~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第157話 ただいま世界 後編

 向かいにあるテレビでは、お昼の番組が放送されている。右から左へと流すその番組内容は、スイーツの特集だった。それは特に面白味もないものだけど、隣に座る君が居てくれるだけで、その時間は実に素晴らしいものへと昇華するのだ。

 がしかし、仮想世界で座る時とは違い、ユウキは俺に身体をくっつけて来ない。俺と少し間を開けて、このソファに座っていた。それは彼女も俺同様、現実世界ではそれなりに、緊張感を抱いているからなのだろうか…。

 

 本日、俺はユウキのお家に、初めてお邪魔させてもらっていた。だがまぁなんと言うか、彼女のお家の光景には、かなりの既視感があった。それは恐らく、今は無きVRルーム内の内装やALOにおける我が家のインテリが、この家と大きく似通っていたからだろう。

 勿論、部屋の割り振りなどは全く異なっている。とは言えやはりユウキも、無意識のうちに家に帰れないことを悲しんでいたのかもしれない。自然と内装の配置が似たものとなっていることに、俺は今日気が付いたのだ。

 なけなしの勇気を振り絞っていざユウキの家の中に踏み入った俺ではあったが、それを認識して以来は、過度にガチガチになることもなかった。

 

 ユウキはこの家に帰ってきてすぐに、俺の前から姿を消した。そして俺はなんとなく、彼女が泣き出してしまうのではないだろうかと予感していた。こっそりとユウキの後をつけてみると、やっぱり君は、もう家族に会えないことが寂しかったのだろう。しくしくと静かに涙を流していたのだ。

 当然ユウキとしては、叶うことならば、この家に家族みんなで戻って来たかったはずだろう。そんなユウキに俺の出来ることはと言えば、悲しみを全て吐き出せるよう、温かく抱擁する程度のことのみであった。

 俺の胸の中で、ユウキは止まらない哀哭を叫び続ける。そして俺は、君の背中を撫でて上げることしか出来ない。…こんなことは、単なる空想でしかない。それが実現する可能性は、本当に限りなくゼロに近いことだとは分かっていても、俺はそれを考えずにはいられなかった。

 もし俺が、SAOではなく、もっと以前にユウキと出会えていれば…或いは、俺の身体に隠されたこの奇跡の免疫機能に気が付けていれば…俺は、ユウキが家族と一緒に過ごしていられる、真に明るい未来を創れたのではないだろうかと。

 がしかし一方で、謎の免疫機能が作り上げられたのは、恐らくつい最近のことなのだと思う。だからこそ、俺が彼女と再会したその当時、すぐに行った一度目の検査では、それが発見できなかったに違いない。

 …とは言っても、この特別な力を俺が持っているという事実に変わりはない。俺はユウキの家族全員を救えるだけの素質があったのだ。となると俺は、ユウキの幸せを間接的に壊してしまったというのは真実でしかなく…。

 いや、それは傲慢か。俺は万能のヒーローではないのだ。エイズに掛かった全ての人を救えたのだと、己の力を過信し、意味のない気負いをする資格なんてないだろう。

 ユウキの家族を救えなかったことは、勿論残念ならない。だが一方で、愛するユウキは救えた。なれば、ユウキが家族を失ったことで負ったその痛みは、俺がこれから長い時間を掛けて彼女を幸せにすることで、徐々に溶かしていけばいいのだ。

 

 ユウキが気の済むまで泣きはらしたその後、俺達は大掃除に取り掛かった。フローリングやキッチン、本棚にカーテンレールなど、この家は至る所に、数年分の埃が積もっていた。

 当然ユウキは、まだ一人暮らしに慣れていない。そんな彼女がいきなりこの大きな家を、たった一人で掃除するのは難しいだろう。そう考えた俺は、一緒に清掃をすることを提案したのだ。

 ユウキは一瞬、申し訳なさそうに断りを入れようとしたけども、俺の意図を理解してくれたのか、最後はしっかりとそれを受け入れてくれた。

 一階も二階も、まずは高い所からモップなどを使って埃を床に落とし、次に掃除機を隈なくかけて、そして最後に床を水拭き、空拭きする。僅かそれだけの作業ではあったが、この広い空間を二人だけで取りかかるとなると、かなりの時間を有すことになった。結局、一時間以上は大掃除に取り組んでいたのではないだろうか。

