼女もこちらに目を合わせてくれた。

 

 アルファ「な、ユウキ」

 

 ユウキ「ん~?」

 

 アルファ「もう直ぐさ…付き合った記念日来るだろ?その日、どうする?」

 

 そして俺がそれを訊ねると、ユウキは嬉しそうに笑顔を綻ばせてから口を動かす。

 

 ユウキ「アルファ、ちゃんと覚えててくれたんだね。案外記憶力いいじゃん」

 

 アルファ「案外は余計だ。俺にとっては大切な日だからな。そりゃ当然」

 

 確か、俺とユウキが付き合い始めたその翌日、ユウキは記念日は周年記念以外覚えなくていいよと、そう大らかに言ってくれたのだ。

 俺自身、記念日を覚えられるほど要領が良く無いとは思っていたので、彼女の申し出は有難かったと記憶しているのだが…やっぱり、俺にとってあの日は特別であった。寧ろあの日を忘れる方が難しいのだと思う。

 こうしてあの日を思い返してみると…俺達もかなり初々しかったんだな。手を繋ぐだけであんなに緊張して、まだ恋人関係の距離の取り方も分かってなくて…凄い、甘酸っぱい記憶だ。

 今の俺達にはもうそこまで新鮮さは無いとは言え、緊張感無くゆったりと愛が伝えられるこの感じも、また良いのだろう…。などと俺が過去を振り返っていると、ユウキも同じように昔日を懐かしんでいたのか、少し面白そうに笑いながら言う。

 

 ユウキ「ボクとアルファって、もうずっと一緒居るのにかなりラブラブなままなんだね~」

 

 アルファ「三カ月で終わることも無かったしな」

 

 ユウキの言う通り、なんだかんだで俺はユウキと出会って四年、付き合って二年の歳月が経過したわけだが、君への愛情は一向に尽きる気配が見えない。

 巷の噂によれば、学生カップルは簡単に破綻するらしいが、俺達に至ってはそんな様子も全く無いし…もしかしてこれ、運命ってやつなのか?まぁそうじゃなかったとしても、相性は抜群なんだろうな。心も…身体も。

 と、俺の話したいことから少し路線が逸れていることに気が付き、俺は気を取り直して今一度訊ねる。

 

 アルファ「んで、話を戻すんだけど…記念日はどうしたい?何かやりたいこととかあるか?」

 

 ユウキ「…そうだね…やりたいことかぁ…」

 

 アルファ「何ならリアルでもいいぜ。今はプローブがあるからさ、行きたいとこあったら遠慮なく言ってくれ」

 

 そう。話の本題とは、俺とユウキはどのようにして記念日を過ごすのかと言うものだ。

 一緒に過ごして約四年が経過すれば、そりゃあ段々と目新しいものも少なくなってくるけど、こうしてお付き合い記念日をお祝いするのは、俺達にとっては今年が初めてだ。

 その日は勿論、俺はユウキと一緒に過ごすつもりではいるだが、であればデート先は何処にするのか、或いはそもそもデートなんてしないでいつも通りの一日を過ごすのか、そこら辺を今から二週間とちょっと先に控えている記念日に備えて打ち合わせようかと思って、こうして色々意見交換を図ろうとしているわけだ。

 キリトの開発してくれた通信プローブのお陰で、俺とユウキの行動範囲は大幅に広がった。だから例えば、街を散策したり、美術館に行ったりと、そういうことも出来るだろう。

 ユウキはかなりの長考の末に、まずは一つ答えてくれた。

 

 ユウキ「…ボクは、リアルじゃなくてこっちで過ごしたいかな。ほら、記念日のちょっと前にはさ、ボク、アスナ達と旅行に行くから」

 

 アルファ「あぁ、それもそうか。んじゃ、こっちでだな」

 

 そう言えばそうだった。ユウキは三月十日からアスナ、リズ、シリカ、リーファ、ユナの五人と、三泊四日という学生から考えるとかなりの大旅行に行く予定があった。行き先は京都らしく、ユウキは西の都を訪れたことが無いらしいので、それをかなり楽しみにしているのは俺も知ってのことだ。

