~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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第187話 最後の歪み

 二月下旬に差し掛かったその頃。リアルワールドと同じように、ALOの世界もまた、乾いた寒波に包まれていた。

 がしかし、このエリアに限っては、その真逆と言っても過言ではないだろう。

 本日、その場に集いし数多のプレイヤー達は、燃え上がるような闘志を内に宿している。また観客たちも同様に、戦士たちの熱狂に、そして鳴り止まぬ歓声に充てられ、狂ったような盛り上がりを見せていた。

 そのせいなのだろう。この地は冬の冷気を軒並み溶かされ、蕾まで芽吹いている始末だ。まるで一足早い春がやって来たようである。

 そんな今冬一番熱い地で、一体何が催されているかと言うと…。

 

 「おいおい、またブラッキー先生が勝ち上がりやがったぜ?」

 

 「東ブロックじゃ、安定で月光ちゃんが勝ち進んでるな」

 

 「どっちが王者になるんだろうなー」

 

 つまりはそう言うことだ。

 今日この日はALOにおいて、第六回統一デュエル・トーナメントが大々的に開催されていた。

 

 そんな中俺は、石造りの観客席でぼんやりと、他プレイヤーの声を聞き流しながら、あちこちで火花を散らすプレイヤー達を眺めているのだが…別に、まだ敗退が決定したわけではない。俺は次の試合の招集を待っているだけだ。

 

 因みに言っておくと、第四回の王者がユウキであることは周知の事実であると思うが、続く夏季に行われた第五回の優勝者は…勿論ユウキである。そしてその時の決戦の相手は、またキリトであったわけで、となると、今大会においては、ユウキの三冠が懸かった大勝負の舞台であるということだ。

 

 現状、ユウキが東ブロック、キリトが西ブロックを破竹の勢いで勝ち上がっており、一方俺はと言うと、東ブロックをなんとか勝ち抜き続けていた。

 中でも苦戦させられたのは、公式の場では初めて相まみえるミトとの闘いだった。

 大鎌を操るプレイヤー自体が少なく、且つミト自身の力量もあって、まだ三回戦目だというのに、かなりの熱戦を繰り広げたのだ。

 そして次なる俺の闘いは…ブロック決勝戦だ。要するに、俺のお相手は──。

 

 ユウキ「ん~、決勝で勝負っていうのは、中々難しいみたいだね~」

 

 トーナメント形式故に連戦に次ぐ連戦。だというのに微塵も疲労の色を伺わせない爽やかな笑顔で、俺の次なる対戦相手は、こちらまで悠然と歩み寄ってくる。その一挙一動には、何処か超越とした凛々しさが伴っていた。

 俺自身、公式戦でユウキと対峙するのはこれが初めてだが…なるほど、確かにユウキは、王者に相応しい風格を持ち合わせていると言えよう。

 俺の周りで駄弁っていたプレイヤー数名も、ユウキが道を通る傍から左右に飛び退いているではないか。

 だが俺もそれに負けないつもりで、彼女に道を譲ることはない。こちらに寄ってくる彼女に対して、正面から堂々と、爽やかな表情で言葉を返した。

 

 アルファ「まぁな。でもブロック決勝だし、実質決勝戦みたいなもんだろ」

 

 ユウキ「ま、そうかもね」

 

 と俺が威勢よく言うと、ユウキは闘いの興奮を高めながら、大きく頷き返してくれる。

 直後、闘技場中に響き渡るアナウンスが、東ブロック決勝戦を知らせた。

 俺と君との闘いが始まるだ。

 俺達は並んで観客席を後にするが、今は手なんて繋がない。今の俺達は、一人の闘士として、ここに居るのだから。

 

 コロッセオの地下へと移動し、そこで二手に分かれる。

 差し込む光に向かって進むようにゲートを潜ると、そこは戦士たちの舞台だ。

 ブロック決勝戦と言うこともあってか、ぐるりと俺を囲むように、数多の観客たちが音波攻撃の如く騒ぎ立てている。

 ふと真正面に意識を向けると、ユウキもまた、向かいのゲートから闘技場へ入場していた。慣れたもんで、時折観客席に手を振りながらこちらへ中央へ足を進めている。

 そして俺も同じように(手は振ってない)中心へと歩みを進め、戦場にて彼女と相見えた。

 滑らかな動作で鞘から剣を引き抜いた彼女は、その黒き切っ先を俺に向けると、微笑みながら言った。

 

 ユウキ「いつも以上に、楽しい闘いにしようね」

 

 そんな君に対して、俺は不敵な笑みを浮かべると、背中から剣を引き抜き、応えた。

 

