~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第165話 描く理想は現実に

 ピリピリピリ、ピリピリピリ。

 

 ふと、枕元の近くで、少々耳障りな電子音を拾った。気が付いたボクは、むにゃむにゃと唸り声を上げる。お布団から覚束ない手を動かして、音の原因を探り始めた。

 

 木綿季「…んん…」

 

 その無作為な捜査を続けること数秒、何度かベッドの骨組みに右手をぶつけながらも、四角い物体を掴むことに成功する。アラーム音を解除すべく、それを身体の近くまで持ってきた。

 しかし、眼を瞑ったまま起床アラームを止めてしまったボクは、本能的にそれをもう一度所定の位置に戻してしまう。

 …もうちょっと…もうちょっとだけ…と、ボクはこのまま微睡に溺れていたい気分だった。でも、そうもいかないことは判っている。軽く目を擦ることで重い瞼に刺激を与え、カラカラに乾いた喉を癒す為だと何度も自分に言い聞かせるのだ。

 そして遂にボクは、ベッドの上で上半身を起こした。

 ふわぁ~と大きく欠伸をした後に、ぐーっと伸びをして、なんとか眠気を吹き飛ばそうとする。だけどそれだけじゃ、すぐにベッドインしたくなっちゃうんだ。寝起きで力の入りにくい頭と身体を頑張って動かしながら、勢いよく窓のシャッターを開けた。

 豪快な音と共に、朝日に照らされて明るい世界が、すっと自室の中にも入り込んでくる。眩しい太陽を目にすることで、ボクもようやく、一日の始まりを認識するのだ。

 ベッドに置きっぱなしの携帯電話を確認すると、時刻は午前六時頃。ここ数カ月の中では、こんな朝早くに目覚めることは早々なかったけど、今日からはそうもいくまい。

 

 テキパキと自室のドアを開けて一階へと向かったボクは、まずは残暑で熱の籠ったリビングダイニングを快適な状態にするべく、エアコンのスイッチを押す。続いてコップに水を注いで、眠っている間に抜けていた水分を補給した。

 本日は手早く朝食を済ませようと考えていたボクは、冷蔵のご飯や昨日の残り物の切り干し大根、それから味噌汁を温めつつ、適当に卵焼きを作って朝ご飯の完成させた。

 卵焼きを適当に…だなんて言えるようになったのも、ボクが日々料理の努力を重ねてきたからだ。最初の頃は、卵だって全然上手く巻けなかった。苦労して作るのに、出来上がる卵焼きはすっごく不格好だったんだ。それでもアルファのアドバイスに忠実になりつつ数を重ねていたら、いつの間にかくるりと巻けるようになってたんだよね~。

 朝食を食べて洗い物を済ませて、今日は一日晴れ予報だから、お庭に洗濯物を干して…一応急いでやってるつもりなんだけど、時間までに間に合うかな?

 思いの外忙しい一人暮らしの朝を過ごしながら、黒色の鞄にお財布やタブレット、ハンカチなどの必要なものを詰めたり、水筒を準備したり、或いは洗面所で顔を洗ったり寝癖を直したり…と色々支度を済ませていく。

 そして最終段階として取り掛かるのは──。

 

 朝何度目だろう。ボクは早足に階段を登って、自室に足を踏み入れる。向かって右手のクローゼットへ身体を向けると、取っ手を握ってそれを開けた。

 そこから取り出した物は…濃いグリーンを基調としたブレザーやスカート、襟の部分に水色のラインが入ったカッターシャツに、更には赤いリボンと黒いロングソックスだ。

 

 とその服装から分かる通り、本日ボクは、数年ぶりに学校に登校する日が来たんだ!

