~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第162話 一夏の思い出 そのさん

 キリト「──で、いきなりみんな集めて、一体どうしたんだよ?」

 

 シリカ「ビーチバレーのリベンジ戦でもするつもりですか?」

 

 木綿季「なら次は他の競技にしようよー!」

 

 などと皆は口々に言葉を掛けてくるが、楽し気にバカンスを満喫している彼らをわざわざここに集結させた理由は、そんなお気楽なこと故ではなかった。彼ら彼女らはこれからも遊ぶ気満々と言った雰囲気をこれでもかと醸し出していて…水を差すようで気が引けるが、俺はあくまでも冷静な一言を放ったのだ。

 

 歩夢「まぁ待て。その前にまずは…そろそろ、晩飯なんとかしないとだろ?」

 

 リズベット「あっ…すっかり忘れてた」

 

 そんな俺の発言に、皆ハッとその現実を思い出したようである。そう、俺達は結城家所有の別荘を活用することによって、このビーチを独り占め出来ている代償として、旅館に泊まりに来ているわけではない。それ故に俺達は、自ら食事の用意をしなければならないと言うことだ。

 つまりはこの夕暮れ時辺りから、その辺りのことも考慮しておかなければ、あとで痛い目を見るのは俺達なわけで…。

 

 アスナ「じゃあ、バーベキューにしない?ここからちょっと歩いたところにスーパーがあるから、食材はそこで買えばいいし」

 

 シノン「私は賛成」

 

 木綿季「ボクもボクも!」

 

 結城家別荘には冷蔵庫はあったが、ご丁寧にもその中に食材が入っているとも思えないし…と色々考えていると、アスナが素晴らしいアイデアを提案してくれたのだ。そしてその場は一瞬のうちに満場一致となる。

 「どうせスーパーに行くならみんなで行こう」という話に纏まり、順番に軽くシャワーを浴びてしまう。そこで海の潮や砂を落としたのちに、俺達は水着から普段着へと変身して、固いアスファルトの上を歩き始めた。

 

 歩夢「みんな海の匂いだなぁ…」

 

 アルゴ「オイ、アー坊。レディに向かってその言い方はよろしくないダロ」

 

 歩夢「あぁ、ごめんごめん…」

 

 その道中にふと思ったことを、俺がそのまま言葉にすると、アルゴがこちらに振り向き注意を促してくる。確かにこれは失敬だったかと素直に謝っていると、そこで意外な人物から声が飛んできた。

 

 キリト「そうだぞ。アルファはレディの扱いってものがなってないんだ」

 

 歩夢「キリト…お前はいつからそっち側になったんだ」

 

 シノン「そういうあなたも似たようなものだけどね」

 

 キリト「むっ…」

 

 いやそれは流石におかしいだろう。何故キリトが苛む側に回っているのだと、得意げに話すキリトに反駁すると、それに乗じてシノンが援護射撃を送ってくれる。それにはキリトは何も言い返せず、そのまま黙り込むのだ。

 そうしているうちに、よくある全国展開スーパーに辿り着いた。と同時に、バラバラと店内を散らばってしまう。俺はそんな彼女らの背中を見送り、カートとカゴを準備する。

 俺の元に帰ってはまたスーパーに散らばる皆は、お肉や野菜などのバーベキューパーティーに必要となるだろうもの…だけじゃなくて、「それ必要?」とツッコみたくなるようなものまで持ってくるのだ。そしてその極め付きには──。

 

 歩夢「ちょっと待てリズベット、花火は要らねぇだろ」

 

 彼女は何処からか、袋入りの花火とか筒状の花火までをも持ってきやがった。それらを追加でカゴに放り込もうとするのものだから、俺は反射的に、身振りでストップを掛けてしまった。

 すると、リズベットと同じようにねずみ花火を持ってきたミトが、俺にこう言ったのだ。

 

 ミト「浜辺で花火って言うのも良いじゃない?」

 

 リズベット「そう言うことよ、アルファ」

 

 歩夢「…なるほどな。そりゃ最高だ」

 

 二人の言い分に大層納得した俺は、確かにこれもまた夏の醍醐味であるかと、それも追加で購入することにしたのだ。そしてその九人分の食材及び花火加えてお菓子等々を合算すると、それはもうかなりの金額になるのだが…そこは、俺が一括で払っておいた。

 俺が全部払うと申し出た際に、それはもうみんなが全力で「割り勘で良い」と言ってくれたのだが…まぁ、俺は有り余るお金の使いどころに困っているぐらいなのだから、これぐらいは何の問題もない。が何も知らない彼らからすれば、俺はただの高校生男児なのだ。妙に羽振りが良い俺の様子を見て、バイトでも始めたのかと問い詰められたりもしたが…そこは、臨時収入があったと適当に誤魔化しておいた。

 何せ血液の話は、そりゃかなりのプライバシーな問題なのだ。これはまだ家族にも教えていない話なのだから、当然と言えば当然…。ならどうして、ユウキには伝えたのかというと…まぁ、ユウキは特別だ。それに当、事者だしな。

 