 アルファ「おう、良い闘いにしようぜ」

 

 闘いの幕が、いま上がった。

 

 

 

 

 

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 絶妙な力のぶつかり合いによって、鋭利な金属同士が、キンと乾いた音を響かせる。

 真っ昼間なのに、火花でお互いの表情が照らされる。

 大地を蹴ると土埃が舞い上がり、それぞれの動きに合わせて、突風が舞い起こる。

 観客たちの騒めきに、実況や解説の言葉。そんなものは、剣を斬り結び始めるとすぐに、何処か彼方へと遠のいていった。

 

 一合、二合、三合…何度剣と剣をぶつけ合おうとも、ボクらは一瞬の隙も与えない。お互いがお互いに次の手を知り尽くしているからこそ、この緊迫したやり取りは終わらないのだ。

 極限の闘いに身を投じるボクは、次の一手で君を追い詰めるビジョンを思い浮かべ、その瞬間を舌舐めずりするほどに待ち遠しく思う。

 

 …あぁ、やっぱりアルファとの闘いは、すっごく胸が躍るんだ。ここまで知り尽くした相手なんて、彼以外にはいないからねっ…!!

 

 翅を使う暇なんてない。ボクらは足腰を器用に操りながら、一進一退の剣戟を繰り広げるのだ。

 アルファの扱うバスタード・ソードは、軽めの片手剣を扱うボクにとっては、少しばかり相性が悪い。剣の重みに差があり過ぎて、剣がぶつかる瞬間に伝わる衝撃を相殺し切れないからだ。

 

 だけども、まだアルファの反応速度は上がり切っていない。剣戟自体は、こちらに分があるはずだ。

 ボクがメディキュボイドからアミュスフィアに乗り換えて以来、これまでみたいに、完璧に思った通りに身体を動かすことは難しくなった。

 それでも、ボクのポテンシャルを以てすれば、アルファよりは反応速度が上みたいなんだけどね。

 それにアルファは、ちょっとスロースタート気味だから、ボクは勝負の決着を急げばそれで事足りるんだけど…それじゃあ、面白くないよね。

 ボクの中に潜む至高の闘争を求める衝動が、そんな呆気ない幕切れを許すわけがなかった。

 

 最高のアルファを引き出し、そして勝つ。

 

 そこまでやってこそ、ボクは真にアルファに打ち勝ったと言えるのだろう。

 肩慣らし程度に斬り結び合っていたボクは、そこで唐突にスピードを上げた。

 アルファのギラリと輝く振り降ろしを完全に回避すべく、すっと左にズレ込む。

 ボクが剣を受け止めるものだとばかり思っていた彼は、しまったと表情を動かすけど、流石は歴戦の猛者だ。剣を地面に振り降ろし切ることはなく、ピタリと空中で止めると、すぐに防御態勢に移ろうとした。

 でもそれじゃまだまだ遅いんだ。

 その前にボクの放った目にも止まらない突き技が、彼の左肩を貫く──。

 

 ──キンッ!!

 

 アルファ「…ッと…あぶねぇな…」

 

 ──ことはなかった。アルファはほんの寸前で、ボクの剣を受け流してしまったのだ。

 肩に浅い傷を負うに止まった彼は、額に汗を滲ませながら、ボクにニヤリと笑い掛けてくる。

 

 ユウキ「ふ~ん…やるじゃん」

 

 対するボクは、余裕気な表情を保ちながらそう言葉を返し、一旦大きく距離を取った。けどそんな表面上の様子に反して、内心に至っては、天地がひっくり返るほどに動揺していたんだ。

 …今の一撃は、ボクの中では当たる想定だった。これまでのアルファであれば、あの一撃は確実に貰っていたはずなのだ。

 つまりはどういうことかと言うと、アルファはボクの想像以上に、腕を上げている…ボクより反応速度が上ってことはないんだろうけど…まさか、戦闘センスのみに限れば、アルファの方が──。

 

 アルファ「今度は俺からいかせてもらうぞ!」

 

 ボクと間合いを詰めるべく、彼はこちらに急接近してくる。地を滑らすように剣を構えている辺りからして、君は斬り上げから攻撃に入るつもり…と見せかけて横蹴りだ!

