父「それじゃあ、暫く留守番よろしく」
歩夢「ん、適当に留守番しとく」
母「木綿季ちゃんも、自分のお家みたいにゆっくりしてくれていいからね?」
木綿季「はい!歩夢と楽しくお留守番してます!」
姉「あんまり羽目外し過ぎんよーに」
歩夢&木綿季「「言われなくても分かってる(ます)!!」」
アルファの実家の玄関口、ボクらが二人揃って声をハモらせたことに、柔らかな微笑みを零したお義母さん達は、そのまま車庫の車に乗り込み、エンジン音と共に車を走らせて行ってしまった。
そんな今日は一月二日。三箇日の中頃だった。
一日の日は、午前中はアルファと雪遊びして、午後からは大き目の神社に行って、それで夜ご飯は美味しいレストランに連れて行ってもらって、夜になったら、アルファが家族に頼んでボクを満開の星空の眺められる場所に案内してくれて…楽しかったし美味しかったし、赤、青、白と、夜空に浮かぶ無数の星々は綺麗だったし…間違いなく、素晴らしい一日だったと思う。
とそんな感じで、一日目はかなりハードに動いたせいか、今日朝起きるのは、なんとボクよりもアルファの方が早かったんだ。
目を覚ますと、ボクのほっぺをつんつんしてるアルファと目が合って、すると君は小さな微笑みを魅せてくれて…うん、二日目も最高のスタートだよ。
それから朝ご飯を食べたボクらは、今日から親戚周りに新年のご挨拶に行くらしいお義母さん達をお見送りした。
そして、今に至るってわけだ。
去り行く車が視界から外れると、ボクもアルファも玄関ドアを潜ってお家に戻った。靴を脱いでリビングへと足を進める。
とそのタイミングで、彼がボクに訊ねてきた。
歩夢「今からどうする?お正月だし、行けそうな所は限られてくるけど…」
木綿季「んー…」
訊ねられたボクは、それを行動で示すことにした。
気怠い身体を動かしながらソファまで向かうと、そこにぼすんと座り込む。
木綿季「ちょっと昨日で疲れちゃったからさ、今日のところは、お家でゆっくり過ごそうよ」
ふわ~と欠伸をしてボクが答えれば、アルファは軽く頷いて、こちらに寄ってくれた。そしてボクの隣に座る…じゃなくて、何故だかソファの後ろに回ってしまうと、その両手をボクの肩に乗せてきたのだ。
一体ボクに何するつもりなんだろ…あっ、そっか。今日から数日は、アルファと二人っきりなんだった…。
「同棲の練習にな?」ってお義父さんも言ってたし…こうやって、自分のお家じゃない一軒家でアルファと一緒に昼夜を過ごすって…なんだか凄く新鮮だ。これぞまさに、新婚生活って感じなのかな?
それに、新婚生活と言えば夫婦の営みだろうし…うん、だからそう言うことなんだよね…?
って思ってたのも、束の間だった。
触手の如くボクの身体を貪ると思われていた彼の両手は、しかし確かにうねうねと動いたんだけど…それは、ボクの肩の上に限られた。
アルファの両手は、適度な力で肩の筋肉を解してくれている。
歩夢「陛下、お加減はどうですか?」
木綿季「…うむ。くるしゅうない」
アルファの肩揉みが結構気持ち良かったから、任せっきりでボクはリラックスしてしまった。
そんな中アルファが一芝居打ってくるもんだから、ボクも適当な返事をしておく。
昨日、雪玉投げたせいで、ちょっと筋肉痛気味だった肩回りも、これでかなりスッキリした。
木綿季「今度はボクがやってあげるよ」
歩夢「いや、俺は別に大丈夫だけど…」
木綿季「いーのいーの!」
暫くしてから立ち上がり、ぐるぐると肩を回したボクは、お返しにアルファの肩を揉んであげることにした。
さっきとは立ち位置を入れ替えて、ボクとは違ってちょっぴり筋肉質な彼の肩に触れさせてもらう。
歩夢「…木綿季はさ、俺の家族のことどう思った?」
そうしてボクがアルファの肩揉みをしてあげると、彼は気持ち良さそうに瞼を閉ざしてから、ふとそんなことを問い掛けてきた。
…全く、この二日間のボクの様子、ちゃんと見ててくれなかったのかな?
