~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第181話 闘いの汽笛

 段々と暗くなりゆく空へと視線をやりながら、俺はゆっくりと歩みを進める。

 辿り着いた黒いドアの前で、財布から家鍵を取り出した。それを鍵穴に挿し込み、回すと同時にドアを開ける。

 ちゃんと靴を綺麗に並べて、手洗いやらを済ませる。ブレザーとズボンをハンガーに掛けて、後は脱ぎ散らかした。やるべきことをやった俺は、肌着姿でソファに腰を下ろし、深くため息を吐き出す。

…今日も、一日が終わった。朝頑張って起きてユウキと一緒に登校して、学校でじれったい授業を受けて、今日は友達と昼ご飯を楽しんだ。

 下校に関しては、ユウキが友達と寄り道してから帰るとのことだったので、俺はキリトと彼率いる女子軍団と共にエギルの店で屯して、いま帰ってきたという感じだ。

 疲れたけど楽しかった。今日もそんないつもと変わらない毎日だった。

 今日も一日お疲れ様、俺。もうゆっくり休んでいいぞ…とは、残念ながらならない。一人暮らしをしている以上、こうやってボーっとしていても、誰かがご飯を作ってくれるわけじゃないからだ。

 晩飯を作ることを面倒臭がる自分に鞭打って立ち上がり、台所の冷蔵庫を覗く。何を食べようかと考えるも、手間が掛からなくて楽々さを条件にすると、検索結果は鍋一択だ。

 鍋料理というものは、実に素晴らしい。何も拘らなければ、肉や野菜を切ってお鍋にポン、グツグツ、完成!だからな。

 気を引き締めて調理に掛かった俺は、ものの三十分足らずで水炊き鍋を完成させてしまった。前はポン酢で頂いたので、今日はゆず醤油で食べることにする。ご飯を食べた後は、まずは課題に取り組まないと──。

 

 ──俺がそう思ったタイミングで、携帯に一本の電話が掛かってくる。携帯はソファに放置したままだったので、俺は立ち上がりそれを手に取ると、それはユウキからのものであった。

 

 歩夢「木綿季、どうしたんだ?」

 

 木綿季「あー、歩夢。今日はこの後ALOだって覚えてる?メッセージ送っても見てくれないから」

 

 歩夢「あ、ごめん。ご飯作ってて気が付かなかった。因みに忘れてた。サンキュー」

 

 木綿季「もう、しっかりしてよね~。どんなご飯にしたの?」

 

 歩夢「鍋料理」

 

 木綿季「…最近の歩夢、そればっかりじゃん」

 

 歩夢「だってさ、滅茶苦茶簡単なんだよな、これ。木綿季も一人鍋してみたらどうだ?一度始めたら二度とやめられないぞ?」

 

 木綿季「お鍋を薬物みたいに言っちゃダメだよ。でも…今日はボクも、鍋料理にしてみよっかなぁ」

 

 歩夢「フフフ…、これでまた一人、我らが鍋信者が…」

 

 木綿季「我らって、歩夢だけじゃん、きっと。じゃあ、また後でね」

 

 歩夢「ん、後でな」

 

 こんな馬鹿馬鹿しい話でも、彼女が電話越しにクスクスと笑みを浮かべている。だから俺も、アホみたいなことを言うのはやめられない。ユウキの笑顔こそ危ない薬みたいなもんだなぁと思っているうちに、ご馳走様だ。

 洗い物を済ませ、学校の宿題は…時間的に考えて、ゲームの後にやることにしよう。先にお風呂だけは済ませてしまうことにして、お湯張りを始める。思いの外ここで時間が出来たので、少しだけ宿題に取り掛かることにしたけど、やっぱり終わらない。残りは後でだ。

 お風呂で一日の疲れを癒して、身体をリラックスさせる。身体がポカポカになったところで、お風呂から上がった。それから寝間着に着替えたり髪を乾かしたりすると、最後に布団を敷く。

 それらが終わると、俺はアミュスフィアを持ってその中に潜り込んだ。リンク・スタートと唱え、ALOの世界に降り立つ。

 

