~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第155話 気の早い言葉を

 五月初め。

 

 一日の授業を終えた俺は、今日も変わらず、君の元へと向かっていく。自転車を最寄り駅に走らせ、そこからは電車を乗り継ぎ、やがて病院前の駅に辿り着いた。

 君がクリーンルームを出て以来、アスナやミト等々に加えて、あのアルゴまでもが、引っ切り無しに君の病室を訪れてくれた。それはもう、毎日が騒がしい日々であった。

 がしかし、本日に限っては珍しく、俺は友を引き連れることなく一人で足を運んでいた。如何やら今日は、皆それぞれ予定があるらしい。要するに、俺は久し振りに、ユウキと現実世界で二人きりという訳だ。

 となると、俺もユウキも人目を気にせずイチャイチャしていられるわけで…いや、いつも周りの目を気にしてるのかと問われると、ちょっと怪しい所もあるだろうが…。

 

 兎に角、駅構内のコンビニを利用し、適当に買い物を済ませた俺は、いざ病院へと向けて再出発した。しばらく徒歩で街を進んでいくと、その巨大な威容が前に現れる。

 だがそれはもう、俺には恐怖の対象となり得ない。その無言の威嚇に僅かにも物怖じすることなく、俺は軽い気分で、病院のエントランスへと足を踏み入れた。

 この一年間変わらず、ここ受付窓口にて、俺はユウキの面会に来たことを知らせ続けている。しかし今は、もうそこで銀のプレートを受け取ることはない。受付係から面会許可を貰った俺は、そのままエレベーターに乗り込み、五階でそこから降りると、そのまま508号室を目指していく。

 

 ユウキは現在、この病院に入院しつつ、備わっているリハビリテーションを利用している。日常生活を不自由なく送る為に、筋力を回復させようと努めているのだ。そんな彼女が寝泊りしているのが、個室の508号室であった。

 勿論、今は家族の居ないユウキに、個室に入れるほどの財力があるわけではない。メディキュボイドの臨床試験に大きく貢献してくれたという意味で、倉橋先生が特別に計らってくれたのである。恐らく先生も、ユウキの病気が完治したことが、相当嬉しかったのだろう。

 ということで、やはり本日の俺は、そこでユウキとイチャコラしても全く何の問題もないのだろう。だなんて浮かれた気持ちで、俺が君の病室前にやって来たその時であった。

 君の病室のドア奥から、二人分の声が飛んできたのだ。

 

 「──ってわけだから、そこのところよろしくね」

 

 「そ、そんなの……」

 

 「もうどうしようもないことよ。あぁ…木綿季ちゃんはもうすぐ成人なんだから、衣食住は自分でなんとかしてちょうだい。私も自分の家庭で忙しいから」

 

 「……はい……」

 

 聞き慣れないその女性の声色は酷く冷たく、対するユウキの声色は、かなり弱々しいではないか。

 少なくとも俺の耳にはそう聞こえてくるわけで…一体何があったのだろうか。しかしユウキの調子からして、事態は良からぬ方向へと向かっているのではないだろうかと、そんな予感を拭えない。

 扉越しでは聞き取り辛い所もあり、俺は今すぐに場に突撃して、話の大まかな内容を聴収したいという衝動に駆られる。だが、そんな常識はずれなことをするわけにもいかないだろうと、グッと気持ちを堪えていると、ガラガラと荒々しくドアがスライドした。

 そして扉から姿を現したのは、やはり俺の知らない女性である。小洒落た格好にヒール、ケバ過ぎない化粧をしたその女性は、ほうれい線辺りから四十代後半ぐらいかと解せた。彼女の目つきは想像通りに冷ややかであり、俺を訝しそうに一瞥すると、しかし何も言うこともなく、つかつかとその場を後にしていく。

 その第一印象最悪の女性に、「挨拶ぐらいしろよな」と思わずにはいられない。しかし、去りゆく後姿を目で追うことは、一旦やめにしておいた。

 開け放たれたドアの奥、白いベッドに座った君を見やると…その表情は、こちらも思った通り、大変寂しそうであった。だが俺の姿を認識するや否や、それを無理矢理覆い隠すかのように、彼女は笑顔を向けてくれるのだ。

 

 木綿季「歩夢、来てくれたんだね、ありがと」

 

