~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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Route ~Arufa~
第151話 二人の軌跡


 その日は、いつもとなんら変わりない日であった。

 

 普段通りベットの上で、朧気ながらに朝の訪れを感じ取った俺は、ゆっくりと瞼を開ける。寝室の窓から差し込んでいる陽の光は…お昼下がりといった所だろう。朝日よりは随分と、太陽は強く照り輝いていた。

 …今日のALOは、リアルと少し時間帯がズレてるのか…そこでふと、気が付く。俺が目を覚ましても、彼女から何のアクションもないということに。

 となるとつまり、今日は珍しく、俺の方が早く目を覚ましたのだろう。それを示すように、俺の後ろでピタリと背中をくっつけている君は、くーくーと可愛らしい寝息を立てていた。

 いつもは寝顔を眺められてばかりである俺は、今日こそは背中合わせに眠っている君の寝顔を拝もうと、固い決心を胸に抱いた。君を起こさないよう気を付けながら、俺は後ろを振り向いた…はずだったのだが…。

 

 ユウキ「…んん……」

 

 ユウキは猫の手で右目を擦りながら、次第に目を開け始めたのだ。君の寝顔が拝めなかった残念感半分、寝起きのキュートなユウキの姿を拝めた嬉しさ半分の、ちょっとフクザツな気分に陥りながらも、俺はユウキに朝の挨拶を交わした。

 

 アルファ「おはよう、ユウキ」

 

 するとユウキは何が嬉しかったのか、その眠たげな表情の中に笑顔を浮かべながら、挨拶を返してくれる。

 

 ユウキ「…ん…おはよ、アルファ…。珍しいね、アルファが先に起きてるなんて」

 

 そんな朝の何気ない挨拶を交えながら、俺もユウキも上掛けから這い出る。そのままベッドの背もたれに、寝起きの気怠い身体を預けて、二人で寄りかかり合う。ユウキは俺の肩にトンと頭を乗せて、俺は君の背中に腕を回し、その艶やかな黒髪を撫でる。

 …俺は、ユウキと過ごすこのなんとも言えない朝の時間が、本当に大好きだ。そりゃあユウキと過ごす時間は、どんな時でも掛け替えのないものだろうけど、その中でも俺は、こうしてユウキと寄り添い合う時間が、かなり気に入っているのだと思う。

 

 アルファ「逆に今日は、ユウキがお寝坊さんだったんじゃねぇの?」

 

 ユウキ「あ~、確かにそうみたいだね~」

 

 俺は空いている方の指でウインドウを操作し、現在時刻を確かめた。すると如何やら、今日は少々ユウキの方が寝坊してしまったようだ。俺がユウキにそう伝えると、彼女は少々恥ずかしそうに相槌を打ってくれた。

 今はまだ春休みの最中とは言え、俺も一日寝て過ごすつもりはあんまり無い。ユウキとやりたいこと、したいことが、それはもう数えきれないほどにあるのだから。

 

 アルファ「今日はどうする?朝から前線出るか?」

 

 ユウキ「どうしよっか…取り敢えず、朝ご飯食べてから決めない?」

 

 少々せっかちな俺は、いきなり今日の予定を立てようとするも、ユウキは落ち着いた答えを出してくれる。確かにそんなに焦って色々考えなくても、飯食ってからゆっくり考えればいいかと、俺はそれに納得させられた。

 

 アルファ「それもそうか。ユウキは何食べるんだ?」

 

 ユウキ「そうだね、今日はパンでも作ろっかな」

 

 アルファ「じゃあ俺の分も作ってくれよ」

 

 ユウキ「いいけど…ちゃんとリアルでも食べないとだよ?」

 

 次いで俺が朝ご飯について訊ねてみると、ユウキはパンを作ると答えたのだ。ユウキが本気で作るご飯ランキング上位に食い込んでくるぐらいに、彼女の作るパンはかなりの絶品である。是非ともそれを食したかった俺がそうお願いすると、彼女にはしっかりと釘を打たれてしまった。

 正直なところ、朝ご飯なんぞ食わずとも生きていけるだろうし、自分で作る味気ない料理を腹に詰め込むぐらいであれば、ユウキの作ってくれる愛情たっぷりのご飯で、腹も心も満たしたいというのが俺の本音なのだが…そう言われてしまっては仕方がない。

 なので、まずは俺も朝の支度をするかと、ログアウトの準備をする。

 

 ユウキ「じゃあ、またあとでね」

 

 アルファ「おう、すぐ戻ってくる」

 

 そうして一度現実世界に戻ってきた俺は、布団から這い出て、まずは乾いた口内を潤すために水分を含んだ。次に洗面所にて、まだまだ冷たい水を被る。ラッキーなことに寝癖がついていないし、頭は放置で良いだろう。今日は外に出る予定もないので、部屋着の代わりにパジャマで良しとしておく。

 では本日はどんな朝ご飯を食べようかと、一瞬そんなことを考えるも…そういや昨日の鍋の残りがあった。それと冷凍ご飯とかで問題ないだろう。だけどこの後、ユウキのパンが待っていることも考慮して、腹六分目ぐらいで終わらせておくことにするか。

 

 ふと窓の外を見やると、今日は寒空であった。空は分厚い灰色で覆われており、白い結晶が吹雪くように世界に降り注いでいる。三月下旬に雪が降ること自体は、俺の地元では珍しくないのだが…東京はそこの所どうなのだろうか。

 などと思いながらも朝食を済ませた俺は、洗い物に取り掛かる。そしてお次は掃除機を掛けたり、布団やら洗濯物を畳んだり、或いは携帯に届いているメッセージを返信したりと、なんだかんだで、小一時間ほどはリアルで過ごしてしまった。

 とは言え、俺はいつも、朝の時間はこれぐらいリアルに使っているので、ユウキも待ち惚けになっていたりはしないだろう。時刻は午前十時半過ぎと、その時間になってようやく、俺は椅子に腰かけ、再びアミュスフィアを装着した。

 

 寝室にて再出現した俺は、勢い良くベッドから飛び降りた。すばやく扉を潜り、今日のユウキが作ってくれたパンはどんな感じのものだろうかと、頭の中で期待を高めつつ、軽い足取りで階段を下りていく。

 いつもであればそろそろ、ユウキの作る料理の香ばしい匂いが、俺の鼻にまで届いてくる距離だ。がしかし、今日は一向にその気配を感じ取れなかった。ちょっと風邪気味かもしれないなと、そんなことを思いながら階段を降り切る。

 そして俺は、ユウキに話し掛けようと、君が居るであろうキッチンへと、笑顔を浮かべて視線をやった。直後──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルファ「……ゆ、ユウ…キ……?」

 

 ──硬直した。

 

 眼前に広がる光景を目にし、頭も身体も心も、俺の全てが大きく強張った。

 その光景とは……ユウキがキッチン手前で、力なくうつ伏せに倒れている様子である。その事実を目の当たりにして、俺の全身には嫌な悪寒が走ると同時に、心臓がどきんと大きく跳ね上がる。一瞬にして脳裏に様々な思いが交錯するが、一旦それを押し戻して、俺はすぐさま君の下へと駆け寄った。

 

 アルファ「ユウキ!!どうした!?どうしたんだ!?」

 

 床に倒れるユウキを抱き寄せるようにして、俺は懸命に君に呼び掛ける。そんな俺自身の声が、尋常ではない焦りを孕んでいることも、俺はまた理解していた。

 ユウキはいつもより色の薄い瞳で、何処か遠くを眺めている。俺の必死の呼びかけに、彼女は暫く答えなかったが、やがてふっと意識を取り戻したように、俺の表情に焦点を合わせた。そして君はゆっくりと、その口を動かし始める。