 帰還者学校はなんと、三月九日から春休みに突入する。つまり彼女たちは、春休み開幕の翌日から旅行に出かけるということである。なぜ春休みがちょっと早くから始まるのかは俺も知らないが、まぁその分夏休みは少しばかり短かったので、その分を考慮するとプラマイゼロだろうか。

 因みに、リアルでは身動きの取れないユウキが如何にして旅行に行くのかと言うと、ここでまた通信プローブが大活躍するわけで…本当に、キリトには頭が上がらない。

 となると旅行を満喫したユウキは、ちょっとこっちでゆっくりしたのだろう。取り敢えず、頭の中の黒板に書かれていた現実世界と言う選択肢を消し去っておく。ならばお次は、仮想世界でどう過ごすのかという話になって来るが…その前に、ユウキが声を掛けてきた。

 

 ユウキ「あ~…ごめん、さっきの嘘だったよ」

 

 アルファ「嘘?」

 

 ユウキ「うん、ボクがこっちで過ごしたいのはね、やっぱりアルファと直接触れ合いたいからだよ」

 

 アルファ「…ん、素直だな、ユウキは」

 

 どうして君はそんなにも、ケロッとした表情でそういうことを言葉に出来るのだろうか。ユウキから受け取った率直な愛に、俺は確かに心を温めながら、この気持ちを共有しようと君の肩をぐっと寄せる。それだけで俺の内心を推し量れたのか、ユウキも心なしか嬉しそうな表情であった。そしてユウキは、二つ目を答えてくれる。

 

 ユウキ「…ま、後のことはもう、そんなに考えなくても良いんじゃないかな。行き当たりばったりでどこか観光にでも行ったりしてさ、そんな感じでいいよ」

 

 アルファ「…今のユウキ、考えるの面倒になったんだろ」

 

 ユウキ「ま、まっさか~…」

 

 アルファ「そう言うことにしておいてやる」

 

 ユウキ「あはは…アルファには隠しごと出来ないよ…」

 

 こういう時のユウキは、色々頭で考えるのが嫌になって、ぶっつけ本番に全てを託そうとしている時だ。長年彼女と共に過ごしてきたこともあって、俺はすぐにそれを見破った。試しにそれを指摘してみると、やはり図星であったようだ。ユウキは若干引き攣った笑みを浮かべていた。

 とまぁ、そんな感じで、俺達のお付き合い記念日は、かなり大雑把に計画されたのだった。

 

 

 

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 三月十一日。

 

 ボクは丁度昨日から、アスナ達と一緒に京都旅行を満喫している。

 遠い昔に、ボクも家族で旅行に行ったことはあったけど、京都の町は、ボクにとって初めて訪れる場所であった。ボクが京都府を訪れて一番驚いたことは、意外に京都も他の街と変わらないんだねってことだろう。

 勿論、金閣寺とか清水寺とかはザ・京都って感じだけど、そういう所以外は、思ったより以上に普通の街並みをしていたのだ。ボクは京都と言えば、どこもかしこも昔ながらの古民家とかが沢山立ち並んでいるものだと思ってたけど、如何やらそういう訳じゃ無いみたいなんだよ…。

 今日は朝から晩まで、アスナ達と色んな場所を観光しに行ったり、みんなに観光名所を解説してもらったり、他にも美味しそうな和食や京菓子を…まぁ、ボクはプローブから送られてくる映像しか味わえないから、みんなと一緒にご飯は食べられなかったんだけどね。あんまりみんなのご飯が美味しそうだから、ちょっとズルいなって思っちゃったりしたよ。

 そして今日一日も終わりを迎え、ボクらは大きなお屋敷に戻ってきた。なんでもこの立派な旅館は、アスナのお母さんの実家なんだって。宿泊先としてここを案内されたその時、ボクは改めて、アスナがお嬢様だってことを理解させられたな。

