雨戸の端から漏れ入る日差し、肌に纏わりつく熱気、それが目覚めの合図だ。余りの暑さにおちおちと目を瞑っていられなくなった俺は、仕方なく目を覚ます。
その気が滅入ってしまうような暑さから分かる通り、季節は夏真っ只中の八月上旬であり、それ故に学校は長期休暇となっている。起床アラームを設定する必要もなく、俺はのびのびと朝を過ごせるのだ。
シャッターをガラガラと上げると、外はまだ朝だというのに、ゆらゆらと陽炎が立っていた。窓に差し込む力強い太陽光を浴びながら、季節に合わせた薄手の掛布団、敷布団を畳んでしまう。お次は喉の渇きを潤すためにコップに水を注ぎ、飲み干す。睡眠中は消していたエアコン冷房を付けると、部屋は一気に快適な環境へと移り変わった。
…東京は長野に比べるとマジで暑い。向こうじゃ扇風機でもなんとかならない日もなかったでもないけど…こっちは厳しいな。
と東京で迎える二度目の夏にそんな感想を抱きながら、洗面所へと向かった。外の世界の熱気にあてられたせいか、水道から出てくる水は少々生温かった。一度顔を洗うと、寝起きの眠気も一緒に落とされていった気がする。
そしてそのまま歯磨き、寝ぐせ直しも一緒に済ませておく。昨日のうちに回しておいた洗濯機から衣類を取り出して、それをベランダに干しに行って、朝ご飯は…まぁ別に食べなくていいか…。
歩夢「…なにすっかな~」
などと言葉にはしてみるものの、俺の本分は学生。であれば、夏休暇にやらねばなるまいことは唯一つであろう。スマホを使って娯楽に耽りたいという欲求に打ち勝ち、嫌々ながらも椅子に腰かける。パソコンを起動しオンラインデータベースを開いて、個人用の課題にアクセスする。
そして俺は学習に取り掛かり始めたのだが…ほんと、一昔前じゃ考えられなかったな。小、中学校では紙媒体で学習してたもんだから、課題がデジタル化するなんて考えもしなかったぜ。パソコンだと指は疲れないんだけど、目がキツイな…アナログもデジタルも一長一短だ。
なんて要らぬことを考えていたのも束の間、次第に課題へと没頭し始める。何度か休憩を挟みつつも、彼是二時間余りぐらい経過したそこで、ようやく今日の勉学を切り上げた。
これで今日一日分の集中力を使い切った気がする。分からない所も多少あったのだが、そこは頼れる友達に教えを乞えばいいだろう。たったの二時間勉強してたぐらいでこんなにひーひー言っていては、来年の受験が心配だな…。
やるべきことの一つ目を終えた俺は、絨毯に寝転がって一度スマホを手に取り、みんなからのメッセージに適当な返事をしておいた。続けてゲームしたり動画をみたり…する前に、俺はふと冷蔵庫を確認する。
…この感じだと、明日か明後日には買い物に行かないとだ。頭の中では自然とそれを考えてしまうものだから、俺もすっかり主夫になってしまったのだろう。まぁ、今の俺は特売に憑りつかれる必要もない。出来るだけ質の高い食料品を仕入れることにしよう。
電子媒体で時刻を確認すると、お昼ご飯までにまだ余裕が残されていた。ならばと俺は汚れても良い身軽な服に着替え、そして始めたのは…筋トレ。ユウキの隣に立っても恥ずかしくない身体を身に付けるべく、俺は今日も努力を続けるのだ。
歩夢「…フッ…フッ…」
エアコンを付けていても、熱エネルギーが身体中から放出され、汗が滲む。有り余る金で購入した補助具を使いながら、しっかりと身体を追い込んでいく。
そして筋トレを終えると、次はランニングボトルを手に持って外に繰り出した。エアコンのない外はまさに灼熱地獄であるが、同時に、汗を流すにはもってこいの環境である。学生にとっては夏休みであり一般人にとっても休日でもある本日、車が行き交い電車が騒がしい街並みで、一人ジョギングの開始だ。
引っ越してきた当初は、よくこんな喧噪な街で生活出来るなと思っていたものだが、一年も経つとそれにもある程度は慣れてしまった。慣れとは恐ろしいものだ。
