八百万の神々が、出雲大社からそれぞれの国へと帰る時期。恐らく、ほとんどの神々が元の国に到着している頃だろう。それは、ボクの人生の上では、非常に大切なタイミングでもある。
とは言え、何もボクは、神道的な考えに基づいてこの季節に感謝の念を抱いているわけではない。最近はめっきり教会に行くことがなくなったけれど、ボクは一応キリスト教徒の一人だ。幼少期からママには何度もキリストの教えを説かれているし、誰がなんと言おうと、ボクの根っこには、キリスト教的な価値観が存在しているに違いない。
であれば、どうしてボクがこの季節を大事にしているのか。それは単純明快──。
今この場…ALOのボク達のお家には、アスナ、ミト、リズ、リーファ、シノンの五人が集ってくれている。ユナ、シリカ、アルゴの三人は、残念ながら欠席だ。言わば女の子だけの秘密の集い。四角いテーブルを挟んで、六人椅子に腰かけるその様子は、緊迫感溢れる会議室を彷彿させる──。
ユウキ「みんな、今日は大切な話があるんだ」
そしてボクは、良く張った声で彼女たちに語り掛けるのだ。
一方彼女たちはどうだろうか。季節的には少し早いけど、温かいココアを右手に、そしてボクが用意した塩っけの効いたビスケットを左手に、全くもって締まりのないゆる~っとした雰囲気をその場に醸し出していた。
「やっぱりユウキの作るお菓子は美味しいわね」リズからはそんな声が聞こえてくる。するとシノンは「私も料理スキルあげようかな…」と何度目か分からない言葉を発する。まるで他人事だよ。でも確かに、これはみんなにはあんまり関係のないことだ。
そんな中、ボクに視線を合わせたアスナは、分かり切ったような表情で言うのだ。
アスナ「この時期ってことは、どうせアルファ君への誕生日プレゼントとかの話でしょ?」
ユウキ「どうせって言わないでよね。ボクにとっては一大事なんだからっ」
アスナ「ごめんごめん~」
そうだ。その通りだ。
みんなにとっては、アルファの誕生日なんて単なる友達の一人をお祝いする程度の認識なのだろうけど、ボクにとってはこれ以上になく大切な人の生誕祭なのだ。アスナの言葉にボクがプイと頬っぺたを膨らませてソッポを向くと、彼女は緩い様子で謝ってくる。
これは余談だけど、アスナには、ボクの勘違いでアルファが浮気したと説明しちゃったことには、事が解決したその日にしっかりと訂正を入れておいた。それを電話越しで聞いた時に、彼女は心底安心したような吐息を漏らしてくれた。ちなみにアルファ曰く、その日学校でのアスナは、なんか複雑な目で俺のことを見ていたのだとか。
リズベット「確か去年は、服プレゼントしたのよね?」
ユウキ「うん」
リズベット「じゃあ今年も服っていうのは…」
ユウキ「ダメ。ボクのプライドが許さない」
それは無理だ。ボクは常に、去年の誕生日プレゼントを越えていきたいと考えている。多分いつかはそれも難しくなるんだろうけど、アルファのお誕生日をお祝いするのは、まだこれで三回目だ。たったの三回で妥協に入るなんて、ボクのアルファへの想いが、なんだか軽く思えてしまう。だから二年連続同じ物は絶対に渡したくない。
そんなボクの固い意志が伝わったのか、彼女は難しそうな顔で唸り始めた。今年で十九歳になるアルファへの誕生日プレゼント。あと二週間ちょっとに控える彼の誕生日に向けて、ボクも色々と考えてはみたのだ。
勿論、去年アスナに言われたように、ボクはあんまり難しく考えずに、アルファに「なにあげよっかなー」と考えてみたわけだ。去年は歩夢のことが良く解らないだなんて悩んでたけど、実際にアルファと現実世界で接していると、アルファも歩夢も何にも変わらないことだって良く解ったし、じゃあ今年のプレゼントなんて、すぐに考え付くだろうと、ボクはそんな風に思っていたのだ。
でも実際には、ボクには良い案がさっぱり浮かんでこなかった。
これまで通り最高の贈り物を用意しようとする余り、中々その一つを見つけ出せないでいるというのも、その一つの要因ではある。だけど今のボクには、それ以上に困った要因が二つあった。