ボクは半ば呆れながら、それに答えてあげた。
木綿季「…そうだね。ボクのこと受け入れてくれてるみたいだし、ボクは嬉しかったかな。勿論、歩夢の家族のこと、ボクも良いと思ったよ」
歩夢「そっか。なら良かった」
受け入れられるとどうして嬉しいのか、何が良かったのか。それを言葉にすることは、決してない。
だけど、今はそれで充分なんだ。
マッサージのお返しを終えたボクは、もう一度ソファに座り込む。隣で腰を下ろしているアルファは、それ以来口を開くことはなかった。
そしてボクも同じく、言葉を繋ぐことはなかった。暫しその場には、静かな時間が流れたのだ。心地良い雰囲気だ。
…ずっと先の未来では、お休みの日は、こうやってアルファと二人っきりで…。
木綿季「え、えへへーっ…歩夢と一緒~…」
なんてことを考えていると、ボクは堪らず身体から力を抜いてしまう。引っ張られるみたいに、上半身は勝手に右の方へと揺れ動き、そのまま君の肩にこてんと頭を乗せちゃった。ついでに沈黙も破っちゃった。
ボクに視線をやったアルファは、こう言うのだ。
歩夢「なんだよ、そんなニタニタして」
そんなの自分でも分かっていることだ。でも、妄想が止まらないから仕方ないのだ。
視線を上向けた先にいるアルファに対して、ボクは仕返しのように言い返した。
木綿季「そう言う歩夢だって、ニマニマしてるじゃん」
歩夢「むっ…」
指摘された君は、その手で口元を覆うと、自分自身もまたニヤニヤしていることに気が付いたらしい。小恥ずかしそうな笑みを作った。
そして突然、アルファはソファから立ち上がったんだ。身体を預けていたボクは、当然の如くそのままソファに倒れ込む形になった。
…もうちょっとぐらい、このゆったりした時間続けたかったのに…とボクが不満たらたらな表情を見せると、彼もまた、分かってますよといった表情を浮かべていた。
じゃあなんで…とボクがキッと視線を送り付ければ、彼は「これだ」と言わんばかりに、テレビの方へと足を運んだ。
テレビの電源を点けたかと思うと、近くに置いてあった長方形のハードウェアを持ってきた。
身体を起したボクの横にもう一度座り直すと、丁度お互いの太ももの間ぐらいの位置で、アルファはそれを操作し始めた。
歩夢「折角だし、ゲームでもするか」
木綿季「うん、お家デートの定番だもんね」
歩夢「つっても何する?木綿季はやりたいゲームあるか?」
木綿季「あっ、マリオ〇ートにしよう!」
ボクらはお互いの指を使ってタッチパネル式の画面を操作しながら、色々とカセットを選んでいく。その中でふとボクの知るゲームを見つけ出し、反射的にそれで遊ぶことを提案したのだ。
するとアルファは、なんだか得意げな…ボクを小馬鹿にしたような笑顔で言ってくる。
歩夢「ほーん。この俺に勝てるつもりで?」
木綿季「馬鹿にしてられるのも今の内だけだよ。ボクだってやったことぐらいあるんだから」
売り言葉に買い言葉。安い挑発に食いついたボクは、空いている指でアルファの胸をトンと押しておく。
ボクの言葉を耳にした彼は、少し微妙な表情で呟いた。
歩夢「…やったことある程度じゃ、普通に勝てないと思うけどな」
何を言うのか。確かにボクは、VRMMO以外のゲームについてはあんまり詳しくないけど…これぐらい有名なゲームだったら、ルールぐらい把握してるんだからね!
