~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第153話 その次の次の日

 春のうららかな日差しを浴びながら、俺は軽快に街を歩いていく。その弾むような足取りは、最早この世界でも、背から翅が生えているのかと勘違いしてしまう程であった。

 春休みも残すところあと数日。多くの学生にとっては憂鬱であろう、日々の退屈な授業が再開するまであと残り僅かだというのに、一方俺の心は満点の青空一色であった。

 天にも昇る心地で鼻歌交じりに向かう先は、君の待つ病院である。以前の俺からすれば、こんなふわふわした気分で病院に向かえる日が来るとは、想像も出来なかったことだ。病院に足を進めるということそれすなわち、現実世界で君に会えるという喜びがある一方で、君の死が目の前に迫っているということを、改めて明確に認識させられるという、途方もない恐怖に塗り潰されてしまうものでしかなかったのだから。

 

 だが今の俺は、もう他の何かに苛まれることない!

 

 ただ歓喜の絶頂に包まれながら、君に会いにいくことが出来るようになったのだ!!

 

 やがて辿り着いた院内のエントランスホールにて、俺は笑顔で彼女に面会しに来たとの趣旨を伝えると、受付の人もまた微笑ましい様子で俺を眺めながら、銀のプレートを渡してくれる。

 受け取った俺は、もう無理に急ぐことはない。でも早く君に会いたくて仕方がなくて、結局早足にエレベーターに乗り込み、最上階へと至る。その生活感の無い無機質な白い空間も、今この瞬間には、清掃が行き通った輝かしいもののように思えた。

 二度三度通路を曲がっていると、君の病室前に辿り着く。そして看護師さんの付き添いの下、クリーンルームに隣接されたモニタールームへと足を踏み入れた。

 向かって左側、透明なガラスの向こうで白い検査着に身を纏いながら、懸命に歩行訓練に勤しむ君の姿を目にして、俺はまたどうしようもない程に嬉々とした気持ちを抱かされる。

 

 アルファ「よっ、ユウキ、頑張ってるな」

 

 ユウキ「…ん、アルファ…ボクはもう暫くリハビリしてるから、適当にしてていいよ」

 

 俺が挨拶代わりに声を掛けると、君はこちらに気が付き、笑顔を浮かべてそう言ってくれるのだ。なのでそのお言葉に甘えさせてもらって、俺もモニタールームにある椅子に腰かけながら、ぼんやりと君のリハビリを眺め始めた。

 

 今日は四月一日。ユウキのエイズ完治から早数日後であった。

 全くもって予想だに出来なかった、特殊な状況下で。見事HIVウイルスに打ち勝った彼女は、今しばらくの間は、こうしてクリーンルーム内での生活を余儀なくされるらしい。しかしもう一カ月後ぐらいには、一般病棟へと移ることが出来るようになるとのことである。

 そんなユウキは、少しでも退院の時期を早めようと、こうしてクリーンルーム内でも積極的にリハビリ活動を行っているのだ。ガラスの向こうのユウキは、一生懸命に、一歩ずつ一歩ずつ、やせ細った身体に力を込めて足を踏み出している。その姿を目にするとそれはもう、男性である俺にはないはずの母性…つまりは父性を盛大に刺激してくれるわけで、俺も心の中で「頑張れ頑張れ!」と応援せずにはいられない。

 

 SAOサバイバーと比べて、更に一年以上もの歳月のほとんどを仮想世界で過ごしていたユウキは、当然俺達よりも筋肉は削げ落ちており、更には病魔に侵されていたということもあって、その身体は皮と骨ばかりである。

 その上、ここ数カ月は、病魔が彼女の身体を一層激しく蝕み、加えてメディキュボイドの中から出られなかったこともあって、栄養補給方法は点滴。免疫力がほぼ全快しているであろう今も、顎の筋肉が足りないことから、以前の俺のようにまずは御粥から食事が始まったらしい。

 がしかし、そんな味気ない筈の御粥も、ユウキにとっては非常に美味であったようだ。つい昨日、かつての俺と同様に涙を流してしまったのだと、彼女は恥ずかしそうに語っていた。

 

