~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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 ※大切なお知らせ。お話を読む前に、ここに目を通していただけると助かります。

 展開の都合上、今後のお話は、原作ルートから完全に外れることとなります。

 具体的に言いますと、ユナが生存した以上、オーディナルスケール編が無い事はお分かりかと思いますが…他にも、アンダーワールド、ユナイタル・リング編もございません。
 つまり、残念ながらユージオやアリスは出てきません。完全に独自ルートに入ります。

 それは無理だよ!って読者様は、今話を最後にブラウザバックして頂くのが良いかと思います。それでもいいよ!って読者様は、もうしばらく、筆者の物語にお付き合いお願いします!


第152話 迎えた明日

 二月初め。

 

 診療所によく似た白い空間の中で、先生がやってくるのを、ボクは待っていた。とは言え、ボクが今いるこの場所は、現実世界には存在しない。リアルのボクは、エイズの進行が来るところまで来ており、身体を動かすことさえ困難なのだ。それ故にボクは、こうしてバーチャルワールドを利用し、主治医である先生との面談を行っているという訳である。

 暫くすると、先生がこちらの世界にやってきた。軽く挨拶を交わし、面談…って言っても、一頻り病状の確認をした後は、いつもと変わらず他愛もない話をするだけだけど…を続ける。そんな中、ボクは意を決して、先生にそれを伝えた。

 

 ユウキ「あの、先生…」

 

 倉橋「どうしたんだい?」

 

 ユウキ「一つ、お願いしたいことがあるんですけど…いいですか?」

 

 倉橋「うん。出来る範囲のことなら何でもいいよ」

 

 心中を緊張で溢れさせながら、ボクがおずおずと訊ねると、先生は現実的な答えを返してくれた。

 ボクが先生にお願いしたいこと…そのことについて考え始めたのは、一体いつ頃からだろうか。

 …もう、ボクの命が長くは持たないであろうことは、充分に理解していた。だからこそボクは、せめて一度ぐらいは、アルファの温もりを現実世界で実感してみたいと、ある日思ったのだ。ふとそれを頭の中に思い浮かべると、どうにもその欲求を抑えることは出来なかった。

 果たしてエイズを患い且つクリーンルームに入っているボクが、この望みを先生に伝えたところで叶うかどうかは判らない。どう考慮しても、叶わない可能性の方が高いだろう。でもボクはどうしても、アルファに触れたかった。彼との記憶を、より濃厚なものにした上で死を迎えるなら、もう満足だとさえ思えた。

 だからこそボクは、この気持ちを伝えるべく、先生に言葉を続けたのだ。

 

 ユウキ「ボク…現実世界で、アルファと触れ合いたいんです。…どうにか、なりませんか?」

 

 すると先生は、一瞬難しそうに眉を顰め、顎に手を当てた。先生がこういう態度を取る時は、真剣に思案している証拠であることを、ボクは先生との長年の付き合いの中で理解している。先生がどのような答えを出してくれるか、ボクはそれに心臓をバクバクと打ち鳴らしながら、その時を待った。

 やがて先生は、一人ふむと頷くと、ボクに答えた。

 

 倉橋「可能かどうかと問われると…可能ではあるんだけども…その場合、勿論アルファ君は潜在的にウイルスを持っているだろうから…その分木綿季くんの身体は、これまで以上の危機に晒されることになるよ?」

 

 ユウキ「…はい。でも、ボクはそう遠くないうちに、終わっちゃうだろうからさ…。だから、最後ぐらいは…」

 

 先生の言わんとすることは、ボクも当然想定していた。けれども、ボクはやっぱり、現実世界でアルファの愛情を感じてみたかったのだ。

 あと一か月か二か月か、それぐらい後には、ボクがこの世界にしがみ付いていられないのだろうことは、なんとなく想像出来る。であれば、その残り僅かの余命がほんの少しぐらい削られることになろうとも、ボク自身が納得できるように、最後のやりたいことを優先しようと思うのは、当然のことであろう。

 ボクが先生にそう答えると、先生もボクの意思を汲み取ったというように、深く頷き返してくれる。

 

 倉橋「じゃあ具体的に、木綿季くんがアルファ君とすることって、どういうことかな?」

 

