~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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 三連休最高!
 ただそれだけ


第28話 信じるということ

 オウガ「…助かった。お前らまで巻き込んで、悪かったな」

 

 麻痺状態から回復したオウガは腕や足を頻りに動かして、自身の身体が思い通りに動かせることを確かめながら、礼を言った。PK集団と思われる男たちはここから消え去ってしまったが、雲隠れからの奇襲という可能性を考えて、俺とサツキは警戒を解かずに周囲に意識を張り巡らしている。しばらくしても、奴らからのアクションは微塵もなかったので、俺達はとうとう警戒を解き、武器を納めた。

 

 アルファ「…ふぅ、流石に疲れた」

 

 俺は一気に緊張が緩み、深く息をついた。三人共無傷とは言えないが、誰一人欠けることなくこの局面を乗り越えられたことに安堵した。

 

 オウガ「…でもよォ、サツキのアレ、どうすんだよ…」

 

 サツキ「……」

 

 サツキが斬りかかった男はグリーンカーソルだったせいで、システムには、先制攻撃を仕掛けたサツキが犯罪者であると判断されてしまい、サツキのカーソルがオレンジ色に変化しまったのだ。

 オレンジカーソルは周囲のプレイヤーに自らが犯罪を犯したことを周知されるだけでなく、圏内の街を訪れることが出来なくなったりするなどの重いペナルティが課せられる。これはプレイヤーの間では広く知れ渡っている事であるため、サツキやオウガもそれを知っていたようだ。そのせいもあってか、サツキの表情はひどく険しい。

 

 アルファ「大丈夫だ。アルゴが言ってたけど、オレンジになったとしてもフィールドのどこかに現れる旅人から、カルマ浄化クエストってのが貰えるらしい」

 

 オウガ「そいつは安心したぜ。じゃあ問題はここからどうやって街の外に出るか…」

 

 俺は、この場所が街中とは違ってプレイヤーを攻撃できるという事実から、ここが圏外であるということに今更気が付いた。犯罪者が圏内に侵入すると、バカ程強いNPCが街のガーディアンとして問答無用で襲い掛かってくるらしい。これもアルゴから手に入れた情報だ。

 しばらく頭をひねらせて、ここからフィールドに出る方法を考えていると、サツキが一つ案を出してくれた。

 

 サツキ「アイツらは多分、こっから脱出したんやと思う」

 

 サツキが指さす所に向かうと、そこには何本もの枝が絡まり合って出来た自然の螺旋階段のようなものが目に入った。

 

 サツキ「じゃあ、行ってくるし、先帰っといて」

 

 サツキがそう言い放って枝先から螺旋階段の方へ飛び移ろうとしたので、俺とオウガは慌ててサツキを制止して、その場に留まらせる。

 

 サツキ「…なに?はよ行かな、明日に間に合わへんかもしれんで」

 

 オウガ「だからって一人で行くなよ。その先でPK集団の奴らが待ち伏せしてたらどうすんだよ」

 

 アルファ「オウガの言う通りだ。…だから俺がサツキと一緒にここを降っていく。オウガはもう宿に戻っていいぞ」

 

 オウガ「なんでだよ、二人より三人の方が安全だろ?」

 

 アルファ「それはそうだけど…今頃、ユウキが体力が減った俺達のことを心配しているはずだ。それでユウキが慌てて一人で夜のフィールドに出て行ったらそれこそ危険だ。オウガにはユウキにそれとなく何事もないことを伝えておいてくれ」

 

 オウガ「そういうのはアルファがやれよ」

 

 アルファ「…無理、ユウキを誤魔化しきれる気がしない。…そもそもこれはオウガのせいで起こったことでもあるだろ?俺達に迷惑かけてんだから、それぐらい頼む。ほら、行った行った」

 

 オウガ「ぐぅ…!それを言われちゃ仕方がねぇな、お前らも無茶だけはすんなよ」

 

 こうして俺達は二手に分かれて、それぞれの目的を達成するために動き出した。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 ユウキ「…みんな遅いなぁ…」

 