 そのユウキの無理して浮かべたような笑顔を見て、俺はすぐさま、何があったのかを問い質したくなる。けれども同時に、彼女が話してくれるのを待つべきだろうかとも思うのだ。

 そして結局、その気持ちは心の奥に押し込んで、俺もまたいつも通りに笑顔を浮かべ、君の名前を呼んだ。

 

 歩夢「よっ、木綿季、そりゃ俺は毎日来るぜ?」

 

 ユウキがクリーンルームから解放されて以来、俺と彼女は遂に、お互いを本名で呼び合うようになった。勿論仮想世界の中では、変わらず俺はユウキ、ユウキは俺をアルファと呼ぶし、現実世界でも偶にそっちの名前を呼ぶこともあるが、基本的には、お互いの本来の名前を呼び合っている。

 それは、もう俺達は、仮想世界でしか直接触れ合えない関係ではなく、これから現実世界でも、ずっと一緒に過ごしていく関係を目指していきたいからこそなのだろう。

 無論、俺はユウキを木綿季と呼べばいいだけなので、そこにはなんの違和感もない。が一方でユウキに歩夢と呼ばれるのには、中々慣れないものも感じていた。ユウキがアルファではなく歩夢と呼んでくれる度に、俺は心にこそばゆいものを感じているのだが、他方で、君に名前を呼んでもらえることに、新鮮味を感じている自分もいたりする。

 

 俺が当然だと言わんばかりにそう言い返すと、ピンク色の入院着に身を包んだユウキは、今度は本当に嬉しそうな笑顔を綻ばせてくれた。

 俺はそんな愛くるしいユウキを眺めながら、丸椅子をベッドの前に持っていく。そして椅子に座り、通学用のリュックから袋を一つ取り出すと、それを見せながら彼女に言うのだ。

 

 歩夢「途中のコンビニでクッキー買って来たんだけど、いるか?」

 

 するとユウキは、パッと表情を更に輝かせる。すぐに俺の差し出した袋に手を伸ばすも、瞬間それをピタリと止めた。そして今度は眉を顰めながら、俺に言葉を放った。

 

 木綿季「…ねぇ、歩夢って、ボクのことおデブにしようとしてない?毎日こうやって、お菓子買ってきてる気がするんだけど…」

 

 とそんな俺の思惑を見抜きつつも、ユウキもやはりお菓子の魔力には抗えなかったのだろう。開封されし袋から、赤い小包を取り出し、ココア味のクッキーを口に放り込む。俺もその袋からバニラなクッキーを取り出し、同じように口に放り込んだ。

 そうやって二人揃ってモグモグと口を動かしていると、ユウキが俺を見ながら、ベッドの横をとんとんと叩いてくるのだ。その意図を汲み取った俺は、彼女の隣に腰を下ろす。

 そこでユウキが、もう一つクッキーを口に入れた。それを確認した俺は、お菓子を与える秘密裏の目論見を、彼女に話してやった。

 

 歩夢「いや、俺だって、木綿季のことおデブにしようとしてるわけじゃないぞ。でも、まだまだ体重足りてないんだろ?だったら程よく太らないとな?」

 

 などと説明しながら、隣に腰掛けるユウキの柔らかな肩やら腕やら腹を、俺はこの両手で包み込むのだ。

 こんなセクハラまがいな…というかセクハラ確定の行為に走ろうとも、俺が今は、そのような内心を抱いていないことを理解してくれているのだろう。ユウキは特段何も気にする様子もなく、三つ目のクッキーを袋から取り出す。

 そこで俺もお触りをやめ、隣で体勢を立て直したのちに、彼女に呟いた。

 

 歩夢「…う~ん、まだ標準ユウキの七割ぐらいってところだしなぁ…」

 

 俺の言ういつものユウキとは、当然仮想世界でのユウキの姿を指している。

 それすなわち、ユウキがクリーンルームに入る前の、数年前の体重やら肉付き、骨格を意味しているわけだ。つまりは、今のユウキは中学生と比べても、七割程度しか体重がないということである。

 となると、まだまだ健康体には程遠いのだから、ユウキにこれからを元気よく生きて欲しい俺としては、取り敢えず標準体重ぐらいにまでは、なんとしてでも戻ってもらいたいと思っているのだ。