一つ目、アルファがお金持ちになっちゃった。いや、アルファがお金持ちになること自体は、ボクも全然迷惑じゃないんだ。ボクの生活費を賄ってくれるし、ボクの人生はもうアルファありきになっちゃってるし、寧ろ有難いことである。
じゃあどうしてボクが困っちゃったかと言うと、それは実に簡単な話だ。アルファ自身が沢山お金を持っていると言うことは、彼はその気になれば、なんでも買えちゃうと言うことである。
要するに、ボクがどんな誕生日プレゼントを選んだとしても、アルファにとってそれは、容易に入手できる価値の低いものでしかないということなのだ。最高の贈り物を目指す上で、そうなってしまうのはボクとしては避けたいものである。
二つ目、今年アルファから贈られたボクの誕生日プレゼントが、ボクのお家だったことだ。
日頃から、彼は惜しみなくボクにお金を使っちゃうから、なんだか最近感覚が麻痺していたけれど、改めて思い返してみると…いやいやいや、その誕生日プレゼントは規格外過ぎるよ!?お家って中古物件でも四桁行くんだよ!?もしかしてそれがアルファのボクに対する愛情の大きさなの!?だとしたらボクはすっごく嬉しいよ!?
なんて色んなことが頭の中に浮かび上がってきて、現在ボクがかつてのお家に住んでいられることに、ボクは今一度途方もない感謝を噛み締めたんだけど…となると、ボクが選ぶ誕生日プレゼントは、彼が渡してくれたものと比べてしまうと、言ってしまえばしょうもないプレゼントになってしまうのではないだろうか。そんな風に思わずにはいられなかった。
ボクもその気になれば、三桁ぐらいまでならなんとか出せるんだけど、そうしちゃうと、ボクの手持ち金がほぼゼロになっちゃう。そうなってもいい時は、それこそ、アルファと本当の意味で結ばれた時だけ…。
まぁ兎に角、そんな二つの大きな壁があるせいで、ボクは壁の前でオロオロと立ち往生するより他なかった。それでもどうにか捻り出したアイデアは一つある。それは、お金に換えられないプレゼントを贈るということ。だってそうすれば、その二つの問題点は突破出来るから。
暫くは言葉を発する代わりに飲み食いを続けるボク達だったけど、そんな中ふと、リーファが言った。
リーファ「そう言えばアルファさん、身体鍛えてるんですよね?」
ユウキ「え?うん、そうらしいけど…」
リーファ「それじゃあ、ジムとかに通ってるんですか?お兄ちゃんは、最近サボりがちなんですけどね~」
ユウキ「ん~…そう言う話は聞いたことないかなぁ…。でも、家でジジュートレーニング?してるとかどうとか…」
リーファに振られた話題に言葉を返しながら、ボクは頭の中の思い出アルバムを取り出し、些細な日常欄を開く。その全てを覚えている訳じゃないけど、事細かに記憶を想起していると、ある日アルファがそんなことを言っていた気がしたのだ。それを伝えると、リーファは勢い良く言うのだ。
リーファ「じゃあ筋トレ用具プレゼントしたらどうですか?あったら便利だと思いますよ~!」
ユウキ「お~、トレーニング用具かぁ~」
確かにそれは、ナイスアイデアかもしれない。ボクも思わず、リーファの言葉に賛同するように声を上げる。そしてボクは、アルファの誕生日に、筋トレ用具をプレゼントする自分と受け取る彼を妄想して…何処か、違和感を覚えた。多分、他の皆も同じようなことを考えていたのだろう。シノンが微妙な表情で言う。
シノン「でもそれって…アルファ、本当に喜ぶの…?」
リーファ「……びみょー…ですね…」
ユウキ「……最悪それでいこっか…」
…うん、これはちょっとハズレかもしれない。多分、アルファも嬉しいには嬉しいだろうけど、リアクションに困ってしまう気がする。そしてボクらの間に、また暫しの沈黙が生まれた。するとミトが、満を持してその口を開いた。
ミト「…手作りご飯。これはどう?」
ユウキ「あ~、それはね、プレゼントじゃなくて普通にやるつもりなんだ。だから除外かな」
ミト「それで充分プレゼントになってないの…?」
ミトが繰り出してくれたその提案は、ボクの求める正解に一番近しいものなのだろう。ボクが愛情込めて作る晩御飯は、きっと値段は付けられないだろうし、もしかしたらそれ以上の価値を生み出すことだって出来るかもしれない。