 

 ユウキ「……なんだか…力が入らないんだ…痛くも苦しくもないのに…」

 

 そんな君の声も、いつになく弱々しかった。俺の君を抱き締める力が、思わず強まっていく。脳裏に浮かんだ一つの可能性が、次第に確かな形へと変化していく。思わず震えてしまいそうになる声をどうにかコントロールし、俺は努めて笑顔で君に告げようとした。

 

 アルファ「…今日は、ゆっくりしような。ほら、ベッドで休めば、すぐに良くなる──」

 

 ユウキ「──アルファ」

 

 ──そう、優しい言葉を告げようとしたのに、君は俺の言葉を遮ったかと思うと、随分と穏やかな表情で、ハッキリとそれを言葉にした。

 

 ユウキ「……ボク…もう、ダメみたい…」

 

 アルファ「ん、んなわけっ……」

 

 そんなはずはない。そんなはずがないのだ。こんなにも早く、ユウキに終わりの時が来るわけが無い。HIV感染後、二十年もウイルスを抑え込んだ実例だってあるのだ。

 それに倉橋先生だって、最近ユウキの病状が安定していると、俺にそう言ったではないか。やっとまた、君に奇跡が起きたはずなのだ。有り得ない有り得ない。この世界で誰よりも生きたいと願っている君が、その時が来たなどと言葉にするわけが無いだろう!?

 だが、未だそんな希望に縋っているのは、俺の方だけであった。俺がなんとか君の言葉を否定しようとするも、ユウキは静かに言った。

 

 ユウキ「…さ、出来るだけ早く、ボクの病室に来て…それまでは、ボクも頑張るから…」

 

 アルファ「……分かった…」

 

 君の有無を言わせないその声色に、俺はもう頷くことしか出来なかった。今すぐに君の元へと向かうべく、どうにも力が入らないらしい君をソファに横たわらせてから、俺はウインドウを操作し、ログアウトボタンを押そうとする。その時になって、ユウキがふと、俺に声を掛けてきた。

 

 ユウキ「アルファ…病室まで来てくれたら、そこでもう一度だけALOに来て欲しいんだ…いいかな?」

 

 アルファ「了解だ…すぐ行くから、待っててくれ」

 

 ユウキ「…うん」

 

 ユウキの頼みごとを了承した俺は、今度こそログアウトボタンを押すと、そこからは迅速であった。

 リアルへと舞い戻ってきたその瞬間、また脳内にあらゆる思考が浮かんでは消えていく。ジワリと手汗が噴き出て、俺はユウキとは違った意味で身体から力が抜け落ちそうになった。心の器から何かが零れてしまいそうになるを懸命に堪えて、近くにあった服に着替え直すと、すぐに外へと飛び出した。

 

 三月末の午前十一時。東京の街は猛吹雪に見舞われていた。雪は厚く降り積もり、雪道対策の為されていない自転車での移動は不可能であった。なぜ今日に限って!!と気持ちばかりが先立ちそうになる感覚を覚えながらも、俺は猛吹雪の中を愚直に駆けていく。

 横吹きの降雪が露出した顔面を殴り付け、徐々に皮膚の感覚が失われ始めた。全力で駅まで走りゆく中で、息はぜぇぜぇと大きく乱れ、心臓が酷く苦しかった。…いや、この動悸の激しさは、そればかりの為ではないことも…分かってはいる。

 

 だがそんなことを考える余裕もなく、俺は駅構内へと駆け込む。衆人は俺を訝しむように振り向き眺めるが、そんなものには構っていられなかった。そこではっと気が付いた俺は、ポケットから携帯を取り出し、急いでキリト達にメッセージを送信する。

 そして俺はホームへと移動し、電車を乗り継ぎ…これ程にまで電車が焦れったく感じることは、これまでにあっただろうか。考えてみれば、タクシーやらバスやらの、他の移動手段もあったのだろう。がしかし俺には、もう君のこと以外考えられなかった。

 

 全身が雪にぐっしょりと濡れ、加えて身体中は汗に塗れ、更には乱れた口呼吸を繰り返す俺など、最早不審者以外の何者でもなかっただろう。そんな状態で遂に君の待つ病院へと辿り着いた俺は、小走りで受付窓口へと向かうと、看護師は何を言うでもなく俺に銀のプレートを託した。

 受け取った俺は早足にエレベーターに乗り込む。嘘のように長く感じる上昇の末に、最上階に到着する。再び駆け出し大きく足音を鳴らしながら、迷宮のような最上階を曲がりくねり、やがてユウキの眠る無菌室のドア前が視界に入った。

 

 ──その途端、俺は目を見開いて立ち尽くした。

 

 手前のドア。それは、俺が普段訪れるモニタールームの入り口だ。そしてその奥が、エアシールされた無菌室のドアである。そのいつもは開かずであった扉が、今は大きく開け放たれていた。

 俺の足音に気が付いたのか、中から出てきた看護師さんは、なんの変哲もないナースウェアである。それが何を意味するのかは、どこをどう見ても明らかでしかなかった。「早く中へ」、看護師さんにそう催促され、俺はよろよろと現実との距離を詰めていく。

 そして気が付く。いつもは部屋を取り囲むように並べてあった機械群が、今は左の壁際へと押しやられていることに。二人の看護師と倉橋先生は、普段通りの白衣姿のまま、中央のジェルベッドに横たわる小さな姿を見守っていた。

 俺の心がどれだけそれを否定しようとも、もう、認めざるを得なかった。遥か以前…俺が君の真実を知ったその時から、刻一刻と迫り来ていた、だが俺が怯えと共に認識することを拒否していたその時が、今日訪れてしまったのだ。

 そこでとうとう、脳内がチカチカとホワイトアウトし、瞳の焦点が合わなくなる。茫然とそこに突っ立っていた俺に、倉橋先生の低い声が聞こてきた。

 

 倉橋「よかった…間に合って」

 

 倉橋「十分前、一度心臓が停止しました。投薬と除細動によって脈拍が戻りましたが、恐らく、次は……もう…」

 

 主治医であり専門医である医師からのその一言。もう一寸の希望も残されていないという事実を、俺はまた頭に打ち付けた。

 俺はよろめきながらも、少しずつ君との距離を縮めていく。メディキュボイドの長方形部分は分離しており、頭を覆い隠す部分も後ろに倒されている。数カ月ぶりに見た君は、痛々しい程に痩せこけていた。

 …せめて、君の命が燃え尽きてしまうその前に、あの温もりを……。そんな衝動に突き動かされた俺が、君の手を掴もうとしたその時だった。

 ユウキが、かすかに頭を動かした。薄い瞼が震え、ほんの少しだけ持ち上がった。そして君は今にも消え入りそうな瞳で、一瞬、俺と目を合わせる。

 瞬間、それが天啓であったかのように、俺は君との約束を思い出した。隣に立つ倉橋先生の顔を勢いよく見やり、俺はすぐさま訊ねた。

 

 アルファ「先生、今、メディキュボイド使えますか?」

 

 倉橋「──それは、電源を入れれば…。しかし…木綿季くんも、最後は機械の外で…」

 

 アルファ「ここに来る前にユウキに言われたんです!こっちに来たら、もう一度仮想世界に来てくれって!」

 

