~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第180話 いじわるタイム!

 大体九月一杯分ある夏休みが終わりを迎え、大学生生活後半へと突入した翌月、そんなある日の出来事であった。

 約一週間ぶり、私はその束の間の休日を、午前はアルバイトに勤しみ、午後は友達とお茶するという中々にハードな感じで過ごしていた。そしてその晩、私は普段と変わらず、アルバイトの収入を投下して購入した最新型アミュスフィアを手に取っていた。

 明日は一日中フリーの予定だし、今からどれだけゲームに夢中になっても構わない。それを思うと、自然と口元が緩んでしまい…あぁ、やっぱり私は、ゲーム大好きっ子なのだろう。今日は誰がログインしているだろうか。そんなことを密かな楽しみにしつつも、私は仮想世界へと飛び立っていったのだ。

 そして──。

 

 ──現在、私の眼前には、酷く奇妙な光景が広がっていた。と言うのも…。

 

 ユウキ「アルファ~、もうそろそろ諦めなよ~!」

 

 アルファ「嫌だ嫌だ!絶対に嫌だっ!!み、ミト!!見てるだけじゃなくて助けてくれよ!!」

 

 ミト「…」

 

 彼らのマイホームにて、ユウキが強引にアルファの腕を引き、対する彼は床に座り込んで、なんとか彼女の誘導から逃れようとしている。そんな意味の分からなさ過ぎる光景が、偶々二人のホームを訪れたその瞬間に、繰り広げられていたのだ。

 どうしてなのだろうか。アルファの方がSTRが高いはずなのに、彼はズルズルとユウキに引っ張られている。そして彼女は随分と楽し気に笑顔を綻ばせており、一方彼はと言うと、叫び声の通り、首を全力で振って本気で何かを嫌がっているように思えた。

 これは…まさか、まだ先日の大喧嘩が尾を引いているのだろうか。でも、些細なギクシャクからアルファの浮気騒動、そして愛を更に深めるという惚気話までしっかりと、その全てを双方から嫌と言うほど聞かされているし…それにユウキも、ホントに気分上々な笑顔だし…。

 

 ミト「二人共…なにしてるの?」

 

 何がどうなればこんな不思議な状態に陥るのか、この私の頭脳を以てしても遂には理解出来ず、それ故に私は、二人に訊ねてみることにしたのだ。

 するとユウキはピタリと動きを止め、瞬間、アルファは彼女の腕を振り解き、私の傍にまで避難してくる。やはりその意味は解せなかったのだが、その答えはすぐにユウキが教えてくれた。

 

 ユウキ「んー…あれだよあれ。今の最前線ってさ、65層じゃん。だから久しぶりに、アルファと攻略しに行こっかなって」

 

 これまで通りであれば、今年の九月に第51から60層分が、更に十二月には、第61から70層分が追加アップデートされる予定であったのだが…夏休みの間に呆気なくその分がクリアされてしまったため、気前の良い運営は、夏休み中にその二回分のアップデートを繰り上げて行ってくれたのだ。

 勿論その分、層自体の難易度は急上昇している。十一月初めの現在、次のアップデートまでに残りの六層分をクリア出来るかはかなり怪しい状態であるのだ…。

 とまぁ、そんなことは今はどうでも良くて、彼女は屈託のない笑みで私のそう言ってくれた。そして私も、あぁなるほどねと納得しかけていたのだが…私の後ろには、引き攣った笑顔を浮かべた後、何か恐ろしい魔物を見つけたような表情をしたアルファが居た。

 そして彼は、悪者を見つけたみたいに彼女を指差して言うのだ。

 

 アルファ「お、俺は分かってんだからなっ。ユウキが攻略目的じゃないことぐらい!」

 

 と非難の目線をぶつけられた張本人は、ケロッとした表情で言い返す。

 

 ユウキ「分かってるなら付き合ってよ~、別に減るもんじゃないんだしさ~?」

 

 どうしてなのだろうか。アルファ視点に立ってみると、ユウキの笑顔は、何処か悪魔的な色を帯びている気が…。

 

 アルファ「俺の精神力が擦り減るんだ!そもそも今はオフシーズンだろ!?」

 

 ユウキ「じゃあ、来年リアルで行ってくれるの?」

 

 アルファ「えっ、いやっ…それは……そのー、勘弁して頂きたいといいますか…」

 

 アルファの必死の叫び声に、ユウキが一言そう訊ねると、彼は一気に口もごった。その隙を逃さなかった彼女は、また言い寄るのだ。

 

 ユウキ「じゃあ、今から行かないとだね」

 

 アルファ「…なぁ、そんなことしてなんの意味があるんだ…?俺、本気で嫌なんだけど…」

 

 しかし、一度は言葉に詰まったアルファも、何がなんでもそのお願いを拒むつもりらしい。本気の音色で彼女に問い掛け直す。対するユウキは、ニコニコと笑顔を貼り付けたまま言葉を続ける。

 

 ユウキ「ボクはね~、可愛いアルファが見たくなっちゃったんだ。それに~…この前の浮気騒動、その分の清算は?」

 

 アルファ「…ほ、他の形でお願いさせて頂けませんでしょうか?」

 

 浮気の件に関しては…誰も悪くないと思うんだけどね、話し聞いた感じだと。なんて冷静な評決を勝手に一人で下したのちに、遂に私は口を挟ませてもらった。

 

 ミト「うん、つまりどういうことなの?」

 

 アルファは何かを嫌がっている。ユウキは可愛いアルファを見るために、何処かへ連れて行こうとしている。そこまでは私も分かっているけど、その肝心の場所が不明瞭だった。そんな私の疑問を完全解決するように、彼女はまた教えてくれる。

 

