~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第164話 一夏の思い出 ふぁいなる

 本日の空模様は、何処までも透き通った満点の青空だ。でもそれは、この世界の天気だけじゃないんだ。ボクの心模様もまた、同じく青天の霹靂であった。

 

 木綿季「♪~」

 

 夏休みも残り僅かとなった今日この日のお昼過ぎ、この上なく上機嫌なボクは、鼻歌交じりに家のベランダに出て、朝から干していた洗濯物を取り入れる。

 ちょっと外に出た時に感じる猛烈な暑さでさえ、今のボクには心地良い暖かさに感じたほどだ。それだけでも、ボクがどれほどに浮かれているのかが、よーく分かると思う。

 洗濯物を家の中に放り込み、冷房の効いた部屋の中で日向ぼっこという贅沢な環境の中で、ボクは洗濯物を丁寧に畳んでいく。だけどそうやって、無心で何か作業を行っていると、どうにもそのことが脳裏に過るんだ。

 すると徐々に、頭の中に色んな妄想が浮かび上がってくる。遂には手が動かなくなっちゃった。

 そして終いには──。

 

 木綿季「…あゆみゅとデ~ト~…えへへへぇ~…」

 

 ──などと呂律の回らないままに彼の名前を呼びながら、ボクは一人、だらしない笑みを零すのだ。

 

 きっと今のボクは、また締まりのない表情をしているのだろう。さっきアミュスフィアでアスナと遊んでいた時も、「ちょっとユウキ!?顔溶けてるよ!?」と彼女に言われてしまったほどなのだから。

 これじゃダメだよしっかりしなくちゃと、今日何度目かの心の中の注意で自らを叱責した後に、でもやっぱり心を弾ませたまま、ボクは洗濯物を畳むことを再開する。

 どうしてボクが、ここまで乙女になっちゃったのかと言うと、時は約一週間程前に遡るんだ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウキ「アルファー、クッキー作ったけど食べる?」

 

 アルファ「失敗作じゃないなら食べたいな」

 

 ユウキ「失敗作と成功作のロシアンルーレットだったら?」

 

 アルファ「…食べる」

 

 ユウキ「ん、じゃああげる」

 

 ALOのボク達のお家にて、その日ボクは、特段いつもと変わらない時間を過ごしていた。

 アルファとのどうでもいい会話を交わしたのちに、お皿に乗せた今日『は』普通のクッキーを、彼の口元まで持っていく。パクリとそれを咥えたアルファは、モグモグとそれを食した後に「美味しいな」と言ってくれた。

 その言葉に満足したボクは、自身もまたクッキーを口に運びつつ、「今日は傑作ぐらいの位置づけだね」とクッキーに評価を下しておいた。

 するとアルファが、ふとボクに問い掛けてきたのだ。

 

 アルファ「ユウキって、来週の土曜ひま?」

 

 彼の問い掛けに対して、ボクは脳内スケジュール帳を展開する。そして来週の土曜日を検索してみるも、そこはしっかりと空白であった。

 

 ユウキ「暇だね」

 

 アルファ「あー、そっか」

 

 …なんだろう。またみんなで何処かに遊びに行くのかな。それとも、この日はALOで何かイベントあったりしたっけ?別にボクとアルファのなんちゃら記念日って訳でもないし…と、アルファの曖昧な返事に違和感を覚えていると、彼はまた訊ねてくるのだ。

 

 アルファ「この前みんなで海行った時にさ、ユウキ、手持ち花火は二回目だって言ってただろ?」

 

 ユウキ「うん」

 

 アルファ「だったら──」

 

 ユウキ「──あっ!またみんなで花火するんでしょ!」

 

 珍しくアルファがすぐに本題を切り出さないことを不思議に思いながらも、ボクは彼の質問に答えているうちに…なんとなく、アルファがボクに提案しようとしていることを悟ったのだ。

 それ故にボクは、彼の言葉に重ねてニヤリと笑い掛けたんだけど…。

 

 アルファ「いや、違う」

 

 ユウキ「え?」

 

 彼の口から飛び出した言葉は、ボクの想像とは異なるものであった。今度はこちらが疑問符を浮かべると…どうしたのかな?君はなんだか、少し緊張したような素振りで、ぎこちなく視線を泳がせたんだ。

 でも最後には、しっかりとボクに目を合わせてくれる。アルファは一言一句丁寧に、ボクに伝えてくれた。

 

 アルファ「…来週の土曜、俺と…花火大会、行かないか…?」

 

 ユウキ「花火大会?」

 

 アルファ「あぁ、もしかしたらユウキ、花火大会行ったことないんじゃないかなって思ってな」

 

 ユウキ「うん、そうだね~。ボク、縁日には行ったことあるけど、花火大会は行ったことないかも。花火大会ってあれだよね?おっきい花火がドーンって上がるやつ」

 

 アルファ「そうそう。デカい花火が大量に上がるやつ」

 

 アルファの口から飛び出した予想外の提案に、ボクはその言葉をそのまま訊ね返した。続けて放たれたアルファの言葉には、ボクも随分と昔の記憶を思い返す。

 でも思い出されるのは、ボクは花火大会には行ったことがなく、テレビ越しに見た夜空に咲く綺麗な花々を、いつかママ達と見に行きたいと思っていた幼少期だった。

 その夢はもう叶いっこないことに少し悲しさを覚えていると、アルファは申し訳なさそうに微笑みながら、ボクにそう言ってくれた。

 

 アルファ「あ、でも、ユウキがみんなで花火したいって言うんだったら、来週の土曜はみんなで花火してもいいけど…」

 

 ユウキ「んーん。ボク、アルファと花火大会行きたいな」

 

 アルファ「おっけ、んじゃあ花火大会行こうぜ」

 

 ユウキ「う、うん…」

 

 そのアルファの発言には反射的に返事をしたボクだったけど、次の瞬間に、不意と思ったのだ。

 …あれ?それって、二人きりだよね。ってことは…これってデートってことなの!?遂にボクはあ、あ、アルファと現実世界でデートしちゃうの!?しちゃってもいいの!?