 今晩はみんな予定が入っていたようなので、ボクは街の一角にあるレストランで食事をしてから、寄り道することなく早々に宿に戻っていた。普段は皆とご飯を食べているからか、久しぶりの一人飯は物凄く寂しいものに感じた。──現実世界だと、ほとんどの一人で過ごしてたから、孤独には慣れていると思っていたのに…。やはり、人の温かさに一度でも触れてしまうと、それは忘れられないものになってしまうのだろう。

 そんなことをぼんやりと考えながら、自室でハーブティーを嗜んでいると、突然、オウガのHPが減少した。ボクは心臓がドキッとしたが、恐らくフィールドでレベリングなり、素材集めなりをしてるんだろう、と結論付け、平静を保つ。しかし、その後すぐに、立て続けにアルファの体力がジワジワと減り続け、サツキも体力が僅かに減少し始めたのだ。三人の体力が削れるという事態には、流石のユウキも落ち着いてなどいられなかった。最悪の場合が頭に浮かんできた時、背中が凍るようにゾクリとしたが、みんながどこにいるのかも分からない状況なので、闇雲にフィールドに出るわけにもいかず、ヤキモキしながら宿でみんなが無事に帰ってくるのを待つことしかできなない。

 アルファたちの体力の減少はすぐに終わったが、メッセージをいくら送っても、何の返事もなく、不安は募っていく。そんな時、自室のドアをコンコンとノックする音が聞こえたので、ボクはみんなが帰ってきたのだと確信して、すぐにドアを開けに向かった。

 

 ユウキ「だ、大丈夫だった!?」

 

 オウガ「お、おう」

 

 ドアを開いて、何も確認することなく一番口でそう言うと、若干ボクの勢いに押され気味の声でオウガが返事をしてくれた。その返事を聞いたボクは心から安心して、深くため息をつく。しかし、オウガの他に、アルファとサツキが見当たらない。すぐにボクは、二人について尋ねる。

 

 ユウキ「あれ?アルファとサツキは一緒じゃないの?」

 

 オウガ「あー…さっきまで一緒にいたけど、アイツらはもうちょい素材集めしてるってよ」

 

 ユウキ「そうなんだ…言ってくれれば、ボクも手伝うのに…」

 

 何故かボクがそう言うと、オウガは安心したような顔をしていた。どうしてそんな表情になったのかは分からないけど、すぐにオウガは、今度は途端に煽るような顔をしてきた。

 

 オウガ「オイオイ、もしかしてサツキに嫉妬でもしてんのか?ん?」

 

 ユウキ「な、なんでそうなるのさ!ボクはただ、みんなでやった方が効率がいいって思っただけなんだからね!」

 

 オウガ「またまた~、ンなこと言っちゃって?」

 

 ボクもついついムキになって反論してしまい、それを見たオウガがまた煽るような口調でボクを囃し立ててきた。またまたボクは言い返してしまうが、そこで不意に、オウガと自然に話せていることに気が付いた。

 

 ユウキ「あ…」

 

 オウガ「どうした?」

 

 ユウキ「…なんか、オウガとこうやって自然に会話できたのって久しぶりだねって思ってさ…」

 

 オウガ「…そうだな、あれは悪かった。まぁでも、オレはもう何の問題もないからよ、ユウキも気兼ねなく話しかけてくれていいぜ」

 

 ユウキ「ありがと…ごめんね、ボクの方こそ」

 

 オウガ「へッ、ユウキが謝るこたぁねぇよ。んじゃ、また明日な」

 

 ユウキ「うん、また明日ね!」

 

 オウガは二つ隣の部屋に入っていく。ボクもドアを閉めてから、椅子に腰を掛けて、少し冷めたハーブティーの残りを一気に飲み干した。…オウガとのギクシャクした関係も改善できたし、みんなの安否も確認できたし、今日はもう寝ようかな。そう考えたボクは一日の締めくくるためにお風呂場に向かった。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 「「……」」

 

