ボクがお家に戻って以来、約一週間の時が過ぎ去った。それは、来る日も来る日も毎日が斬新で目まぐるしくて、この上なく濃密な日々でもあった。
具体的な例を挙げるとすれば、学校帰りにボクの家に立ち寄ったアルファから、一人暮らしをする上での必要な知識をみっちり教え込まれたり、それを覚えるために復唱しながら身体を動かしたりしたんだ。そのお陰か、たった一週間と言う短い期間ではあるものの、なんとかボクも、一人暮らしが一応の形になった気はしている。
今のボクには、頼れる人が常に周りに居てくれるわけではない。一人で生活するということがこれ程にまで大変なものだとは、本当に想像も出来なかった。ご飯洗濯布団干し…朝から晩までせっせと動かないといけないし、ボクはVRクッキングソフトでそれなりに料理を練習していたとはいえ、自炊なんてやっぱり難しくて、それはもう日々苦戦を強いられているのだ。
そんなボクは毎日のように、「この家に一緒に住まない?」とアルファに訊ね掛けているんだ。でも彼は一度たりとも、その首を縦に振ることはなかった。ボクはそんなアルファの様子を面白がっている一方で、もし仮にアルファに、「じゃあ一緒に住むか」と言われてしまうと、恐らく相当慌てふためくのだろう。
実を言うとボクも、アルファと一緒に暮らしていくことには、ある種の抵抗感を抱いていた。どういう訳か、ボクは現実世界に戻ってきてからと言うもの、アルファの近くに居ると、心が慌て出すんだ。まるで馴れ初めかのように、胸の奥がドキドキするようになっちゃったってことだ。
近くに寄り添ったり、手を繋いだりするだけで顔がちょっと赤くなっているのは自分でも分かっているし、仮想世界なら余裕でアルファにもたれ掛かれたのに、今となってはソファで密着することさえ恥ずかしくて、中々出来ないでいるんだ。
そんな調子のボクが、果たしてアルファと同棲生活を送れるかと言うと、勿論無理なのと思う。だから本音としては、現実世界でもアルファと一緒に暮らしていくのは、もうしばらく先のつもりでいてるのだ。
と忙しく一週間を過ごしたその末に、ボクは本日日曜日、ある駅の改札口を貫く黒い支柱の近くにて、待ち惚けをしていた。待ち惚けとは言っても、まだ集合時間の十分前だから、別に待たせられているわけでは無いんだけどね。
そしてその理由は、ボクが退院したその日から昨日に至るまで、その全ての日々に垣間見えているわけで…。
「ユーウキっ、待たせちゃった?」
その時ふと、ボクの背後から、聞き慣れた声が響いたのだ。それに合わせてボクが後ろを振り向くと…。
木綿季「にゅ…」
…突如ボクの頬っぺたに、彼女の人差し指の腹が突き刺さったのだ。ボクは思わず、変な呻き声をあげてしまう。その不意打ち的行動に対して若干睨みつけると、彼女はそんなボクを見て、愉快そうな笑い声をあげるのだ。
「アハハッ!怒ったユウキも可愛いね~」
木綿季「…久し振りだね、ミト」
ミト「ん、一週間ぶり」
そう、ボクが待っていた人物とは、兎沢深澄ことミトであった。そのクールな佇まいからは想像もできないほど、案外可愛い一面も持っているミトは、こうやってボクを、年下みたいに揶揄ってくることが多いのだ。
…まぁ、実際にボクは、ミトと比べると一つ年下なんだ。だからそれも当然なのかもしれないけど…なんか、納得いかないんだよね…。
そんな今日のミトの服装は、まずは綺麗な濃紺の長髪をツインテールに纏め、黒いキャップ帽子を被っていた。キャップ帽とは対照的に、中心に何かのロゴが入った白いパーカーを身に付けている。そして身に纏うズボンは、触り心地がスベスベとしてそうな黒色のものであり、それはシンプルに二本の白いストライプが走るだけだ。
……なのに……なんでこんなに、カッコよく見えるのかな……?