 なんて暴走気味なボクの心の中など露知らず、通常モードのアルファは平静のままに、ボクとその日の打ち合わせを始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 要するにボクは、今日アルファとの初デートと言うことなのだ!

 

 いや、より正確に言うなれば、歩夢との初デートと言うことだろう。

 仮想世界ではそれはもう色んな所に観光に行ったりして、充分にデートを積み重ねてはいるけれど…ボクとアルファは、リアルではまだ一度たりとも、デートというものをしたことがなかったんだ。

 勿論、アルファは一緒に日々の食料品を買ってくれたり、或いは度々ボクの家で家事を手伝ってくれたりと、それはもうデートの最上級へと至っているようなことなのかもしれないけど…こう、花火大会みたいな恋人っぽいデートをするのは、これが初めてなんだよね。

 しかも今日は、いつもなら誰かしら居るはずのメンバーは、誰一人としていない。ってことは、正真正銘アルファと二人っきりのデート…だからボクが、こうやって乙女モードになっちゃうのも仕方ないことだよね?

 

 なんて言い訳に言い訳を重ねながらも、ルンルン気分で洗濯物を畳み終えたその頃には、アルファとの待ち合わせ時間まであと二時間程であった。

 そろそろ準備し始めようかなと気の早いボクは、畳んだ洗濯物を適当な場所に放置して、二階の自室に足を進める。一階とは違って、二階には真夏の熱気の籠っていた。汗を掻く前に退散するべく、自室に置いてあるこの前買ったばかりのメイク用品をパパっと回収したボクは、すぐさまダイニングへと向かった。

 …ボクはつい最近、アスナ達にお化粧という技術を教え込まれた。それはもう、泣きたくなるほどのスパルタ指導と情報量だったんだけどね…。

 とは言っても、ボクは元から完成されているらしいから、そんなにメイク頑張らなくても良いらしいけど…うん。正直言って、病院で缶詰め状態だったボクは、メイクという物について未だによく分かっていない。

 だけどね、今日は一段と可愛くなりたいんだ。思い返せば、仮想世界でも現実世界でも、アルファと会う時はずっとノーメイクだったし、アルファは知らないけどボクは気にしてなかったし、今更なのかもしれないけど…。

 

 兎に角、歴代最高を目指したボクは、まずはヘアセットから取り掛かることにする…前に、まずは部屋着を脱ぎ去り、肌着に着替えてしまった。

 着替え方自体は昨日のうちに予習していたので、ぎこちなかったけど、これでなんとか完了だ。遂にボクは、下準備の本番、ヘアーセットに取り掛かった。

 テーブルの上に立てた鏡を眺めながら、後ろの髪の毛の上半分を仮にピンで止めて、まずは右側の下半分を二つに分ける。そしてそれを交互に捩じって、うなじ辺りでしっかりピン止めする。

 左側も同じようにして、最初に止めておいた上半分の髪を下ろす。適当な位置で輪ゴムを止めると、真ん中で二股に分けた。それを作った穴で一回転だ。更に毛先をもう一度輪ゴムで止めて、さっき回転させたところに、毛先を隠してピン止めする。

 これで簡単にアップヘアの完成だ。髪型をこんな風に変えるのは初めてだから、鏡に映る自分、がなんだか小恥ずかしかったりするよ。

 

 お次に取り掛かるのは、お着替え…の前にメイクだ。髪が濡れないように気を遣いながら、洗顔を済ませて化粧水を優しく塗る。

 こうしていると、メイクを教え込まれたあの日、みんながこぞって「ユウキのお肌って、すっごい潤ってるよね~」と褒めながら、ボクのほっぺをつんつんしていたことが思い出されたりする。最後に乳液も広げておくと、それでようやくメイクの準備が完了だ。少々時間を置いたのちに、日焼け止め成分の入っている化粧下地を使って、コンシーラーは…ボクには要らないかな。

 と言った感じで、ボクからすれば、女の子はなんて面倒なことをやっているのだと思ってしまう程の工程を、ゆっくりと積み上げていった。眉毛は元から整ってるし、でもビューラーとかアイシャドウはやった方が良いらしいから、ミトやリズ達と一緒に選んだ物を使って…そうして数十分掛けて、ボクはメイクを終了させたのだ。

 鏡に映るボクは、確かにいつものボクよりも、うんと可愛く…見えないでもない。メイクの経験がなさ過ぎて、ほとんど手を加えていないと言ってもいいんだろうけど…これで良いのかな?