 

 とそこまで見切っていたボクは、やはりボクの想定通り、弧を描くように左脚を薙いできた君に対して、蹴りの威力を阻害するよう懐に入り込む。

 と同時に身体を捻らせ、その状態から、鳩尾目掛けてストレートパンチを放った。

 別にこの世界じゃ、鳩尾を殴られたって息が止まるわけじゃないんだけど…それでも、大き目のダメージを稼ぐことが出来る。これでダメージレースにかなりの差を付けられるだろう。流石は戦闘のプロフェッショナルなボクだ。

 彼の行動を完全に予想した自分を褒めながらも、ボクはアルファの身体に拳を捻じ込ませた……つもりだった。

 

 アルファ「甘いっ!!」

 

 ユウキ「えっ!?」

 

 がしかし、アルファは横蹴りの慣性に身を任せて、その場でぐっと身体を捻る。

 真正面に向けたボクのパンチは、当然彼の身体を捕えられず、虚空をつかんだ。

 その間に彼はそのボクの左腕を掴むと、STRに物を言わせて、滅茶苦茶なフォームで無理やりボクをぶん投げた!

 ふわりと宙を舞ったボクは、しかしすぐにグンと重力に身体を持っていかれ、背中から大地に激突する。

 背中に伝わる思い衝撃と共に、一瞬の放心状態に見舞われる。

 けれど、目の前に立ちはだかるアルファが、ボクの身体に剣を突き立てようとしていることに気が付き、反射的に大地を転がった。

 背中が剣に裂かれる感覚と共に、体力バーがガクンと減少する。転がり続けて追ってくるアルファからなんとか逃げ仰せたボクは、今度はこちらから語り掛けた。

 

 ユウキ「まさか、先にクリーンヒット貰う日が来るなんてね…」

 

 その言葉を、君はハッと笑い飛ばしたかと思うと、闘いに興奮を隠せない得意げな表情で言ってくる。

 

 アルファ「油断し過ぎだ。もっと最後まで色々考えろよ」

 

 ユウキ「その忠告こそ、油断なんじゃないの?」

 

 これがいつもの初撃決着デュエルだったら、アルファの勝ちだった。どうやらボクの思った以上に、アルファは出来るらしい。

 …もう余計なことは考えない。アルファを狩り切ろう。

 三度目の剣戟に臨んだその時、ボクの心の中には、僅かの慢心さえ残されていなかった。

 お互いの気合いを衝撃としてぶつけ合い、斬って斬られて殴って殴られて、お互いの体力バーが減少していくにつれて、ボクはこの上ない高揚感に身を焦がしていく。

 

 …もっと…もっとアルファと闘ってたい…まだまだ終わりにしたくないよ…ずっとこの緊張感を楽しんでいたいんだ!

 

 ボクの口元から、闘争心故に笑みが零れ落ちた。

 対するアルファも同じなのか、真剣そのものの表情の中に、何処か嬉しそうな感情が混じっているように思えた。

 気が付くと、お互いの体力はレッドゾーン手前にまで突入している。ふとデュエルの制限時間を確認すると、ラスト一分を切っていた。恐らく、このまま適当に守りに入れば、体力の多いボクが勝利となるだろう。

 

 でもそんなのじゃ納得できないよ!!

 

 ボクは完全な勝利を掴むべく、青天井のように上昇しつつある反応速度に身を任せて、一層激しい剣舞を繰り出していく。

 そしてアルファもまた、応えるように全力でボクの剣を躱し、弾き、受け流し、そして反撃に転じてくる。

 先に体力がゼロになった方の負けだ。これはそういう勝負だ。タイムオーバーになってしまう前にっ…と、ボクは更にギアを上げていく──だからこそ、ボクは彼の魂胆に気が付けなかった。

 

 アルファ「そこ…だぁっ!!」

 

 ユウキ「ッ!!」

 

 気が付くと、ボクの足は大地を失っていた。

 加速しゆく上半身は前のめりになっており、ボクはズサリと大地に倒れ込んだ。

 何が起きたのか、それはボク自身が一番良く解っていた。

 

 …やってしまった。

 これは、ボクの悪い癖なんだ。あんまり闘いに夢中になると、剣を振ることばかりに夢中になって、足元への意識が疎かになって…それをアルファは狙ってたんだ…。

 

 この瞬間にボクは、避けようのない隙を晒してしまった。

 そんなボクの体力はまだレッドゾーン半ば。

 それにアルファの体力だってギリギリだ。もう数ミリ残ってるぐらい。

 そして試合時間はあと五秒…。

 ならば、彼が繰り出す技は、一つしかない。アルファが苦労して形にした片手剣汎用十一連撃OSS──。

 

 予想通り、アルファのバスタード・ソードに、氷のような薄い青が宿った。アルファも残り時間が少ないことは分かっているのだろう。ボクの止めを刺すべく、ソードスキルを発動させ──。

 