といった趣旨の言葉を返してあげたのに、アルファは「はいはい」と適当な返事をしたんだ。
だからボクは、そんなに得意なんだったらと、対抗心を燃やして賭けに出たのだ。
木綿季「じゃあボクが勝ったら、歩夢はボクの言うこと聞いてね?」
歩夢「いいぜ、その代わり俺が勝てば…ってことだぞ?」
木綿季「臨むところだよ」
そうしてボクらは、お互いにコントローラーを握りながら、テレビに映し出される大画面でのレースゲームに挑んだのだ。
アルファを威嚇する意味も込めて、ボクは白いオバケを、アルファは緑の恐竜をキャラクターとして選択し、遂にレースが始まった。
スタートダッシュ、コーナーの切り方。加速やアイテムの運気…色んな要因が重なり合い、熱戦で激戦で最高に熱い戦いが繰り広げられた結果──。
歩夢「はい、俺が一位。木綿季は六位と」
木綿季「…」
…うん、ボクはいま盛大な嘘ついたよ。
実を言うと、アルファとは全然勝負にならなかった。アイテムも結構良い感じだったのに、普通に実力で負けたよ…。
えー、そっかぁ…アルファってこのゲーム得意だったんだぁ…。
とボクがこの結果に、ガックシと項垂れていると、隣に座って居る君は、憎たらしい笑顔を向けてくる。
歩夢「んじゃ、木綿季には俺の言うことを聞いてもら──」
そして、活力に満ちた双眸でボクに絶対服従命令を課そうとして来たんだけど…その直前にボクは、割り入って言葉を重ねた。
木綿季「ん?ボクは歩夢の言うこと聞く必要なんてないよー?歩夢さ、『俺が勝てば…』って言っただけじゃん」
とボクが苦しい言い分を呈示すると、やっぱりこれは醜い言い訳だったらしい。アルファは半笑いで言う。
歩夢「いや、セコ過ぎだろその言い訳は」
でもここで引くわけにはいかなかったボクは、この意見を無理矢理押し通そうと試みるのだ。
木綿季「せこくてもなんでも結構だ!ズルーいって言われてもしーらないっ!」
歩夢「えぇ…」
当然アルファは、ボクの横暴に困惑したような表情を浮かべていた。
だけど、ここまでは全部ボクの想定内だ。
最初に無理な提案をして、次に妥協出来そうな提案をする。それが交渉術の基礎だって、どこかで学んだからね。
ボクは若干言い淀む素振りを見せながら、アルファにこう言葉を返した。
木綿季「で、でも…今のは無しして、もう一回勝負するって言うなら、ボクも同じ賭けしなくもないかなー…なんて…」
歩夢「…仕切り直ししたい?」
木綿季「…うん。今のは練習ってことにして欲しい」
歩夢「まぁ良いか。もう言い訳はなしだぞ?」
木綿季「やったー!」
こうして、アルファから真・第一回戦を勝ち取ったボクは、とこの時点で勝利を確信していた。
表面上は勝てないと駄々をこねる子供みたいな態度を取ってるけど、内心は姑息な老婆みたいなものだ。勿論、ボクはピッチピチの女子高生だけどね。
アルファと一緒にステージを選択する最中、ボクはここで彼にヒントを与えることにした。
木綿季「歩夢」
歩夢「ん?」
木綿季「実はね、次の勝負は、秘策があるんだ」
歩夢「ほう」
木綿季「それを使ったら、歩夢は絶対にボクに勝てないんだけど…使っても良いかな?」
歩夢「良いけど…あっ、あれはダメだぞ。コーナーに合わせてダイレクトアタックとか」
なるほど、確かにボクもそれは考えたけど…それを始めちゃ、そのうちプロレスごっこに発展して…多分ボクらはゲームどころの話じゃなくなるからね。ずっとゴールしないまま画面が放置されることになるよ。
まぁ、今からのボクの作戦でも似たような結果に…ともかく、最終的にどんな結果になるとしても、ボクはこのゲームでアルファに勝ちたいんだ。流石に六位は屈辱だったからね。二位とかなら納得できなくもないけど。
木綿季「そんな卑怯な真似はしないよー。ただ、ね…?」
そんなアルファの憂慮を笑い飛ばしたボクだけど、隣の君には嫌な笑みを浮かべてあげる。
彼は訝しそうにこちらを見ていたけど、すぐに画面に集中した。
その頃にはコース選択も終了しており、画面はロード時間に移っていた。
そのレースが開始される僅かな隙間に、ボクは勝機を見出しているんだ。
──ここが勝負どころだ!
バッとソファから立ち上がったボクは──すぐ隣のアルファのお膝に、ちょこんと座らせてもらったのだ!