 スーパーでの買い物を済ませ、再び別荘にまで戻ってきたその頃には、もう太陽の半分が水平線に沈んでおり、そろそろ夜に差し掛かりそうな時間帯であった。

 それから俺達は、別荘地に広がる広大なベランダに、物置小屋に収納されていたバーベキューコンロを運び出したりと、色々な下準備に取り掛かったのだ。野菜を洗ったりお肉を切ったり串に刺したり、或いは火を点けたり…とそこで俺が大層驚いたのは、ここに集った九人、その誰もが料理が出来るという事実である。

 まぁ俺とシノンは長らく一人暮らしをしている以上、当たり前のことなのかもしれない。がしかし、まさか他六名も料理を熟せるとはな。

 そして、俺からすればまだまだ一人暮らし初心者な君…肝心のユウキは──。

 

 木綿季「どう?ボクの包丁捌き」

 

 焼きそば用の人参やピーマンを細かく刻んでみせた彼女は、自信満々のドヤ顔で問い掛けてくるのだ。因みに、キッチンには人が収まりきらないので、俺やユウキはその近くのテーブルで作業させてもらっている。

 

 歩夢「うん、凄い凄い」

 

 木綿季「…それ全然凄いって思ってないよね?」

 

 全く心の籠っていない褒め言葉が気に喰わなかったのか、ユウキは不満そうにこちらを眺めてくる。あんまり調子に乗らせたくなかった俺は、やはり適当な言葉を返しておいた。

 

 歩夢「思ってるって。怪我しないように気を付けろよ?」

 

 木綿季「それは分かってるって」

 

 シリカ「アルファさん、お母さんみたいですね…」

 

 これが本命しっかり注意を促しておくと、ユウキは「耳にタコが出来そうだよ…」とげんなりした様子で呟きながら、適当な頷きを返してきた。そんなユウキに不安心を抱きつつも、しっかりネコの手を遵守しているようだし、大丈夫だろうか。

 ユウキはこの数カ月を費やし、料理の手際をどんどん革新させている。俺とは比べ物にならないほどの成長速度を見せており、その点では、俺も純粋に喜びを覚えているの。だが…刃物を扱うのは、慣れた頃が一番危ない。だからこそ俺は、ユウキが包丁で怪我するんじゃないだろうかと、またヒヤヒヤとする気持ちをも持ち合わせていて…これじゃ本当に、シリカの言う通り母親みたいだな。

 

 そんな感じでバーベキューの準備を終えた俺達は、食材をベランダのテーブルに運び込んだ。鉄板の上でそれらを焼き、コップには飲み物を注いでいく。その頃には太陽がすっぽりと海の底へ沈んでおり、その彼方もすっかり暗闇に染まっていた。波打つ音に混じりながら、何処からかオケラや蝉たちの声が聞こえてくる。

 そんな中、バーベキューコンロに燃える炎が、深い陰影を生み出し周囲を照らし出す様子は、夏っぽさというものを、これでもかと強調しているようだった。

 

 キリト「それじゃあ…今日も一日お疲れ様、乾杯!!」

 

 「「乾杯~!!」」

 

 例によってキリトからの乾杯の音頭に合わせた俺達は、それから暫しの間バーベキューを楽しみ始めたのだ。

 別に、高級な食材を使ったわけではないが、こうやってみんなでご飯を作って、それを食べながらバカ騒ぎして…とすることは、一人で食べる飯よりも、一段と食事の時間を満ち足りたものへ昇華させてくれる。

 加えて、焼きそばや焼きおにぎり、サーモンにお肉に野菜、他にもマシュマロ串だったりと…それは様々な美味を味わうことが出来るのだ。こうして色々な種類の料理を食べられることも、大人数で食卓を囲うことの魅力なのだろう。

 こんな楽しい日々に、ノーチラスやユナが参加出来なかったのは大層残念な話なのだが…まぁ二人は、今年度に控える受験に集中すると言っていたので仕方ないし…直葉ちゃんは部活の大会真っ最中で、とてもじゃないが稽古をサボる気にもなれないらしいし…それも仕方ないか。そんでユイちゃんは…プローブのお陰で一応はこっちの様子を体験出来ていたようだが、防水耐性がないせいで、海に入れないのは残念だったな…と俺が、若者全員が集まれなかったことを悔いていたその時だった。

 ふと、フランクフルトを齧るユウキと、目が合ったのは。

 

 木綿季「……」

 

 するとユウキは何を思ったのか、そのフランクフルトを噛み千切ると、残りの半分のフランクフルトが刺さった棒を俺に向けながら──

 

 木綿季「はい、あ~ん…」

 

 ──それを俺に献上してきたのだ。

 

 歩夢「…ん」

 

 そして俺はいつもの如く、それを口に受け取ってしまったのだが…そこで気が付く。ここが仮想世界ではなく、現実世界であることに。仮想世界ではこんなこともよくしちゃってるバカップルな俺達ではあるが、現実世界ではまだ一度も…と言うことはそれすなわち──。

 

 木綿季「…間接キス、しちゃったね…」

 

 歩夢「」ボンッ

 

 ──そう言うことだ。

 

 俺とユウキはいま初めて、現実世界にて間接キスをしてしまったのだ!

