~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第186話 ある日の二人 後編

 長らく暗所に居たせいだろう。久しぶりの太陽光が眩しくて、俺は思わず手をかざした。

 数秒掛けて太陽光に目を慣らすと、早速我らが屋台へ戻っていく。

 

 戻ってきた先では、既に役割の引継ぎが始まっており、俺も慌ててエプロンを準備した。

 屋台を切り盛りしてくれていたアスナ達によると、滑り出しは順調らしい。やはりアスナ効果のお陰なのだろうか。

 ここからはお昼時と言うこともあって、カステラなんかよりも両サイドの唐揚げ、焼きそばが注目されるだろう。更にはうちのクラスの勝利の女神が欠け、戦況は厳しいだろうか。

 とは言っても、何か良い作戦があるわけじゃない。地道に売り上げ稼ぎするしかないだろう。

 

 アスナ「アルファ君、頼んだわよ」

 

 歩夢「へいへい」

 

 最後にアスナからリーダーシップをバトンタッチされて、ここからは俺達Bグループが屋台を盛り上げることとなる。

 

 このベビーカステラ屋さんでは、製造、販売、そして宣伝の三つの役割分担が為されていた。

 宣伝はベビーカステラさえ作れない野郎共に任せ、製造と販売は、残りの料理出来る組で回していく。

 …いや、俺もあんまり偉そうなことは言えない。ちょっと前までは、ベビーカステラの作り方なんぞ知らんかったわけだし、いま俺が流れるようにカステラづくりに励めているのも、これを機に覚えさせてもらっただけだからな。

 

 長蛇の列が出来ることはなくとも、お客さんは一定のペースでやって来る。

 ベビーカステラの完成品が尽きないよう、俺はクラスメート達と協力し、どんどんベビーカステラを作り上げていく。

 俺の想定していた通り、お昼時が近づくにつれて、ベビーカステラよりも、主食になる屋台へと人が流れ始めた。

 しかし、ならば一切お客さんが来ないかと言うと、そんなことはない。ただ、これまでよりも緩やかなペースに変化しただけだ。

 そのおかげで余裕の出来た俺達は、販売と製造の人員を交代した。俺も今からは販売員として働かせてもらう。

 

 お客さんが来たら、どのサイズのベビーカステラを注文するのか伺って、続いてお金を受け取ってお釣りを渡して、勿論その間はちゃんとアルカイックスマイルを保って…あぁ、やったことないけど、コンビニのバイトとかってキツイんだろうな…。

 因みに隣の販売窓口は、リズベットが担当してくれている。

 やっぱ武器鍛冶屋を生業にしてるだけあって、手際も良いし、何より作り笑顔が板についてるんだよなー…。

 

 「店員さんがボーっとしてて良いの?」

 

 何処からか注意する声が聞こえてきて、俺も気を取り直す。リズベットの方へ向いていた視線を前方に持ち直し、対お客さん専用の作り笑顔を浮かべようとするも…それは呆気なく失敗に終わった。

 お客さん専用とかじゃなくて、普通に笑顔が零れ落ちたのだ。

 だって、俺の目の前には──。

 

 木綿季「えーと…ベビーカステラのLサイズ下さいな!」

 

 ──学生服が似合う君が、元気いっぱいの笑声で、俺に注文しに来てくれたのだから。

 

 歩夢「りょーかい!」

 

 一気にやる気を漲らせた俺は、すぐに後ろへ振り返って、お客さんの注文通り、Lサイズの袋を手に取る。

 …ユウキは一人でLサイズを食べるつもりなのだろうか?

