~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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 早くも次の祝日まで、身体が持ちそうにない筆者です。毎日休みにして欲しい…。


第29話 枯れ木に花

 サツキ「…ッ!はぁはぁはぁ……」

 

 何かに駆り立てられるような気持ちでベッドから飛び起きたアタシは早まる鼓動と共に呼吸を乱していた。アタシはすぐに体を起こして、ベッドの上で胸を押さえ、息を整えながら、夢の中での出来事を思い出してみる。…あまり思い出したくないことだったが、確か、実の父に殺されかけた日のことだった気がする。とは言っても夢での出来事はあまり覚えてはいないのだが、これほどまでに自分が取り乱してしまうものは、あの出来事ぐらいしかない。

 あれ以来、アタシは人を信じずに、何処か他人と距離を置いて生活してきた。それはこの世界においても例外ではない。彼らを信用すれども信頼せず、常に彼らから、攻略に置いて必須である、他者との連携を円滑なものにするための、彼らから最低限度の信用を勝ち取るための行動をしているだけだ。人というものを信用するためには対価が必要なのだ。対価のない信頼などというものは、まやかしに過ぎない。アタシはアルファたちに、戦力としての価値を提供しているし、それは彼らも同様で、アタシもアルファ達から連携プレーという恩恵を受け取っている。このようにして、お互いが対価を差しだすことで、一定の信用関係を築く必要があるのだ。そうしなければ、最後に痛い目を見るのはアタシだ。

 …だが、今回の一件は本当に最低限の信用を維持するための行動だったのだろうか。正直言って、アルファのことなんて放っておいても良かったのではないのか。そんなことをしなくても、信用関係は築けていたはずだ。だったら、どうしてアタシはアルファの行動を気に掛けたのだろうか。…アタシが信用以上のことを求めたから?

 

 ──馬鹿馬鹿しい…

 

 他人に信用以上のことを期待するなんて、昨晩の悪夢のせいで少々頭が混乱してしまったのかもしれない。兎に角、昨日のうちにカルマ浄化クエストをクリアし、カーソルをグリーンに戻すことが出来た為、借りていた宿屋に戻って多少の睡眠は取れたのだ。今日のコンディションに影響を及ぼすことはないだろう。

 ふと、現実に意識を戻して、時刻を確認すると、8時15分、そろそろ彼らが朝食を取り始める時間帯だ。いつも通りに行動せず、彼らに余計な心配を掛けさせるわけにはいかない。アタシは思考することを止めて、ベッドから降り、部屋を出た。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 ユウキ「あっ!宝箱発見っ!」

 

 朝食と装備の見直しを終えたアタシ達は迷宮区タワーに入って、ボス部屋を見つけるべくマッピングを行っていた。マッピング作業は、迷宮区の隅々まで探索する必要があるので、アタシ達のような小規模ギルドには厳しいものである。ならば、攻略組の大半が所属しているディアベルが率いるホープ・オブ・ナイツにマッピングは任せておけばいいと主張したこともあったのだが、アルファがちょっとでも速くボス部屋を見つけられる方が良いだろ?と言い、ユウキやオウガもそれに賛成していたので、アタシ達も効率の良い狩場でのレベリングに専念せずに、迷宮区を探索していた。

 迷宮区の良い所はこんな風に、宝箱を見つけやすいことだろう。宝箱はカギに仕掛けられていることもあるため、その場合はトラップを解除しなければならない。トラップ解除のスキルはアタシがこのギルドに所属してから取ったので、アタシは宝箱のトラップを解除しようと、鍵穴に手を掛ける。この迷宮区で見つけた初めての宝箱ということもあって、見慣れない数々のトラップに少し苦戦を強いられた。それでも、順調にトラップを解除していったが、残りあと一つとなった時に、解除に失敗してしまう。

 

 「ビービービービー!」

 

 サツキ「皆!アタシから離れて!」

 

 甲高いアラーム音が辺りに鳴り響き始める。直感的に不味い事態が起こることを予感したアタシは、ユウキ達にそう告げた。アタシの予感は的中し、足元の純白のタイルで敷き詰められている地面の中から壁のようなものが四方から盛り上がってくる。このままでは、アタシはその中に閉じ込められてしまいそうだ。

 …良かった。ユウキらはギリギリ間に合いそうやな。幸い、アタシの必死の指示に従ってくれたユウキ達は丁度壁が盛り上がっている場所まで既に脱出しており、閉じ込められてしまうのはアタシだけになりそうだ。

 

 アルファ「…よっと」

 

 サツキ「!?何してんねん!」

 