 ユウキ「65層ってさ、ホラーがテーマでしょ?だから、そこで今から肝試しに行こっかなってことだよ!」

 

 ミト「あー…そう言えばアルファって、オバケが苦手だった気が…」

 

 とそこで私も、かつて旧ALOにて、オバケに出くわしたアルファが萎れてしまったあの瞬間を思い出すのだ。確かにあのアルファは、中々に可愛い。それは私も認めざるを得ない事実だった。そこらの女の子よりも女の子してただろう。

 今から最前線に向かえば、偶に生意気になるアルファの怖気づく姿を拝める…それを思うと、瞬間的に、私の脳内にて高度な演算が行われるのだ。その間にアルファは、物凄く納得いかなそうな表情でブツブツと呟いていた。

 

 アルファ「なんで65層はテーマが変わってないんだ…?俺はトラウマなんだぞトラウマ…あれか?俺に対するピンポイントな当てつけなのか…?」

 

 そして私の頭の中にて、最適解が判明したその瞬間だった。アルファもまた思い付いたように、希望を見たような表情で私にそう言ったのは。

 

 アルファ「そうだ、ミト!ってことで俺、そんな嫌な思いしたくないんだ!!だからなんとかユウキを説得して──」

 

 しかし、私はその言葉を最後まで聞かないうちに行動を起こした。後ろにいるアルファに振り返ると、即座にその身柄を確保する。アルファが踏ん張らないうちに前へと躍らせると、ユウキも私の思考を読んでいたのだろう、ガシッとその身体を捕縛してくれた。

 

 アルファ「えっ」

 

 綺麗に硬直してしまったアルファには、私もまた満面の笑みでそう言ってあげる。

 

 ミト「折角だし、三人で行こっか」

 

 ユウキ「賛成賛成~!多数決で決まりだねっ!」

 

 アルファ「」

 

 そうして、二人の悪魔に捕まった彼は、ジタバタと暴れる身体を肩に担がれながら、最前線へと輸送されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在、第六十五層のメインダンジョン、如何にも曰く付きな古めかしい巨大洋館にて──。

 

 アルファ「……」

 

 ユウキ「もう、そんなに警戒しなくても大丈夫だって~」

 

 ミト「いざという時は、私達が守ってあげるからね」

 

 アルファ「……」

 

 ──身体を縮めてビクビクと周囲を伺う彼は、普段と打って変わってネズミみたいな小動物的オーラを醸し出していた。

 このダンジョンの内部は勿論、仄かな蝋燭明かりや消えかかった薄いランタンが散在するのみで、遠くの方は黒い闇に覆われている。唯一しっかり明るい場所は、自前のランタンをぶら下げている私たちの周囲だけだ。

 因みに今は、このフィールドの四分の一を覆う巨大館に突入して、約ニ十分ほどが経過している。その間戦闘はたったの二回。グールにレイスと、どちらもアンデット嫌いのアルファには苦手なモンスターだった。そんな調子でどうやってSAOをクリアしたのかを聞くと、「もう当時の慣れが失われつつあるんだ」と、アルファは忌々し気に語ってくれた。

 とは言え彼も、流石は元攻略組だ。真正面から出現してくるぐらいなら、大きく肩を震わせるに留まる。たぶん、不意打ちされたら腰が抜けそうな勢いなんだけど…彼の索敵スキルを以てすれば、そんなことは早々に起こらないだろう。その瞬間を拝めないのは少々口惜しいことだけど、まぁ、このビクビクしてるアルファだけで、充分面白可愛いんだけどね。

 

 アルファ「なぁ…そろそろ出ないか?」

 

 もう限界が来たのだろうか。ソワソワと辺りを警戒しているアルファは、私達に向けてそんな言葉を送ってくるのだ。しかし、私もユウキもまだまだ満足していない。流れるように言い返してしまう。

 

 ミト「まだ三十分も潜ってないじゃない。せめて一時間は潜らないと、アイテム分のユルド回収できないわよ?」

 

 ユウキ「まだまだ頑張ろうね、アルファ。頑張ったら、ちゃんとご褒美あげるからね?」

 

 アルファ「……しゃーなし」

 

 と二人で言ってしまえば、恐らくユウキの言葉によって言い包められたであろう彼は、渋々踵を返そうとする足を止めた。ご褒美と言うのが何を意味しているのか、その点については触れてあげないでおこう。

 そうして私達は、赤いカーペットの敷かれた下りの階段を進み、ダンジョンの奥深くへと足を踏み入れていく。この館ダンジョン、層テーマの雰囲気を意識しているのか、階上よりも地下が広い。探索メイン部分も、こちら地下なのだ。

 地中深いせいなのか、空気はじめじめと重く、胸に圧迫感を覚える。心霊が苦手なわけではない私でさえそう感じるのだから、オバケ大嫌いなアルファは──。

 そう思ってチラリと後ろに視線をやると、思った通り彼はげんなりとした表情を浮かべていた。それを隣のユウキに知らせてあげれば、彼女は小悪魔みたいな笑顔を浮かべていた。

 とその様子から分かるように、怖がりな彼の為に、今日は私とユウキが前衛を買って出ている。

 だが、今回はそれが裏目に出たのかもしれない。

 前方、開かずの鉄扉から、青白い何かがすぅーっとこちらに躍り出てきた。ボサボサとガサツな髪、骨のように細い腕、しかしそこに両足は存在しない。赤い火の玉を眼光に宿し、甲高い声で叫ぶそのモンスターは──。

 

 アルファ「にゅぅっ…」

 

 やはり攻略組であった彼は、奇妙な悲鳴を小さく洩らすことはあれども、その場で取り乱したりすることはなかった。

 正真正銘レイス系モンスターと対面した私たちは、アルファの少々オロオロした様子を横目に笑みを零しながら、戦闘を開始したのだ。通常アルファの七割ぐらいの動きとは言え、彼もそれなりに闘えている。その最中だった。