 …ぼ、ボクが、現実世界でアルファとしたいこと!?そ、そ、そんなの──。

 

 ふと先生に問い掛けられ、途端に、間欠泉から無数の妄想が噴き出してくる。そのどれもこれもが、ボクとアルファが過ごす下らない日常だ。しかし同時に、そのほとんどが、ボクには成し得ないであろうことも、容易に理解させられる。またその現実を意識させられて、ちょっぴり悲しい気持ちになるけれど…そんなボクでも、考えれば出来ることは少しぐらいはあった。

 だけど、それを先生に伝えるのが恥ずかしくて、でも伝えないと、アルファと現実世界で触れ合うことは出来ないのだろう。欲望と羞恥心の葛藤に陥り、ボクはほんのりと顔を赤らめながら、先生に答えたのだ。

 

 ユウキ「え、えっと…手を繋いだり……き、キスもしてみたい…ですっ!」

 

 ボクが恥じらいながら懸命に答えたのに対して、先生は、いつも通りの穏やかな表情に…どこか、生暖かいものを交えながら答えるのだ。

 

 倉橋「…う~ん…木綿季くんも、立派な女の子になったんだね。ちょっと前までは、ただの元気っ子だったのねえ…」

 

 ユウキ「…」

 

 倉橋「それじゃあ、その日は身体も一段と清潔にして、ちゃんと口の中も綺麗にしようか」

 

 ユウキ「…」

 

 先生から向けられた視線は、なんだか、ご近所さんに恋人と一緒にいる所を見られたような、曰く言い難いこそばゆさを孕んでいた。

 …前のボクってそんなに、女の子っぽさがなかったのかな…?でも、今のボクは立派な乙女に成長できたのかな…?

 そんなことを頭の中で思いつつも、先生にそう言われて、ボクは耳まで赤くしながら、こくこくと頷き返すことしか出来なかった。でもこれで、ボクは最後にやり残したであろうことに手を付けられるのだ。

 終末を予感する寂しさと、初めて触れられる彼の温もりの二つに板挟みになりながら、ボクは暫くの間、先生とその日の打ち合わせを続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三月上旬。

 

 ボクは普段通り、面会用VRルームに移動し、先生の到着を待っていた。

 けれども、面会で先生から放たれる言葉など、「病状に大きな変化はない」の一言であろう。それすなわち、ボクの命の終わりが刻一刻と、そして目の前にまで迫ってきていることを示す審判でもあった。

 だけど、まだ死ねない。まだ死にたくない。せめてアルファとの恋人記念日までは…と、飽き足らず毎日同じようなことを考えてしまうのは、アルファと現実世界で触れ合って以来、一層のことであった。

 あの日ボクは、初めてリアルでアルファの温もりに触れ、深い深い愛のキスを交わし、その瞬間どうしても、まだこれからも、ずっとアルファと一緒に居たいと、そう強く願ってしまった。

 あれだけでボクは満足しようとしていたのに、あの日は強固なきっかけとなり、ボクの際限なき欲求が、再び身体中で暴れ回り始めた。しかし同時に、ボクがどれだけそれを乞い願おうとも、もうずっと前から…生まれた時から規定されていた終わりの時は、必ず訪れる。

 ボクにとっては、それが途轍もなく惜しいものに思えた。まるで他人事みたいな言い方だ。でもわざとそうしておかないと、気持ちがどんどん沈んでいく。

 

 そう言えばあの日以来、ボクとアルファは、少しずつ関係性を修復していった気がする。勿論、ボクもアルファも、やっぱりお互いに不安な気持ちはある。それを肉体交渉で埋めてしまうことをやめられたわけではなかった。でも以前のように、四六時中、肉欲に溺れることは無くなった。

 お互いが相手に信じる強さを保とうと努力し、でも時には、相手の優しさに甘える。それは決して完璧とは言えないのだろう。寧ろ、いつかまた均衡が崩れ去れば、一気に逆戻りしてしまう恐れのある危うい関係なのかも知れない。

 でも、今のボクとアルファにとっては、これが最善の関係なのだと思う。以前のような純愛を描きつつも、偶には淀んだ愛をも吐き出してしまう。それをもう何百回と繰り返していく中で、ボクもアルファも、更に成長していく……ことが出来たら、ボクも幸せだったなぁ…。