 「あっ、忘れてた」とオイルやヘアスプレーを使って髪型が崩れないようにしてから、先にトイレを済ませておいた。

 

 そして最後に取り掛かるのが、今日の一番の頑張り所と言っても良いのかしれない、ボクのお着替えだ。

 アルファとの待ち合わせまではあと一時間と少しあるし、時間には十分余裕がある。予めテーブルの上に用意しておいた袋から、ボクが取り出した物は…浴衣だ。

 その色合いは、半色である。はした色とはつまり、深紫と浅紫の間の紫色であり、それをベースとした浴衣には、枝葉のような模様が白で刻まれていた。帯は梅紫色…浴衣よりは赤っぽい紫色と、思い切って少々大人っぽい感じの浴衣を購入したのは、果たして吉と出るか凶と出るか…。

 

 因みに、もしアルファにこの浴衣を買ったのかと聞かれた際には、家にあったものだとシラを切ることに決めている。ホントはこの日に備えて買い物しちゃったんだけど、それを正直に言ってしまえば、彼はきっと、代金を払うとか言い出すはずだ。ただでさえ生活費は払ってもらっているのだから、これ以上アルファに無駄金を消費させるわけにはいかないのだ。

 裾をくるぶし辺りに合わせて、左側を前に持ってくる。腰ひもを結んでおはしょりを整えて…う~ん、なんか違うなぁ…もう一回やり直しだね。帯の結び方は…どうするんだっけ?調べなきゃ…と想定通り、一人でする浴衣の着付けには悪戦苦闘しつつも、なんとか着付けを完成させた頃には、もうアルファとの待ち合わせ五分前だった。

 「早くしなきゃと!」と焦りを募らせつつも、しかし待ち合わせ場所は、有難いことにボクの家の前なのだ。逸る気持ちを抑え込んで、手荷物の準備を始める。

 巾着袋にお財布や携帯、ティッシュなどのその他必需品を放り込み、扇子を帯に差したところで、携帯に着信音が鳴った。その電話主は…君だ。

 

 木綿季「どうしたの、歩夢?」

 

 電話に出たボクが問い掛けると、すぐに彼の声が響いてくる。

 

 歩夢「いや、さっきから木綿季の家の前居るんだけど…もう待ち合わせ時間から五分も遅れてるし…木綿季の家の前が集合場所だったよな?そうじゃなかったら俺遅刻だ。ごめん」

 

 木綿季「あっ、ボクの家の前で合ってるよ。ごめんね、すぐに出るからっ!」

 

 完全にボクが遅刻しているだけなのに、何故かアルファは、自分の落ち度だと思っているみたいだった。済まなそうに謝ってくるものだから、ボクはすぐに弁解する。冷房を消したりと、せわしなく身体を動かした。

 

 歩夢「やっぱそうだよな。木綿季が時間に遅れることなんて滅多にないからさ~」

 

 木綿季「じゃあ、合鍵で入ってみれば分かることじゃん」

 

 歩夢「そうかもだけど…麗しき乙女の自宅に無断で入るのは、ちょっと違うかなーって」

 

 木綿季「良い心掛けだね。じゃ、一回電話切るね」

 

 歩夢「ん」

 

 そんな会話を交わしつつも、遂に全ての事を済ませたボクは、玄関口にて彼との電話を切った。そして下駄を履いて外へ出る…前に、最後に等身大の鏡を利用して、赤いお花の髪飾りをセットする。

 こうして改めて、自分の姿を眺めてみると…ボク、ちょっと気合い入れ過ぎじゃないかな?自問自答するまでもない。鏡に映るボクの完成像は、物凄く凝られていた。髪型を変えて浴衣を纏って、更には髪飾りもしちゃってるなんて、これで気合いを入れてないわけがないよ。

 でも…別に、浴衣でデートしようって約束したわけじゃないし、そもそもアルファにとってこれはただのお出掛けで、デートってさえ思ってないかもしれないのに…ボクはこんなしっかりおめかしまでしちゃって…アルファに引かれたらどうしよう…。

 と途端にそんな不安が襲い来るも、もう今更どうしようもないだろう。ボクは意を決して、玄関ドアをゆっくりと開け放った。

 

 木綿季「ご、ごめん、待たせちゃって…」

 

 歩夢「…」

 

 家の外へと一歩足を踏み出せば、そこは西日が輝き、電信柱が背の高い影を作り出す夕焼けの世界だ。何処かで蝉たちが大合唱を奏でており、空気はもわっと強烈な熱を孕んでいる。

 そして家の前で佇んでいた彼は…やっぱり、いつも通りの服装だ。一点いつもと違うところは、その首からネックレスが下げられていることだけど、別に気合いを入れているわけではないだろう。

 それを認識するとどうしても、自分が場違いな気がしてくる。ボクとアルファの間では、今日の花火大会への意気込みに、大きな温度差があったみたいだ。

 一気に羞恥心がこみ上げてきたボクは、一度家に引き返して、普段の服装に着替えようかと本気で思った、その時だった。彼は嬉しそうに微笑みながら、ボクにそう言ってくれたのは。

 

 歩夢「……綺麗、だな」

 

 木綿季「……え?」

 

 歩夢「今日の木綿季は、一段と綺麗だ。浴衣だって良く似合ってる」

 

 一度目は、単なるボクの空耳かと思ったんだ。それでボクが尋ね返すと、彼は続けざまに浴衣まで褒めてくれる。

 …いや、正直なことを言うと、アルファはボクが浴衣を着たところで、それぐらいで引くような人じゃないことは判ってたんだ。でも、アルファが贈ってくれたその褒め言葉が、ボクにとっては凄く意外だった。もうビックリし過ぎて、こちらも固まってしまったぐらいだ。

 と言うのも、恐らくボクは今日に至るまで、アルファに可愛いとはよく言われたものの、綺麗とは一度たりとも言われていない気がするのだ。それすなわち、アルファは本気で、今日のボクが綺麗だと思ってくれたに他ならない──。

 