 巨大樹の枝で出来上がった天然の螺旋階段を降りると、そこは主街区を支える巨大樹の内側を繰り抜いた洞穴のような構造になっていた。俺達はPK集団が待ち伏せをしている可能性を考慮して、常に周囲を警戒しながら洞穴を進んでいく。一応、ここは圏外扱いらしく、ガーディアンに襲われることもなく、洞穴の出口までやってくることが出来た。

 洞穴を抜けると、そこは見慣れたフィールドが月光で淡く照らし出されており、昼間の明るい時間に見るフィールドにはない美しさを見せつけてくれる。ここに来るまで、サツキは一言も喋らずに表情を強張らせていた。何よりもPK集団が襲ってくる恐れがあった為、周囲の些細な異常に気を配っていたかったこともあるが、俺はいつもとは何処か違う厳しい表情をしたサツキに掛けるべき言葉を見つけることが出来ずに、無言で歩き続けていた。

 

 アルファ「…あいつ等が言ってたことなんて気にする必要は無いと思うぞ」

 

 サツキ「…分かってる」

 

 背の低い草木が生い茂っている草原のフィールドに出たことで、物陰からの奇襲の心配がなくなった。少し余裕のできた俺は、サツキの表情が変化した原因であろうリーダー格の男の言葉を思い出し、サツキがオレンジになってしまったことを気に病んでいるのではないかと考えて、フォローの言葉を掛ける。

 だが、どうやら俺の想定は外れたようで、サツキの表情は変わることなく、短い返事が返ってきただけだった。再び俺たちの間に沈黙の時間が訪れる。しばらくお互いに黙り込んで、襲い掛かってくる夜行性のモンスターをなぎ倒しながら、例の旅人を探してフィールドを彷徨っていた。そしてとうとう、革で出来たロングコートに深く帽子を被っている、明らかに旅人であろうNPCが小川の傍で佇んでいるのを見つけた。サツキは直ぐにNPCに話しかけて、クエストを貰ったようだった。

 

 アルファ「クエストの内容は何だったんだ?」

 

 サツキ「ジャンキーウルフの毛皮を十集めろ、やって」

 

 アルファ「それならすぐに終わりそうだな。取り敢えず、さっき倒した奴からドロップした毛皮が三つ…」

 

 意外と簡単なクエスト内容に驚きつつも、その程度なら日が昇る前に宿の戻って睡眠が取れることに喜ぶ反面、これならオレンジになったプレイヤーがすぐにグリーンに戻れることに少し恐れを感じる。

 俺達がここに来るまでに手に入れた毛皮をサツキに手渡しながら言葉を続けようとすると、サツキが俺の言葉を遮った。

 

 サツキ「ここからはアタシ一人でやるから、アルファはもう帰っていいで」

 

 アルファ「?二人でやった方が効率良くクエストを達成できるだろ?それにPK集団の奴らが近くにいる可能性も…」

 

 サツキ「…ごめん、今は一人がいい…」

 

 いつもの俺ならば、ここは安全性を考慮して意地でも二人で行動しようとするだろうが、サツキの有無を言わせない鋭い瞳を見て、俺は引き下がることにした。

 

 アルファ「…分かった。じゃあ、先に宿に戻ってるから、気を付けろよ」

 

 サツキ「……ちょっと待ってくれん?」

 

 俺が背を向けて、主街区の方向に向かって歩き出そうとすると、サツキがそう呼び止めてきた。俺はサツキの方へ体を向けて返事をする。

 

 アルファ「どうした?」

 

 サツキ「……アルファ達にとって…アタシはどう映ってる?」

 

 アルファ「……」

 

 正直言って、質問の意味が分からない。だが、サツキの真剣な眼差しを見ると、適当にそう答えるわけにはいかない気がするので、少し考えてみる。しばらくの静寂の後、俺は答えを出した。

 

 アルファ「…色々考えてみたけど、やっぱ、仲間、かな。俺達にとってサツキは仲間、なんだと思う」

 

 サツキ「…それは、攻略する上での仲間ってこと?」

 