 …ついついユウキのことになると。話を脱線させてしまうな。話を戻させてもらうと、要するにユウキは、帰還当時の俺よりも身体が弱っている。と言うことで、使用している歩行補助具も、俺が最初に使用していた手すりみたいなものとはまた違っている。

 いま彼女が使用しているのは、車のように四輪のタイヤが備え付けられた歩行車と呼ばれる器機であり、ユウキはそれに支えられながら、少しずつ歩行の為の筋力を回復させようとしているのだ。

 これからユウキの筋力が回復していくにつれて、勿論歩行器具の種類も変化していく。だがユウキが晴れて歩行器具なしにでも生活出来るようになるには、どれだけ早くても二カ月ほどは掛かるだろうと、先生は俺に説明してくれて──。

 

 ユウキ「──アルファ、なんでそんなに、ニコニコしてるの…?」

 

 と、俺が君のリハビリ終了時期を想像していたその時だ。ユウキは簡単な歩行訓練で息絶え絶えになりながらも、俺を不可思議そうに眺めながら、そんなことを訊ねてくる。

 そこでふと、自分の口角が上がっていることに気が付いた俺は、確かになんでだろうと思わされる。でもその答えは、気持ち良い程にすっと頭の中に浮かび上がってきた。

 

 ユウキ「ボクの、リハビリなんて…見てても面白い、ものじゃないでしょ…?」

 

 そんなユウキに対して、俺はやはり笑顔で言い返すのだ。

 

 アルファ「…まぁ、確かに面白い物じゃねぇけど…なんか、ユウキなら華になるって言うか…うん、ユウキがリハビリ頑張ってるところが、良いんだ」

 

 するとユウキは、呆気に取られたように俺を眺めた後に、プイと顔を背けた。そんなユウキの態度は、恥ずかしさを誤魔化そうとしている際に魅せるものだ。もう数年一緒にいる俺はすぐにそれに気が付き、やっぱ可愛いなぁと数年変わらない感想を抱かされる。

 そんなユウキは顔を背けたまま、俺に言い返すのだ。

 

 ユウキ「…もう…溺愛してくれるのは嬉しいけど…そこまでいったらただのバカだよ…」

 

 などとコメントしつつも、ユウキがさっきよりも一層リハビリに力を入れているように見えるのは、俺の気のせいなのだろうか。

 そんな俺達のやり取りを眺めていた看護師さんは「幸せそうね、あなたたち」と第三者に言われると少々くすぐったいコメントを述べてくれるのだが…そこで俺は、不意に思うのだ。

 果たしてこれは、現実なのかと。これはもしや、俺の創り出した夢想なのではないかと。

 この感覚は、ユウキのエイズが完治したと知らされたその時から、時折顔を出しては、俺を不思議な心地へと誘ってくれる。

 だって、そりゃあそうだろう。治る見込みの無かったはずのエイズが完治し、君との未来を生きていけるようになるだなんて、誰が想像出来ようか。

 そんな可能性はゼロパーセントであるとは言わないが、決して高くは無い確率…それこそ、何兆分の一とかの確率であろうことは疑いないはずだ。だからこそ俺は、もしかしたらこれが夢の世界なのではないかと、そんな感覚を拭うことが出来ないでいるのだろう。

 がしかし、この感覚も、いつかは何処かに消えて去っていくのだと思う。それこそ…ユウキがクリーンルームから一歩踏み出すその時。もう一度、今度は外の世界で君に触れるその瞬間に、これが紛れもない現実であることを、俺は明瞭に認識出来るのではないだろうか。

 

 それからユウキは、暫く歩行訓練を積み続け、やがて息を整えてから、疲れ果てたようにベッドに座り込んだ。そんなユウキとあれやこれやと下らないお喋りを繰り広げていると、面会時間の終わりが来たと同時に…モニタールーム内に、三つ目の人影が出現した。

 俺がそちらへと視線をやろうとする前に、その人影から、聞き覚えのある声が飛んでくる。

 

 倉橋「アルファ君、このあと少しだけ時間あるかい?」

 

 アルファ「えぇ、ありますよ」

 