 その問い掛けに驚いたように、こちらをジッと見つめていた先生ではあったが、俺が確かな声色でそう告げると、やがてぐっと頷いた。

 傍らの看護師さんが、再びユウキがメディキュボイドを使えるよう操作を始めたのを確認してから、俺は隣のアミュスフィアを使わせてもらうと先生に一声掛け、身を翻す。モニタールームに隣接するドアを開け、ヘッドレストの横にあるアミュスフィアを装着する。そのままシートに座り込み、と同時に、アミュスフィアを起動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我が家で覚醒した俺は、すぐに前方に視線を向ける。すると──。

 

 ユウキ「ありがと、アルファ。…さっき意識がふわっとしてさ、気が付いたら、メディキュボイドの外に出されちゃったんだ」

 

 いつもと変わらずちょこんとソファに腰掛けていた君は、えへへと笑みを浮かべながら、俺にそんなことを言った。しかしその姿には、なんとも言えない透明感が溢れ出しており、それはまるで朝露のようであった。

 今すぐに君を掴まなければ、もう次の瞬間にはふっと世界から消えてしまう気がして、俺はそんな衝迫のままに、君の身体を抱き寄せる。対する君もまた、一度俺の身体をぎゅっと強く抱き締めてから、やがて言った。

 

 ユウキ「ね、アルファ…ちょっと、連れて行って欲しい所があるんだ。お願い出来る?」

 

 アルファ「任せろ、何処にだって連れて行く」

 

 君の二つ目の願いに俺が即応すると、ユウキはくすっと笑みを綻ばしながら続ける。

 

 ユウキ「じゃあ、何処か広い場所に連れて行って欲しいな。そうだね…二十四層の、ボク達がデュエルした所とか」

 

 こくりと頷いた俺は、そのまま君の手を取った。ユウキは俺に引かれるようにソファから立ち上がろうとするも…身体に上手く力が伝わらないらしい。立ち上がり一歩踏み出そうとした末に、ゆらっと俺の身体に寄りかかってくる。

 なので俺はそのまま君を横抱きし、目の前にある大きな窓を開け、そこから大空へと羽ばたく。既に世界は、燃えるような赤き陽光に覆われていた。君に負荷が掛からないようゆっくりと、しかし素早く十五層の空を飛翔しながら、アインクラッドの外縁部を目指していく。

 そんな中君は、俺のうなじに両手を組みながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

 ユウキ「こうやって、アルファにお姫様抱っこしてもらうの、まだ二回目だね……もっと、しとけばよかったよ…」

 

 アルファ「…お姫様抱っこなんて、何回でもしてやる…」

 

 ユウキ「…アルバムも、やっぱり全然埋められなかったね…。余白ばっかりなのに…勿体ないや…。…ごめんね…」

 

 アルファ「…そんな風に、謝らないで、くれよ…アルバムだって、まだまだこれからなんだ…」

 

 そんな君の儚げな語り口を聞いているうちに、図らずも俺の喉はきつく締まり、鼻がぐずる。心の淵から何かが溢れ出しそうになるも、俺はそれを必死に食い止めながら、優しく言葉を返し続ける。

 お互いに温もりを求めるように固く身を結び合いながら、外縁部を通り抜けて九層分上昇し、遂に二十四層に辿り着いた。そのまま君の望む通りに、夕陽を受けて黄金に反射する水面を飛翔しながら、つい一カ月前ほどにデュエルをしたあの小島へと翅を動かし、ようやくそこに辿り着く。

 大地に足をつけて、翅を畳み、そこでふと君の顔を眺めると…君は穏やかな表情で、目を閉ざしていた。一瞬心臓が大きく躍動するが、君はすぐに目を開けてくれた。

 

 アルファ「着いたぞ、ユウキ」

 

 ユウキ「ん…」

 

 俺の言葉に短く返事をしたユウキは、意を決したように立ち上がる。そのまま俺の手を離し、一歩一歩ゆっくりと、島の中央に聳え立つ大樹の前へと向かっていく。そんな君が今この瞬間に、残された全ての力を振り絞っていることも、俺には痛く理解出来た。

 俺も君を支えるように隣に立ちながら、大樹の周りに咲き誇る花畑へと一緒に歩いていく。大樹の二歩手前で、君は俺を制止するように、身体の前に腕をかざした。俺がそれに従いその場で待機すると、彼女はもう一歩前に出てから、くるりとこちらに向き直る。そしてユウキは全力の笑顔を浮かべ、言ったのだ。

 

 ユウキ「ボク、アルファに渡したいものがあるんだ」

 

 アルファ「…なんだ?渡したいものって」

 

 ユウキ「えーとね……いま作るから、ちょっと待って」

 

 俺の問い掛けに曖昧な答えを出した君は、もう一度大樹に向き直ると、ウインドウを短く操作した。

 リズベット手製の愛剣を取り出したかと思うと、それを身体の正面に引き寄せる。赤い斜陽を受けた剣は、一層美しい輝きを放ちながら、大樹の幹に向かって真っすぐに構えられた。

 一瞬、ユウキの横顔が、苦痛を感じたように僅かに歪んだ。ふらっと上体が揺れたが、開いた足で踏ん張って持ち堪える。そんな君の強き意思力に見惚れるように、俺はユウキを見守り続けた。

 さわっと草原を風が渡り、止んだ。その瞬間、ユウキは動いた。

 

 ユウキ「やあっ!!」

 

 裂帛の気合いと共に、右手が閃いた。樹の幹に向かって右上から左下に、神速の突きを五発。ぎゅんと剣を引き戻し、今度は左上から右下に五発。突き技が一発命中する度、凄まじい炸裂音が鳴り響き、天をも貫く大樹全体がびりびりと震えた。

 十字に十発の突きを放ったユウキは、もう一度全身いっぱいに引き絞ると、最後の一撃を交差点に向かって突き込んだ。青紫の色の眩い光が四方に迸り、草木が放射状に吹き荒れる。突風が収まってもなお、ユウキは剣を幹に突きつけたまま、その場で静止していた。

 するとその剣尖を中心に、小さな紋章が回転しながら展開する。と同時に四角い羊皮紙が出現し、青く光る紋章を写し取ると、端から細く巻き上がっていく。ユウキが剣を戻すと、完成したスクロールはそのまま宙に漂った。ゆっくりと左手を伸ばし、彼女はそれを掴んだ。

 途端、かしゃん、と小さな音を立てて、右手から剣が零れ落ちた。そしてユウキの体がぐらりと揺れ、大地に崩れ落ちる──前に、俺がそっとその身体を支える。そのまま花畑に腰を下ろし、ユウキの体を両腕で包むように抱きかかえる。俺の瞳を見据えたユウキは、穏やかに微笑みながら言った。

 

 ユウキ「分かってたよ…ボクが倒れても、アルファは支えてくれる…って…」

 

 アルファ「…そんなの当たり前だろ…」

 

 そう囁く君の纏う雰囲気が、増々薄れていく。まさに風前の灯火。君の命が最後の輝きを放っていることが、もう時間が残されていないことが、そんなことを認めたくないというのに、ひしひしと俺の心に伝わってくる。

 そして君は、握り締めた小さなスクロールを、ぶるぶると震える左手で身体の上に置いた。やがて仄かな笑みを浮かべると、俺に告げる。

 

 ユウキ「アルファ……受け取って……。ボクの……OSS……ボクの…生きた証……」

 

 アルファ「…………だ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルファ「……嫌だ…いやっ……やだやだやだぁ…いか、ないで…居なく、ならないでぇ…」

 

 もう、堪えられなかった。

 