 

 …いやまぁ、実際の話をすると、二月頃にはもう深いキスを交わしているのだが…俺達にとってあれは、実質ノーカンみたいなものである。

 ユウキが棒を回収し、更に俺の齧ったフランクフルトを口に放り込み食べ終えると、ほんのりと赤い乙女の顔で囁いてくる。そうなってしまうと俺としても、ユウキが究極的に可愛すぎたり色々と意識してしまったりして…結果、顔が爆発してしまったというわけだ。

 

 アスナ「…なんか、すっごいデジャブだね、キリト君」

 

 キリト「あぁ、既視感が凄いな」

 

 なんて言葉が外野からは飛んできていた気がするが、俺の脳内はいつも以上にユウキ一色に塗りつぶされ、それに構うどころの話ではなかった。

 なんて嬉しいハプニングがあったバーベキューも終わりを迎え、みんなで協力して食器を洗ったりコンロを片付けたりした後は、遂に花火のお時間だ。

 既に夜空では、幾つかの星々が輝いて見えている。勿論花火は海岸で行うことになったのだが、なるほど、潮風が吹いて火を灯しにくいとは想定外であった。それでも努力と気合いでなんとか蝋燭を灯した俺がOKサインを出すと、それぞれが手持ち花火を用意する。そしてその大体は、ポピュラーなススキ花火から始めるのだが…。

 

 木綿季「ねね、これで遊んでみようよ!」

 

 歩夢「まぁ、いいけど…」

 

 やはりユウキは、王道ではなく変わり種を選んでしまうのだ。数字の6を描いたような花火を手に持ちながら、俺の服を引っ張ってくる。

 俺はもうソレの登場なのかと思っていると…ユウキは本体を握ったまま、なんの迷いもなくそれを蝋燭に近づけようとした。その様子を見た俺は慌てて彼女の腕を掴み、その動きを強制停止させる。当たり前だろう。そんなことしたら大火傷だ。

 危険極まりないユウキの行動に俺が困惑していると、一方制止を余儀なくされたユウキは、不思議そうに俺を見つめるのだ。とそこで、俺はもしやと思い、彼女に訊ねてみた。

 

 歩夢「…これの遊び方、知ってるか?」

 

 木綿季「この花火は見たことないけど…ボクも昔、一回だけ花火で遊んだことあるからね。これも蝋燭で火を点けたら良いんじゃないの?」

 

 …やっぱりそう言うことか。長きに渡る闘病生活の弊害として、現実世界に関する知識が少々手薄なところもあるユウキは、その花火の遊び方を知らなかったらしい。

 ユウキのやり方では大惨事になりかねないので、俺はひょいとその手から花火を奪ってやった。花火を奪われたユウキは、自分の遊び道具を取り上げられたとでも思ったのだろう。取り返すべくこちらへ手を伸ばそうとしてくる。対して俺は、笑顔で彼女に言った。

 

 歩夢「これはこうやって遊ぶんだぜ?」

 

 そしてその花火を砂浜に落とした俺は、チャッカマンを使って花火に着火。するとまずは、ススキ花火のように青白い光が噴射し──。

 

 木綿季「こ、こっち来るよっ!?」

 

 歩夢「避けような~」

 

 火花を発しながらぐるぐると回転する縄の花火は、砂の上を不規則に動きながら、こちらへと迫りくるのだ。これだけでも充分驚いたらしいユウキは、焦ったように俺の腕を掴んだ。読めない挙動で動き回る蛇から逃げ回るように、彼女は俺の手を引いて花火から距離を取る。ぐるぐると暴走していた花火も、次第にその火力を失ってゆく。

 そして最後には…パァンッ!!

 

 木綿季「うわあっ!?」

 

 強烈な破裂音を鳴り響かせるのだ。この花火に関しては全くの無知であったユウキは、それはもう望み通りの反応をしてくれる。ユウキはこういう子供っぽいところも可愛くて魅力的なんだよなと思いつつも、俺は彼女に種明かしをしてあげた。

 

 歩夢「これが、ねずみ花火の遊び方だ」

 

 木綿季「びっくりした~…中々スリリングな花火なんだね~」

 

 そして俺がその花火の名前を教えてやると、彼女はねずみ花火の遊びが楽しかったのか、満足そうな笑顔を浮かべてくれた。続けて俺達は、みんなに混ざって変色花火で遊んだり、線香花火で勝負したり、或いは着火前の手筒花火をキリトに向けて脅したりもした。

 そうこうしてるとすぐに花火は尽きてしまった。フィニッシュは勿論、音も色もバチバチとド派手な吹き出し花火で締め括らせてもらった。そして花火はお終い。後片付けを済ませて別荘に戻ってきた俺達は、当然お次は入浴タイムになるのだが…。

 

 キリト「アスナ達が先に入るか?」

 

 アスナ「ん~…キリト君に後から入らせたら、なんか危ない気がするしね。先に入ってくれていいよー」

 