 なんて思いながらもう一度前を向くと、彼女の近くには、仲が良いお友達が数人一緒に並んでいた。恐らく、みんなで少しずつ食べるつもりなのだろう。

 

 歩夢「木綿季、俺はまだ店番なんだけど…」

 

 木綿季「うん、分かってるよ。暫くみんなと遊んでるからさ、時間になったら待ち合わせ場所に来てね」

 

 歩夢「おっけ。ほい、ベビーカステラ」

 

 これからの予定を確認し合った所で、俺はユウキに商品を手渡した。

 対するユウキは、俺に確かに代金分を支払ってくれた。

 そして俺は、販売員としての役目を終えた、と思ったのだが…。

 何故かその場から動かなかった君は、流暢なウィンクを俺にぶちかますと、甘い声で言った。

 

 木綿季「歩夢ー、ボク…おまけ欲しいな~」

 

 そんな風におねだりされてしまえば、俺の心は呆気なく撃ち抜かれた。

 無意識のうちにSサイズの袋を握ると、俺はゆっくりとそれを差し出してしまう。

 

 歩夢「…そ、そうだよな…可愛いお客さんには、オマケあげないと──」

 

 リズベット「ダメに決まってるでしょ!」

 

 しかし、魅了された俺を引き留めたのは、隣で真面目に店員さんやっていたリズベットだった。

 彼女は俺の腕をガシッと掴むと、Sサイズの袋を素早く元の位置に戻す。

 …お、俺は一体何を!?

 ハッと正気を取り戻した俺を見たユウキは、悪戯っ子みたいな笑い方をすると、ひらひらと手を振って言った。

 

 木綿季「…ちぇ、面白くないの。じゃ、また後でね!」

 

 そんな危ないハニートラップに遭遇しつつも、俺はその後、真面目に店番を続けた。

 そろそろお釣りの計算にも慣れてきたタイミングで、第三陣との交代時間がやってくる。次の奴らに持ち場を任せると、俺は予定通り、待ち合わせ場所にしているグラウンドの屋台エリア付近へと足を運んだ。

 人ごみでごった返す運動場の中でも、君だけはすぐに見つけられる。なんというか、ユウキセンサーが働くのだ。

 導かれるままに足を進めて行けば、同じように俺のいる方角を見ていた君と目が合った。

 

 歩夢「店番終わったぜ」

 

 木綿季「じゃ、今からは二人の時間だね。どこ行こっか」

 

 歩夢「合間に屋台見て回ってたんだけどさ、たこせん買いに行ってもいいか?」

 

 木綿季「いいよー。確かあっちの方だったっけ…」

 

 運命に惹かれ合うみたいに落ち合った俺達は、スムーズな流れで、即席の屋台街へと繰り出した。

 向かった先にはしっかりと目的の屋台があって、俺はそこでたこせんべいを、ユウキは隣のお店でフライドポテトを頼んだ。

 それぞれ食べたいものを手にした俺達は、人混みを避けるべく、校舎の方へと進み始める。

 

 歩夢「そういや言いそびれてたけどさ、木綿季の演技、良かったぞ」

 

 ソースの濃い味付けと、天かすのカリカリとしたたこせんを齧りながら、俺は彼女の演劇を素直に褒めた。

 それは何も、お世辞とかそういうのじゃない。ユウキの演劇には心が籠った情熱が感じられて、本当に頑張って練習してたんだなって、観客にもヒシヒシと伝わってくるぐらいに良かったんだ。

 俺から賛辞の言葉を受け取った君は、嬉しそうな笑顔を浮かべた。しかし、その喜色は瞬く間に唸りを潜め、少し困ったような表情を作った。

 

 木綿季「そう言ってくれるのは嬉しいけど…ボク、セリフ間違えちゃったんだよね…」

 

 歩夢「そうなのか?見てた感じだと違和感なかったけど」

 

 木綿季「そうかなぁー…賞状取れなかったらヤダなー…」

 

 ヒョイと指で掴んだポテトを口に咥え、少し納得いかなそうな顔をしている様子を見る限り、ユウキはユウキなりに悩むところがあるらしい。

 その最中、あと少しで校舎に辿り着くというところで、俺達の視線の横側にふと何かのシルエットが映った。

 彼女とほぼ同時にそちらへ目を向けると、そこでは、帰還者学校生の男女カップルが、唐揚げ棒をあ~んし合っていたのだ。

 

 …クソっ。人目も気にせずイチャイチャしやがって。甘いオーラが可視化して見えるんだよ。やめてくれ。全く、これだから文化祭は…。

 え?俺達もバカップルだろって?サッサと爆発しろ?

