ユウキ「ここは…はじまりの街?」
転移された先で辺りを見渡すとそこは、つい数十分前まで滞在していた、はじまりの街の中央広場だった。周りに幾人ものプレイヤーがいるため、何らかの理由でこの場所に集められたことを察する。凡そ一万人のプレイヤーがいるであろう中央広場が、人ごみでごった返している中、ふと周囲のプレイヤーが頭上に注目していることに気が付き、ユウキも何となく上を見上げてみる。
すると、徐々に巨大な真紅のローブが現われてくるではないか。ユウキは最初はあれが運営のアバターかと考えたが、よく考えてみると、ローブの深く黒い赤色は、さながら血濡れのローブのように見え、それはとてもじゃないが、プレイヤー達に配慮したアバターとは思えなかった。次の瞬間ローブが言葉を放つ。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ。私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ。』
ユウキは茅場と名乗る人物については知らなかったが、やはり先程と同じく、嫌な予感は止まらない。寧ろ、その声を聞いて、更に嫌な予感が加速している気がする。
『プレイヤー諸君は既にメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気が付いていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す─』
ユウキ「…え? ログアウトボタンが消滅…?」
急いでメインメニューを確認してみるがそこにはログアウトボタンがなかった。そこでユウキは今初めて、この異常事態に気が付いたのだ。
『諸君は今後この城の頂を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない。…また、外部の人間の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除もあり得ない。もしそれが試みられた場合─』
わずかな間に、ユウキも緊張を高め、息を呑んだ。
『─ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる。』
そんなことできっこない─ユウキは反射的にそう思った。そう思わずにはいられなかった。だが、そんなユウキの願望を裏切るかのように「ナーヴギアのバッテリ量なら可能だ…」という絶望的な答えが誰かのつぶやきから返ってくる。
『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除または分解または破壊の試み─以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件はすでに外部世界では当局およびマスコミを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果』
『残念ながら、すでに二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
ユウキ「ひっ…」
思わず悲鳴を上げてしまい、ユウキの頭は、これ以上の情報を耳から取り入れることを拒否した。しかし、衝撃の発言に思わず耳を傾けてしまう。
『─ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に、諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』
それから茅場晶彦は、ゲームをクリアしろ、などと言っていた気がするが、ユウキの頭は真っ白になり、茅場晶彦と名乗る人物の言葉は右から左へと流れていく。
…何やらこれが現実であると証明するために、プレゼントを用意したらしい。ユウキはこれが全て噓であり、現実世界に戻るための何かが配布されたのではないかと、この状況からは考えられない希望に縋り、アイテムを確認する。
ユウキ「てかが、み…?」
配布された手鏡を使用してみると、たちまち自分の身体が光に包まれた。これで現実に─などと淡い期待を抱いたが、そこに映し出されたのは、少し瘦せ過ぎな気がする、いつもの木綿季であった。
周りを見回すと先ほどまでは美男美女であふれていた空間は影も形もない。恐らく先ほどの手鏡はアバターをリアルのものと同じにする効果があったのではないかと、絶望しきった頭を無理矢理働かせて推測した。
『─以上で正式サービスのチュートリアルを終了するプレイヤー諸君の健闘を祈る』
まだ状況を把握出来ていない大勢のプレイヤー達を中央広場に置き去りにして、真紅のローブはあっさりと虚空へ消え去ったのだ。
それからしばらくの間、中央広場はまさに地獄と化した。助けを乞うもの、すすり泣くもの、叫び声をあげるもの、さらには他人を罵ったりするものまで現れる始末だ。しかしユウキは周りと比べて少し冷静さを取り戻していた。
ユウキ(ボクが使ってるのはナーヴギアじゃなくてメディキュボイドだから、もしかしたら倉橋先生が外から助けてくれるかもしれないよ…ね。とりあえず宿屋に行こうかな。)
ユウキはいまだに恐怖で震える足に鞭を打ちながら宿屋を目指して歩き出した。