 先生の顔を見た俺がこくりと頷き返事をすると、先生は着いてくるよう俺を促した。ユウキには「また後でな」と手を振ってから、先生の後について行く。

 そして先生に案内された場所は、以前俺がユウキの望みを伝えられた、倉橋先生の診療室であった。また丸椅子に座った俺は、一体今日は何の話をするつもりなのかと、先生を眺める。

 すると先生は、デスクトップ型パソコンを操作し、俺には理解出来ないグラフのようなものを表示した後に、口を動かし始めた。

 

 倉橋「数日前に行った、アルファ君の身体の検査結果が、昨日明らかになったんです」

 

 アルファ「あぁ…どうだったんですか?」

 

 そう言えばそんなこともあったなと、俺が二日前のことを思い出す。

 すると連結して、ユウキから貰えた最高のご褒美をも脳裏に浮かべてしまうわけだが…別に、俺とユウキも、毎度毎度、破廉恥なことしているわけではない。

 あの日ユウキは「ご褒美はアルファの好きな物なんでも良いよ」と言ってくれたので、俺はユウキのパンが食べたいと、そう答えたのだ。それに理由があるかと言われると、案外そういう訳でも無く、その日はなんとなく、ユウキの作る絶品パンを食べたい気分でだったからだ。

 その日頂けたユウキのパンが、いつもに増して美味しく感じられたのは、恐らく世界に希望を見出せたからなのだろう。

 とそんなことを考えていると、先生が表情を輝かせながら、パソコンに映されたグラフに手振りを加えつつ、それを説明し始めた

 

 倉橋「なんとですよ?アルファ君の身体からは、HIVウイルスに対する抗体が発見されたのです!しかも、これまでに見つかっていたエイズ耐性と比べて、より強力な!特別なものです!見て下さい!これが一般的な…とは言っても、エイズ耐性を持つ希少な遺伝情報を持った人の耐性度合いなのですが、対するアルファ君は──」

 

 先生が語りゆく内容は、彼の熱意と共に、拍車をかけるように専門的になっていく。最初は縦に首を振っていた俺も、次第に頷く首を傾げるようになってきたのだが、今の先生には周りが見えていないのか、延々と医学的な説明を続けてくれる。

 そのほとんどが俺には理解出来なかったものの、凡人でも分かるようなことをかいつまんで説明するとすれば、俺の体内には、免疫細胞だけでなく、血液や唾液を含む体液の中でさえも、エイズ耐性を持った何かを保有しているらしいのだ。それが恐らく、ユウキと深いキスを交わした際に、彼女の体内に潜り込み、彼女の身体を蝕むHIVウイルスを根絶させたとか。

 ただ、唾液に含まれていたその抗体の量は、他人のHIVウイルスを根絶できる程のものではなかったようなので、そこだけは、合理的に考えると不可思議なことであったらしい。

 

 そんな話を聞いているうちに…ほうほうなるほど、やっぱりこれは、俺とユウキが二人で起こした最高の奇跡なんだなと、改めて実感させられる。

 遂に右から左に情報を流し始めた俺に気が付いた先生は、こほんと咳をすると、話題を転換した。

 

 倉橋「…おっと、ごめんなさい。医療従事者ではないアルファ君には、意味の分からない話でしたね、今のは。それで、ここからが話の本題なんです。検査結果によれば、アルファ君の血液であれば、エイズ感染者のHIVウイルスを排除できるほどの抗体が含まれていると思われるのですが…」

 

 先生はそこで一度言葉を区切ると、人差し指を上向け、屈託のない笑顔で俺に告げた。

 

 倉橋「…どうですか、もうあと何度か採血を行って、もし本当に、充分に抗体が確認出来た暁には…それを医薬として販売するというのは」

 

 アルファ「……は…はぁ!?く、薬!?」

 

 先生の一言に、俺は素っ頓狂な反応を返した。全くもって、想定外であった。いや、最近は俺の想像出来ないようなことが良く起こるとは言え、これまた予想外過ぎる出来事であろう。

 …なに?俺の血液が薬になる?マジで意味が分からねぇな、これ。

 そんな率直な感想を抱きつつも、先生の言う通り、人類の中でも俺だけに与えられたのかもしれない特別な力があるとするのならば、俺がそれを共有すれば、恐らく多くの人が救われることになるのだろう。