 

 八月がもう直ぐ終わってしまう今日この日は、帰還者学校の第二学期最初の登校日であった。

 帰還者学校自体は、SAO事件被害者を救済するために作られた急設の教育施設と言うこともあって、編入システムなんて勿論無かったんだけど、今年の八月になってようやく、編入が可能となったのだ。

 とは言ってもボクは、別に、編入試験に合格したから帰還者学校に通う訳ではない。どういうことかと言うと、エイズを患い、中学校には一切通っていないという特殊な事情を考慮された結果、七月頃にボクは、帰還者学校にて現状の学力を図るテストを受けた。

 その結果、ボクの学力は中学校に通っておらずとも充分であるってことが証明出来た。それでボクは晴れて、高等部二年生としての席を獲得出来たのだ。

 

 エイズが治ったその時から、ボクは帰還者学校に通うことを心の中で固く誓っていた。そしてそれをアルファに話した時…珍しく彼は、それに猛反発してきたのだ。

 その理由は至って単純。帰還者学校は、ただの臨時学校じゃないから。八月に出来た編入制度では、元SAOプレイヤーじゃない人でも編入できるようになったらしいけど…なんとこの学校、実のところ、ボク達SAOプレイヤーの監視施設なのだ。

 なんでもアルファによると、元SAOプレイヤーは学校で週に一度カウンセリングを受けさせられ、そこで如何にも質問を投げつけられるらしい。要するに、ボクらに反社会的傾向がないかどうかを、執拗に確認してくるとのことである。中には投薬まで異常に進められる学生もいるのだとか。

 そんなある意味では、二年間も異世界生活していたボクらを危険因子だと判断した政府による収容場所とも捉えられるこの異質な学校に通わずとも、もっと気楽な高校、或いは高認を取って一気に大学生になった方が絶対に楽しいぞと、アルファはボクに言ってくれたんだ。

 だけど結局、ボクはアルファの反対を押し切って、帰還者学校に入学することにしたんだよ。だって、これまでずっと仲良くしてきたアスナ達が居て、そして何より大好きなアルファが通っている学校に通う方が、ボクにとっては何倍も楽しいこと間違いないからだ。

 

 木綿季「…うん、バッチリだね」

 

 それ故に今日のボクは、久しぶりの学校生活というものに、ワクワクとドキドキで胸がいっぱいだったりする。パジャマから新品の制服に着替えたボクは、鏡を見ながら綺麗にリボンを結んだ。

 一発で完璧なリボンを作ったボクは、改めて鏡に映る制服姿の自分を見て、なんだかやっと学生らしくなってきたねと思わずにはいられない。ちょっと調子に乗っちゃって、鏡の前で一回転なんてしちゃう。こういう感じのボク、アルファは好きなのかな~?

 まだまだ暑いけど、ブレザーは来た方が良いのだろうか。校則でお化粧はしちゃダメって書いてあるけど、実際女の子はバレない様にちょっと可愛くしてたりするのだろうか。スカートの長さはどれぐらいがベストなのか…初めての高校生活を目の前にして、疑問は絶えず頭の中に浮かんでくるけど、ボクは取り敢えず校則に則ることにしておいた。

 その頃には時間も良い感じに迫っていたので、朝にやり残したことはないか、忘れ物はないか、消し忘れはないか、戸締りはしたか等々を確認した後に、ボクはこれまた初めての黒いローファーに履いて、玄関ドアを押し開けた。

 

 振り返ってしっかりと鍵を閉めると、ボクは朝日の輝く青空の元、かつかつとアスファルトを踏み締め始めた。流石に鼻歌を歌ってしまうほどじゃないけど、それでも心の中は浮ついた気分だ。弾む足取りで住宅街を進むと、やがて駅に辿り着いた。

 改札からホームに入って、やって来た電車に乗り込んで、思っていた以上の混雑振りに度肝を抜かれる。次からは女性専用車両に乗ることを決意したボクは、そのまま電車に揺られて、乗り換えの駅までやって来た。

 次は向かいのホームに移動しなきゃなんだけど…その前に、ボクは改札近くへと向かっていった。時間も時間と言うことなのか、そこは数多の人がごった返しで、隙間なく行き交っているのだ。

 だけどボクは、すぐに気が付いたんだ。せわしなく流れる人混みの中で、駅の四角い支柱近くで佇む君の姿に。ボクと同じような制服姿…でも暑いのかな。ブレザーは纏わずに、彼はカッターシャツを腕まくりしていた。

 兎に角、早く君と話したいと思ったボクは、迷わず人混みの中に飛び込んだ。ボクよりも背の高い人達が素早く移動しているものだから、ボクはその流れに呑まれる…ことはない。まるでボクとアルファには、見えないけれど強固な糸があるみたいだった。ボクは自然と人の間を縫って、スラスラと君の前まで辿り着いたんだ。