それは恐らく、ミトにとって完璧に似合う服装が、こういうカッコイイ系だからなんだろうけど…一方ボクの服装はと言えば…もう、恥ずかしくて説明もしたくない。
つまりは本日、ボクがミトと待ち合わせした理由は……ボクに似合う服を買いに行く、たったそれだけの理由であった。
どういうことかと言うと、楽しい楽しい退院祝いのパーティーに参加したあの日、ボクはふと、自分の服装に劣等感を抱かされたんだ。その会場には勿論、ミトを初めとする、アスナやリズ、シノン…ボクが仲良くしている女の子がみんな集まってくれていたんだけど、そこに居る誰も彼もが、本当にオシャレだったのだ。
対してボクはと言うと…数年前の小中学生時代から、お洒落知識が一つも進歩していない。まだまだ痩せていることもあって、あの頃の服装がすっぽり入ったボクは、その恰好でパーティーを楽しんでいたんだ。そんな中で、なんだだかちょっと、ボクはお子様過ぎるんじゃないかなって思ったんだ。
故にボクは、ミトにお願いして、一緒にボクに似合う服を選んでもらうことにしたわけである。沢山の女性陣の中からミトを選抜したのには、幾つかの理由があった。
一つ目、この一週間、アスナ達は学校が終わったら、アルファと一緒にお家にやって来てくれたけど、他方でミトは大学生だから、授業とかバイトとかが忙しくて、ボクの家に来る暇がなかったこと。
二つ目、ボクの仲の良い女の子は、そのほとんどがボクと同じくSAOに巻き込まれている。その点ミトは、数年のブランクなく現実世界でオシャレを磨き続けているだろうから。
そして最後に三つ目は…。
ミト「遅いよ、アルファ」
歩夢「遅刻じゃないからセーフだろ?」
…アルファを連れてこないわけには行かなかったから。相変わらずボクがプレゼントした服を着ている彼は、ミトの言葉をのらりくらりと躱しながら、ボクらの近くに近寄ってくる。
エイズが完治して以来、ボクはミトと、「いつか三人で遊びに行きたいね」と話していたので、こういう形でそれを実現したということなのだ。
…まぁ、アルファがそれなりに…じゃなくて、かなりファッションセンスも良いことは知ってるし、何よりボクがオシャレになりたいのも、アルファの隣に立っても恥ずかしくないようにしたいからだし…彼の反応を伺いながら服を買うのも悪くはないよねと、ボクはそう考えたのだ。
木綿季「でも、レディを二人待たせるなんて、ちょっとダメなんじゃない?」
ミト「そう言うことよ、アルファ」
歩夢「むっ…」
ミトの追求に合わせて、ボクが追撃を加えると、ミトもそれに合わせて更に攻撃を仕掛けてくれる。そのせいか、アルファは言葉に詰まったように口を閉ざしたのちに、一度ペコリと頭を下げたのだ。
「よし!」と二人で満足を示してから、ボクらは駅近くの大型ショッピングセンターへと足を進めていった。ちょっとそういうところは意識しているのか、アルファが道路側を、ミトがその反対側を、そしてボクがその真ん中を歩きながら、行き交う人にぶつからないよう縦一列になることもありつつも、ゆっくりと目的地へ向かっていく。
歩夢「そういやミトって、もう大学生だよな。大学生っていつから夏休みなんだ?」
ミト「そうね…一概にいつからとは言えないんだけど…大体八月から九月末までの二カ月ぐらい?」
木綿季「へぇー!大学生って休み長いんだね~!」
ミト「朝から晩までゲームしたい放題。私にとっては最高の期間かな」
とそんな感じで他愛もない会話を交えていると、すぐにショッピングモールまで辿り着いてしまった。瞬間、ボクはなんとなく思ったのだ。