 そしてそれは、俺やユウキと同じように、本気で愛する人との死別を恐れる誰かの希望になれるということである。それを考えるのならば、俺の採血への恐怖など、どうして優先出来ようか。

 今日一番の衝撃に呑まれたまま、俺はすぐに、先生に言葉を返した。

 

 アルファ「…まぁ、そりゃ医薬になれば良いですけど…どうやって?」

 

 …そう、肝心の問題はそこなのだ。例えば俺の血液に、エイズ耐性強のバフが乗っていたとしても、そのバフを継続したまま、如何にして血液を医薬に変換するのか。

 もっと言えば、それを作る場所は?設備は?人件費は?そもそも販売免許とか広告方法とかは?…と、医薬を販売するのにも、多大なる困難が想定されるわけだ。それ故に、俺は思ったままの疑問を先生にぶつけたのだ。

 すると先生は、特に動じることもなく言葉を返してくれる。

 

 倉橋「その点については、医師である僕に任せて下さい。恐らく、十中八九でアルファ君の血液を基にした医薬が販売されるでしょう。…そこで、勿論アルファ君もその医薬開発に携わるわけですから、売り上げの一部はアルファ君のものになるわけですが…これぐらいで、どうですか?」

 

 先生は言葉を続けながらも、そのお金の一部が俺に入ってくるなどとこれまたちょっとよく分からないことを言ってくれる。そしてその割合を示すように、指を幾つも立てたのだ。

 それを目視した俺は…今日一番は一瞬にして塗り替えられた。心の底から硬直する。

 

 アルファ「え………。いや……そんなに良いんですか……?」

 

 倉橋「勿論ですよ。何せアルファ君が居なければ、この医薬は成り立たないわけですから」

 

 もしかすれば先生は俺を騙していて、俺は相場よりも低い割合で、この提案を持ち掛けられているのかもしれない。がしかし、ビジネス交渉だなんてものは、俺は人生で一度たりも経験がなかった。となると交渉スキル熟練度ゼロの俺では、無論それが、妥当な配分であるか否かを判断することは出来なかった。

 つまりは、これは俺と先生との信義に基づいた提案であると、信じる以外に道はなかったということだ。

 …だって、もしそんな割合の売上金が入ってくるなら…まぁ、俺がその医薬の値段を決められるなら、誰の手にでも届くよう良心的な価格に設定するつもりではあるんだけど…。

 とは言え、工場の場所代とか機械の稼働代とか、或いは人件費、運送費…考えるとキリがないが、それらのコストを考慮すれば、少なくとも三桁を下回る金額で販売できることはないだろう。

 となると、件の医薬品が一つ売れる度に、俺の手元には自動的にさっきの割合分が入ってくるわけで…しかもこんな薬、売れないわけがないだろうから…あぁ、これはヤバいな、うん。もう一生働かなくても良いんじゃね?普通に。

 とまぁそんな感じで、俺はざっと人生設計図に修正を余儀なくされたわけだ。え?俺の将来はどうなってるのかだって?独り身で生きていくのかって?そりゃあ…隣にはユウキが居て欲しいわけで…もしユウキが他の男に取られでもしたら…うん、泣いちゃうな、俺。

 などと目まぐるしく色々と不確定過ぎることも考えつつも、俺はようやく、先生に返事をした。

 

 アルファ「はい。じゃあ、その方向でお願いします」

 

 倉橋「解りました。それじゃあまずは、契約書などを作成しましょうか。アルファ君のご両親には──」

 

 俺がそう答えると、それからは先生との様々な打ち合わせが始まった。俺はもう成人しているので、親に連絡を取る必要もない。

 書類やらなんやらに実印を押すべく、契約書類などは明日以降に手を付けることにして、取り敢えず恐怖の採血タイムへと向かうことになった。何やら他にも、特許とかも登録する必要があるらしい。

 その想像以上に山積みの工程を耳にした俺は、明日からは大忙しになりそうだなと、そんな予感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 今日は四月一日。それは、まだクリーンルームからは出られないけど、ボクがメディキュボイドの外に出てリハビリを開始してから、二日目のことであった。