 ──次の瞬間、アルファの表情が、躊躇するように歪んだ。

 そして彼は、発動させたソードスキルを…まるで手元が狂ったみたいに、ボクの身体の真横に突き刺してしまう。

 と同時にタイムオーバー。リザルト画面には、ウィナー<Yuuki>と表示される。

 周囲の観客は決勝戦かと錯覚するぐらいに沸き上がった。

 

 ユウキ「……ぇ……」

 

 しかし、闘いの勝者であるはずのボクは、胸に言い表せないようなしこりを残したまま、ただ唖然とするばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、少し間をおいてから行われた決勝戦では、ボクはこれまで通り片手剣使いなキリトと闘い、激戦の末に勝利した。

 そしてボクは第六回統一デュエル・トーナメントの王者となり、見事、統一デュエル・トーナメント三冠を果たした──。

 

 だけど、ボクの心は全く満足で溢れてなどいなかった。

 この胸の中には、納得のいかない燻りだけが充満していた。ブロック決勝戦でのアルファの態度が、ボクはこれ以上に無いほど気に入らなかったのだ。

 だからこそボクは、みんなと一緒に軽く三冠のお祝いパーティーをして、ボクらのお家に戻って来るや否や、隠していた迫真の表情でアルファに詰め寄った。

 

 アルファ「そんじゃ、俺は一回落ちるから──」

 

 ユウキ「アルファ…!!ブロック決勝戦のあれ、どういうつもりなの!?」

 

 玄関ドアを閉めるとすぐに、ボクは彼を壁際に押さえつける。壁ドンなんて可愛らしいものじゃない、煮えたぎった怒りと共に問い掛けたのだ。

 呆けた表情でボクを眺めるアルファに対して、荒々しく言葉を続ける。

 

 ユウキ「なんでわざとソードスキルを外したのって聞いてるのっ!!」

 

 すると彼は、ボクから目線を逸らした。その態度からして、それはほぼ確信ではあったが、やはりアルファは、自分から負けを選んだらしい。

 その事実が明らかになった今、ボクは増々、身体中に憤怒と…そして同時に、ボクのことを一番良く解っているはずのアルファが、どうしてそんなことをしたのか、そんな理解の出来ない疑問を募らせていく。

 

 ユウキ「ボクがそんな勝ち方しても喜ばないってこと、アルファだって分かってるでしょ?」

 

 ユウキ「ボクは王者になりたいんじゃなくて、ただデュエルを楽しんでるってことだって、アルファは知ってるよね?」

 

 アルファ「……」

 

 ボクの気持ちをぶつけるように、或いは問い質すように、ボクは彼に何度も訊ね掛けた。

 でもアルファは、何も答えてくれない。

 しかし、やがてボクと目を合わせると…この上なく済まなそうな瞳を向けながら、遂に言った。

 

 アルファ「……ごめん……ユウキ……」

 

 ボクに謝罪の言葉を送ってきた君は、いつになく、申し訳なさそうだった。苦虫を嚙み潰したみたいな表情を浮かべたと思ったら、その顔を伏せてしまう。

 すっかり委縮していたアルファの様子を受けて、ハッと怒りを失ったボクは、動揺しながらも言葉を続けた。

 

 ユウキ「あ、謝るぐらいなら、あんなこと、しないでよ…」

 

 アルファ「…うん、ごめん…」

 

 ユウキ「…なんでアルファは…あんなことしたの…?」

 

 アルファ「……ごめん……」

 

 でもアルファは、頑なにその訳を教えてくれない。ボクの問い掛けに対して、会話にならないごめんを呟き続けるだけだった。

 これ以上ボクが尋ね続けても、きっと意味はないのだろう。

 それをどことなく悟ったボクは、彼を壁際に押し付けることをやめると、落ち着いた声で言った。

 

 ユウキ「…今日は、もう解散しよっか」

 

 アルファ「…うん、ごめんな…」

 

 するとアルファは、やっぱり何度も謝りながら、とぼとぼと寝室へ向かっていった。

 程なくしてテレポートの音が響き、彼がログアウトしたことを確認する。

 ボクは無心でリビングルームのソファに腰掛けるも、いま君は隣に居てくれない。

 それだけが、ボクらに残されたまだ詰め切れていない心の距離のように思えた。

 

 …どうしてアルファは、ボクにその理由を語ってくれないのだろうか。いやそもそも、なんでわざと負けたりしたんだろう。

 色々頭の中で考えてみても、筋の通った回答は見えてこなかった。

 アルファとは一緒に居てもう四年近くなのに、こうにまで分からないことがあるなんて…。何か困ってることがあるなら、なんでもボクに話して欲しいって何回も伝えてるのに…ボクに相談してくれないことは、少しだけ寂しかったりする。