 アルファ「まだ来てない…か」

 

 いつも通り寝室で目覚めるも、ユウキはまだログインしていないようだった。右手の窓から伺える太陽光の輝き度合いからして、今日のALOの時間帯は、お昼時といったところだろうか。

 俺は彼女がやって来るまでの間は、暫し装備やアイテムのチェックをしておくことにした。

 俺の身に付けるバスタードソード、コート装備からアクセサリー系統まで、そのどれもが、もう一線級のアイテムでないのだろう。

 最近の俺は、余り最前線に繰り出していない。ALOで遊ぶことは多かれども、それは大体ほんのお遊び程度のプレイである。以前もその傾向はあったが、ここ最近は増してであった。最後に最前線の攻略に乗り出したのは、確か一カ月前ぐらいであろう。

 そうなっている要因は当然、リアルで過ごすユウキとの時間が増えてきているからなのだが…まぁ、それは悪いことではない。

 がしかし、そうして戦闘勘が鈍った調子では、果たして本日の俺は大丈夫なのか…。

 

 ユウキ「お待たせ~」

 

 なんてちょっとした心配ごとを心の中で唱えていると、シュバっと青い光に包まれたユウキが、ALOにログインしてきた。彼女は俺を発見するや否や、手をひらひらとしてくれる。

 

 アルファ「ほんとに待たされた」

 

 そんなユウキに対して俺がわざとらしくそう言うと、彼女は口を尖らせる。

 

 ユウキ「それは口に出しちゃいけないことだよ」

 

 アルファ「じゃあ待ってない。いま来たとこ」

 

 ユウキ「ん、分かれば良し」

 

 そんな些細な会話を交わしたのちに、ユウキの装備及びアイテム確認を済ませてから、俺達は家を出た。

 まずは俺のコートを修繕するために、十層にあるタイラの店に立ち寄り、続いてユウキの剣と装備を万全の状態にしようと、四十八層にあるリズベット武具店に向かう。

 ユウキの装備を研磨することを最後に、今日は店仕舞いにしたリズベットと共に、アイテムを補給するべく、今度は五十層にあるエギルの店を訪れた。

 しかし残念なことに、必要な物はそこだけじゃ完結しなかった。リズベットと同じく今日は閉店にしたエギルをも引き連れて、適当な店で更に回復アイテムを購入しておく。

 遂に準備万端となった俺達は、転移門を潜って、新生アインクラッドの最前線へと躍り出た。色々と言葉を交わしながら、フィールドを通り抜けて集合場所へと歩いていく俺達四人は、まるで勇者一行のようにみえるのかもしれない。

 リズベットはお茶目な魔法使い。エギルは屈強な戦士。そして俺は…消去法で僧侶…いや、似合わんな。賢者にしておこうか。それでユウキが勇者だな、きっと。

 まぁ実際のところは、リズベットとエギルが商人、俺が魔法戦士でユウキが剣士…みたいな感じだろう。勇者職はアイツがピッタリだしな。要するに…いや、自分で言ってても何が要するになんだって感じだけど…今の俺達はパーティーバランスが悪い。

 そしてそれは、全員集合しようとも相変わらず解消されない。深い樹林を突き抜けるように、古代文明の名残が散財する大地を飛翔し、やがて俺達は迷宮区タワーの前に辿り着いた。

 そこでは、顔馴染みの彼らが首を長くしてこちらを眺めていた。

 

 キリト「これで全員だな」

 

 アルファ「パーティーの編成は?」

 

 アスナ「いつも通りよ」

 

 このメンツで普段通り、となると、キリト、アスナ、クライン、シノン、リズベット、シリカ、リーファでワンパーティー。俺、ユウキ、エギル、ミト、アルゴ、ノーチラス、ユナでもうワンパーティーと言う形だろう。

 他のメンバーもそれに異論を唱えることはなく、俺達は大集団でいざ迷宮区タワーへと侵入した。

 とは言っても、内部が全くの未知という訳ではない。多くのフロントランナー達によって、既に迷宮区タワーは探索し尽くされているのだ。唯一、あの場所を除いては。

 俺達に襲い来るナーガ共は、大太刀を振り回し接近してくるが、個々の武勇を集結させた俺達の前には、全くの有象無象であった。

 