でも残念、それはアルファのお誕生日をお祝いする上での、プレゼント以外の企画だった。お家で一緒に料理することは度々あったけれど、ボクはまだ、本気の手料理を振舞うことはしていない。ちょっと前のボクだったら、手作りなんて絶対に失敗しただろう。でも今のボクなら、ちゃんと美味しいものを作れるはずだ。
という訳で、ミトが考案した一手は、確かに素晴らしい選択肢だった。でも今回はNGだ。
ユウキ「じゃあ、シノンは何か思いつかない?」
シノン「そうね…私は何も思いつかないけど…」
このメンバーで意見を聴収出来ていないのは、後はシノンだけだった。だからボクが問い掛けると、シノンはふかふかの耳をピクピクと動かしながら、顎に手を当てて視線を落とした。
…そう言えば、結構前に種族転生システムが実装されたけど…一度変更すると、元の種族に戻るまでに相当のクーリングタイムがあるから、結局ボクもアルファも転生してないんだよね。猫耳生やしてアルファに迫ったり、逆にアルファの尻尾で遊んだりしてみたいけど…流石にそんなことの為だけに、転生する気にはボク達もなれないんだ。
長考の末、シノンがこちらに視線を合わせると、その両手を上げた。
シノン「降参。私は何も思いつかないかな。でも、単純にボールペンとかマフラーとか、ちょっと頑張るなら、アルファの家にあったら便利そうな家電とか…そんな感じでもいいんじゃない?」
ユウキ「う~ん…でも──」
──それって、お金があったら買えちゃうからなぁ…。
とそれを言葉にしようとした瞬間、ハッと気が付いた。ボクの思考回路が、そもそも間違っていたということに。
ボクはアルファに笑顔になってもらうために、お金じゃ買えないような魅力的なプレゼントを贈りたかった。なのに今のボクは、贈り物がお金に換えられるか否かだけで判断していた。それはまさしく、ボクこそが金額で換算する価値に囚われていたのではないだろうか。
どうせボクのはした金じゃ、アルファに買えないような高価な物はプレゼント出来ない。だったらボクに出来ることは、どんな贈り物になろうとも、ボクの抱く気持ちを思いっ切り伝えることだけであろう。
まさに天啓。ボクが何をするべきか。それを真に理解したボクは、途端にみんなに向けて笑顔を浮かべた。
ユウキ「もう大丈夫!ボク、なに贈ればいいか分かっちゃった!」
リズベット「なに~、ユウキの名前が書かれた婚約届けでも差し出しちゃうわけ?」
ユウキ「それは数年後の予定かな」
リーファ「一応そこまで計画してるんですね…」
そうして、やるべきことを理解したボクは、十一月二十四日を心待ちにしたのだった。
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ぼったくり商人の経営する喫茶店に、俺は珍しい形で足を運んでいた。
一体なにが珍奇であるかと言うと、端的に言えばその組み合わせである。いつもであれば可憐な花が咲いているそこには、今日は可愛さの欠片もなかった。
正面には、カフェコートが余り似合っていない黒光りした大男が、右隣のカウンター席には、無精ひげがトレードマークな社会人が、そして左隣には、気取ったようにジンジャーエールの入ったグラスを傾ける青年がそこに居る。
本日、十一月二十三日。俺がこのメンツでエギルの店を訪れた理由は…まぁ、キリトに招集されたから他ならない。学校終わりに彼のバイクに乗せられて、俺はこの場に到着したのだ。
クライン「んで、なんだよこの集まりは?オレはァ有休潰してきてんだから、大事な話なんだろ?」
キリト「アルファ、なんでクラインが来てるんだ」
歩夢「なんでって…クライン今日暇だって言ってたから、呼んでみた」
クライン「おう、オレにはお笑い番組を見る大事な予定があんだけどな」
エギル「世間はそう言う奴を暇人と呼ぶんだ」
いつも通りだ。何年経とうとも全く変わらないこのやり取り、だがそれが俺達には肝心だ。四人で下らない会話を挟んだ後に、俺がキリトに訊ねる。