 歩夢「…キリトの評価って、どうなってんだ?」

 

 キリト「事実だから何も言えない」

 

 アスナの話によると、この別荘はやはり浴室も大きいらしく。四人ぐらいであれば一緒に入れるとのことである。恐らくキリトは、俺達が先に入浴してしまえば、浴槽が汚れるとかその辺に気を遣ってそういう発言をしたのだろう。

 しかし、アスナから返ってきた返事は、なんだかキリトの信用度合の低さを伺わせるものであった。俺がキリトを訝しそうに眺めると、彼は苦笑いを浮かべ、反駁することさえなかったのだ。

 そういう訳でまずは、俺とキリトが汗を流させてもらうことになった。キリトと風呂に入るのはこれが初めてのことではないので、なんの躊躇いもなく脱衣所にて裸になっていると、キリトが感心したように言った。

 

 キリト「アルファ、結構良い身体してるよな」

 

 歩夢「木綿季の病気が治ってから、ちゃんと筋トレしてるからな。キリトも始めたらどうだ?ちょっと細すぎるんじゃねぇの?」

 

 キリト「筋トレは良いけど、食べるのがなぁ…」

 

 歩夢「分かる。食トレの方がキツイ」

 

 キリト「あとは身長伸ばすだけなんじゃないか?」

 

 歩夢「…キリトよりは高ぇよ」

 

 キリト「年下と比べてどうするんだよ」

 

 そんなどうでもいい会話を交わしながら、それぞれシャンプーで全身の汚れを落としていく。身長に関しては…なんと喜ばしいことに、俺はまだまだ伸びしろがあるのかもしれない。徐々に徐々に背が伸びていることは、俺自身が一番よく理解しているのだ。

 それを如何にして把握しているかと言うと…ユウキと並んだ時の感覚である。本当に僅かだが、最近肩の位置が上がった気がするのだ。さぁこの調子で目指せ180センチ!

 などと俺が意気込んでいると、キリトは頭を洗いながら、不意に聞いてくるのだ。

 

 キリト「アルファは来年で卒業だけどさ、どこ行くんだ?」

 

 歩夢「ん~…全然決まってねぇ…そう言うキリトは?」

 

 キリト「俺は…色々調べてるんだけど…どうだろうな。アメリカに留学しに行くか…」

 

 歩夢「か?」

 

 キリト「…東都工業大学かなぁ…」

 

 歩夢「へぇ~…」

 

 キリトの言う通り、俺はあと一年後には帰還者学校を卒業し、また自ら新たなる道を切り開かねばならない時がやってくる。しかし一体どういうことか、将来的には木綿季と…などと大きな目標は相変わらず定まっている一方で、具体的に数年後どうするのかというビジョンは、薄い靄の掛かった全く不明瞭なままであった。

 そりゃ今の俺は、働かずとも遊んで暮らせるだけの人生が約束されたようなものではある。しかし、だからといってそれが、将来を先延ばしにしていい理由にはならない。

 両親に言われた通り、恐らくは大学受験に挑むことになるのだろうが…その志望校というものは、やはり少しも定まっていない。夏休みに入って以来、各大学のオープンキャンパスに参加してみたりはしているものの、どの学部も実際にはどんな感じなのかよく分からないせいで、俺も進路を決めかねているのだ。

 だが対するキリトは、ある程度は進路を固めているらしい。彼はいつか、作る側になりたいと言っていた。それも単にゲームではなく、VRゲーム機そのものを。となると、自ずと進むべきも見えてくるのだろう。

 

 歩夢「でも、なんで東工大はそんな煮え切れない言い方なんだ?」

 

 キリトが呈示した二択は、明らかに後者が優柔不断な物言いであった。それ故に俺がその点を訊ねてみると、彼は難しい顔で言うのだ。

 

 キリト「東工大はさ、茅場の出身校だろ?だから、東工大で学ぶと、いつまでもあいつの掌に踊らされてる気がしてな…」

 

 そんなキリトが言い放った一言は、俺にとっては自分の進路選択以上に簡単な問題であったのだ。俺はほとんど反射的に、そう答えていた。

 

 歩夢「それは難しく考え過ぎってやつだろ。だって結局この世界で生きていく以上、俺達は世界のシステムに踊らされてるんだぜ?」

 

 キリト「そ、そんなの極論だろ」

 

 歩夢「でも事実じゃねぇかよ。茅場云々の前に、まずキリトとしてはどっちの道を選びたいのか、って言うのを念頭に置いて考えるべきじゃないか?」

 

 キリト「…その通りだな。アルファも案外年上してるんだな」

 

 歩夢「案外ってなんだ案外って」

 

 俺がパッパと繰り出した答えと共にキリトの背中を叩いてやると、彼も納得したように笑ってくる。「案外」と言う言葉が非常に引っ掛かったが、まぁ不問と言うことにしておいてやろう。

 そして俺は、身体を綺麗にする最後の段階として、洗顔を始めたのだ。すると当然視界は機能しなくなる。俺が目を瞑りながら、不慣れな手でシャワーのボタンを探していると…。