 でもきっと、いつかはアルファだって話してくれるよね。

 

 仕方なく問題を先送りにすることにしたボクは、適当にウインドウを眺め始めた。そこで、チェニックの修繕を忘れていたことに気が付く。

 取り敢えず、耐久値を復活させてからログアウトすることに決めたボクは、玄関ドアから外に繰り出した。

 アインクラッドの空を飛び立ち、眼下に教会や家々を映しながら、タイラのお店を目指していく。

 とそこで、ふと背後に違和感を感じ取った。

 予感に身を任せて剣を抜刀。そのまま虚空を切り裂くと、空間が揺らいだ。

 そしてそこから現れたのは…やっぱり黒と青のコウモリだ。ボクに一刀両断された二匹は、怪音のような断末魔を上げると、ポリゴン片へと変じた。

 ボクは一つため息を吐き出すと、再び目的地を目指し始めた。

 

 …さっきのコウモリ達は、フィールドにポップするような普通のモンスターとは違っている。もっと具体的に言うと、あれはトレーシング・サーチャーと呼ばれる高位魔法によって生み出された、言わば使い魔みたいな存在だ。

 つまりは、あの使い魔たちは、他のプレイヤーによって召喚されたと言うこと他ならない。そしてその使い魔が持つ効果は、プレイヤーの索敵や追跡というもので…要するにボクは、他の誰かに監視されている…。

 まだこれが一回目とかだったら、ボクもここまで考えない。

 でも、こうして使い魔を撃破するのは、大体一カ月前ぐらいからポツポツと続いているのだ。

 それに、それ以前にだって、時々視線を感じることはあったから、もしかすればもうその時から…ボクは何者かに目を付けられているのかもしれない。

 しかもそれだけじゃないんだ。使い魔の色は、その種族ごとに決まってるんだけど…ボクの傍に潜んでいる使い魔たちは、毎回青と黒のコウモリなのだ。そこを考慮しても、ボクはある特定の誰かに付け狙われている…。

 

 ユウキ「…」

 

 そう思うと、背筋に冷たいものが走った。衝動に任せてバッと後ろを振り返ってみたけど、誰かが居るわけではなかった。

 でも確かに、ボクは知らない人に……そうだ、アルファに相談しよう。ボクはアルファと違って、困ったことがあればすぐに伝えるんだ。きっとそうしてたら、アルファだって次第に…。

 この後ログアウトしたら、すぐにこの話をしよう。

 タイラのお店前で降り立ったボクは、次なる行動指針を決定した。

 

 

 

 

 

 

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 歩夢「…はぁ…」

 

 …また、ため息をついてしまった。

 俺は何をするでもなく、ただソファに寝転がりながら、窓の外に広がる青々とした世界の中で、のんびりと流れゆく幾つものふわふわを眺めていた。

 がしかし、俺はそこにソフトクリームや綿菓子なんかを思い描いているわけではない。本当にただ茫然と、俺はボーっとしているのだ。

 

 仮想世界から現実世界へと戻ってきてからというもの、俺はこのようにして、頭の中で一人反省会を開いては、俺自身の不甲斐なさと言うか情けなさと言うか、まぁなんにせよどうしようもない内面を直視し、項垂れていた。

 …別に、俺はこんな自分が嫌いっていう訳ではない。

 寧ろ、そう在れることが誉れだとさえ思っている一面もあるのだろう。

 ただ、今回はそれによって、他でもない君を悲しませてしまったことが、物凄く虚しくて…。

 

 その時だった。ふと机の方から、コール音が鳴り響いたのは。

 彼方に飛ばしていた意識を取り戻して、ソファから起き上がった俺は、徐に携帯を確認しにいく。

 すると俺に電話をしてきたその人は、まさかの君であった。

 さっき怒られたばかりなのに、また怒られるのだろうか。いやそれは俺が悪いのだから良いとしても、その理由を問われたくはないんだけど…と色々考えているうちに、コール音が三週目に突入する。

 結局、君からの電話を無視出来るわけもなかった俺は、画面をスワイプして応じた。

 

 歩夢「木綿季、どうしたんだ?」

 

 木綿季「えっと、ちょっと歩夢に相談したいことがあるんだ」

 

 俺の第一声に応じたユウキの声は、怒りなど全くもって滲ませていなかった。そして返ってきた言葉からして、先程とはまた別な用らしい。

 俺が話を聞く姿勢に乗り出すと、ユウキはそれを話し始めた。

 

