ユウキ「いや~、今日も疲れたね~」
翌日、俺達はいつも通り最前線を攻略するためにフィールドに出て、レベリング等々をしながら一日を過ごした。第19層はどうやら巨大樹がそびえ立つ主街区が中心にあり、その周囲に村が細々と点在しているといった感じの構造になっているようだ。それ故に攻略に参加しているプレイヤー達も主街区を活動拠点にしているらしく、普段の攻略時よりも主街区に集まっている人口が多い。
ユウキ「今日はどうしよっか、みんなでご飯行く?」
アルファ「あー、…今日はパスで、昨日あんまり店回れなかったんだ」
昨日のオウガの宣言通りなら、恐らくこの後ユウキをデートに誘うはずだ。俺は気を利かせて、オウガとユウキが二人になれそうな状況を作り出すことにした。…ちなみに、今回はなんの嘘もついていない。昨日の二の舞にはならないように、な。
ユウキ「りょーかい。じゃあ、今日も個人行動にしよっか!」
オウガ「…ユウキ、昨日いい店見つけたんだけどよ。良かったら一緒に行かね?」
ユウキ「行く行く!サツキもどう?」
サツキ「!……いや、今日はちょっと行きたいところがあるし。二人でどうぞ」
ユウキ「ん。じゃ、オウガ、案内よろしくね」
オウガ「オウ、任しとけ!」
サツキはあの一瞬で、オウガがユウキと二人きりになりたいことを悟ったのだろうか。…前々から思ってはいたが、サツキって中々察しが良いよな。俺は早々にその場を離れて、後でバッタリ良い雰囲気のオウガ達と出くわさないようにユウキ、オウガが向かおうとしている方向とは別の方向に向かった。
アルファ「……」
しばらく、武器屋から防具屋、骨董品屋に怪しげなお店など、色々な商店を見て回ってみたが、なんだか心がソワソワして、目の前に集中することが出来ず、仕方なく宿に戻ってきた。かと言って、眠気が襲ってくるわけでもなかったので、宿の前にある植木の前をグルグルと歩いている。
今になって「お前はそれでいいのか?」というオウガが昨夜言い残していった言葉が俺の頭の中を駆け巡っていた。…俺は、ユウキとオウガが幸せになるなら、何の文句もないはずだ。だったら、どうして心がモヤモヤするんだろうか…。俺はその答えを見つけ出すことが出来ないまま、ひたすら宿屋の前で立ち往生し続けた。
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「まいどー!」
オウガ達と別れた後、主街区の大通りに連なる商店を一つ一つ覗いていくと、すぐに酒屋を見つけることができた。本日、行きたかった所とは酒販売店のことだったのだ。…だったら、昨日買っとけばええやん、と思われるかもしれないが、昨日はユウキと行動していたし、ユウキは見るからに未成年って感じやから、こういうお店はまだ早いかなーって思ったが故である。
この酒屋に良さげなものが無ければ、もうしばらく時間を掛けて、別の酒屋を探そうと考えていたのだが、それは杞憂に終わった。今回購入したお酒は何でも、この街の特産物のフルーツから作り出されたワインを、街の中核である巨大樹の樹液で割ったものらしい。少々お値段は張ったが、いい買い物をしたと思う。目的を達成したアタシは、宿に戻ってワインを堪能することにした。
サツキ「まだ誰も帰ってへんか…」
宿屋に到着したが、皆が借りた部屋に明かりがついていないことから、自分が最初に帰ってきたことに気が付く。人とは、誰かといることが日常になってしまうと、独りになった途端に、寂しさを感じてしまうものだ。そんなことを考えながら、アタシは自室に入って、窓から見える19層の夜景を肴にワインを飲み始めた。…柑橘系の酸味に加えて、独特の苦みを感じる、甘さ控えめで、好き嫌いが分かれそうだが、アタシとしては結構好きな味だ。ボトルを半分ほど飲み進めた頃だろうか。不意にアルファの姿が窓から見えた。
サツキ「…何してんねん」
アルファが宿屋に入ることなく、正面にある木の周りをグルグルと、延々と歩き回っている様子を見て、思わず一人でツッコミを入れてしまう。
サツキ「だいたい想像はつくけどな」
どうせ、オウガがユウキと、くっつくかどうかが気になっているのだろう。しかし、だとしたらどうしてアルファはオウガとユウキを二人きりにしようとしたのだろか。さっきの立ち回り方は明らかにその方向へ持っていく動きだったのに…。…まさか、無自覚とか?