 因みに、ユウキの現時点での身長は、これまでと変わらない。がしかし恐らく、今後もう少しは伸びるだろうから、俺も抜かされないようどんどん背を伸ばしていかねばならないだろう…というか伸びてくれ、頼むから。

 よもや、今まで俺よりも少し背の低かったユウキが、ここに来て俺を抜かしてしまうことなどあるわけが無いと信じてはいるが、まさかまさかの…と俺が恐ろしいことを想像していると、ユウキが疑問気に訊ねてきた。

 

 木綿季「でも、男の人って細い方が好みなんじゃないの?」

 

 歩夢「…さぁ?でも俺個人的な意見で言えば…こう、程よくムチムチの方が…抱き締めた時の肌触りが良いし…」

 

 …まぁ確かに、世間的には、女の子は痩せてる方が綺麗に見えるからと、シルエットの細い女性を好みとする男性が多いのかもしれない。とは言え、俺はその例には入っているのだろうか。

 だって、抱き締めるときに身体が柔らかい方が、きっと心地良いだろうし、だからこそ俺は、標準ユウキの一割増ぐらいがベストであると既に考察済みである為…と言うか、元々標準ユウキが細すぎるので、多分一割増でもちょっと細いぐらいに落ち着くのだろうが…じゃあ俺も細い方が好みなんじゃね?

 …ええい。兎に角、ユウキの健康と俺の欲望を考慮した結果、そこまではユウキに上手いこと体重を付けて欲しいと思ってるわけで…。

 だなんて心の内を漏らしていると、隣のユウキから、ジトッとした視線を向けられてしまうではないか。がしかし、そんなユウキは何処か恥ずかし気な様子で、俺に言うのだ。

 

 木綿季「…ヘンタイ」

 

 そんな彼女の様子を受けて、流石に自分に正直になり過ぎたか、これは失敗だったと俺も自身を戒めておく。俺は二つ目のクッキーを、そこでユウキは早くも四つ目のクッキーに手を出した。

 もしやユウキは、俺の望みを叶えてくれるのだろうか。そんな期待をしつつも、ココアクッキーを頬張る俺に対して、ユウキが先程の俺と同じように、俺の身体にペタペタと触れる。そしてまた一つ訊ねてきた。

 

 木綿季「そう言う歩夢だって、普通と比べると、ちょっと細すぎるんじゃない?」

 

 歩夢「そうだな。まぁ俺も今、頑張って増量してるんだけど」

 

 木綿季「…流石に、ゴリゴリのマッチョにまではなって欲しくないよ?ボクは」

 

 ユウキの言う通り、俺もつい数か月前までは、結構痩せ過ぎな人間に分類されていたと思う。四六時中アミュスフィアを被って仮想世界に赴き、トイレの時間も減らして、出来るだけユウキと一緒に居られるよう食べる量も減量していたが故に、かなり体重を落としてしまっていたのだ。

 だからこそ現在の俺は、絶賛リハビリ中のユウキと共に、己の体重を増加させようと努力しているし、筋肉を増やそうと筋トレだってしている。ユウキ様は本気のマッチョを望んでおられないようなので、今後は程よく、一般的な筋肉を身に付ける方針に切り替えておくことも忘れない。

 

 それからしばらくは、お互いに他愛もない会話を交わし合っていた。

 すると次第に、ユウキが無言のまま器用にお尻を動かして、こちらへと距離を詰めてくるではないか。恐らく、俺に寄り掛かるつもりなのだろう。それは容易に推測出来るのだが…仮想世界ではあんなにイチャついている俺も、現実世界ではまだまだ初心な男の子であった。

 ユウキがいつも通りこてんと俺の肩に頭を乗せてくるだけで、心臓はバクバクとうるさい。だが一方ユウキも、まだまだ現実世界での馴れ合いには慣れていないのか、ほんのり顔を赤らめているのが間近に見えるのだ。そんなユウキの様子に、俺は更にドキドキキュンキュンと胸を高鳴らせていく。

 何せ、仮想世界と比べて、現実世界では、感じられるものが何倍にも多いのだ。それは、ユウキの身体から感じる熱然り、ユウキの流れる黒髪の艶であったり、またユウキ自身から発せられる甘い匂いや、シャンプーの優しい香り、更にはすべすべとした手の肌触りなど、それはもう列挙し切れない。