 遂に、俺の表情はくしゃりと歪み、両目から溢れんばかりの雫が溢れ出した。ボタボタと君の手の甲に涙を零しながら、俺は聞き分けのない子供のように泣き叫び始める。その時になってようやく、俺は心の想いを君に吐き出したのだ。

 …限界だった。例え、君の前では取り繕っていた心の内が露見してしまおうとも、言葉遣いが崩れてしまおうとも、俺は心の奥底から湧き出す衝動に耐えられなかった。

 それこそ俺が今、君からOSSを受け取ってしまえば、その瞬間に君の命が失われてしまう気がして、俺にはどうしても、君の三つ目の願いを、それを受け取ることが出来なかったのだ。

 突如として嗚咽と共に涙を流し始めた俺を見た君は、その微笑みの中に、少し困ったような表情を作った。

 

 ユウキ「どう…したの…?いつもの…アルファらしく、ないじゃん……」

 

 アルファ「おれらしさ、なんて、いらないからぁ……死なない、でよ…もっと、一緒に居てくれ……おれやだよぉ……」

 

 ユウキ「…そんなに…言われると…辛くなっちゃうなぁ…」

 

 …もう、何でも良かった。君を引き留められるのであれば、俺がどんな醜態を晒そうとも、体裁が崩れさろうとも一向に構わなかった。ずっと心の奥底で燻っていた想いを、ひたすらに君に伝え続ける。だがそれは、余りに遅すぎた。

 いつまでもOSSを受け取ろうとしない俺に、君は弱ったような笑顔を浮かべたまま、その右手をゆっくりと俺の頬にあてがう。柔らかな指で、目尻から零れ出す水滴を拭おうとしてくれる。でも、涙はどうしても止まらない。滲む視界の中で、ユウキは優しく優しく、俺を慰めてくれている。

 

 ユウキ「…ボクは…アルファに……受け取って欲しいんだ…。…じゃない、と…ボク、困っちゃうな……」

 

 そこまで君に言われて、俺は変わらず大粒の涙を流しながらも、辛うじて頷き返した。左手でウインドウを操作し、OSS設定画面を開ける。ユウキの手をそっとウインドウの表面に置くと、その手に握られたスクロールが消滅した。

 それを見たユウキは、満足そうなため息と共に、俺を眺める。そして君が俺に何かを伝えようと、口を動かそうとした寸前だ。どこからか、微かな飛翔音が聞こえてきたのだ。…しかもそれは一つではない。様々な種族の翅音が幾つも入り混じり、荘厳なパイプオルガンの如き反響音を創り出している。

 

 ユウキ「…見て……アルファ…すごいよ……妖精たち……あんなに、たくさん……」

 

 ユウキが弱々しく指差す方角を、俺も涙に汚れたまま眺めると、外周部の四方八方から、赤いリボンや緑のリボン…ALO九種族の大集団が、それぞれのリーダーに率いられ、一直線にこちらへと向かっていた。

 その少し前にはキリト達が羽ばたいており、一足早く島に辿り着くと、それぞれ一度ずつユウキの手を握って、俺達を囲む。その後ろに控えるように、各種族のプレイヤー達もまたユウキを取り囲んだ。

 きっと、キリト達が計らってくれたのだろう。だがそんなことに感謝を告げられない程に、俺は引っ切り無しに嗚咽を漏らし、君の透明感が増していくにつれて、抱き寄せる力を強めてしまう。

 一度、自発的に眼を瞑ったユウキは、何度か深く息をついてから、再び真っ直ぐ俺を見つめた。すうっと大きく息を吸い、最後の力を振り絞るかのように、途切れながらもはっきりとした声で、話し始めた。

 

 ユウキ「ずっと…ずっと、考えてた。死ぬために生まれてきたボクが……この世界に存在する意味は、なんだろう……って。何も生み出すことも、与えることもせず…たくさんの薬や、機械を無駄遣いして……周りの人たちを困らせて……自分も悩み、苦しんで……その果てに、ただ消えるだけなら、今この瞬間にいなくなったほうがいい……何度も何度もそう思った…。なんで……ボクは……生きてるんだろう……って……ずっと……」

 

 切れ切れではあるが、純粋な意思を孕んだ君の声が、島中に木霊する。君はかつて、城の終わりでも似たようなことを言っていた。いつ振りかに聞くその命題に、俺は今度こそ、泣きじゃくり、途切れ途切れになりながらも、確かな答えを君に告げたんだ。

 

 アルファ「そんなこと…無いっ…。…俺はユウキに、たくさんたくさん与えてもらったんだ……俺に愛を、教えてくれたんだっ……無駄遣いなんてしてない…ユウキが頑張ってるから、メディキュボイドだって……だから…だからっ、そんな言い方、しないで、くれ…よ……」

 

 俺の泣き叫びに、ユウキは穏やかな表情でこくりと頷くと、言葉を続ける。

 

 ユウキ「そう、だね…。ボクにとっての生きる意味……それは最後まで、アルファ……だったよ……。アルファだけが…ボクにとっての、生きる意味だったんだよ…」

 

 ユウキ「でも……それと、矛盾するようだけどね……ボクはもう一つ、だけ…いま、見つけたんだ……聞いてくれる……?」

 

 アルファ「聞く…聞くからぁ……」

 

 ユウキ「意味、なんて……なくても……生きてて、いいんだ……って……。だって……最後の、瞬間が、こんなにも……満たされて……いるんだから……。こんなに……たくさんの人に……囲まれて……大好きな人の、腕のなかで……旅を、終えられるんだから……」

 

 アルファ「終わり、だなんて言わないで、くれ……おれは、ユウキが居ないと、いやだ……ユウキが居ないと、ダメなんだ……だからぁ…おれとお別れしないでぇ……」

 

 ユウキの見つけ出したもう一つの答え。君はそれをゆっくりと、しかし心の奥底に伝わるような芯のある声色で、告げてくれた。それを聞いた俺は、また激しく噎び泣き始める。

 すると君は、残された命の最後の一滴を燃やすようにして、君を抱きかかえる俺の右手をきゅっと握り締めた。名残惜しそうに笑いながら、俺に告げる。

 

 ユウキ「アルファって……いつの間に…そんなに、泣き虫になったのかな……ボクの悪い癖、移しちゃったかな……」

 

 終わる、終わる。終わりの時がいま来たる。今際の輝きが、君を包み込む。泡沫のような光が溢れ出し、空に消え入る。直感的にそれを理解した俺は、一層泣き叫び、君を固く抱き寄せた。

 

 アルファ「お願い……お願いだからぁ……やだぁ…やだよぉ……お願いお願いっ…もっと…ずっとっ…一緒に、居てくれよぉ……」

 

 …これが、最後だよ。そう言わんばかりに、その顔に今一度満面の笑みを浮かべた君は、しかし微かに震えた声で、俺に四つ目の願いを届けた。

 

 ユウキ「最後の時は……笑顔で居ないとだよ……?さ、笑って…アルファ……。最後に…ボクの、大好きなっ……アルファの笑顔……見せて、欲しいな……」

 

 アルファ「…うん…うんっ…うんっ…」

 

 君の最後の願いをかなえるべく、俺は繰り返し頷きながら、溢れ出す涙を拭って、でもやっぱり涙は止められなかった。俺は泣き顔のまま、無理矢理口角を上げて笑みを浮かべる。

 きっとそれは、これまでの中で一番酷い笑顔だったはずだ。それでも君は、それに満足したかのように、唇に微笑みの形を作った。瞬間、君の白い頬を伝って一筋の雫が滴り、やがて君は、瞳をゆっくりと閉ざした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞼をそっと閉ざした君は、そのあとすぐに、全身から泡のような光を放った。そして輝きは夕焼けに混じり、ふっと世界から消えてしまった。

