「「うおおおおおおお──ッッ!!」」
たった今、第18層のフロアボスが撃破され、第19層へと続く螺旋階段が解放された。攻略組の皆はそれぞれが思い思いの歓声を上げて、無事に第19層に到達できるという喜びを噛み締めている。今回は死亡者がおらず、こうしてお祭りのような雰囲気になっているが、死者が出てしまえば、このようにはいかない。
ラストアタックを飾ったのは、いつものごとくキリトだ。これまで幾度となくボス戦が行われてきたが、そのラストアタックボーナスの大半はキリトがかっぱらっている。アスナもラストアタックを狙っていたようだったが、キリトには一歩及ばず、LAを譲る形になってしまっていた。
アスナはこの事実に納得がいかなかったのか、「私の剣の方が先に当たっていたでしょ!」とキリトに対して抗議している。一方でキリトも「こっちの方が速かったもんねー」と子供っぽく反論しており、それを見たエギルが苦笑しながら二人をを宥めている。その頃、我らがスリーピング・ナイツのメンバーは…
オウガ「見たか?このオレの見事なヒットアンドアウェイを!今晩はユウキの奢りじゃねえのか?」
ユウキ「ボクの高速剣の方が凄いんだからね!そういう大口は、デュエルでボクに一回でも勝ってから言ってほしいな~」
オウガ「ぐぬぬぬぬ…ッ」
こちらもキリトとアスナに負けず劣らず騒がしい。ユウキとオウガは、いつも通り、訳の分からない言い合いをしていた。だが、二人共が心底楽しそうにしている様子を見ると、こちらとしても何だかほっこりする。それに対してサツキは、ボスを撃破した時に立っていた場所から一切動くことなく、得物の刀の刀身をハンカチらしき布で丁寧に手入れしている。
この世界では、昆虫系のモンスターやスライム系統のモンスターを撃破した時には彼らの体液っぽいものが付着したりするが、モンスターの身体を切り裂いた時などに血液が噴射したり、付着したりすることはない。もし、SAOがそこまでリアルに創り込まれていたら、俺は対象年齢から外れていただろう。だったら、俺はこの世界と関わることは無かっただろうか…。
一旦、思考を打ち切って、オウガとユウキの元へ行こうとしたが、今、オウガ達の所に行ったら、流れ弾が飛んでくる気がしたので、取り敢えず、サツキに話しかけることにする。
アルファ「ボス攻略お疲れさん」
サツキ「アルファもお疲れ様」
アルファ「布で丁寧に拭くなんて、刀を大事にしてるんだな」
サツキ「まぁ…癖みたいなもんや」
それから、このボス戦でドロップしたアイテムについて聞いたりしていると、サツキがハンカチをストレージに収納し、刀を鞘に納める。その一挙一動は研ぎ澄まされており、思わず無言のまま、見惚れてしまうほどだ。その頃にはオウガとユウキの言い争いも決着がついていたようで、二人がこちらに寄ってきた。
オウガ「んじゃ、今日は第18層のボス攻略記念にパーっとやるわけだが、どうする?18層でやるか?もしくは19層でやるか?」
ユウキ「ん~、ボクは18層の、イタリアンっぽいお店がいいな!」
サツキ「アタシもそこに賛成で」
アルファ「俺はお任せで頼む」
オウガ「オレもあそこは気に入ったからな、多数決で18層に決定だ、そうと決まれば、サッサと主街区に引き返そうぜ」
そういうわけで俺達は主街区に戻った後、全会一致で可決された店でカルボナーラ風の麵類や、その店限定の柑橘系のワインなどをふんだんに楽しんだ。店を出る頃には、既に陽は沈みきっており、今日はもうレベリングや攻略をする予定もないので、一週間分の宿泊予約を入れていた宿屋に向かうことにする。しかし、偶然にも帰路の途中に転移門の前を通りかかったため、せっかくなら第19層の様子を伺ってみようという話に纏まった。
オウガ「次の層はどうなってんだろうなァ?」
サツキ「ジャングルとかやない?」
ユウキ「もうジメジメしたところは嫌だよ。…アルファはどんな感じだと思う?」
アルファ「ん~、砂漠、とか?」
オウガ「そうだったら、重装備の奴らは地獄だろうな!」
俺達はそれぞれの思い描く第19層を心に浮かべながら転移特有の柔らかい光に包まれた。
────────────────