 クライン「オメェ、最近前線出てねェだろ。腕落ちてんじゃねぇの?」

 

 アルファ「まぁ、なんとかするって」

 

 シノン「でも、層が層なんじゃないの?」

 

 アルファ「それはなぁ…」

 

 ぐるぐると何度も回廊を巡りながら階上へと向かう中で、余裕のあるクラインがふと俺にそう言ってきたのだ。そこは俺も威勢のいい言葉を返すも、確かにシノンの言う通りである。自分の腕が鈍っているという事実はやはりぬぐえず、若干の不安を抱かないでもない。

 実際、現在俺達が登り詰めているこの最前線のタワーは、第七十五層のものであるのだ。

 かつての七十五層では、それはもう凶悪な骸骨ボスが俺達攻略組を蹂躙してくれたわけだ。そこには一抹の希望も見えず、まるで奈落の底に落とされていくようで…。もしや今回も、と、元攻略組からすれば、そう思わされないでもない。

 七十五層。旧SAOではフィールドが殺伐とした曠野であった一方で、新生アインクラッドでは、潤いを取り戻したかように樹林が広がっている。以前は二年以上の歳月を費やして辿り着いたその場所に、今度の俺達は、二年も掛からないスピードで舞い戻ってきていた。

 元SAOプレイヤーからすれば、この層を乗り越えたその先、層と層を結ぶ往還階段を登り詰め、レリーフの刻まれた扉を押し開き、初めて足を踏み入れる大地こそが…真の意味でのスタート地点なのかもしれない。

 そう思っているからこそ、俺もユウキも今日のフロアボス戦に挑みに来たわけだし、ユナやノーチラス、アルゴだって、貴重な余暇をここに割いたのだろう。

 

 そして辿り着いたボス部屋前の大扉。そこには既に、多くのプレイヤーが集っていた。彼らは七十五層のボスを打倒すべく、その身から可視化しそうなほどの気合いを迸らせている。

 そんな中、俺達もアイテムの最終チェックを済ませたり、或いは他のプレイヤー達とコミュニケーションを取ったりしていると、レイド上限のプレイヤーが揃ったらしい。いよいよボス戦の始まりだ。

 指揮役を買って出たノームの大男の指示に従い、陣形を共有しておく。

 彼が大扉に手を添え、力を込めると、重厚な音を鳴り響かせながら、二枚の鉄が開放されていく。そこに人が入れるほどの隙間が生まれると、俺達は一気に内部に雪崩れ込んだ。

 そして俺達の視界に飛び込んできた光景は──これまでには見たこともないようなものであった。

 広々とした円形のボス部屋には、見渡す限りに白い棒状のものが山積みとなっていたのだ。

 基本的にフロアボス戦では、プレイヤー達がボス部屋に侵入してから一定時間が過ぎ去った後に、ボス登場演出が始まり、そしてボスが登場、戦闘開始、という流れである。それ以前には、あのようなオブジェクトも存在しないはずなのだが…。

 俺が…いや、レイドメンバー全員が、それを不可思議に思っていると、ミトがふと、呟いた。

 

 ミト「あれ…骨じゃ…?」

 

 アルファ「…骨?」

 

 ミト「うん…」

 

 彼女の言葉に反応した俺は、ボス部屋中に積み上げられた白の物体をよくよくフォーカスしてみる。

 すると…確かに、それは骨だった。灰色に近い白色のそれは、どこの部位のものかは分からないが、確かに良く見る骨の形をしている。

 なんだ?七十五層のボスは、また骨に関するモンスターなのか?

 と思った刹那だった。

 僅かに、骨が震えた気がした。気のせいだろうかと、俺がもう一度目を凝らすと──。

 

 カタ……カタカタ…カタカタカタッ……カタカタカタカタカタカタッ!!

 

 ユウキ「う、動いて──」

 

 やはり見間違いではなかった。辺りに散らばる無数の骨が、音を立てて動き出したのだ!