 その残照を追い掛けるように、俺はその場で即時ログアウトし、現実世界にて意識を取り戻す。アミュスフィアを外すその前から、両目からは止めどなく温かい何かが伝い続けていた。

 アミュスフィアをシートの上に置いたまま、俺はふらふらと、涙で歪んだ扉の向こうへと歩いていく。一歩、一歩、気の遠くなるような歩みを進め、やがて君の元へと辿り着く。

 最期を看取った倉橋先生、看護師さん、その誰もがその目尻を滲ませており、俺もまた嗚咽を漏らしそうになった。しかしそれを堪えて、俺は君の手を、そっと握った。

 …初めて握る君の手は、しかし懐かしい肌触りで、その温もりも俺は良く知っていた。でも……その温かさが、徐々に徐々に、失われていくのを感じ取れる。血液が巡る温もりは、もう二度と君の手には宿らない。

 そして俺は、明瞭に認識した。君の命が、完全に燃え尽きてしまったことを。もう堪えられず、その場で噎び泣きながら、へなへなと足の力を抜いた。活力の元が根こそぎ失われ、もう身体は僅かにも動かすことが出来ない。しかし俺は、残り火をどうにか小さな炎に変えて、呪文のように、断続的に言葉を唱え続けた。

 

 アルファ「……ユウキ……ユウ、キ……ゆうき……ゆう、きぃ……」

 

 白いタイルに座り込んだまま、俺は涙ながらに何度も何度も君の名前を呼び、君の手を両手で包み込み続けた。

 

 だが君は、もう応えることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リズベット「アルファ、今日みんなで、かなり面白そうなクエスト挑むんだけど、あんたも来る?」

 

 アルファ「ん~…悪い、今日はやめとく」

 

 アスナ「…そっか、じゃあ、また明日ね」

 

 アルファ「おう、また明日な」

 

 放課後を迎えた校内は、どこかのびのびとした喧噪に包まれていた。俺もそんな雰囲気の中で、ゆっくりと帰りの支度を済ませてから、クラスメートに別れを告げる。ふいとリズベットに呼び止められ、遊びに誘われるも、俺はやっぱりそれを断る。

 ひらひらと二人に手を振ってから駐輪場に移動した俺は、そろそろ陽が沈みそうな町を、チャリでゆったりと走り去っていった。数十分掛けて家に辿り着き、手洗いうがいを済ませると、俺は何をするでもなく、抜け殻のようにただ床に寝転がる。

 

 …君が居なくなって、もう二週間の時が経った。その間には、彼女の告別式があったり、新学期が始まってしまったりと、本当に目まぐるしかった。

 そして俺の生活は、大きく変容した。以前であれば、四六時中アミュスフィアを被っていたけれど、今の俺はもう、ほとんどアミュスフィアを被ることは無くなってしまった。

 俺がこうして寝そべっていると、机の上に置きっぱなしの通信プローブから、「そんな時間勿体無いよ?どっか行こうよ、アルファ!」と、君が元気な声を掛けてくれる気がしなくもない。俺は未だ、君が世界から消えてしまったという実感を抱けずにいるのだ。

 だがアミュスフィアを被れば、そんな不思議と甘い感覚は消え去る。あそこは俺とユウキの家なのに、家の中の何処を探しても君を見つけ出すことは出来なくて、やけに広く感じるあの空間が、俺にそれを深く実感させるのだ。

 そして俺は、人知れず涙を溢れさせてしまう。君との楽しい思い出がたくさん詰まったあの家を、そんな悲しみの記憶に塗り潰したくはなかった。それ故に俺は、アミュスフィアを被る機会がめっきり減ってしまったのだと思う。

 

 特段やりたいこともやるべきことも見失っていた俺は、徐に立ち上がると、携帯やら財布やらの最低限の物を身につけて、外へと繰り出した。自転車を走らせ、駅へと向かっていく。電車に乗り込み何度か乗り換えるも、今の俺が目指す場所は、君が居た病院ではない。

 電車から降りた俺は、そこからロータリーでバスに乗って、目的地へと揺られていく。最寄りのバス停で降りて、そこからは徒歩で移動した。

 やがて視界に、黒色や灰色の十字…数々の墓石が見え始めた。君の眠るキリスト教の墓地へと立ち入った俺は、数多の墓石の中で迷うことなくその一つの前まで辿り着き、黙祷を捧げる。

 キリスト教における参拝方法など、俺は知らない。それでも俺がこうして、ほぼ毎日のようにここに足を運んでしまう理由は、正直なところ、俺自身にもよく分かっていない。

 …いや、もしかせずとも、オバケが苦手な俺を揶揄おうとした君が、ここから化けて出てきてくれないかと、俺はそんなことを本気で期待しているのだろう。だが無論、死者は何も語らない。

 僅かな落胆感と共に、また明日なと君に一声掛けてから、俺は墓地から踵を返し始めた。すると出入り口辺りに、見覚えのある人影を見つけたのだ。向こうもこちらに気が付いたようで、言葉を掛けてくる。

 

 倉橋「アルファ君、こんにちは」

 

 アルファ「こんにちは、先生」

 

 誰かと接する時は、俺はこうして、なるべく明るく振舞っている。勿論、俺の内心が凍り付き、傷付き、或いはぽっかりと大穴が空いてしまっていることは、もう皆も分かっているのだろう。

 だがそれでも余計な心配は掛けぬよう、彼らには悲しみの一片さえも見せないように、俺は気を付けている。それ故に俺は今も、倉橋先生とはニコニコと会話しようとしていたのだ。

 がしかし、彼の発言によって、それは不可能へと至った。

 

 倉橋「やはりアルファ君は、ここに居ましたか。今日はアルファ君に用があるんですよ」

 

 アルファ「用、ですか?」

 

 確かに、倉橋先生が墓地に来るところを、俺はこの二週間で一度しか見たことがなかった。であれば、俺を探してここに来たという可能性も有り得るだろう。俺にそう告げた倉橋先生は、手持ちの黒い鞄からファイルのようなものを取り出すと、そのままそれを差し出した。

 

 アルファ「…これは?」

 

 疑問を覚えながらも受け取った俺は、次いでそれを解消すべく問い掛けると、先生は何処か懐かしそうな表情で言った。

 

 倉橋「…それは、木綿季くんからの手紙です」

 

 アルファ「ど、どういうこと…ですか…?」

 

 倉橋先生の言葉に、ドクンと心臓が大きく暴れ始める。俺はすぐにファイルをパラパラと捲った。するとそこには、封筒が何十枚も挟んであるのだ。俺が思わず食い気味に先生に訊ね掛けると、先生はそれに答える。

 

 倉橋「実は先日、クリーンルーム内を整理していると、ある引き出しから封筒が大量に出てきたんです。そしてそれら全ては、宛名がアルファ君でした。他に見落としが無いかチェックしてから、こうして今日、それを渡しに来たということです」

 

 アルファ「…」

 

 倉橋「一体、いつ書いていたんでしょうね。まぁ確かなことは、木綿季くんの身体が動く内だったということでしょうか。…夏の終わり頃に一度、木綿季くんにペンが沢山欲しいと頼まれたから…恐らくその時から、彼女はもう、この時に備えていたんだろうね…」

 

 アルファ「…そう、ですか…」

 

