~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第170話 思いがけない落とし穴

 歩夢「…なにやってんだか…」

 

 すぐ近くから、明るいはしゃぎ声が聞こえてくる。厚い雲に覆われた世界においても、小さな影が幾つか立っていた。その子らは砂場や滑り台、ブランコを使って、笑顔を輝かせながら悠々と遊んでいる。一方その向かいでは、子供たちのママさんであろう人たちが、上品に笑いながら会話を楽しんでいる。

 とある公園のベンチにて、俺は茫然とその光景眺めていた。思わず、深いため息と共に呟きを発してしまう。俺の嘆息は相当大きかったのか、子供とその保護者がこちらに視線を注目させた。もし俺があと何十年か歳を食っていたら、変質者と間違えられたかもしれない。

 俺がこんなことになってしまった原因は…勿論、つい数十分前の出来事故だ。ならば、俺がこの公園で足踏みしている理由は…まぁ、あれからを順番に話していこうか。

 

 ──悪い…俺、帰るわ。

 

 ユウキとの嫌な口論の結果、息苦しい雰囲気が生まれたその場で、俺はその言葉を皮切りに、逃げるように彼女の家を後にした。そんな俺も最初のうちは、物凄く清々していたのだ。

 …だって、あの口喧嘩の原因を作ったのはあいつだし、鬱陶しい発言を続けてきたのもユウキだし、俺は何一つとして悪くは無いではないか!絶対に俺からは謝ってやらねぇ。あいつからごめんって言われるまで、俺はずっと知らんぷりしてやるよ!!

 と意気込みつつも、俺はユウキの家から駅への道のりを、荒れた足取りでどんどんと突き進んでいたのだ。

 だが時間が経過すれば、当然、人は冷静さを取り戻す。

 …待て待て。確かにあれは、ユウキが悪い所が多かったかもしれねぇ。けど俺だって、途中からはユウキの嫌がるようなこと言ったし…俺だって悪いじゃないか。

 感情的な見解として、ユウキが全部悪いと決めつける俺と、客観的な視点に立って、ユウキだけじゃなくこちらにも非があったことを認識する俺。駅へと向かう道筋の中で、その声の比重は後者へと偏っていった。

 そして駅前の商店街に差し掛かるその頃、俺の心は完全に、落ち着きを取り戻していたのだ。はたと逃げ出す足を止め、アスファルトと睨めっこする。頭の中で色々と巡らせた結果、一つの答えに辿り着いた。

 

 歩夢「…このまま帰ったら…ダメだよな、俺…」

 

 と言ってはみたものの、あの状態のユウキとは、到底仲直り出来るビジョンが浮かんでこない。それにそもそも、この喧嘩を上手く纏められるほど、俺は脳内で色々整理できていない。

 そのせいで俺は、まっすぐ彼女の待つ家に戻ることを躊躇った。いま一番避けなければならない事態は、このままノープランでユウキと面と向かい、また喧嘩して亀裂を深めてしまうことだろう。

 …もしかすれば、ユウキには俺以外に好きな人が出来て、でも何年も一緒に居る俺には別れを切り出し辛くて…俺と喧嘩別れと言う形で新しいスタートを切ろうとしているのでは…?

 冷静になったはず心中には、余計な憂いがもけもけと溢れ返り始めた。目に染みるような煙に囚われてしまい、結局上手く考えを纏めることが出来ない。俺は行く当てもなく住宅街を彷徨い続けた。そんな中ふと見つけた公園のベンチに腰を下ろし、少し頭の中をリセットしようとしていたのだ。

 そして今に至るという訳である。

 

 歩夢「…いや、一旦状況を整理しよう…なんで木綿季は機嫌が悪かったんだ…?」

 

 と俺が自分にも分かりやすいよう声に出してぶつぶつと呟いてしまえば、それはもう完全なる不審者である。保護者のママさん達は、俺に注視する子供たちに「見ちゃダメよ」と声を掛けているのだ。

 …なんかすいません。でも、こうしないと深く考えれないんです。…そう。これはそもそもの話だが、やっぱり何をどう考えても、今日のユウキは何処か不機嫌だったのだ。普段はこうも機嫌の悪くなることのないユウキがああなってしまうとは…やはり、俺が何かしでかしたのが原因だろうか?