サツキ「まぁ、青春してるなぁ…」
青春している、自らその言葉を発しておきながら、当のアタシはどうだっただろうか。友達と目一杯イベントを楽しんだ?それとも男の子と大恋愛をした?はたまた、趣味やスポーツに打ち込んだ?…最後にあげたものは青春という形ではないとはいえど、アタシという人間を作り上げてきた本質……否、呪いみたいなものだ。だが、前者二つに関しては、全く縁がなかったと言っても過言ではない。いつかの古い記憶が蘇る。
─お前は剣の道に生きろ
─おい見ろよ、あいつ手が傷とかマメだらけだぜ、気持ち悪いよな!
─○○ちゃんって女の子っぽくないよね~、だから、一緒に遊びたくない~
サツキ「……」
アタシは青春の機会を奪われたのだ。……いや、本当にそうだろうか。アタシがあの時、諦めなければ、みんなと仲良くなれていたんじゃないだろうか。アタシは青春を奪われたんじゃなくて、むしろ進んで手放したのではないのか?でも、あの時の皆は、確かにアタシのことを避けていた。だったら、アタシも彼らと関わらないでいることが正解だったはずだ。……だが、その結果がこれまでの自分、そしてこれから先の自分。…アタシの選択は間違っていた…?
サツキ「はぁ…」
一度、大きくため息をついて、考えることを止める。だが、余計なことを思い出したせいで、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまった。これは少し飲み過ぎたかもしれない。窓の外に視線をやると、まだアルファが往来を繰り返していた。
サツキ「こんな時は、体を動かすのが一番、やな」
そう思ったアタシはすぐに自室を出て、アルファの元へと向かった。
サツキ「アルファ、良かったらデュエルでもせえへん?ちょっと運動したくてさ」
アルファ「!…サツキか…」
どうやら、アタシが目の前にまでやって来ていたというのに、アルファはアタシの姿に気が付かなかったらしい。…どんだけ気になってるんだか。
サツキ「ま、アルファも落ち着かへんねんやろ?そんな時は一回頭空っぽにした方がええからなぁ」
アルファ「…そうだな、じゃ、デュエルでもやろうぜ」
アタシ達は少し開けた場所まで移動してから、お互いの剣技をぶつけ合った。
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ユウキ「ん~、美味し~!」
オウガ「だろォ?」
ユウキ「これ食べたかったんだよね!」
オウガ「へッ、ユウキのことなら何でもお見通しだぜ!」
ユウキ「じゃあ、ボクのサブウェポンの名前は?」
オウガ「ンなもん流石に分かんねぇよ」
ユウキ「なら、何でも、っていうのは噓になっちゃうね!」
オウガ「言葉の綾だ、言葉の綾」
ユウキが楽しそうにしている様子を見て、オレの心も嬉しくなる。オレは昨日、ユウキと別れた後に見つけたユウキの好きそうなスイーツが食べられる店に訪れて、ディナーを楽しんでいる。アルファとサツキが気を遣って、オレがユウキと二人きりになれる状況を作り出してくれたんだ。この機会を逃すわけにはいかない。
しばらくの間、ユウキと談笑していると、オレ達はとうとう食事を終えてしまった。お会計は、オレが全額払おうとしたのだが、ユウキが、ボクも払う!と言って聞かなかったので、ユウキの意見を尊重することにした。
ユウキ「いいお店だったね。明日も行きたいぐらいだよ!」
オウガ「そいつァ良かった」
ユウキ「じゃあ、そろそろ宿に戻ろっか?」
オウガ「…いや、ちょっと見せたいものがある。付いてきてくれるか?」
ユウキ「見せたいもの…?うん、いいよ」
オウガ「…こっちだ」
オレはユウキを先導して、巨大樹を上り詰めていく。現実世界と違って早足に登っても、息が切れたりしないのは仮想世界の便利な所だ。それなりに巨大樹の上部に来ると、その太い幹から奥へと伸びている一本の枝の方へ進む。
オウガ「ここだ」
ユウキ「うわぁ…凄い…」
オレ達が行きついた枝先は、展望台のようになっており、そこから見える月や星々が輝く夜景は、ここに来たばかりで目にした主街区の姿に負けないぐらい美しい。…覚悟を決めろ、オレ、告白するなら今しかないッ!