 …全く、君は最後の最後まで、その強さは変わらないんだな…。俺なんて君の命が消え入るその瞬間まで、終わりの時が来ることを否定し続けていたのに、君はしっかりと、最期を認識出来ていたのだろう。やはり俺とは違って、君は強かった。紛れもなく、剣士であった。

 ファイルを受け取った俺は、先生にお礼と別れを告げてから、夕闇に包まれ始めた街を早足に移動した。君と言葉を交わすことが出来なくなって二週間。だが当然君への想いが未だ薄れず残っている俺にとっては、少しでも早く君の名残に触れたくて仕方がなかった。

 玄関ドアを勢い良く開け放ち、しかし忘れず鍵は閉めて、手洗いうがいを済ませる。一度深呼吸を挟んでから椅子に座り、そのファイルを開いた。

 茶封筒には、丁寧にも番号が振ってある。その順序通り、まず一番目の封筒に手を伸ばし、中身を取り出した。手紙自体は白くとも、その中にはぎっしりと文字の詰まっている。初めて目にする君の字体は、丸々としていて、実にユウキらしいものであった。

 そして俺は、その長い長い手紙を、読み始めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 拝啓、アルファへ。

 

 月愛でるこの頃、幾分か残暑が和らぎ…って、なんだかちょっと堅苦しいね。やっぱりこういうのは、やめにするよ。ボクはボクなりの書き方で、アルファへのお手紙を書こうかな。もし見にくかったりしたら、ごめんね?

 書き始めから分かると思うけど、この手紙を書いてるのは、実は九月なんだ。じゃあなんで、ボクがアルファにお手紙書いてるのかって言うと…ほら、ボクはきっと、近い未来に命が終わっちゃうだろうからさ、その時の為に、こうやってお手紙書くことにしたんだ。

 もしかしたらボク、最後の時に泣きじゃくっちゃうかもしれないから。アルファに伝えたいこと言えないかもしれないから。だからこうやって、身体が動くうちに、文字にしてアルファに伝えようと思ったんだ。

 …何から、書けばいいかな…。書きたいことはいっぱいあるんだけど…実はボク、誰かにお手紙出すのは初めてなんだ。だから書き順とかも分からなくて…うん、順番に書いていくことにするよ。ちょっと長くなるかもだけど、良かったら、最後まで付き合って欲しいな。

 

 もうあと二カ月もしたら、SAO事件の日が巡ってくるね。アルファと初めて出会ったその日、ボクはよく覚えてるよ。ホルンカの村の近くで、ボクが実付きを攻撃しちゃって、絶体絶命のピンチに陥ったその時に、君はボクを助けてくれた。

 その時はまだ、ボクはアルファを好きなわけじゃなかったけど、勇気があってカッコいいなって思ったのは確かだよ。まぁ、それと同じぐらい、その割に可愛い顔してるなって思ったんだけどね~。

 それがボクとアルファの出会い。別に、運命って感じじゃないけど、ボクにとっては大切な思い出です。

 

 いつか話したと思うけど、ボクはさ、SAO事件に巻き込まれてから一カ月ぐらい、ずっとはじまりの街で塞ぎ込んでたんだ。でもね、ある日、攻略組って呼ばれてる人たちが、頑張ってゲームをクリアしようとしてることを知ったんだ。

 それでボクも、この使い道のない命を役立てたくて、前線を目指し始めた。だからあの日、一層のボス戦に参加したってアルファが現れた時…ボクはね、ちょっとよくない言い方すると、君を利用しようと思ったんだ。この人に着いていけば、自分で色々行動するよりも早く、前線に出られるかなって思ったから。

 ボクはそんな腹黒い算段隠し持ってたのに、アルファはすぐにオッケーしてくれたよね。そういう素直なところ、アルファの良い所だと思うけど、これからは気を付けなきゃだよ?またボクみたいな悪い女の人に、騙されちゃうかもしれないからね。

 

 こうやって、今一つ一つ丁寧にアルファとの日々を思い返してるとさ、多分ボクが、アルファのことを異性として意識し始めたのは…二層の頃なんだと思うんだよね。勿論、まだその時は、今ぐらいアルファが大好きってぐらいの勢いはなかったけど…心の片隅にアルファが浮かんできたのは、その頃だろうね。

 覚えてるかな?二層にある女王蜘蛛の洞窟で、アルファがボクを傷付けたくないって言ってくれたこと。あの時、ボク結構ドキドキしちゃって…もしかしたらアルファって、天然の女たらしだったりするの?

 それとも実はアルファ、あの時からボクのことが大好きで、ボクのこと陥落させようとしてたの?まぁ、流石にそれは、ボクの自惚れ過ぎだと思うけど。

 アルファが一生懸命ボクの誕生日をお祝いしてくれたり、クリスマスにプレゼント贈ってくれたり、年明けにボクを守るって誓ってくれたり…そのどれも一つ一つが、ボクの心を温めてくれました。君から受け取る温もりは、凄く心地良かったです。

 それからのボクは、客観的に見たら、アルファに色々アタックしてたよね。膝枕したり、一緒のベッドで寝たり、お誕生日お祝いしてみたり…コスプレだってしたんだよね、今から考えると、ボクも中々チャレンジャーだったよ。アルファはそれで、ボクにドキドキしてくれてたのかな?そうだったら、ボクも頑張った甲斐があるよ。

 

 う~ん…他にもたくさん書きたいことがあるんだけど、一つずつ書いてたら、もしかしたら間に合わなくなるかもしれないから、取り敢えずざっと書いていくよ。その後にまた細かく色々書いちゃうかもだけど、出来ればそっちもお手紙も見て欲しいかな。欲張りだけどさ。じゃ、話を戻すね。

 

 十層に辿り着く頃には、ボクとアルファだけじゃなくて、パーティーにオウガとサツキも加わってさ、あの頃はすっごく楽しかったね。四人で色々語らいながらフィールドに繰り出して、夜になったら毎晩みんなでどんちゃん騒ぎして…あの日々がずっと続いたら、ってボクは今でも思っちゃうよ。

 四人で一緒にいる時間が増えていくにつれて、みんなどんどん仲良くなっていったね。サツキは、最初はちょっと距離を置いていたのにさ、いつからか、すっごく距離を詰めてくれたよね。きっと、アルファが何かしてくれたんじゃないかなって、確信はないけど、ボクはそう思ってるんだ。

 …でもね、実はボク、少しだけやきもきしてた。ちょっと前までは、ボクだけがアルファの隣に立ってたのに、いつの間にか四人になっちゃったじゃん。だからボク、なんだかもうアルファにとっては必要ないんじゃないかなって、そんな風に思わなくもなかったよ。

 …多分ボク、ちょっと独占欲が強いのかもしれないね。もしアルファがそんなボクのことが嫌いだったら、不快にさせてごめんね。面と向かってこんなこと言える勇気は、ボクにはないから…自分勝手だけど、こんな形だけど、謝らせて欲しいんだ。

 

 ボクはアルファに、幾つも謝らなきゃいけないことがあるって、分かってるんだ。だから、今からはそれについて書いていくよ。

 

 二十五層のフロアボス戦。あの日、ボクがボスの攻撃を回避出来なかったせいで…ボクがオウガを殺したんだ。なのにアルファは、全部全部自分のせいだって言って、あの後、何日も宿屋に引き籠っちゃったね。

 あの時のアルファは、ホントに凄かったよ。アルファがあんなに周りの人に当たり散らかしたの、あれが最初で最後だったんじゃない?