 しかし、俺には全くもって思い当たる節がない。強いて言うならば、昨晩ALOの世界にて、ユウキが大事に取っていたタルトを知らずに食べてしまったことぐらいだが…ユウキはあの時笑って許してくれた(今度もっと美味しい食べ物奢る条件で)わけだし…その可能性は低いか。だったらどうして…?

 

 歩夢「……生理……?」

 

 その時不意に、俺は思い出したのだ。確かネットの情報で、女の子は生理前にイライラしやすくなる傾向にあるというデータがあったはずだということを。

 あっ!と一つの正解に辿り着いた気がした俺は、すぐさまスマホを利用して「生理前 イライラ」と検索するのだ。そしてやはり、その情報に間違いはなかった。大小個人差はあれども、生理前と言うのは、女の子が最もデリケートになるタイミングらしい。

 

 だがここで問題が生じる。と言うのも、俺はユウキの生理周期を把握していないのだ。「そんなの彼氏失格では?」と言われてしまいそうだが、ユウキに直接「生理周期教えて?」などと言うのはデリカシーに欠けるかと思われたし、これまでのユウキは生理に悩んでいる様子も伺えなかったし…しかしまぁ、そのせいで喧嘩にまで発展してしまった可能性があるのだから、デリカシー云々の前にちゃんと知っておくべきだったのだろう。

 もしユウキが、絶賛生理前だというのならば話は早い。となると、俺はユウキの生理周期をどうにかして確かめたい。だがこの状況で本人に聞くわけにもいかない。ならばここで頼れるのは──そう、女友達というわけである。

 ユウキと付き合いが長いアスナは…通話中か。同じぐらい一緒に居たアルゴは…うん、情報料取られそうだからやめとこう。ユナは受験とかで忙しいだろうし、となると続いて付き合いの長いリズベットは…電話に出ないか。だったら…。

 数人の候補者を模索した末に、俺はその人に電話を掛けた。すると数回のコールの末に、電話越しに声が飛んできた。

 

 「…どうしたのよ」

 

 歩夢「あぁ、ミト、出てくれたか」

 

 その人とは、出逢った当初はどうなるかと思ったが、なんだかんだでユウキとかなり仲良さげなミトである。少し間があった後にミトの声が聞こえてきて、俺が適当な言葉を返すと、彼女は戸惑ったように続ける。

 

 ミト「アルファが私に通話なんて、珍しいじゃない」

 

 歩夢「多分初めてだな。ちょっとミトに聞きたいことがあってさ」

 

 ミト「…なに?」

 

 歩夢「ミトって木綿季の生理周期知ってるか?」

 

 ミト「…」

 

 そして俺が早々に本題を切り出すと、ミトは一度黙り込んだ。すぅーとため息か深呼吸か良く解らない呼吸音が聞こえてきたかと思うと、彼女は大層呆れたような声色…画面の向こうの彼女の表情が推測できる程に…で答えてくれた。

 

 ミト「…アルファ。それ、本人以外に聞いて良いことだと思ってる?」

 

 そんなミトに対して、俺は見えないだろうが懸命に首を横に振ってから、即座に言葉を返した。

 

 歩夢「あんまり思ってない。でも今は…ちょっと、な…」

 

 答える俺の歯切れの悪い様子を受けて、頭のキレるミトは、その全てを察したのだろう。少し心配したような様子で、俺に訊ね掛けてきた。

 

 ミト「なに、ユウキと喧嘩でもしたの?」

 

 歩夢「うん…まぁ、そんなとこだ」

 

 ミト「…愚痴とか聞いてあげよっか?」

 

 歩夢「…いや、大丈夫だ」

 

 ミト「そう…で、ユウキの生理周期が知りたいってことは…それが原因で喧嘩になったんじゃないかってこと?」

 

 歩夢「あぁ」

 

 ミト「多分アルファの正解なんじゃない?確かユウキ、月の初めだって言ってたし」

 