 

 俺はその過程で、ユウキの家の内部をそれはもうよく見られた。本棚には、キリスト教に関連するであろう分厚い本や聖書がズラリと並んでいたり、十字架が置かれていたりと、かなり新鮮なものであった。

 ユウキの部屋とユウキのお姉さんの部屋、母親と父親の部屋も、俺はユウキと共に掃除を手伝った。それぞれユウキの家族が、生前どんなタイプの人であったのかは、その部屋の様子からなんとなく感じ取ることが出来た。

 そしてご両親の寝室には、数年前の写真が一枚、大切に飾られていた。そこには、小学生時代の幼きユウキの姿が写っていた。

 俺が無意識にそれを眺めていると、ユウキは懐かしそうに、家族について色々と話してしてくれた。

 写真に写るお母さんは、ユウキとほとんどそっくりだった。そしてお姉ちゃんもまた、ユウキとアスナと足して二で割ったような顔立ちだった。ユウキとも似ているけれども、纏う雰囲気がユウキとは真逆の御淑やかな感じだ。そしてお父さんは、穏やかで理知的に見える人物であった。

 ユウキの母も姉も、ビックリするぐらい整った顔をしていた。もし俺がこの二人と出会っていれば、もしかしたら恋しちゃってたんじゃね?とか思っちゃうぐらいに、写真に刻まれた二人の笑顔は、俺の心をぐらりと揺さぶるに充分過ぎるほどであった。

 

 がしかし!最後に俺の胸をしっかりと射止めてきたのは、やはりユウキの輝くような笑顔だった!

 

 …うん、小っちゃい頃から可愛すぎるだろ、ユウキ。いま以上に快活且つ純粋なキュート感が…ホントにパワーが凄すぎる。出来れば幼馴染とかに生まれて、幼き頃のユウキと出会ってみたかったな…などと俺は、大掃除の中で、一層ユウキへの愛を高めたのであった。

 

 そして一先ず掃除を終え、ユウキがトイレに駆け込んでいく、その際に俺はふと、木目の綺麗なテーブルに放置された、何十枚もの封筒に気が付いたのだ。徐にそれを手に取った俺は、一番上の封筒の裏面を見てみると、宛名が俺であることに気が付く。

 それを見た俺は一瞬、現状、俺はこの家の所有者だ。まさかポストに、何か大事な書類が届いていたりするのだろうか…と思わなくもなかった。

 だがそれは有り得ない。俺は瞬時にその可能性を否定した。何故ならば、その宛名が俺の名前は俺の名前でも、アルファと記されていたからだ。

 そしてユウキが再びリビングへと戻ってきたその時に、俺はこの封筒に心当たりがないかを、君に訊ねてみた。すると彼女は、途端にその表情に焦りを募らせたので、俺もそんなユウキが面白くて、ついつい封筒の中に入っていた紙を開けてしまうのだ。

 その中の紙に書かれていたものは…俺も余りに突然の出来事過ぎて、最初の数行程度しか読むことが出来なかったのだが…彼女の遺言であると、本人からそう言われてしまった。

 無論、そんな遺書の出番などは来なかった。来させなかった。がしかし、その何十枚にも渡ってびっしりと文字を詰め込んでいるであろう遺書の多さ。そして、俺の知らない間に死を覚悟し、一生懸命伝えることを伝えるべく用意してくれたのだという君の儚い健気さに大きく心を打たれた俺は、堪らず君を抱き締めたのだ。

 仮想世界では一日に何度もハグしている俺達ではあるが、現実世界ではその数は多くはない。それ故にユウキも、俺の抱擁に驚きを示した。しかし、やがて同じように抱き返してくれた。

 俺とは違って死を明瞭に認識していたユウキの強さと、誠実にも遺書を用意しようとしていたその姿勢が本当に愛くるしくて、そしていま君が生きていてくれていることが、一層大切に思えて、俺は長らく君を抱き締め続けた。

 