歩夢「…木綿季?」
木綿季「なにー?ボク甘えたくなっちゃったんだよ~」
歩夢「これは…半分しか本心じゃないな」
木綿季は「そだよ、半分は本心だよ」
お膝に乗るというボクの行動に、戸惑ったような反応を示したアルファに対して、ボクは努めて甘えた言い方をしてあげた。
でも、これに引っ掛かるほどアルファは馬鹿じゃない。しっかり半分ぐらいは甘えん坊なボクが出てきていることまで理解しつつ、ボクの作戦になんの反応も示さなかった。
そうこうしているうちに、レースはスタートした。
ボクの身体でアルファの視界を覆うとか、そんな卑怯な真似はしてないから、当然実力のあるアルファがレースを優位に運んでいる。
だけど、ここからが作戦の真骨頂だ。
不意に、ボクは背中をアルファに完全に預けた。
木綿季「よっと」
一度コントローラーを手放し、アルファの両腕を脇に挟む。でも決してアルファの邪魔はしないように、頭の位置を彼の肩辺りにずらして、彼の視界は確保してあげる。
とその状態を作り出すと、ボクは君の耳元で囁いてあげるのだ。
木綿季「ボクの知ってる歩夢はね、今こう思ってるはずだよ。『あぁ、そういうことか、そんな方法で俺に勝てると思ってるのか』ってね。でもね、これが歩夢に一番効果覿面だって、ボクは分かってるんだ。だから今のアルファはね、こう思い始めてる。『んー…木綿季の髪って、相変わらずサラサラで良い匂いするよなぁ…ちょっと画面から目を逸らして、髪の毛の匂いと感触に集中しよっかなぁ…って言うか、さっきから腕に胸当たってるんだよなぁ…んー…コントローラー握るのやめたら、両手でお触りできそうだよなぁ…絶対柔らかくて気持ちいいよなぁ…木綿季とは結構差が出来てるし、ちょっとぐらい…』そうでしょ?あーゆむっ?」
そうやってボクがクスクス笑いながら囁けば、取り乱しちゃったアルファは、ガンッとレールにぶち当たった。
歩夢「ぐっ…」
忌々しそうに呟いているアルファだけど、もうとっくに視線はボクの方へとチラチラ動いて、コントローラーを握る手は今にもボクの胸を鷲掴みにしようと、ぶるぶると震えている。
あと一押しだと解ってるボクは、また囁きを続ける。
木綿季「ほら、ちょっとだけ…ちょーっとだけだからさ…」
歩夢「……ええい、ままよ!!」
遂に欲望が弾け飛んだアルファは、すぐにコントローラーから手を離した。解放された両手は、すぐにボクの胸元へと吸収されていった。
そのまま公認セクハラ行為を始めたアルファをよそに、ボクはレースゲームを再開する。
当然の如く、アルファはもう二度とコントローラーを手にすることはなかった。ボクにコントロールされちゃったからね。
…でも、アルファって昔はさ、結構適当に触ってるだけだったのに…いつの、間にか、上手に、なってるんだよ、ねぇ…。
そうしてボクは三位フィニッシュ、アルファは最下位と、レースゲームは悲惨な結果に終わった。
気が付くと、アルファの片手はボクの髪を撫でていた。
木綿季「歩夢、一旦お終いだよ」
歩夢「…承知いたしました」
意外にも冷静さを残していたアルファは、ボクの一声によって、両手の動きを止めてくれた。
でも、ボクが振り返って見たアルファの瞳は、既に理性が崩れかけていた。今からのボクの言葉次第って感じだ。
そんな君に対して、同じく欲望色が強くなっていたボクは、命令権を使用する。
木綿季「じゃあ、ボクの命令は…歩夢、今から必要なもの、買いに行かない…?い、一日中分ぐらい、ね…?」
とボクが真面目な雰囲気で、でも途中で恥ずかしさを隠し切れず…言ってやると、彼は一瞬ぽかんと目を丸めた後、微笑みながら言葉を返してきた。
歩夢「羽目は外さないんじゃないのか?」