筋トレ→ジョギングの順番は、脂肪燃焼に繋がるものの、心肺機能が低下するらしい。なので俺は、ジョギング→筋トレの順番と交互に行っているのだが…筋肉を付けたいならジョギングはしない方が良いとか、筋トレをやる時間は夕方頃がベストだとか、色んな情報が錯綜していることは勿論知っている。だけど俺の目指す所は健全な肉体止まりだから、そこまで色んなことに気を遣う必要はないはずだ。
数十分街中を走り続け、息絶え絶えの汗だくで家に帰宅。玄関ドアを開けると、火照った身体に心地の良い冷風が通り抜けていく。エアコンのタイマー機能を利用して涼しくしておいた我が部屋は、まさしく楽園であった。だがそこで座り込むことはなく、すぐにスウェットを洗濯機に放り込み、寝間着と一緒に洗濯してしまう。そして当然、汗を流すべくシャワーを軽く浴びる。
歩夢「…」グゥ~
ここまで激しく動いていると、流石にお腹が空いてしまった。急いでお昼ご飯の支度に取り掛かる。一瞬、今日のお昼は何にしようかと迷った挙句、親子丼を作ることにした。
冷蔵ご飯を温め、鶏肉の余分な皮を削ぎ、玉ねぎに葱、油揚げを大きめに切って、卵を溶く。調味料を駆使して特製タレを作った後に、底の深いフライパンで鶏肉の表面を軽く焼いて、次にタレを温め野菜をぶち込み…と色々やっていけば、すぐに親子丼の完成だ。
歩夢「いただきます」
さて、今日は上手く出来ただろうか。自炊を始めて以来、彼女が料理の研究を楽しむ理由をなんとなく共感出来るようになった俺は、意気揚々と親子丼を食べ始めたのだが…うん、ちょっとタレが濃すぎたな、これは醤油を入れ過ぎたか、反省反省…。鶏の胸肉を食べたから、しっかりたんぱく質を補給出来た気がするなぁ…あくまで気がするだけだけどな。
料理に使った調理器具やお皿を洗い終えると、そこで俺は一息ついた。エイズ特効薬を作る為の献血は土曜日だし、買い物も遊びに行く予定もない今日は、もう一歩も外に出る必要はない。あとは自堕落にゴロゴロとしていても問題ナッシングだ。
…皆さんもそろそろお気付きだろうか。
本日、俺はお昼過ぎに至るまでに、ユウキと一度も触れ合っていないことに。それどころか、俺が朝起きた時に、アミュスフィアを被っていないことに。
それすなわち、俺は昨夜、ユウキとALOの中で一緒に眠っていないということ他ならないのだ。まぁ後者に関しては、ユウキが晴れてメディキュボイドを使わない生活に戻って来られて、寝る時にまでVR空間に居なくても良くなったから。
加えて、やはりアミュスフィアを被ったまま寝るのは、実際には睡眠の質が低下するからである。それでも俺もユウキも、結構な頻度で一緒に寝てしまってはいるのだがな。
…だって、隣にユウキが居てくれないと寂しいんだから仕方ないだろう?え?じゃあサッサと同棲して同じベッドで寝ろって?…勘弁してください。流石にリアルではまだそこまでの勇気も気概もありません、お互いに…。
そして前者に関しては、まぁ端的に言うと、俺もユウキも自立しているということである。
俺達はどちらも一人暮らしをしているわけで、勿論お互いに家事に忙しくなりがちだから…と言うこともあるけれど、実際的な話をすると、俺とユウキにとっての『自立』若しくは『自律』とは、そんな単純な意味ではない。
何故ならば、まだユウキがエイズを患っているその当時であれば、俺達はどんな状況であろうとも、必ず傍に居ようとした。そして俺達はやはりそうしてきた。そうでないと、お互いの胸底で蠢く不安に耐えられなかったのだ。
良く言えば、常に寄り添い合っていた。悪く言わずとも本当のことを言うと、俺達は互いに依存していた。
だからこそ、こうしてお互いに一人で時間を過ごしていても、不安という衝動に突き動かされることなく生活出来ている今は、俺達は遂に健全な関係を取り戻したという証明であるのだ。或いは、初めて創り出したとも言えるのかもしれない。