 それからしばらくして俺達は、こうしてソファに腰掛け、ボーっとテレビを眺めていた。そんなゆったりとした時間を過ごし始めたのだが、ここでようやく俺が、休憩は終わりだと言わんばかりに彼女の顔を見やる。

 

 歩夢「んじゃ、最後に庭を軽く手入れしようぜ」

 

 木綿季「そうだね」

 

 そうして一度ソファから立ち上がり、玄関口で靴を履いた俺達は、正面から裏手に回って家の庭へと移動する。するとそこには、以前見た時と変わらない光景が広がっている。

 芝生の上に白木のベンチ付きテーブルが置かれ、その奥には赤レンガの花壇が設けられている。だがそのどちらもが、数年の月日に朽ちてしまっていた。テーブルはボロボロに塗装が落ちており、花壇の花々は枯れ、代わりに雑草が生えてきている。

 取り敢えずいま出来ることは、雑草抜きぐらいだろうか。俺は根を残さないよう慎重に黒土を掘り返しつつも、雑草を抜き取っていく。ユウキも同じように作業に勤しむこと数分、雑草抜きが完了した。

 

 歩夢「このテーブルとベンチはどうする?」

 

 木綿季「ん~…そうだね~…思い出がたくさん詰まってるんだけど…この状態じゃいつまでもここに置いてるわけにもいかないし…取り敢えず保留かな」

 

 俺がそれを訊ねると、ユウキは悩ましそうに唸りながら、取り敢えずこのままにしておくとの答えを出した。

 まぁ確かに、家族との思い出が詰まったものは、中々捨てるに捨てられないよなと納得していると、ユウキは思い付いたように俺にそう言ったのだ。

 

 木綿季「今度、ボクと歩夢でテーブルとベンチ作ろっか!」

 

 歩夢「流石の俺も、大工の知識まではないぞ?」

 

 木綿季「そんなの調べもってやれば大丈夫でしょ~」

 

 ユウキの唐突過ぎる発言に、俺も冗談抜きの返事をしてしまうと、ユウキは本気でテーブルとベンチを自作するつもりなのか、また笑顔で言葉を返してくる。こりゃあ色々予備知識を蓄えておかないとなと思いつつも、二人で家の中に戻り、土に塗れた手を水道で綺麗にしてしまう。

 とそこで、そう言えばと俺は思い立った。冷蔵庫をバッと開けてみると…そりゃあ当然、何処を見ても何もない。一応形式的に冷凍庫や野菜室も確認しておくが、勿論すっからかんだ。幸い、料理に使う道具は変わらずキッチンにあるようであった。そんな俺の行動に「あ~」とユウキは得心しているようであった。

 

 歩夢「これからここで生きていく以上、食物の確保は最重要事項なんだけど…お金持ってる?」

 

 木綿季「一応あるけど…ちょっと心許ないかも」

 

 少し困ったようにそう答えたユウキの顔を見ながら、俺も暫し考え込む。

 賢いユウキはトイレットペーパーや歯ブラシ、ボディーソープにタオルやら服などの、日常生活に欠かせないであろう物に関しては、入院生活中に色々と準備していたのだ。それ故に俺も安心して、今日この日を迎えたのだが…そこには、食べる物が無いという落とし穴があったというわけか。これは…今から、何処かに買いに行くしかないだろう。

 そこで俺は、一つ、良いことを思い付いたんだ。

 

 歩夢「じゃあ、今から色々買いに行くしかないんだけど…木綿季って、これから生活費どうするんだ?バイトとかするのか?」

 

 木綿季「う~ん…しばらくは遺産があるから大丈夫なんだけど…そのうち働かないと厳しいと思うなぁ…」

 

 俺が問い掛けたことに対して、ユウキはそう答えたものだから、なれば俺のやることは一つだろう。俺は笑顔で、ユウキにそれを伝えた。

 

 歩夢「だったら、俺が木綿季の生活費払うぜ?光熱費もだし、今から買いに行く食料も」

 

 と俺が言ってのけると、思った通りユウキは、その顔に驚愕の表情を浮かべた。その後すぐにぶんぶんと頭を横に振り回しながら、言い返してくる。

 

 木綿季「え?えっ!?そ、それは幾らなんでも申し訳なさすぎるよ!!」

 