この並び方とオシャレ具合だと…まるで、アルファとミトがおしどり夫婦で、ボクが二人のその子供…。た、確かにミトは充分に魅力だし…もしかしたらアルファも、今日のミトのカッコよさと可愛さに惚れちゃったかも…。
…これは、ボクのファッションセンスを磨きまくって、なんとか挽回しないと取り返しのつかないことに…とボクが脳内で、有り得ないであろう邪推を働かせていることなど、到底二人は知る由もないのだ。
ボクがそんなことを考え、はたと立ち止まると、二人は数歩歩んだ末に、不思議そうにこちらを眺めてくる。その一挙一動が完全にシンクロしている。このままだとホントに、アルファはミトに奪われてちゃうんじゃ──。
二人の間を割くように駆け込んだボクは、大きなスライドドアを通過して、複合商業施設の内部へと足を踏み入れた。ショッピングモールにやって来るのも、もう数年ぶりの出来事である。
お昼だというのに人工照明は無駄に明るく照り輝き、それを白いタイルが反射する。見上げると様々な商店が立ち並んでおり、休日と言うこともあるのだろう、そこをゾロゾロと多くの人々が行き交っている。彼ら彼女らは口々に言葉を交わし合い、揃わない足音を響かせている。
ボクが現実世界に戻ってきて以来、一番驚かされたのは、この仮想世界には無い雑音であった。最初はかなり耳がしんどかったけど、そろそろ、この騒音にも慣れ始めている自分がいる。
ミト「ユウキ、どのお店から見ていく?」
木綿季「ん~…ミトにお任せしようかな」
歩夢「俺もそこで服買っかな」
ミト「今から行くところ、女性物しか置いてないんだけどね」
木綿季「…あ、歩夢…」
歩夢「…やっぱ遠慮しとくわ…」
取り敢えず一階のエスカレーターを目指して歩いていると、ふとミトからそう訊ねられた。自分に一番似合う服の系統さえ判然としなかったボクは、結局、取り敢えずはミトセレクションに頼ることにしたのだ。
するとアルファがそんなことを言ったけど、ミトにツッコまれてしまう。その時ボクは一瞬、アルファにそういう癖があるのかと勘違いしたんだけど…彼のげんなりしたような表情を見て、そういう訳では無いのだろうことを確信した。
…まぁ、今のアルファは段々男らしい体格に成長してるし、あんまり似合わなさそうだけど…でも…仮想世界のアルファなら…。
木綿季「…似合うんじゃない?」
歩夢「似合ってたまるか」
ついついボクが心の声を洩らしてしまうと、アルファは相当心外そうに厳しい言葉を返してきた。その間ミトは、ボクに似合いそうな服が多く売っているお店を脳内検索していたのか、少し視線を俯かせていた。
やがて顔を上げてボクに微笑むと、ボクの手を掴んでそちらへと先導し始める。ボクはミトに引っ張られながら移動を再開し、アルファはその後ろから和やかそうについてきてくれた。
エスカレーターに乗り込んで二階へと移動し、それからボクは、ミトに連れられるがままに色んなお店に入っては試着を繰り返したんだ。その中でボクも、どんどんと自分に似合う服装というものに気が付くことが出来た。
まず第一にボクは、ミトみたいなクールな服装は似合わない。そして次に、あんまり大人っぽいのも、ギャップと言う意味では効果ありだろうけど、いつも着るには少々背伸びし過ぎな感じがした。
要するにボクに似合った服装は、可愛い系の…でも量産型はちょっと似合わない、シンプルな感じの服装の中に可愛さを仄めかす…そんな服装が、ボクには似合っていたのだ。
色々見て回りながら服を数着購入したけど、中でもアルファの反応が一番良かったのは、パーカーとロングスカートだった。後者に至っては…ボクはSAOの頃から装備しているから、もしかしたらそれがアルファの心にぐっと来たんじゃないかな…?