 そしてそんな中でまた、ユウキの心に潜む僅かながらの迷いや不安と言った気持ちも、よく伝わってくるのだ。こちらの病室に移動して以来、ユウキからは、そんな負の感情は全くもって感じられなかったはずだ。となると、恐らくその原因は、先程の女性との会話にあるのではないだろうかと、俺はやはりその結論に落ち着く。

 困ったことがあったなら、なんでも頼って欲しいし、また俺も同じように君を頼るとするのが、俺とユウキの関係であるはずだろう。だからこそ、君から何か話してくれないだろうかと、俺がそう思っていたその時だ。

 ふとユウキが、俺に目線を合わせた後に、遠慮がちに言葉を発した。

 

 木綿季「…あのね…歩夢…」

 

 歩夢「ん…どうしたんだ、木綿季」

 

 木綿季「……ちょっとね、お願いしたいことがあるんだけど…いいかな?」

 

 その申し訳なさげな表情が、俺の胸を無性に疼かせた。自然と君の手を握る力を強めながらも、ユウキが俺を頼ってくれたことが嬉しくて、俺は微笑みながら返事をする。

 

 歩夢「おう、なんだ?」

 

 木綿季「通信プローブって、まだ持ってるかな?もし持ってたら、今から行って欲しい所があるんだけど…」

 

 歩夢「プローブは家にあるから…取りに行ってからだけど構わないか?」

 

 木綿季「うん、全然大丈夫。ありがとね」

 

 そしてユウキの口から放たれた言葉は、俺の予想の斜め上をいっていた。しかし、残念ながらプローブは、家のテーブルに置きっぱなしにしてある。とは言え、今から取りに行きさえすれば、すぐに通信プローブを使うことが出来るだろう。

 本日俺がプローブを肩に乗せていない理由は、ユウキは今日帰還者学校に顔を出していない為である。ユウキの病気が治って以来、その出番がめっきり減ってしまったそれではあるが、それでもユウキが授業を見学する際には使用しているし、彼女が帰還者学校に通うその時までは、プローブにはまだまだ頑張ってもらうつもりだ。

 一体、プローブを使ってユウキの行きたいところとは何処なのだろうか。俺はそんなことを思いつつも、一度彼女に別れを告げると、現実世界の我が家へと向かっていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩夢「んで、俺は何処に行けばいいんだ?」

 

 病院を発った後に、俺はすぐに家へと舞い戻ってきた。素早く通信プローブを手に取って、それをユウキのアミュスフィアと接続する。再び駐輪場へと足を進め、チャリに跨るその前に、俺はユウキにそう訊ねた。

 すると、昨日振りに肩越しに君の声が響き、ユウキはその目的地を明らかにしてくれた。

 

 木綿季「えっとね、行って欲しい場所は…ボクのお家なんだ。前に一回、アルファに連れて行ってもらったことあると思うんだけど、場所分かるかな?」

 

 歩夢「確か…横浜の保土ヶ谷の…月見台、だっけ?」

 

 木綿季「うん、よく覚えてたね」

 

 歩夢「まぁな。…でも、そっから木綿季の家の近くまでは、流石にうろ覚えだから、案内頼む」

 

 木綿季「りょーかいだよ」

 

 ユウキから教えられたその目的地は、これまた俺の予想外の場所であった。俺はてっきり、面と向かっては中々話し辛いことを話すために、こうやって通信プローブを取り出したのではないだろうかと想像していたのだ。

 しかし如何やら、そういう訳ではないらしい。もしやユウキは単に、自分の家が恋しくなったのだろうか。いややはり、自分の家を眺めながらだと、その胸の中に秘めている不安を語る気になれるのだろうか。将又、その焦燥の原因が、家の近くにあったりするのだろうか…。

 と、俺は色々な可能性を模索するも、ついにはその核心的な答えを見出せないでいた。

 

 なので取り敢えず、ユウキの家を目指し始める。山手線やら東横線を乗り継いで、まずはユウキの地元に到着。最寄りである星川駅からは、ユウキの案内に従いながら、彼女の家へと歩みを進めていく。

 一度ユウキと、病室でゆったりと時間を過ごしていたせいか、既に夕陽が半分以上沈んでおり、辺りは暗闇に包まれ始めていた。以前ここを訪れた時には、丁度夕方辺りの時間帯であったが故に、夜に近づく街の様子が、また俺に違った印象を与えてくれた。