 木綿季「あのさ…二週間ぐらい前かな。ボクと一緒に、ボクらの周りに潜んでたトレーシング・サーチャー潰したの覚えてる?」

 

 彼女の言葉に、俺も二週間前を回想してみる。

 するとすぐに、ダンジョンに遊びに行ったその時に、偶々使い魔が俺達にひっついていることに気が付き、撃破しておいたことを思い出した。

 俺が頷き返すと、彼女は続けた。

 

 木綿季「その使い魔がさ、また今日もボクの後付けてたんだよ。しかも黒と青のコウモリだし、これで何回目なのかまでは数えてないんだけど…」

 

 歩夢「ちょ、ちょっと待ってくれ。…ダンジョンで俺と一緒に倒したのが、初めてじゃなかったの…か…?」

 

 ユウキがサラリと述べたその会話内容に、俺はビックリするぐらい驚かされた。語彙がままならなくなるぐらいにだ。

 慌てて尋ね返すと、彼女は平然とした様子で答える。

 

 木綿季「うん、その前とその後も、時々ボクの周りに居たんだ。アルファと一緒に居る時に気が付けたのは、その一回だけだったから」

 

 歩夢「そ、そうか…」

 

 何度もしつこく付けられているなんて、それはもう…ストーカー行為なのでは…?

 ユウキの言葉に相槌を打ちながらも、俺は良くない予感を感じ取り始める。

 もし次にコウモリを見つけるようであれば、俺はそのまま使い魔を操るプレイヤーをぶちのめしにいこうではないか。何が目的であれ、ユウキの平穏を邪魔する奴は排除せねばなるまい。

 そしてその被害に遭っている君も、この状況にウンザリしているのか、続けて俺にこう言った。

 

 木綿季「だからね、明日ボクと一緒に、その使い魔召喚してる人やっつけにいかない?相手は二人みたいだし、ボクらも二人でさ」

 

 歩夢「あぁ、是非そうしよう」

 

 そうして俺はユウキと、恐らく彼女…若しくは大穴で俺を付けている可能性の高い不届き者を成敗するべく、そんな約束を交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして迎えた次の日、二月下旬の日曜日。

 俺達は昼下がりに、またALOの世界へとやってきていた。

 なんでもユウキの経験則によると、朝方に使い魔を見掛けることはなく、いつも昼か夜にそれを発見するらしいのだ。

 となると、恐らく使い魔を放っている正体不明のX二人は、朝はALOをプレイしていないと言うことなのだろう。

 そんな推察の元、俺達は午後からプレイし始めたという訳である。

 

 その見知らぬ誰かが、ユウキにトレーシング・サーチャーを仕掛ける理由。俺はそれを、昨晩色々と考えてみた。

 やはり一番有り得そうなものは、ユウキに勝負を挑む為の研究だろう。

 なにせ彼女は、統一デュエル・トーナメントを三連覇しているALOでも随一の剣豪なのだ。

 そんなユウキからこの名誉な称号を奪い取るべく、フィールドでは、時折辻斬りデュエルを挑まれることもあるほどだ。今回ちょっかい掛けてきている奴らも、そう言った意図を持っている可能性は大いにある。

 使い魔を召喚したプレイヤーは、その視聴覚を共有することが出来るのだ。それ故に、使い魔を利用してユウキの戦いぶりを調査していると言ったところだろう。

 一方有り得なさそう…と言うよりは、そうであって欲しくないのが、俺達が他の誰かに、粘着行為を仕掛けられているという可能性である。

 だって、毎度毎度ユウキに使い魔を仕掛けるのだ。だったら、ALO内でも有名なユウキをストーキングし…或いは俺とカップリングになっていることに嫉妬して…あぁ、そっちの可能性も充分あるな。

 まぁどちらにせよ、今から俺達の為すべきことは、その二人を見つけ出し、撃退する。ただそれだけだ。

 

 アルファ「んで、こっからどうする?」

 

 ユウキ「ん~、取り敢えず、いつも通り最前線行こっか」

 

 ホームで軽い作戦会議を終えた俺達は、玄関ドアから外へと繰り出した。

 本日のALOは、昼夜逆転となっているようだ。夜の帳に包まれ、闇色に染まった世界には、建物の至るところから淡いオレンジ色が漏れ出し、ほんのりと薄暗い。

 普段通りアインクラッドの街を見下ろしながら、外周へと羽ばたいた俺達は、外に出ると一気に急上昇し、最前線の層に侵入する。

 