それ故に俺は、朝からALOの世界に飛び込みユウキに甘えることはなく、こうやって自分の時間を過ごし…そして恐らく彼女も同じように、自分なりの時間というものを過ごしているのだと思う。
俺は暫し適当に時間を弄ばせていたのだが、ふと、携帯にグループからのメッセージが届いた。送り主はキリトであり、その内容によると、「暇だったらALOでゲームでもしないか」とのことである。
その文面を見て、ゲームの中でゲームとは何事かと思わされるも、それは既に他の人がツッコんでくれていた。俺は了解の趣旨をスタンプで表明した後に、アミュスフィアを手に取って一人掛けソファに移動する。背もたれを倒して寝る態勢を作ると、それで準備は完了だ。
長時間アミュスフィアを使うとなると、椅子に座って居ると肩が凝ったりお尻が痛かったりと大変なのだ。そして忘れず冷房も付けておく。この真夏日の中で冷房も付けずに仮想世界に飛び込んでしまうと、現実世界の身体が強烈な熱気に覆われ、その上水分補給も出来ないものだから、熱中症に陥る危険性があるのだ。
その点もしっかり対策しておいた俺は、最後に一度水分補給をしてから、向こうの世界へと飛び立ったのだ。
いつも通り、お家のリビングで意識を覚醒させる。そして俺の視界に飛び込んできたのは、当然の如く──。
ユウキ「やっほ~、アルファ!」
──ユウキであった。俺を見つけるや否や、笑顔で手を振ってくれるユウキを見て、俺も自然と笑顔を綻ばせてしまう。彼
女は俺よりも早くログインしていたらしい、或いはもう既にALOで遊んでいたのかもしれない。ユウキの挨拶に俺も言葉を返すと、何故だか彼女は、ニヤニヤと笑い掛けてくるのだ。
ユウキ「にしても随分来るのが早かったね~。そんなにボクに会いたかったの?アルファは仕方ないなぁ~」
などとユウキは言ってくるが、そんな俺は…そりゃあユウキに会いたかったに決まっている。恐らくもう依存心を以てして彼女に接しているわけではないのだろうが、元々俺は依存気質で甘えたがりなのかもしれない。出来ればずっと一緒に居たいとさえ思ってしまっているのだ。
だがそんなことを馬鹿正直に伝える気にもなれないわけで…そんな時の為に、最近俺の見つけた必勝法があるのだ!
俺はユウキに一歩近寄り、ポンと頭に手を乗せると、作った笑顔で言葉を返してやるのだ。
アルファ「はいはい」
ユウキ「む~…」
つまり必勝法とは簡単な事、適当にあしらうという選択だ!
こうやってあっさりと対応しておけば、俺の中に芽生える恥ずかしさとかその他諸々全てを無視した上で、大人な対応を出来るという訳である!
少し前の海旅行の際に、ミト対策に編み出したこの攻略法は、なんとユウキにも効果覿面な汎用性の高い代物であったのだ。それ以来俺は事ある毎にこの作戦を利用して、ユウキからの揶揄いにしてやられないよう気を付けているのだが──。
ユウキ「ボクは不満だよ」
アルファ「不満?」
少しばかり詰まらなそうな顔をしていたユウキは、なんの脈絡もなくそう言ったのだ。恋人に不満を抱かれて、それを解決しないわけにはいかないだろう。一体何の不満なのかはよく分からないが、取り敢えずそのフラストレーションを解決するべく、俺は訊ね返したのだ。
するとユウキは、ビシッと俺を指差しながら言ってくる。
ユウキ「アルファはボクに揶揄われたら、大人しく照れてたら良いの!」
アルファ「ん、んな無茶なっ!?」
ユウキ「いい加減にしないと次の作戦に出ちゃうんだから…、と言うかもう出るねっ!」
そしてユウキの口から放たれた余りに勝手過ぎる発言に、俺もまた同じぐらいの勢いで言い返す。
対するユウキが何か言葉を放ったかと思うと、彼女はガシッと俺の肩を掴んでしまった。俺が呆気に取られている間に、ユウキは自らの身体に俺を引き寄せたかと思うと、そのまま俺の後頭部に両手を添え…俺の顔をその胸に埋まらせたのだ!