 まだ自然の残るこの地域、薄暗い電柱が住宅路を照らし出す様子は、夜になってもチカチカと目にうるさい東京の街とは大きく違っていて、どちらかと言うと、俺の地元と似ている気がした。

 

 木綿季「…ごめんね、歩夢。ボクのわがままのせいで、こんな遅くまで…」

 

 歩夢「いいっていいって!俺は暇人だからさ!」

 

 徐々にユウキの家に近づいていく中で、道を案内してくれる君の声のトーンが、次第に落ち込んでいく。そしてその末に、いつもの彼女からすれば考えられないような、ネガティブな謝罪を交えてくるのだ。その様子からして、ユウキはやはり、何かに相当追い詰められているであろうことは、最早明白であった。

 その肝心の何かを、ユウキは俺に話してくれるだろうか。俺はユウキを励ますよう明るめの口調で返事をしながら、更に歩みを進めていく。

 そして遂に、寒い冬を乗り越え、青々とした葉を広げ始めているポプラが並んだ公園を発見した。そこに沿って右に曲がった先で、俺がくるりと左に向き直ると、ユウキの家に到着だ。

 ユウキが家の全体像を見られるよう、俺は以前と同じように、公園を囲む低い石垣に腰を下ろした。ユウキは家の前に到着するや否や、途端にその口を閉ざしてしまう。まるで目に焼き付けるかのように、静かに家を眺め続けている。

 暫くは無言で居続けたものの、もう辛抱堪らず、俺はそれを訊ねてしまった。

 

 歩夢「木綿季…何か、あったのか…?」

 

 すると君は、その内心を見透かされたことに驚いたのか、レンズをこちらへ向けると、しかしすぐには答えることはなかった。迷ったように間を置いたユウキは、だけども最後には、俺にそれを話すつもりになってくれた。肩越しに声が響いてくる。

 

 木綿季「…実は……もうすぐボクの家、取り壊されちゃうんだ…」

 

 歩夢「…は…?…ど、どういうことだよ!?」

 

 そしてユウキの口から語られた真実は、余りに突発的且つ衝撃的過ぎるものであった。

 俺はその驚きを抑えられず、ユウキの視点さえ考えられないまま、その場からガタッと立ち上がってしまう。そしてその感情に押し流されるままに、プローブにはうるさく聞こえてしまうであろう大声で訊ね返してしまった。

 対するユウキは、あくまでも落ち着いた声色…いや、落ち着いているわけではない、諦念の混じった儚い声で、俺にその理由を語り始めたのだ。

 

 木綿季「…えっとね、歩夢って、法律関係のお話分かるかな?詳しいことはボクもよく分かってないんだけどさ…ボクはパパの買ったこの家を、遺産相続で相続したんだけどね、その時登記の名義を変更してなかったんだ。それで、さっきボクの病室に来てたパパのお姉さんが、勝手に登記の名義を自分の物に書き換えちゃって、そのまま誰かに、ボクのお家を売っちゃったんだって。それでお家を買った人が、また別の人にお家を売っちゃったみたいで…」

 

 正直言って、ユウキの話す内容のほとんどは、俺には到底理解出来ないものであった。とは言え、人道的に考えるのならば、さっきチラッと見たあのおばさんのやったことは、到底正当化されるべきものではないだろう。そう思った俺は、思ったままのそれを伝える。

 

 歩夢「…んなもんズルいだろ…。何とかならないのか?」

 

 俺の問い掛けに答えた君の声は、今にも消え入りそうなか弱いものであった。

 

 木綿季「…ボクも、分かんない。でも、パパのお姉さんはさ、どうしてもこの土地をお金に換えたかったんだろうね、ちょっと前には、フルダイブまでしてボクに会いに来てたんだよ。ボクに……遺言を書けって…。…あの人、病気のこと知ってから、リアルじゃすごい避けてたくせにさ……。だから多分、このお家を売る為に、かなり念入りに準備したと思うんだ。今日ボクの病室に来たのも、もう土地は返ってこないから、無駄な抵抗はお金の無駄だってことと、住む場所は、自分で勝手に探しなさい…って……」

 

 端的に言えば、その時俺は無性に、あのおばさんを殴り倒したくなった。これ程にまで頭がカッと熱くなり、腸が煮えくり返るような想いに駆られるのは、本当に久し振りのことであった。

 …それは余りに傲慢で卑劣で狡猾であろう!誠実さも信義も人情でさえもそこには一切ないではないか!!同じ血筋の人間として、思いやりという気持ちはないのか!?ユウキが不治とも言える病から回復したというのに、どうして彼女の居場所を奪い去ってしまうのだ!?ユウキが一体何をしたというのだ!?