といった具合で、ボクは自分に似合う服を見つけられて、ミトとアルファと一緒に楽しく時を過ごせて、早くも今日は大々満足だ。ひとまずの目的は達成出来たので、そこからはボク達は、ショッピングモールで少々時間を潰したのだった。
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本日俺は、ユウキとミトとの三人で、とあるショッピングモールを訪れていた。その目的は簡単率直、ユウキの服を買うことである。
確かに、今のユウキの服装は、少しばかり子供っぽい気もしなくはない。しかしそれが似合うのが、彼女が元から持つ可愛らしさの顕著な顕れなのではないだろうか。寧ろそのままでも全然ありなんじゃ…と俺は思っているわけだが、当の本人はそれが納得いかないらしい。故にこうして外出用の服を数着買うために、アドバイザーとして俺とミトを召喚したということだろう。
とは言っても、俺はユウキの試着する服装に色々反応を示しただけだし、実際にアドバイスをしていたのはミトだけなのだが…まぁ、そこはご愛嬌と言うやつで頼む。
ユウキが購入した服装は、スキニーやワンピース、無地のTシャツだったりロングスカート等々であった。その中でも俺が一番気に入ったのは、パーカー姿のユウキであろう。
パーカーに関しては、今日のミトも似たような恰好をしているが、ミトがパーカーでクールさをアピールしているとするのならば、対するユウキはそのキュートさを強調している。それが俺の心にドンピシャであったということだろう。
当初の目的通りたくさんのお洋服を購入出来たユウキは、ほっくほくといった表情で、随分と満足そうであった。そしてそんなユウキを眺めるミトもまた、何処か母親的な表情をしているように思えたりした。
歩夢「…そんじゃあ、こっからどうする?」
と俺は言ってはみたものの、特段提案出来るようなことは持ち合わせていない。何せ俺にとっては、男一人女二人みたいな形で遊びに行くのは、これが初めての出来事なのだ。いつもなら男がもう少し居たし…さて、俺はここからどうすればいいのか、それはやっぱり俺にはよく分からないことだった。
対する二人も、こういうシチュエーションは初めてなのか、考え込むように首を捻り出すも…。
木綿季「ゲームセンターで遊ばない?ミト、ゲーム得意なんでしょ?ボクと対戦しようよ!」
ミト「いいけど…手加減はしないわよ?」
物の数秒で答えを出したユウキが、俺とミトにそう提案すると、ミトは意気揚々とそれに乗っかかった。次なる目的地を設定した俺達は、モールの中にあるであろうゲームセンターへと足を進める。
俺は意見することさえ許してもらえなかったが…まぁ、別に異論を唱えるようなこともなかった。大人しく彼女たちの後について行く。
そして辿り着いたゲーセンエリアにて、彼女たちが何を始めるのかと思うと…何やらミトの得意だという、あるアーケードゲームであった。ユウキは勇ましくも「ボクだって多少はやれるはずだよ!」と仰っていたのだが…うん、可愛そうになるぐらい、ミトに軽々とフルボッコにされてた。ミトちゃんノーダメでユウキちゃんのこと完封してた。
なんでもミトの話によると、彼女はかつて、このゲームの大会に出場したこともあるのだとか。ゲームも上手い上に、なんだかんだで有名難関国公立大学にも受かっちゃったミトは、やっぱりハイスペックなんだなと実感させられつつも…。
という訳で、画面に映るユウキの操るキャラクターが、文字通り手も足も出ないままに殴られている様子を眺めていた。そんな俺は、ユウキの後にミトに挑戦しようと思っていたその心をぐるりと百八十度入れ替える。一瞬の決着を迎えた二人を呼び寄せ、近くにあったパックマンによる対戦を申し込んだのだ。
これならばミトに技術的な有利を取られることもないだろうし、軽く絶望しちゃったユウキにだって、フェアな戦いが出来るはずだろう、そういう魂胆であった。
そしてその結果、フルーツを上手く温存した俺の勝利という訳だ!