 みんながお屋敷で色々準備を済ませた後は、明日に備えて仲良くおやすみタイムに突入したのだ。でもやっぱり、六人も女の子が集えば、そりゃあただでは眠れない。お布団の中で顔を出しながら、夜のお喋りタイムに突入してしまった。

 結局かなり夜更かししちゃって、その末にみんなスヤスヤと眠ったその頃に、ボクはALOの世界にログインし、お家の寝室に出現する。

 

 ユウキ「ただいまー…って、もう寝ちゃったかな…?」

 

 

 彼に戻って来たことを知らせるために、ボクがそう声を掛けてみるも、ベットの一部が盛り上がっていることに気が付く。だからボクは、アルファはもう夢の世界に行っちゃったのかなと思ったんだけど…。

 

 アルファ「お帰り、ユウキ…マジで寝ちまいそうだった…」

 

 背を向けていたはずの身体がゴロリとこちらを動くと、アルファは随分と眠そうな表情で、ボクを出迎えてくれた。

 

 ユウキ「もう深夜の二時半だからね~。アルファも無理しなくてもいいのに」

 

 アルファ「…俺は出来るだけ、ユウキと一緒に眠りに落ちたいんだ…それが落ち着くから」

 

 ユウキ「一緒に眠らなくても、ボクはアルファが寝てる横で眠るよ?」

 

 アルファ「まぁそりゃそうだけど…」

 

 午前二時半。夜更かしは余り得意じゃないアルファからすれば、この時間まで起きているのはかなり辛かったに違いない。

 そんな彼はなんと、ボクと一緒に眠ることに大層ご執心のようだ。是が非でも微睡むその時にボクと手を繋いでいたいらしい。ボクに拘ってくれるその姿が嬉しくて、アルファはやっぱり可愛いなぁだなんて笑顔を浮かべつつも、彼の御望み通りボクはベッドに潜り込んであげた。

 

 アルファ「今日はどんなとこ見に行ったんだ?」

 

 すると微笑みながらボクを抱き寄せてくれたアルファは、そのままボクに話し掛けてくる。彼の質問に答えるべく今日一日の濃厚な記憶を思い返しながら、やがて答えた。

 

 ユウキ「ん~…ホントに色んな所行ったんだけど…一番記憶に残ってるのは、三年坂だね」

 

 アルファ「三年坂?」

 

 ユウキ「うん、ボクのイメージ通りの京都の街って感じで、すっごく良かったんだ」

 

 三年坂、正式名称で言えば、産寧坂。清水寺へと至るまでの参道であり、石畳や石段で構成された道に加えて、風情ある古民家が立ち並ぶその通りは、まさしくボクの想像する京都像と綺麗に合致していたのだ。その近辺には清水寺以外にも、高台寺や八坂の塔があったりと、周囲にも観光スポットが沢山あった。

 …三年坂で転ぶと、寿命が三年縮むだなんて伝承もあるのに、リズが目の前のお団子屋さんに気を取られて危うく転びそうになっちゃったのは、本当に面白かったな~…。

 

 ユウキ「アルファ、もう眠いんじゃない?」

 

 アルファ「…流石に、ちょっとな…」

 

 ユウキ「…おやすみ、アルファ」

 

 アルファ「おやすみ…ユウ…キ…」

 

 とボクが今日の出来事を振り返り、思わず口持ちを綻ばせていると、彼がウトウトと顔を揺らしていることに気が付いた。アルファはボクの話に耳を傾け、頑張って目を開けようとしているけれど、段々とその瞼は重く閉じていく。なのでボクがその背中を優しくさすっていると、彼はボクの手をきゅっと握りながら、すぐにすーすーと寝息を立て始めた。

 …アルファはどうしてこんなにも、ボクの母性を刺激してくれるのだろうか。だけどアルファはそれだけじゃなくて、ちゃんとカッコいい一面も持ってるし…うん、ギャップが凄いんだよね、アルファ。

 暫くの間、ボクはアルファの背中をさすりながら目を閉じていると、なんだかボクも眠くなってきて、次第に夢の世界へと誘われていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三月十四日。