 

 ──ガコンッ。

 

 ミト「?」

 

 獣の鉤爪のような幽霊の一撃を、私は大鎌でしっかりと受け止める。そしてその間にユウキが剣を斬り刻み、核の位置を割り出す。判明した弱点部分を、アルファが魔法で打ち抜く…はずだった。

 何か機械的な音が後方で鳴り響く。私は不意に後ろを見やると、アルファの踏み締める床が──凹んでいた。

 罠だ。

 彼もそれに気が付いたのだろう。

 

 アルファ「やっべ…」

 

 ユウキ「アルファ!」

 

 苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、彼はその場から逃げ出そうとする。だが不運なことに、発動したトラップは転移系のものであったようだ。

 アルファはみるみるうちに青い光に包まれてしまい、ユウキは慌てて手を差し伸ばすも、抵抗虚しく彼は、何処かへと消え去ってしまった。

 

 

 

 

 

 

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 旧SAO第65層。そこは続く第66層と共にホラーがメインとなったステージであったらしく、プレイヤーによって好き嫌いが激しく分かれる層であったようだ。なんでも一節には、攻略組でも名を馳せる閃光殿、そして魔王を打ち破ったかの魔術師殿は、攻略時に忽然と姿を消していたのだとか。

 恐らく、あの二人はホラー系が苦手なのだろう…と、今なお絶賛発売中な『SAO事件全記録』には綴られている。勿論私も、その記述には目を通していたのだが…それが真であることは、当の本人たちから確認済みだ。

 あの二人は、超が付くほど心霊系が苦手らしい。私が「二人ってそこまでオバケ嫌いなの?」と訊ねてみた時には、二人は顔を揃えてぎこちない笑顔を浮かべ合っていた。

 とその様子から分かるように、あの二人であれば、自らホラーダンジョンに足を踏み入れることはないだろう。であれば、この現状は一体どう説明するのかというと──。

 

 アスナ「…ねぇ~、もうそろそろ帰ろうよ~」

 

 私の丁度真横からは、魔法で創り出した小さな光球に薄く照らし出された彼女の不満げな横顔が映っている。

 延々と続く大廊下。側壁には巨大な絵画が飾られている古めかしいこの様子。奥へ奥へと進もうとする私達に対して、彼女の足取りは今にも出口へと向かいそうになっている。もう限界だと言わんばかりに不満を呟いた彼女に対して、直剣片手を手に意気揚々と前を突き進む彼が答えた。

 

 キリト「まぁまぁ、もうちょっとぐらい探索しようぜ」

 

 アスナが心霊嫌いだと知っていてホラーダンジョンに誘い込んだその張本人は、まだまだオバケに緊張している彼女を眺めていたいらしい。

 そこには、彼に協力してあげた私も共感しかないわけで──それ故に、救いを求めるようにこちらに語り掛けてくれたアスナに、私は微笑みながら答えたのだ。

 

 アスナ「シノのん~、キリト君になんとか言ってあげてよ~」

 

 シノン「私も…もうちょっとだけ」

 

 アスナ「…う~…」

 

 このドキドキワクワクホラーダンジョンから脱出するのは当分先になることを察したらしいアスナは、可愛らしい唸り声を洩らしていた。

 

 キリト「別にアスナだって、これぐらい大丈夫だろ?レイスはもうSAOで慣れっこなんじゃないのか?」

 

 アスナ「そんなわけないじゃない。キリト君には、オバケが嫌いな人の気持ちなんて分からないんですっ!」

 

 シノン「でも、アスナってなんでそんなにオバケ苦手なの?」

 

 アスナ「う~ん…いつの間にか生理的に…」

 

 モンスターが出現する気配が感じられないことを良い事に、三人で下らない会話に勤しんでいたその時だ。光球とはまた違う。小さな翅を羽ばたかせるフェアリーサイズの彼女が、キリトの近くからこちらへと舞ってきた。

 

 ユイ「ママ、心霊現象の幾つかは、既に科学的に明らかとなってるんですよ」

 

 今日はダンジョンに遊びに行くと言うこともあって、ナビゲーションピクシーモードなユイちゃんは、怖がりなママにそう教えてあげるのだ。

 しかし──一体、どこでそんな憎たらしい笑顔を覚えたのだろう。すぐ前を歩く彼そっくりな笑顔で、ユイちゃんは続けるのだ。

 

 ユイ「…でも、その多くはまだまだ不可思議なままで──」

 

 アスナ「や~!!ユイちゃんまで意地悪言わないでよ~」

 

 ユイちゃんが背中のゾッとするような話を始めてしまう前に、彼女は途切れさせるように困り笑顔でそう言っていた。

 なんてお喋りをしていられたのもそこまでだ。

 前方、キリトのなけなしの魔法で付与された暗視効果を以てしても覗き込めないほどの暗闇から…カシャ…カシャ…と硬質な何かが響く音が聞こえてくる。

 その足音だけで、こちらへと接近しているモンスターが何系なのかは大体想像がついた。こちらも陣形を整え、迎え撃つようにそれぞれ武器を構える。

 そしてじりじりとそちらへ歩み寄っていくと…やはりそこには──人間の胴体ほどはある錆びた大鉈を構えた、ひび割れの多い白骨騎士が居た。

 それを目視した瞬間、凛とした声が飛んでくる。

 

 アスナ「行くわよ、みんな!!」

 