がしかしこのままでは、二連敗で涙目なユウキの尊厳が危うい。そんな彼女が名誉挽回と選んだゲームは…エアーホッケー。いや実はユウキさん、現実世界でもなお素晴らしい反応速度をお持ちのようで、彼女は見事、俺とミト相手に一人で勝利をもぎ取りましたとさ。ユウキの元気ゲージも超満タン!めでたしめでたし。
といった感じで、かなり楽しい時間を過ごしていた俺達は、最後には女の子恒例のプリクラにて写真撮影に向かうことにした。
とは言っても、俺はプリクラには積極的に入らない男の子。ユウキは当然プリクラ初心者。そして肝心のミトもあんまり撮らない、みたいな組み合わせのせいで、出来上がった写真に写る俺達のポーズは、非常にレパートリーの少ない仕上がりとなった。がどれも三人は良い表情をしているので、これはこれで良しとしようではないか。
たっぷりとゲーセンを楽しんだ俺達は、帰る前に俺の奢りでコーンアイスを購入し、駅へと向けて足を進めていたのだ。
そんな中ミトが、先程撮ったプリクラを眺めながら、ふと言葉を放った。
ミト「両手に花って、こういうこと言うんじゃない?」
ミトがそんなことを唐突に言いながら、俺とユウキに見せつけてきた一枚のプリクラには…右にユウキ、左にミトが素晴らしい笑顔で、真ん中にいる俺を挟んでいるものであった。
せめてもう少し俺の身長が高ければ、この上なく完成された写真になったこと間違いないのだろうが…俺とミトはちょっとぐらいしか身長が変わらないせいで、あんまり様になっていない。だが確かに、構図自体は両手に花と呼ぶに相応しいだろう。
と俺が思っていると、ユウキがニヤニヤと言葉を発するのだ。
木綿季「ボクとミトの二人を捕まえちゃうなんて、歩夢も罪な男だね~」
歩夢「い、いや、別にミトは捕まえられてねーし…」
ユウキの言う通り、可愛さ最強のユウキと、一方クールビューティーでまたユウキとは違った魅力を放っているミトの二人を我が物に出来るのであれば、それはもう最&高という状態他ならないであろう。
がしかし残念ながら、ミトは俺には気がないし、そもそもそんなハーレムを出来るのは、俺の知る限りではキリトぐらいであって──。
ミト「…ん~、もしアルファに言い寄られでもしたら…私もすぐに捕まっちゃうかも?」
歩夢「……マジ……?」
とまぁ、ミトが冗談っぽく微笑みながら、俺に絶大な威力を秘めた発言を仕掛けてくるものだから、俺も思わず本気の声色で訊ね返してしまった。
…だってさ、よく考えてみろよ?こんな可愛い彼女に加えて、美人な女の子までゲットできるんだぜ?他の女の子だったら即アウトだとは思うけど、ミトだったらユウキもなんだかんだで認めてくれるんじゃね?
それに今日のミトの格好、俺相当ツボに入ってるしなぁ…普通にミトの魅力引き出し過ぎなんだよなぁ…全力土下座で二番目になって下さいとかクソみたいなこと頼んでみるのも…それはそれでアリなのでは──。
木綿季「……歩夢?」
しかしそんな邪な考えは、いつの間にか恐ろしい程の笑顔を向けているユウキによって、瞬く間に拡散していく!
そんな彼女の様子を受けた俺は、俺にとってはどんな時でも変わらずユウキがトップであるのだと、すぐさま弁解を図るのだ。
歩夢「お、おいっ!?俺はまだ何も言ってないぞ!?」
ミト「…その言い方する辺り、何か言うつもりだったんだ…」
俺の慌てた発言に、完全にドン引きすることなくしっかりと、甚だ呆れた様子とは言え俺にツッコミを入れてくれるミトにはもう本当に感謝しつつも、俺はジッと疑うような視線を向けてくるユウキから、恐怖の制裁を待つより他なかった。
…だって、俺も年頃の男の子なんだもん。ハーレムの一回や二回、してみたかったんだもん。と一応心の中で言い訳を続けていると、その思いがユウキに届いたのか、或いは今日一日が楽しかったことが功を奏したのか、ユウキもまた小さくため息を吐いてから、頬っぺたをぷっくらさせるに留まってくれた。
木綿季「…ホントにそんなことしたら、ボクも怒っちゃうからね?」