 アルファ「ん~、確かにそういう側面もあるけど、本質はお互いに信頼し合える仲間ってとこかな。…自分で言うと恥ずかしいけどさ」

 

 サツキ「……そう、じゃあ、また明日」

 

 アルファ「おう、また明日な」

 

 サツキは颯爽とフィールドの奥へと走り去っていく。…ちゃんとサツキの求める質問の意図を汲めたのだろうか。そんなことを思いながら、俺は再び主街区に向かって歩き出した。

 

 

 

 

────────────────

 

 

 

 

 「おとーさん!いまのどうだった?」

 

 「すごく良かったぞ!いい型だった。これは将来が楽しみだな!」

 

 「うん!アタシがんばるね!…まだ、剣は持てないの?」

 

 「まだまだ○○は小さいからな~」

 

 「う~、じゃあアタシ頑張って大きくなる!」

 

 「ハハハ!そうかそうか、可愛い奴め」

 

 「えへへ~」

 

 父親が少女の頭をグシャグシャと撫でている。頭を撫でられた少女は、気持ち良さそうに口元を綻ばせていた。それは、よくある幸せな家庭の日常の一部を切り取ったような光景だ。舞台は木造建築で建てられた道場、少女は剣の型を練習していたようで、その年に見合わない綺麗な足捌きは、この少女がこれからの真剣道の未来を背負うに足る存在であることが推し量れる。

 何処で運命の歯車が狂いだしたのだろうか。少なくとも、この時まではちょっと特殊な家庭であるだけだったのだろう。少女の姿が辺りの空間と共に歪んでいき、場面が切り替わる。

 

 「ねぇお母さん、お母さん…目を開けてよぉ…もっとお話ししたいよぉ…ねぇ、お母さん、お願いだから……うわあああああん…」

 

 「……」

 

 「グスッ…どうしてお父さんは泣かないの?悲しくないの?」

 

 「悲しいに決まってるだろッ…だけど、いつまでも泣いてはいられないんだ。お前を立派に育て上げるためにはな…」

 

 「お父さん…」

 

 夏のある日、突然母親が他界した。死因はピストルによる胸部の貫通が影響した心不全だ。母親が銀行に向かった時に偶然強盗と鉢合わせてしまったという不幸な出来事だった。

 布団で寝ている母親の身体は冷たく、唇も青ざめており、とても昨日まで生きていた人間だとは思えないほど、その身体には血の気が通っていなかった。…この日を境に人生が転落し始めた気がする。

 

 「…お父さん、アタシもう稽古したくない…」

 

 再び場面が切り替わり、今度は少女が申し訳なさそうに父親にそう告げている。

 新しい一年が始まると、少女は突然、学校で友達がいなくなってしまったのだ。何故か新しいクラスの同級生は少女を遠慮気味に避けたり、意地悪なことを言ってきたりした。他にも、今まで友達として過ごしてきた同級生に、どうして自分と遊んでくれないのか?そういう事を聞くと、手にある傷や豆が凡そ自分たちと同じ様に見えず、自分たちとは違う異質なもののように映るという趣旨の言葉が返ってきたことを未だに覚えている。

 他にも、父子家庭になってしまったことから同級生の親が、余り関わらないようにと、子供に避けることを指示していたのかもしれない。今はそんな時代ではないが、少し前までは母子家庭、父子家庭などの少数の存在は、両親がいる家庭の多数派から異質と見なされ、嫌煙されることが多かったのだ。

 もちろん少女はそんなことには気が付かず、ただ、女の子らしくない、と言われた原因を断つために、最近やり始めた木刀を用いた稽古をやめたいと言い出したのだ。

 

 「ダメだ。○○は稽古を続けなさい」

 

 「嫌だよ!どうしてなのッ?」

 

 「もうここの流派を継げるのはお前しかいないんだ。お前は剣の道に生きるしかない」

 

 「嫌だったら嫌だ!」

 

 「…お母さんもそれを望んでいたんだ…」

 

 「……」

 