 壁が盛り上がっていく中で、あろうことか、アルファ達は柵を乗り越えるようにして、アタシがいる内側に入ってきたのだ。これではみんな揃って壁の中に閉じ込められてしまうではないか。アルファ達の理解しがたい行動の理由を聞く暇もなく、宝箱から大量のモンスター達が生み出されていく。

 

 サツキ「…転移結晶、使って!」

 

 数刻前までは予想だにしなかった展開に頭が追い付かず、思わず本来の口調に戻ってしまうが、この場を脱する唯一の方法を思い出し、ユウキに急いでそれを教えて、ストレージに保管しておいた転移結晶を手渡そうとした。

 

 ユウキ「…二つしか無いから、それはダメだよ」

 

 オウガ「こうなりゃァ、もうやるしかないぜ!」

 

 ユウキ「ボクらは運命共同体だからねっ!」

 

 ユウキはそんなことを言って、転移結晶を使う素振りを見せない。更に、二人は次々と襲い来るモンスターに対処しながら、アタシに向かって、そんなことを言ってきた。アルファは少し離れた場所で、壁を背に大剣を振り回している。その目は薄く金色に輝いており、覚醒スキルを発動させているようだった。

 …一体どれほどの時間が経過しただろうか。どれだけモンスターを倒しても、モンスターの数が減る気配は一向に無い。一方、こちらは常に最善の一手を繰り出して、モンスターをなぎ倒してはいるが、四方八方から繰り出されるモンスターの攻撃が身体を掠めていき、武器防具の耐久値や体力、ポーションなどの回復アイテムはジワジワ減少していく。このままではジリ貧で、大量のモンスター達に押しつぶされることは明白だ。

 それでも、何としてでもアタシは、この場を切り抜けて、生き残らなければならない。それは彼らを犠牲にしてでも、だ。

 …もし、アタシが本当にそう思っているのなら、ユウキに転移結晶を渡そうなんて考えずに、最初から転移結晶を使っておけば良かったのでは?万が一、脱出した際に彼らが生き残ってしまえば、それこそ信用を失ってしまう恐れがあるため?だが、今のタイミングで転移結晶を使うのなら、それは仕方のないことなのではないのか?彼らの代わりなんて、それこそホープ・オブ・ナイツなど、大勢いる。こんな気持ちを割り切って脱出してしまえばいいのだ。何を彼らに固執しているのだ。…何故か、彼らを見捨てて、この場から消えることを考えると、胸が苦しくなる。…この気持ちは一体…。繰り返される自問自答の中、アタシは剣を振り続けた。もうしばらくモンスター達と闘い続けていると、ユウキがいつの間にかアタシの傍まで来ていた。

 

 ユウキ「…ごめん、ちょっとの間、ボクの周りのモンスターを引き受けてくれない?なんとかする方法、思いついたかも」

 

 サツキ「…了解や」

 

 もしかしたら、ユウキはアタシにモンスターを押し付けて、自分だけ脱出するつもりなのかもしれない。そんな考えが頭をよぎったが、アタシは、ユウキの真剣な瞳を見て、思わず引き受けてしまう。

 アタシの了承の言葉を聞いたユウキは「ありがと」と言ってから、大胆にも部屋の中央に向かって、突進系ソードスキルを発動させ、モンスターの大軍に向かって単身で突撃してしまった。誰が見ても分かる自殺行為だ。ユウキのことを気に掛けようとも、さっきまでの二倍の量のモンスターを相手にしなければならず、ユウキに注視することができない。アルファとオウガもそれぞれ離れた場所で孤軍奮闘しており、ユウキに構うことが出来そうにない様子だ。アタシは、焦る気持ちでモンスターを相手にしながら、ひたすらユウキの無事を祈り続けた。

 少し間が空くと、次第にモンスターの数は減っていき、数分後にはトラップ部屋に立っているのはアタシ達プレイヤーだけになっていた。アルファは直ぐに部屋の中心に仰向けで倒れ込んだユウキの元へ駆けていく。余程、ユウキのことが心配だったのだろう。当のアタシも、なんとかレッドゾーン手前で止まっているユウキのHPを見て、心の底から安心していた。

 

 アルファ「なんでいきなりモンスターの大軍に突っ込んだんだよ!?心配したぞ?」

 

 ユウキ「ごめんごめん。モンスターと闘いながら周りを見てたらさ、ここにあった宝箱からモンスターが生まれてきてたんだよ」

 

 オウガ「なるほどなァ。だから宝箱を破壊すれば、このトラップが終了するんじゃねぇか、と」

 

 ユウキ「そういうこと」

 

 アルファ「だからって、あんまり無茶すんなよな」

 