 するとボクに気が付いた君は、途端にパッと笑顔を輝かせると、その様子を隠さないまま口を動かした。

 

 歩夢「おはよう、木綿季」

 

 今日からアルファと、一緒の学校に通えるんだ!ここでようやくそのことを確信したボクは、彼に負けないぐらいの笑顔を咲かせて、返事をしたんだと思う。

 

 木綿季「おはよ、歩夢!」

 

 

 

 

 

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 夏休み明け一発目の学校。それが学生たちにとってどれほどに四苦八苦であるかは、言うまでもないことだろう。

 いや勿論、学校は総じて言えば楽しい。何せ、仲の良い学友と一日の大半を過ごしながら、他愛もない会話に花を咲かせたり部活動に励んだり、或いは恋人とまったりと時を過ごしたりして、青春という夢の時間をを存分に楽しめるのだから。…まぁ、今の俺は、部活動には参加していないのだがな。

 兎に角、学校とはそういう視点から見ると、楽しいことばかりなのだ。とは言え、学校には一つ、物凄く面倒なことがある。それが授業と言う名の悪魔であり、たったそれだけのことで、俺達学生は学校に行きたくなくなるのだ。

 それは毎日のように思うことでもあるし、土日の休みを挟めばより一層そう思ってしまうと言うことは、夏休みという神のような長期休暇の後であれば尚更だと言うことは、最早こちらも言わずもがなであるだろう。

 それ故に俺は、本日久しぶりの早起きにストレスを抱えながら、ブルーな気分で学校へと向かう…ことはなかった。その理由は至って単純で──。

 

 木綿季「ここにいる人達って、みんな帰還者学校通ってるの?」

 

 歩夢「そりゃそうだ」

 

 ──ちょっぴり緊張した様子で、キョロキョロと辺りを見回す君が、俺の隣を制服姿で歩いてくれているから他ならない。艶めく黒髪が綺麗なユウキが、リボンを付けて学生服を身に纏うその姿、そしてローファーでこつこつと足音を鳴らしながら、両手で鞄を身体の前に携えて…あぁ、それはもう最高に愛くるしい。

 俺はさっきから無性にユウキの頭を撫で回したい欲求に駆られているのだが…ここでそんなことをしてしまえば、折角きれいに整えた髪が台無しになってしまう。自重しておこう。

 ユウキが俺に顔を向けて尋ねてくるものだから、俺は抑え切れない笑顔で返事をしてしまう。とこの様子から分かるように、本日は、晴れて帰還者学校生となったユウキにとっての、初めての登校日なのだ。

 …全く、現実世界でユウキと再会して以来、こうやって制服姿のユウキと並んで歩くことを、俺はどれだけ夢見てきただろうか。しかしそれは、悲しいことにも叶わない可能性のだろうと、俺は心長閑下では諦念していたのだろうが……本当に、良かった。

 そして、ユウキと並びながら一緒に登校するだけで、笑顔を止めどなく溢れさせてしまうのは、自分のチョロさが良く現れている気がする…。

 

 今日俺達は、お互いの中間地点となる駅で待ち合わせして、俺は久しぶりにぎゅうぎゅうの電車に揺られて、学校最寄り駅に到着した。電車通学することは、普段は自転車通学している俺にとっては珍しいことなのだが、そうした理由は幾つかある。

 まず一つ目、俺がユウキと登校したかった。理由は色々とは言ってみたものだけど、多分俺の判断のほとんどはこれだ。俺の大好きな人から、駅で爽やかな笑顔と共におはようと言われるのは…なんと言うか、物凄くハッピーだった。…やっぱり、俺はチョロインが向いているな。

 次に二つ目、ユウキが実質初見であろう朝の通学ラッシュに押されて、上手く学校に辿り着けない可能性を考慮したから。まだまだ登校初日だというのに、学校までの乗り継ぎ方も覚束ないまま一人で電車に乗り込むのは、かなり不安であろうと考えたのだ。