 …ユウキと破局なんてごめんに決まってんだろ。

 

 歩夢&木綿季「「……」」

 

 仲睦まじい男女に釘付けになっていた俺達は、不意に目を合わせ…ユウキはポテトの入った紙コップを、俺はたこせんの残りを差し出した。

 だけど、そこまでだ。ここであ~んするのは、真似っ子みたいでやりたくなかったからな。

 

 お互いの食べ物をシェアして終えた俺達は、遂に校舎へと足を踏み入れた。

 外では屋台が繰り広げられ、体育館では演劇が公演されている。となると当然、校舎の中でも、色々な催しが為されているのだ。

 クラス教室を活用することで、小さい子向けの輪投げ会場なんかが作られているのは勿論、俺達高校生向けの遊び場だって企画されている。

 校舎を巡りながら、その一つに目を付けた俺は、隣を歩くユウキに言った。

 

 歩夢「木綿季、あそこ行かないか?」

 

 俺が笑顔でそれを指差してやると、ユウキはむぅと頬を膨らまし…何故か軽蔑するような眼差しを向けてきた。

 

 木綿季「歩夢…ボクっていう人がいるのに、メイド喫茶なんか行きたいんだ。変態」

 

 ジトッとした瞳で俺を見据える彼女は、本気の本気で俺に呆れているような気がした。

 しかし俺とて、メイド服を着た女の子が見たいとか、そんな浅ましい動機でそれを提案したわけではなかったのだ。焦る必要がないはずなのに、慌てて弁明を始める。

 

 歩夢「い、いや、違うぞ?俺がメイド喫茶に行きたかったのは、あそこでシリカが頑張ってるらしいから──」

 

 木綿季「ふ~ん…歩夢はシリカにご主人様って呼ばれたいんだ…」

 

 だが、俺が何をどう弁解しようとしても、ユウキはひん曲がった考えに落ち着いてしまうのだ。

 しかしここで折れれば、浮気者のレッテルを貼らてしまうだろう。俺はなんとしてでも、ユウキを納得させようとする。

 

 歩夢「いやいやいやいや!?別にシリカにそんなこと言われたって嬉しくはないからな!?寧ろ申し訳なくなるぐらいだな!?それに、メイド服着てご主人様って呼ばれて嬉しくなるのは、木綿季ぐらいだぞ!?」

 

 身振り手振りを全力で行うこと数秒、心底から湧き出す言葉を脳内で組み立て、だがそれを整理する前に曝け出した結果──ユウキの表情は、疑るようなものから、キョトンとしたものへと塗り潰された。

 そして、時間差でほんのりと顔を紅潮させると、意外そうな口ぶりで訊ねてきた。

 

 木綿季「あ、歩夢は…ボクがメイド服着たら嬉しいの…?」

 

 歩夢「当たり前だ。天にも昇る心地ってこと」

 

 訊ねられた俺は、隠すことなく本音で答えた。メイド服を着て、ご主人様って呼んでくれて、俺を敬愛してくれるユウキ…嬉しくないわけがない。

 俺がそう即答してやると、彼女は何かを誤魔化すような嘆息を吐き出し、目線を逸らして呟いた。

 

 木綿季「…もう、仕方ないからその言葉に騙されてあげるよ…」

 

 歩夢「嘘じゃないって、今度ネットでメイド服注文しとくからな、着てくれよ?」

 

 木綿季「う、うん…」

 

 俺の積極的な計画を聞かされたユウキは、小さな声で頷くばかりだった。

 しかしこうなってしまえば、今はメイド喫茶どころの話ではない。シリカには悪いが、労いの言葉は明日に掛けることにして、メイド喫茶をスルーさせてもらった。

 