歩夢「は、はい、絶対しません」
ミト「あら、残念」
俺を叱るように言ってくるユウキに対して、当然俺もこくこくと頷くことしか出来まい。だが未だに面白そうに笑い続けるミトは、またそんな挑発的なことを言ってくるのだ。
…しかし、今日は何もされなくて本当によかった。初めてミトとユウキが面と向かったあの日は…もう思い出したくない程に、俺は酷い目に遭ったのだから。それを想起すると…何故だろうか、途端に口の中と股間が、幻想の痛みを覚え始める。
正直言って、確実に有り得ないことだと断言できるが、もし俺がリアルで浮気でもしてしまえば…多分、俺はユウキに殺される。凄くそんな気がする。だから絶対にやめておこう。
そんな戒めを改めて胸に刻みながら、ミトとユウキが楽しそうにお喋りしている後ろを歩いていくこと数分、遂に駅まで辿り着く。次の電車はいつ来るだろうかと、俺は時刻を確認した。
ミト「もうかなり良い時間ね」
歩夢「木綿季、今から自炊頑張れそうか?」
ミトの言う通り、もう時刻は夕刻を過ぎ去っている。一人暮らし初心者に、今から家事の全てを頑張らねばならないという状況は、些か厳しいだろう。そう考えた俺は、「今日はどっかで外食でもして帰るか」と提案しようとしたその時だった。
不意にユウキが、「良いこと思い付いたよ!」といった表情で俺を眺め、その通りに答えたのだ。
木綿季「これから三人で、歩夢のお家でご飯しよっか!」
歩夢「お、俺の家?」
ミト「あ~、それ良いわね。ここから一番近いのアルファの家だし…勿論、材料費は負担してあげるから」
歩夢「…まぁ、それでもいいか」
余りに突発的過ぎるユウキの発言に、俺も一瞬の硬直を強いられるも、確かにそれもそれでアリかもなと思った。これならばユウキの自炊問題も解決出来るし、もう暫く三人で楽しい時間を過ごせるし、悪い所なんて一つもないではないか。
そうと決まれば早いもので、やって来た電車に乗り込んだ俺達は、俺の家の最寄り駅に降り立つ。近くのスーパーで材料を購入してから、俺の住むマンションに到着した。
その時、俺は一つ気が付いた。女の子を自分の部屋に招くことなど、人生初めての経験ではないかということに。しかもその内の一人は、大好きな恋人であるのだ。
その事実を認識した瞬間、一気に緊張感が、ジワリとした汗と共に溢れ出してくるが…ユウキもミトも楽しみにしているようだし…今更喚くわけにもいかないだろう。意を決した俺は、二人を俺の住む号室まで案内した。
そして鍵を開け、俺が部屋の中に入ると、続けて二人も玄関口に踏み入った。
木綿季「おっ邪魔しまーすっ!」
ミト「お邪魔しまーす」
二人は仲良くそう言って靴を脱いでしまうと、開けっ放しのドアを超えて、勢い良く俺の部屋へと飛び込んでいくのだ。
二人を呼ぶぐらいなら、もっと綺麗にしとけば良かったなと後悔しつつも、何の面白味もない部屋を「へぇ~」と眺める二人に、ベッド近くの絨毯を敷いている辺りを指差しながら、声を掛けておいた。
歩夢「えーっと、ちょっと散らかってるけど…その辺でゆっくりしててくれ」
こうまじまじと雑然とした部屋の様子を眺められると、なんだか少々恥ずかしくなってくる気持ちもある。頭をポリポリと掻きながら俺がそう言ったその時だ。今度はミトが「あっ!」と思い付いたように、くるりとこちらに向き直った。そしてニヤニヤと、俺に変な笑みを向けてくるのだ。
ミト「アルファ…その辺に変なもの隠してるんじゃないの?」
歩夢「…悪いなミト。そんなものが存在しないことは、ユウキが既に証明してくれて──」
とミトが俺を陥れようとしてくるも…残念ながらそのくだりは、数か月前にユウキと交わしているのだ。故にそんなことを問い詰められようとも、ユウキがそれを弁解してくれるはずだろう。そやって君を信じていた俺は、勝ち誇ったような表情でミトに言葉を掛けたのだ。がしかし──。
木綿季「かもね~、ちょっと色々探してみよっか!」
歩夢「え」
…どうしてなんですか、ユウキさん。