 歩夢「そうか!マジで助かったぜ!」

 

 ミト「優しくしてあげなさいよ?女の子は繊細なんだから」

 

 歩夢「それはもう十分思い知った。サンキューな、ミト」

 

 ミト「ん、じゃあまたね」

 

 歩夢「おう、じゃあな」

 

 ミト「バイバイ」

 

 とそこで向こうから通話を切られたので、俺も通話画面を閉じる。

 ミトからユウキの女の子事情を聞き出せたのは、実に喜ばしい出来事であった。ユウキの生理周期が大体月一の月初めだと言うことならば、十月初めなこの日の条件にも適合している。

 俺は男だから、生理って言うのがどれほど辛いものなのか、想像も出来ない。だけど、普段は苛立ちの片鱗さえ見せないあのユウキが、こうも気が立つほどである。それは相当なのだろう。

 これはこちらの配慮と優しさが足りなかった結果だと、先程の口喧嘩に自分の多大なる反省点を見た俺は、ようやくベンチから立ち上がった。

 本当は、ユウキに「ごめん」って謝りにいく前に、キリトに電話しようかと思っていた。女の子の日に喧嘩したらどうやって仲直りすればいいかについて、赤裸々に教えを乞おうと思っていたのだが…まぁ、それぐらいは自分でなんとか頑張ることにしよう。

 と言ってしまえるほどだから、俺にもしっかり算段がある。実は俺、ユウキの家に持ってきていた傘を置きっぱなしなのだ。

 要するに俺の作戦としては、傘を取りに来た体裁でユウキの家を訪れ、もしそこでユウキが、まだまだ生理でイライラしているようだったら、今日は大人しくお家に撤退だ。日を置いて話し合いが出来そうなときに、仲直りすることにしよう。

 一方、もしユウキが幾ばくかの冷静さを取り戻し、喧嘩のことを後悔しているような雰囲気だったら、その場でごめんなさいを言い合おう。

 

 公園を出る頃には、保護者と子供たちは、既に帰路に着いているようだった。辺りは閑散としており、時刻ももうとっくに六時半を過ぎている。曇天だった今日の空は、暗い灰色に染まっていた。

 あんまり適当に住宅街を歩いてたもんだから、ここが何処なのか、俺には良く解らなかった。なんとなく勘で通って来たであろう道を戻っていくと、やがて見覚えのある道筋に辿り着く。

 ここからならユウキの家の方向も分かるぞと、俺が左側に曲がろうとしたその時だった。

 

 歩夢「あ…」

 

 そこには、何故か部屋着のまま外に飛び出していた、ユウキが居たのだ。

 

 

 

 

 

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 ──そもそもボクは、アルファがお家に帰ったものだと思っていた。ボクの計画としては、駅に向かうまでの道中でアルファに「さっきのこと謝りたいから、今から歩夢のとこ行ってもいい?」と連絡し、それでアルファにオッケーもらえたら向かうつもりだった。

 貰えなかったら…多分、本格的にアルファを怒らせちゃったんだって、ボクは一層、取り返しのつかない自分の浅はかな行動を後悔していたのだろう。だけどアルファは…。

 

 木綿季「あ…」

 

 …何故か、曲がり角から現れた。その突発的過ぎる事態に、ボクは暫し固まる。

 対するアルファも、ここにボクが居ることは想定外だったのか、同じように硬直を強いられていた。でもいつまでも、こうしているわけにはいかない。ボクはなけなしの勇気を振り絞って、先に彼に声を掛けたんだ。

 

 木綿季「…その…今からボクの家、来てくれないかな…?」

 

 歩夢「え…木綿季が良いんだったら…」

 

 木綿季「良いよ…歩夢に話さなきゃいけない事、あるから…」

 

 そんな短い会話の末に、ボクはアルファとお家を目指して歩いていく。その会話内容は、まるで初めて恋人をお家にあげるような聞こえ方もするかもしれないけど…実際のボク達には、そんな初々しい雰囲気は流れていない。

 いつもみたいに並んで歩くことはなく、ボクが前を、アルファが後ろをついて来る。当然お互いに何も喋ることもない。いつぶりだろうか。心地良い沈黙とは真反対の、居心地の悪い雰囲気がただその場には漂っていた。