 レイドメンバー達は身構えるように武器を構えるも、骨自体がそのまま襲い掛かってくることはなかった。まるで何かを形作るように、肢、腕、胴、尾、翼…と、ホネ達は空中で結合していく。

 やがてそれは、見上げるほどの大きさに至った。全身の輪郭が作り上げられ、その後に、骨の山に埋まっていた二本の角の生えた大きな頭部が、最後のピースを埋めるように結合する。

 瞬間、命が宿ったかの如くそれは大きな咆哮を叫び、吹き抜けの瞳で俺達を睨み付けた。

 新生アインクラッド第七十五層。そこに待ち受けていたボスは──。

 

 アルファ「…スケルトンドラゴンってことね…」

 

 これは強敵の予感だ。俺はそんな戦慄を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホネホネドラゴン君は、実に厄介なボスだった。

 序盤は、時折、骨の翼で舞い上がることはあれども、大地を四つの肢で踏みしめていたというのに、体力が半分を下回ると、いきなり二足歩行に進化して、腕による多彩な攻撃手段を行うようになった。

 他にも、貴方は一体どこで息を溜め込んでいるのですか?もう肺はなくなっていますよ…とツッコみたくなるような強烈な氷ブレス攻撃を仕掛けてきたり、或いは眼光による蛇睨み、そしてドラゴンであるが故に攻守ともにステータスも高いと、七十五層という節目に相応しいボスであったと思う。俺も何度か死に掛けそうになったし、本当に大変だった。

 だが、それももう終わりだ。ちょうど今、空に舞い上がったタイミングでキリトに片翼を切断された骨竜が、地に堕ちダウン状態に入ったのだ。

 そうなると、レイドメンバー全員による必死のタコ殴りが始まるわけである。それを満足に防御出来ないままモロに喰らってしまえば、残り体力が少なかったボーンドラゴンがどうなるのかはお察しだ。

 総員突撃によるボコ殴りの末に、彼は軋めくような断末魔を上げながら、ポリゴン片へと散ってしまった。

 コングラチュレーションの表示がなされ、レイドメンバーも歓声に沸く。

 俺達もまた、まずは仲間内でねぎらいの言葉を送っていると、ユウキが口をへの字に曲げながらこちらへと歩み寄って来て、耳元でごにょごにょと言ってきた。

 

 ユウキ「ね、アルファ。このボス…ちょっと弱くなかった?」

 

 アルファ「特殊能力なしの王道系だったからなぁ…火力は高かったし、弱くはないけど…」

 

 ユウキ「強くもなかったよね~」

 

 まぁ、それはユウキの言う通りかもしれない。確かにホネホネドラゴン君は弱くはなかったが、節目の絶望を知っている俺達からすると…こんな言い方をしてしまってはあれだが、若干物足りないようにも思えるのだ。

 俺達の知っている節目のボスとは、もっと切羽詰まった闘いが強要される存在で…いや、あれか。節目のボスを強くし過ぎたら、SAOサバイバーの嫌な記憶をフラッシュバックさせる恐れがあるからか。恐らくそう言うことだろう。だったら、消化不良気味なユウキにも、これは我慢してもらわねばならないだろう。

 

 シリカ「七十六層って、どんな感じのでしょうね!」

 

 リズベット「新しい鉱石見つかんないかなー」

 

 リーファ「主街区のテーマも気になりますよね~」

 

 キリト「お宝取り放題の層だったら面白いんだけどな~」

 

 クライン「女の子取り放題の層は…」

 

 エギル「お前はそんなこと言ってるからダメなんだ」

 

 そうしてロアボスを討ち取った俺達は、呑気に下らない会話に花を咲かせ始めたその時だった。

 ほんの一瞬、俺が瞬きした瞬間だ。彼らが楽しそうに談話している様子を目に映し、一度瞼でそれを覆い隠すと──。

 

 アルファ「……え……?」

 

 ──彼らは、俺の目の前から、ふっと消え去ってしまったのだ。それはまるで、最初からそこに存在しなかったかのように。

 談笑の声がプツンと途切れ、世界は異常な無音で包まれている。何かに駆り立てられるように俺は首を素早く振り回し、辺りの様子を確認する。だがそこには、キリト達どころか、人影一つさえ見当たらなかった。

 確かに俺が今いる場所は、七十五層のボス部屋であるはずなのだ。しかし、同じようにここに存在していたはずの皆は、何処を探しても見当たらない。

 ……いや、ここは本当に、七十五層のボス部屋なのだろうか?