 これまでとは一転してその余りに意気揚々とした姿に、私だけでなく彼やユイちゃんも、小さな笑い声を零していた。

 アスナは何も、アンデット系のモンスター全てを苦手としているわけではない。彼女が嫌煙しているアンデットは、実体を伴わない幽霊系…つまりはレイスだけに限られる。それ故に、こういう骸骨系モンスターなんかには、一ミリたりとも怖気づくことはないのだ。

 一方、この場には居ない同じくレイスの苦手なあの人はと言うと、骸骨は問題ないらしいが、グールとかも見た目が嫌悪感を感じるのだとか。

 本日は私とキリトとアスナ、そしてユイちゃんの四人でお遊びがてらにダンジョンにやって来ていると言うこともあって、その陣形は変則的だ。

 基本的には、キリトが前衛、私が弓での援護で後衛という点は固定となっている。代わる代わるな点というのは、アスナが魔法職として後衛を担うか、或いはフェンサーとして前衛として動くかだ。

 そして今回、やっと自分の出番だと水に魚を得たのかもしれない勢いなアスナは、勿論前衛を買って出ていた。細剣が不利対面となる骸骨モンスター相手に、素早く剣を突き出しては引き戻し、的確にダメージを与えるその様子は、流石は閃光様だと言えよう。

 最早キリトと私の出番はなく、ユイちゃんは「ファイトです!」と応援するのみであると思われたのだが──。

 

 ──ガコンッ。

 

 不意に、奇妙なカラクリ音が響いた。ALOをプレイするようになってもうすぐ一年、ベテランとまでは行かずとも、中堅ぐらい成長した今なら、それが何を意味するのかはよく分かった。

 私も、そしてキリトもほぼ同時に、首を振って辺りを見回す。そして気が付いた。そのトラップを発動させたのは──。

 

 アスナ「あっ…てへっ」

 

 見事骸骨をポリゴン片に散らせた彼女は、ふと自分の足元を見やると、こちらに向けて首を傾げてくる。そんなに可愛い様子を見せられては、私達も怒る気にはなれなかった。

 と言うか、視界不良な中あんな巧妙な床の踏み罠、避けられるはずがないだろう。流石は最前線といった所だ。トラップが発動した今、私は苦難の一つや二つを覚悟して、弓を大きく構えていたのだが…。

 

 キリト「転移罠かっ!」

 

 アスナは青い輝きに包まれたかと思うと、その場からフッと消え去った。キリトは消えた彼女を追いかけるようにもう一度トラップを踏んでみるも…何も起きない。静まり返ったその場には、三人だけが取り残されてしまった。

 アスナをダンジョンにほったらかしにしたまま帰る訳にも行かない。私達は当然、今からアスナ調査隊を結成することになるんだけど…ここはダンジョン内部だ。フレンド機能による位置情報は確認出来ないし、私もキリトも追跡だなんてマイナースキルの熟練度は上げていない。

 となると、本来私達は、ここから闇雲にダンジョンを彷徨うことになるはずだ。ここで重要なのが、『本来は』ということである。

 つまりはどういうことかと言えば──。

 

 キリト「…ユイ。悪いけど、アスナの位置情報探し出してもらえるか?」

 

 私達には、心強いユイちゃんがいるということだ。

 ダンジョンのマップ情報を解析してしまえるユイちゃんの能力は、公正公平にゲームをプレイするということもあって、普段は封印させてもらっている。

 しかし、こういう非常事態にはその奥の手も切らしてもらうのだ。別に非常ってほどでもないかもしれないけど、ホラーが苦手なアスナがこんなダンジョンで一人きり…娘としても恋人としても、かなり不安で仕方がないのだろう。

 ユイちゃんは暫し私達の前でホバリングすると、すぐに答えてくれた。

 

 ユイ「お安い御用です!…なるほど…ママは、ここから更に三つ下ったエリアにいるみたいですね。そこに続く階段は…こっちです!」

 

 キリト「行くぞ、シノン!」

 

 シノン「はいはい…」

 

 ユイちゃんが宙を舞い先導する方向へと、キリトは急いで向かって行こうとする。そんなに心配するなら、可愛いアスナが見たいからってこんな場所に連れて来なきゃいいのに…と思わないでもない私は、少し呆れの混じった返事をしたのだ。

 キリトのあとに続き、私も歩みを進めようとする。しかし、その第三歩目は、上手く地面を捉えることが出来なかった。

 

 シノン「ひゃ…!?」

 

 既に一歩踏み出すために前のめりになっていた身体は、為す術もなく前方へ倒れていく。恐らく、作動済みの踏み罠で生まれた段差に引っ掛かったのだろう。完全な失態だ。などと思っている間にも、身体はどんどん倒れ込んでいく。

 このままでは地面と激突してしまうことを悟った私は、ほぼ反射的に前方の彼へと両腕を伸ばしていた。そのお陰で、見事私は、地面と接触するその前に、彼の背中に飛び込むことに成功した。

 となると当然、いきなり後ろから抱き着かれた彼は、大きな動揺を示したのだ。

 

 キリト「し、シノンっ!?」

 

 シノン「っ~…」

 

 こちらに首を向けたキリトは、腰に抱き着いた私の倒れかけの態勢を目にし、なんとなく事の顛末を理解したのだろう。こんな情けない姿を見られたことは恥ずかしい限りだ…と思うと同時に、私はこうも思っていた。

 …合法的にキリトに抱き着けるなんて機会、今後そうないはず…だったら、今のうちに──。

 最近は、もう自分には誤魔化しを入れるさえなくなっていた私は、このチャンスを存分に利用させてもらうことにした。

 彼の身体を支えに、そちらへ足を動かした私は、身体を密着させたまま体勢を立て直す。その途中に、胸部は押し付けられたまま彼の背中を伝っているんだけど…別に、いいでしょ…。