アルファ「っ~!?」
ユウキ「はい捕獲~」
突発的な出来事に、俺がジタバタと身体を藻掻かせたのも数秒、まるで力を吸い取られているかのように、段々と身体を上手く動かせなくなった俺は、そのままその心地良い空間に留まり続けたのだ。
もしユウキが戦闘用のアーマープレートを身に付けていたのならば、そこは冷たい鋼の鉄壁であったのだろうが、今のユウキは、ベージュな部屋着を身に纏っている。であれば、そこは当然ほんわかふわふわな夢心地であった。
たっぷり数十秒間、半ば強制的に…いや、恐らく自発的にその場に引き寄せられていた俺が、ようやくユウキに解放されたその時には…。
ユウキ「これで照れ照れアルファも獲得だね。ボクも満足だよ?」
アルファ「……」
…やっぱり、ユウキの魅力には勝てなかった…。俺の羞恥心に染まった表情を見て、何処か満たされたような表情を浮かべた彼女は、嬉しそうにそんなことを言ってくるが…何が「ボク『も』満足だよ」だ。いつ俺が満足したって言ったんだ。
次は俺がユウキのこと照れさせないとな、このままじゃこっちが欲求不満なままだ。何処かのタイミングでユウキを照れさせることを胸に誓った俺は、取り敢えず今は良いかと、気を取り直して彼女から一歩距離を取った。
アルファ「今日は何処集合なんだ?」
ユウキ「アルゲードだって」
アルファ「また厄介な場所だな…ボス討伐にでも出掛けるのか?」
ユウキ「ボクも分かんない。ただ、アルゲードの転移門広場で集合としか聞いてないからさ」
アルファ「んじゃ、取り敢えずフル装備にしとくか」
ユウキ「そうだね」
アルゲードに向かうと言うことはつまり、現在新生アインクラッドは、第五十層を突破しているということを表しているわけだ。
六月に四十一層から五十層までの層追加アップデートが行われて以来、多くのプレイヤー達はそれはもう全力で攻略に邁進したのだろう。八月上旬というまだ層追加から二カ月余りしか経っていないこの時点で、既に新生アインクラッドは、現状最高地点まで踏破されてしまっていた。
それは恐らく、夏休みに突入して、四六時中ゲームに熱中出来るプレイヤーが多数いることも関係しているのだろう。層の追加は三カ月毎で行われているので、次にプレイヤー達が新層へと繰り出すことになるのは、九月だと思われる。最近は攻略をサボりがちな俺とユウキが携わったのは、そのうちのたったの二層分だけで…まぁ、そんなことはどうでもいいか。
アルゲードとなると一番に思い付くのが、その迷宮ダンジョンよろしくな複雑過ぎる街並みであろう。ここ新生アインクラッドにおいても、この魔境に準備なく踏み入り、結果街中で迷い込んで、何日もそこから出て来られないプレイヤーも居るのだとか…と言うことは残念ながら?ならなかった。
何せ、俺達妖精には翅があるのだ。例え街で迷子になったとしても、空へと舞い上がればすぐにそこを脱出することが出来る。そんなプレイヤーの特権を生かして、アルゲードの分かりやすいマップを作るべく、現在アルゲード調査団が編成されているとかそうでないとか。
これから何があってもいいように、一応その場でフル装備に装備変更しておいた。双方あの頃とよく似た装備をしており、俺はタイラ手製の深緑色のコートを身に纏って、その下には適当な布系装備を着用している。靴や手袋も忘れず装備して、背中にバスタードソードを背負った。ネックレス系の装備は所持していないが、代わりに腕にはバングルがある。
そしてユウキは、紫主体で所々に赤のラインが入ったロングスカートを装備して、腰には一本の華奢な黒剣。胸部はこれまた紫色に染められた軽金属アーマーを身に付け、頭には去年俺がクリスマスプレゼントに贈ったヘアバンドをきっちり結んでいる。