 確かに、部屋の装飾自体は同じだが…幾ばくか、部屋自体が狭く感じる。気のせいではない。部屋が確実に縮まっている。となると……まさか消え去ったのは…俺の方──。

 そうして俺が、思考の渦に呑まれていると──突如として背後から、君の声が響いた。

 

 ユウキ「あ、アルファっ!!どこ行ってたの!?急に居なくなるから心配して──って…あ、あれ…?みんなは…?」

 

 その焦ったような声色で俺の背後から肩を揺らす君は、やはり神隠しにあっていたらしい俺を見つけ、俺がそちらに振り向くと、安堵したように表情を緩ませる。

 しかしすぐさまこの世界の異変に気が付き、大きく動揺を示した。そんな君を落ち着かせるように、或いは自分を安堵させるために、俺は君の手を握り、優しく話し掛ける。

 

 アルファ「どこだろうな…ここ」

 

 ユウキ「転移トラップ…なのかな…」

 

 正直言って、俺はこの状況に、少なからずの恐れを抱いている。レイス系のモンスターと対峙した時とは、比べ物にならないレベルだ。仮想の筋肉が、そして魂がかなり強張っていた。

 何せこれは、トラップにしては余りに異質過ぎるからだ。クリアしたはずのボス部屋にトラップが仕掛けられており、しかも転移先が、無ばかりが広がる世界…何をどう考えても、不気味過ぎるだろう。

 だが、孤独ではなくユウキが居てくれるだけで、その得体のしれないものへの恐怖もかなり和らいだ。お互いが隣に居ると言うだけで、こんなにも安心感を得ているとは普段は考えもしなかった。軽くパニックになっていた俺達も、すぐに落ち着きを取り戻す。

 そしてまずは、辺りを探索しようとしたところで──。

 

 ──カツン。

 

 硬い音が、ある一点を中心に響いた。

 勿論、俺とユウキが奏でたものではない。俺達の後方から、硬質な床を叩く足音のような聴覚情報が届いたのだ。

 俺もユウキも、お互いの手のひらから通じるほどに心臓をバクバクと鳴らし、緊張感を高める。

 握る手を強めながら、俺達がバっとそちらを振り向く寸前で、そちらからまた別の音が発せられた。

 

 「七十五層ボス部屋…我々の邂逅地としては、ここが相応しいと思わないか?」

 

 その嫌に落ち着きのある声色を、俺はよく知っていた。

 全力で振り返るとそこには…やはり、鉄灰色の長髪を垂らし、特徴的な真鍮色の瞳をした男が、その場に佇んでいた。

 ユウキも同じように振り返ると、彼を目の当たりにして言葉を詰まらせていた。そして俺もまた、彼がこの場に居ることに、大きな衝撃を受けていた。

 頭部以外の全身を真紅の甲冑で覆い、その上には対照的に白いマントが羽織られている。左腕には、十字を模した一対の剣と盾を携え…彼は──。

 

 アルファ「…ヒース…クリフ…?」

 

 プレイヤーを率いる希望の聖騎士であり、一方今となっては伝説の魔王たる存在、眼前にいる彼は、まさしく彼以外に有り得なかった。

 俺の問い掛けるような呼びかけに、彼はその威圧感ある眼差しでジッと俺を見つめると、冷徹な微笑みを俺達に向けた。

 

 ヒースクリフ「その名前で呼ばれるのは、随分と久しぶりのことだな…」

 

 続けてユウキが、恐る恐る俺に囁いた。

 

 ユウキ「でも…茅場晶彦は死んだはずじゃ…」

 