木綿季「越えちゃダメなラインは越えないよー。だから必要なものを買いに行くのさ」
歩夢「今日は一日ゆっくりするんじゃなかったのか?」
木綿季「適度な運動は必要だからね」
歩夢「んじゃ、行くか」
木綿季「ん」
そうして、二日前から募りつつあったフラストレーションを解放する手段を勝ち取ったボクは、アルファと一緒にお出かけの準備をしたのだった。
──────────────────────
長引く残暑も姿を見せなくなり、久しぶりに心地良い気候が戻ってきた秋の中頃。
俺はいつもと変わらず、学校へ向かって登校していた。
いつもと変わらないと言っても、夏休み明けとそれ以前とでは、俺の学校生活は一変していた。
以前であれば、毎朝自転車通学していたというのに、今となっては、電車通学へと乗り換えているのだ。
その要因は言うまでもなく、ぎゅうぎゅう詰めの電車内で、俺の身体に張り付くように立っている君が居るから…。
歩夢「…」
しかし、距離が近い。
いや、満員電車なんだから仕方がない。それに、こうやって目の前にユウキが居るのは眼福だ。
加えて、電車の揺れに合わせて、俺の頬に優しい香りで柔らかい髪の毛が触れたり、ちょっと身体が触れ合ったりするのは至高の一時だし…うん、電車で痴漢する人の気持ち、俺は今日理解してしまったかもしれない。
まぁ勿論、俺はそんな魔の手から彼女を守るべく、一緒に登校しているのだ。本末転倒な真似をするつもりなどない。
ここは…そうだな。緩みそうな表情をもっとキリッと整えて…。
木綿季「?」
多分、君から見た俺は、相当な頻度でコロコロと表情を動かしていたのだろう。不思議なものを見たような様子で、俺の瞳を覗き込んでいた。いや、可愛いな。
なんて思っていると、電車が大きく揺れ動いた。
周囲の乗客は、軒並みたたらを踏んでいる。
そして、吊革を握れる位置に立っていなかった俺とユウキは…俺は体幹を鍛えているから問題なかったのだが、ユウキはそうもいかない。
ダイナミックな揺れに耐えられず、こちらへと倒れ込んでくる。
木綿季「わっ…」
無論俺は、よろけた君をしっかりと受け止める。右手を腰の後ろに添えて、彼女を抱く形を取った。
木綿季「あ、ありがと…」
歩夢「ん」
揺れが収まると、俺は腕を元の位置に戻した。
どうせ周りは見ていないだろう。なのにユウキは恥ずかしかったのか、頬をほんのりと赤らめていた。うん、凄く可愛い。
ついでにユウキの身体にも触れられたし、これはもう最高というより他ないな。
やがて学校の最寄り駅についた俺達は、そこで電車から降りた。
最寄駅から学校までの道のり。
その十分ちょっとの区間には、当然ながら、俺とユウキ以外の帰還者学校生がうようよ歩いている。
その彼ら彼女らも、やっぱり平日の朝はブルーになりやすいのだろう。彼らはいつもの如く、少し沈んだ雰囲気を醸し出している──訳ではない。
本日に限っては、前を見ても後ろを見ても、皆が明るく元気な面持で登校しているのだ。
そしてそれは、早起きが嫌いな俺も例外ではない。
俺だって今日は、ビックリするぐらいに朝から元気に満ち溢れている。
となると、俺の隣で鼻歌交じりに歩みを進めるユウキは…その様子から分かるように、いつもの十倍はご機嫌だろう。
帰還者学校生の誰も彼もが、こんな朝っぱらから元気いっぱいになれてしまう理由。
それは、今日学校にて、一大行事が催される日であるからだ。
そのビッグイベントとは──。
木綿季「楽しみだねっ!文化祭!!」
元気が有り余って仕方がないのか、俺の隣から一歩躍り出て、その場でくるっと一回転した彼女は、ワクワクを抑え切れていない表情で、俺に語り掛けてきた。
そう、ユウキの言葉の通り、本日帰還者学校では、創設以来初の文化祭が開催されるのだ!