 だけども、さっきまでのボクらと違うのは、そこにギクシャクした空気が流れていないことだ。

 

 やがてボクの家に辿り着くと、玄関ドアを開けて靴を脱ぎ…とここで、アルファは靴を綺麗に整えてくれた…手洗いうがいを済ませる。そしてリビングルームへと移動し、ボクが一旦温かい緑茶をコップに注いで、それをアルファが突っ立っている近くのテーブルに置いておいた。

 ボクもアルファも一切口を利いていない。だけどボクは、アルファにお茶を出し、アルファは言われた通り靴を綺麗に並べた。と言うことはつまり、ここにお互いが集まったのは、喧嘩の続きをしに来たわけではないのは明白だと思う。

 それでも、何から最初に切り出せばいいのか、ボクもアルファも分からないでいるのだ。どっちも腰を下ろすことはなく、少しだけ間を開けて立ち尽くしている。リビングにはそれからも、暫しの静寂が流れていたけれど、それを先に破ったのはボクの方であった。

 ふっとアルファの瞳を見据えると、ボクは誠心誠意の気持ちを伝えた。

 

 木綿季「歩夢…ごめん。ボク…自分のことしか考えてなかった。今日はイライラしてて、それで歩夢に八つ当たりしたんだ…。さっきの口喧嘩、ボクが悪かった。嫌な気持ちにさせて、ごめんなさい」

 

 その謝意の全てを言葉にしたボクは、一度深く頭を下げた。その時ボクは、アルファから一言二言の恨み言とか文句を言われる覚悟だったのだ。だって、この喧嘩の全ては、ボクが一方的に悪かったのだから。

 だけどアルファは違った。再びボクがアルファの方を見やると、彼は…ボクと同じく頭を下げたのだ。

 

 歩夢「…俺もごめん。俺も木綿季のこと、全然考えられてなかった。木綿季がイライラしてるって分かってたのに、ちゃんと優しく出来なかったし、俺の木綿季像押し付けてたかもしんないし…それに、木綿季は女の子の日が近いんだろ?それが原因でイライラしてるんだから、俺の思いやりが足りなかったのが悪い。俺がもっと前から、木綿季の生理周期把握してなかったのが悪いんだ。本当に、ごめんなさい」

 

 となると無論、ボクは驚愕するのである。

 …だって、どうしてアルファが、さっきの出来事にここまで謝る必要があるだろうか。アルファの配慮が足りなかったとかそう言う以前の問題に、ボクが感情をコントロール出来なかったのが悪いのだから。

 本気で済まなそうに謝るアルファを見て、ボクは慌てて口を挟んだ。

 

 木綿季「な、なんで歩夢が謝るの?歩夢は何にも悪くないんだよ?ボクが全部悪くて──」

 

 そしてボクが、一生懸命になって、アルファに如何にボクが悪かったのかを説明しようとすると──彼は、穏やかな微笑みを向けながら、ボクにこう言ってくれたんだ。

 

 歩夢「俺も木綿季も、お互いに反省点に気が付けたんだからさ、あれはどっちも悪かったんだから、二人一緒にごめんなさい、それでいいんじゃねぇの?」

 

 木綿季「…ボクのこと、許してくれるの…?」

 

 歩夢「いや、許すも何も、一緒に課題解決していかなきゃ恋人なんてやってられねぇだろ?」

 

 木綿季「…そっか。ありがとね、歩夢」

 

 歩夢「ん、こっちこそありがとな、木綿季」

 

 アルファに許しを求めていたボクに、彼はそう言ってくれたのだ。

 その言葉はちょっぴり奥が深い気がしたけど、要するにアルファは、恋愛にはお互いが夢中になるような情熱だけじゃなくて、一緒に困難を解決出来る力だったり、お互いを思いやる敬意なんかが必要ってこと言いたかったのかもしれない。

 そう言えばこれは、有名な心理学の理論として確立されていた気がするけど…アルファはそれを知った上で言ったのかな?