 ユウキの言う通り、彼が死亡したことは疑いのない真実だった。SAO事件が解決されてから数か月後に、とある山荘で彼の遺体が発見されたことは、周知の事実である。

 がしかし、俺はユウキとは違って、かつて彼の恋人であったその人から、一筋の可能性を伺っていた。

 あんまり専門的な話だったので、俺もよくは覚えていないのだが…自らの脳をスキャニングしながら焼き切ることで、彼の意識は、電子の存在として受け継がれたとか…。

 と考えるのならば、そこにいるヒースクリフは、紛れもなく、茅場晶彦本人である可能性も大いに有り得るだろう。

 

 アルファ「…一体なんのつもりだ…俺達をこんなところに呼び出して…」

 

 敵意剥き出しとまではいかないが、それでも若干の警戒心を抱きながら、俺は次なる疑問を呈示する。

 何せ、俺が最後に彼と会ったのは、SAOがクリアされたその日、もう二年ほども前の話だ。あれから二年もの月日が過ぎ去った今、何故に俺達を呼び寄せたのか。いやそもそも、ガーディナル・システムに守られているALOから、どうやって俺達を盗み取ったのか──。

 

 ヒースクリフ「なに、ガーディナル・システムはそもそも、私が作り出したものだろう」

 

 アルファ「!?」

 

 あ、頭の中の考えを読まれたのか?それにしてはドンピシャ過ぎるだろう!?

 …まさか、思考を読み取っているわけじゃ…。

 

 ヒースクリフ「それは君の想像に任せるとしよう」

 

 アルファ「…」

 

 それは答えているみたいなものだろう。だったら、さっさとこんなことをおっぱじめた目的を話してくれ。俺が頭の中でそう催促し、目配せしてやると、彼は苦笑交じりに話し始めた。

 

 ヒースクリフ「目的、か…フフッ…そうだな…。君の推察通り、私はあの日、自らの脳をスキャニングした。そしてそれに成功…したかどうかは兎も角、電子の存在に移り変わった茅場晶彦はそれ以来、定められた目的に従う為だけに、世界の観測者として存在し続けた。私に残された目的はただ一つ、仮想世界の行く末を眺め続けることだけ……だった、はずなのだがな…。一つ、私にはやり残しがあったのだよ」

 

 ユウキ「やり残し…?」

 

 ユウキの問い掛けに、彼は大盾を黒曜石の床に軽く打ち付けた。

 重厚な金属音が、ボス部屋中に木霊する。音が空間へと溶けるように消え入ると、彼は答えた。

 

 ヒースクリフ「それは…『魔王ヒースクリフとして、勇者を迎え撃つこと』だ。私はその為にこの舞台を作り上げ、君達が七十五層にやってくる日を待ち望み続けていた」

 

 ヒースクリフ「…さぁ、我々の闘いに決着を付けようではないか」

 

 まるであの時と変わらない、圧倒的な意志力を感じさせる双眸で俺とユウキを見据えた彼は、確かに芯のある声色で、そう告げた。

 がしかし俺は、すぐさま反駁する。

 

 アルファ「だったらキリトと闘えよ。二刀流スキルを持った者こそが勇者たる役目を果たすって言ったのは、お前の方だろ?」

 

 ヒースクリフ「確かに私はそんな物語を描いたさ。だが、君達二人がその物語を書き換えたのだろう?ならば、本筋から外れた物語は、その当事者たちだけで完結すべきだと思うがね」

 

 アルファ「相変わらず難しい言い回しすんだな。まぁ百歩譲ってそっちの考えを尊重したとしても…なんでユウキも一緒なんだ?俺一人で良いだろ」

 

 ヒースクリフ「アルファ君、君はユウキ君と共に闘ってこそ真価を発揮するのだろう?」

 

 アルファ「…まぁ、な」

 

 結局、ヒースクリフとの押し問答には勝てなかった俺は、しかし、もう一つだけ言ってやる。

 

 アルファ「因みに、俺が闘うことを拒否したらどうするんだ?」

 