帰還者学校自体は、去年度から設立されていたのだが、学習スケジュール的にも、いきなりの学校誕生だったこともあって、一年目は、とてもじゃないがイベントの開催なんて無理だったらしい。
しかし二年目となる今年は、編入制度も作ったわけだし、教師の人員も増えてきたし、そろそろ行事を充実させていこうという話に纏まり…文化祭の開催が決定したらしいのだ。
学生たる俺からしてみれば、行事ごとがあるのは嬉しい限りだな。
歩夢「随分楽しみにしてるんだな」
木綿季「だってさぁー、文化祭だよ?ボク、ホントに楽しみなんだ!」
俺の前に躍り出てきたユウキに合わせて、俺も一旦歩みを止めると、彼女にそう言ってやった。
するとユウキは、溢れる笑顔でそう言葉を返してくるのだ。いやしかし…制服姿のユウキは、破壊力が半端じゃない。ユウキの制服姿を見始めて、もう一カ月は経ったんだけど…全然飽きる気配がしない。
と言うか、あと一年半ぐらいで見れなくなるのが口惜し過ぎる。
そうだな、目に焼き付けるのは俺の義務だとして…ここは少し、あの柔らかい髪を──。
木綿季「だーめっ!」
歩夢「なっ…」
朝からハイテンションなユウキが、つくづく可愛すぎるのが悪いのだ。
相変わらずユウキからの魅了耐性が皆無な俺は、そうやって自分に言い訳して、堪らず頭をなでなでしようとしたのだが──それは、ユウキがひょいと一歩後ろに下がることで、空振りの結果に終わった。
そして君は、俺の愛情表現を断固拒否してきたのだ。
ここまで真正面から断られたことのなかった俺は、この時、結構本気でショックを受けていた。
もしかしたらユウキに嫌われたんじゃないだろうかと、真面目にそう思ってしまったのだが…。
木綿季「そんなに悲しそうな顔しないでよ~。今日は劇があるからさ、髪型崩れるのがNGってだけだよ?」
その憂慮は、とんでもなく態度に出ていたらしい。俺の顔を見て驚きを示し、焦った様子で心配してくれたユウキは、その理由をちゃんと説明してくれた。
歩夢「あっ、そうだったな…安心した」
そこで、ユウキが文化祭一日目に演劇をすることを思い出した俺は、また安堵を隠さずに息を吐き出すのだ。
木綿季「そそっ、劇が終わったら、気が済むまでよしよししてくれていいからね」
それはしていいんじゃなくて、して欲しいんじゃないのか。
ユウキが流し目で付け加えた一言に、そう思わずにはいられない俺だが、言葉はあくまで別のものにしておく。
歩夢「じゃあ、それまでエネルギー貯めとく。…そういや木綿季って、なんの役するんだ?」
木綿季「それは見てのお楽しみだよ~」
と幾度となく俺は訊ねてきたのだが、直前の今日でさえ、ユウキから得られる答えは変わらなかった。
まぁユウキのことだから、当然お姫様役に決まっているだろう。
そんな感じで、駄弁りながら通学路を進んでいくと、やがて飾り付けのされた正門に辿り着く。
左手に見えるグラウンドには、複数人の生徒が協力し、テントが設置している様子が伺える。
それを横目に映しながら、俺達は昇降口まで移動した。
歩夢「じゃ、また後でな」
木綿季「ちゃんと見に来てよね!」
歩夢「分かってる」
それぞれの教室に向かうべく、俺達はここで一旦解散となる。
俺も自分のクラスへと移動すると、やる気に溢れているクラスメイト達と、色々と打ち合わせをしていく。
因みに俺達のクラスの出し物は、ベビーカステラの屋台だ。売り上げランキングとかもあるからな、みんな本気なんだろう。
学友と下らない話に花を咲かせながら、屋台の骨組みを設置しに行ったり、材料の最終確認をしたりしていると、いつの間にか準備時間は残り僅かとなっていた。
最後に、クラスメート全員で円陣を組んで、気持ちを一つに纏めれば、それで準備はバッチリだ。
外部からのお客さんが来るのは、もう十五分後からではあるが、我がクラスの両隣には、唐揚げ屋さんに焼きそば屋さんが、熱気あふれる様子で展開されている。
唐揚げと焼きそばってのは、屋台の定番だからな。中々手強い競争相手になりそうだ。
しかしこちらとしても、最初の店番にアスナお嬢様が頑張って下さるわけで、集客効果は抜群であろう。負けるつもりなど毛頭ない。
そして俺はと言うと…今日は午前と午後の合間に店番が割り当てられている為、最初は自由に文化祭を楽しめることになっている。
学友が校内のお店や屋台に繰り出す中、それに断りを入れてまで俺が向かうのは…体育館だ。