 教室前を通り抜け、階段を登り始めた頃には、ユウキもいつも通りの状態に復活していた。

 「スーパーボールすくいで勝負しようよ!」だなんて言われて、俺もその誘いに乗る。

 二階のある教室に入室し、小さな子供たちと共に、目的の遊びに参加したのだ。ビニールプールに浮かぶ色とりどりのスーパーボールを、俺とユウキは大人げなく掻っ攫った。

 が、当然ながら、貰えるスーパーボールは一個だけだ。俺は青いやつを、ユウキはラメの入った透明のやつを頂き、教室を後にする。

 因みに勝負の結果は、三個差でユウキの勝ちだ。彼女は鼻高々に勝ち誇っていた。

 

 木綿季「うーん!文化祭って楽しいね~!」

 

 歩夢「あぁ、文化祭、面白いな!」

 

 校舎をルンルンと弾む足取りで進む彼女は、本当に文化祭をエンジョイしているみたいだ。

 なんて冷静な視点から眺めている俺も、傍から見れば浮かれた調子なのだろう。

 だって、ユウキは言わずもがなだが、俺だって文化祭は人生初なのだ。普段は授業なこの時間に、こうやって伸び伸びと学生限定の娯楽に夢中になれるのは、清々しいぐらいに楽しくて仕方がない。

 

 木綿季「ね、歩夢!なんかさ、青春らしいこと、したくない?」

 

 歩夢「青春らしいこと?」

 

 木綿季「そ。今だけしか出来ない楽しいこと!」

 

 ピタリと愉快な足取りを止めた彼女は、満面の笑みで俺に告げてくる。その抽象的な問い掛けに、俺がオウム返しをすると、彼女は少しだけ分かりやすく言い変えてくれた。

 青春らしいこと…か…。俺もふと足を止めて、シンキングタイムを挟んだ。そして、案外簡単に思い付いた。

 

 歩夢「木綿季、良いこと思い付いたぞ」

 

 木綿季「なになに~?」

 

 俺がニヤリとした笑顔でそう言えば、ユウキは興味津々といった様子で聞き返してくる。

 そんな彼女に、俺は妄想全開の答えを、自信満々に呈示した。

 

 歩夢「今から空き教室行こうぜ。やっぱ青春って言ったらさ、窓の外に浮かぶ白い雲、青空!陽の差し込む教室!誰も座っていない机と椅子に、陽だまりで照らされる黒板!そんで…そこには恋人二人っきり、だろ!?」

 

 木綿季「おぉ~、いいね、それ!うん、行こう行こう!!」

 

 俺の趣向はユウキとも完全に一致したみたいで、俺達はハイテンションに包まれながら、三階の階段を登り切った。

 ここなら教室が使われていることもないし、適当に教室を巡れば、そのうち準備のために鍵を開けている教室にも出会えるだろう。

 それは中々に甘い算段だったかもしれないが、俺達はすぐに空き教室を発見した。

 扉に手を掛けると、ドアが開く予感が伝わってくる。目線でそれを知らせると、ユウキは目を輝かせて頷いた。

 彼女に目配せをするとすぐに、俺は勢いよく空き教室のドアを勢いよくスライドさせ──そして、カチンと硬直した。

 だって、教室の中で広がっていた光景は──。

 

 ノーチラス「…悠那…」

 

 ユナ「…エーくん…」

 

 ──お互いに愛おしそうな熱い視線を送り合う二人が、その顔と顔を近づけ合っていたその瞬間だったのだ。

 ある意味ではグッドタイミング、でも普通に最悪のタイミングでドアを開いた俺は…目を丸くして二人を眺めていた。俺の隣で控えているユウキも…紅潮した顔で驚きを示しながら、目を見開いて二人に注目している。

 俺達の視線を感じ取った二人は、口をパクパクとさせて硬直してしまった。

 

 その四人の中で、時の流れにいち早く舞い戻って来たのは俺だった。

 二人が何か言葉を発してしまう前に、もう一度勢い良く扉をスライドさせる。

 俺の視界が白いドアで覆い尽くされると同時に、ガシャンと耳を打つような音が響いた。瞬間、俺はユウキの腕をガシッと掴んだ。

 

 歩夢「ユウキっ、逃げるぞ!!」

 

 彼女の返事を待つ前にその場から駆け出した俺は、後ろを振り返ることなく全速力で廊下を走り抜けた!