 

 頭の中には、様々な憤怒が列挙されていく。だがそれをここで吐き出そうとも、この現状はどうにもなるまい。俺に長々と語ったユウキの声は、最後には涙に塗れるように震えており、その場にはただやるせなさが広がるばかりだ。

 きっと、俺が法律に強ければ、こんなことにはならなかったはずであろう。この現状をスマートに解決する方法だって、すぐに思いつけたはずだ。

 俺たちの生きる現代社会は、憲法や法律を初めとする数多のルールによって規律されているというのに、その規則を知ろうともしていなかったなんて、俺はどれほど愚かであっただろうか。ゲームをプレイする上で、ルールを確認しないことなど、有り得ようか。

 全く、自分が情けない。ユウキの大切なものを、こうもあっさりと奪い取られる様を、指をくわえて見てることしか出来ない自分が、本当に不甲斐ない。

 俺がそんな負の感情に呑まれ始めていることに、こんな状況にあろうとも、ユウキは気が付いたのだろう。プローブから、俺を慰めるような優しい声が飛んでくる。

 

 木綿季「どうしようもないことなのに、愚痴言っちゃってごめんね。別に、アルファは悪くないんだから、そんな顔しなくていいんだよ。例えお家は無くなっても、思い出はここにあるから。ママやパパ、姉ちゃんと過ごした、楽しかった頃の記憶は、ずっとここにあるから…」

 

 きっと、ユウキの言わんとする「ここ」と言うのは、彼女の心の中のことなのだろう。確かにそれは、ユウキの言う通りだとは思う。だけどっ…俺はせめて、それを形にも残すべく、携帯で数枚ユウキの家の写真を撮影した。

 そして俺は、やりきれない気持ちに包まれる中、ユウキに帰ろうと言われるのに従って、その場を後にし始めたのだ。

 

 がしかし、やはり俺は、諦めの悪い人間であった。知識を持たない俺であっても、何かまだ打開策は無いのかと、必死に頭を動かし続ける。そうやって考えることをやめずに、どこまでも前へと向かおうとする意志こそが、俺とユウキをここまで突き進ませてきたのだろう。

 何度も何度も様々なことを考えては、しかしそのどれもが、現実的な解決方法とは思えない……いや、現実的…なの…では…?

 瞬間、俺は何かに導かれるように、その答えへと辿り着いたのだ。一寸先も見えない深い霧に包まれていた世界が、一気に晴れ渡っていく。これなら確実だろうと、俺は世界に希望を見つけた。

 そして俺はそれを実行すべく、自分の家に辿り着いた傍からユウキとの通信を切断すると、早速行動を起こしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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 今日は五月二十三日。それは、ボクがこの世界に生まれた日だ。

 

 ──誕生日を迎えられるのは、あと何回なんだろう。

 

 以前であれば、この日を迎える度に、ボクはそう思わずにはいられなかった。だけども、十八回目の誕生日である今年には、そんなことを思うことは、もう一切なかった。

 この日、これまでとは違って、ひょんな奇跡からキャリア持ちでなくなったボクは、現実世界でみんなから誕生日をお祝いされるという最高の幸福を受け取ったんだ。

 みんなが学校終わりに病室を訪れてくれて、それぞれがお祝いの言葉と共に、色んなプレゼントを贈ってくれて…それはもう、ボクは凄く嬉しかったんだ。生まれてこの方十八年、家族以外の誰か大勢からお祝いされるのは、本当に久し振りのことで、ボクが思わず涙ぐんでしまったのを、みんなは心温かそうな表情で眺めていた。

 

 そんなわけで、ボクの病室は、今日は一段と騒がしかったのだ。皆が明日からの日々に向けて、家に帰った午後八時頃。ボクはベッドの上で余韻に浸っていた。だけどこうして一人になってしまうと、やっぱり少しだけ、そのことを考えてしまうのだ。