 現在の最前線は、第77層だ。

 俺達の真の冒険が始まって以来二層目となる今層は、特になんの変哲もないハイファンタジーな世界観を体現している。

 だが一方で、そこは魔法に関するアイテムやモンスター、ギミックで溢れ返っており、SAOとは似ても似つかない…SAOサバイバーからすれば、これ以上になく新鮮な世界が広がっていた。

 俺達は適当な草原地帯に降り立ち、フィールドを進むと、やがてサブダンジョンと思しき樹林に足を踏み入れる。そこで暫く、モンスター達相手と闘っていると…。

 

 ユウキ「……」

 

 トントン。ユウキから無言で、肩を叩かれた。そして俺もまた、気を引き締める。

 これは俺達が事前に決めておいた合図だ。俺の右肩を二回叩く。それすなわち、トレーシング・サーチャーが付けられたというお知らせであった。

 恐らく、使い魔に隠蔽魔法が掛かっているのだろう。パッと周りを見ただけでは判らないが、よく目を凝らしてみると、木々に紛れて揺らぐ空間を発見出来た。

 

 そして俺は、そのコウモリ共を素早く撃破する…わけではない。

 そうしてしまっては、恐らくまだ近くに潜んでいるであろう、俺達にトレーシング・サーチャーを引っ付けた奴らの喉元に剣を突き付けれないからだ。

 であればどうするのか。それもまた、しっかりと打ち合わせ済みだ。

 俺がこくりと頷き返すと、ユウキもまた軽く頷いてから、魔法の詠唱を始める。

 お宝サーチにしか興味がないユウキが、唯一収めている魔法…つまりは、探知や追跡系の魔法の中で、使い魔を放ったプレイヤーの位置を逆探知するというものがあるのだ。

 ユウキがそれを唱え終えると、光の玉が森の中を駆け巡った。

 

 ユウキ「こっちみたい!」

 

 魔法の先導に従い、俺とユウキはその後をつけていく。

 凸凹の森林を駆け抜け、なぎ倒された木々を飛び越える。川のせせらぎが聞こえてきた水辺、少し開けたエリアで、光玉が一点でホバリングしたかと思うと、カッと強烈な輝きと共に爆発した。

 これは隠蔽スキルを無効化してしまうものだ。すると──。

 

 ユウキ「お前たちかっ!」

 

 ユウキが指をさして叫んだ方角…茂みに潜んだ二人のプレイヤーが、俺達の前に現れたのだ。

 使い魔の色通り、一人はウンディーネの男で、もう一人がスプリガンの男だ。前者は爽やかなイケメン風の長身で、後者は少し痩せ気味な普通の青年といった感じのアバターだ。

 ひっそりとストーキングしていたはずの俺達に勘づかれたことに、二人は大きく動揺する…ことはなかった。

 

 「いやー、やっと見つけてくれたのか~…毎日退屈だったんだけどな~」

 

 これはスプリガンの男。

 

 「…流石は月光ちゃん…颯爽と追い詰める姿も美しい…」

 

 とこちらはウンディーネのイケメン。その呑気な様子からして、二人はあくまでも、平常運転を保っているようだった。

 そんな彼らに対して、俺は早速伝えさせてもらう。

 

 アルファ「お前ら、ずっと俺達のことつけてたろ。もうそう言うのやめろよな」

 

 するとスプリガンの男は、ニヤニヤと笑いながら答える。

 

 「やめないぜって言ったら?」

 

 アルファ「斬る。それだけだ」

 

 ALOの世界においては、揉め事を剣で解決することが認められている…と言うか、運営が積極的に推奨しているのだ。

 それ故に俺が背中から剣を引き抜き、それが脅しではないことを示してやると、彼はおどけた調子でウンディーネの方に話し掛けた。

 

 「なぁ、ちょっと予定より早いけど、もういいか?」

 

 「ん~、まぁ、いいんじゃないですか?もう準備は万端ですし」

 

 意味の分からん身内の話をしたかと思うと、向こうも片手斧とレイピアを利き手に握った。と同時に、ユウキも相手の意図を察したのか、腰から片手剣を引き抜く。

 これまでの二人の様子から見て、スプリガンの方は戦闘目的、ウンディーネの方はユウキ目当てなのだろう。

 ユウキとのデュエルであれば、ここでお互いの出方を推し量り合うのだが…こんな奴ら敵ではないはずだ。

 厄介者は排除する。

 俺は未だその信条を崩すことなく、彼らに斬り掛かった。

 

 

 

 

 

 

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 使い魔を利用して、ボクらにちょっかいを出していた何者か達。