 後方からは二人の声にならない悲鳴が轟いていた気がするが、気にしない気にしない。俺もユウキも何も見てないからさ。

 最初は俺に引っ張られているだけだったユウキも、次第に自分の力で足を動かし始めて──。

 

 木綿季「あはっ…アハハ!!うんうん!これも青春って感じだよー!!」

 

 ──随分と楽しそうな笑顔で、俺の隣を駆けてくれたんだ。

 もう暫くはこの爽やかな表情を楽しんでいたかったけれど、もう廊下は突き当りまで走ってしまった。仕方なく足を止めて、四階へと続く階段を登る。

 

 木綿季「空き教室はあんな感じだったしさ~、どうする?屋上にでも行ってみる?」

 

 俺がユウキの華奢な腕を解放すると、君は小鳥のように階段をぴょんぴょんと進んでいく。踊り場でこちらに振り返って、代替案を提示してくれるのだ。

 

 歩夢「…いや、屋上はさ、なんか、キリトとアスナ居そうじゃないか?」

 

 木綿季「あー…確かにそんな気がするね~。でも、じゃあ何処行けば…」

 

 歩夢「大丈夫だ。俺にもう一個案があるから」

 

 これはあくまでも予感でしかないが、ノーチラス同様、屋上ではキリト達の愛の時間が繰り広げられているように思えた。このまま屋上に行けば、さっきと同じ結末になるって、虫の知らせが届いたのだ。

 ユウキもそんな気がしたのか、困ったように顎に手を当てていた。

 しかし俺としては、空き教室以外にも青春な場所に覚えがあった。ユウキにそれを伝えてから、俺は四階の廊下を歩いてそちらへ向かって行く。

 

 平日の真っ昼間だというのに、俺達以外の足音は聞こえず、人影だって一つもない。そんな少し特別な感じのする廊下を通り抜けると、俺は目的の場所に辿り着いた。

 今度は先客がいないことを確認してから、透明なスライドドアを横に引いた。

 

 歩夢「青春エリアその3…渡り廊下!どうだ、木綿季」

 

 そう、俺が案内した先とは、校舎と校舎を繋ぐ屋根なしの渡り廊下だったのだ!

 見上げると青空が伺え、上空から降り注ぐ眩しい太陽が、俺達に濃い陰影を作り出す。びゅうと心地良い秋風が吹き込めば、静かなこの地に、グラウンドの方から学生たちの喧騒が聞こえてくる。

 風に吹かれて、艶やかな黒髪とスカートを揺らしている君は、満足そうに嘆息を洩らしていた。

 

 木綿季「ん~…確かに、これも青春って感じだね!」

 

 大空を眺めながらそう言った彼女は、もうこれ以上にないぐらい、心が満たされているように見えた。

 しかし、これぐらいで青春に満足してもらっては困る。俺は君に更なる青春をプレゼントするのだ。

 突風で崩れた髪型を直そうと、口元に動いた髪を元の位置に戻そうとしている君に、俺はぐっと歩み寄った。そんな俺に気が付いたユウキは、尋ねようと口を動かす。

 だがその直前に、俺はアクションを起こさせてもらった。

 

 歩夢「…ん」

 

 もうユウキとの距離が目と鼻の先だった俺は、そのまま更に顔を近づけ──ユウキのとろけるように柔らかい頬に、唇を触れさせた。君の頬っぺたが吸い付き、キスの音を鳴らすと、俺はもう一度元の位置に顔を戻した。

 俺の唐突なキッスを受け取った君は、少し恥ずかしそうな表情ではにかんだ。

 

 木綿季「…えへへ…どーしたの?急に」

 

 俺に求愛行動を示され、普段の数倍は色気づいたユウキは、にこにこと笑いながら、柔らかい口調で訊ねてくれた。

 良いものが見られた俺は、ニヤッと笑いながら答えた。

 

 歩夢「ほら、こういうのも、青春ってやつだろ?」

 

 木綿季「…そっか、それもそうだよね。ほっぺって感じがせーしゅんだね~。じゃあ…お返しだよ!」

 