 木綿季「か、可愛いじゃなくて…ボク、綺麗なの?」

 

 …ボクは一体、何を聞いているのだろうか。心の中ではそんな冷静なボクも居たけれど、ボクは二回だけじゃ足りなかった。せめてもう一回、アルファに綺麗だと言われたかったのだ。

 カツカツと聞き慣れない下駄の音を鳴らしながら、扉の前で棒立ちしてるアルファに近寄る。君を見上げるようにしたから覗き込んで…上目遣いという対アルファ専用の必殺技をも入り交えながらも、そう訊ねたんだ。

 すると君は、いつも通り一瞬固まっちゃうけど、すぐに言葉を返してくれた。

 

 歩夢「…あぁ、今日の木綿季は、可愛いだけじゃない。すっげぇ綺麗だ」

 

 木綿季「…えへへ…ありがと!歩夢!」

 

 アルファはボクを褒めることで…或いはもしかしたら、ボクの綺麗さに見惚れる余りに、ボクの上目遣いにさえたじろぐことなかった。いつもなら恥ずかしくてソッポ向いちゃう癖に、今日はボクの瞳から一度も目を離さないまま、笑顔でそう言ってくれた。そしてボクの心はまた、有頂天の如く喜びに満ち足りていくのだ。

 …やった!!アルファに初めて綺麗って言われちゃった!

 アルファに最上のボクをプレゼント出来たことに、そして同時に、アルファから最高の言葉を受け取ったことに大きな幸福感を味わったボクは、青天井のご機嫌のままに、彼の手を引いて駅へと向かっていった。

 

 

 

 

 

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 木綿季との実質的な初デート。それが楽しみ過ぎて前日の夜から中々寝付けない程に、更にはその日に備えて、ワンポイント用のネックレスまで購入するほどに、俺はドキドキワクワクしていたのだ。

 花火大会に行ったことがないと言っていたユウキは、夜空に打ち上がる無数の煌めく花々を眺めた時に、どんな反応を魅せてくれるだろうか。ユウキのお気に入りになる屋台はなんだろうか。これまで楽しめなかった分、俺はユウキに最高の思いをさせてあげられるだろうか…と、楽しみなこと気になること、ちょっと不安なこともたくさん胸に詰め込んで臨んだ当日、その全ては──ドカンと遥か彼方へ吹き飛んでいった。

 その要因は間違いなく──。

 

 木綿季「射的ゲームがあったら、絶対勝負するからね!」

 

 ──君の魅せる、眩し過ぎる笑顔のせいなのだろう。実際に比べるまでもない程に、君は夜空に浮かぶ花火なんかよりも、何百倍だって綺麗なんだ。

 現在、俺達は電車に揺られて、花火大会の会場最寄り駅へと向かっている。俺の隣に座るユウキは、今日はいつもよりも上機嫌に、色々と話し掛けてくれていた。

 そんなユウキの魅力を引き立てているのが、この浴衣姿であろう。大好きな人が浴衣を身に付けているというだけでグッと来るというのに…なんと彼女、よりにもよって、渋い紫色という大人びた浴衣を選んでいるのだ。それが可愛い全開なユウキとのギャップを生み出しており、また、初めて見るユウキのハーフアップの髪型や髪飾り、恐らくメイクをしたのであろうその姿も、これでもかとユウキの魅力を引き出してくれている。

 要するに、可愛さが通常モードのユウキであるとするならば、海に行ったときはセクシーさ、そして本日は上品さを醸し出していると言うことである。特に、手に持ってる巾着袋と紅の花飾りが、優美さに拍車をかけているのであろう。ユウキがこんなに綺麗な女の子だったなんて、正直言うと俺は知らなかった。すっごく可愛い子だってことは知ってたけど…まさか、これほどの潜在能力があるとは…。

 しかし雅びやかな装いをしている割に、いつも通りキラキラと明るい笑顔で元気いっぱいな感じが…ホントに好きです。あっ、浴衣の振袖フリフリしないでください。心が爆発しそうです。ちょっと、後姿も見せないでください。美し過ぎて頭も爆発しちゃいます。え?満面の笑み?もうずっと前に尊死したよ?

 

 …こんなことなら、俺も浴衣着とけば良かったな。せっかくユウキが気合い入れてくれたのに、これじゃ勿体ない。そこら辺も打ち合せするべきだったか。…とは言っても、俺が浴衣着たところで、ユウキに釣り合う気は全然しないんだけどな。

 思えばどうして、ユウキは俺を選んでくれているのだろう。ユウキ程の美少女であれば、俺以上の人間なんてすぐに見つけられるだろうに…まぁ、それを聞くのは野暮というものだろう。

 恐らくはタイミングと一歩踏み出すスピードだ。俺がたまたまユウキと共に行動して、たまたま一番最初に告白したから。もしそうじゃなければ、俺はユウキの隣には立てなかったのかもしれない。

 目的の駅まではあと何駅分だろうかと思っていると、停車した電車に誰かが乗り込んできた。そしてその誰かが、俺達に話し掛けてくるではないか。しかしその人は不審者ではない。俺達が良く知っている人物であった。

 

 「奇遇ですね。こんなところで会うなんて」

 

 木綿季「お~、タイラ!珍しいね」

 

 本当に、奇遇の一言である。恐らく彼は、何処かに出掛けていたのだろう。年齢に見合った私服で電車に乗り込んできたのは、俺とユウキが散々お世話になった彼であった。リアルでタイラに会うなど、本当にいつ以来だろうか。