そのユウキの姿を漠然と眺めていた俺は、それに気が付きキョトンとこちらを見つめ返すユウキを意識することさえ出来ずに、他のことを考えていたのだ。
…こう、今更ながらな発言ではあるが…そのユウキの肩出し装備って、脇下辺りが露出しててエ──。
ユウキ「アルファ、今なんか失礼なこと考えてたでしょ」
突如として、ユウキが睨むような視線を俺に送ってくるものだから、俺はギクリと肩を上ずらせた。どうして俺はそんなにも心が読まれやすいのか。だが今はそんなことを考えている猶予はない。これをなんとか誤魔化すべく色々と言葉を選んだ俺は、頭をぽりぽりと搔きながら答えた。
アルファ「い、いや…ユウキは、やっぱり魅力的だなって…」
ユウキ「…はいはい」
するとユウキは、ソッポを向いてそう答えるではないか。今の彼女は、俺に呆れているように見えた。ユウキは何も言うことなく我が家を後にしようとするものだから、俺も黙ってその後をついて行くしかなかった。
だが意外にも、ユウキは呆れたわけではなかったらしい。少し時間が経つと、そこからはいつも通りだった。何やら少し機嫌が良さそうだったのは、気のせいだろうか。
そうして辿り着いた第五十層。転移門を利用して広場にテレポートした俺が第一に思ったことは、やはりこの街は騒がしいな、それも東京ぐらい、というものである。
多くの人混みの中で、俺とユウキはキョロキョロと周囲を見渡すと、ちょうど転移門から真東の位置に、彼らが居た。俺とユウキがそちらへ足を進めると…。
キリト「よっ、魔術師さんに月光ちゃん」
俺とユウキの接近にいち早く気が付いたキリトが、にんまり笑顔でそう告げてくるではないか。ユウキはクエスチョンマークを浮かべていたけれど、対する俺は、若干の苦笑いを交えずにはいられなかった。
ユウキ「…キリト?」
アルファ「……お前、読んだんだな…あれ」
すると俺の言葉に返答してきたのは、キリトではない。その場に既に集合していたクラインとアスナであった。
クライン「オレも読んだけどよォ、ありゃなんつうか…ちょっと誇張が過ぎるぜ…」
アスナ「記録自体は正確なんだけど、人物描写にすっごいバイアス掛かってるよね」
そんな二人の言葉に、俺達の話題がどんな方向へと進んでいるのかを理解したらしい。ユウキは納得したように「あ~」と声を上げると、仕返しとばかりにキリトに言い返すのだ。
ユウキ「でもそういうキリトが一番、あの記録に出てきてるんじゃないの?」
それに乗じるのは、勿論俺の務めであろう。
アルファ「そうだな。人物描写は、どこぞの黒の剣士君の記述が一番多かった気がするぞ」
キリト「お、おい…」
俺とユウキの追求に、キリトは焦ったような表情を浮かべる。更に合わせて、アスナもまた援護射撃を行ってくれるのだ。
アスナ「誰かは知らないけど、黒の剣士君の描写、すっごく面白かったわ。中でも私が気に入ったのは…オレンジプレイヤーと闘ったとこかな」
キリト「やめてくれぇ…」
ユウキ「うんうん、ボクもあのセリフすっごく爆笑したよ~。キリトそんなこと言ってたんだー、って」
キリト「待て待て俺は言ってないぞ。それだけは断言させてくれ」
アルファ「『俺が二本目の剣を抜けば、立っていられる奴は──いない』すっげぇキザでカッコつけだよなぁ、黒の剣士って」
キリト「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?やめろ!やめてくれ!!俺の黒歴史をこんなところで話すなぁ!?」
我らが三人の連携プレーに対して嫌な予感を募らせたらしいキリトが制止を求めるも、俺達はそれを無視して言葉を繋ぎ続けた。挙句、俺が致命の一言を放ち、彼の肩にとんと手を置くと、それだけでキリトへの精神的ダメージは甚大だ。