 歩夢「でもさ、折角今から楽しい毎日が始まるのに、バイトに追われるのも詰まらねぇだろ?俺は木綿季に、毎日を全力で楽しんで欲しいし…勿論木綿季が働いてみたいなら、働くのもいいと思うけど…兎に角、ここは俺の家だろ?だったら、俺が光熱費とか食費払ってもおかしくないよな?」

 

 木綿季「じゅ、充分おかしいからね!?」

 

 アタフタとした様子でいるユウキに対して、俺は長々と、ユウキの幸せを手に入れる為ならば、その程度の出費など屁でもないと言葉を掛けてやった。だがユウキは、そもそもこんなに年の若い俺が家を所有していること自体、普通から大きくかけ離れているのだと、しっかりツッコミを入れてくれる。

 とそれは一旦置いておいて、俺が「どうする?」ともう一度聞いてみると、ユウキはかなり悩んだ挙句、俺に答えた。

 

 木綿季「…じゃ、じゃあ、暫くは歩夢に頼ろうかな…」

 

 歩夢「了解。ま、暫くと言わずに永遠に頼ってくれていいんだけどな」

 

 木綿季「…なんで歩夢は、そう言うこと簡単に言っちゃうかな…もっとちゃんと考えて発言しないと…ボクがドキドキしちゃうのに…」ボソッ

 

 そうして遠慮がちに金銭的な援助を求めてくれたユウキに、俺も笑顔で了承の意を示してから、ついでにそれも伝えておく。

 何を隠そう俺は、これまではユウキに支えられることの方が多かった。それ故にこうやって、いま俺がユウキを支えることが出来るのは、不謹慎だがかなり嬉しいことでもあった。これでもまだまだ支えの比重はユウキに偏っているのだろうが、これからは少しずつでいいから、同じぐらいの力で支え合っていきたいのだ。

 …まぁそうは言ったものの、流石に雑な金づるみたいに扱われるのは嫌だけどな…と俺が思っているうちに、ユウキは早速食料を買いに行くつもりなのか、早々にその場から動き出してしまった。

 その過程でユウキが、何かをぶつぶつと呟いていた気がするが、それはスライドドアの動く音でかき消されてしまう。せかせかと歩いていくユウキの背を追い掛けるように、俺も再び玄関で靴を履き直し外に出た。

 ユウキが玄関ドアをしっかり締めたことを確認してから、俺は彼女に問い掛ける。

 

 歩夢「木綿季、ここら辺って、何処で買い物出来るんだ?」

 

 木綿季「えっと…ボクの記憶だと…駅前の商店街とかかな」

 

 歩夢「商店街か…なんか良いな、そういう感じ」

 

 木綿季「そーだね。じゃあ、行こっか!」

 

 そう言ったユウキは流れるように俺の手を握り締めて、上機嫌に俺の隣を歩き始めた。

 そうして俺達は食料品を手に入れるべく、街へと繰り出したのだ。

 しばらく歩みを進めていくと、緩やかに弧を描いた屋根の中心に、太陽光が差し込むよう透明のガラスがはめ込まれた、アーケード式商店街に辿り着いた。土曜の昼だということもあるのか、意外にも廃れた様子のない商店街を歩きながら、俺はユウキとお店を探していく。

 商店街の中にある八百屋さんや米屋さん、お肉屋さん等々で日々の食料を購入するという経験は、俺にとってはこれまた目新しいものであった。何を隠そう俺は、実家に住んでいた頃は、偶に母さんがスーパーに行くのに着いていったぐらいであった

 そんな俺が自分で食料品を買うようになったのは、勿論東京にやって来た去年以来であり、普段は近くのスーパーで、買い物済ませている。だからこうして、お店のおじさんやおばさんと会話をしながら商品を購入するという体験が、かなり面白いものに思えたのだ。

 

 その途中途中でユウキには、白菜は中心がずっしりしてる方が良いとか、玉ねぎは頭が硬い方が良いとか、他にも葉野菜は青々として張りのある物は苦いかもだから、ちょっと色が薄い方が良いとか…新鮮な食物の選び方を伝授しながら、どんどん買い物を進めていった。買い物をしていると、ジャガイモ一つ分おまけをつけてもらえたりしたのも、またかなり楽しいものであった。