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「倉橋先生!メディキュボイドの設計に関するデータの解析が終了しました。」
若い男が早口でそう答えた。
倉橋「それで、木綿季くんは助かるのかね!?」
「…メディキュボイドはナーヴギアが丸々転用されることで設計されたものだそうです。恐らくこれがメディキュボイドの開発が早まった要因かと思われます。つまりメディキュボイドを無理に引き離せば、脳が焼かれることになるかと……」
倉橋「そうか… 急ぎの要件ですまなかったね。ご苦労様でした。」
「いえ…では、私は他の業務にあたらせてもらいます。」
倉橋「あぁ。」
若い男は悔しそうに倉橋の元を去っていった。つい先ほど、茅場晶彦と名乗る人物がSAOに一万人のプレイヤーを幽閉したとの犯行声明を出し、ナーヴギアで人を殺せる、などと供述したので、倉橋は万が一を考えて、木綿季を助けるために急いでメディキュボイドが外部から停止できるかどうかを確かめたのだが、無駄だったようだ。
倉橋「すまない木綿季くん…」
倉橋は一介の医者であり、機械には専門家ほど詳しいわけではない。故に、ただ、木綿季が無事であることを祈ることしかできなかった。
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アルファ「ここは中央広場か…」
周囲には大勢の人がいるため、ここでログアウトの方法についての何かしらの説明が行われることをアルファは予想していた。しかし、結果から言えば、その予想とは全く正反対と言っていいほどのものとなってしまった。茅場晶彦と名乗る人物が約1万人のプレイヤーを仮想世界に幽閉したのだ。そしてここでの死が現実世界でも反映され、現実世界に帰還するためには100層にわたるこのアインクラッドの世界をクリアしなければならないという滅茶苦茶なことまで言ってのけた。
アルファも最初は何かの冗談を言っているのかと思っていたが、茅場晶彦の放つ言葉の一つ一つはそれが本当であると思わせるほど、冷徹かつ淡白なものであり、アルファも未だ信じ切れてはいないが、仕方なしに、これが現実であると受け入れることにした。
今頃、リアルではこのことに関する報道がなされているらしい。俺の家族の皆、それを見てナーヴギアを引き剥がそうとするほど馬鹿ではないため、外部からの切断という点では何の心配もないな、とアルファは冷静に考える。この先、茅場晶彦が何を言っても動じないと思えるほど、アルファの心は落ち着いていた。
『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給え。』
さぁ何でも来い、と、空に浮かぶ茅場晶彦に反骨精神を募らせながら、アルファは言われるがままにメインメニューを開き、アイテムを確認した。
アルファ「なんだ?手鏡か。いったいなんでこんなものを…」
そう呟いた矢先、突然、身体が光に包まれ、視界がホワイトアウトする。徐々に視界が元に戻り始め、首を回して周りの様子を伺ってみると、先ほどまでは容姿端麗なプレイヤーばかりで埋め尽くされた中央広場は様々な顔立ち、体格のものであふれていた。驚くことに男女比まで大きく変わっている。
アルファ「ま、まさか…」
その様子を見たアルファは恐ろしい仮説を思いつき、それを確かめるべく、慎重に手鏡を覗き込む。
アルファ「な、なんじゃこりゃぁ──!!」
思わず叫び声をあげてしまった。なんせ手鏡に映る自分はクールでイケメンなアバターではなく、可愛らしい丸顔で大きな瞳と二重をした現実世界の歩夢そのものだったからだ。数十秒前の冷静さは消え去り、アルファは慌てふためいていた。
アルファ(噓だろ?生まれてきてこの方15年可愛いとしか褒められてきてなかったこの俺が、この世界でぐらいイケメンになって、カッコイイって周りから言われるために丹精込めて作り上げたアバターをあいつは消滅させやがったのか!?…絶対に許せん!)
と別の意味で茅場晶彦に殺意を募らせながら、同時に相当のショックを受けてうなだれていた。気付けば真紅のローブは消え去り、中央広場は徐々に騒がしくなっていく。いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない、とアルファは己に克を入れ、再び冷静さを取り戻した。
アルファ(この世界で生き残るためには、自分を強化しないとダメなんだろうな。…もし、ここにいる1万人がはじまりの街の周辺でモンスターを狩りだしたら、モンスターの奪い合いになるんだろうし…。だとすれば、いち早くここから離れた穴場スポット、みたいなとこに移動しねーと…。)
アルファはそう考えるとすぐに行動に移し、フィールドに出た。しかし、アルファはベーターテスターではなく、かといって事前に入念に情報を集めていたわけではないので、何処に向かえばいいのか全く分からずに途方に暮れてしまう。
暫く、辺りを見回していると遠くの方に男が走っていくのが見えた為、アルファはそのあとを追うことに決めた。
アルファ(向こうに走ってくってことは、そこに街や狩場があるに違いないはず!)
アルファは男を追うために沈む太陽に向かって走り始めた。
今回はデスゲームのチュートリアル的な内容になってしまいました。次回こそ、デスゲームの始まりにしたいです。というか、何が何でもそうします。
では、また第四話でお会いしましょう。