 そうしてボクとアルファは、お互いの足りなかったところを認識し、それを交えてごめんなさいの気持ちを交わしたのだ。その最後には、お互いにハグを交わし合って、身体全体でこの気持ちを共有する。

 ここでボクが、仲直りのキスを求めなかったのは…なんだか、それはちょっと安っぽい気がしたからだ。

 

 歩夢「そういう意味だと、この口喧嘩も意味あったかもな。俺達、普段ぜんっぜん喧嘩しねぇし」

 

 木綿季「なにそれ。喧嘩なんてしない方がいいじゃん」

 

 歩夢「まぁ経験としてな」

 

 お互いに身体をぎゅーっと抱き締めた後に、二人揃ってソファに腰掛けたボクらは、ここで今日初めてのまったりタイム突入である。

 そんな中アルファにそう言われて、ボクは確かにねと思わされる。勿論、喧嘩なんてしないに越したことはないという気持ちは変わらない。ボクが納得したのは、些細なものから強烈なものまで、それらを総合したアルファとのいざこざの少なさであった。

 ボクらが初めて喧嘩したのは、七層の時だし、二十五層の後は、ちょっとアルファがギクシャクしてた。ボクがSAOで迎えた初めての誕生日は、今度はボクが勝手にピリピリしてたし、アルファが初めてボクの病室に来てくれたその日なんて、もうこれ以上にない程の大喧嘩をしたんだ。

 それ以外にも、ボクとアルファの意見が食い違うことはあったんだろうけど、それは表立って喧嘩にまで発展してしまうことはなかった。だからボクの記憶には、あんまり強く印象付いていない。

 

 木綿季「…そう言えばさ、ボク歩夢に女の子の日のタイミング教えたことなかったと思うんだけど…言ってたっけ?」

 

 歩夢「あー…」

 

 とそこで、ボクはふと疑問に思っていたことを、アルファに訊ねたのだ。ボクの記憶の限りだと、やはりそれはアルファに伝えていないことのはずだ。

 ボクの問い掛けに、何故だか決まりの悪そうな声で反応したアルファは、今度は軽々しく顔の前で両手を合わせて、冗談っぽく言った。

 

 歩夢「悪い!木綿季が不機嫌になっちゃった原因知りたくてさ、さっきミトから聞いたんだ!」

 

 木綿季「うん、それ自体は別に良いんだけどね…友達経由で知られるのは、ちょっと恥ずかしいかな…」

 

 …なるほど、ミトからの情報だったんだ。確かミトとは、皆と一緒に女の子の日の辛さを暴露する大会開いたしね。知ってて当然だよ。

 アルファはそれから、最初はアスナに聞いてみようと思ったんだけど、電話に出て貰えなくて…と、それまでの過程を話したりしてくれた。だけど、ボクにとって重要だったことは、これで今日からボクは、また一つアルファにボクを知ってもらえたという事実だったんだ。

 ボクの大事なことをアルファに知ってもらえるのが、そしてそれを大切に記憶してくれることが、凄く嬉しいのだ。

 

 歩夢「…木綿季の周期は、大体一カ月って認識で良いんだよな?」

 

 木綿季「そうだよ。今のところは、大体一カ月間隔かな」

 

 歩夢「そんじゃあこれからは、月初めはちょっと気を付けとく」

 

 木綿季「気遣わせちゃってごめんね、ボクも出来るだけ気を付けることにするから。…でも、前まではこんなに酷くなかったんだ。だからボクは大丈夫なタイプなのかなって、歩夢には言ってなかったんだけど…」

 

 歩夢「へぇ、そうなのか。まぁ、辛かったら言ってくれ。俺が如何にか出来るわけじゃないけど…色々サポートするからさ」

 

 木綿季「うん、頼らせてもらうよ。…あ、歩夢が勘違いしてるみたいだから言っとくけど、ボク今が女の子の日だからね?ボクは生理前よりも、生理の時に感情が爆発しちゃう感じらしいんだ」

 

 歩夢「ん、了解だ」

 