 俺の言葉を受けて、納得したように何度も頷いた君は、瞬く間にその可憐な顔を急接近させ、俺の頬にしっとりとした唇を重ねてくれた。

 そうして、一時の青春を味わった俺達は、鉄柵に持たれ掛かった。暫しその場で、時間の流れさえ忘れてしまうようなゆったりとした時間を過ごしたんだ。

 そんな感じが、文化祭の初日の出来事だった。

 

 これは余談だけど、文化祭の最終日に、見事ユウキは主演優秀賞に選ばれた。壇上に上がって賞状を受け取った君は、大切そうに賞状を握っていた。

 そして俺も約束通り、数日掛けて蓄積させていたユウキへの気持ちを、頭なでなで公開処刑型で示してやったんだ。

 その時のユウキと言ったら、もう尻尾を振り回す勢いで喜んでくれて…そのワンシーンを目にした学生たちの間では、色んな噂が囁かれたのだった。

 

 

 

 

 

──────────────

 

 

 

 

 真っ白な検査着に身を包み、ベッドの上で頬杖を突く。

 ぼんやりと眺める窓先では、何年経っても変わらない大都会が広がっていた。

 とは言っても、やっぱり数年ぶりに眺めるその景色には、少なからずとも変化が見られる。

 例えば、あそこにあったはずのコンビニがなくなっていたり、建設途中だったビルが完成していたりと言った感じだ。

 まぁ、そこはやっぱり大都会だってことに変わりはないんだけどね。

 

 朝からずっと眺めているこの景色だけど、お日様が下るにつれて、その姿も変化していく。

 丁度夕刻の今は、ビル群が西日に照らされ、街中に大きな影を立たせていた。

 少しずつ変わりゆく街並み。この病院にやって来たその時は、まだみんな一緒だったのに…その変化をこの目で見届けられたのは、家族の中でもボクだけだった。

 

 木綿季「…アルファまだかな…」

 

 夕焼けの世界を眺めていると、少しだけセンチメンタルな気分になってしまう。そんな気持ちを振り払うように、ボクは無意識のうちに、君の名前を呟いていた。

 今日の彼は、まだボクの元にやって来てくれていない。いつもと比べてかなり遅いし、アスナ達も来てないから…ボクも少しだけ寂しかったりする。

 なんて思っていると、ボクの願い事が届いたみたいだ。コンコンと扉がノックされた。

 

 木綿季「どうぞー」

 

 もしかしたら、アルファやアスナ達じゃないかもしれない。だからボクも一応、お客さん用の落ち着いた返事をしておいた。

 ボクの返事を聞いたその人は、ゆっくりと扉をスライドさせる。

 そこから顔を覗かせた彼は、少し気まずそうな表情を浮かべ、開口一番に謝った。

 

 歩夢「…悪い、木綿季。ちょっと寄り道してたら、来るの遅くなった」

 

 木綿季「…」

 

 歩夢「…やっぱ、怒ってる?」

 

 本当のことを言うと、アルファが今日もボクの様子を見に来てくれたってだけで、ボクはすっごく嬉しいんだ。

 でも、ボクを蔑ろにした理由が寄り道だってなると…ちょっとだけ、心の中が不機嫌になっちゃった。

 済まなそうな目線で言葉を待つ彼に、ボクはプイとそっぽを向いてやった。

 

 木綿季「…別に?ボク怒ってなんかないもんっ…」

 

 歩夢「ごめんごめん。寄り道にはちょっと訳があってさ、木綿季にとっても悪い話じゃないんだ」

 

 木綿季「…なにさ、悪くない話って」

 

 ボクのムスッとした様子に、困ったような微笑みを浮かべていたアルファは、そんなことを言ったんだ。

 悪くない話だって言われて、聞く耳を持ったボクは、もう一度彼の方に振り返った。

 すると君は、ふとこんなことを訊ねてきた。

 

 歩夢「ユウ…木綿季、今日何の日か知ってるか?」

 

 木綿季「今日?…今日かぁ…ん~…ちょっと分かんないかな…」

 