 一日目のリハビリのせいか、今日は朝から全身筋肉痛に見舞われ、身体を動かすのも億劫だったけど、今のボクにとっては、現実世界で身体を動かせること、それに、これから現実世界で生きていけることがとても輝かしいものに思えたから、今日もへばらずリハビリに取り組んだんだ。

 その途中、アルファはボクのモニタールームに来てくれた時に、ボクが頑張ってる姿が良いと言ってくれたから、それからは一層リハビリに力が入っちゃったけど、アルファはそれに気が付いていたりしただろうか。

 もしそうだとしたら、アルファの何気ない一言でこうにまで頑張っちゃえるボクが、ちょっぴり恥ずかしいなぁ…。

 といつまで経ってもアルファの前では乙女なボクは、ALOの我が家にて、彼の到着を待っていた。程なくして、リビングルームに転移の光が出現したかと思うと、アルファがこちらの世界にやって来てくれた。

 アルファが目の前に現れるや否や、ボクは吸い寄せられるようにソファから立ち上がり、そのまま彼の身体に抱き着くのだ。

 

 ユウキ「アルファ~…」

 

 そしてボクは甘えた声で彼の名前を呼び、彼の行動を求める。そうしたら、やっぱりアルファはボクの望み通りに、ボクの背中に腕を回して、しっかりと身体を抱き寄せてくれるのだ。

 …全く、ボクはホントに、変わらず甘えん坊だ。

 付き合い始めると、時間が経過していくにつれて、こういう情熱的な愛は失われやすいらしい。けどボクに至っては、全然そんな気がしない。もしかしたらアルファは、もうそれに飽きちゃってるかもしれないけど…こうしてアルファから感じる温もりは嘘をつかないから、アルファもまた心からボクを包んでくれていることが、凄く伝わってきていた。

 そしてボクは調子に乗って、彼の目を見ながらお願いするのだ。

 

 ユウキ「ちゅーしよ?」

 

 するとアルファは、若干目線を逸らしてしまう。彼も彼で、いつまで経ってもボクからの上目遣いには弱くて、ボクはそんなアルファを見る度に、この胸にときめきが走るのだ。

 いつかは耐性が付いちゃうのかもしれないけど、それまでの間は、こうやって繰り返しアルファに上目遣いを仕掛けて、その度にアルファの可愛い反応を楽しむつもりだ。

 そんなボクのお願いに対して、彼は呆れたようにボクに言った。

 

 アルファ「…そんな焦らなくても、もう時間は沢山あるだろ?」

 

 確かに、アルファの言う通りかもしれない。だけどボクにはボクなりの持論があって、それ故にボクは、笑顔で言葉を返した。

 

 ユウキ「時間はいっぱいあるけどさ、それに合わせて愛の濃さまで薄める必要はないの!」

 

 とボクに言われたアルファは、はっと気が付いたように大きな瞳を少々見開いたのちに、微笑みながら返事をしてくれる。

 

 アルファ「ユウキの言う通りだな」

 

 ユウキ「…ん…」

 

 そしてそう言ったアルファは、ボクの唇に優しくキスをしてくれる。アルファからの愛を受け取ったボクは、それで満足し、一旦抱き着き攻撃をやめることにする。

 …別に、ボク達だって、四六時中エッチなことばっかりしてるわけじゃないんだからね…少なくとも今は…ね…。こういう軽いキスを交わすのも、またそれはそれで良いんだよ?

 そしてボクらは二人でソファに腰掛け、ゆっくりと時間を過ごし始めるのだ。こうやってのんびりと過ごす時間には、以前であれば僅かながらの焦燥を感じなくもなかったけれど、今は心の底から一ミリの憂いもなくのんびりとしていられる。

 暫し無言で肩を寄せ合っていると、アルファが思い出したように口を開いた。

 

 アルファ「そういや、さっき先生に呼ばれたのさ、検査結果の話だったんだ」

 

 ユウキ「あ、それどうだったの?」

 

 アルファ「なんか俺、身体に滅茶苦茶エイズの抗体があるんだって」

 

 ユウキ「へぇー!だからボクのエイズが治ったのかー!」

 

 アルファの話に耳を傾けながら、やはりそうだったのかとは思いつつも、ボクは結局それに大いに驚いてしまう。だって、骨髄移植で免疫細胞を移したわけでもないのに、単にキスだけで抗体が送り込めるなんて…。

 そう言えば、アルファはもっと昔に一度、ボクのドナーになれないか検査をしていた。でもその時は、なにも分からなかったんだよね…まだ抗体が出来てなかったのかな…?やっぱり、ボクとアルファの愛の力なんじゃないかな?