彼は心の悲鳴を言葉として叫んだ末に、萎んだようにガクリと肩を落としてしまった。すると俺達は、盛大な笑いの渦に包まれる。とそんな中で一人、笑いの中に何処か悲し気な瞳を映し出した彼は、ポツリと呟いた。
クライン「でも、キリの字は綴られてるだけまだマシじゃねぇか。オレなんて…オレなんてっ…」
アルファ「…まぁ、それはしゃーねーだろ…」
クライン「これが仕方ないで済む話か!?なんでオレ様の描写はたったの一ページにも満たねぇんだよ!?」
アスナ「綴られてない攻略組の人もいるから…そう思うとラッキーなんじゃない?」
クライン「オレぁこれでも攻略組を支え続けたギルド<風林火山>のリーダークライン様だぞ!?動かざること風林火山の如しだぜ!?」
ユウキ「なんか色々混ざってるよ…」
そんなクラインの悲嘆を憐れむことしか出来ないでいると、キリトは納得いかなそうな表情で俺に告げるのだ。
キリト「そもそもなんでアルファも記述が少ないんだよ。アルファがあの世界の勇者様だってのにさ」
アルファ「俺はただの攻略組の一員だからな。それに、二刀流が勇者だって言われただろ?」
キリトの言葉に俺も適当な返事をしておくと、アスナが微笑みながら言ってくる。
アスナ「時々前線から居なくなる、不良認定されてた攻略組の一員だけどね」
それを突かれては何も言えない。ここは押し黙るしかないと判断した俺であったが、対する相棒ちゃんは違ったようだ。えっへんと胸を張りながら、アスナにしっかりと答えてくれた。
ユウキ「でもそれは、殆どアルゴのクエストお手伝いしてたからなんだけどね」
キリト「え、そうだったのか?」
ユウキ「今のは記録にも載ってない裏情報だよ」
クライン「オメェ…偉ぇーな」
アスナ「見直したわよ、アルファ君」
アルファ「見直す前から尊敬してて欲しいんだけどなぁ…」
と俺達は会話を交わしているのだが、その話題となっている代物こそが…先日発売された「SAO事件全記録」なる出版物の記載についてである。
その著書には、世間ではSAO事件と呼ばれている、あの二年間の異世界生活に関する内容が事細かに記されているのだ。それはその概要からゲームシステム、時系列ごとに起きたアインクラッドの世界での大まかな出来事、そして著名プレイヤーの人物描写や数多とあるギルドの紹介…他にもまだまだあり過ぎて、とてもじゃないが紹介し切れない。こりゃ続巻が出ること間違いないと思うほどである。
アスナの言う通り、その本を手掛けた中心的人物は、攻略組でも頭張っていたプレイヤーであった。中層プレイヤーが知り得ないようなこともしっかりと記載されており、また中層プレイヤーが良く知っているようなことは、彼らから直接話を聞いてこの本を作り上げたそうな。
奇妙な巡り合わせでゲームクリアを果たすことになった俺は勿論、その著書にもある程度記載されているのだが…まぁ、当時の俺は、ユニークスキル持ちであったユウキのおまけ程度にしか思われていなかったようだ。ラスボスを倒す程の力はないと思われていたらしい。
何故か美少女プレイヤーと同じ屋根の下で暮らしていること以外は、特に注目株でもなかった俺は、当然記載されるようなことも少ないのだ。
決戦以外で強いて言うのであれば、ラフコフ討伐戦でPoHを殺したことと、黒の剣士と交友があったこと、そして最初期から攻略に携わっていることに、ユニークな武器を所持していたことぐらいだろう。
そんな俺に関する記載の中で、一番の見所と言うべき箇所はやはり、ヒースクリフとの闘いであろう。
著書曰く「世界の何処を探しても見つけられないであろう、独自の戦術で戦いを繰り広げたその者は、アイテムストレージから数多の小道具を繰り出し、魔王ヒースクリフを追い詰めた。更には剣の形状を自在に操るその姿は──まるで、剣の世界に降り立ったただ一人の──そう、魔術師のようであった」