 

 ふと瞳を閉ざし、ボクは心の瞳で、隣に佇むアルファを見やる。彼の歩む光り輝く道筋は、これからもずっと、どこまでも続いていた。次にボクの進む暗い道へと視界を移すと、そこはもう一歩二歩進めば、底の見えない暗黒が広がるばかりであった。

 彼がどんどんと歩みを進めていくのを追い掛けるために、ボクも足を踏み出そうとするけれど、もう道は続いていない。足を踏み出すことは出来ない。ボクが懸命に手を伸ばしても、次第に遠のく彼の彼の背中は掴めない。

 やがてアルファはその先で、他の誰かと道を合流し、二人で幸せそうに次なる未来へと歩いていく。そしてボクは、暗闇の一歩手前で膝を抱え、ひたすらに涙を流すことしか出来ないのだ。

 そんなことを思い浮かべると、やっぱり頭の中は悲壮感で埋め尽くされていく。きっと、こんなどうしようもない現実に、ボクはどうすることも出来ないのだろう。

 だからせめて、今だけはアルファの温もりを、ボクこそが独占していたいのだ…と、ボクが何百回目の想いを巡らせていると、ようやく先生がここにやって来た。

 そのいつもの倍以上は遅い登場を、ボクは不思議に思う。ドタバタとこの場に登場した先生は、いつも通り穏やかな表情……いや、希望を見たような眩しい笑顔を浮かべていた。増々不思議に思うボクは、先生に訊ねる。

 

 ユウキ「なにか嬉しいことでもあったんですか?」

 

 すると先生は、一層その笑顔を輝かせて、ボクにそれを告げたのだ。

 

 倉橋「ゆ、木綿季くん!木綿季くんの病状が好転しています!これはもしかすると、寛解に向かってるかも知れないよ!」

 

 先生の発した言葉の意味が、ボクには上手く汲み取れなかった。言葉として脳内に情報が伝わってきたものの、それを咀嚼することが出来ず、故にボクは大きな硬直に見舞われながらも、先生に訊ね返すより他なかった。

 

 ユウキ「……ぇ………ど、どういうことですか……?」

 

 倉橋「さっき木綿季くんの身体の検査をしていたらね、HIVウイルスの減少及び免疫細胞の増殖が確認出来たんだよ!」

 

 倉橋「原因はさっぱり不明だけど、兎に角、事態は好転してるんだ!このまま上手くいけば、完治だって夢じゃないはずだ!」

 

 先生が捲し立てる言葉を耳にし、そこでようやく、ボクもその言葉の意味を理解した。

 でも同時に、理解し難かった。何故今更、ボクの病状が好転するのか。ボクは末期患者なのではないのか。エイズが治ることなんてほぼ不可能なのではないのか。それは死ぬ直前の一時的な身体の回復とは違うのか…箇条書きのように、脳内で様々な疑問が交錯する。

 がしかし、主治医たる先生の喜び様は本物だ。これが死にゆくボクを安心させるための優しい嘘などではなく、如何なる要因のお陰なのか、ボクの病状が一気に逆転の兆しを見出したのであろうことは、そこから容易に気づかされた。

 瞬間、ボクの全身に、春一番が吹き込んだ。寒々とした大地に、ありったけの花々が咲き乱れる。そしてそれは、一つの感情として、表に現れた。いつの間にかボロボロとその頬に水滴を伝わせながら、ボクはこの気持ちの全てを、先生に伝えた。

 

 ユウキ「……もう、訳分かんないよっ……ボク、まだ生きられるの…?…生きてていいのぉ…?」

 

 そんなボクの泣き声に、先生もまた目尻を滲ませながら、答えてくれる。

 

 倉橋「うん…生きてていいんだよ。このまま行けば、木綿季くんはこれからずっと、長い間生きていけるんだよ。クリーンルームからも出て、みんなと一緒に生きていけるんだよ」

 

 その何度も夢にまで見た言葉を聞いて、ボクはもう限界を迎えた。遂に大声で、わんわんと泣き叫び始める。まだエイズが治ると決まったわけでもないのに、寧ろ現実的に考えれば、これから病状が悪化する可能性の方が大いにあるというのに、そんなことはお構いなしに涙は止めどなく溢れ、心の気持ちが全身に巡りゆく。