歩夢「で、今日は一体どうしたんだ?キリトが相談事なんて珍しいな」
キリト「あー、いや、それはだなぁ…」
マシュマロの溶けたココアに口をつけながら、俺が早速本題を切り出すと、彼は珍しく言い淀む。キリトがこうも迷うのであれば、それはもう相当な悩み事なのだろう。俺は息を吞んで彼の言葉を待った。
キリト「…やっぱり…家の中で二人きりになったら、そう言うことなのか…?」
歩夢「……は?」
そしてキリトがおずおずと繰り出した言葉は、余りにしょうもないことであったのだ。俺が間の抜けた言葉を返すと、彼は心外そうに言ってくる。
キリト「俺からすれば一大事なんだぞ!色々準備しなくちゃならないんだからさ!」
歩夢「…あぁ、ごめんごめん、そりゃそうだわな。ん~…クライン、教えてやってくれ」
クライン「オメェは俺のライフをゼロにするつもりか。ンなもんオレ様に分かるわけがねェだろ」
ここは社会人様の出番であろう。俺がクラインに話を振ってやると、彼は早々に戦力外申告してくる。
スペックは充分なのに、どうしてクラインには彼女が…と俺は彼に出会って以来何千回も考え続けているわけだが、そんなクラインにも最近、運が回って来たらしい。なんでもお相手は、去年の年末に出会ったスクルドさんだとかそうでないとか…。
キリト「クラインがそう言うのは分かってた。エギル、頼む」
エギル「まぁ、雰囲気だろうな。その時その場の雰囲気」
キリト「抽象的だな…」
歩夢「と言うか意外だった。リアルじゃまだだったのか」
キリト「まぁ…中々タイミングが無くてさ。と言うか俺がアスナの家にあがることにビビり過ぎて、全然そういう機会に巡り会わなかったって言うのはあるけど」
歩夢「まぁ、タイミングがないのは分かる。あと思ってる以上に色々大変だしな。万が一のことも考えると、結局仮想世界に戻ってくると思うぜ、俺は」
仮想世界においては先輩であったはずのキリトが、なんと現実世界では後輩君になってしまっていた。ここは年上の見せ所だと、俺は色々と彼に指南しておいた。きっと役に立つはずだ。
エギルは納得顔で俺の説明を聞き流しつつ、クラインは興味津々に耳を傾ける。そんな調子で相談事が一段落したその時、キリトがふと言った。
キリト「そういやアルファ、明日誕生日だけど、やっぱりユウキとデートするのか?」
歩夢「いや、デートは時間的に厳しいから、手料理振舞ってもらう予定なんだ」
実はつい一週間ほど前、ユウキから突然、俺の誕生日に手作りの晩御飯を作ってあげるとの申し出があったのだ。
勿論俺は喜んでそれを受け入れ、そこで何が食べたいかリサーチされたわけだが…まぁ、あんまり難しい料理を頼んでも駄目だろうし、俺だけが食べたいものをお願いするのもなんか違う。比較的簡単に作れて、ユウキも好きな食べ物…そのラインナップで考えた結果、俺はアレをお願いすることにした。
恐らく、今年の誕プレは手料理と言うことだろう。やはり誕生日プレゼントとは、貰えるものが大切なのではなく、それを選ぶまでにどれだけ相手のことを想って悩んでくれたのか。つまりは過程こそが重要なのだろう。色々考えた結果選び抜いた贈り物を、ドキドキしながら差し出してくれるあの瞬間が、誕生日プレゼントの一番のポイントなのだと思う。
なんて持論を思い浮かべていると、不意に、俺は去年のことを思い出したのだ。
歩夢「…そういやクライン、エギルの店で食べ放題する権利俺にくれたよな?」
クライン「あ」
キリト「有効期限は今日までだな。グッとタイミングじゃないか」
エギル「よし、今から最高の材料を使ってやる。その分値段は張るがな」
そうして、俺はその場で軽食を頂くことにした。勿論お財布が寂しくなったのは、去年適当なことを豪語していたクライン以外に有り得なかった。
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木綿季「歩夢ー、帰るよー!」
歩夢「ん、ちょっと待ってくれ。まだ準備出来てないから」
主役はアルファだというのに、何故だかボクの方が張り切っちゃっている今日この日は、待ちに待ったアルファの誕生日だ!