 ボクは本日、遂に彼らを見つけ出すことに成功した。アルファが一応の忠告をしてくれたけど、彼らは聞く耳を持たず剣を握った。

 じゃあもう闘うしかないよね。

 月明かりも届かないような鬱蒼とした森の中、しかし川辺で空は開けており、少しばかりの月光が差し込むこの地で、ボクらは剣で語らうこととなった。

 

 アルファがスプリガンの人を、ボクがウンディーネの人を引き受け、闘いが始まったんだけど…想像以上に、彼らは弱かった。

 ボクの相手するレイピア使いは戦闘慣れしていないのか、まだまだ動きが杜撰だし、ちらりとよそ見してみると、アルファの相手する片手斧使いは、それなりに闘いの心得はあるみたいだけど、今のボクらの敵ではないようだった。

 なのでボクも楽勝に、レイピア使いにダメージを与え続けていたのだ。

 でも一つ、そのウンディーネの男は様子がおかしいところがあって──。

 

 「どうして月光ちゃんは、あんな奴と一緒に居るんだ!僕の方が、何倍だってカッコいいだろう!?」

 

 「あんなお子様の何処に魅力があるんだ!背だって低いじゃないか!」

 

 そう。彼はさっきから、事ある毎にアルファを悪く言っては、自分の方が優れていることを証明しようとしてくるのだ。

 アルファを誰よりも愛しているボクからすれば、それは神経を逆撫でするような言葉ばかりだった。

 ボクは君を馬鹿にされる苛立ちに身を任せて、一層激しく剣を振るう。

 やがてボクの剣を防御さえも出来なくなったソイツは、しかし今なお言い続けるのだ。

 

 「今すぐ僕に乗り換えた方が良い!そうすれば月光ちゃんは最高の人生を──」

 

 ユウキ「人はね、外見も大事だけど、最後に必要なのは、何よりも中身だよ。もうちょっと自分の内面磨いたらいいんじゃない?」

 

 ボクが冷たく放ったその一言と共に、ボクは一歩踏み込んで剣を貫く。

 その一撃を防御し切れなかった男は、大きく吹き飛んだ。

 川辺を二転三転転がったその男は、何処か恍惚とした表情で立ち上がると、独り言のように呟く。

 

 「…やっぱり、月光ちゃんは良い子だなぁ…増々欲しくなってきちゃったよ…」

 

 ハスキーな声で意味の分からないことを言い続けた彼は、再びレイピアを構えた。

 …全く、欲しくなってきたって…この人はこれからも、ストーキングを続けるつもりなのだろうか。もしそうなら、粘着行為としてしっかりと運営に通報することにしよう。まぁ何されたって、ボクは貴方のものにはならないけどね。ボクはアルファのものだからさ。

 

 なんてことを闘いの最中に考えてしまう余裕が生まれるほどに、彼は相手にならなかったのだ。

 それ故にボクはまた、横目でアルファと男の行く末を追っていた。

 …なるほど、あっちの男は、ボクらの思った以上にPVPが得意だったらしい。でもアルファの方が余裕で強かった。

 彼の得物が次々と男に食い込み、そして遂に、とどめの一撃が──。

 

 その瞬間だった。男が早口に呪文を詠唱したのは。

 アルファの剣が振り下ろされる寸前で、スプリガンお得意の煙幕魔法…いや、幻惑魔法が放たれた。

 鼬の最後っ屁のつもりだろうか。アルファとその男は、瞬く間に黒い霧に包まれる。

 男はすぐにその霧から脱出したけど、対するアルファは、そこから身を躍らせることはなかった。

 程なくして、吹き込んだ風と共に霧が流されていくと……そこには、剣を地面に突き刺したまま、虚空を見つめ続けるアルファがいた。

 一体どうしたのだろう。ボクはふと攻め手を止めて、彼に注視してみた。そしてボクは気が付く。

 アルファの身体が、小刻みに震えていることに。そしてその双眸に映る色は、何かに絶望したような暗きものでることに。

 まるで時が止まったかのように、君は突き付ける剣先に目線を吸い込まれながら、その場で固まり続けていたのだ。しかし次の瞬間──。

 

 アルファ「……ぁ……ぇ……?」

 

 君は何かを認識したように、色の失った目を大きく見開く。

 ふっと剣から両手を離し、二歩三歩その場から後退りした。そして──。

 

 アルファ「……ぁ……ぁああ……ああああああああ!!」

 

 深奥にて、声にならない悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 因みに、サブタイトルの「歪み」の読みは、「ゆがみ」ではなく「ひずみ」です。

 次回の投稿日は、六月十二日の日曜日となります。

 では、また第188話でお会いしましょう!
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