 

 ボクはつい昨日に、とうとうアスナ達と行く三泊四日の大旅行から帰って来た。実際に京都を訪れたわけではないボクは、みんなとは違って、アルファにお土産を買って帰ることは出来なかったけど、その代わりにお土産話はたくさん用意してあった。

 旅行中の四日間は、VRルームでプローブを利用している時間が大半であったため、その間アルファと過ごす時間は寝て起きる時間ぐらいだった。

 勿論、アルファはボクのVRルームに来られるから、その気になればボクと一緒に、プローブ越しの京都旅行も楽しめた。でも彼は、「その旅行は男子禁制だろ?」と笑って、その四日間はキリトやノーチラスの男性陣と遊んでいたらしい。

 …別に男子禁制って訳じゃなかったんだけど…あ、やっぱり駄目じゃん。アルファ達には絶対に聞かせられないような話、いっぱいしたんだった…。

 

 という訳で本日十四日、ボクは実に四日ぶりに、朝から晩までアルファと共に過ごしていた。

 もうアルファとはSAO以来四年近くも一緒に過ごしてるから、彼と一緒に二十四時間を過ごすのが当たり前みたいに感じていたけれど、こうして数日間だけでも、一緒に居られる時間がめっきり減っちゃうと、どうにもこの日々が特別なものに思えてしまう。

 それに、アルファも春休みだとは言え、こうやってボクと一緒に居られる時間を捻出してくれているわけで…きっと、こうやってアルファと過ごせる時間に、ボクはいつだって有難さを覚えなくちゃダメなんだろうけど、実際には中々そうもいかない。当たり前に感謝すること。それは考える以上に難しい事なのだろう。

 

 そして今日この日、ボクはアルファと如何にして一日を過ごしたのかと言うと…特段いつもと変わりない日々だ。朝はアルファとベッドの上でイチャついて、それからお昼頃までは、アルファが春休みの課題を解いているのを眺めたり、ご飯食べたりしていた。

 お昼過ぎからは新生アインクラッドの攻略に出向いて、キリト達と一緒にフィールドボスを討伐した。そして夜になったら…とは言っても、今日は現実世界とALOの昼夜が逆転してるけど…デュエルをしてからお家に戻って来て、そして今は、また眠る前のゆったりと時間を過ごしている。そんないつも通りの過ごし方だ。

 

 因みにだけど、今日ボク達が攻略に臨んだ階層は、第三十一層だ。今月に入ったタイミングでALOにアップデートが入り、そこで新生アインクラッドの31から40層までが開放された為、今は多くのプレイヤーが三十一層の攻略に乗り出しているのである。

 そんな三十一層での思い出と言えば、やはりあの火山ダンジョンだろう。あの時はボクの不注意で、火口からダンジョン深奥へとダイブしてしまったのだ。アルファがそれを奇跡的に助けてくれたから、なんとか事なきを得たけど…うん、今思い返してみると、あれは命の危機だったよ。

 ボクとアルファが迷い込んだ火山ダンジョンは、内部構造がすっごく複雑だったせいで、結局一日じゃ脱出することは叶わなかった。それで、ボク達は安全地帯で夜を明かすことにしたんだけど…あの頃のボク達はまだ、宿屋での借り部屋暮らしだった。アルファにちゃんとしたパジャマ姿を見せるのが初めてで、ボクは凄くドキドキしていたのを覚えている。

 しかもあの時のアルファ、何を思ったのかは分からないけど、いきなりパジャマ似合ってるなとか言ってきたんだよ。その時のボク、嬉しさと恥ずかしさで心の中忙しかったんだからね?

 …布団代わりに使ったアルファのコート。アルファの匂いがしっかりついてて、落ち着く匂いで堪らなかったんだ…えへへ…。…あれ?もしかしたらボク、あの時にその性癖に覚醒したのかな…?