ユウキはあろうことか、ニコニコと笑みを浮かべながら、ミトの言葉に勢い良く乗っかったのだ。つまりは、味方であったユウキの唐突な裏切り行為により、彼女たちによるお部屋の大捜索が始まってしまったという訳である。
だが、俺とてそんな妖しいものを家に置いていたりはしない。その内に二人も納得してくれるだろうと、俺はそう思っていたのだが…。
ミト「アルファ~、こんなところにパンツ落ちてるよ~」
木綿季「匂いは…大丈夫だね。洗濯物はちゃんと纏めとかないとって、ボクに言ってたじゃん!」
歩夢「」
部屋中を二人であれこれと探索した挙句、ミトが徐に俺のベッドに下を確認する。そしてそこから出てきたのは、いつの間にかどっかにいっていた俺の青いパンツだ。
まるで汚物を掴むように端っこを持って俺にそれを見せ付けるミトに対して、ユウキはそれをガシッと掴み、手でそのパンツの匂いを扇ぎ確認する。とは言え、俺も使用済みのパンツを放置するほどガサツではない。勿論それは洗剤の香りがするわけだ。
だが、そんな二人の野蛮とも言える行動によって、既に俺の精神力はガリガリと削り取られてしまっている。続いてミトまでもがパンツの匂いを確認し、俺は、もう…。
…ヤダこの人たち。恥じらいってもんはないのかな?俺は二度と、女の子を部屋に呼ばないぞ…。
二人の酷過ぎる行動は、俺がそう決意を固めてしまうには充分であった。
────────────────────────
木綿季「時間も時間だし、そろそろ帰る?」
お部屋の中を大捜索したり、アルファが何故か所有していたタコ焼き器を利用して闇鍋タコパを開催したり、或いは三人でゲームしたりと…ボク達三人は、アルファの借り家を存分に満喫したんだ。ふと思い出したように時刻を確かめると、かなり良い時間になってしまっていた。
なので名残惜しい気持ち…それこそ、今日はここに泊ってしまっても良いぐらいの勢いだけども、流石にそれは恥ずかしくてまだ不可能だから…が心中に巡る中で、ボクがそう提案すると、ミトも同調してくれた。
するとアルファは安心したようにほっと息をついたけど、その理由はよく分からない。
歩夢「まずはミトから送るか」
ミト「気遣ってくれなくても大丈夫よ?」
歩夢「こんな夜分に女の子一人で歩かせたら、そりゃ男の名が廃るってもんじゃね?」
木綿季「うんうん、もしミトのこと送ってなかったら、ボク幻滅してたよ」
歩夢「それは言い過ぎだ」
アルファのマンションから駅へと足を進めながら、相変わらずそんな会話を交わしていく。約束通りミトの最寄り駅で降りて、彼女を家の前までお見送りしてから、今度はボクのお家に向けて足を進める。
二人きりになった途端に、頑張って手を繋いでくるアルファの健気さに胸を高鳴らせつつも、ボクもドキドキしながらその手を握り締めるのだ。
…やっぱり、この温もりを、他の誰かに渡す気にはなれないよ…。
モールから踵を返している最中、ミトが冗談でアルファにハーレムを仄めかしたその時、彼はかなり真剣にその可能性を模索しているようだった。
その時ボクは一瞬、まぁ知らない人なら絶対嫌だけど、ミトならいいかな…とも思ったんだけど、結局は断固拒否させてもらうことにした。だって、もしそうなっちゃうと、アルファがボクに向けてくれる愛の割合が減っちゃうかもしれないからね。
「今日は楽しかったね」と在り来たりな言葉を投げ合っていると、ボクはすぐにお家まで辿り着いてしまった。
歩夢「んじゃ、また明日な」
木綿季「うん、また明日」
お別れの挨拶を交わし合ったボク達は、そのままキス…することは、やっぱりこっちの世界じゃまだまだ無理だった。お互いに中々一歩を踏み出すことが出来ないまま、その日はバイバイしたけれど、こういうドギマギした関係も、また良いのだ。
明日アルファを出迎えるときは、一番反応の良かった服装にしようかな…だなんてことを考えながら、ボクは充実したその日を終えたのだった。
次回の投稿日は、四月十五日の金曜日となります。
では、また第159話でお会いしましょう!