 タイラはあくまでも、表面上はにこやかな笑顔を俺達に向けているが…その裏には、ニヤニヤ顔が透けて見えてるんだよなぁ…。これから何を言われるのかはなんとなく予感しつつも、彼が言葉を放つのを待った。

 

 タイラ「ユウキちゃんが浴衣と言うことは…夏祭りか花火大会でデートかな?」

 

 歩夢「まぁ、そんなとこだな」

 

 タイラ「そうですか。楽しんできてくださいね」

 

 木綿季「うん!歩夢のこと悩殺しちゃうから!」

 

 歩夢「おい、余計なこと言うな」

 

 タイラ「また向こうで色々聞かせてもらいましょうか。それじゃあ、僕はここで乗り換えだから」

 

 歩夢「…おう。またな」

 

 …俺を悩殺ってなんですか。前述通り、既にここに来るまでに十回ぐらいはやられてるんですけど、まだ俺をドキドキさせるつもりなんですか。

 ユウキがとびっきりの笑顔でタイラと会話している様子を見て、要らぬことは伝えないで欲しかったのだが、残念、ユウキ経由でタイラには、この後のデート内容が露見することは約束された。だけども、俺だってやられてるばかりじゃダメだ。ちゃんとユウキを悩殺しなければ…。

 なんてことを思いつつも、車内から出て行くタイラを見送る。俺とユウキはもう少しばかり、沈む夕日を眺めながら、電車に揺られた。

 

 

 

 

 

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 木綿季「人いっぱいだね~」

 

 電車に揺られること数十分。ようやく目的の駅に着いたボクらが駅構内から抜け出した先には、まだ花火大会の会場でもないというのに、無数の人混みが発生していたのだ。

 恐らく、ここに居る老若男女も皆一様に、花火大会を楽しみに来たに違いない。ある人は家族で、ある人は孫と共に、またある人は友達と…そしてボクとアルファは恋人として…いひひっ。

 …こほん。アルファにべた褒めされちゃって以来、ボクは少しテンションがおかしくなっているみたいだ。

 心の中で気持ち悪い歓声を上げていると、駅周辺に置かれている花火大会用の特設看板を眺めるアルファが、ボクに言った。

 

 歩夢「取り敢えず、こっちに行ったら出店があって、あっちに行ったら花火が良く見える場所らしいんだけど…どっちから行きたい?」

 

 木綿季「出店行きたいっ!」

 

 事前にアルファからは、花火が始まるまでに時間があることを教えてもらっていたボクは、迷わず前者を選択する。

 駅の前から歩行者天国となったその通路へと踏み出せば、あとは人混みに流されていくしかない。こけないように気を付けなきゃと、ボクが思っていたその時だ。

 不意にアルファが、ボクに接近してきた。そしてひょいとボクの腕を引っ張ってくる。わっと彼に流されたボクは、そのまま彼に寄り添う。

 すると彼は、何気なくボクに言った。

 

 歩夢「離れ離れになったら厄介だし、今日は腕組もうぜ」

 

 木綿季「え…う、うん…」

 

 そのアルファのこれまた意外過ぎる発言に、ボクは戸惑いを示しつつも、しっかり彼の腕にボクの腕を通しちゃう。ボクが腕を組むと、アルファはぐっとボクを引き寄せてくれる。

 …アルファが腕組もうなんて、自分から言ってくれるのは、これが初めてかもしれない。もしやこれは、ボクが想像していた以上に、今日のボクはアルファの胸を貫けたのかな…。

 駅前から人混みへと身を投じたボク達は、当然群衆の荒波に呑まれ始めたけど…ボクはアルファにしっかりとしがみ付き続けた。リアルじゃ中々触れられないアルファの温もりを味わいたくて、君に頭まで寄り添わせちゃって…ちょっと大げさに。キュッと抱き着いてみたりもしたんだ。ボクはちゃっかり者だからね~…バレてない…よね…?

 そんなこんなで人ごみに揉まれること数分、ボクらは目的の出店エリアに到着した。

 

 木綿季「良い匂いだね~」

 

 もうその頃には、西日も薄く消えかかっていた。一方夜の闇が広がり始めている中で、屋台が沢山出店しているこのエリアでは、色合いが様々な屋台の照明が、周囲をしっかりと照らし出してくれていた。

 大勢の人たちが口々に言葉を交わし合い、屋台のおじさんは負けじと客寄せに大きな声を張り上げる…その喧騒はまるで、アルゲードの街みたいだ。

 

 歩夢「東京の出店って、こんな感じなんだな」

 

 木綿季「歩夢の地元は違うの?」

 

 歩夢「ん~…雰囲気は似てるけど…ここみたいに白いコンクリの上じゃなくて、単に道路の脇とかなんだ」

 

 木綿季「それは偶々ここがそういう感じなだけじゃない?」

 

 歩夢「まぁそうかも…って言うのは置いといてさ、木綿季はなんか食べたいもんとかあるか?」

 

 出店へと繰り出す前に些細な会話を楽しんで、そこでアルファからの一応のリサーチを受けたボクは、頭の中で色々と考え始めた。

 でも食べたいものがあり過ぎて、すぐにはこれだと言えない。結果ボクは、冗談半分でアルファにわざとらしい笑顔を向けると、そう言ってやった。

 

 木綿季「…全部食べたい」

 

 歩夢「それでこそ木綿季だ。食って食って食いまくろうぜ!」

 

 そんなボクのアンサーは大正解だったのか、満足そうに微笑み返してくれたアルファは、ボクをリードするように出店エリアへと進んでくれる。ボクはピタリとアルファの腕に引っ付きながら、その先導に身を任せた。