 

 歩夢「…おいキリト、やめろって」

 

 キリト「…」

 

 突如として、俺の両目を覆うように、誰かの手が被せられたのだ。となるとその犯人は、間違いなくキリトなのだ。それ故に俺は、彼にその下らない行為を辞めるよう語り掛けるのだが、彼は黙り込んだままそれを辞めようとはしない。

 これは恐らく、俺がシャワーで洗顔料を洗い流そうとも、その上から洗顔料を塗り続けられるやつだろう。察した俺は、その展開を防ぐべく行動を起こす。背に立っているであろうキリトを、軽く押そうと手を伸ばしたのだ。

 ……なんだ、この柔らかいの?キリトのお腹って、こんなにふにふにしてたっけ──。

 

 「アー坊は大胆だナ~」

 

 歩夢「……は……!?」

 

 などと思っていたその時だ。俺の背後から、キリト以外の人物の声が届いてきたのは。

 ……いやまさか有り得ないだろうとは思いつつも、だがしかしこの声は……と、頭の中が思考停止に追い込まれそうな程にぐちゃぐちゃと掻き乱される。

 ほぼ無意識のうちに動いていた手をバッと引っ込め、急いで洗顔料を洗い流した。そして俺が振り返ると…最悪なことにも、俺の想像は正しかったのだ。

 

 歩夢「あ、アルゴ!?なんでアルゴがここに居んだよ!?」

 

 キリト「…」

 

 俺の視線の先では、二シシと笑いながら手を振るアルゴが、お出迎えしてくれる。そしてその姿は…昼に身に付けていたものと同じ水着姿だ。良かった、のか…?裸じゃなくて…。

 がしかしアルゴの姿がなんであろうと、彼女がここに居ること自体がおかしい。さっきからキリトが黙り込んでいる理由は、彼の脳もこの突発的事態にキャパオーバーしているからなのだろう。俺の叫び声一歩手前とも言える問いかけに、アルゴは器用にも、二つの白いタオルを俺とキリトに投げ掛ける。

 

 アルゴ「んなこと言う前に、まずは二人共これ付けろヨ」

 

 歩夢「あぁ…悪い悪い…じゃなくて!?の前にまずはアルゴが出ていってくれよな!?」

 

 アルゴがあんまり自然な流れでそれを催促するものだから、俺もそれに半分ぐらい納得してしまう。投げ付けられた白いタオルを巻き始めるも…そうじゃないだろう、と言うことに途中で気が付き、アルゴに反駁し直すのだ。

 対するアルゴは、満面の笑みで俺とキリトにこう告げてくれるのだ。

 

 アルゴ「喜べ、ショーネンたち。ここは今から、オネーサンたちとの混浴風呂になるんだヨ!」

 

 歩夢&キリト「「!?!?!?」」

 

 何が何だかもう全く訳が分からない。アルゴのとんでもなさ過ぎる発言に、俺もキリトも絶句したまま彼女を見つめ返すばかりだ。だが直後、脱衣所とお風呂場を繋ぐドアが開かれたかと思うと…そこからユウキ達が、水着姿で突入してくる。

 …海で遊ぶ際に見る水着と、お風呂場に突入してきた彼女らの身に付ける水着、それはどちらも同じものではあるが、その破壊力は圧倒的に後者が強過ぎる。こんなの悶々どころか悶々悶々しても仕方ないレベルじゃねぇかと目を白黒させていると、アスナから一言飛んできた。

 

 アスナ「キリト君とアルファ君は、向こうの露天風呂行っててね。今から身体洗うから」

 

 キリト「ろ、露天風呂…?」

 

 木綿季「気が付かなかったの?あとでみんなでそっち行くからね~!」

 

 歩夢「…うっす…」

 

 俺とキリトは…もう頭が働きません。彼女らの余りに強引な物言いに、俺達は素直に納得する以外の選択肢を選べなかった。今まではその存在すら意識していなかった外へと繋がるもう一つのドアを潜って、確かにそこにあった巨大な露天風呂に浸かる。

 暫し放心状態で夜空を眺めていた俺達は、次第に聞こえてきた浴室からの可愛らしい騒ぎ声をきっかけに、ようやく現実へと戻ってきたのだ。

 

 キリト「アルファ…俺達は桃源郷に迷い込んだのか…?」

 

 歩夢「いや…どっちかと言えば、俺たちのいる所に桃源郷がやって来たんだろうな…」

 

 キリト「…なぁ」

 

 歩夢「覗きは辞めとけ、洒落にならん」

 

 キリト「でもさぁ、ここでやらなきゃ、それは男としてどうかなって」

 

 歩夢「そりゃそうかもだぜ?でも確実にバレるぞ。リスクが高すぎる」

 

 キリト「…くそ、ここは諦めるしかないか…」

 

 浴室から響いてくる声に堪えられなくなったのか、キリトが覗き見を提案してくれるも、それは流石にやめておいた。絶対にバレないという確証があるならまだしも、この入り口が一つしかない状況で覗きとは、なんとも危険の高いものでしかないのだ。キリトも頭ではそれを理解しているのか、大層悔しそうに向こうを諦めていた。