早くアルファをお祝いしたくて居ても経っても居られなかったボクは、授業が終わるや否や、超特急でアルファの教室にやって来たんだけど、一方彼はのんびりと帰宅準備中であった。
アルファの準備を待っている間に、同じくキリトがここにやって来て、アルファに例のチョコ菓子を手渡すと、「お前らはそれしか無いのか」とアルファは笑っていた。多分、ノーチラスも同じ物をプレゼントしたんだと思う。
遅れてシリカもやって来て、アルファの誕生日をお祝いしてくれて、アルファは一日中、クラスメートや家族からお祝いの言葉を受け取っているんだろうね。その照れ臭そうな笑顔を見ていると、こっちまで胸の温度がほんわかする。
結局、その場にボクらは集合しちゃったわけだから、どうせなら駅まではみんなで帰ろうと言うことになって、六人で仲良く通学路を進んでいくのだ。
シリカ「最近思うんですけど、アルファさんってユウキさんの番犬みたいですよね、学校だと」
歩夢「…どゆこと?」
リズベット「分かるかも。なんか、他の男が近寄らないようにユウキの周りうろついてる感じ」
歩夢「それは言い方的に褒めてないよな?確実に」
アスナ「まぁでも、番犬って言うより子犬のポチって感じだけどね~」
歩夢「……」
シリカから始まった三人の連携攻撃によって、アルファは何も言えなくなっちゃった。
確かにみんなの言う通り、アルファはよく、忠実にもボクの周囲で待機してくれている。初めて学校に行ったあの日も、ボクが言い寄られてるところで見せつけるみたいに振舞ってたし…アルファの行動には、そういう抑止効果も込められていたりするのかな?
だけども、彼のことをみんなよりも良く知っているボクからすれば、子犬と言うのは少々間違いがあるかと思われた。
木綿季「ん~、歩夢は子犬なんかじゃないよ。れっきとしたオオカミだからね」
そしてボクが何気なく放ったその言葉に、女性陣は大きく硬直した。
リズベット「え」
シリカ「あ、アルファさん…」
アスナ「…」
歩夢「…おい、なんで急に距離置くんだよ。俺は見境のない野生のオオカミじゃないぞ。ちゃんと首輪付けられてるぞ」
キリト「差し詰めオオカミ犬ってところか」
とキリトが美味しい所を掻っ攫って締め括ったところで、この話題はお終い。別にみんなも、本気でアルファがヤバい人だとは思っていない。そこからは距離を元に戻して、また別な話題を話し始めるのだ。
そうこうしていると駅に辿り着き、そこからは別々の帰路か、或いは途中下車だ。ボクとアルファも、電車でバイバイしてから途中の駅に降りると、そこからは二人きりである。そうなった瞬間、吸い寄せられるようにお互いの温もりを結んでしまう。
木綿季「どうする?一回解散する?」
歩夢「いや、そのまま木綿季ん家行こうぜ」
木綿季「りょーかい」
一度この後の予定をどうするか尋ねてみたけれど、彼は直行をご希望だったので、そのままボクの家へと向かうホームへ移動した。
暫く電車に揺られて星川駅に着いた頃には、黄昏時が濃い紫色に塗り重ねられつつあった。もうこんなに暗くなっているなんて…と、ボクはそんな不満を言葉にした。
木綿季「七限目まであると、遊ぶ時間が全然ないんだよね…」
歩夢「おっ、流石の木綿季さんも、そろそろ学校に嫌気が差してきましたか」
木綿季「ううん、学校は楽しいよ?ただ、すぐに暗くなっちゃうとさ、気分的に遊びに行こうにも行けないじゃん」