 そしてボクらが初めて出会った屋台は…唐揚げ屋さんだ。暫し並んで唐揚げ棒を購入したボクらだったけど、その過程で少々違和感を覚える。次のたこ焼き屋さんは…一旦スルーしておこう。その違和感の正体を突き止めるべく頭を働かせていたボクは、しかしその次の屋台を見て、その思考を全て放棄してしまった。

 

 木綿季「ねり飴だっ!」

 

 それに加えて、屋台に並ぶ色とりどりの飴細工を見つけたボクは、思わず子供みたいな声を出してしまうのだ。

 

 歩夢「買っとくか?」

 

 木綿季「うん、買おう!」

 

 アルファにそう訊ねられて、一つそれを購入することに決めたボクだけど…とそこで、先程から頭でモヤモヤしていた違和感の正体に気が付く。屋台に向かおうとするアルファに抵抗するようその場に立ち止まったボクは、こちらに顔を向けてきたアルファに、こう言ったんだ。

 

 木綿季「ボク、今やっと気が付いたんだけど」

 

 歩夢「どうした?」

 

 木綿季「なんで歩夢がボクの分のお金まで払ってるのさ」

 

 ボクの感じていた些細な引っ掛かりとは…つまりはそう言うことなんだ。

 さっき購入した唐揚げ串二本分の代金を、アルファは何食わぬ顔で纏めて支払ってしまっている。そしてボクも、あんまりアルファの動きが自然だったものだから、それに気が付くことは出来なかったんだ。

 アルファはケロッとした様子でボクに何か言おうとしてきたが、ボクはその前に言葉を重ねてしまうのだ。

 

 木綿季「因みにだけど、お金に余裕があるとかそう言うのはなしだからね?ボクがそうやって奢られるの、そんなに好きじゃないってこと、歩夢だって分かってるでしょ?」

 

 少々手厳しい言い方になってしまったが、ボクとしてはあくまでも、アルファと対等で居たいのだ。この先アルファにずっと屋台を奢られるのは、ボクの本望ではない。アルファもその辺は分かっているのだろう。「そうだよな、ごめんごめん」と呟いた末に、それでもなお言葉を返してくる。

 

 歩夢「でもさ、屋台って物価高いだろ?木綿季の巾着袋に入ってる小っちゃいお財布だったら、木綿季が満足いくまで食べられないんじゃねぇの?」

 

 木綿季「それは…」

 

 歩夢「だからさ、こうしようぜ。木綿季のお金が尽きるまでは、ちゃんと割り勘。足りなくなったら俺の奢り」

 

 木綿季「…ありがと。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね」

 

 アルファの実質的な問いかけに、痛いところを突かれ、言葉を詰まらせてしまう。すると彼は、ボクの意思をも包括した素晴らしい提案をしてくれた。無論、たくさん食べたかったボクが、それを受け入れない訳がなかった。

 …もしかしたらアルファは、最初に何気なく奢れば、ボクがそれに気が付いて問い詰めて、お財布に小銭しか入ってないガマ袋のこともなんとなく予想してて、でも最初から割り勘にしてたらボクのお金がなくなって…ってなったら、ボクはアルファに遠慮して早々に屋台を楽しめなくなるだろうし…という所まで考慮していたのかな?だとしたら、アルファは策士過ぎるよ。ボクのことを完璧に理解してくれてるんだろうね。

 

 歩夢「なんなら、オーグマーとかもうすぐ発売するらしい二代目アミュスフィアとかも買ってあげてもいいんだぜ?」

 

 木綿季「それはダメ。もうちょっとお金大事にしてよね!」

 

 歩夢「へいへい」

 

 続けてアルファが放った冗談半分…だけど、ボクが欲しいと言えば買っちゃうのだろう…の言葉にはしっかりと釘を打っておくと、彼もへらへらと笑顔を浮かべていた。

 …全く、アルファは少々、ボクにお金を使おうとし過ぎだよ。ボクが金欲オバケだったらどうするつもりなんだろうか。勿論、アルファがエイズ特効薬でお金儲けしているのは分かっている。そしてその話を知っているのは、仲間内でもボクだけ…。

 今思うと、アルファはどうして、ボクにこんな機密事項を話してしまったのだろうか。ボクを信頼してくれているからって言うのは十分理解してるけど…それをボクに悪用されるとか考えないのかな?そういうところ、アルファってちょっと危なっかしいんだよね。やっぱり、ボクが傍で守ってあげなくちゃ!

 

 なんてことを思いながら、ボクはアルファとどんどん屋台を回っていく。焼きとうもろこしやクレープ、たこ焼きにわたあめ、かき氷とスムージー、他にもフランクフルトとかたこせん、葡萄飴等々、一人でそれらを食べるのは難しいことなので、一つ分をアルファとシェアしながら、それはもう様々な種類の食べ物を口に運んだ。

 食べ物だけじゃない。ヨーヨー釣りや射的、くじ引きなんかをしたりして二人で盛り上がって、ゲームもたっぷり楽しんだんだ。

 花火大会には、ボク達以外のカップルらしき人達も沢山来ていたけど、やっぱり誰も彼も、アルファには敵わないんだよね。心の中では、ボクの隣にはこんなに良い人が居るんだぞと、行き交う人にはこれでもかと見せつけてやったりもした。

 

 そして一通り屋台を楽しんだその頃には、見上げると空はすっかり夜色に染まっていた。もう暫くすると花火が打ち上がるとのことなので、花火が綺麗に見えるであろうスポットを、ボク達は探しに向かったのだ。