 それにパジャマ姿褒めてくれたってことは、もしかしてアルファって、あの時からボクに気が合ったのかな?一体いつからボクのこと好きになってくれたのか、ボク実は知らないんだよね~。

 と、ボクがまだアルファへの恋心を真正面から認識していなかった、その初々しい時期の記憶を懐かしんでいると、就寝準備を終えたらしい彼がこちらへとログインしてきた。

 

 アルファ「寝る準備出来たぜ」

 

 ユウキ「おっけー、じゃあそろそろ…寝よっか?」

 

 アルファ「…おう」

 

 時刻は午後十時半過ぎと、就寝には若干早いタイミングでボク達が寝室へと向かうその理由は、最早一つしか無いだろう。

 この四日間、ボクもアルファもそれぞれ毎日を楽しんでいたとは言え、やはりお互いに溜まるモノは溜まる。今晩における「寝る」の意味がどういうものであるのか、それはお互いに言わずもがなであった。

 ソファから立ち上がり、リビングルームを出て階段を登る。その先にある寝室の扉を開け、照明を少し暗めに絞っておいた。そしてボクは、恐らくボクと同じように欲求を募らせているであろう彼とキスを交わそうと──。

 

 アルファ「ま、そう慌てんなよ」

 

 ユウキ「!?」

 

 ──お、お預けなの!?

 

 ボクがアルファの首に腕を回そうとするも、彼はちょんと人差し指をボクの唇に添えると、ニヤッと笑いながらそう言ってくる。想定外のストップを掛けられたボクは、一体どういうことかと思わずにはいられない。

 すると彼は、ストレージから小さな箱を取り出し、それを開けた。その中に入っている物は…。

 

 ユウキ「…チョコ…?」

 

 アルファ「今日はホワイトデーだからな、お返しに」

 

 綺麗に並べられたチョコが六粒、その箱の中には入っていたのだ。続けて彼の放った一言に、確かに今日はホワイトデーだったねと、ボクはそう納得しつつも…ならアルファはどうして、このタイミングでチョコを取り出したのだろうか。なんて自問自答してみても、その答えはもう明白過ぎるものであった。

 

 ユウキ「もしかしてアルファ…ボクとのチョコキスに嵌っちゃった?」

 

 アルファ「…まぁ、そう言うことだな」

 

 ボクが悪戯っぽく笑いながらそう言うと、彼は恥ずかしそうに微笑みながら、それを肯定した。

 …あの日のアルファは本当に、ボクとのキスの虜になっていたけど…まさかここまでドハマりしてしまっているとはボクも思いもしなかった。

 でもバレンタインの時と違うのは、今日は彼から積極的にチョコキスを仕掛けたいらしいことだろう。チョコを一つ口に放り込んだアルファは、すぐにボクの唇を奪って来た。ボクと初めての夜の営みを経験して以来、アルファはどんどんキスが上手になっていて、今となってはすぐにボクの頭の中が蕩けてしまう。

 …今日のボクじゃ、全然主導権を握れる気がしないや…。アルファのリードに身を委ねることに決めたボクは、彼と久しぶりの甘い夜を過ごし始めた。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

 

 

 ──三月十九日。

 

 それは、俺とユウキが心を繋げたその日だ。

 

 あの日のことを今こうして思い返してみれば、俺はユウキのことを何も分かっていなかった。ユウキが涙を流しながら俺を拒んだわけ。それでも俺の手を掴んでくれた理由。幼く純粋な恋心しか抱いていなかった当時の俺には、君が心の内に何を思っているのかを全く推し量れなかった。

 そしてそれは、最後の最後まで変わることは無かったのだろう。だからこそ俺は、あの浮遊城と剣と魔法の世界を生き抜いた果てに、君に別れを告げられたことに疑いは無い。

 けれども俺は多くの人に支えられて君の元へと辿り着き、その末にようやく、君の心の一端を垣間見ることが出来たのだ。故に今の俺は、君の考えることは手に取るように理解出来る──

 

 ユウキ「王手!」

 

 アルファ「ぐぬぬっ…」

 