 …もうすぐボクの退院が迫っているけれど、果たしてボクはこれから、何処に住処を構えればいいのだろう。ボクの心の拠り所であった大切なお家は、もうおばさんに売り払われちゃったし、きっと何処かのアパートに住むことになるんだろうけど…それが、どうしようもなく寂しい。

 心の中に思い出はたくさん詰まっているとは言え、もうあのお家で過ごすことが出来ないという事実は、ボクに深い悲しみを与えるには充分であった。

 …そろそろ、アルファもALOやってる時間かな。と途端に人肌恋しくなったボクは、徐にアミュスフィアを手に取る。

 これは、去年はお祝い出来なかったからと、二年分の誕生日プレゼントと言う意味を込めて、ボクがクリーンルームから出るその日に、彼が贈ってくれた誕生日プレゼントなのだ。

 アミュスフィアは今でこそ、品薄状態になるまでとはいかなくなったとは言え、それでもかなり値の張る商品だ。だからちょっぴり申し訳なかったけど、その日以来有難く使わせてもらっている。

 そしてボクが、君に会いに行くべく、アミュスフィアを被ろうとしたその時だ。

 コンコンと、ドアからノック音が聞こえてきた。ボクがどうぞと声を掛けると、扉はスライドし、そこに現れた人物は…。

 

 木綿季「…歩夢?何か忘れ物でもしたの?」

 

 歩夢「いや…ちょっと、木綿季に見せたいものがあってさ」

 

 そこから姿を現した人物は、今まさに会いたいと思っていた、ボクの恋人であるアルファであった。

 アルファはいつも通り、入り口手前にある丸椅子を、ベッドの上で座ってるボクの方へと動かしてくるけれど、別にそんなことしなくても、毎回最初からボクの隣に座ってくれていいのに…とボクは思ってしまう。

 未だに制服姿のアルファは、いつも使っている鞄のチャックを開けた。そして中身をごそごそとし始める。まさかまたお菓子でも取り出すつもりなのだろうか。

 …どれだけボクを太らせるつもりなのかな…そんなにボクにムチムチになって欲しいのかな…とボクはそんなことを思っていたけれど…結果から言えば、ボクの想像は裏切られた。

 彼がそこから取り出した物は、一つの透明なクリアファイルであったのだ。そこに挟まった一つの紙を取り出し、それをボクに差し出してくる。

 ボクはお菓子を受け取る要領で、それを受け取ってしまった。そのA4サイズほどの紙を眺めるも、そこにはびっしりと文字やら数字が詰まっており、ボクは瞬間的にそれが何なのかを判断することが出来ない。

 するとアルファは、そんなボクを面白がるように眺めながら、言ってくる。

 

 歩夢「それ、何だと思う?」

 

 木綿季「ん~…」

 

 そんな彼に対して、唸り声で返事をしたボクは、そのまま上から順に、その紙を眺めていく。

 まず表題部と書かれた上部には、何処かの住所…これは、ボクのお家の…だね…。そしてそのまま下へと目線を動かすと、権利部甲区と言う場所に辿り着いた。そこには順番に、パパの名前やおばさんの名前が書かれており、何月何日に所有権が移転したと…ボクのお家の持ち主が記載されているのかな…?

 そしてボクは、甲区の最下部に、衝撃的なものを目にしたのだ。

 だって…そこには──。

 

 木綿季「…け、権利者…一井歩夢…!?」

 

 ──そう…どういう訳なのか、アルファの名前が、そこに刻まれていたのだ。その日付を見る限り、一番新しく所有権を受け取った人物は、アルファのようであった。

 ボクがこの意味の分からな過ぎる事態に目を白黒させていると、彼は笑顔でその理由を教えてくれるのだ。

 

 歩夢「えっと、木綿季の家が、誰かに購入されて取り壊されそうになってただろ?」

 

 木綿季「う、うん」

 

 歩夢「だからさ、登記情報を確認して、木綿季の土地を買った人に会いに行ってさ」

 

 木綿季「う、うん」

 

 歩夢「俺があの家買ったんだ」

 

 木綿季「う、うん……うん…?」

 

 …やっぱり、意味が分からないよ…。

 