 商店街で買う商品は、スーパーで買うものよりも割高のように思えたが、何も値段が全ての価値を規定しているわけではない。あの商店街の何処か落ち着くような活気ある雰囲気は、スーパーにはないものだし、それを応援するという意味も込めて、あそこで買い物するのも悪くはないだろう。

 …まぁ、今の俺にはもう、いちいち特売に群がる必要がないんだ。ちょっとぐらい高級品を日常にしてもいいのだろう。と言うか、ユウキには安全で美味しい物を食べさせてあげよう。これは絶対だ。

 お米も買った。野菜もお肉も買った。油に関しては、お米屋さんでキャノーラ油よりは身体に良いであろうこめ油も購入できた。塩に砂糖、醬油、味噌などの調味料も購入しつつも、俺達はまだ18歳である為、料理酒代わりに日本酒を使うことも出来なければ、本みりんでさえ買うことが出来ない。その事実に、ユウキは大層驚いていた。

 なんだかんだで買い物を続けながらも、取り敢えず、これだけ揃えればいいだろう、となった頃には、俺もユウキも両手にぱんぱんのビニール袋をぶら下げていた。とてもじゃないが、今は手を繋げそうにもない。

 そしてユウキは、まだまだ力が足りないのだろう。家へと向けて頑張って足を進めていくも、やはりどこかキツそうであった。

 

 歩夢「大丈夫か?」

 

 木綿季「ちょ、ちょっとしんどいかも…」

 

 歩夢「なら片方持ってやんよ」

 

 木綿季「歩夢こそいけるの?」

 

 歩夢「そりゃ一応、高校男児だからな」

 

 在り来たりな会話を交わしつつも、ユウキの手に持つビニール袋を一つ受け取って、ユウキの家を目指していく。重さが半減したお陰か、ユウキの足取りは軽快になった。一方、男子高校生だから問題ないと啖呵を切っていた俺は、少々足取りが重くなってしまった。

 がしかし、ここでへばるわけにもいくまい。俺は気合いで足を進めていく。やがて辿り着いたユウキの家の玄関口で、ドサッと荷物を下ろしたのも束の間だ。今度は手を洗った後に、急いで冷蔵庫や野菜室に丁寧に食料を収納してしまった。

 それらが終わると、そこでようやく二人一緒に息を吐き出す。そしてその時にユウキが、ふと俺の名前を呼んだ。

 

 木綿季「ね、歩夢」

 

 歩夢「なんだ?」

 

 木綿季「なんか歩夢って、知識が豊富で凄いね。意外だったけど、ボク純粋に感心したよ」

 

 歩夢「お褒めに預かり光栄です」

 

 ユウキが何を言い出すかと思えば、そんなことを言ってきたのだ。…それには少々心外である。ユウキの中での俺のイメージはどうなってるんだ。これでも一人暮らし初めて一年ぐらいは経ってるんだぞ…と心の中では反論しつつも、ここは素直に褒められておくことにした。

 するとユウキが、何か良いことを閃いたように、俺に笑顔を向けてそう言い放ったのだ。

 

 木綿季「あっ!そうだ!もういっそ、アルファもこの家に住んじゃう?アルファがボクのこと、つきっきりでサポートしてよ。そしたらアルファだって、マンションの家賃も払わなくていいでしょ?」

 

 歩夢「え!?あ!?…い、いや、まだそこまでは俺には…」

 

 そんなユウキの地雷発言に、やはり俺は言葉に詰まってしまうのだ。

 だって、確かにユウキの発言は的を得ている所もある。だが他方で、仮想世界では絶賛一緒に住んでいるとは言え、現実世界とは勝手が違うのだ。

 加えて現実世界ではまだまだ緊張し過ぎている俺が、いきなり同棲など出来る気がしない上に、そこまでの気概もないわけで…と俺が、心の中で自らのチキンさを言い訳していると、ユウキは揶揄うように笑いながら、問い掛けてくる。

 

 木綿季「…でも、いつかは一緒に住んでくれるんじゃないの?」

 