 そして完全に体勢を立て直したその時には、私はもう完全にキリトを背後から抱き締めているだけだった。でも、前方にはユイちゃんがいる。いつまでもこうしている訳にはいかない。名残惜しいけどやめにしてしまうことにした私は、パッと両腕を解放すると…私を見つめたまま硬直する彼に対して、自分でも分かるほどに顔が熱くなった状態で、挑戦的に笑ってみせてやった。

 

 シノン「ちょっとここの雰囲気が怖くなっただけよ。偶には女の子らしく…ね?」

 

 キリト「さ、左様ですか…」

 

 すると、すぐに目線を逸らした彼は、短くそう返事をしただけだった。とそこでユイちゃんはこちらに振り返ると、キリトにジト目を送り付けて言った。

 

 ユイ「パパ、心拍数が急上昇していますが…」

 

 などと事実を述べられてしまえば、当然論理的に反論できるわけもなく、彼は慌てふためいた。

 

 キリト「ち、違うぞ!?俺は断じてそういうつもりじゃなかったからな!?」

 

 シノン「そうよ、ユイちゃん。ただ転びかけたから、キリトの身体借りただけだからね?」

 

 ユイ「…シノンさんがそう言うなら、そういうことにしてあげます」

 

 そこで追及がお終いとなると、キリトは安堵したようにホッと息を吐き出していた。私の行動にドキドキしていたという事実を勝ち取った私は、この胸に込み上げる嬉しさを、表情に浮かんでこないように噛み締めておく。今日はそれで満足しておくことにしよう。

 アスナのポジションが奪えないなら、側室になれば良いのよ…なんて邪な考えが頭を過る今日この頃だ。この調子でいけば、その日が来るのもそう遠くない話──。

 

 ──きゃああぁぁぁぁあああ──。

 

 ユイ「ママ!?」

 

 キリト「アスナか!?」

 

 シノン「多分ね!!」

 

 遥か遠くの方から、木霊するような悲鳴が聞こえてきた私たちは、急いでそちらへと足を運んだのだった。

 

 

 

 

 

 

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 まさか、転移トラップなんかに引っ掛かるなんて──。

 

 対峙した相手がレイスではなく骸骨系であったが故に、少し調子に乗ってビュンビュンと剣を振っていた私は、あろうことか、まんまと踏み罠を作動させてしまったのだ。

 仮にも元攻略組、それもその中心的存在であったギルド血盟騎士団の副団長ともあろう者が、こんなありきたりな引っ掛けにしてやられてしまうとは…もう死の危険がないからと言って、少々気を緩め過ぎていたのかもしれない。

 

 などと、一瞬の転移の間に、私はそんなことを考えていたのだ。ふわっと身体が宙に浮かび上がり、視界がオフホワイトに包まれたかと思うと、次に眼前に映し出された光景は、遠近感が掴めない程の黒闇であった。

 肌に纏わりつく空気は、これまでよりも些か冷たいとしている。この感覚からして、先程以上の地下深くだろうか。視界が全く機能しないこの状態で、暫しレイピアを固く構え、ジッと耳を澄ませてはみるも…如何やら、これ以上の罠はないらしい。

 安心した私は防衛態勢を解き、取り敢えず明かりの魔法を唱える。呪文詠唱が済むと、私の周囲にはオーブみたいな光の玉が浮かび上がった。それによって、周囲の闇は光へと僅かに溶けていく。

 視界に映る薄暗い光景は、どこか古びた地下道のような印象を与えるものであった。続けてアイテムストレージを展開し、転移結晶を取り出す。そしてそれを使用してみるも…やっぱり、このダンジョンは結晶無効空間のようだ。私は仕方なく、前方へと歩みを進め始めた。

 多分、このまま待機していても、ユイちゃんがキリト君とシノのんを連れてきてくれるだろうけど、どうせならこのトラップによるショートカットを利用して、宝箱の一つや二つ見つけたいと思ってしまったのだ。多分この好奇心は、彼から移されたものなのだろう。

 

 ヒタヒタと消せない足音を響かせながら、前も後ろも真っ暗闇の通路を一人進んでいく。

 今更になって、ホラーダンジョンに単独で潜るのは、第五層以来であることを思い出した。あの事故以来は基本的に誰かとダンジョンに挑んできたし…こうして改めて独りになってしまうと、何かうすら寒いものを感じないでもない。

 それこそ、いま後ろを振り返れば、そこには──。

 ぶるりと身体を震わせた私は、是が非でも背後を振り返らない決意を固めた。…怖いからじゃないからね。もうそこに宝箱がないことが確定しているからよ。

 暫く道なりに進んで行くと、そこで通路が直角に曲がっていた。突き当りに隠し通路がないことを確認してから、私は素直に左に曲がる。

 とその瞬間だった。私の眼前に、青白い光が滲んだのは。

 

 アスナ「っ…」

 

 SAO時代、何かと理由を付けてホラーダンジョンの攻略をサボったことが原因なのだろう。結局、オバケに対する苦手意識を払拭できなかった私は、最早反射的に身体を強張らせてしまう。その場から逃げ出すという選択肢さえ思い浮かばず、私はその場で棒立ちし続けた。

 するとその青白い光は、一層強い光を放つ。眩しくて危うく目を閉ざしそうになるほどの光量が放たれたかと思うと、光の中からぬっとクリーム色の腕が伸ばされ──。

 

 「……あ、アスナ……?」

 

 アスナ「きゃああぁぁぁぁあああ──っ!!!」

 

 もう耐え切れず、私は悲鳴を絶叫してしまう。今度は恐怖で瞼を強制シャットダウンしそうになるも、踏ん張って右手に握るレイピアを、神速を超えるスピードで放とうとしたその時だった。