 そしてしばらくすると、ドアが開き、そこから水着姿の彼女らがやってきた。皆が露天風呂に足を入れていく中で、何故かユウキは同じようにしない。

 彼女は露天風呂に浸かる前に、俺に手を招いたかと思うと、そのままウィンクをして、投げキッスを…。

 

 歩夢「…なにアホみたいなことしてんだよ」

 

 木綿季「え」

 

 そして俺が堪え切れず、ニヤニヤしながら思ったままの言葉を送ってやると、ユウキはその場で硬直してしまった。

 

 木綿季「…ど、ドキドキしないの…?」

 

 歩夢「木綿季にそう言うの似合ってないぞ、壊滅的に」

 

 木綿季「そ、そんなぁ…」

 

 ユウキから放たれた一言に、俺が決定的な返答をした結果、彼女はその場でへなへなと膝をついてしまった。そしてミトは、勝ち誇ったような表情でユウキを慰めるのだ。

 …やっぱり伝授したのはミトだったか。って言うかその顔辞めて差し上げろ。ユウキが可哀想だろ。…まぁ、ユウキにクールな感じは似合ってないって言っただけで、ドキドキしてないとは言ってないんだけどな…。

 その間にもキリトは、リズベット、シリカ、シノン、アルゴに色々と茶々入れられているわけで、アスナ様の笑顔が寒々しくなっているのは気のせいだと思いたいです。

 

 歩夢「木綿季、こっち来いよ」

 

 木綿季「うん…」

 

 俺にああ言われたのが原因なのか、広々とした露天風呂の隅っこで、ユウキはちょっとシュンとしていた。そんな彼女が可愛らしく思えた俺は、右手で手招きする。

 ユウキは素直にこちらへやって来てくれた。露天風呂の端にもたれ掛かっていた俺は、寄ってきたユウキに背を向けさせた。要するに、電車ごっこの密着バージョンだ。とその状態で、彼女の頭をポンポンと撫でてあげる。

 

 歩夢「木綿季は自然体で良いんだからな?」

 

 最初は優しく頭を撫でる程度だったけれど、我慢できなかった俺は、そのままわしゃわしゃとその髪を強くナデナデしてしまうのだ。

 するとユウキは、とんでもなく顔を赤くなった顔で振り返る。上手く言葉が出てこなかったのか、パクパクと口を動かした末に、俺に言った。

 

 木綿季「歩夢…は、恥ずかしいよ…みんな見てるって…」

 

 歩夢「あ」

 

 そう短く答えたユウキは、今度は羞恥心で一気に縮こまってしまった。彼女の言葉を受けて、二人だけの世界から混浴会場へと舞い戻ってきた俺は、そこで皆から向けられる興味深そうな視線を感じ取ったのだ。

 

 アルゴ「意外だナ。てっきりオレっちは、アー坊がなでなでされる側だと思ってたんだケド…」

 

 ミト「私も同感よ。甘やかされるのはアルファだと思ってたわ」

 

 アスナ「ユウキから話には聞いてたけど、まさか本当にそうなんてね~」

 

 木綿季「み、みんなっ、変な分析しないでぇ!!」

 

 そして彼女たちは口を開いては一様に、結構真面目に?俺とユウキの関係性を推測してくるのだ。とは言え彼女たちの想像は、かなり当たっているのかもしれない。確かに甘えてくるのはユウキの方が多いが、なんだかんだで甘やかされているのは、俺の方な気がするのだ。

 ユウキが彼女たちのニヤニヤを見てあたふたと取り乱している中、俺はユウキの身体をガシッと捕まえる。そしてそのままこっちへと引っ張ってきて…。

 

 歩夢「ほらっ、いっぱい撫で撫でしてやるからな」

 

 木綿季「っ~~!?」

 

 こうやって彼女たちの前で、公開処刑してやると言うことだ。俺がユウキの頭をひたすら撫で続けると、最初はお風呂の中でバシャバシャと暴れていたユウキも、もう抵抗する力を失ったのか、両手でゆでだこのように紅潮した顔を抑えながら、されるがままになっていた。

 …へぇ、間接キスのお返しぐらいのつもりでやったんだけど、ユウキをいじめるのって案外楽しいもんだな…なんて面白い発見があったのが、お風呂場での一時であった。

 

 

 

 

 

 

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 楽しい時が過ぎ去るのは、実に一瞬である。だがかつての自分であれば、これほどに時間の経過を速く感じることはあっただろうか。

 どれもこれも全て、アスナを初めとする多くの友に恵まれたお陰であろう。そして同時に、それを素直に認めるのは実に癪だが、その端緒を創り出してくれたあいつのお陰でもある──と、私は別荘のベランダにて、暗い水平線の先に浮かぶ大きな満月を眺めながら、今更ながらにそんなことを思っていた。

 こんな感慨に耽ってしまうのは恐らく、真に気兼ねなく接していられる友たちと、kおうして春休み以来の旅行に来られて、少々浮かれているからなのだろう。

 その時だった。ふと、背後で窓がスライドする音が聞こえたのは。

 