 今日は五月の初め頃で、特に注目すべき祝日があった気がしない。一連の祝日でゴールデンウィークだってことぐらいしか、ボクには思い浮かばなかった。

 そう答えたボクに対して、実は学校帰りな彼はバッグのチャックを開ける。

 そしてそこから、何処かのお店のものと思われるビニール袋を取り出したかと思うと、答えを教えてくれた。

 

 歩夢「今日はさ、五月五日、端午の節句だ。だから、寄り道して和菓子買って来たんだ」

 

 な~んだ、ボクの為に寄り道してくれてたんだ…。

 ボクの座るベッドの前の机に、袋の中に入っていた二種類の和菓子を取り出した彼は、断りを入れてから、ボクの隣に腰を下ろした。

 「買って来てくれてありがと」って言いたかったんだけど、彼の思わぬ言葉に、ボクは聞き返しちゃった。

 

 木綿季「端午の節句…?」

 

 歩夢「木綿季は知らないのか?こどもの日ってやつ」

 

 そんなボクの様子を見て、意外そうな表情を浮かべたアルファは、もう一つの呼び方で訊ねてくれた。

 そこでボクも、脳内の知識と彼の言葉が合致したのだ。

 

 木綿季「あ~…こどもの日のことかぁ~!ボクらのお家はボクと姉ちゃんだけだったからさ、その文化はなかったんだよね~」

 

 歩夢「あー、じゃあ、柏餅とかちまきとか食べたことないのか」

 

 木綿季「ううん、柏餅は食べたことあるよ。でも、ちまきって言うのは知らないかな」

 

 歩夢「その笹の葉で包まれたお餅のことだ。葉っぱ捲ったら、中から甘いお餅が姿を現すって感じだな」

 

 ボクは知らなかった事情を話しながら、アルファの購入してきたお餅を話の話題にしていく。

 人生初の食べ物を目の前にして、机の上に置いてある葉っぱの塊を指差すと、アルファはちまきとやらの食べ方を丁寧に教えてくれた。

 

 彼の実演に従って、ボクも葉っぱを展開すると、白いお餅が顔を出した。

 ボクはそれをパクリと咥え、モキュモキュと咀嚼する。

 荒めのもち米の食感で、お餅がびよーんって伸びたりはしない。でも、ちゃんともちもちとした感触が口の中で広がって…ちまきという食べ物は、結構美味しかった。

 ごくんと飲み込んだボクは、その感想を述べた。

 

 木綿季「…ん、確かに甘いお餅だね…」

 

 同じようにちまきを楽しんでいた彼も、お餅を飲み込み、話の続きを繋いでくれる。

 

 歩夢「…木綿季ん家は双子だったから、子供の日は関係なかったのか…そりゃ知らなくても当然だな。だったら、鯉のぼりとかも?」

 

 木綿季「それぐらいは知ってるよ~」

 

 歩夢「んなら鎧兜は?」

 

 木綿季「…鎧兜?」

 

 歩夢「そ、ほら、この画像」

 

 ちまきを片手に話に花を咲かせ、一本食べ終えたところで、アルファが次の質問をしてきた。柏餅に手を伸ばしていたボクは、また聞き慣れない言葉に訊ね返す。

 …これじゃあ、ボクの博識ってステータスが自称みたいになっちゃいそうだ。

 ボクなりのアルファに対する自負に危機感を募らせていると、彼はスマホを操作し、金ぴかに輝く鎧兜の画像を見せてくれた。

 それを目にしたボクは、純粋に驚きの声を発した。

 

 木綿季「へぇー、こんなカッコ良いの飾るんだー!」

 

 歩夢「だろ?この鎧兜、男の子は誰もが憧れるんだよなぁ~」

 

 そんなボクの反応が良かったのか、アルファも嬉しそうに鎧兜のことを褒め称える。

 だけど、ここでボクは一つ、疑問に思ったんだ。

 その疑問点を解決すべく、君に訊ねる。

 

 木綿季「だったらさ、歩夢はなんで、SAOで武者系の装備付けなかったの?」

 

 すると君は、少し恥ずかしそうに笑いながら、そのトンデモナイ理由を教えてくれた。

 

 歩夢「いやー、鎧とか暑苦しいし、身軽な方が好きって言うか…それに、『当たらなければどうということはない』ってことで…」

 

 木綿季「当たるから困るんだよ!!全く、ボクが守ってあげなきゃ危なっかしかったんだから…!」

 

 そんな適当な理由でプレートアーマーも付けてくれなかったの!?