「「……」」
転移した先に広がっていた光景は俺達を絶句させるに充分なほど、壮大で幻想的なものだった。足元には大きな植物の根が張り巡らされており、周囲は背の高いで覆われている。茂みの中では、黄緑色の光を灯した蛍みたいな生き物が飛び回っていた。前方へ注目すると無数にある大きな根が一つの中心に向かっているのが分かる。そのまま視線を上にあげていけば、そこには巨大な樹木が塔のようにそびえたっていた。巨大樹の枝や幹の中には建物が密集しており、そこから暖かいオレンジ色の光が漏れてきている。
ユウキ「あれが街の中心なのかな…」
サツキ「やとしたら、この街、相当広いんやな」
アルファ「まるでファンタジー世界みたいだ…」
そう言った俺は、オウガに「この世界自体が元々ファンタジーだろうがァ」なんてツッコまれる気がしたので、いじられる前に、即座に弁解しようと慌ててオウガの方を見た。だが、オウガは、ぼんやりとサツキとユウキの方を向きながら、巨大樹を眺めていた。
アルファ「オウガ?…そんなにこの景色が気に入ったのか?」
オウガ「……!お、オウ、世界樹みたいでスゲーぜ!」
オウガは俺の声によって、現実に引き戻されたようだ。…もう少し、景色に集中させてあげた方が良かっただろうか。
サツキ「なるほど…世界樹、ね。妖精とか、いたりするんかな」
アルファ「お、サツキってその手の話、結構知ってたりするのか?」
サツキ「ん?まぁ、それなりには知ってると思う。…現実では結構神話とか読んでたし」
アルファ「へぇー、この世界って何かと神話に関係してること多いからさ、サツキの知識が役立つときが来るかもな」
サツキ「ま、その時が来たら、任せて」
アルファ「うぃ」
ユウキ「ボ、ボクも神話については詳しいからね、その手のクエストならボクとサツキの力で余裕だよ!」
アルファ「あぁ、ユウキの知識も頼りにしてるぞ」
ユウキ「…!うん!任せてね~」
俺がサツキと談笑していると、ユウキがサツキに張り合うように声を上げてきた。…サツキは戦闘もピカイチで隙らしい隙といえば、お酒に弱いことぐらいだ。ユウキも心のどこかではサツキに勝るものが欲しかったりするんだろうか。
ただ、ユウキのサツキに対する気持ちはその完璧さに対する嫉妬とかではないだろう。むしろサツキに抱き着いたりするぐらい懐いているんだから、二人の仲が険悪になってしまったら、などと、余計な心配をする必要はないはずだ。これからも良きライバルとしてお互いに切磋琢磨し、高め合ってほしいと思う。
…こんな偉そうなこと考えて、俺は一体何様なんだ?俺が自問自答していると、今まで珍しく黙り込んでいたオウガが口を開いた。
オウガ「…オレはァ、寝る前にちょっくら下見に行ってくるわ」
ユウキ「ボクも行きたい!」
アルファ「下見?酒場かなんかか?」
オウガ「…まぁ、色々、だ」
アルファ「あんまり羽目外しすぎんなよ、明日も攻略が待ってるんだからな」
今の発言を自分でしておきながら、自分が完全にこの世界に馴染んでしまっていることに気が付いた。家庭用ゲーム機に登場していた勇者たちは毎日こんな生活を送っているのだろうか。…まぁ、俺は勇者の器ではないんだがな。
しかし、少し疑問に思うのは、この世界を一つの物語として見るのなら、絶対に勇者の役割を担う存在がいるはずだということだ。もし、例えそうであったとしても、それがどんな形で現われてくるのかが、想像もつかない。そんなことを考えているとユウキが意外そうな声で尋ねてきた。
ユウキ「あれっ?アルファは行かないの?」
アルファ「今日はボス戦だったからちょっと疲れてるんだ。今すぐベッドに飛び込みたいんだよなぁ」
ユウキ「…そっか~、じゃ、また明日ね!」
アルファ「あぁ、おやすみ」
オウガとユウキは第19層の主街区を探索しに、巨大樹がある方向へ進み始めた。サツキは俺と同じく、今日は宿に戻って休むつもりようなので、二人では再び18層に転移する。俺は宿に帰る前に、武器の修繕を行いたかったので、途中でサツキと別れ、鍛冶屋に向かった。