立冬の時期と言うこともあって、西日はたちまち落ちていく。七限が終了するその時は、まだ空が赤く輝いている時間だけど、こうやって電車に揺られているうちに、世界はどんどんと在り様を変えていくのだ。
アルファと遊びに行くことだけじゃない。友達と遊びに行く時間が減るのは、ボクとしては少々マイナスポイントである。学校が嫌いになることはないけど、七限目は即刻廃止してしまってもいいと思うな。
なんて会話を交わしながら、ボクらは並んで、似たような住宅街の通りを過ぎ去っていった。木枯らしが街を吹き抜け、うっすらと肌寒さを感じる。だけども繋いだその手は心地良い温度だ。
その中の一つの前で足を止めると、そこがボクのお家だ。他の人の家はどれも似たり寄ったりだけども、自分の家は簡単に判別がつく。家の中に入ると、靴を脱いで手を洗って、パチリと電気を点けた。リビングダイニングが白い灯りに照らされて、ボクらの姿見もハッキリと見える。
隣に立つアルファに視線を合わせると、とそこで、ボクはふと違和感に気が付いた。
木綿季「歩夢…また身長伸びた?」
歩夢「お、良く解ったな。伸びたぜ」
そのしっくりこない感じの正体は、アルファの背の高さであった。それを発見出来たのは、ボクの想定している所に視線をやっても、彼と目を合わせられなかったからだ。ボクの問い掛けに自信満々の様子で返事をしてくれたアルファは、更に笑顔で続けた。
歩夢「なんと身長170センチ!すげぇだろ!!」
ドヤァ、その表現がここまで似合う場面を、ボクは他に見たことがない。心底嬉しそうな表情でそう告げてくれるアルファだったけど、今日のボクは優しく「凄いねぇー!」とは言ってあげないことにした。ちょっといじめたくなっちゃった。だからふーんとした表情で言い返すのだ。
木綿季「でもそれって、平均身長以下なんじゃないの?」
するとアルファは、むぐっとその口を閉ざしてしまうのだ。だけどまだ何か反論出来る材料があったのか、小さく言い返してくる。
歩夢「…俺の見たデータだと、171センチだったし…」
木綿季「それ普通に足りてないじゃん…」
歩夢「…まだ伸びるから良いんだよ」
木綿季「えー…もういいよ、身長伸ばさなくて」
とアルファは執念の籠った表情で言ってくれたけど、アルファこれ以上身長を伸ばさないで欲しいというのがボクの本音なんだ。
恐らく、それはアルファにとっても意外なことだったのだろう。「は?」と疑問たっぷりの言葉を送ってくれたので、ボクもその訳を話してあげた。
木綿季「だって、これ以上アルファが大きくなっちゃったら、ボクからアルファにキス出来なくなりそうだもん。身長差が厳しいよ」
歩夢「あー…なるほど…」
要するに、そんな程度の理由だ。だけどボクにとってはこれまた一大事だ。今はまだアルファの唇がボクの射程範囲内だけど、これ以上となると背伸びしても少々難しい。となるとボクから出来るドギマギ攻撃が一つ失われることになるのだ。
ボクの言わんとすることに納得したように、彼は身長とボクの二つの欲求で板挟みになっているみたいだった。だからボクは、そんなアルファを手助けするために、彼の頬に手を添える。
木綿季「だからね、ボクが今から魔法を掛けてあげる。もう大きくなれないようにね?」
歩夢「おいやめろ!それは魔法じゃなくて呪いだ!!」