 ユウキ「でも、宝箱壊さなきゃボク達やられてたよ?」

 

 アルファ「…そうだな、ありがとう」

 

 ユウキ「ん、」

 

 オウガ「レベルアップもできたし、結果オーライだぜ」

 

 アルファ「ここまで危険なレベリングなんて、金輪際お断りだな」

 

 オウガ「ハッ、間違いねぇな」

 

 なんとかこの場を凌いで生き残れた安心感からか、アルファ達は部屋の中央で軽口を交えながら、だべっていた。アタシも一気に全身の力が抜け落ちてしまい、部屋の中央で皆と同じように座り込んでいた。皆の話を聞いていると、不意に先ほどの疑問が甦り、思わず口に出してしまう。

 

 サツキ「…そうえば、なんでアルファら壁乗り越えてこっち来たん?三人が脱出して生き残るんが最適解やったと思うけど」

 

 今思い返してみても、あの行動は全くメリットのない不条理なものだ。だとすれば、一体どのような意図があってアルファ達はわざわざ死地に赴いたのか。その答えが知りたくて、つい真剣味のある声色で尋ねてしまった。しかし、アルファはさも当たり前かのように、至って平静に答えてきた。

 

 アルファ「確かにさ、サツキの言ってることが最適解かもだけどさ、それって正しい行動じゃなくないか?」

 

 サツキ「…正しい、行動?」

 

 アルファ「うん、最適解を選んだ結果、サツキが死んでしまうのは、俺達の望むことじゃないんだ。だったら、例えそれが難しいことだったとしても、みんなで生き残れる可能性に賭けるべきだ。…それが、俺の思う正しい行動だな」

 

 サツキ「…なんで、そこまでするん…?」

 

 ユウキ「それは、サツキがボク達にとって大切な人だからだよ」

 

 サツキ「……」

 

 まただ。また胸の奥が熱く感じる。…これは昨晩、アルファに「信頼している」と声を掛けられた時と同じ現象だ。この胸の温かさの正体は分からない。でも、なんだか悪くない気分だった。そんなことを考えていると、オウガが「今日はもう帰ろうぜ」と言い、アルファとユウキもそれに同調したので、アタシ達はいつもより少し早めに主街区に引き返すことにした。

 数十分掛けて主街区に戻ると、丁度夕日が沈み始めた頃合いで、晩御飯には少し早すぎる時間帯となっていた。その為、一時間半後に主街区の転移門の前で待ち合わせることを約束し、それぞれが別行動を取ることになった。アタシはこの一時間半の間で何をするのか決めかねていたが、取り敢えず武器の耐久値を回復するために鍛冶屋に向かって歩き始めた。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 ユウキ「今日もお疲れ様っ!かんぱーい!」

 

 「「かんぱーい!」」

 

 ピッタリ一時間半後に転移門の前で集合したアタシ達は、久しぶりに四人そろって晩御飯を食べに向かった。主街区の中でも、まだ行ったことの無い飲食店を探し出し、今晩は中華風の料理が食べられる店だ。各々が気になる料理と飲み物を注文し、それらが届いたので祝杯をあげたというわけだ。

 アタシが頼んだものは、小籠包らしきものだったが、実際に口に入れてみると、水餃子みたいな食感と味をしており、小籠包だと期待していたアタシは少しガッカリした。

 

 ユウキ「みんなでご飯食べるのも久しぶりだね~、やっぱりみんなで食べる方が何倍も美味しいや」

 

 アルファ「…そうだとしても、これは、美味しくないぞ」

 

 オウガ「マジか?見た目は旨そうだけどなァ」

 

 アルファ「…外見に騙された」

 

 アルファ達は料理にケチをつけながら楽しくおしゃべりしているが、アタシの耳にはほとんど入ってこない。

 

 ──お前、こっち側だろ?

 

 この一時間半の間、何故かアタシの頭の中はあの男が言い放った僅か8語の言葉に支配されていた。あの時は、条件反射的にあの男の言葉を跳ね除けたが、今となってはその意味が理解できる。あのPK集団は…特に、リーダー格の男は自分以外のプレイヤーのことを、己の歪んだ快楽のための道具や、それを実行するための手段としてしか見ていないのだ。

 他人を殺める覚悟を持っている。他人を己のための手段としてしか見ていない。この2つの点に関して言えば、アタシはあの男と同類なのだ。だが、アタシの心は、あの男と自身を同じものとして考えることを酷く拒絶している。しかし何故、あの男と同類であると思うことに抵抗があるのだろうか。これは事実なのだ。否定のしようがないではないか。