武器のメンテナンスを終えた俺は宿屋まで戻ってきたのだが、さっきユウキに言ったようにそのままベッドインするつもりは無い。俺は今から鍛錬に入るつもりだ。…鍛錬と言っても、そんな大げさなことはしない、覚醒術を任意で発動できるようにする特訓だ。最近は覚醒術を発動させることこそできるのだが、それは極度の集中状態に至らなければならず、使えているのはボス戦で偶に、といったぐらいで、戦闘毎に使用できているわけではない。理想としてはいつでも発動できるようにすることなので、まずは、すぐに集中状態に入れるようになることを目標としている。
この宿屋の隣は空き地になっており、鍛錬を積むにはちょど良いスペースだ。俺は空き地に移動してから、軽く体をほぐして、剣を抜き、臨戦態勢の構えで強敵と対峙している自分の姿をイメージする。集中を高める方法としては、瞑想が一番だとは思うが、座禅を組む形でしか集中状態に入れない、なんてことになってしまうと目も当てられないので、出来るだけ普段の戦闘と同じ状態に近い形で特訓をしているというわけだ。
アルファ「……」
確かに、今の俺は集中状態にある。ならば、何故、覚醒術を発動できないのだろうか。緊張感が足りないのか?…それとも俺のイメージ力が足りないのか?はたまた、集中が極限状態でないのか…、これ以上は考えても無駄な気がする。気が付けばもう夜中寸前った。今日はもう眠ろう。そう思い、宿屋に戻ろうとすると、
ユウキ「……あれ?アルファ?」
アルファ「ゆ、ユウキ!?…お、お帰り…」
これはまずい。先ほど19層でユウキに言ったことと自分が今やっていることに矛盾が生じてしまった。いや、別に悪いことをしているわけではないんだが、何というか、こう、良心が痛むような…。ユウキがいつもよりもワントーン低めの声で話してきた。
ユウキ「ボクさ、アルファは今日は疲れたって言ってたと思うんだよ」
アルファ「はい、仰る通りでございます」
ユウキ「でもさ、アルファは今、剣を持って宿の外にいるよね」
アルファ「左様です」
ユウキ「どういうことか説明してほしいな?」
きっとユウキは、俺が噓をついたことに対して怒っているに違いない。ここは下手な言い訳はせずに、正直に話して、取り敢えず謝っておくべきだろう。
アルファ「えーっと、鍛錬をつんでおりました。噓をついてしまい申し訳ございませんでした」
ユウキはしばらくの間、品定めするような目で俺のことを見つめていたが、ため息をついてから、とうとう言葉を発した。
ユウキ「…ボクは別に、アルファが嘘をついたことに怒ったりしてないよ」
アルファ「え?」
怒ってないのか?予想外の返答に俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
ユウキ「ただ、ちょっと悲しかっただけ…」
ユウキが寂しそうな声でそう呟いたのを聞いた俺は、己の過失の重大さに今更ながら気付かされた。俺は悪意を持っていなかったとは言え、ユウキにウソをつき、それによってユウキは傷ついたのだ。そうだというのに俺は上辺だけの謝罪で済まそうとしていた。俺は心を入れ替えて、もう一度ユウキに対して、今度は本当に申し訳なかったと思いながら謝る。
アルファ「…悪かった」
ユウキ「ん、いいよ。…でも今度からは、ちゃんと言ってよね、ボクも付き合うからさ!」
心を込めて謝ったことが功を奏したのか、途端にユウキの声がいつものように明るくなった。その声を聞いて、やはり、ユウキには明るい様子が似合うことを深く思い知らされる。
アルファ「あぁ、分かった」
ユウキ「…ちなみに、今回の件で一つ貸しだからね!19層で見つけた美味しそうなスイーツ、ご馳走してもらおっと!」
アルファ「マジかよ…」
ユウキの言うスイーツとか、絶対にお高いやつなんだろうなぁ、でもユウキに嫌な思いさせちゃったし仕方がないよなぁ、それでも懐が寂しくなるのは辛いなぁ、と様々な思いが頭の中を錯綜したが、流石に本当に疲れたので、ユウキと一緒に宿の自室に戻ることにする。
そう言えば、さっきからオウガが見当たらないので、ユウキに尋ねてみると、途中までは一緒にいたが、ついさっきオウガに「もうガキは寝る時間だ、宿に帰りな」と言われたらしく、そこで解散したらしい。まぁ、オウガもその内帰ってくるだろ。湯船につかり、ポカポカした体でベッドに倒れ込んだ俺は、程なくして眠りに落ちた。