 …まだこれからも、アルファと一緒に歩いていける。アルファの隣で、アルファの笑顔を眺め、アルファの手を掴んでいられる。その可能性が、ほんの少しだけでも見え始めてきただけで、ボクの心は喜びに満たされた。

 

 幸せの慟哭が、暫くその場に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三月二十九日。

 

 それは、ボクのエイズが完治した翌日であった。

 こうして呆気なく、「エイズが完治した」などと言える日が来るなんて、ボクは本当に、夢にも思っていなかった。ボクの病状が好転して以来、特に何かが起こることもなく三週間ほどが経過した昨日、遂にボクは、エイズに打ち勝つことに成功した。

 まさかこれは、いつぞやの都合の良い夢なのではないだろうかと、そんな風にも思えてくるけれど…これは紛れもなく、現実そのものであった。それがどうしようもなく嬉しくて、つい昨日、先生にエイズが完治したと知らされたその時、ボクはまた大泣きしてしまったのだ。

 無論、ボクはもう何カ月も前から、様々な日和見感染症が重症化していた。それ故に、免疫細胞が健康体と同じ程度に回復している現在も、万が一を考慮し、今すぐにクリーンルームから出られるわけではない。

 がしかし、ボクもその内に、クリーンルームの外へと出られるようになるだろうから…まずは入院生活を続けながら、リハビリから始めなきゃだ。そして筋力も回復すれば、晴れて退院。そしてそれからは、ボクは空想に留まらない普通の生活を手にすることが出来る…。

 そんなことを妄想するだけで、ボクの心は愉快爽快に晴れ渡り、これからの未来に広がっているであろう様々な幸せに、胸を躍らせてしまう。

 

 そう言えば、ボクは少し前までは、エイズ末期患者の一人だったわけだけど…エイズを原因とする脳症とか、サイトメガロウイルス感染症による視力を低下、延いては喪失させてしまうような日和見感染症を引き起こしていなかったのは、本当に、運が良かったとしか言いようがない。

 もしかすると、ボクが最後にエイズを感知するところまで見越した上で、世界はこんな運命を辿らせていたんじゃ……ううん、それは違うよ。

 その定められし命運的な考えを、ボクは頭の中できっぱりと否定した。ボクはアルファと、そしてアルファもボクと、これからも一緒にいたいんだって、そう願う強い気持ちが一つに重なったからこそ、この結末に辿り着けたのだから。

 だからこそボクは、エイズが完治したこと、このまま順当にいけば、普通の生活を手にすることも夢では無いことを知らせる最初の相手として、愛するアルファを選んだんだ。

 アルファは、ボクの病室を訪れたその時、それはもう相当張り詰めた様子で先生を眺めていた。でも先生の口から、ボクのエイズが完治したと言われ、次いでボクも、エイズが治ったのだと伝えると、彼はどういう訳か──。

 

 アルファ「……もう…意味わかんねぇよ……は?…なんで…ぇ…?……でも……ホントに、良かったぁ……良かったよぉ……」

 

 突然、その場でぱたんとへたり込んだかと思うと、大粒の涙を零しながら、少し前のボクと同じようなことを呟いたのだ。まるで子供のようにえんえんと泣きじゃくって、良かった、良かったと、拭いきれない涙を懸命に拭いながら繰り返し叫び続けてくれる。

 そんなアルファをVRルームから見て、ボクもまた胸に熱いものを感じながら、画面越しに言うのだ。

 

 ユウキ「…もう、なんでアルファが泣くのさ…」

 

 するとアルファは、ボクを見つめ返すようにカメラに視線を合わせ、嬉し泣きの表情で、全力の笑顔を浮かべてくれる。

 

 アルファ「嬉しいからに、決まってるだろっ…ユウキが生きてくれるのが、俺はすっげぇ嬉しいんだよっ……」

 

 …どうしてアルファは、こんなに嬉しそうな顔をしてくれるのだろう。言ってしまえば、エイズが治ったのはボクのことであって、君のことではないのに、なんでアルファは、自分のことみたいに喜んでくれるのだろうか。