 …アタシが殺しの覚悟を持ったのは、きっとアイツらのように能動的なものではないと思うから?例え人を殺めることがあったとしても、アタシは殺しを楽しまないという確信があるから?…違う、そんなことじゃなくて、もっと根本的な部分で何処か…

 

 ユウキ「ねぇ…ねぇってば!サツキ?聞こえてる?」

 

 サツキ「!…あぁ、ごめん」

 

 少しばかり、自分の中の世界に入り込み過ぎてしまったようだ。ユウキにどんな話をしていたのか聞き返そうとするが、その前に言葉を重ねられた。

 

 ユウキ「…そんなに暗い顔してどうしたの?何か悩んでるなら、ボク達で良かったら聞くよ?」

 

 迂闊だった。この世界では感情が外に出やすいとの情報を聞いたことがあったが、あれは噂ではなく、本当の話だっただろう。…悩み、あるにはあるが、果たして、それを話したとして、何の意味があるというのか。

 

 アルファ「力になれるかは分からないけど、話してくれてもいいぜ」

 

 オウガ「困った時は、お互い様だろ?」

 

 サツキ「…」

 

 ユウキとアルファからアタシに向けられる完璧なまでの善意の瞳。そこからは、他者からの信用以上のものを嫌でも感じさせられる。最近はオウガもそんな眼を見せるようになっていた。

 …正直言って、もう、悩みの答えなんて半分は分かっているのだ。一方で、もう半分はこれから先の人生でも見つけれる気がしない。でも、もしかしたら彼らなら…。そう思う気持ちが心の何処かにはあったのだろう。だから、アタシはこの時、逃げずに気持ちを曝け出したんだ。

 

 サツキ「……まずは、これを見てほしい…」

 

 そう言ってアタシは席を立ち、装備している革装備を解除して、インナーだけの状態になると、そのインナーの一部を上げて、腹の一部を見せつけた。

 

 ユウキ「…切り傷?」

 

 アタシの横腹に走る痛々しい傷痕を見たアルファ達は絶句していたが、暫くするとユウキが遠慮気味にそう尋ねてきた。アタシもその言葉を聞くと、再び革装備を身に付けて、席に着く。3人はアタシが何かを言い出すことを待っているようにアタシに視線を向けた。

 

 サツキ「見苦しいもん見せてごめん。…あれは父親に日本刀で殺されかけた時に出来たもんやねん」

 

 オウガ「なッ…!」

 

 ユウキ「お、お父さんに、殺される…?」

 

 やはり、アタシのカミングアウトしたことは余りにも衝撃的な内容だったのだろう。また沈黙が訪れたが、構わずに話を続ける。

 

 サツキ「アタシん家は代々、真剣道の家系でな、家に日本刀があったんよ。まぁ、それで父親が斬りかかってきたわけ。…アタシはさ、小っちゃい時にお母さんが死んじゃってさ、そっからは父子家庭やったんよ。だから、そんな大変な中でも、アタシのことを一生懸命育ててくれてた父親のこと、凄い信頼してたんよな。でも、そんな信頼していた父親が癪偏して、アタシに殺意を向けてきたんよ。その時はアタシも剣で対応して、なんとかなったんやけど。アタシはそっから、信じるってことが、どういう事なんか分からんくなった…」

 

 水を一杯飲み、一呼吸置いてから言葉を続ける。

 

 サツキ「だからさ、アタシはみんなが信じられへん。みんなもアタシのことは信じられへん。だから、戦力っていう価値を提供し合うことで、対価を用いた信用関係を築いてるんやと思ってた。…でも、みんなはそうじゃないんよな。みんながそんな理屈抜きでアタシのことを受け入れてくれてるんは、これまでの行動で伝わってきた…」

 

 トラップ部屋での出来事や昨晩の出来事、そしてアルファ達に出会ってからこれまで共に過ごしてきた中で、彼らがアタシにくれた無条件の信頼が思い出される。

 

 サツキ「…みんながアタシのことを信じてくれてるんは分かってる。アタシのことを、大切な人、とか、信頼してる、って言ってくれた時、心が暖かくなって凄い嬉しかった。…でも、アタシはみんなの気持ちには答えられてへん。…信じるってなんなん…アタシは、どうしたらいい…?」

 

 最後まで自分の気持ちを言葉にした時には声は掠れ、細くなり、自分の声とは思えないほど弱々しく震えていた。誰も何も言い出さない。店内に流れていた落ち着いたBGMはいつの間にか聞こえなくなり、世界が凍てついたような感覚に陥る。長い沈黙の後、オウガがいきなりジョッキを飲み干してから、発言した。

 

 オウガ「サツキ。…お前って案外間抜けだろ?」

 

 サツキ「…は?」

 