 そして最後に三つ目、ユウキが痴漢に遭ったら嫌だから。訳分からん野郎共の悪意がユウキに向けられると思うと、そりゃあ当然だろう。

 俺の想定としては、今日の通学ラッシュで電車に嫌気の差したユウキは、俺の提案するタクシー通学を快く受け入れてくれるだろうと思っていたのだが…つい先ほど、その提案はユウキに気持ち良いぐらいの勢いで一刀両断された。彼女はこれからも電車通学を続けるらしい。となると、俺もこれからは電車通学になるのかもしれない。

 

 木綿季「うわっ、校舎大きいんだね」

 

 歩夢「見るのは初めてじゃないだろ?」

 

 木綿季「…バレちゃった?」

 

 学校最寄り駅で電車から降りた俺達は、そのまま周囲帰還者学校生たちと同じ道順を辿って、やがて学校の正門前に辿り着く。

 そしてユウキははたと足を止め、見上げると、わざとらしい言い方でそんな感想を呟いたのだ。それには勿論俺がツッコんでやる、彼女は上機嫌にこちらを見やると、クスっと小悪魔みたいな笑みを零した。

 

 木綿季「でもね~、やっぱりプローブ越しに見たのと比べると、たいぶ大きく見えるんだよ?」

 

 歩夢「へぇ、そうなのか」

 

 視聴覚双方通信プローブ、キリトが努力の末に開発したその機器には、俺とユウキは散々お世話になった。だけども今日からは、それももうお役御免だ。

 これは余談だが、俺がキリトにプローブを返却して以来、それはユイちゃんが使用している。がしかし、プローブのほぼ上位互換とも言えるオーグマーが市場に出回った今、やはり性能的にもそちらの方が上なのだと、キリトは悔しそうに嘆いていた。

 でもユイちゃんからすると、キリトの造ったプローブの方がお気に入りらしい。彼女は相変わらず、プローブを愛用してくれているのだとか。

 再び足を進め始めた俺達は、正門を潜るタイミングで先生方に挨拶をしてから、一度来客用の昇降口へと向かった。そちらから校舎に入った俺達は、二人で職員室前まで移動する。

 とそこで俺は、ニヤリとユウキに問い掛けるのだ。

 

 歩夢「一人で職員室、怖くないか?」

 

 するとユウキは、ムッと顔を顰めてから、言い返してくる。

 

 木綿季「もう大丈夫に決まってるでしょ!」

 

 そんな君の可愛らしい怒り顔を見て、胸に満足感を抱いた俺は、ひらりと手を振って言った。

 

 歩夢「それは良かった。んじゃ、また放課後な」

 

 ユウキも応えるように、その右手を小さく振ると、そう言ってくれた。

 

 木綿季「ん、またね」

 

 そうして、ユウキの初めての高校生活が始まったのだ。

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 緑っぽい色合いの廊下を、ボクは無言で進んでいく。ボクの少し前には、まだ三十代後半ぐらいであろう男性教師が、ボクを先導するように歩いてくれていた。

 アルファと一緒に学校に登校してきて、職員室前で一旦彼と別れたボクは、すぐに職員室に入った。それで、近くの先生に自分が今日から編入してきた生徒だと言うことを知らせると、これからボクを受け持ってくれるらしいその男性教師が、ボクのクラスや名簿、下駄箱、そして簡単な学校の設備について説明してくれた。

 そして今は、先生がこれからボクの所属するクラスに案内してくれている。学校に到着して以来、既に何度かチャイム音が鳴り響いており、今は恐らくSHRまでの準備時間…。

 

 「そんなに緊張しなくても良いんだけどね」

 

 木綿季「あ、は、はい…」

 

 不意にこちらに振り向いてきた先生は、少し苦笑いしながらボクにそう言ってくれるけど、対するボクの返事から分かるように、今のボクは、相当緊張しているらしい。

 普段通りのボクであれば、「全然大丈夫です!」ぐらいの元気良さで返事出来たのだろうけど…と言うか、そんな感じで返事できると思ってたんだけどね…ボクは自分でも知らず知らずのうちに、かなりガチガチになっているようだった。

 そんなボクの口から飛び出した返事は、ボクのものとは思えない程にオドオドとしていた。このままじゃ自己紹介もままならなそうだ。それはいけないと思ったボクは、緊張を和らげるために…アルファのことでも考えることにした。