ユウキ「天井があるのに星とか月が見えるなんて何だか不思議だね…」
オウガ「ユウキ…」
ユウキ「?」
オウガ「オレは、ユウキのことが好きだッ!付き合ってくれないか!」
ユウキ「!?…え…?」
訪れた沈黙。オレにはその静寂が何時間も続いているような錯覚に陥る。しかし、次の瞬間、ユウキがその沈黙を破った。
ユウキ「えっと、オウガの気持ちは嬉しいな」
この導入の言葉は敗北確定みたいなものだろう。…まぁ、本当のことを言えば、こうなることは分かっていた。
ユウキ「でも、その、オウガのことは仲間として見てたっていうか、ボク、他人にこんなこと言われたことが初めてで、上手く言えないんだけど…」
オウガ「…マジかよ、告白されんの初めてなのかよ。最近のガキどもは見る目ねぇんだな」
オウガ「あと、ユウキの言いたいことは分かってんぜ、お友達ならオッケーだけど、恋愛対象にはならねぇってことだろ?」
あくまで平気な顔をしながら、いつも通りの様子を装って冗談を交えながら会話を続けるが、自分で言っておいて、胸が痛い。
ユウキ「…うん、ごめん」
オウガ「なに、謝るこたァねぇよ。…それに、最初っから振られるって分かってたからよ」
好きな人に謝られると何故か、心が痛む。これはオレだけに起こる現象なのだろうか?
ユウキ「分かってた…?」
オウガ「あぁ、ユウキはアルファのことが好きなんだろ?そりゃあ、振られるだr…」
ユウキ「なんでそこでアルファが出てくるのさ!ボクはそんなこと思ってないよ!」
そう言った途端にユウキが声を荒げて反論してきた。その必死さを見ていると何だか可笑しくて、苦笑してしまう。
オウガ「オイオイ、無自覚かよ。…ま、頑張れよ」
告白されるのも初めてだったんだ、まだ恋愛というものに疎いのかもしれない。
オウガ「ここから、宿屋までは一人でも帰れるか?」
ユウキ「うん、帰れるよ。オウガは戻らないの?」
オウガ「ちょっと、心の整理をしてから、な。…また明日からは仲間としてよろしくな」
ユウキはまだ何かを言い続けていたが、オレの耳には入ってこなかった。まだユウキと少しでも一緒にいたいという気持ちと、今すぐに一人になりたいという気持ちがせめぎ合い、後者が勝ったのだ。オレの心はもう限界だった。
ユウキ「…そうだね、じゃ、おやすみ、また明日ね」
オウガ「あぁ、お休み」
こうやって二人きりになれるのも今日で最後なのだろう。もうオレに可能性はない。その事実が俺の心に重くのしかかってきて、胸が締め付けられる。負け戦に挑んで、こんな思いをするぐらいなら、いっそ想いなんて伝えなければ良かっただろうか?
…オレはそれは違うと思う。例え自分の望んだ通りの結果が訪れなかったとしても、行動に移さなければ望む最良の結果を掴むチャンスさえ放棄することになるのだから…。オレは独りで夜景を眺めながら、物思いに耽った。
────────────────
アルファ「やっぱりサツキは強いな…」
サツキ「アルファも相当強くなったやん。結構危なかったで」
アルファ「そりゃ、どうも」
…何処が危なかった、だ。サツキの圧勝じゃねぇか。本日は、サツキと何度かデュエルを繰り返したが、結局一度も勝つことはできなかった。何というか、ユウキは純粋に剣速が異常なほど速い一方で、サツキはユウキよりは剣速が遅いとはいえ、剣の扱い方がこれまた異常に巧く、どこを狙ってもアッサリとこちらの攻撃を防がれてしまう。
個人的には、相手にしていて嫌なのは圧倒的にサツキの方だ。とは言え、ユウキに圧勝できるわけではないが…。
アルファ「ちょっと疲れたから…そろそろ部屋に戻ろうかな」
俺はサツキにそう伝えてから宿屋のエントランスに向かおうとした。すると、サツキが彼女の名を呼ぶ。
サツキ「お、ユウキやん、お帰り」
ユウキ「あ、サツキと、…アルファ」
ユウキの返事がいつになく元気のない声だったので、思わずユウキがいるであろう方角に首を急回転させた。…オウガがいない!?まさか、失敗したのか!?事の顛末が一気に気になり始めた俺は、ユウキにそれとなく聞いてみることにする。
アルファ「オウガは一緒じゃないのか?」
ユウキは肩をビクッと震わせてから、俺の問いに答えた。
ユウキ「お、オウガ!?…きょ、今日も途中で別れてきたよ?」
アルファ「そうか…」