 光球の明かりによって、私に腕を伸ばしていた何かの姿が照らし出される。私はそれに気が付き、一瞬の放心状態に襲われるも…ゆっくりと訊ね返した。

 

 アスナ「……あ、アルファ君……?」

 

 私の悲鳴に両手で耳を押せながらしかめっ面を浮かべていた彼も、そこで両手を覆うことをやめると、答えてくれた。

 

 アルファ「そうだ。俺はオバケじゃない。…ってか、なんでアスナがこんなとこいるんだ?」

 

 アスナ「それはこっちのセリフでも──」

 

 オバケ嫌いな私がホラーダンジョンを彷徨っている。その事実に戸惑いを隠せないアルファ君だったけど、私からしてみれば、それはそっくりそのまま返しても良い言葉だった。大方、アルファ君も私みたいに、ユウキに連れて来られたのかな~、なんてことを聞き返そうとしたんだけど…。

 

 アスナ「──って、お喋りしてる暇はなさそうね」

 

 私の真摯な声色を聞いた彼は、続いてこの不味い事態に気が付いたらしい。また真剣な様子でこくりと頷き返してくれる。

 と言うのも、つい先ほどから、雪崩のような轟音がこちらへと前後から迫り来ているのだ。その原因は勿論、私の叫び声である。恐らく、私の絶叫がモンスターを根こそぎ引き寄せてしまったのだろう。

 私とアルファ君は、お互いに背を向けて武器を構えた。

 

 アルファ「背中は任せたぜ、アスナ」

 

 アスナ「アルファ君の腕前、期待してるわよ」

 

 そうして私達は、不敵な笑みを零しながら、一騎当千の武勇へ挑戦したのだ。

 

 

 

 

 

 

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 ユウキ「やっちゃったね~」

 

 取り敢えず、ミトと一緒にサクッとレイスを撃破したボクは、呑気な笑顔を零しながら、彼女にそう言葉を掛けていた。

 と言うのもつい数刻前、ボクとミトと一緒にこのダンジョンにやって来ていたアルファが、転移トラップに引っ掛かったんだ。それでアルファは、このダンジョンの何処かに吹っ飛んじゃったんだけど…ここはホラーダンジョンだ。

 だから少しだけ、アルファのことが心配になっちゃう。今頃アルファが、一人オバケ相手に震えてるんだと思うと…矛盾してるみたいだけど、なんだか心がウキウキするんだよね。でも、流石に可哀想かな?これはあとのご褒美をもっと豪華にしてあげなきゃだ。

 なんて思っていると、少し考え込んでいたミトは、こちらに顔を向けて言った。

 

 ミト「ここは地下の方が広いから、多分アルファは、もっと下の方に転送されたわよ」

 

 やっぱりボクの予想とミトの想定は合致していて、なら後は、急いで階下に向かって行くだけだ。でもここでボクは一つ、彼女にちょっとした冗談を吹っかけてあげた。

 

 ユウキ「そうだよね。じゃあ…このまま帰っちゃう?それともアルファ助けに行く?」

 

 するとミトは、苦笑いを浮かべながら、ボクに答えてくれた。

 

 ミト「流石に助けに行かないと、アルファ泣いちゃうじゃない」

 

 ユウキ「それもそうだね~、アルファが泣きべそ掻く前に、早いとこ救出しに行こっか!」

 

 そうしてボクらは、アルファの位置情報は把握出来てない中、出来るだけ迅速に地下へ地下へと急いで行こうとしたんだけど──その時だ。かなり遠くの方から、聞き覚えのある悲鳴が聞こえてきたのは。

 分かれ道に立っていたボクらは、その真反対に足を踏み出そうとしてたんだけど、直前で急ブレーキを掛けた。バッと二人して顔を見合わせると、ミトも半信半疑の表情を浮かべている。

 

 ミト「今の…アスナよね?」

 

 ユウキ「うん、ボクもそう思う」

 

 二人共あの悲鳴がアスナのものだって思うなら、それはほぼ百パーセントで当たっていると思う。それ故にボクらは、むむむと難しい顔を浮かべ合った。

 つまりは、何処にいるかも分からないアルファを助けに行くか、それとも居る方角が判明した、でもなんでこんなとこに居るかは良く分からないアスナを助けに向かうか、その二択に板挟みになったんだ。

 結局、ちょっと薄情かもしれないけど、『アルファもそのうち叫ぶだろうから、先に居場所分かるアスナを助けに行こう』という作戦を瞬時に纏めたボクらは、振り返って駆け始めた。

 道中でエンカウントしたモンスターは、ミトが大鎌を振り払い、ボクが剣で斬り刻んで、適当に切り抜けていく。そしてボクらは、更に階下へと向かう階段の前に辿り着いた。と同時に、もう反対側の通路から二つのランタンが急接近してきた。

 ボクもミトも、敵対モンスターかと一瞬勘違いしたんだけど、頭上にカーソルが見えた瞬間、それは有り得ないことを悟った。向こうもこちらを認識し、唖然として足を止める。

 そしてボクらはほぼ同じタイミングでその口を動かした。

 

 ユウキ「キリトとシノンにユイちゃん!!三人共どうしたの?」

 

 キリト「ユウキとミトか!!そっちこそどうしたんだ?」

 

 ミト「私たちはアルファと一緒に──って…なら、三人もそういうことね」

 

 ユイ「はい!私達も四人で、このダンジョンに遊びに来てたんですけど…」

 

 シノン「さっきアスナが、転移トラップに引っ掛かってね。それで今は迎えに行ってるってわけ」

 

 五人が口々に、しかし普段大人数でお喋りしていることが影響してか、迅速かつ正確に情報を共有し合うことに成功する。

 とそこで、キリト達もボクらと似たようなことをしていることに気が付いたボクは、こちらの現状をも伝えておくのだ。

 