 今日は朝からアルファと登校してきたわけだけど、その濃密な時間の中でも特にボクの心に残っているのは、一緒に電車に乗っている時のことなんだ。通学ラッシュのせいで、車内はぎゅうぎゅう詰めで座れっこない最中で、アルファはボクを電車の入り口側に立たせて、少しスペースを作ってくれたのだ。

 アルファは当然とばかりにそんなことをしていたけど、それだけで、アルファはボクのこと大事にしてくれてるのんだなって、嬉しい気持ちになれたんだ。

 

 「…学校生活が楽しみなのかな?」

 

 木綿季「…あ、そ、そうです…」

 

 などと頭を働かせていると、勝手に口元がニヤニヤしていたらしい。教室の前で足を止めた先生が、不思議そうな面持ちでボクにそう言った。一方ボクも、もう緊張は随分と解れていたものの、別の意味で言葉に詰まってしまう。

 そして先生が、「呼んだら入って来て」とボクに言い残したかと思うと、教室に入っていき、編入生がうちのクラスに来ることを話してくれていた。途端に、教室中がざわざわと騒がしくなる。また緊張し始めた気持ちを抑え込む為に、その場で一度大きく深呼吸すると、ボクはガラリとドアをスライドさせ、教室の中に一歩踏み入った。

 席に座った何十人もの生徒が、こちらに視線を集中させている。ボクはそれを横目に眺めつつも、臆することはなかった。教壇に上がって、ひとつ間を置いてから、ゆっくりと口を開いた。

 

 木綿季「…えっと、ボクの名前は、紺野木綿季って言います。ゆうきの字は、木と綿と季節の季でちょっと珍しい…です。訳あって今日からの編入になるんだけど、良かったら、ボクと仲良くしてください!」

 

 自己紹介とは言っても、何を話せば良いのか分からなかったボクは、取り敢えず自分の名前と仲良くして欲しいという気持ちをハキハキと伝えると、みんなから一斉に拍手が送られてくる。

 そしてすぐさま質問を投げ掛けられる様子に、ボクはプローブでアルファのクラスを訪れた時のような面喰った感覚を覚えつつも、「質問は後から」と先生に言われて、ボクは廊下側の後ろの席に移動した。

 すると隣の黒髪ロングな女の子が、「今日からよろしくね」と微笑みながら言ってくれるのだ。早速話し掛けてもらえたことが嬉しくて、ボクも元気よく「うん、よろしく!」と言葉を返す。

 とそんな感じで、ボクの高校生活は好調なスタートを切ったのだ。

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 今日何度目かのベルを模した音を聞きながら、四つ目の授業を終えた俺は、起立礼が終わると、その場で大きく伸びをする。するとクラスの学友たちが数人、俺に声を掛けてくる。

 

 「一ノ井、学食行こうぜ」

 

 歩夢「あぁ、今日は飯持って来てるんだ。だからパス」

 

 「おっけ、んじゃ俺達は行ってくるわ」

 

 朝が通勤ラッシュだと言うのならば、この時間は食堂ラッシュだ。俺と手短にやり取りを交わした彼らは素早く廊下に出て、食堂目掛けて一目散に走り去っていく。

 既に何十人もの生徒たちが廊下を音速の速さで走り抜けていることを考慮すると、今からでは望み通りの席は確保出来ず、最悪の場合は席無しで、頼んだ昼食を持って教室まで戻って来なければならないだろう。

 そしてその様子を呑気に眺めていられる俺は、今日は珍しく昼食を持参していた。と言っても、家の近くのパン屋で買ったもんだけどな。

 パンが幾つか入った袋を机の上に準備して、俺は一度手を洗いに席を立った。そしてもう一度教室に戻って来たその時には、何故かリズベットが、俺の購入したメロンパンを掴んでいるのだ。

 

 リズベット「これあたしに頂戴よ」

 

 歩夢「何と交換だ?」

 

 リズベット「購買の焼きそばパン」

 

 歩夢「…しゃーなし」

 

 リズベットの繰り出してきた交換材料に、かなりの長考の末、購買の中でもレアな焼きそばパンを味わうことにした俺は、メロンパンを手放すことに決定する。

 そうして今日のお昼休みは、珍しくキリトに会いに行っていないアスナ、リズベットと過ごすことになったのだが…。

 

 アスナ「ね、アルファ君。今日からユウキが学校に来てるんじゃないの?」

 