…うん、興味本位でこの本を買ってその記述を目にした時は…やっとそれらしい二つ名が貰えたことに喜びつつも、反面この中二病チックな表現に、盛大な羞恥心を抱かされたりしたんだよな。
著書には他にも、俺とユウキが何処かのタイミングで急に雰囲気が変わったものだから、この二人は恐らくここらで愛を育んだのだろう…だなんて、ユウキと一緒に顔真っ赤にしてしまったトンデモ記述もあったりしたのだが…著書の中で一番俺が驚かされたのは、そこにはしっかりと、スリーピング・ナイツに関しても記載されていたことだ。二人に関する特別な記述はなかったのだが、二人の名前が語り継がれただけでも、俺は本当に嬉しかった。
勿論、その著書には月光ちゃんや閃光のアスナ様についてもしっかり記載されているので、お互いがお互いにその恥ずかしい内容を煽り合っていると、まずはエギルがやって来た。
アルファ「エギル、開店おめでとうな」
エギル「おう、これからも贔屓にしてくれよ」
第五十層が開放されたと言うことで、エギルもやはりまたアルゲードの一角で商売を始めたのだ。あのぼったくり商店で被害に遭うプレイヤーは果たして何百人になるのだろうかと、俺は今からでもそんな名も知らぬ彼らが可哀想になってくる。
そして第五十層でエギルが商売を再開したと言うことは、言うまでもなく第四十八層では…。
リズベット「お、揃ってるわねぇ」
ひょっこりこの場に顔を表したリズベットを見つけた俺は、努めて笑顔で彼女に問い掛けるのだ。
アルファ「よ、リズベット。五十万ユルドは?」
リズベット「きょ、今日は持ち合わせが少ないから…」
アルファ「言われましてもねぇ、お客さん。貸したユルドは返してもらわないと…」
リズベット「わ、分かってるわよ!経営が軌道に乗ったらすぐに返すから!」
アルファ「りょーかいりょーかい」
まるで金貸しのような俺の詰め方に、リズベットはしっかりとたじろいでくれる。彼女を存分におちょくりまわしてから、しかし俺も本気でユルドを今すぐに返還することを求めているわけでもない。適当な所で茶番を終わらせておいた。
つまりリズベットは、現状俺から借金している。そしてその理由は…リズベット武具店を四十八層に復活させるための資金調達であった。
彼女も俺やアスナの例に漏れず、四十八層が開放されるや否や、高速でその場所に向かったのだ。そしてプレイヤーホームを購入しようとしたところで、手持ちのユルドでは家を購入できないことを悟り…それ故に俺からユルドを借りることとなった。
それ以来彼女は、借金返済と言う精神的重荷を背負っている…ことは流石にないだろう。リズベットの腕前であれば、ユルドを稼ぐことなど造作もないだろうからな。そして次にやって来たのは──。
ユウキ「おー!ユナ、久しぶりだね!」
ユナ「久しぶり~」
アルファ「受験勉強は大丈夫か?」
ノーチラス「まぁね、ちょっとぐらい息抜きしても良いだろってことさ」
今は学校も長期休暇である為、リアルでもバーチャルでも、受験組の二人と顔を合わせるのはしばらくぶりだ。しかし、ユナに関しては、仮想世界でも現実世界でもなく、最近あるところで多くの人が目にしただろう。
そしてそれを証明するかの如く、クラインが勢いよくユナの前に躍り出たのだ。
クライン「ユナちゃん!歌声すっげぇ良かったぜ!!オレをユナちゃんのファン第一号に認定して──」
ユウキ「あ!抜け駆けはダメだよ!ボクが一号なんだから!」
アルファ「いや、俺は少なくともユウキよりは早くファンになってたけどな」
キリト「でもまさか、ユナがほんとにウタちゃんになるなんてなぁ…」
アスナ「わたしはそんなに意外じゃなかったかな。ユナは一段歌が上手だから、当然と言えば当然だよね」
ユナ「いやぁ、私なんてまだまだこれからだよ」