 アルファは丁寧にそれを説明してくれたものの、ボクにとってそれは、どう足掻いても意味不明の発言過ぎて、彼の発言に最後は首を傾げてしまう。そんなボクを眺めながら、アルファは相変わらず笑顔で、ボクに言葉を続けた。

 

 歩夢「ってわけで、木綿季の家は取り壊されないぜ。今年の俺からの誕生日プレゼントは、木綿季の家ってことだな」

 

 木綿季「……」

 

 最早ボクには、言葉が出てこなかった。それは、アルファの語る内容が衝撃的で唖然としちゃったこともあるし、ボクのお家が潰されないで済んだことが、堪らなく嬉しかったことだって影響している。

 …でも、もうアルファからの誕生日プレゼントは、アミュスフィアって形で受け取ったはずだったのに…そもそもどうしてアルファに、そんな大金があったんだろう…あ、それはボクも知ってるか…。

 兎に角、心の中が余りに目まぐるしかった。頭の中の考えを纏められず、上手く言葉を返すことが出来ない。

 だけどそんな中で、唯一ボクの捻り出せた言葉は、それであった。

 

 木綿季「……でも、お家あげるって言われても…贈与税とか掛かるじゃん。…ボク、そんなお金ないよ…」

 

 そんなボクの発言を受けて、どうやら彼は、そこまでは考えていなかったらしい。今更それに気が付いたように、あっと声を上げる。でもすぐにその表情は明るい笑顔に戻って、またボクに何気なくそう言った。

 

 歩夢「まぁ…じゃあ俺が所有者のままでいっか。あの家は、これから木綿季の好きに使ってくれていいぞ。所有者は俺でも木綿季でも、どっちでもいいだろうし」

 

 木綿季「……ぇ……?」

 

 サラリと流れるような彼の発言に、ボクは先程以上に大きく硬直した。何も、あの家を勝手に使ってくれていいと言ってくれたアルファの寛大さに、ボクは驚きを示したわけではない。アルファがボクに何処までも優しくいてくれているのは、もうこれまでの日々の中で充分知っているのだから。

 であれば、ボクが硬直を強いられた理由は…アルファの発言の後半部分にあった。

 

 ……だって、所有者がどっちでもいいって言っちゃうってことは……アルファは…ボクとけっ──。

 

 歩夢「……あ……え、えっと!?今のはそう言う発言じゃないからな!?…い、いや!?俺は勿論そのつも……あぁ、ええっと……」

 

 とボクがその意味を把握し、目を見開いてアルファに目線を合わせたその瞬間だった。恐らくアルファも、今の自分自身の発言が、如何なるものであるかを理解したのだろう。

 途端に慌てふためきながら、今の発言に訂正を入れちゃったアルファだけど、また重ねて訂正を入れようとして、でもそれを言葉にするのは恥ずかしかったのか、途中で口ごもってしまう。

 そんなアルファの様子を受けて、ボクは堪らず、あははと純粋な笑みを零した。顔を赤くしたアルファを眺めながら、一頻り笑い声を響かせると、そのまま笑顔で彼に言った。

 

 木綿季「今はそれだけで、充分だよ。…でも、いつかは…ね?」

 

 するとアルファは、急に真顔になって、ボクの発言に食いついたように尋ね返してくるのだ。

 

 歩夢「い、いつかって…具体的には…?」

 

 木綿季「う~ん…大学生卒業…どれだけ早くても、学生身分が終わってからじゃない?」

 

 歩夢「そ、そっか…」

 

 ボク自身がこう言ってしまった以上、つまりはどれだけ早くても、二年後までは、これ以上ボクはアルファと関係性を発展させることはないのだろう。

 勿論ボクは、アルファだけだってもう決めてるし、この気持ちを揺らがせるつもりなんて一切ないけれど、果たしてアルファの方はどうだろうか。

 その最終ステップへと至るということは、人生の中でも最も重要なことだから、アルファにはしっかり悩んでもらって、その果てにボクを選んでくれるというのならば、ボクも心の底からそれを受け入れようと思う。

 もしかしたらボクは、大切なお家が守れたこと以上に、アルファからその意志を聞き取れたことが、すっごく嬉しかったかもしれない。

 そんなボクは満面の笑みを浮かべながら、この素晴らしき誕生日プレゼントを贈ってくれた君に、ありがとうを伝えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、四月九日の土曜日となります。

 では、また第156話でお会いしましょう!
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