 結局、少女は稽古を続けることにした。稽古を続けた理由は、父親の言う通り母も少女が立派な剣士に成れる日を楽しみにしていたし、そして何よりも、母が亡くなってから見る見るうちに精神的に衰弱していった父親を見ていられなかったからだろう。今ここで少女が剣の道を諦めれば、それは即ち母の望みを断つことに繋がる。そうなれば、母の望みを叶えようとしている父親の生きる意味を奪ってしまうのだと、少女は幼いながらに悟っていたのだ。

 そのせいで少女は周囲から孤立してしまったが、もう気にすることは無い。例え友達が出来なくなったとしても、一人で楽しめることは多い。その結果として、少女は本を読んだり、絵を描いたりすることが好きになっていった。その中でも特に、ファンタジーな世界や神話がお気に入りであり、いつかそんな世界に行ってみたいと思うようになった。

 

 「…○○、稽古の時間だ。道場で待っている」

 

 「了解やけど、ここ片付けてからな」

 

 時は流れ、少女は十代後半になった。学校にはしっかりと通っているが、未だに友達と呼べる関係の人はいなかった。小学生時代に今まで仲良くしてきた友達に裏切られたあの感覚が脳裏に焼き付いてしまったせいで、他人を信じることが難しくなってしまい、無条件に信じられる人なんてもう家族ぐらいになってしまっていた。信じていたものを裏切られるとは、それほど心に深い傷を残すものなのだ。

 最近は少女が家事全般をこなしている。いつの間にか関西弁を使うようになったのは近所の世話焼きのおばさんが関西出身のせいもあるだろうが、今は亡き母が関西弁を使っていたことが一番の影響かもしれない。父親も最近は元気を取り戻し、以前と変わらない様子に戻っていた。少女はそのことが純粋に嬉しく、軽快なステップを踏みながら道場へと向かう。

 

 「今日の稽古はこれにて終わりだ」

 

 「いや~、流石に疲れるわぁ」

 

 約二時間程度、短い時間でみっちりと修練を積むのはやはり身体が疲れる。その日は猛暑日だったということもあって、エアコンなんて付いていない古い道場での稽古によって父親と少女は汗だくになっていた。少女は晩御飯の前にこの後すぐお風呂に入って汗を流すことを決意する。少女はタオルで汗を拭きながらいつものように父親に話しかけた。

 

 「毎度毎度、稽古がきつすぎるんよな、もうちょっと優しくしてほしいもんやで」

 

 「今日もよく頑張ったな、偉いぞ」

 

 「アハハ~、もうそんな年じゃないって~」

 

 父親が少女がまだ幼かった頃にしていたように、大きな手で頭を撫でてくる。少女も何だか懐かしい気分になり、不快に思うことはない。だが、しばらくすると、周りには誰もいないが、少女は少し恥ずかしくなってきて、その場を離れる。すると、父親は少女の肩をがっしりと掴んだ。

 

 「どうしたん?」

 

 「……」

 

 「…ちょっと痛いんやけど、なんか言ってや……えっ?」

 

 少女は父親に押し倒されてしまった。

 

 「お前が、お前が悪いんだぞ…こんな体つきしやがって…△△そっくりに育ちやがって…!」

 

 「や、やめてやっ!お父さん!?」

 

 いきなり父親が押し倒してきたかと思えば、父親が少女を今は亡き母に重ねて襲おうとしてきた。父親の目はギラリと輝いており、少女を娘として見る目ではないことは明らかだ。

 少女は必死になって抵抗するも、父親の体重を押しのけるほどの力はなく、父親にされるがままになっていた。少女は父親に説得を試みるが、父親はそれにかまうことなく、少女の豊満な胸部に手を入れてくる。

 そこで我慢の限界を迎えた少女はついカっとなってしまい、頭上にあった真剣を取って、力任せに父親の頭を殴ってしまった。

 

 「ぐッ……」

 

 「あっ……」

 

 真剣を鞘に納めていたとは言え、それは立派な鈍器としては機能してしまったようで、父親の頭が切れてしまい、額から血が流れ落ちていく。それを見た少女は途端に頭が冷えていき、冷静さを取り戻し始めたが、父親はそうではなかった。