などとアルファは慌てて言ってくれるけど、でもアルファはその場から逃げ出さないじゃん。なんだかんだ言っても、ボクからの魔法が欲しいんでしょ?ボクはそっと、彼の唇に自らの唇を重ねた。アルファの唇はいつだって柔らかい。手とか身体は男の子っぽくゴツゴツしてるのに、唇はずっとふんわりしている。
木綿季「…はい、これでオッケーだよ」
歩夢「…まぁいっかとか思ってる自分が怖い…」
そうして、今後はボクの伸びた身長分しか成長出来ないよう魔法を掛けておいたボクは、そこからは本題に取り掛かるのだ。
木綿季「ハンバーグで良かったんだよね?」
歩夢「そうだけど…ホントに一人で作れるのか?俺も手伝うぞ?」
木綿季「歩夢はボクのこと舐め過ぎだよ。ボクだってもうそれぐらい出来るんだから。ほら、テレビでも眺めながら適当にソファーで寝転がっててよ」
歩夢「はいはい…」
まさか、数か月も一人暮らしで自炊を重ねているボクが、今更生焼けのハンバーグを爆誕させてしまうとでも思っているのだろうか。ボクを余計に心配するアルファの背を押してソファーに吹っ飛ばしてしまうと、ボクはそのままキッチンに立って、今日の晩御飯を調理し始める。
誕生日の日に、ボクが手料理を振舞ってあげると言ったその時、アルファはパッと表情を輝かせてくれたんだ。そんな彼に食べたいものをリサーチした結果が、ハンバーグと言うことだ。
お肉屋さんの美味しいひき肉も用意してあるし、一週間前に一応練習もしておいた。今日は絶対に美味しいものが作れる自信がある。さっきアルファとキス出来たこともあって、ボクは上機嫌に、玉ねぎを刻んだりボウルの中身をこねたりしていく。その間にも、付け合わせの野菜やアルファの好きなお味噌汁を同時進行しつつ、数十分後には、料理の全てが完成した。
木綿季「完成したよ~」
歩夢「見た目は完璧だな」
木綿季「味も最高に決まってるでしょ。頂きますしよ?」
ボクが声を掛けるや否や、キッチンに突撃してきたアルファは、そこに並べられた料理の数々を見て、「おおっ」と声をあげてくれた。そのまま二人で食器を配膳して、今日は向かい合わせに座る。
二人一緒に手を合わせて合掌すると、晩御飯の始まりだ。アルファは早速、ふっくら焼けたハンバーグに切り込みを入れる。そしてそれを口に運ぶと──。
歩夢「…美味しい…すげぇ美味いな」
何度かモグモグと口を動かして、ハンバーグを飲み込んでから、彼は感動したような吐息を漏らし、ボクに笑顔でそう言ってくれた。
そして彼は、パクパクとボクの愛情詰まった料理を食べ進めてくれるのだ。そんな彼の様子をしっかり目に収めるために、今日は隣じゃなくて向かいに座っている。お箸の進むスピードからして、本気でボクの手料理を美味しいと思ってくれたのだろう。そんな様子を見ていると、ボクもニコニコと笑みを零してしまう。
…数年後のボクらは、こんな感じなのかな?でも、アルファはもう不労所得があるし…ボクが働いて、アルファが主夫やって…なんて可能性もあるよね…。
なんて妄想を捗らせながらご飯を食べ進めて、やがてご馳走様をする。するとアルファは、ふぅと息をついてボクに言った。
歩夢「木綿季も料理上手くなったな…最高だ…」
木綿季「そう言ってもらえるなら、ボクも嬉しさでいっぱいだよ」
…やった!アルファに最高って言われちゃった!