 車が一台も行き交うことのない鉄橋を、自らの足で歩くという普段は出来ない行為は、歩行者天国の素晴らしさを存分に味わせてくれる。

 

 歩夢「なんかこうやって二人で居るとさ…木綿季との初デート思い出さないか?」

 

 木綿季「ん~…どの日のこと?ボク達ずっと一緒だったからさ、デートっぽいこといっぱいしてるじゃん」

 

 並んで鉄橋を歩いていると、アルファがそんなことを言ってくる。ボクも初デートについて色々考えてみたけど、一体どれがアルファの言う初デートなのかよく分からなかったのだ。実際、ボクはアルファと何気なく一緒に過ごしてきた時間が長すぎるからね。

 それすなわち、ボクらは無意識のうちに疑似的デートを何回も重ねている動かぬ証拠なのだろう。道理で、付き合っていないことをよく驚かれたわけだ。

 

 歩夢「言われてみりゃそうだな…えっと、俺が木綿季に告白した日だ」

 

 木綿季「確かに似てるかもだけど…ボク的には、SAOで私服デートした日の方がそれっぽいかな」

 

 歩夢「あ~、確かに…。なぁ、告白した日のデートで、木綿季何したか覚えてるか?」

 

 木綿季「…心当たりが多過ぎてね、それもどれか分からないかな」

 

 お互いにこのデートがいつのデートと似ているかを共感し合った末に、アルファが笑い掛けながらそう問い掛けてくるも、言葉の通り、ボクはあの日、アルファを沢山傷付けた。思い当たる節が幾つもあって、その内のどれかを特定することが出来ないぐらいにだ。

 因みに、ボクが今日のデートを私服デートと重ねて見た理由は、あののんびりとした感じが、今こうして鉄橋をゆったりと渡るボクらと酷似している気がしたからである。

 ボクがアルファにそう返事をすると、彼は途端にニヤニヤ顔を露見させながら言うのだ。

 

 歩夢「いきなり俺の手掴んでさ、『嫌なら嫌って言って…』とか言い出したんだぜ?」

 

 木綿季「っ!?そ、そんな恥ずかしい事今更ぶり返さないでよ!!もう腕組むの辞めちゃうよ!!」

 

 そしてアルファがボクに告げたその内容は、まさしくボクの記憶からは抹消されようとしていた黒歴史だった。アルファの全然似ていないボクの声真似でお送りされるその一言を聞くだけで、当時のボクの暴走ぶりを鮮明に思い出してしまう。全身が羞恥心に呑まれ、堪らずパッと彼との腕組みを解除するのだ。

 

 歩夢「悪かったって、だからな?腕組もうな?」

 

 木綿季「…ふんっ」

 

 そんなボクを揶揄うように、ケラケラと笑っているアルファは、適当な感じで謝罪しつつも、腕組みを要求してくる。ボクは表面上は怒っているような素振りを見せつつも、でもやっぱりボクもアルファと腕を組みたい。少し赤くなった顔でソッポを向きながら、彼の腕に抱き着いておいた。

 そんなこんなしていると、鉄橋を渡り終え、ボクらが目指していた河川敷の土手に辿り着く。そこにはもう大勢の人たちが陣取っていたけど、奥の方に行けばなんとかスペースを確保出来た。ボクらは一度、土手に腰を下ろした。

 

 歩夢「もうちょっとで花火上がるらしいな」

 

 こっちにもあったらしい近くの出店で、ラムネを二本買ってきてくれたアルファが、その内の一本を差し出してくれた。「ありがと」とお礼述べた後に、力を込めて栓抜きをして、その甘いしゅわしゅわを喉に流し込む。

 

 木綿季「楽しみだね、花火」

 

 歩夢「めちゃくちゃ音デカいからな、多分ビックリするんじゃねぇの?」

 

 木綿季「じゃあどさくさに紛れて、歩夢に抱き着いちゃおうかな」

 

 歩夢「じゃあ俺はそれを躱すかな」

 

 木綿季「…躱しちゃダメじゃん。ちゃんと受け止めてくれないと、ボクは地面にぶつかっちゃうよ」

 

 そんな下らな過ぎる会話を聞いているであろう周囲の人たちは、ボクらを見てどんなことを思っているのだろうか。

 案外お腹がいっぱいになってないボクらは、花火が始まるまでに、アルファが屋台エリアを出る前に購入してくれた焼きそばを食べることにした。テイクアウト用の容器にたっぷりと詰まった麺や野菜を口に運ぶ。

 お箸は一本しか貰っていないので、必然的に間接キスになっちゃうわけだけど…今日は沢山、アルファと間接キスしている。今更モジモジすることはないのだ。

 …それでも、嬉しさの中にちょっと恥ずかしさが混じってることを、ボクは否定はしないよ。流石にあーんしてあげられるほどの気概は、まだこっちのボクにはないんだよねぇ…。

 

 歩夢「木綿季、唇に青海苔付いてるぞ」

 

 焼きそばを完食したその時、アルファがふとボクにそう言った。恥ずかしいとこ見られちゃったと、すぐに青海苔を取るべくボクが手を動かす…前に、アルファがぐいとこちらに手を伸ばした。ボクが動きを止めている間に、彼はその人差し指で青海苔を取ってしまう。そしてそれを──口に運ぶのだ。

 

 木綿季「あ、あ、あゆみゅっ!?」

 

 歩夢「もう大丈夫だ」

 