 と今後似たような失敗を冒さないよう、ボクとアルファはしっかりと、ボクが女の子の日の対応マニュアル的なものを簡単に打ち合わせてしまう。

 するとアルファは、ふぅ~と大きな安息のため息を吐きだした。そしてそのまま、ドサッとソファーの背もたれに身体を預けてしまう。そんなアルファの様子が気になったボクは、疑問を呈してみたのだ。

 

 木綿季「そんなにリラックスした息吐き出してどうしたの?」

 

 ボクの問い掛けに対して、彼は若干の苦笑いで答えた。

 

 歩夢「俺さ、木綿季に大事な話があるって言われた時…別れ話でも切り出されるのかと思ってたんだ。だから、超安心したって言うか…」

 

 そんなアルファの言葉に、ボクはクスクスと笑い声を洩らしちゃう。彼はキョトンとこちらを眺めているけれども、ボクはそれをおかしく思わずにはいられなかった。

 

 木綿季「ボクが歩夢に別れ話?そんなのするわけないでしょ。ボクにとっては歩夢がぶっちぎりの一番なんだから」

 

 だってアルファは、ボクに沢山の愛を贈ってくれているのだ。それも、絶対に心の中心から離れない、離せない、離したくないほどの濃い愛を。だったら、そうしてアルファに射止められてるボクが、何を思って別れ話など吹っ掛けるのだろうか。

 そんな意味を込めてボクが言葉を返すと、彼は小恥ずかしそうに笑った。

 

 歩夢「現状一番か。そりゃ嬉しいぜ」

 

 木綿季「現状じゃなくて固定なんだけどね。歩夢は変なとこで謙虚だよ」

 

 アルファが恥ずかしさ故に自分を下げる癖をここで発動させていることを見切りつつ、ボクはしっかりとそれを指摘しておいてあげた。

 次の瞬間、グ~…と、リビングルームに大きなお腹の音が鳴り響く。しかも二人分だ。そこでボクらはようやく気が付く。もう既に時刻は、夕ご飯時を過ぎ去っていることに。

 盛大な空腹音になんとも言えない笑みを浮かべ合いながら、ボクはソファから立ち上がると、アルファにこう言ったのだ。

 

 木綿季「折角だし、今日はボクの家で食べて行きなよ!ボクが今から作るからさ」

 

 そんなボクの提案に、同じくソファから立ち上がったアルファは、笑顔で言い返してくる。

 

 歩夢「そんじゃあお言葉に甘えさせてもらって…でも、木綿季ばっかりに料理させるわけにもいかねぇからさ、俺も一緒にな?」

 

 木綿季「じゃあ今日のディナーは、二人一緒に作ろっか!」

 

 そうしてボク達は、些細な喧嘩の仲直りを経て、その日は楽しいクッキングタイムを過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから一週間と少し。今日もボクはアルファと、実に万事順調な生活を送っていた。

 本日七度目の鐘の音が鳴り、帰還者学校生が放課後となったその三分後、ごった返す廊下をスイスイと通り抜け、ボクは逸る足取りでアルファのクラスに到着した。

 今の彼は、廊下側窓際の最前列に席を構えている。だからアボクは、ルファへ飛び込むように教室内に突入するんだ。帰りの準備に追われて、ボクが来たことに気が付いていない彼の肩にポンと手を乗せ、元気よく声を掛ける。

 

 木綿季「あーゆむっ!か~えろっ!」

 

 歩夢「うおっ、随分早かったな…」

 

 木綿季「七限が体育だったからね、着替えてすぐに来たんだ」

 

 歩夢「あ~、そう言うことか」

 

 ボクの登場に驚き声をあげたアルファには、その理由をちゃんと説明してあげる。納得顔を浮かべた君には、周りに彼のクラスメートが居ないことを確認してから、笑顔で小さく呟いてやるんだ。

 

 木綿季「もう秋だけど、ちゃんと汗の処理はしてるから、匂いは大丈夫だと思うよ?それとも歩夢は…汗だくのボクが好み?」

 

 歩夢「…学校の中…いや、衆人の前では小声でもそういうのやめてくれ、頼むから。ほら、なんか気づいてるアスナが、俺を蔑むような目で見てくるから」

 