 「おっ…先客が居たか…」

 

 そしてそこから飛んできた声色は、間違いなく男性のものであった。それだけ確認した私は、しかし振り向くことはなく、適当に言葉を返しておく。

 

 「…みんなと一緒に騒がないでも良いの?アルファ」

 

 歩夢「ちょっと夜風に当たりたくてな…シノンもその口だろ?」

 

 シノン「…まぁね」

 

 その短い会話のやり取りを終えると、彼は私から少し距離を置いたところで佇んだ。もしここに、潮風とさざめく波の音、そして水面に揺れる淡い月明かりの情緒がなければ、それはかなり居心地の悪い無言の時であっただろう。

 何せ、私は実を言うと、アルファとそんなに仲が良くない。…先に言っておくと、別にアルファが嫌いだとか、そういう訳ではない。ただ、男友達の友達…つまりはキリトの友達というポジションにいるアルファとは、異性ということもあって、中々仲良くなる機会がないということである。

 アスナやユウキ、更にはミトやアルゴとは、同性と言うこともあって仲良くなることは出来たけれど、異性であるアルファも同じようにとはいかないだろう。それはもしかすると、私の中にはまだほんの少し、男性への忌避感というものが根付いたままだからなのかもしれない。

 だけど、アルファがそういう奴じゃないと言うことは、彼の人相やアスナ達からの高評価、そして何よりユウキのあの心の許しようを見ていれば、十分に伝わってくるのだ。

 

 つまりは、後は私の問題なのだろう。だって、ミトとキリトは、重度のゲーマーと言うこともあってか、かなり距離を縮めているし…となると、やはりお互いの共通点を見出すのが、仲良くなる秘訣なのだろうか。

 だが私とアルファの共通点など、一つも在りはしない……こともない。だけど、こんなことはとてもじゃないが、言葉に出す気にはなれなかった。

 …これはあくまでも、似たような立場である私の推測でしかないが…アルファは、人を殺したことがあるのだろう。そしてそのことに悩んでいる…と言うよりは、それを受け止めて尚、自分というものを保ち続けているように見える。

 以前のキリトが人殺しの記憶を忘却しようとしたのならば、一方アルファは忘却することはなかったのか、或いは忘却することさえ出来なかったのか、その身に深く刻み込んでいる…そんな感じだ。

 かつて私の目指した強さとは、今の彼のように、例えその手を汚そうとも、決してブレることない信念をもその身に宿していく…そんなものだったのかもしれない。だけど今の私にはもう、その必要はなくなったのだ。

 

 歩夢「なぁ」

 

 シノン「なに?」

 

 などと、さざ波の調べに耳を傾け、色々と思考を巡らせていると、アルファがこちらに顔を向けて呼び掛けてきた。それに応じるようにそちらに顔を向けた私が問い掛けると、彼は言った。

 

 歩夢「シノンってやっぱり、キリトのこと好きなのか?」

 

 全くもって唐突過ぎる。彼の口から放たれた、ここに集っているメンバーに聞かれては不味すぎるその発言に対して、私も思わず我を忘れて言い返したのだ。

 

 シノン「なっ!?…な、なんでそんなこと聞くのよ!?バッカじゃないの!?」

 

 歩夢「おいおい、それは答えてるようなもんだぜ?」

 

 シノン「うるさい!」

 

 歩夢「キリトも罪な男だよなぁ」

 

 シノン「…そういうアルファも引っ掛けてるんじゃないの?」

 

 歩夢「…へ?そりゃせめて木綿季は引っ掛けさせてくれよ」

 

 シノン「…」

 

 そんな私の様子を見た彼は、手頃な玩具を見つけたように揶揄い続けてくるものだから、私もお返しとばかりにそれを追求してやると…まさかの本人は無自覚。私はそんなアルファの様子を受けて、もうこれ以上は何も言えないかった。

 勿論、アルファがユウキのことを捕まえているのは、二人の様子を見ていればよく分かることだ。そして同時にもう一人、彼は射止めているかもしれないのだ。そこに確信を持てないのは、その射止められているかもしれない相手方もまた、個人的な見解としては、自分の気持ちを正しく認識出来ていないとしか思えないからである。

 彼女はアルファを友として好いていると言ってはいるが、もしかすれば、彼女は恋心という感情を抱いたことがないのかもしれない。私から見てみれば、それは恋なのではないかと疑ってしまう程の想いが、彼女の語るアルファやその一つ一つの行動に詰まっているのだ。実際にさっきのお風呂場でだって、「私はアルファのこと、likeの二乗ぐらい好きよ」だなんて言ってるほどであるのだから 

 だけど彼女は、その気持ちには気が付かない方が幸せかもしれない。アルファに抱くその想いは友愛であると思っている間に、誰か他の人を見つけるべきだろう。だって、その気持ちを真正面から理解してしまえば、彼女は実ることのない恋というものに、如何にかして決着を付けなければならなくなるのだから。