 木綿季「あ、ありがと…」

 

 そんなアルファの一連の行動に、ボクは酷く動揺するのだ。がしかし、勿論表面上には出していない…はずだ。

 …あ、アルファにリアルで唇触られちゃった…。ボクもお返しに…ダメだ。アルファはお弁当なんて一つも付けてないや…けど、ボクもアルファの唇触りたくなってきちゃった…で、でも、なんの脈絡もないのに急に触るわけにもいかないし…。

 とボクが、アルファの急な攻撃に、心臓をバクバクと高鳴らせ、アルファの唇に視線を奪われていると…。

 

 ヒュ~…ドーンッ!!パラパラ…

 

 木綿季「っ~!?!?」

 

 瞬間、視界の端の方で、赤い光が大きく煌めいた。

 そしてボクが驚いたのは、そのお腹の奥底にまで響いてくるほどの破裂音──ではなかった。

 ボクがそれ以上に身体を強張らせ、胸の高鳴りを更に激しくした原因は……ボクの視界が、君で覆われたから。お互いのまつ毛が触れ合うぐらいの至近距離で見つめ合ったのも束の間、ボクの唇に、温かくて柔らかい感触が重ねられた。

 それは単に、お互いの唇が触れ合う程度の軽いキス。でもそれは、木綿季にとっては初めてキスで、歩夢にとってもファーストキスだった。初めてのキスを、アルファに奪われた。しかも今度は、アルファから積極的に。

 途端にポーっと顔を赤く染めたボクは、ゆっくりと唇を離した彼に見つめられる。赤、緑、黄色と、色とりどりの花火は続けて夜空に咲き誇るけれど、今のボクらにはそんなものは眼中になかった。

 光の余波が、お互いの紅潮した表情を照らし出している中、まずは彼が口を開いた。

 

 歩夢「木綿季、好きだぜ」

 

 …なんだか今日のアルファは、やけに積極的だ。いつもはあんまり好きとか言ってくれないのに、どっちかというとボクが良く言ってるのに…なんでこういう時だけ…ズルいなぁ…。

 アルファから向けられる真っ直ぐな愛を受け取ったボクは、少しアルファから目線を逸らして、口を開く。

 

 木綿季「…もう、一発目見逃しちゃったじゃん…」

 

 歩夢「あ、ごめん」

 

 でもすぐには素直になれなかったボクは、わざとらしく口を尖らせてそう答えるのだ。それに気が付いたアルファは、ちょっと申し訳なさそうに謝ってくる。そしてボクは、今度こそアルファの目を見据えて、呟くようにそれを伝えた。

 

 木綿季「…いいよ。ボクも、歩夢のこと大好きだからね…?」

 

 歩夢「…あぁ、ありがとな」

 

 木綿季「こっちこそ」

 

 そうしてボクらは、恥ずかしさを誤魔化すように、顔を上げて花火に目を向けるのだ。

 だけどボクの唇には、まだ君の柔らかい唇の感触が残っていて、初めての花火大会で、しかもすっごく綺麗な花火だったのに、全然花火に集中出来なかった。

 暫し無言で夜空を眺めているうちに、やがてフィニッシュの時が来た。最後は盛大に何十連発もの巨大花火が打ち上げられて、それで花火大会は終わりを迎えた。夜空に残る煙を眺めて余韻に浸る者、楽しかったねとその場を早々に退散する者、それは様々であったが、ボクらは前者であった。

 ボケーっと暫く夜空を見つめていた後に、ボクらは沈黙を破ることなく、ようやくその重い腰を上げ──。

 

 木綿季「っ…」ズキッ

 

 とその時、ボクは自分の足先に、少々の痛みを感じた。立ち上がるのを一旦辞めて、足先の様子を伺ってみる。どうやら、初めて履いた下駄で、靴擦れを起してしまったらしい。絆創膏は家に忘れちゃったし…駅まで歩けるかな…?

 

 歩夢「木綿季、背中乗れよ」

 

 木綿季「え…だ、大丈夫…?」

 

 そんなボクの様子を察したらしいアルファは、屈んでボクを負ぶえるよう態勢を作る。ボクが反射的に訊ね返すと、彼は微笑みながら言った。

 

 歩夢「木綿季は羽みたく軽いからな。もしそうじゃなかったとしても、鍛えてるから問題ない」

 

 木綿季「…じゃあ、お願いするね」

 

 歩夢「おう」

 

 彼のジョークにくすりと笑みを零したボクは、そのまま彼の背中に抱き着き、後ろから首に腕を回す。本当に鍛えている効果が出ているのか、アルファは苦も無さそうに、ボクを負ぶって歩みを進めていく。

 アルファの歩くリズムに合わせて、揺り籠のように上下にゆっくりと振動するこの感覚、そしてアルファの温もりを感じていられるこの感覚は、ボクにとっては物凄く心地良いものだった。それはまるで、アルファに包まれているみたいなんだ。

 

 木綿季「おんぶも結構気持ちいいんだね…」

 

 歩夢「俺も気持ちいいって言ったら?」

 

 木綿季「…ボクも…嬉しいな…」

 

 そんな中ボクは、瞳を閉ざして君の耳元に囁くと、君からはそんな声が聞こえてきた気がする。アルファの背中に身を預けることが気持ち良すぎて、段々とウトウトしていたボクは…

 

 歩夢「…おやすみ、木綿季」

 

 …彼の温かさに触れながら、やがて甘い微睡に落ちたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、四月二十七日の水曜日です。

 では、また第165話でお会いしましょう!
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