心と身体に続いて、遂には胃袋まで掴んでしまったボクは、もうこれ以上にない程にアルファを骨抜きに出来てるんじゃないかな?流石にそれを言葉にするのは恥ずかしかったから、他の言葉で気持ちを伝えてから、ボクらは協力して食器洗いを済ませる。
まだ時間には余裕がありそうだったので、ここからは学校の課題を…いつもならやったんだろうけど、今日はそんなの無理だよ。ボクはアルファとソファーに腰を下ろして、お互いに肩を預けてテレビをボーっと眺めながら、穏やかな時間を過ごすのだ。
だけども、いつまでもそうはしていられない。まだ肝心のことが出来ていないのだから。
木綿季「歩夢、ボクちょっと二階行ってくるね」
歩夢「ん、行ってら」
そうしてソファーから立ち上がったボクは、早足に自室へと駆け込み、机の上に置いてある黒い包装の為された箱を手に取る。これがボクの贈る、アルファへの誕生日プレゼントだ。
それは別に、特別な物じゃない。ありふれたプレゼントの一つだ。だけどボクは、それがアルファに必要だと思えたし、これを選ぶまでに色んな他の候補と比べてたくさん悩んだ。だからこそ、この贈り物には間違いなく、ボクのあらん限りの想いが詰まっているだろう。
アルファに気配を察知されないよう、忍び足で階下へと移動したボクは、そろりそろりと、ソファーに座る彼の背後に歩み寄る。
木綿季「わ!」
歩夢「うおっ!目隠しなんかしてどうしたんだよ?」
木綿季「まだ目開けちゃダメだからね」
そしてボクは、後ろから片手でアルファの両目を覆って、彼の視界を機能させ辛くしてしまった。アルファはそう訊ねてくれるけど、彼の口元を綻ばせている様子からして、ボクが今から何をするつもりなのかは、大方予想がついているはずだ。
でも、大切なのはそれを楽しむ心だ。なんとなく結果が想像出来たとしても、胸を躍らせてそのシチュエーションに没入することが、当事者の心を温かく包み込んでくれる。アルファはボクのお芝居に、最後まで付き合ってくれた。
ボクが彼の膝にその箱を置いて、目を覆うのをやめてあげると、アルファもゆっくりとその瞼を開けた。
歩夢「…誕生日プレゼントか?」
木綿季「そうだよ!さ、開けてみて」
ソファの後ろから顔を出したボクは、アルファの肩に手を添えながら、彼の行く末を見守る。アルファが丁寧に包装を解いていくにつれて、ボクも心臓をバクバクと跳ね上がらせる。そして彼は包装を解き終えると、その長方形の箱をパカっと開けた。その中から現れたものは…。
木綿季「歩夢はさ、二つ折りのやつしか持ってないでしょ?だからね、プレゼントはこれにしてみたんだ」
白い灯りがその黒い革の艶を反射し、ちょっぴり高級感を醸し出している。その薄い長方形の片隅には、金に輝く意匠が刻まれており、チャックは鈍い金銅色であった。
要するに、ボクがアルファへの誕生日プレゼントに選んだ物は、長財布だ。アルファがいつも使っている物は小さな二つ折りのお財布だし、こういうのもアルファに似合うかなって、ボクはそう思ったのだ。
プレゼントを暫し眺めていたアルファは、そっと長財布を身体の横に置くと、徐に立ち上がる。そしてボクの立つソファの後ろに回って来てくれた。
アルファはここまで何も言葉を発しなかったけれど、次に彼がとってくれる行動は、もうなんとなく予感がしていた。一方ボクも、それを心から受け入れたがっていた。
歩夢「…木綿季」
木綿季「…ん~?」
アルファは優しい表情で、ボクの名前を呼んでくれる。だけどボクは、まるでこれから何をされるかが分かっていないような、そんな純粋無垢な自分を演じた。
瞬間、彼の身体が大きく前に揺れた。ボクの両腕は、引力の如く広げられていた。気が付くと、ボクは強く強く、アルファに抱き締められているのだ。
歩夢「プレゼント、ありがとう。…大切に、使わせて貰うな」
そしてアルファは、ボクを全身で包み込みながらその気持ちを囁いてくれる。たったそれだけで、アルファが凄く喜んでくれていることを理解出来た。だからボクは、彼には見えないだろうけど満面の笑みを咲かせながら、お祝いの言葉を贈ったんだ。
木綿季「うん…お誕生日おめでとう、歩夢」
それが、彼の十九歳の誕生日の出来事だった。去年は抱き締められなかったその身体を、ボクは命一杯抱き締めながら、今年も彼の誕生日を迎えられたことに、喜びを覚えたのだった。
次回の投稿日は、五月十五日の日曜日となります。
それではまた第174話でお会いしましょう!
『小ネタ』
アルファ君の誕生日回である第52話、第134話の題名を、今話と共に並べて読んでみると…。