 ──のであれば、このような結果にはならなかったろう。

 

 …いや、正確に言うなれば、ユウキの考えることはそれなりには推測出来るし、また同時に彼女も、俺の考えていることはよく分かっているわけで、つまりは俺とユウキは以心伝心であることに異論は無いだろうが…勿論、ユウキの思考パターンの全てを読み取れるわけでは無かった。

 ユウキの打った一手が、遂に俺を追い詰めたのだ。俺は必死に打開策を模索するが、俺がどの手を打とうとも、一手、二手先で詰んでしまっている。これは完全に敗北したということを理解したその時、自然と口から悔しさが漏れ出すも…対する彼女は、これ見よがしにドヤ顔を浮かべている。

 午後六時過ぎのこの時間、俺達はVRルームにて将棋を指していたのだ。折角の記念日に、お前たちは一体何をしているのだと言われてしまいそうだが…これには深い訳がある。

 

 ユウキ「もう降参しなよ、アルファ詰んでるんだから」

 

 アルファ「…ま、参りました…」

 

 対局する俺の肩に、ユウキは笑顔でポンと手を掛け、降伏を要求してきた。これ以上どうしようもないことを悟った俺は、悔しいが降参させてもらうことにする。するとユウキは、また笑顔で俺に告げるのだ。

 

 ユウキ「それじゃあ、今晩のディナーはアルファの奢りだね!」

 

 アルファ「…約束は約束だからな。今日は俺の奢りだ」

 

 ユウキのその一言を聞いて、俺は堪らず将棋盤をひっくり返し、「んな約束無効だ無効!」と叫びたくもなるが…それはいけないだろう。ユウキが将棋強いのを把握しないまま勝負に挑んだ俺が馬鹿だった…。

 そう、俺達が恋人記念日に将棋を指していたワケは、ごく単純なこと、今晩の奢りを賭けていたから他ならない。

 勿論、記念日である本日、俺はユウキと朝をゆっくりと過ごした。まず午前中は、音楽の聖地であるプーカ領首都へと向かって、そこで素晴らしき歌の数々を味わった。そして昼食を食べて、お昼からはスプリガン領の遺跡に潜り込んでお宝探しをしたり、新生アインクラッドを観光したり、或いは森の家を訪れて、キリト達とお喋りしたりと…まぁ言ってしまえば、普通の一日を過ごしていた。

 しかし、いつもと違うところが一点。それは、俺達が今から、ALOでも最高にお高いレストランへと繰り出すことだろう。俺もユウキもユルドに関しては潤沢に所持しているので、であればこういう賭けも面白いんじゃないかと、ゲーム的なお遊びをしていたということだ。

 

 VRルーム内からALOの我が家へと移動してきた俺達は玄関を出ると、俺が右手を、ユウキが左手を差し出し、お互いにぎゅっと手を握る。付き合い始めてから二年の時が経過しようとも、こうして君の手を握れる幸せは薄れないし、その心地よい温かさも変わらない。また、この君へと捧げる気持ちだって、きっと、いつまでも消えることは無いだろう。

 目的の高級レストランはイグシティにあるので、俺達はそちらを目指して羽ばたき始めた。数分後、巨大な世界樹と一体化した街に降り立った。俺達はそのまま仲良く手を繋いで、かのレストランへと向かって行こうとするも…突如、オーガの如く大柄で、こんがりと焼けた肌をした大男が、俺達の前に立ちはだかった。

 そしてそのおっかない顔をした男は、背中に背負っている巨大な両手斧を振り抜く──ことは無く、その顔に似合わないにこやかな表情で口を動かした。

 

 「ユウキさん!是非我らがノーム族の専属傭兵として──」

 

 ユウキ「ボクは傭兵なんてやらないよ~。他を当たってね」

 

 しかしその申し出を呆気なく断る彼女は、右手をひらひらと揺らしながら大男に別れを告げる。

 ユウキが第四回統一デュエル・トーナメントの王者となったあの日に、ようやく周囲のプレイヤーは、ユウキのその圧倒的な実力に気が付いたのだろう。その日以来こうして、ユウキをなんとか我が種族の戦力にしようと、彼らは躍起になっている訳だが…対するユウキは、その全ての申し出をお断りしていた。