体育館では、定時になると演劇が催される。
まぁ、男子生徒なんて、友達の晴れ姿或いは情けない姿を見に行く以外には、体育館になんて向かわないだろう。演劇自体には興味がない人間が多いからな。
そういうわけで、俺の学友も演劇鑑賞はパスしているわけだ。
そして俺が、今からそちらに向かうと言うことそれすなわち、初っ端の演劇には、ユウキが出演するということなのだ。
「見てのお楽しみだよ!」って何回も言って、俺には下準備さえ見させてくれなかったけど…ユウキもきっと、今日に向けてたくさん練習したに違いない。
ならば、俺が見に行かないなどという選択肢を選ぶわけがなかろう。
体育館に入場すると、遮光カーテンで覆われ、薄暗く保たれた会場が目に映される。
用意されている長椅子には、男女問わずそれなりの観客が座っていた。
俺も彼らに倣って、長椅子に腰を下ろす。
瞬間、隣に座る複数人が、こちらへと視線を向けてきたのだ。
視線を感じ取った俺が、ふとそちらに顔を向けると──。
歩夢「…え?直葉ちゃん?…っていうか、え?」
直葉「おはようございます、アルファさん」
シノン「やっぱりアルファも、ユウキの演劇見に来たのね」
アルゴ「まァ、今からの演劇見る理由は、ユーちゃんだけじゃないんだけどナ」
ミト「この劇、キリトも参加するらしいわよ」
俺の視界に飛び込んできたのは、よく見知った彼女らだったのだ。
これは流石に想定外の事態だ。俺が驚きの余りに硬直している間に、彼女らは好き好きに言葉を返してくれる。
とここで俺は、キリトが演劇に参加していることを初めて知った。
確かユウキの話によると、この演劇は2クラス合同に大規模でやるって感じだったけど…まさか、あのキリトが舞台に上がるとは。なんで俺に教えてくれなかったんだ。あいつ…恥ずかしいからって黙ってやがったな。
歩夢「でもキリトって…ワカメB役とかやってそうだしなぁ…」
直葉「うーん、お兄ちゃんはそもそも舞台に上がってこない気もしますけどね。なんだかんだ理由付けて裏方回りそうですし」
ミト「『ボクがキリトを指名したってんだー』ってユウキは言ってたわね」
歩夢「因みに二人って、何役なんだ?」
アルゴ「それはユーちゃんに口止めされてるからナー」
シノン「キリトは別にいいけど…ここまで来たらお楽しみでいいんじゃない?」
歩夢「それもそうか」
キリトがここに居ないことを良い事に、彼女らと色々な偏見を交わし合っていた最中、ふと、俺はそう思ったのだ。
歩夢「あれ…直葉ちゃん、学校は?」
そう訊ねてみると、直葉ちゃんはケロッとした様子で答えてくれた。
直葉「今日は休みです」
シノン「私も休みよ」
アルゴ「俺っちも当然」
ミト「私は…本当に今日は休みね」
歩夢「まるで三人が学校サボってるみたいな言い方だな…」
なんてしょうもないやり取りに夢中になっていると、体育館にブザー音が響き渡る。
演劇の始まりを悟った俺達は、そこからは静かに舞台へと注目することにした。
舞台が幕でブラックボックス状態となっている中、まずはBGMと共にナレーション担当の声が流れる。
ふむふむなるほど…語り部の話を聞く限りは、よくある王子様とお姫様の童話ってことだな。完全オリジナルで脚本されてるみたいだし、どんな展開が待ってるか楽しみだ。
ってことは、やっぱりキリトが王子様役で、ユウキは当然お姫様役なんだろうな。…うん、そうに違いない。
唯一の懸念点としては、演劇の最中にユウキが、あの女たらしに心を奪われてしまわないかだけど…多分、大丈夫なはず…。
ついつい舞台に関する推察から、要らぬ邪推まで働かせ始めたその時だった。
ナレーションの声が途切れ、舞台を閉ざしていた幕が開いていく。
ベニヤ板で作られた背景、その他大道具小道具を伺う辺り、城内の一室の場面だろうか。
そしてその中心にはただ一人、スポットライトで照らし出されるピンクのドレスに身を包んだ少女が……。
歩夢「なん…だと…」ボソッ
居るには居た。
がしかし、そこに居たお姫様は──ユウキではない。
見覚えのあるような無いような、そんな程度の女子学生が、お姫様役を演じ始めたのだ。
俺の愛する君が演劇に参加しているというのに、だ。
分からない。自分でもよく分からないが、何故か全身がブルブル震えている。憤りに似た感情が、頭を飛び出して身体中を駆け巡り──。