 …もう今更だけど、言わせて欲しい。オウガが死んだのは、アルファのせいじゃないんだよ。ボクが悪かったんだよ、って。アルファは凄く優しいから、こんなこと言ったって、きっと悩むことはやめてくれないと思うけど…少しでも、アルファの心が軽くなればいいな。

 

 迷いの森で、ボクが襲われそうになった時、アルファは一心不乱にボクを助けてくれたね。ボクの為にあんなに必死になってくれたの、凄く凄く嬉しかったよ。アルファが悪者を蹴散らしてくれて、ボクは君の胸でわんわん泣いた。アルファの気持ちが嬉しくて嬉しくて、涙が止まらなかったんだ。

 …でも本当は、アルファの方が泣きたかったよね。…人を殺して、アルファだって心が傷付いたはずなのに…なのに、ボクの心配ばかりしてくれて…。

 あのね、ボク、知ってるんだ。アルファがその次の日に、お風呂場で苦しんでたこと。たまたま覗き見ちゃったんだ。ごめんね。

 だからボクは、アルファに何か出来ることはないかなって色々考えた。その末にボクの想いを伝えようと思って、全損決着モードのデュエルをしたんだ。それでアルファは、剣を握る意味を理解してくれた。

 でもそれが、また君を傷付けることになったのは、ボクも分かってる。

 

 ラフコフ討伐戦。守るために剣を握るってボクに誓った君は、すっごく無茶したね。ボクやキリト達を傷付けまいと、一人で裏情報を掴みに行って、ラフコフのアジトまで突っ走って、挙句に死んじゃって…でも、ボクが君に伝えたかった剣を振るう意味は、そうじゃなかったんだ。

 他人の為だけに、ボクはアルファに剣を握って欲しくなかった。自分と誰かのために、剣を握って欲しかった。

 だからあの日、ボクはアルファに泣き叫んだんだよ?でもそれからの君は、ちゃんとボクの言いたいことを理解してくれた。アルファは一度決めたらその方向に固まっちゃうけど、ちゃんと周りの声を聞くことも出来る。そこがアルファの良い所であり悪い所なんじゃないかな。

 

 ええと…なんだか説教紛いなこと書いちゃったけど…ボクが本当に言いたいことは…ごめんなさい、ってことなんだ。

 何度も何度もアルファの心を傷付けて、それはもう二度と元には戻らないような傷を負わせて…なのにボクは、ちゃんと君の傷を癒すことが出来ないまま、君の元から居なくなっちゃうから。ごめんなさい、本当に、ごめんなさい。これだけは、ボクが謝っても謝り切れない、アルファに犯した過ちです。

 

 悩まないでください。でもそれは無理だってことも分かってます。だからせめて、これだけ伝えさせてください。ボクがアルファの罪の半分を、ちゃんと背負っているから、君はそれ以上、悩み苦しむ必要はないんだよって。

 こんな言葉が、アルファを救ってくれるのかは分からないけれど、でもボクに出来ることは、もうこれぐらいしかないんだ。アルファがこれからどれだけ罪に悩み、苦しみ、心を傷付けたとしても、ボクは君の隣で支えていられる時間が限られているからさ。

 でも、せめて今だけは、ボクも君を包み込み続けるよ。もしいつか、アルファの心が折れそうになったら、この一文を思い返して欲しいんだ。ボクがきっかけで生まれた君の罪は、またボクの罪でもあって、その半分はボクが抱えているってこと。そしたらアルファも、少しは楽になれるんじゃないかな。そうあって欲しいな。

 

 …これで君に謝ることは、全部かな。ううん、きっと、探せば幾らでもあるんだろうけど、取り敢えずここでは一旦お終いにするよ。また謝らなきゃいけないことが見つかったら、その続きは、取り敢えずこれを書き終えてから、別の紙に書くことにするから。

 …って言いながら、もうこれ何枚目のお手紙なんだって、アルファは思ってるかもしれないね。もうちょっと、もうちょっとだから、出来るだけ手短に書くから…辛抱強く読み続けて欲しい。

 

 迷いの森で起きた事件から数日後、アルファはボクに、愛の気持ちを告白してくれた。その時の君の緊張感溢れる表情を、ボクはいつまでも忘れないよ。

 アルファは一生懸命、ボクの瞳を見据えながら気持ちを伝えてくれた。でもボクは、堪えられなくてそこから逃げちゃった。それでもアルファはボクを追い掛けて、ボクに本当の気持ちを曝け出しさせてくれたんだ。

 当時のボクは、心がぐちゃぐちゃだったよ。ボクの望んだようにアルファがボクのことを好きでいてくれて、ボクもアルファのことが好きなのに、でもそれを伝えれば、また悲しみが連鎖する。近い未来に、ボクもアルファも心を傷付け、深い悲しみを背負う。

 それは分かっていたけど、ボクはやっぱり自分の気持ちに嘘はつけなかった。例え君を壊してしまうことになったとしても、ボクは君の手を取ってしまった。

 

 その日からボクとアルファは、ただのコンビから恋人になったね。来る日も来る日も、毎日が新鮮でした。でも何より嬉しかったのは、アルファにこの気持ちを伝えたとしても、君が必ず応えてくれるってことだったんだ。君への愛を包み隠さず伝えられることが、訳もなく嬉しかったよ。

 そしてそれは、こうやってお手紙を書いている今も変わらないんだよ。

 

 SAOがクリアされるその日。中層に逃げようって、アルファは言ってくれた。ボクはね、その弱音が、ホントに嬉しかったんだ。アルファがちゃんとボクに弱さを曝け出してくれた。ボクを対等に見て頼ってくれた。その時ボクは、やっと本当の意味でアルファの隣りに立てたんだって、そう思えたよ。

 …もし、あの日ボクらが中層に逃げたら、世界はどうなったんだろうね。今もまだSAOはクリアされてなかったのかな?SAOの中で、ずっと二人で穏やかに暮らす日々…それも、凄く楽しかったかもしれないね。

 

 でもボクらは、その日も最前線に立った。それでヒースクリフと闘って…ボクもアルファも、死んじゃった。

 実はね、あの時ボクが死んじゃったのは、アルファの身代わりになったからなんだ。アルファが死んじゃう直前にさ、月光スキルの最上位スキルが開花したんだ。それが身代わりスキルだったんだよ。あのギリギリのタイミングで発現したのは、もしかしたら、ボクの想いがシステムに届いたのかも…なんて、言ってみたりして。

 アインクラッドが崩れゆく中で、君は初めて、ボクに愛してるって言ってくれた。「好き」と「愛してる」。アルファにとっては同じような言葉だったのかもしれなけれど、ボクにとっては愛してるの方が嬉しかったりしたんだ。

 だってその方が、より相手と通じ合ってる感じがしない?ボクは案外、ロマンチストなのかもね。アルファとボクが、お互いに深く愛し合いながら、世界から消えていく。あの時のボクは、もうそれで満足だった。…そのはずだったのになぁ。

 

 ALOの世界にボクが囚われている時に、また君はボクを助けに来てくれたね。

 その時ね、ボクは確信したんだよ?ボクにとってのヒーローは、アルファ以外に有り得ないんだって。でもよく見るヒーローと違うのは、闘いのフィニッシャーが、ヒーローに助けられるはずのボクだったってことかな。

 でもね、嬉しかったよ。ちゃんとボクとの約束通り、ボクを頼ってくれたこと。

 

 そしてその日、ボクはまた君の前から逃げ出した。あんな酷いこと言っておいてなんだけど、現実世界に戻ってきてすぐに、ボクは大泣きしたんだ。アルファに会いたいのにもう会えない、一緒に居たいのに居られないって。

 だけどこの気持ちは全部、ボク自身の問題だった。だからアルファがまたボクを追い掛けてきてくれたその日に、ボクは君を拒絶しようとしたんだ。でも、どれだけボクが冷たい言葉を掛けても、否定しようとも、アルファは負けずにボクにぶつかってきてくれた。

 アルファはさ、よく自分のことを弱いって言ってるけど、ボクから見れば全然そんなことないんだからね?アルファはすっごく強いんだから、もっと自分に自信を持っていいんだよ?