俺達のべた褒めに対して、ユナは小恥ずかしそうな笑顔を見せる…なんて会話をしていることから分かる通り、驚くことだがユナは少し前に、歌手としてデビューを果たしたのだ。しかもただの歌手ではない。世界初のAR歌手デビューだ。
「AR」それは拡張現実の略称である。要するに、VRのように意識をこちらへ持ってくることはなく、専用の機器を使用することによって、視覚情報にデジタル信号を送り付けることを可能とし、現実世界での意識を覚醒させた状態で、新たな世界を体感できるというものである。
そしてそのARを実現させた代物こそが、これまた少し前に発売された「オーグマー」と呼ばれるARマシンであった。オーグマーは、VRマシンであるアミュスフィアと比べてよりコンパクトな機器だ。それは耳に掛けれるぐらいのサイズ感で、装着することで、使用者はAR空間を体感可能となる。
去年の十二月に発生した死銃事件を筆頭とするVR犯罪が多発発生している中で、覚醒状態のまま使用できるオーグマーは安全性が高いとされ、世間的にはかなり人気なのだとか。
話を戻すと、つまりユナは、その拡張現実を利用して歌手活動に勤しんだ結果、やはり彼女の歌声は人の心に響くものがあるようで、それはもう一気に人気を博したと言うことだ。
これは余談だが、なんとオーグマーを開発したその人は、ユナの父親らしい。父親はユナの大勢の前でポップな歌を歌いたいという夢に真っ向から反対したらしいが、ユナはそれを押し切り、父親にオーグマーを開発してもらったらしい。
ユナ自身からその話を聞いたその時、俺達は彼女の強さに感心していたのだが、ユナ曰く、SAOに囚われる前の自分ではきっと勇気が出なかった。SAOを通して、自分の意思を伝えられる心の強さを身に付けられたのだと、赤裸々に語ってくれた。
確かにユナの言う通り、SAOは多くの人の本質を変容させてしまったのだと思う。それは良くも悪くもであることは、ユナの進歩や、逆にレッドプレイヤーに堕ちた者がいることをみれば一目瞭然だろう。
そしてかく言う俺も、またその例に漏れない。俺自身、以前とは何かが少し変わったことは認識しているし、だけど自分でも気が付かないようなところまで、俺は変容してしまったのかもしれないとも思っている。
ユナとノーチラスを交え、更に色々と会話を弾ませていると、リーファ、シリカ、ユイちゃんが到着し、本日招集できるメンバーは、これでバッチリ揃った。
アルファ「んで、今日は何すんだよ?」
俺が皆を代表して、本日招集を掛けたキリトに問い掛けると、彼は大きな声で言うのだ。
キリト「今日は──第七回不意打ちゲームを開催しようぜ!」
ユウキ「いえーいっ!!」
キリトのその一言を理解出来た者、理解出来なかった者と、俺達はその二通りに分かれることになったが、俺やユウキはそのゲームを知っている側だ。
かつてのアインクラッドにて俺達は、アルゲードの廃墟地区をエリアに、木刀でバックアタックを仕掛け合うゲームを何度も行っていた。だが大抵勝者は、キリトかユウキの二人だったことは、かなり悔しくてよく覚えている。
つまりキリトは、本日そのゲームを再開催しようとしているのだ。俺は夏休みに突入して以来、毎日のようにリアルかALOで遊び呆けているけれども、今日はその懐かしいゲームをすると言うのか。今日こそは俺が優勝してやろうじゃねぇか。
俺は心の中でそうやって息巻いて、でも結局は敗北するのだろうことは、悲しいことになんとなく予感できる。どうせゲーム前にビリが奢りだとか罰ゲームを初めて、そんでゲーム終了後にどっかで飯でも食って…本当に、在り来たりだ。だがその下らない日常が、何処までも素晴らしいものなのだろう。
そんな感じが、夏休みのとある一日であった。
これで夏休みのお話は完結…?
次回の投稿日は、四月二十五日の月曜日となります。
では、また第164話でお会いしましょう!