 

 「ゆ、許さんッ…!何故、俺を受け入れない…!」

 

 父親は自らの真剣を手に取り、あろうことか抜刀した。その目からは、今から少女を斬るという決意が是が非でも伝わってくる。

 

 「お、お父さん…それはダメだよ…」

 

 少女の制止にも構わず、父親は剣を振ってきた。その軌道は竹を試し斬りするように確実に少女の胴を一刀両断しようとするものだったが、少女のこれまで積み上げてきた足捌きと身体扱い方によってその一撃を躱すことに成功する。

 

 「あ、危ないよ…もうやめようよ…ねぇ…」

 

 涙ながらに少女は父親に語り掛けるが、父親は再び剣を横に薙ぎ払おうとした。それに合わせて少女もその剣を躱そうとすると、父親の動きはフェイクだったようで、もう一歩出てから剣を振ってくる。少女はそれに対応しきれず、横腹を掠めてしまい、道着が血色に染まり始めた。

 真っ赤に染まる腹部と、そこから発せられる異常なほどの鋭い痛み。ここでようやく、この男が自身を殺すつもりでいることを悟った少女は、自らも真剣を抜刀し、父親と対峙した。

 

 「…ごめんなさい」

 

 お互いの剣が再三に渡ってぶつかり合い、金属同士が擦れ合う聞きなれない音が辺りに響いた。しかし、決着の時は一瞬にして訪れる。父親の積み重ねてきた鍛錬を少女の才能が上回り、少女の一閃が父親の胸を切り裂いた。自分の血と痛みに怯え始めた父親は剣を放棄して命乞いをしてきた。

 少女は、ひどく冷えた心で警察を呼び、その場を治める。少女は、警察から何度も取り調べを受けたが、結局、正当防衛が成立し、カウンセリングに通うことを義務付けられるだけで済んだ。一方で父親は刑務所行きとなった。そこで空間が歪み始め、気づいたときにはアタシは真っ白な場所に突っ立っていた。

 

 父親と過ごす日々の中で、本当に親密な関係を築けている間柄では、お互いに信頼し合えるものだ。そう少女は思うことで過去のトラウマを乗り越えようとしていた。だが、少女がそう信じる源となっていた父親との信頼関係はあっという間に破綻してしまった。心から信じていた相手に殺意を向けられる。この出来事が少女の溶け始めていた心の氷を再び深く凍てつかせてしまったことは言うまでもない。

 人は信じられない、それはどれだけ仲の良い間柄でも、家族であってもだ。人は必ず裏切る、だから信じてはいけない。でも、人は一人では生きていけない。だったら人は信用は出来るけど、信頼は出来ないということなのだろうか。人は信頼できない、信じてはいけない、信用は勝ち取らなければならない。信じるって何なんだろう。アタシが信じても誰もそれには答えてくれない。信じる必要なんてない。信じることは依存すること。それは弱さだ。それでも、アタシが求めていたものは?それはお互いに信じあえる関係?…そんなものはフィクションだ。現実はいつだって無常だ。信じられるものなんてない。人はそんな綺麗な存在じゃない。信じても裏切られるんだ。ならば最初から信じる必要なんてない。誰かを信頼してはいけない。痛い目を見るのはアタシだ。そんな苦しい思いをするくらいなら、もういっそ誰も信じない。信じることと信じないこと。本当に心が渇望しているのはどっち?信じる信じない信じる信じない信じる信じる信じない信じる信じない信じる信じない信じる信じない信じる信じない信じる信じる信じない信じる信じない信じる信じない信じる信じない信じる信じない信じる信じない信じる信じない信じる信じない信じる信じる信じない信じる信じない信じる信じる信じる信じない信じる信じる信じない信じる信じない信じる信じない信じる信じる信じる信じる信じる信じない信じる信じる信じる信じる信じる信じる信じる─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────彼らを、信じていたい

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな風にアタシの心が感じた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 明日が憂鬱になってきました。早く次の休みにならないかな…。

 では、また第29話でお会いしましょう!

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