 なんでも話によると、キリトは本日、校外でマシン・インターフェースの意見交換に勤しんでいるらしい。アイツ頑張ってんなぁと思いながら、やはり美味しい焼きそばパンを頬張っていると、ふとアスナが不思議そうに問い掛けてきた。

 

 歩夢「ん?そうだけど?」

 

 それに適当に返事をすると、リズベットもまた甚だ疑問そうに言ってくる。

 

 リズベット「だったらなんで会いに行かないのよ。学年違うんだから、昼休み逃したら次は放課後じゃない」

 

 そんな二人に対して、俺はモグモグとパンを喉に通すと、今度はちゃんと答えることにした。

 

 歩夢「まぁそうだけどさ…木綿季だって、今頃は普通にクラスの人達と仲良くしてるかもだろ?そこに俺が飛び込むのは違うくね?」

 

 確かに俺も、学校で授業を受けている最中には、昼休みはユウキと学食に行って、一番人気のメニューとか教えてあげようとか色々計画してたのだ。だけどよくよく考えてみると、今の俺の発言通りの帰結である。それを聞いた二人は感心したように「あぁ~!」と声を上げた。

 

 アスナ「そう言うことしっかり考えてるのんだ。偉いわね」

 

 リズベット「今のは流石と褒めてあげるしかないわ」

 

 歩夢「そりゃどうも」

 

 二人がうんうんと頷きながら褒め言葉を贈ってくるものだから、俺も素直にありがとうの返事をしていると、そこでまたアスナが思い付いたように、俺に言った。

 

 アスナ「あ、でも、そんな風にユウキのことほったらかしにしてたら、誰かに捕まえられちゃうかもね~」

 

 リズベット「そうそう、ユウキは可愛いんだから、みんなすぐに目付けるわよ、きっと」

 

 歩夢「…まさか。もしそうなっても…木綿季はそう言うことしねぇって…」

 

 途端に二人は力を合わせてニヤニヤと言ってくるものだから、俺も一瞬、その可能性を脳裏に過らせるのだ。ユウキが他の男に言い寄られて、俺の元から居なくなってしまうビジョン…。

 言葉の上ではそう返事をしておきながらも、その時から放課後に至るまで、俺は得も言われぬ不安に付きまとわれることとなった。

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

 

 高校生活という物は、ボクの想像の何十倍も楽しいものであった。

 クラスメートはボクと仲良くしてくれるし、お昼休みにはカフェテリアでご飯を食べたり、以前と違って今度は生身の身体で校内を案内してもらったり、授業に関しては、ボクはずっと昔にそこを勉強してしまっているので、思い出す程度の簡単なものだったけど…兎に角、学校というものは、どれもこれも素晴らしく有意義なものだと思えた。

 あっという間に六時間の授業が終了し、懐かしの起立礼を行うと、そこからは放課後の時間だ。ボクが少ない荷物を纏めていると、クラスの女子生徒たちが、「一緒に帰らない?」とか、「遊びに行こうよ!」とか、「うちの部活に入らない?体験だけでも!」とか、色々とボクに声を掛けてくれるのだ。

 それはどれも凄く嬉しくて、だけど今日は、帰る約束をアルファとしてるし、部活に入るつもりは今のところないいし…と、残念だけど、それら申し出に断りを入れようと──。

 

 「紺野さん、俺らと遊びに行かない?男女混じってボウリングとかどう?」

 

 木綿季「……えっ」

 

 数人の女子高生に囲まれるボクの元に近づいてきたその人は、このクラスの男子生徒であった。まだクラスメイトの名前も把握出来てなくて、加えてその意外な申し出に、ボクは思わず言葉を詰まらせた。

 その最中、ショートな髪型の女子生徒が、ボクにこそこそと話し掛けてくる。

 

 「いいじゃん!大宮君、カッコいいし。木綿季にお似合いなんじゃない?」

 

 木綿季「…え…そう言うことなの…?」

 

 「大宮君、カッコいいから良く告白されるけど、誰とも付き合ってないし…そうに決まってるって!」

 

 確かに、その大宮君と呼ばれる長身の男子生徒は、顔立ちもかなり良くて、イケメンと称すに相応しい姿見であることはボクにも分かる。周りの男子生徒は茶化すように大宮君の背中を叩き、女子生徒もボクを囃し立ててきて…一気に、クラス中が変な雰囲気に包まれ始めた。