 とそんなことを思っていたその時だ。ふと、ボクの頭の中に、「それ」が思い浮かんできた。そして「それ」に雷に打たれたような強烈な衝撃を受けたボクは、堪らずアルファをくわっと見つめ、矢継ぎ早に訊ねる。

 

 ユウキ「ま、まさかだけど、これから世界のエイズ患者を助けるために、色んな人とキスしちゃったりするの!?」

 

 ボクが病院から退院する頃には、アルファはボクを置いて世界中を飛び回っており、ボクとアルファは遠距離恋愛を強制される。その上、彼はボク以外の誰かと、日々唇を重ね合わせる。

 この時ボクは、本気でその可能性を考慮していたのだ。対するアルファは意味不明だという表情を浮かべた後に、今度は心の底から呆れたようにボクに答えた。

 

 アルファ「んなアホな…。残念ながら俺の唾液には、誰かのエイズを治せるほどの抗体は確認出来てないんだって…じゃあなんでユウキが完治したんだって話なんだけど…ま、そこは俺とユウキの想いの力だろ」

 

 冷静にそう答えてくれたアルファの言葉を受けて、ボクは隠すことなく安寧の息を吐き出した。そんなボクにまたしても不思議そうな顔を向ける彼に、ボクはこの気持ちを伝える。

 

 ユウキ「アルファの唇はボクだけの物なんだから、他の人に奪われたりしたら…嫌じゃん?」

 

 するとアルファは、ボクの唇が他の誰かに奪われる所でも想像したのだろうか。その妄想した誰かに嫌悪感を示しながら、ボクに言葉を返してくる。

 

 アルファ「全く同感だ。…あ…でも、これはまだ決まった話じゃねぇけど、俺の血液がエイズの特効薬になるかもだってさ」

 

 ユウキ「アルファの血かぁ…う~ん…誰にも奪われないように、先にボクが全部吸い取っちゃおうかな」

 

 アルファ「なにそれこわい」

 

 ユウキ「流石に冗談だよ~」

 

 だなんて感じで、ボクは今日もアルファと他愛のない会話を交わし合うのだ。こんな下らないやり取りだけど、でもそれがとっても楽しくて嬉しくて、また明日もこうしていられることがやっぱり喜ばしくて、ボクは色んな意味で笑顔を綻ばせながら、今日という日を過ごしていったのだった。

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 四月一日。その日のわたしは、特にいつもと変わらない生活を送っていた。キリト君やユイちゃんと一緒にエイプリルフール大会を開催したり、或いはリズ達とダンジョンに出掛けたりと、それはもう在り来たりな日であった。

 だけど一点いつもと違うのは、ここ数日、ALOにてユウキとアルファ君に会っていないことだろう。

 …まさかわたしの知らないうちに、ユウキにその時が来てしまい、アルファ君が塞ぎ込んでしまったのではないかと、そんな悪寒が走ることもあったが、幸いフレンド一覧に映るユウキの名前が、死亡を表すグレーに変化していることもなかったわけで、わたしは一旦の安堵を手にしていた。

 がしかし、近い未来に、いつかはその時が訪れる。それは最早確定的な事であり、避けようはないのだ。

 

 わたしは一月の半ばに、遂に真剣になって、一番わたしの想いが伝わるであろう仮想世界にて、母親に気持ちをぶつけた。その果てにようやく、帰還者学校での日々を掴み取ることに成功し、これからの日々は、きっと、楽しいことで溢れているのだろう。…ただ唯一、ユウキとの死別を除けば。

 わたしでさえ、夜毎にベッドの中で彼女の死を怯えているのだから、一番にユウキを愛しているであろう彼、そして当の本人である彼女に掛かるストレスは、それはもう想像を絶するほどであるはずだ。それは明日か、明後日か、それとも一か月後か、或いはもう一、二時間後なのかもしれない。