 まぁユウキの性格上、誰かの支配の下で剣を振るうというのは嫌なんだろうと、俺は勝手にそう思っていたわけだが…ユウキによるとそういう訳では無いらしい。なんでもユウキ曰く、「ボクはアルファの為に剣を振るうんだもん」だそうだ。

 …うん、俺は本当に幸せ者だと思う。これからのディナーが楽しみなのか、ルンルン気分で足を運ぶ君の横顔を眺めながら、俺はそう思わずにはいられなかった。

 そして辿り着いた、世界樹の幹をくり抜いたような木造の店に、俺達は足を踏み入れる。二名であることを伝えると、NPCウエイトレスが俺達を窓際席へと案内してくれた。その窓からは、アルン高原の広大な自然が…今はもう陽が落ちてしまっているので良くは見えないが、代わりに夜空の中できらきらと煌めく無数の星々が、俺とユウキの記念日をお祝いしてくれていた。

 

 ユウキ「な~に食べよっかな~」

 

 アルファ「好きなもん好きなだけ頼んでいいぞ」

 

 ユウキ「いいの!?やったぁー!!」

 

 ユウキはメニュー表を眺めながら、それだけでも嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべている。そんなユウキをもっと笑顔にさせたかった俺がそう言うと、彼女は無邪気にもパッと笑顔を咲かせた。

 数分掛けて注文する料理を決めたユウキは、ウエイトレスさんに料理名を次々と述べていくのだが…いや、ちょっと多過ぎませんか、それは。お財布が寂しくなっていくのを肌で感じながらも、ユウキはしっかりとデザートまで数品注文してくれたので、これで俺は破産手続開始決定となった…それは嘘だけども。

 

 ユウキ「アルファも結構食べるんだね」

 

 アルファ「そりゃあここまで来たんだからな」

 

 テーブルに大量のお皿が並べられていく中で、俺が普通に料理を注文していることに気が付いたらしいユウキは、意外そうに言ってくる。

 ALOの世界では、仮想世界とは言えども食事を摂ると仮想の満腹感が得られ、その満腹感は現実世界でもしばらく持続することはご存じだと思う。故に晩御飯をまだ食べていない俺が、こうして仮想世界でディナーを頂くのは、栄養管理上悪手であるだろう。

 しかし俺としても、折角高級レストランにやって来たのだから、ここの料理がどれだけ美味しいのか確かめてみたいし…それに、ユウキと美味しいものを食べて、その気持ちを共有し合いたいという意味もあるのだ。

 ユウキは数か月前から、段々と仮想世界でたくさん食べるようになった。エイズの進行のせいで、ユウキはメディキュボイドから出られなくなり、彼女の現実世界での栄養摂取方法は点滴。

 なればこうして、ユウキが仮想世界で空腹を満たそうとするのは当然であろう。その点を考慮すれば、メディキュボイド及びVRワールドという物は、やはり君に多大なるメリットを提供しているのだと思う。

 俺とユウキは二人揃って頂きますを唱え、食事にあり付き始めた。注文した料理はどれもこれも本当に美味しくて、お互いに料理をシェアしたりし合いながら、俺達は大いに特別な日の晩餐を楽しんだ。

 晩御飯を食べ終えると、約束通り俺が全額支払ってから外に繰り出した。そして俺達は、イグシティの展望台でゆっくりと星空を眺めてから、最後に帰路に着いた。

 そこで俺は一度ログアウトして、簡単に夕食を食べてお風呂に入ったりと、色々と寝る前にやるべきことを済ませる。布団を敷いてその中に潜り込み、アミュスフィアを被った。再びALOの世界で目覚めた俺は、安楽椅子に掛けている君を見つける。

 すると君は、疑問気にこう言った。

 