 ユウキ「えっ、ボクらも一緒だよ!アルファと遊びに来たら、転移トラップに掛かっちゃって…」

 

 キリト「そうなのか!でも、遊びに来たんじゃなくて、強制的に連れてきたんだろ?」

 

 ユウキ「えへへー、まぁね。そう言うキリトだってじゃないのー?」

 

 キリト「否定はしないな。ユイ、アルファの位置情報も探れるか?」

 

 ユイ「お任せください!…如何やら、ママと同じ場所に居るみたいです!不味いですね。かなりの数のモンスターが押し寄せていて、ママとアルファさんでも少し厳しいかと…」

 

 ユウキ「なら急がなきゃっ!」

 

 ユイちゃんのナビゲーション能力のお陰で、アルファの現在地を知ることには成功して安堵したのも束の間、今度は二人が絶賛危機的状況に放り込まれていることを知らされる。でも不幸中の幸い、二人は同じ場所に居るみたいだ。アルファとアスナなら、ボクらが駆け付けるまで持ちこたえてくれるはずだ。

 そんな結論に至ったボクらは、一層猛烈なスピードで、ダンジョン内を駆け巡った。

 そして──もうこの曲がり角を曲がれば、二人が目の前という所までやって来た、その時だ。ボクらの足音以外には静まり返ったこの空間に、爆音が響いたのは。

 

 ──うわぁぁぁああああ──!?

 

 ユウキ「!」

 

 今の叫び声は、間違いなくアルファだ。こんな大声あげちゃうなんて、アルファの身に何か起こったのかもしれない。

 そう思うと、五人の中でもボクは少しだけ速度を引き上げてしまう。曲がり角に備えて減速することなく、斜めに駆けながら側面へと突き進んだ。そのまま地を蹴り上げ、壁を走り抜ける。華麗なウォールランを決めたボクは、そのまま曲がり角のタイミングで壁を蹴り、宙を舞って誰よりも早く曲がり角の先に辿り着いたんだ。

 

 ユウキ「大丈夫!?アル──」

 

 ボクは視界に映る光景を認識する前に、迷わず君を心配したんだ。遅れて光景に気が付いたボクは、とそこで大いに固まった。言葉を繋げることを忘れちゃうぐらいに、ビックリする光景が広がっていたんだ。

 ボクがその場で、目にしたものは──。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 かれこれVRMMO歴四年。この手の界隈においては、最古参とも言えるベテランなこの俺は、恥ずかしいことに、今更踏み罠と言う初歩的なトラップに引っ掛かってしまった。

 しかし、この手の問題は『後悔先に立たず』ということわざがあるように、その後の立ち直りを如何にして上手くやれるかが重要となってくる。どれほどオバケに精神を汚染されようとも、その点は身体に染みついていた俺は、転移後は心機一転落ち着いた行動を取ろうと、そう心に決めていた。

 がしかし、現実はそれほど上手くはいかなかった。何故か俺の転移先には、この上なく青い顔したアスナが待ち構えていたのだ。

 本当に意味が分からない。思考を纏め上げていないうちに、彼女はサイレンみたいな絶叫を響かせた。俺を見て悲鳴をあげた彼女に冷静さを取り戻すよう訴えると、彼女も落ち着きを取り戻してくれたのだが…残念ながら、その叫び声によって数多のモンスターが押し寄せてきたのだ。

 前も後ろもモンスターのオンパレード。次々に襲い来る奴らを、俺達は即席のコンビネーションでバッタバッタと撃破し続けた。中にはレイスも沢山いたが、俺達は無我夢中で闘いに身を乗り出していたせいか、いつものように動きが鈍くなることはなかった。

 そうして俺達は、数分間に及ぶ怒涛の連撃の末に、それぞれ相手取っていた最後の一体を打ち破るに至ったのだ。これほどの一騎当千を強いられれば、当然俺達も疲労を隠せない。背後に居るアスナは深く息を吐き出し、俺は剣を地面に突き立て、荒くなった呼吸を整える。

 暫し無言の時間が流れた後に、アスナはふとその口を動かした。

 

 アスナ「…案外、アルファ君との共闘も悪くないわね」

 

 アルファ「まぁ、俺達一応血縁者だしな。息が合うんだろ」

 

 アスナの言う通り、ユウキとのコンビネーションとまでは行かないものの、確かに彼女との共闘は、結構良い感じだった。そんな彼女に共感していた俺は、軽く言葉を返すと、アスナは小さな笑い声を洩らしていた。

 闘いに一段落が付くと、俺は必ずユウキと拳をかち合わせる。その癖は今なお抜けておらず、俺は後ろを振り返ると、ほとんど同時にアスナもこちらに向き直ろうとしていた。勝利のルーティーンをやってくれるのだろうと思った俺は、微笑みながら右こぶしを突き出したのだが──一方アスナはと言うと、何故か俺の背後に視線を硬直させている。

 そしてその表情は、みるみるうちに真っ青に移り変わり──。

 

 アスナ「あ、アルファ君…う、うしろ…っ!!」

 

 僅かな悲鳴と共に、慌てて俺にそう言ってくるのだ。まさかまだ生き残りがいたのだろうか。俺は迎撃すべくすぐさま後ろを振り返るも…そこには、何もいなかった。

 

 アルファ「…なんもいねぇじゃん」

 

 なんだ。俺を驚かせるための嘘か。アスナも案外しょうもないこと好きなんだなぁと、俺は呑気に思いながら、再びアスナの方へと向き直ろうとしたその時だった。

 不意に、空気が奇妙な動きを見せた。まるで何かのシルエットを模るように、空間の一部が妙に揺らいでいる。そんな微細な違和感に疑問を覚えたのも束の間だ。瞬間的にそこから、俺より少し大きな物陰が出現した。