オウガの名前を出した瞬間、タジタジになったユウキの反応と先程の元気のない様子を見る限り、これは振られただろう。…正直言って、結構意外な結末だ。俺はてっきり成功すると思っていたんだが…。
ユウキはそれだけ言い終えると、イソイソと宿の入り口に向かっていく。その場に取り残された俺とサツキはしばらく無言で突っ立っていた。
サツキ「オウガ、振られたっぽいな」
アルファ「…そうだな。…って、そこまで気づいてたのか」
オウガがサツキに告白のことを教えるタイミングは無かったはずだ。…わざわざ、メッセージで伝えることでもないし、一体どんなマジックを使ったのだろか。
サツキ「あんなん、余裕でバレバレやん」
アルファ「そ、そうか」
当たり前のようにそう言ったサツキを見て、俺は少し返事に困ってしまう。俺はオウガに言われるまで気付けなかったんだが…。これは俺が鈍感だったりするのか?いや、サツキの勘が鋭いからに違いない。
アルファ「にしても、なんで振られたんだろうな、俺は勝算あると思ってたんだけど…」
サツキ「…そんなんも分からんの?…あかんなぁ~」
サツキは俺の顔を見ながら、珍しくニヤニヤしている。俺がどういう事なのかを聞き返す前にサツキは宿の方に歩き始めてしまった。
アルファ「…俺も戻るか」
今頃、オウガはヤケ酒でもしてるんだろうか、今日ぐらいはそっとしておいた方がいい気がして、俺も宿に戻って就寝準備をすることにした。
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オウガ「ハァ…ちきしょうがよ…」
ジョッキは既に三本ほど空いている。オレは展望台から降りた後、フラフラと彷徨っていると、いつの間にか、何かに導かれるように路地に迷い込んでいた。すると、路地の突き当りに酒場があったので、そこでヤケ酒を実行することに決めたというわけだ。
珍しく、少し頭がクラクラして来た。…この世界では酔いは無いんじゃァなかったのか?
「そんな辛気臭い顔してどうしたんだ?」
突然、澄んだ声が後方から聞こえてきた。声の主の方を見ると、何だか視界がぼやけてよく見えないが、黒い装備で身を包んだ男だろう。その男はカウンター席に座っていた俺の隣に腰を下ろした。
「マスター、コイツに黒エールをプレゼントしてくれ」
「あいよ!」
店主の気前の良い返事と共に、俺の前に黒エールが出てくる。
「ま、話ぐらいなら聞いてやるぜ」
オウガ「…」
わざわざ、見ず知らずのオレに黒エールを奢ってまで、オレのことを気にかけてくれたんだ。そんな奴は良い奴に決まっているだろう。オレはお礼を述べてから、今の自分の気持ちをこの男に話し始めた。
オウガ「実はよォ──」
「なるほどな、そいつは辛いことだな」
オレはこの男に今日起きたことを一通り喋り終えた。誰かに気持ちをさらけ出すことで、幾分か心が楽になった気がする。
「自分の好きになった人には、自分以外に好きな人がいた、と」
オウガ「…アァ、そうだ…」
…改めて他人に事実を述べられると、結構メンタルに来るもんだな。
「オイオイ、別にお前を傷つけようと思って言ってるわけじゃねぇよ」
男は楽しそうに笑いながら、そう言った。それは、悪意のあるねっとりとした笑い方ではなく、映画に出てくるようなきれいな笑い方だ。
オウガ「…分かっている」
「……お前、その男がいなければって思ってんだろ?」
オウガ「!?」
隣の男が急にそんなことを言い出してきて、思わずオレの背筋は凍り、勢い良くその場を立った。余りにも衝撃的過ぎるこの男の発言に、一気に酔いが醒めていく。
オウガ「な、何言ってやがんだ、オレはそんなこと思って…」
オレはそんなことは思っていない、そう言葉にしようとした時に一瞬考えてしまった。…アルファがいなければ、オレにまだチャンスがあるのではないか、と。
「誰にもばれずに、そいつをヤれる方法があるってんならどうする?」
「これはゲームの世界だぜ?現実世界で死ぬなんてありえねぇだろ?」
男が続けて耳元で囁く。その陽気な声を聞くと、何だか、この男の言う通り、この世界はゲームの延長線でしかない、あくまでもこれはゲームであり、何をしても許される、そう感じてしまっているオレがいた。
オウガ「……」
──オレは悪魔の手を
握ってしまった。
う~ん、何だか雲行きが怪しくなってきましたね。これは一体どうしたものか…
では、また第26話でお会いしましょう!