 歩夢「そりゃ…まぁ…そうだけど…ほらっ、まずは一人暮らしの愉しさを経験するのもいいんじゃないか!?」

 

 と俺がなんとか言い返すと、ユウキはクスリと笑みを零した後に、口を動かした。

 

 木綿季「ま、それじゃあそのうちね!」

 

 そんな彼女の屈託のない笑顔に、俺はぎこちなく頷くことしか出来なかった。

 …まぁ、これから一週間ぐらいの間は、お風呂やトイレの掃除のやり方とかも教えてあげないとだし、家政婦の如く毎日ユウキの家を訪れることになりそうだが…流石に、寝泊りを共にする勇気はまだないのだ。

 買い物を手伝ったり、一人暮らしの手解きをしたりと、なんだか今日は、ユウキの親みたいな立ち回りをしている気がする。

 そんなことを思わずにはいられなかったが、兎に角、俺の初めてのユウキ家訪問は、こんな感じで終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 アルファとのお買い物は、凄く楽しかった。駅前の商店街で買い物をするのは。ずっと昔にママと姉ちゃんと行ったきりで、数年越しに商店街であれやこれやと色々買いこむのは、懐かしい経験であると同時に、好きな人とのお買い物という新鮮な体験でもあったのだ。

 重い荷物を頑張って家まで運んで、食料品や調味料を適当な場所に収納したその頃に、ボクがふと白い丸時計を眺めると…。

 

 木綿季「わっ、もうこんな時間なんだ」

 

 如何やらボクは、アルファとの共同作業に夢中になり過ぎて、あっという間に数時間の時を過ごしてしまっていたらしい。ボクが驚きながらもそれを言葉にすると、アルファもまたびっくりしたように時計を眺めながら、ボクに言った。

 

 歩夢「ちょっと早いけど…そろそろ行くか?」

 

 アルファの言葉には肝心の目的語が抜けていたけれど、それぐらいは簡単に意味を解せる。ボクは彼にこくりと頷き返し、再びダイニングから玄関へと足を進める。

 とその時、これぐらい時間に余裕があるのなら…と思ったボクは、彼に尋ねてみた。

 

 木綿季「ね、歩夢。ボクちょっと行きたいところあるんだけど…付き合ってくれない?」

 

 歩夢「おう、分かった」

 

 アルファはボクのお願いに即応してくれた。ありがとうを伝えてから、ボクは彼を先導し、街を歩いていく。その道筋は、ボクの家から駅へと向かう方向とは、真逆のものであった。ボクがそこを訪れたのは、もうずっと以前、姉ちゃんと二人で向かった以来だった。

 住宅街を通り抜け、次第に街の景観が自然溢れていく様子を感じ取りながら、ボクは迷うことなく歩みを進める。やがて辿り着いたのは、横浜市保土ヶ谷区にある丘陵地帯。その緑豊かな風景の天辺に存在するのは、小さなカトリック教会だ。

 最初はアルファも、ボクが何処に行くのか、余り見当がついていない様子だった。でもその十字架が特徴的な建物を目にしたその時、彼は少しだけ、ボクの手を握る力を強めてくれた。

 ボクらは無言のままに丘を登り行き、教会入り口に辿り着く。ボク達はそこで右へと方向転換し、たくさんの墓石が築かれた霊園へと踏み入った。多くのお墓がそこにはあるけれど、ボクにとって訪れるべき場所は、そのうちの横に並んだ三つだけだ。

 その目の前にやって来たボクは、一つずつその石色の墓石を一撫でしながら、ゆっくりと口を動かした。

 

 木綿季「ここがね、パパとママと、姉ちゃんが眠ってる場所なんだ。やっぱり姉ちゃん達にはさ、歩夢のこと知っておいて欲しかったから…。一緒に、お祈りしてくれる?」

 

 歩夢「…うん」

 

 ボクがクリーンルームに入っている間、頻繁にお墓の様子を見てくれる人はいなかったみたいだ。かなり前に供えられたであろう花々は、もうすっかり色あせてしまっていた。

 今日は急ぎで来ちゃったから、手向けの物は何も用意できなかったけど、次は綺麗なお花を持ってこないとね…と思いながら、ボクはいつまでも大好きな家族に、いまボクの隣に居てくれている人が、ボクを助けてくれたこと、ボクにとってすっごく大事な人だってこと…それはもう、色んなことを伝えたんだ。