 だって、そりゃあそうだろう。いきなり別空間に呼び出された俺が、あまつさえヒースクリフの要望を吞んでやる道理はないのだから。

 俺がサラリとそう問い掛けると、どういう訳か、彼は低い笑い声をあげた。

 そしてその末に、こう答えたのだ。

 

 ヒースクリフ「君達には…ささやかながらのプレゼントを贈っている。メニューウインドウを開けて、確かめてくれ給え」

 

 彼にそう言われ、俺もユウキも、何気なくメニューウインドウを展開する。

 背筋がゾッと凍り付いた。

 一度その事実から目を背け、次いで見間違えかと思いもう一度視線をそこに落とすも…やはりそれは現実であった。

 戸惑いと疑問、そして否定の三色だけで頭の中が飽和状態へと陥り、俺は一瞬の思考停止状態に追いやられたのだ。

 とは言え俺はすぐに、手元に映る仮想の画面から目を離し、隣で一点を凝視しているユウキを見やる。同じようにこちらへ顔を向けたユウキの表情は、いつもの明るさはふっと抜け落ちていた。

 そして彼女は、信じられないと言った様子で、俺にそう言った。

 

 ユウキ「あ、アルファ…ログアウトボタンが…」

 

 少し震えた声でそう言ったユウキに、俺は表情を硬くしたまま、小さく頷くことしか出来ない。俺の…そして恐らくはユウキの…メニュータブからは、ログアウトボタンが、綺麗さっぱり消滅していた。

 ユウキは顔面蒼白の状態で、オロオロとこの事態に軽い恐慌状態を引き起こす。俺はそんな君を落ち着かせるように…そして己の動揺を誤魔化すために、もう一度君の手を強く握りしめていた。

 いつでも自在に仮想世界からログアウト出来る。俺達にとっては、それが当然の事実となっていたのだ。

 いや、正確に言うのならば、それが当たり前なのだ。だが、俺達SAOサバイバーは、その当たり前が失われた世界で二年という歳月を過ごした。

 それ故に俺にとっては、この状況には慣れっことも言える。それが普通の世界で生き抜いたのだから、ログアウトボタンが失われた程度のことで、今更取り乱すはずがないのに…。

 

 …あぁ…怖いな、焦るよな、俺…。

 

 君の手を握る手のひらには尋常ではない手汗が滲み、額からは脂汗が垂れてくる。うなじ、脇、腹…全身から、緊張を示す嫌な汗が噴き出してくる。

 …おかしいな。ずっと昔、初めてログアウトボタンがなくなった時は、俺はこんなにビビってなかったのに…。

 あぁ、そうだ。そう言うことなんだ。あの頃の俺は、まだまだ子供だった。デスゲームってこともしっかり理解出来ないまま、無謀にもフィールドに飛び出せるぐらいに、無敵の人だった。

 だけど今の俺には…失えない。失いたくない。あの頃とは違って、絶対に手放したくない人がいるんだ。だから命が大切なんだ。これからももっと、リアルでユウキと生きていきたいと、どうしても強く願ってしまうのだ。

 …なるほど。SAOに巻き込まれた多くの人たちは、これ程にまで強大な恐怖と闘わされていたのか。

 もう随分と前から唸りを潜めていたはずの死神が、今はすぐ隣で俺に手を掛けようとしている。

 俺はゴクリと息を吞んだ。

 

 ヒースクリフ「元の世界に戻る方法は、唯一、決戦に挑むこと。そう言うことだ、アルファ君」

 

 きっと、俺がどれだけ泣き喚こうとも、ヒースクリフはその意志を曲げない。であるとするのならば、俺はコイツの提案を吞むしかないのだろう。

 

 アルファ「…ユウキ」

 

 覚悟を決めた俺は、隣に佇むユウキに顔を向けると、彼女もまた、意思を固めた表情を向けてくれた。

 

 ユウキ「…うん、やろう、アルファ」

 

 そうして意思を重ね合わせたその時には、先程までの過剰な力みは抜け落ちていた。重ねる手と手を、俺達はふっと離すと、全力を以て、魔王に対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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