 ユウキ「さっき思ってたんだけどさ、ボク達って、今日が記念日でもいいのかな?」

 

 アルファ「どういうことだ?」

 

 ユウキ「えっと、ボクらってさ、一応一月に別れたじゃん。でもアルファがボクの所に来てくれてさ、また六月に寄りが戻ったでしょ?」

 

 アルファ「あー…」

 

 確かに言われてみれば、全くユウキの言う通りである。であるとするのならば、俺達はまだ復縁してから一年も経ってないわけで、この日を記念日と呼ぶには些か疑問が残るのでは…いや…。

 俺がソファに腰掛けると、ユウキは迷わず隣に移動してくれる。ちょこんと傍に腰掛けている君の目を見て、俺は答えた。

 

 アルファ「でもさ、俺もユウキも、内心は相思相愛だったろ?だからさ、俺達は実質的には一回も別れてないってことでいいんじゃね?」

 

 と俺が、形式ではなく実際的な意味で、今日と言う日が俺とユウキの結ばれた日であろうと言い返すと、君はアハハ!とご機嫌そうに笑い、そして言った。

 

 ユウキ「自分で相思相愛だって言うなんて、アルファは随分と自信家だね。ま、実際そうなんだけど」

 

 と君が嬉しいことを言ってくれる中で、俺は徐にメニューウインドウを開けて、アイテムストレージ欄を展開した。その中から一つのアイテムをタップし、実体化する。両手の上に出現したのは、綺麗に包装された大きな箱であった。それを見たユウキは、嬉しさと申し訳なさの混じった表情で言った。

 

 ユウキ「…もう、記念日はプレゼント無くて良いよって、ボク言ったじゃん…ボクなにも用意してないのに…」

 

 そう言ったユウキに対して、俺は変わらず笑顔で告げる。

 

 アルファ「ユウキがそう言ってくれたのは、俺だって覚えてる。だからこれは、プレゼントじゃない。俺とユウキが一緒に使っていくもんだからな」

 

 ユウキ「一緒に使う…?」

 

 俺の曖昧なひと言に、やはりその意味を理解出来なかったらしいユウキは、不思議そうにこちらを見つめていた。なので俺は、その包装を綺麗に解いていき、その箱を開ける。

 そして俺が箱の中から取り出した物は…シンプルに四つ葉のクローバー模様の刻まれた、分厚い表紙の製本だ。「それなに?」と言いた気なユウキに、俺は無言でそれを手渡すと、君はその本を捲り始める。しかし、その中身は全て真っ新。文字も絵も何一つ描かれていない。

 つまり、それは──

 

 アルファ「──アルバム。それは、俺とユウキの為のアルバムだ」

 

 ユウキ「……」

 

 アルファ「これから俺とユウキでさ、たくさん思い出作って、いっぱい記録を残そう」

 

 この日が来るまでの数週間前。俺はこの四年間を思い返して、ふと思ったのだ。俺とユウキの思い出は、当然その胸の中に大切に仕舞ってあるが、果たして形に残したことはあっただろうか、と。

 勿論、美しい記憶を頭の中だけで留めておくことも、それはそれで良いものだろう。でも俺はどうしても、君と創り上げる日々を、確かに眼に見える形で残したかったのだ。暫くの間、言葉を失ったようにアルバムを眺め続けていたユウキは、ゆっくりと、言葉を放った。

 

 ユウキ「……でも、こんな分厚いの…ボク、全部埋められないよ…」

 

 そう言ったユウキの声が、ほんの少しだけ震えているように聞こえたのは気のせいだろうか。だから俺は、今度は優しく微笑みながら、君に言葉を贈ったのだ。

 

 アルファ「…俺とユウキで、長い長い時間を掛けて…このアルバムだけじゃ収まらないぐらいに、一緒に生きていこうぜ?」

 

 俺の言葉を受け取った君は、一度大きく目を見開き、やがてその両目からポタポタと輝きを零しながら、何度も何度も、小さく頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、三月二十六日の土曜日となります。

 では、また第151話でお会いしましょう!
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