 いや、影の塊などではない。漆黒のローブに全身を包み、その顔面部分は白いお面をした恐ろしいオバケだ。認識した俺がカチコチに固まっていると、オバケはその両腕を広げて──嫌に甲高い声で叫んだ。

 

 「ヒュオオオオ──ッ!!」

 

 と同時に、俺は腹の底から、情けない絶叫を響かせるのだ。

 

 アルファ「うわぁぁぁぁぁぁぁあああっ!?!?」

 

 一度オバケ嫌いの化けの皮が剝がれてしまえば、もう自分を取り繕うことは出来ない。俺は戦闘の意思を完全放棄し、慌てて後方へと逃げ出そうとした。

 がしかし、あんまりパニック状態になり過ぎて足がもつれる。なのに身体と心はその場から駆け出そうとしているから、アッサリとその場で前のめりに倒れ込んだ。そして俺は、地面に激突するはず…だったのだが、そこで問題が発生した。

 俺と同じくオバケ嫌いなアスナもまた、この外套オバケに恐怖を隠せず、完全に機能停止してしまっていたのだ。実態のあるオバケだというのに、何故アスナは固まってしまったのか、単に驚いてしまっただけなのか、と言うかそもそも、こんなモンスターは今までに見たことがないのだが──。

 様々な疑問が脳内を入り乱れるも、今はそれどころじゃない。竦み上がった全身に鞭打って、ただこの圧倒的な恐怖から逃れたい。それ以外に考えられない。しかしそれは叶わず、身体は倒れ込んでしまう。硬直したアスナは俺を躱すことも跳ね除けることもせず、完全に俺に押し倒される結果となった。

 だがこのまま二人して地面に倒れてしまえば、顔面がぶつかり合って痛い目に遭うこととなる。俺はギリギリで両腕を地面に突き出し、アスナと頭がごっちんしてしまう直前で、なんとか地面を押し返すことに成功した。

 ……一瞬、唇に柔らかい何かが触れた気がするが……絶対に気のせいだ。俺は何もしていない。何も考えていない。至近距離にいるアスナだって……うん、ほんのり顔が赤くなって、目を白黒させているだけだ。だから、俺は何も──。

 

 「……アルファ……なに、してるのかな……?」

 

 幻聴だろうか。ほんの近くで、君の震えた声が聞こえてきた。俺とアスナはハッと意識を取り戻し、その声の方向へと視線を向ける。

 するとそこには──なんとも表現し難い笑顔を浮かべたユウキが、俺達を凝視していたのだ。その笑顔が引き攣っていて、しかも眉間がピクピクと痙攣しているのは何故なんだろう……と惚け通せたら、俺はどれだけ能天気な奴なんだって話だ。

 ユウキの笑顔の裏に隠れる悍ましいほどの冷気と怒気には、俺は冷や汗を流すことしか出来ない。そうこうしているうちに、続けてキリト、シノン、ユイちゃん、ミトの四人もこちらに駆けて付けてきた。そして皆が俺達の様子を目にし、唖然とした表情を浮かべている。

 

 ミト「…あ、アルファがアスナに壁ドン…?」

 

 シノン「…正確に言えば、床ドンなのかしら…でもそれって…」

 

 ユイ「マ、ママが浮気…!?いえ、この場合だとアルファさんがママに言い寄って…っ!?!?」

 

 キリト「…」

 

 とそこで、俺もアスナも、俺達の態勢が如何ほどの勘違いを想起させるヤバいものであるかに気が付く。

 反射的にバッと起き上がると、そのまま身体を起して、二人一緒に懸命に身振り手振りで事情を説明しようとするのだ。

 

 アルファ「ち、ち、違うぞみんなっ!?俺はただ、あそこに居た幽霊にビビって、アスナも動けなくて、それで偶々倒れ込む形になっただけで──」

 

 アスナ「そ、そうよっ!アルファ君の言う通りよ!!だから私たちは、なんらやましい気持ちがあってああなってたわけじゃ──」

 

 キリト「──アスナ、ちょっと一回、静かにしてもらってもいいか?」

 

 しかしその必死の弁解は、ユウキと同等かそれ以上にピクピクと頬を引き攣らせながら、皺を寄せこわ~い笑顔を浮かべている彼に一蹴されてしまうのだ。

 こんなキリトは見たことがない。故に俺もアスナも思わず口を閉ざし、彼の言うことに従ってしまう。

 すると彼は──あ、あれ…?二刀流って、封印したんじゃなかったんですか…?何故か両手に剣を装備すると、ゆっくりとこちらに構えた。

 そんなキリトに向けて、友を得たように今度は心からの笑顔を浮かべていたユウキの足元、何故かその傍らには、先程俺達をビビらせた黒いオバケを転がしていた。

 …ん?実はあれ、プレイヤーだった?他のプレイヤーを驚かせるために、こんな場所でオバケの真似事してただって?なんて傍迷惑な奴なんだ。ミトとシノンがそんなことを言っていた気がするが、今はそれどころじゃない。彼女は同じく片手剣を深く構えると、そう言ったのだ。

 

 ユウキ「そうだね、キリト。やっぱり、アルファと色々お話しないとだよね」

 

 アルファ「えっ、あの…お二方…?」

 

 その後の俺は、ガチギレモードのキリト&ユウキにたっぷりしごかれた。

 最強の二人に手を組まれて、強過ぎて泣いた。

 なお、俺達を驚かした本人が、俺の無罪を証明してくれたものの、その後一週間は二人に慰謝料として、お昼ご飯を奢ることになっただった。当然の如く、俺だけがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回の投稿日は、五月二十九日の日曜日となります。

 では、また第181話でお会いしましょう!
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