 ボクが長い間瞳を閉ざして祈りを捧げていると、声が聞こえた訳じゃないけど、ママ達がボクを温かく包んでくれた気がした。やがて瞼を開けたその時には、もうその感覚はゆっくりと消え始めていた。でも、それで十分だった。

 三つの墓石の横には、お誂え向きに、一つ分のお墓が建てられるスペースが空いている。だけどボクがそこに行くのは、この先ずっとあとだろう。そしてその時には…願わくば、君も一緒に居て欲しい。

 

 お祈りを終えたボク達は、その場から踵を返し始めた。一体アルファは、どんなことをパパ達に伝えたのかな。そんなことが気になったボクだったけど、祈りの内容を聞くのは無下かと思い、それは心の中に留めておいた。

 再び家の前を通り過ぎて、駅前の商店街を潜り抜け、駅に辿り着く。そこからはアルファの先導に従って、何度か電車を乗り継ぎ、その最寄り駅に到着した。

 胸の内になんとも言えない郷愁を感じさせる、駅前商店街の拡大バージョンみたいな下町を歩くこと数分、黒い木造建築の建物の前に、ボク達はぶつかったのだ。

 

 歩夢「木綿季は、なんか食べたい物とかあるのか?」

 

 木綿季「そーだね~…スペアリブが食べたいかな。タレが濃厚みたいだから、すっごく美味しそうなんだよね!」

 

 歩夢「あれはマジで美味いぞ。俺もおススメする」

 

 そう、ボク達が辿り着いたその場所は、エギルの喫茶店だった。

 今日はボクの退院祝いということで、みんながここでお祝いしてくれると、ボクはアルファから聞いている。ここを訪れるのは、なんだかんだで数回目だ。でもこれまでは、プローブ越しにしかお店に来られていなかったんだ。

 故にこうして、生身でお店を訪れ、エギルの料理を食べるのは、ボクにとっては初めての体験になる。それ故にボクは、エギルの料理をかなり楽しみにしているのだ。ドアに掛けられたプレートが閉店表示になっているのは、今は貸し切りとなっているからだろう。

 

 扉の前でアルファにそんなことを聞かれて、途端にお腹が空いていることを意識したボクは、ダイシーカフェ名物らしいスペアリブを早く味わうべく、思いっ切りドアを開けたのだ。

 ドアを押し開けると、カランとベルの音が鳴ったはずなんだけど…それをかき消してしまう程に、大きな歓声や拍手、口笛が店内から盛大に巻き起こった。こじんまりとした店内には、それはもうたくさんの人が集っている。

 スピーカーから流れる大音量のBGMは、これまでボクが訪れた時とは違った大盛り上がりを見せており、ボクは思わず、その場で硬直してしまった。

 するとアルファが、ボクを引っ張るように店内に入り、そのまま流れるように小さなステージへと登ったのだ。未だに驚きで固まったままのボクは、目をぱちくりと動かし続ける。

 そんなボクに、アルファは目配せをすると、まるでボクが主役だと言わんばかりに、その身を一歩後ろに下げる。とそこでBGMが途切れた。照明が絞られ、スポットライトがボクのところに落ちてくる。

 

 アスナ「それでは皆さん、ご唱和ください。……せーのっ!」

 

 「「ユウキ、退院おめでとー!!」」

 

 先程以上に騒がしい拍手、弾けるクラッカー音、色とりどりの紙吹雪。ポカーンと呆けたボクの様子に、いくつものフラッシュが浴びせられた。

 とそこでようやくボクも、この壮大な企画が、ボクの為に行われたものであることを、真に理解したのだ。驚きで停止していた心に、嬉しさが舞い込んでくる感情を意識しながらも、ボクは自然と溢れ出た笑顔で言ったのだ。

 

 木綿季「みんな、ありがとっ!!」

 

 その日の退院祝いパーティーは、最高の思い出になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、四月十三日の水曜日となります。

 では、また第158話でお会いしましょう!
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