 アルファのこういう、他人に対して全力なところが、またボクの大好きな彼の一面であるのだけれど、こうも本気で涙を流されると、ボクももうどうしようもなくなった。昨日大泣きしたばかりだというのに、涙は涸れることなく溢れ出し、ほんの少し震えた声で、ボクはアルファにこの想いを告げる。

 

 ユウキ「…ボクも…嬉しいよ…まだ…これからもっ…アルファと生きていけるのが…ホントに凄く、嬉しいんだからっ…」

 

 そしてボクとアルファは暫しの間、お互いに涙を以てして、これからを得た幸せを共有していたのだ。やがて落ち着いたボクは、同様に、涙を止めるも目頭が赤くなっちゃったアルファにそれを伝えた。

 

 ユウキ「あのね、ボクがエイズが治った理由なんだけど…実は、よく分かってないんだ」

 

 するとアルファは、呆れと喜びの混じった笑顔で言うのだ。

 

 アルファ「…なんだそりゃ…まぁ、もう何でもいいんじゃねぇの。兎に角ユウキは、エイズが治ったんだろ?」

 

 そんな君に対して、ボクはそれを肯定した後に、続ける。

 

 ユウキ「でもね、色々、何か要因は無かったかなって、先生と一緒に考えてたらさ…一個だけ、あったんだ」

 

 アルファ「へぇ、なんだったんだ?」

 

 不思議そうに訊ねてくるアルファに、ボクは少し恥ずかしい気持ちを抱きつつも、彼にそれを教えた。

 

 ユウキ「…アルファとの…キスだよ。現実世界での」

 

 すると彼は、一瞬呆気に取られたように表情をぽかんとさせていた。そしてふっとこちらの世界に戻ってくる。肩をぴくっと動かすと、君は随分とおかしそうに笑いながら、ボクに言い返してきた

 

 アルファ「そりゃそうだったらロマンティックもいい所だけどさ~、流石にそんなわけ──」

 

 とそこで、遂に先生が耐え兼ねたように、アルファの前に立ったのだ。そんな先生の表情は、後姿になっていてよく見えない。しかし、見えずとも伝わってくるその異常な熱意だけは、背中からでも充分に理解出来た。そして先生は、彼にそれを話した。

 

 倉橋「いえ、実際に可能性が、無くは無いんです。もしかすると、アルファ君とのキスが木綿季くんに何らかの可能性を引き出したという線も十分にあり得るんだよ!…ですので…少しばかり、検査に協力してもらえませんか?勿論お代は結構ですから」

 

 アルファ「え、えぇ…いいですけど…具体的に何を?」

 

 倉橋「そうですね…人間ドック的なことを一通りですね──」

 

 先生の口から語られるとんでもない仮説に、アルファはどうにも信じられないと言った様子で、しかし先生の提案を受け入れる。

 だけどボクにとっては、なんとなく確信があった。アルファとの愛のキスが、ボクの全てを導いてくれただろうことに。アルファが検査に協力する旨を伝えると、先生が色々な検査をすることを事前に説明するように、様々な検査方法を述べていく。

 アルファはふむふむと頷きながらそれを聞き続けていくも、次の瞬間、先生から放たれた一言に、表情を強張らせた。

 

 倉橋「──あとは、採血とかですね」

 

 アルファ「え」

 

 …アルファ、どうしちゃったのかな。だなんてボクが思っているうちに、アルファはピクピクと引き攣った笑みを浮かべながら、先生の顔を見やり言った。

 

 アルファ「さ、採血って…手の甲ぐりぐりするやつですよね…?」

 

 すると先生は、当然だと言わんばかりに首肯する。

 

 倉橋「はい、そうですよ」

 

 と同時に、アルファはくるりとその場で向き直り、全力で逃走を図ったのだ!

 

 アルファ「それは勘弁して──」

 

 しかし、彼の行く先には、ナースのお姉さんが二人立ちはだかっていた!

 「嫌だ嫌だ!」と子供っぽく採血に恐怖するアルファを、二人して脇に腕を潜り込ませ、身動きを取れなくしてしまう!

 その二人のお姉さんに腕を組まれ、アルファは途端にしゅんとおとなしくなったのだ!