────────────────
ユウキ「はいっ、今日の攻略はおしまい!今日はもう解散でいいよね?」
本日は第19層の攻略初日だ。新しい層に来た一日目はそれぞれが見たいものを見れるように、個人個人で動くことが多い。ユウキとオウガは昨日で主街区を見回ってしまったのかと思っていたが、ここの主街区の広さは尋常ではないらしく、まだまだ探索できていない所も多いらしい。俺は、まずは武器屋に行って、防具屋も見て、それから掘り出し物を…
オウガ「オイッ、アルファ!チョット付き合えやァ」
アルファ「…オーケー、いい酒場でも見つけたのか?」
オウガ「まぁ、そんなとこだ、行くぞ!」
そういえば、今でもたまにガキと呼ばれることもあるが、オウガも最近になってようやく、俺のことを名前で呼ぶようになった。俺としてはやっと名前を認知してくれた気がして喜ばしい限りである。話を戻すが、オウガが見つけてくる酒場は、毎回料理が非常に美味であるので、今回も期待できるだろう。ユウキはサツキと一緒に、昨日見ていないエリアを探検しに行くらしい。ユウキがサツキの手を引いて、サツキはそれに合わせてユウキについていった。…あれじゃ見た目通りユウキが妹でサツキが姉の姉妹みたいだな。
俺達はユウキ達とは反対の方角にぐんぐんと進んでいき、路地に隠れた酒場に到着した。店に入るや否や、オウガは速攻でビールを注文し、ゴクゴクと飲み干していく。俺はそれを傍らで見ながら、食欲がそそられる名前の商品を二つほど頼んだ。オウガがビールを三杯ほど飲んだ頃だろうか。オウガがここまでのお喋りとは一線を画すような声で俺の名を呼んだ。
オウガ「…アルファ」
アルファ「…?どうした?そんな改まった声を出しやがって」
オウガ「お前には、事前に伝えておくべきことだと思ってなァ…」
アルファ「何だ?」
オウガ「オレ、明日ユウキとデートして、告白することにしたわ」
アルファ「んぐぅ!?」
唐突過ぎるカミングアウトに思わず料理をのどに詰めてしまう。あくまで仮想世界で食事を取っているだけで、現実世界では食道には何も通ってないだろうから、これで窒息死することはないと思うが、条件反射的に俺は慌てて水を押し流した。
アルファ「…いきなりどうしたんだよッ!」
俺は声を少々荒げてオウガに話しかけてしまう。それに対してオウガは四杯目のビールを勢い良く飲み干した後、落ち着いて俺の質問に答えた。
オウガ「いきなりなんかじゃねぇよ、前から考えてたぜ」
アルファ「………そうか、まぁ勝算はあるんじゃねーの?最近、ユウキと仲良さげだしな」
オウガ「…どーだか」
またもや冷静なオウガの受け答えを見て、落ち着きを取り戻した俺は、傍から見ても、オウガがユウキとくっつける可能性が高いことを伝える。しかし、オウガはそれを信じている様子はない。
アルファ「…とにかく、頑張れよな」
オウガ「お前はそれでいいのか?」
アルファ「……は?」
オウガ「…ま、泣いても笑っても明日ですべてが決まんだからな。オレァ先に帰っとくぜ」
そう言い残したオウガは酒場から出て行ってしまった。正直、オウガが俺に言い残した言葉の意味はよく分からなかったが、然程気にすることでもないだろう。残った料理を今度は喉に詰めないよう、ゆっくりと楽しんだ俺は、これから当初の目的である武器屋でも見に行くために、ここでの支払いを済ませようと思って、金額を確認するウィンドウを開いた時に衝撃の事実に気が付いた。
アルファ「…やられた」
オウガはあろうことか、事実上の食い逃げをしており、二人分の金額を支払わされる嵌めになってしまった。後日、ユウキにスイーツを奢ることを考えると、一段と懐が寂しくなった気がして、これから向かう武器屋では、ウインドウショッピングを楽しむ方針に路線変更し、これ以上支出が増えないよう、俺は財布の紐を堅く締めた。
これから先、どうなるんでしょうね。…どんな結果になろうとも、筆者を恨まないでください。お願いします。
では、また第25話でお会いしましょう!