歩夢「なぜ、何故だっ!なんであの最強の可愛さを備えしユウキを差し置いてこんな取るに足らない一般人Aぐらいのモブ女子学生をお姫様役という大役に任じているんだ!?今すぐにユウキの役と交代するべきだろう?あぁ、そうだ。そうする以外に有り得ない。でないと世界が許さない。俺も許さない。早く、早く誰かあの偽姫を舞台から引きずり降ろしてくれ。くそっ、誰もやらないならこの俺が直々に──」
ミト「ちょ、ちょっと抑えて!!」
アルゴ「アー坊、大丈夫だヨ。ユーちゃんはお姫様以上に良い役だからサ」
歩夢「…リアリー?」
直葉「はい、本当ですっ!だから一旦落ち着いて下さい。…アルファさんらしくないですよ」
シノン「あなたのせいで舞台が台無しになるところだったじゃない…」
歩夢「…すいませんでした…」
お姫様役がユウキではない。
これには堪らず俺も、業を煮やさざるを得なかった。ブツブツ呟いてみたけれど、この怒りの大津波は収まる気配を見せない。
そして遂には、この感情のままに、長椅子を吹き飛ばす勢いで立ち上がろうとする。
しかしその寸でのところで、彼女らは必死に俺を諫めてくれた。
彼女らの説得の甲斐あって、頭を冷やすことに成功するも、俺は平謝りすることしか出来なかった。
そこからは俺も、もう一度静かに演劇を見守る意思を固めたのだが…お姫様役以上の大役、それは一体…。
と今度は、舞台から目線を俯けて頭を働かせていると──。
「その討伐依頼、ボクも参加させてもらえるかな?」
──随分と聞き覚えのある声が、そして一人称が、俺の聴覚を刺激したのだ。
その二つのヒントで、たったいま舞台に登場したのが誰かなど、俺にとっては愚問に等しいものであったが、すぐに顔を上げてステージへ視線を向ける。
するとそこには、今度こそ、素晴らしい演技力を発揮している君が居たのだが…。
歩夢「…え?あれが大役…?」
俺の視界に飛び込んできた君は、薄汚いローブで身を包み、浅くフードを被った『放浪剣士』として舞台に上がっていたのだ。
因みに今のユウキ、性別は男なんだって。酒場のおっさんが、ユウキのこと「青年」って呼んでたからな。
…なるほど、『ボク』とかいう一人称使ってる女の子なんて、俺もユウキぐらいしか知らない。青年役にはピッタリってことか。ま、そこがまたユウキの良いとこなんだけどな。
取り敢えず、それは置いといてだ。自然体で舞台に臨めるってのは、確かに大きなメリットだ。でもあれが大役かと言われると…う~ん…。
あっ、言うの忘れてたけど、キリトはやっぱり王子様役だった。肩肘の張った演技だったけど、頑張ってますって感じが伝わってくる。
ついでに言っとくと、今のお話の流れは、ドラゴンに連れ去られたお姫様を救い出すべく、勇気ある有志を募っているって感じだ。
もしやアルゴは、俺を騙したのだろうか。やっぱり舞台に乱入してやろうか。でも…ユウキは生き生きと演技してるし、本人が楽しそうなら…それはそれでいっか。俺も温かい目で応援しよう。
そうして演劇はどんどんと進んで行き、やがて大満足のフィナーレを迎えた。
ストーリーが終わると、表舞台で頑張った人たちが、舞台でお辞儀する。それに合わせて、俺達観客は耳が痛いほどに盛大な拍手送るのだ。
そしてユウキは今…舞台の真ん中で、お姫様役の子と手を繋いでお辞儀している。それも、紫のドレス姿でだ。
あれ?ユウキって男剣士役じゃなかったの?って思うだろ?
いやなんとさ、実はユウキ、性別を偽った女剣士だったんだよ。
討伐作戦ではキリト王子以上の目まぐるしい活躍を見せて、お姫様はそれに惚れ込む。ユウキも元々お姫様をお慕い申していたみたいで、最後は二人でゴールイン、めでたしめでたしという訳だ。
要するに、王道ファンタジーに見せかけて、性差別に関する内容を取り入れた、しっかりと作り込まれたお話だったってことだ。
主人公は王子じゃなくてユウキだったっぽいし、まさしく大役だったな。
と最後まで劇を楽しんだ俺は、本当はこのまま、彼女らと共にユウキに会いに行きたかった…。
「頑張ったな」って労いの言葉を掛けてあげたかったのだが…生憎、そろそろ店番の時間だ。
直葉ちゃんらに一声掛けてから、早々にその場を後にさせてもらった。
次話は文化祭の日の続きから始めさせていただきます。
次回の投稿日は、六月八日の水曜日です。
では、また第186話でお会いしましょう!