 

 …あれ?その原因ってもしかして…あの大きなおっぱいに包まれてるからじゃないよね?アルファ?とボクがちょっとした不信感を抱いているうちに、彼は先生と二人の看護師にどこかへと攫われそうになる。

 その先生たちの姿は、まるっきりマッドサイエンティストだなぁと思っていると、アルファから必死の呼び声が聞こえてきた。

 

 アルファ「ゆ、ユウキ!!助けてくれ!!俺、採血なんてしたくないんだ!!痛いのは嫌なんだって!!」

 

 …へぇ、アルファって、採血苦手なんだ。しかも痛いからって…やっぱり可愛いとこあるなぁ…などと、焦るアルファとは対照的に呑気な感想を抱いたボクは、VRルーム内で手を振りながら、笑顔でお見送りしてあげるのだ。

 

 ユウキ「アルファ、頑張ってね!頑張ったら、あとでご褒美あげるよ!」

 

 ボクの呼び掛けが効果覿面であったのか、アルファは一瞬喉をごくりと動かしぐっと表情を引き締めると、そこからは自分の足で、先生たちに着いて行ったのだった。

 

 

 

 

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 今日は、人生最高に心の中がぐっちゃぐちゃにかき乱された一日だ。

 朝起きた瞬間は、ユウキと共に甘い時間を過ごしつつも、心の片隅ではその時が来ることに恐れを抱き、お昼頃には、先生から送られてきた一本のメールが、俺を大いなる恐怖で支配してくれた。

 情けない程に小刻みに身体を震わせ、ユウキが遂に俺の傍から消えてしまうのではないかと、最悪の怯えに苛まれながらも、俺は病院へと急行した。

 そしてその果てに知らされた真実は、ユウキのエイズが完治したという、どこまでも明るく目出度い報せであったのだ。もうその時点で、不安、絶望、そして希望の三色…いや、細かく言えばもっとなのだろうが、兎にも角にも、俺の心の状態は混沌を極めていた。

 加えて、採血などという嫌な検査のお時間だ。結局、俺がどれだけ泣き叫ぼうとも、どこか本気の表情を浮かべている先生からの検査は止まるわけもなかった。ユウキからご褒美が貰えるということもあって、俺も全力で頑張らせてもらった。

 採血自体は、看護師さんが上手だったのか、思った以上に痛くは無かったので、俺としても助かったわけだ。検査の結果はまた後日ということなので、俺も一先ずユウキの病室に戻ってから、普段通り軽く…しかしいつも以上に明るくお喋りを交わし、そして帰路に着いた。

 まだ夕飯までの時間にはかなり余裕があるので、俺はアミュスフィアを被り、ユウキの待つVRルームへと向かう。

 

 ユウキ「ア~ルファっ」

 

 すると一番に俺を出迎えてくれたのは、赤いソファの上で腰掛けひらひらと手を振る、やけに上機嫌なユウキであった。

 いつものように赤と白のフード付きパーカを纏う彼女のその笑顔には、しかし以前とは違って一切の陰りは感じられず、それが心の底から綻びたものであることが伺える。

 …一体、ユウキがこれ程屈託のない笑顔を浮かべるのは、いつぶりだろうか……いや、もしかせずとも、これが初めてなのではないだろうか。

 最近は、ユウキも死の恐怖に怯えていたせいか、その笑顔は少し物悲しげであったし、SAOに居た頃だって、これ程にまで全力の笑顔を浮かべたことはない筈だろう。これまで俺の胸を射止め続けていたユウキの笑顔が、いつも簡単に塗り潰されてしまうほどに、今のユウキが放つ笑顔は、希望の輝きで溢れていたのだ。

 その原因は間違いなく、彼女のエイズが完治し、これから長い間生きていけるようになったからなのだろう。

 

 そして俺は再び、その最高の幸福を理解した。

 もう俺達は、いつか訪れる死別を恐れることはないのだ。これから長い時間を掛けて、ゆっくりと愛を育んでいけるのだ。俺はユウキの笑顔を、この先もずっと隣で見ていられるのだ。

 勿論、明日交通事故に遭って死ぬかもしれないし、ユウキに振られる時が来るかもしれない。だが今の俺にはそんなことがどうでも良く思えるほど、その俺達が目指して止まなかった未来を掴み取れたという事実が、深く胸に響いていたのだ。

 そんな衝動に突き動かされて、俺はユウキに駆け寄る。ソファに座る君の小さな身体に、全力で覆い被さった。彼女の顔を胸に埋めるように頭を寄せ抱え、ひたすらに君を抱き締め続ける。