 だけどもボクの内心はと言えば、それはもう異常にまで焦りを募らせていたんだ。

 …ど、ど、どうしよう!?そういう空気になっちゃってるけど、ボクにはアルファが居るんだよ!?どうやって断ればいいの!?好きな人が居るからダメ?って言うかそもそも、大宮君だってそう言う意図を持ってるとは限らないし…じゃあ普通に今日は都合が悪いって?…あぁ…ええと…。

 とそんな感じで、如何にしてこの学生特有のイケイケ押せ押せな雰囲気から抜け出して、アルファと帰路に着くべきかを模索しているその時であった。

 不意に、勝手に身体が横に揺れ動いた。続いてボクはトンと温かい何かにぶつかり、気が付くと…。

 

 歩夢「悪い、木綿季。今日は俺と帰ってくれるんだよな?」

 

 ボクは、アルファにぐっと抱き寄せられていたのだ!

 

 木綿季「あ、あ、歩夢!?な、なんで…!?」

 

 一体いつからボクの教室にやって来ていたのか、廊下から身を乗り出してきた彼は、一瞬にしてボクの肩に腕を回して身体を寄せてきた。それはまるで、みんなに見せつけるみたいに。

 クラスメートが完全に硬直する中で、後方から「初日からやってるわね~」とリズの声が聞こえてきた気がするけど、今のボクにはそれに返事をする余裕がない。

 ポーっと顔が熱くなっていることを意識しつつも、動揺を隠せないままアルファの顔を眺める。すると彼は、また問い掛けてくるのだ。

 

 歩夢「今日は帰る約束してたよな?」

 

 木綿季「う、うん…してたけど…」

 

 歩夢「よし、んじゃ帰ろうぜ」

 

 どうしたんだろ…珍しくちょっと強引なアルファ…でも、それも良いかも…なんて思いつつも、そんな彼の問い掛けに、ボクは小さく首肯した。彼はボクの肩に腕を回したまま振り返り、待機していたアスナ、リズ、シリカと共に昇降口へと足を進めようとする。

 するとクラスの方から、茶髪な女の子がボクに声を掛けてきた。

 

 「ゆ、木綿季ちゃん…一井先輩と、どういう関係…?」

 

 木綿季「え?」

 

 そんな彼女の問い掛けには、ボクのクラスメート全員…それだけじゃない。この騒ぎを嗅ぎ付けてきた隣のクラスの人達まで、「あれ歩夢先輩じゃね?」とか、「あっち女の子って転校生だっけ?」とか、また一気にざわざわと喧騒を取り戻すのだ。

 …そっか。そう言えばアルファって、一応ボクの一個年上だったよ。だからこの学校だと、アルファはボク達二年生にとっての先輩ってことなんだ。

 彼女の問い掛けに答える以前の問題として、彼が先輩と呼ばれていることに、ボクは違和感を覚えていた。そんなボクの代わりに、アルファがもう一度ぐっとボクを抱き寄せると、自信満々に言ったのだ。

 

 歩夢「どういう関係って……恋人関係に決まってるだろ?な?木綿季」

 

 そう自信満々の笑顔で問い掛けられるものだから、ボクもまた、羞恥心に呑まれながらも彼女にこう言うしかなかった。

 

 木綿季「…うん…ボクは歩夢と、恋人関係なんだ…」

 

 「……い、一井先輩に……恋人……!?」

 

 すると彼女は絶句もいい所の、大きく目を見開いて、たじろぐように二歩三歩後退りする。そして彼女の後ろにいた多くの学生たちもまた、言葉を失ったようにこちらを眺めるばかりだった。

 なんだかさっき以上に変な空気になっちゃったなと思いつつも、ボクは取り敢えず、紅潮したままの表情にぎこちない笑顔を浮かべると、みんなに「また明日ね」と言っておいた。勿論、驚きの余り、みんなはそれに返事をすることはなかった。

 これは皆に後から聞いた話だけど、それからの校内は、それはもうボクらの話題で持ち切りだったらしい。

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、四月二十九日の金曜日です。

 それではまた第166話でお会いしましょう!
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