 

 毎日を楽しく過ごしながらも、わたしは常にそんなことを意識せずにはいられなかった。それ故に、三月末にユウキから受け取ったメッセージを見て、わたしは大いに震えたのだ。

 何故ならば、そのメッセージの内容が「ちょっと大事な話があるから、アスナの都合の良い日時を教えて欲しいんだ」という物であったからだ。

 まさか、まさかと怯えつつも、メッセージの内容的に、時間には猶予のあることを冷静に判断した。しかし迅速な対応を取るべく、その翌日の四月一日は一日中空いていると、わたしは即答した。

 そしてそれは、ユウキに招集された他のメンバーも同じだったのだろう。四月一日の午後八時には、ユウキとアルファ君のお家にて、実に十名を超える友人たちが、緊張した面様でリビングルームに集っていた。

 丁寧に用意された人数分の椅子に腰を下ろし、いつもであれば、些細な会話を交わしている。でも皆がこの先の展開を予感し、何も言葉を発しない。発せない。

 わたし達を呼び出したユウキとアルファ君は、まだALOの世界にはやって来ていなかった。もう集合時間は過ぎているのに、何故二人は現れないのか。……もしや既に、ユウキの命は燃え尽きてしまって──。

 

 ユウキ「ごめんごめん、ちょっと遅刻しちゃったね」

 

 アルファ「悪い、俺がトイレ籠ってたら、時間に遅れたって感じだな」

 

 ──と、その瞬間ここに現れた二人は、緊張感に包まれる場に似合わない呑気な調子でそんなことを言いながら、空いている椅子に腰を下ろす。

 わたし以外にもキリト君や深澄を初めとする多くの人達が、張り詰めた様子で二人を眺めていると、ユウキが遂にその口を開いたのだ。そして彼女から放たれた言葉は──。

 

 ユウキ「えっと、今日は皆に伝えなきゃいけないことがあって…。実はボク……エイズが完治したんだ」

 

 「「……」」

 

 一瞬、彼女が何を言っているのか、わたしには上手く理解が出来なかった。そしてそれは、ここに居る皆も同じであった。誰もが、穏やかな表情で何か言葉を発したユウキを眺めるばかりで、何も言えない。

 そんな中彼女は、また言葉を続けるのだ。

 

 ユウキ「ホントに色々あってさ、ちょっと前に、ボクの身体からHIVウイルスが根絶したんだ。今はまだクリーンルームに入ってるけど、そのうち普通の病棟に移って、退院して…みんなと変わらない生活を送ることになると思うよ。それで、ええと、ボクがみんなに言いたいのは…今まで心配かけてごめんねってことと…これからもよろしくね!ってこと」

 

 そう言い放ったユウキの表情は本当に晴れやかで、それが嘘でも何でもなく真実であるのだと、わたしはひしひしと理解させられた。

 と同時に、目から熱いものが零れ落ちてくる。次第に喉が引き締まり、鼻につんとした刺激を生じさせる。もう何も言えなくなりそうな心地に陥ってしまう前に、わたしはなんとか、つっかえながらも言葉を捻り出したのだ。

 

 アスナ「…エイプリル、フール…とかだったら…許さない、からね…」

 

 するとユウキは、これまたのんびりと「あちゃ~」といったお茶目な表情を浮かべると、透き通るような笑顔でこう言ってくれるのだ。

 

 ユウキ「ちょっと日が悪かったね~。でも、ホントだよ!ボクはエイズが完治したから、これからも生きていけるんだよ!」

 

 これからも生きていける。そのド直球の言葉をユウキ自身の口から聞いた瞬間、もうわたしは耐えられなかった。わたしの涙腺が崩壊するのと同じように、この場にいる皆も涙を滲ませてしまうのだ。それを見たユウキは、ちょっと困ったような笑顔で、また元気よく答える。

 

 ユウキ「そんなに泣いちゃうなんて…ホントにありがとうね、みんな!」

 

 世界は、温かい。それを証明するかのように、暫しその場は、幸福の涙で溢れ返った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、四月五日の火曜日となります。

 では、また第154話でお会いしましょう!
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