 もし自信がないなら、ボクが何度だって言ってあげる。アルファは強いよ、って。アルファの強さは、折れても必ず立ち上がってくるところなんだよ。そうじゃなきゃ、こうしてボクはアルファと一緒に居られなかったんだから。

 

 それから毎日毎日、アルファはボクの病室に来てくれたね。アルファが現実世界のボクに会いに来てくれて、こんなボクを見ても何一つ嫌な顔しないで、変わらない笑顔で色んな話をしてくれた。その度にボクは、君から無限の活力を貰えた気がしたよ。

 それだけじゃない。アルファはいろいろ工夫して、ボクと出来るだけ一緒に居られるようにしてくれた。ボクは毎日、アルファからたくさんの愛を受け取ったんだ。

 ボクは偶に思うんだ。ボクはアルファに同じだけ、愛を与えられてるのかなって。ボクばっかり貰い過ぎてるんじゃないかなって。多分この不安は言葉に出来ないだろうから、ここに書き記しておくことにするよ。

 

 つい三か月前ぐらいに、ようやくボクもアルファも一歩関係を発展させたね。アルファから受け取る新しい愛の形、ボクは凄く嬉しかったよ。たっぷり満たされたんだよ。

 それから夏休みは、毎日ALOの何処かに遊びに行って、毎日のように身体を繋げ合って…客観視してみると、ちょっとボクらは欲望に忠実過ぎる気がするけど、当分はこのままでいいかな。だなんて、ここに書いても仕方ないか。

 これからもうしばらくの間、ボクはアルファとたくさん笑顔になれるんだと思います。後どれだけかは分からないけれど、嬉しいこと、楽しいことがいっぱい溢れているんだと思います。身体が動かなくなったら、もう文字は綴れないから、こうして形に残すことは出来ないけど…ボク、ちゃんと最後に伝えられたかな?

 

 …あぁ、なんでだろう。最近ボクはそう思います。なんでボクは、こんなにも終わりの時が来るのが早いんだろうって。

 アルファと一緒に過ごした数年は、ボクの人生の中で一番濃厚な時だったって、ボクは間違いなく断言できるんだ。なのに…ボクはもう、充分に満たされているはずなのに、そうじゃなきゃいけないのに、どうしてまだ生きたいって思っちゃうんだろうって。

 …ごめんね?アルファは、こんなボク見たくないよね?知りたくなかったよね?ボクはね、知ってるよ?アルファがボクの強さを信じてくれてること。

 でもね、本当のボクは、全然強くなんかないんだ。アルファが隣に居てくれるから、強くならなきゃって思えるだけなんだ。ホントのボクは、すっごく、どうしようもなく弱いんだよ?

 

 …でも、これが最後だから、ボクの心のほんの一端だけでも、君に曝け出させて欲しいんだ。

 最近のボクは、一人でいる時に、死にたくないなって呟いちゃいます。SAOに囚われる前は、早く家族に会いたいってまで思ってたのに…やっぱり今のボクは、死にたくないです。助けて欲しいです。どんな魔法でも何でもいいから、ボクはアルファと一緒に生きていきたいよ。

 もうすぐにアルファの隣を歩いていけなくなることが、堪らなく怖いです。ずっとアルファの隣を歩きながら、そのうちに結婚して、子供を産んで、ゆっくり年を取って…そうやって、永遠にアルファと愛を育みたいんだ。

 …でも、それは叶わない。なんでなのかな?どうしてボクは、病気にならなきゃいけなかったのかな?こんなことに意味はあったのかな?なんでボクが?…ごめんね。愚痴がましく書きなぐっちゃって。

 だけど、ボクがメディキュボイドを使えないと、きっと、ボクはアルファと出会えなかったと思うんだ。だから、これも仕方のないことなのかもね。辛すぎる運命だけどさ。

 

 でもね、ボクの旅路は、辛いことばっかりじゃなかったよ。それと同じぐらい…ううん、それ以上に、幸せなことがたくさんあった。ボクはアルファと出会えて、毎日がとっても楽しかった。ボクがアルファに抱くこの気持ちは、旅に終わりが来たとしても、ずっとずっと変わらないよ。

 好きです。好きです。大好きです。ボクはアルファのことを、いつまでの愛しています。ボクが君の隣に立っていられる時間は、もうそう長くは無いけど、でもそれまでの間だけは、ボクがアルファにとっての一番でありたいと思っています。

 でもね、ボクが世界から消えたその後は、アルファもボク以外の人の為に、生きてい欲しいんだ。生きてくれていいんだよ。ボクはアルファが大好きだから、アルファに幸せになって欲しい。ボクに向けてくれたその温もりを、また他の誰かに分け与えてあげてね。それでアルファも幸せになって…うん、ボクのことは、心の片隅に留めておいてくれれば、それで充分だから。

 それが、ボクの願いです。幸せになってください。どこまでも優しい君は、きっとボクのことを大切にしようとしてくれるだろうけど、それじゃあアルファは幸せになれないもんね。だから、良いんだよ。ボクは君にとっての思い出の人。それで、いいんだよ。

 アルファはこの先、また他の誰かに恋して、その思いを伝えて、二人で育んで…それを何回でも繰り返して、いつか、一番大切な人を見つけてください。

 

 …色々書いてきたけどさ、取り敢えず一旦は、もう締め括ることにするよ。

 最後に一つ。月光スキルの秘密について話しておこうかな。月光スキルには、自分以外の誰かに強力なバフを付与できる効果があったのは、アルファも知ってると思う。

 でね、ボクがその対象をアルファに選んだんだけど…その理由、アルファに分かるかな?

 勿論、その時アルファとコンビを組んでて、アルファのことを意識してたってのもあるんだろうけどさ…やっぱり、一番の理由はそこじゃないんだ。

 

 月を照らしてくれるのは、何だと思う?

 そう、太陽だよね。太陽が唯一、陰った月に光を与えて、みんなの目に見えるように、輝きを共有してくれるんだ。

 だからね、月光スキル…そして太陽の戎具は、ボクとアルファにとっては、関係性の象徴みたいなものだったと思うんだ。

 

 ……ボクにとってアルファは、太陽みたいなものだった。ボクの暗く閉ざされた道を、まだ続きがあるよ、こっちだよって、ボクの手を引いて導き照らし出してくれた、たった一つの存在。アルファだけが、暗がりばかりが広がるボクの世界に、一筋の希望を与えてくれたんだ。

 そんな君に少しでも、同じだけ光を与えたくて、でもきっと、同じぐらい君を照らすことは出来なかっただろうけど…だからこそ、ボクは君を選んだんだよ。

 じゃあね、アルファ。決して長くはない時間だったけど、アルファと出会えて、一緒に過ごせて、ボクはとっても幸せだったよ。

 

 ありがとう。

 

 さようなら。

 

 

 

 ♢ ♢ ♢

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかで、大きな慟哭が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 なんだかんだでここまでお付き合いくださった皆様であれば、必ずもう一ページ捲ってくださると、筆者は信じております。

 次回の投稿日は、三月二十八日の月曜日です。

 では、また次話でお会いしましょう。
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