 するとアルファは、本気で困ったような表情を浮かべてそう言うのだ。

 そこでボクも、ちょっと離れたところに居るアスナに視線をやると…「うわ~、アルファ君ってユウキにそういうこと言わせてるんだ…」みたいな様子で、確かに彼女はこちらを凝視していた。

 まぁ、今のはアルファのこと揶揄おうと思って、ボクが自発的に言ってみただけなんだけどね。これはちょっとアルファが可哀想だなと思ったボクは、せめて学校内では自重してあげることにした。

 やがてアルファの準備が完了し、彼がクラスメートに「また明日」と声を掛ける。それに合わせてボクも手を振り終えると、そこからは下校デートだ!

 

 木綿季「ね、歩夢。下校って、デートに含まれるのかな?」

 

 歩夢「なんだそのバナナはおやつに含まれるか問題的なやつは」

 

 木綿季「ボクはバナナはフルーツだと思うけどね。おやつには入らないよ」

 

 歩夢「俺も同感だ」

 

 教室を出て廊下を歩き、昇降口でお互いに靴を履き替えてから、正門へ向かっていく。その途中にボク達の下校姿を見た学生たちから、「やっぱり一井先輩と木綿季ちゃんって仲良いよね~」だなんて声が聞こえてきて、「そうでしょそうでしょ?」とボクのルンルン気分も上々だ。

 

 歩夢「…で、下校がデートに含まれるかは…個人的には、含まれない、だな」

 

 木綿季「そう?ボクは下校もデートだと思ってるけど」

 

 歩夢「ん~、だって、デートってもっと特別な感じじゃないか?下校はさ、デートと言うよりは日常って感じかな、俺としては」

 

 木綿季「歩夢はデートが特別なものであって欲しいんだ」

 

 歩夢「あぁ、その方が日常と比較出来て、一層デートが楽しくなるからさ」

 

 木綿季「じゃあボクにとっては毎日デートなのかな」

 

 歩夢「それ絶対デートに飽きるぞ」

 

 木綿季「デートが日常だから大丈夫~」

 

 最近のマイブームは、アルファと色んなものの定義を語らうことだ。こうして「あれはどう思う?」「これはどう思う?」と様々なことを訊ね合いつつ、一つのことを深堀していくと、お互いの価値観のどういうところが違っていて、一方どういうところが似通っていて、より深くアルファのことを理解できる気がするんだよね。

 と同時に、ボクももっと、アルファに自分というものを知って欲しい。こんな話以外にも、今日の学校ではこんなことがあったとか、そんなありきたりな毎日を共有し合っていると、すぐにボクの下校デートは終わってしまうんだ。

 毎度思うことけど、本当に、楽しい時間は一瞬だ。気が付くと、いつの間にかボクの家の前まで辿り着いてしまう。そして今日もボクの家までついて来てくれたアルファを、ボクはいつも通り家に招き入れようとするのだ。

 

 木綿季「さ、今日も宿題頑張ろっか」

 

 歩夢「あ…悪い。今日はちょっと急用があって、家に居とかないとなんだ」

 

 木綿季「そういえば朝も言ってたね。ボク忘れてたよ」

 

 とそこでアルファに断られた時、ボクはちょっぴり寂しかったんだけど、登校の時にアルファはそれをボクに言ってくれていた。これはボクのミスだねと、済まなそうにしているアルファにこっちの方が申し訳なくなる。

 もうバイバイなのは名残惜しいけど、アミュスフィアを使えば会えるだろうし、ボクはここでアルファと一旦のお別れとなったのだ。

 そうなると、そこからの一人暮らしの学生は忙しい。手洗いうがいしてラフな格好に着替えて、洗濯回して取り入れて、畳んでご飯作って…幾ら時間があっても足りない。だけども一人暮らしを始めた頃と比べると、ボクも大分スムーズに家事を行えるようになったのだ。

 夕食を食べ終えたボクは、今日は一人で、来週までの課題に取り組もうと…。

 

 木綿季「…あ、シャー芯無くなってる…」

 