 するとユウキも、その両腕で俺を強く抱き締めてくれる。そこで堪らず俺も、揺れる声で問い掛けるのだ。

 

 アルファ「…もう、大丈夫なんだよな…?」

 

 するとユウキもまた、同じように言ってくれた。

 

 ユウキ「…うん。もう、大丈夫だよ…これからも、一緒に居られるんだよ…」

 

 ユウキの柔らかい身体に触れながら、そう言ってもらえる。たったそれだけで、さっき泣きはらしたばかりのはずなのに、また俺の目から零れ落ちてくるのだ。

 俺の瞳から流れた水滴が彼女の頬にぶつかり、俺が涙を流していることに気が付いたユウキは、呆れながらも優しい笑顔を浮かべる。

 

 ユウキ「…また泣いてるの?…泣き虫なボクの癖、移っちゃったのかな?」

 

 アルファ「…だって……こんな奇跡っ……」

 

 ユウキにそんなことを言われるも、俺は涙で声が震え、上手く言葉を発することが出来ず、ぽろぽろと涙を零すばかりであった。そんな俺の様子を受けたユウキは、不意にソファから立ち上がり、俺と同じ目線にまで移動すると、今度は彼女が俺の頭を寄せ抱え、俺をその柔らかい胸の中に包み込んでくれる。

 そしてユウキは、俺の心に響かせるような透き通った声で、それを告げたのだ。

 

 ユウキ「…そうだね…これはきっと、ボクとアルファで紡いだ奇跡だよ…。だからボクに、伝えさせて欲しいんだ…ボクをここまで支えてくれて、ありがとう、って…」

 

 俺はユウキに包まれながら、そんな温かい言葉を掛けてもらえる。そうなると俺も歯止めが効かず、やはり涙を止めどなく溢れさせ、嗚咽を漏らしてしまう。だがあ確かな声色で、俺は彼女に言葉を返した。

 

 アルファ「ここまでじゃ、ねぇよ…これからも、支えていくから…だからっ…ユウキも、俺のこと支えてくれよな…」

 

 ユウキ「…うんっ…」

 

 するとユウキは、なにかが爆発したように一層ギュッと俺を抱き寄せると、次第に噎び泣き始めた。先程とは違って、ここは俺とユウキだけの世界だ。俺達は周囲の目を気にすることなく、ひたすらに涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 朝の日差しを感じ取り、徐に瞼を開ける。寝起きでちょっとぼうっとする頭の中で、ボクはぼんやりと微睡の余韻に浸っていた。

 今日は確か…三月三十日。ボクのエイズ完治から、三日目だった気がする。初日は先生の前で大泣きして、二日目は、アルファと一緒に涙を流した。また今日も泣いちゃうのかな、などと思いつつも、ボクはふと不思議な心地を味わっていた。

 ボクにとってはまるで、今日と言う日が訪れること自体が、酷く夢心地であったのだ。それはまるで、本来ならば訪れることのなかったはずの未来に辿り着いたような、そんな何とも言えない感覚だ。

 でもボクは、三月三十日に辿り着いた。例え別の世界では、今日を迎えられなかったとしても、ボクはアルファと共に、確かに明日へ辿り着いたのだ。なればこそ、そんな存在するかも分からないパラレルなボク自身の分まで、ボクは精一杯この命を燃やしていこうではないか。

 ふとベッドの隣に視線を移すと、もうすぐ春休みが終わっちゃうと言うのに、すーすーと寝息を立てながら今日もお寝坊さんなアルファが、そこには変わらず幸せそうに微睡んでいる。

 

 …さて、ボクはこれから、アルファとどうやって毎日を過ごしていくのだろうか。仮想世界だけじゃなくて、現実世界でも、アルファと一緒に色んな所をデートしたり、彼の温もりに触れたり、或いは…共に学校生活を送ったりするのだろうか。

 これからボクを待ち望むその先は、とてもとても光り輝いていて、ボクはアルファの寝顔を微笑み眺めながら、幸せに満ち足りているであろうまだ見ぬ未来を、心待ちにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、四月三日の日曜日となります。

 では、また第153話でお会いしましょう!
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