 アルファの楽観的過ぎた思考に、ボクは口を挟んで言葉を返しちゃった。

 対する彼も、負けじと事実を言い返してくる。

 

 歩夢「待て待て、守ってやらないとヒヤヒヤすんのは木綿季の方だったぞ?」

 

 木綿季「それはどうかなー?アルファ…じゃなくて、歩夢の方が見てて危なかったよー」

 

 でも、こういうのは先に折れた方が負けなんだ。

 それを分かっているボクは、自分のことは棚に上げてまた言い返すのだ。

 

 でもその過程で、ボクは彼の呼び名を間違えてしまった。

 ボクらはリアルワールドに戻って以来、お互いを本名で呼び合うようにしてるからね。

 しっかり訂正しておくと、彼は「そんな気にしなくていいぞ」って言ってくれる。

 だけど、アルファだって、ユウキを木綿季って言い直してるんだ。

 読み方は同じなのにわざわざ訂正するなんて、彼は彼なりにボクの本名に拘ってくれてるって証拠だ。

 だからボクも同じように、アルファの本名に特別感を持ちたいんだ。

 

 それからもボクらは、いつも通りの何気ない会話に花を咲かせながら、柏餅を食べ進めた。

 ボクらは気が付くと、和菓子をぺろりとたらい上げていた。

 美味しいおやつをご馳走様したボクは、今度こそ、君にお礼を述べた。

 

 木綿季「歩夢、ありがとね、和菓子買ってきてくれて」

 

 歩夢「あぁ、全然気にすんな。寧ろ、ちまきの美味しさを布教出来て良かったぐらいだ」

 

 そんなアルファの冗談っぽい一言に、ボクは少し笑みを零した。

 そしてここに来て、こどもの日のある情報を、ボクは不意と思い出したんだ。

 博識の名を取り戻すのは今しかないと直感したボクは、すぐにこう言った。

 

 木綿季「そう言えば端午の節句って、男の子の成長をお祝いする行事だよね?…じゃあさ、歩夢も身長伸びるように、お祈りでもしてみたら~?」

 

 アルファが身長を伸ばしたがっていることは、この数年でよくよく理解している。ボクとしては、同じぐらいの身長の方が嬉しいんだけど、男の子からしたらそうじゃないのかもしれない。

 だからボクは、悪戯っぽく彼に笑い掛けたんだ。

 隣でボクの笑顔を見ていた彼はと言うと、まずは、「いま間接的に俺の身長バカにしただろ」って感じのボクの悪戯心に対抗する表情を浮かべた。

 でも今度は打って変わって、少し神妙な表情を作ったんだ。

 そしてその末に、彼は柔らかな微笑みを浮かべると──。

 

 歩夢「…それは、来年にでも取っとくことにする。俺はさ、今は…木綿季がもっと元気になって欲しいって思ってるんだ。だから今年のところは、木綿季の健康を祈っとくかな」

 

 ──そんな温かい言葉を掛けながら、ボクの頭をゆっくりと撫でてくれた。

 君の優しさで包み込まれたボクは、少し熱くなった顔を俯け、呟いた。

 

 木綿季「…うん、ありがと…」

 

 明日からは、もっとリハビリを頑張ろう。アルファの為にも、そして今後のボクの為にも。

 健康体を取り戻す決意を、今一度固めたボクは、そのままゆっくりと彼の身体にもたれ掛かり、愛撫に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 




 次回からは、また時が元に戻ります。

 次回の投稿日は、六月十日の金曜日となります。

 では、また第187話でお会いしましょう!

 
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