 どれだけデジタル化が進もうとも、実際に紙に書いてインプットすることが効率的であることに変わりはない。復習がてら英単語を書き出すためにシャーペンを握ったボクは、そこで芯が一本も無いことに気が付いたのだ。

 しかも予備だって無い。こうなって来ると、シャー芯を買いに行かざるを得ない。ボクは家の鍵を閉めて、近くのコンビニへと向かうことにした。

 暫く夜の住宅街を歩いていくと、暗い住宅街とは違ってキラキラしている駅近くのコンビニエンスストアに辿り着く。独特の入店音を聞きながら、すぐにお目当てのシャー芯を確保した。

 そしてボクは、そのまま真っ直ぐお家に戻る…ことは出来ない。だって、コンビニにはたくさんの誘惑があるのだ。無駄遣いはダメだよと思いつつも、抵抗虚しくふらっとスイーツ販売エリアに吸い寄せられたボクは、そこで良いものを見つけたのだ。

 

 木綿季「クリーム…ぜんざい…!」

 

 ボクの目の前には、それはとてもとても美味しそうなクリームぜんざいが二つ並んでいて…瞬間、ボクは素晴らしいアイデアを思い付いたのだ。

 きっと、和菓子が大好きなアルファは、この商品を気に入るはずだ。これは限定商品らしいから、今日を逃したらもう買えないかもしれない。しかもお誂え向きに丁度二つ残ってるなんて、これはもう神様が導いてくれているに違いないよ…。

 そうやって都合の良い言い訳を重ねたボクは、それを二つ購入することにした。コンビニ袋に二つのおぜんざいをぶら下げながら、ボクが向かう先は駅のホームである。

 

 つまりは、ボクが思い付いた良い事とは、今からボクがアルファのお家に押しかけて、サプライズスイーツを届けると言うものだ!

 

 アルファは今日家に居ないといけないって言ってたし、そっちに向かってアルファは居ませんでしただなんて悲しい結果にもならないだろう。アルファの家で一緒にスイーツを食べて、それでお家に戻っても、時間的には問題無いはず…。

 なんてボクは思っているけれど、実際のところは、時間的には問題アリアリだ。今は午後八時だから、アルファの家まで片道一時間だし、帰って来るのは十一時前になってしまうだろう。それでも恋心というものは、時としてその本人を無敵モードにしてしまう。

 アルファの驚く顔と嬉しそうにしてくれる顔がすっごく楽しみで、ボクは心躍らせながら電車に乗り込んだ。彼の住居は駅から近いので、電車を降りればすぐに辿り着く。

 マンションの白いエントランスに辿り着くと、今日は偶々、前のサラリーマンがドアのロックを解除してくれた。それに合わせてボクも通り抜け、エレベーターに乗り込む。

 数回分上昇してからエレベーターを降りて、人工照明で輝く街並みを眺めながら、ボクは彼の家の黒いドア前まで辿り着いたのだ。

 …アルファのリアクションはなんだろうね?「わっ」かな?「うおっ」かな?それでボクがクリームぜんざい取り出したら、「よくやったぞ、木綿季!」って頭なでなでしてくれたりするかな?

 ボクはアルファの妄想で頭の中をいっぱいにしながら、銀色のドアノブに手を掛けたのだ。

 とそこで、違和感に気が付く。なんと、アルファの家の玄関ドアが、ロックされていない気がしたのだ。不用心だなぁと思いつつも、なんだかそのままドアが開く気配を感じたボクは、ゆっくりとドアを引き開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木綿季「……ぁ……ぇ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてボクは、眼前に広がる光景を目にして、大きく硬直した。

 口から洩れだしたそれは、ボクの瞳に映る光景が衝撃的過ぎた余りに、確かな言葉となることはなかった。玄関から真っ直ぐ伸びる廊下の先、そのドアは押し開けられており、ここからでもリビングの様子が伺える。

 そしてその部屋の奥では……アルファが、ボクの知らない女性に、抱かれていたのだ。

 

 

 

 

 

 




 天気は下り坂だって、ちゃんと前のお話で言ってたよな…?

 次回の投稿日は、五月九日の月曜日となります。

 では、また第171話でお会いしましょう!
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