 ……ううん、違うわね…。彼女がアルファに抱く友情を、異性へと向ける特別なものだと結び付けてしまうのは、私こそが……。

 

 歩夢「シノン、そろそろ戻って、みんなとゲームしないか?」

 

 シノン「…それもそうね」

 

 …別に、まだ実らないと決まったわけじゃない。これからの努力次第に決まってる。そう思うことで、なんとか気持ちの決着に危うい猶予を与える。今にも爆発してしまいそうな気持を奥底へと鎮めると、私はアルファの言葉に返事を返した。

 月明かりを反射し、透き通るような光のベールと化した海の神秘をもう一度その眼に収めると、彼と共に振り返った。その時ふと、私は思ったのだ。

 …なんだ、アルファと普通に喋れてるじゃない。色々難しいこと考えてたけど、もう結構仲良くなれてたのかしら。意外と気まずさもなく…寧ろ、結構仲良くアルファと会話をしていられたことに今更気が付いた私は、少し上機嫌になりながら、リビングで大富豪に明け暮れる彼女たちの輪に入っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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 ふと、いつもは耳にすることのない波音で、意識を闇から取り戻した。身体は動かすことなく、徐に動かした右手で目をこすりながら、ゆっくりと瞼を開ける。なんだか頭の中がぼやぼやしているけれど、そこには、ミトやアスナ、アルゴが布団の上ですーすーと寝息を立てている様子が伺えた。

 「みんなやっぱり寝顔も可愛いんだね~」と思いつつも、枕元にあった携帯を確認すると…まだ早朝の四時半、道理でみんなも眠りに落ちているわけだ。あとでみんなにそれを大公開すべく、しっかり六名分の寝顔を無音シャッターで激写しておいたボクは、ふわわと欠伸をした後に、玄関口へと忍び足で移動し始めた。

 そしてそのまま靴を履いて、パジャマのまま外へと繰り出す。まだ水平線から太陽は姿を現していないが、既にその余光は、水平線近くをあけぼのに染めていた。

 幾ら夏の真っ只中とは言え、太陽が出る前は少しだけ涼しい。それ故にボクは、ちょっと早すぎるお目覚めだけど、海岸沿いに朝の散歩でもしようと思ったわけだ。

 そしてボクが、砂浜へと足を進めていくと…。

 

 歩夢「…おはよ。早いな」

 

 そこには既に、先客が居たのだ。しかもその人物がアルファだと言うこともあって、まだ身体に残っていた眠気は、一気に吹き飛んでしまった。

 

 木綿季「おはよう…早いのは歩夢の方だよ。いつもならあと四時間は寝てるじゃん」

 

 歩夢「俺は寝床が変わると安眠出来ないタイプなんだ」

 

 木綿季「ふ~ん、そうなんだ」

 

 また些細な会話の中からアルファ情報を引き出せたボクは、頭の中のメモ帳にしっかりと記載しつつも、ごく自然に二人で砂浜海岸を散歩し始めた。

 って言っても、特に目ぼしい漂着物があるもなかった。潮風と海の旋律に浸りながら、ただしゃりしゃりと砂地を踏みしめていくだけだ。

 でもそれが、凄く心地良いんだ。アルファと一緒に海岸のお散歩、これが今日だけじゃなくて、また明日も明後日も──。

 

 木綿季「…なんか、勿体ないね。今日で帰るなんて」

 

 そんなことを想っていると、ふと、ボクは呟いちゃったんだ。アルファは海の向こうを眺めながら、ポツリと言葉を返してくれた。

 

 歩夢「そうだなぁ…」

 

 木綿季「ボク、全然遊び尽くせてないよ」

 

 そう、この旅行計画は、一泊二日なのだ。つまり今日の夜にはもう、ボクは自分のお家に帰っているわけで…それがなんとも、ボクにとっては寂しいものに感じた。海で遊べることなんてまだまだたくさんあるのに、その全てを昨日今日で消化し切れないことが、凄く惜しいことに思えたのだ。

 唐突だった。同じリズムで砂浜を踏みしめていた歩みが、一つ止まった。それに合わせてボクも立ち止まり、君の方へと振り返るのだ。そしてボクが見たアルファは、何処までも優しい笑顔を浮かべていたんだ。

 

 歩夢「でもさ、もう木綿季には、ちゃんと次があるんだ。また来年行こうぜ?みんなでさ」

 

 木綿季「……」

 

 …そっか、そうだった。ボクはもう、これから何十年も生きていられるんだ。ボクには次が巡ってくるんだ。アルファにそれを言われるまで、ボクはこれまでの癖で、悔いの残らないよう出来るだけ、早くに全てを完結させようとしていた。だけど今のボクは、そうやって焦らなくてもいいんだ。

 そんな当たり前を再発見出来たボクは、君と同じようにとびっきり笑顔を浮かべながら、言葉を返したんだ。

 

 木綿季「そうだね。また来年も、みんなで行こーね!」

 

 そうして、夢のような一泊二日は、終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、四月二十三日の土曜日となります。

 では、また第163話でお会いしましょう!
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