 この空気の流れからは想像もできないような発言に、思わずアタシもその場に似合わない頓狂な声を上げてしまった。オウガはそれを気にすることもなくアタシの目を見て話してきた。

 

 オウガ「お前自身ははどうしたいんだよ。それを見つめれば、自ずと答えは出るはずだぜ?」

 

 …アタシ自身はどうしたいのか。心の中で自身が望むことを思い浮かべようとすると、確かに、その答えはもう出ていた。だが、アタシはそれが出来ないから、こうしていつまでも他人を信じないで生きてきたのだ。…でも、例えそれが単なる理想空想であったとしても…。アタシは、もう一度だけでもいいから、誰かを…皆を──

 

 サツキ「──信じて、いたい。…皆を信じていたいッ!」

 

 オウガ「…だろ?ほらな、もう答えは出てんだよ」

 

 サツキ「でも、アタシは、それが出来ひんから…」

 

 オウガ「確かにな、お前が不幸な出来事の末に、他人を信じられなくなったってのは仕方のねぇことかもしんねぇよ。…でもだ、お前がトラウマを乗り越えて、再び他人を信じるようになれるかどうかは、これからを決める今のサツキだぜ。人は変化できる。……オレみたいな奴でも変われんだ。お前に出来ねぇはずがねぇよ」

 

 サツキ「人は、変われる…」

 

 オウガ「…それに、だ。ここには、オレはともかく、こんなにいい奴らがいるんだぜ?お前がコイツらを信じ続ける限り、コイツらがお前のことを裏切ることはない」

 

 サツキ「うん、分かって、る」

 

 オウガ「だったら後はお前次第だ」

 

 もしかすれば、またアタシは、アルファ達に裏切られて、この心に更なる深い傷を、それこそもう二度と修復できないほどの傷を負うのかもしれない。この瞬間だって、そんな考えが、未来が、頭の中をちらついて、アタシを怯えさせる。

 …だが、この凍り付いた心の奥深くで燻り出した炎の勢いは止まることを知らない。凍える心の外側からは彼らの温かさがその氷を溶かしてくれたのだ。後は、アタシがもう一歩だけ勇気を振り絞るだけだった。

 

 サツキ「………オウガ、ユウキ、アルファ…アタシは信じる…皆を信じ抜く!…だ、だから、アタシのことを、信じていて欲し、い…」

 

 オウガ「おうよ!」

 

 アルファ「あぁ、これからも俺はサツキのことを信じてるぞ。だから、俺のことも信じてくれよな」

 

 ユウキ「ボクも信じてるからね!」

 

 サツキ「ッ…!」

 

 今にも消えてしまいそうな微かな声で放たれたアタシの決意だったが、彼らにはしっかりと伝わっていたようだ。彼らの言葉が聞こえてくるや否や、アタシの頬には不意に涙が伝う。どうにかして涙を止めようとするが、ダムが決壊したようにその目から涙が止まらない。

 

 オウガ「オイオイ、泣くこたぁねぇだろ」

 

 サツキ「…ごめん、嬉しくて…」

 

 信じていたいこと、信じられていたいこと。それがアタシの心が求めていた答えなのだろう。彼らがアタシの涸れた心に命を与えてくれたのだ。もう、利害や損得関係なしに、ただただ彼らを信じていられる、そして自分のことも信じてもらえる。そんなことを考えると、自然と心が温かくなり、心地良く感じた。この気持ちを思い出させてくれた彼らに伝えきれないほどの感謝が胸に募ってくる。

 

 ユウキ「もう泣くのはやめてさ、笑顔で今を楽しもうよ!ほらっ!」

 

 サツキ「…ありがとう」

 

 ユウキがハンカチを渡してくれた。アタシはそれを素直に受け取って、溢れてくる涙を拭い、再びみんなと食事を楽しみ始めた。…これほど、誰かと一緒にいることに幸せを感じたのは何時ぶりだろう。そんなことを思うと、自然と口元が綻び、笑顔が浮かんでくる。

 結局、その日は夜遅くまで彼らと食事を楽しんで、宿まで帰ってきた。アタシはお風呂に入って、体をポカポカに温かくしてから、ベッドに潜り込む。今日は相当疲れていたようで、ベッドに入った途端、激しい睡魔が襲い掛かってきた。…今はただ、彼らと共にこれからを生きていきたい。ウトウトとぼんやりした頭でアタシはそんな気持ちで一杯になり、穏やかな表情で眠りにつけた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 これにて一件落着かもしれないし、そうじゃないかもしれない。それを決めるのは今後の彼ら次第でしょう。

 では、また第30話でお会いしましょう!
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