~SAO with Yuuki~   作:うずつるぎ

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 文字数が一万字を越えてしまった…。出来るだけ、一万字以内には納めるように努力してるんですけど、今回みたいにダメな時もあります。


第33話 クォーターポイント

 四分の一。この世界で生きるプレイヤー達が文字通り命を賭けて百層に連なる塔を登り詰めた結果、今日三月三十日、最前線は第二十五層まで押し上がっていた。

 明日に控えるボス戦の打ち合わせを行うために、攻略組のプレイヤー達は主街区の広場に集まっている。そこに集まったプレイヤー達の中には、見たことの無い顔ぶれの者がちらほらといる。逆に、これまで共に最前線を切り開いてきた、顔ぶれぐらいは記憶しているプレイヤーの内の数人は、姿が見当たらない。広場の雰囲気はこれまでの攻略会議とは違った種類の重さがあり、空気もピリピリしていた。

 それもそのはず、本日広場にいない戦友たちは、もう既にこの世界からも姿を消している。節目のステージの難易度が高いことは、ゲームではよくあることだ。SAOの世界もその例に漏れず、第二十五層の攻略は困難を極めていた。フィールドに出てくるモンスターは他の層で言うフィールドボスに及ぶレベルで強く、フィールドボスに至ってはフロアボス並みの能力を持っていたのだ。

 また、二十五層のフィールドは、全体が迷宮のように入り組んでいるだけでなく、砂煙に覆われており、少し先の様子さえ伺えない中、数歩先には蟻地獄のような落し穴が仕掛けられていたりと、熟練のフロントランナーでも一歩間違えれば、すぐさま命を落としかねない構想になっている。加えて、これまでのモンスターの色違いといったようなモンスターではなく、完全に初見のモンスターがいつもの倍ぐらい出現するのも、その難易度を急上昇させた原因だろう。

 俺からすれば、特に厄介だったのは、鮮やかな危険色をしたずんぐりと太っている鳥型のモンスターだった。名前は<エクスクラメーション・バード>。その名の通り、死に際に甲高い断末魔を放ち、周囲のモンスターをおびき寄せる性質を持っている。

 名前を直訳すれば、どういうモンスターかをある程度想定できるのだが、英語を真面目に勉強していない、三人称単数についてさえあやふやな俺がそんなことを判断できるはずもなく、攻撃を仕掛けようとした所、慌てたサツキが俺を止めてくれた。

 恐らく、学生か社会人であろうオウガは何故か止めてくれなかったので、そのことについて言及してみると、話を逸らされた。…多分、オウガも真面目に勉強してこなかったタイプの人間なのだろう。

 兎に角、普段ならボス戦までに死亡者を出す方が珍しく、ボス戦でさえも滅多に死亡者が出てこない中、第二十五層ではボス戦に挑む前に既に5名もの死者が発生していた。俺達スリーピング・ナイツでは死者は出ていないが、ディアベル率いるホープ・オブ・ナイツで三人、その他で二人出ており、ホープ・オブ・ナイツ内の雰囲気はギスギスしているらしい。

 

 ディアベル「きっと、今回のボス戦はこれまでよりも一層険しいものになるに違いないと思う…。だけど、俺達が止まるわけにはいかないんだ!みんなで死力を尽くして勝利を掴み取ろうぜ!」

 

 「「オオーッ!!」」

 

 今となっては恒例となったディアベルの演説によって攻略会議は締め括られた。ボス部屋に偵察に向かったプレイヤーからの情報によると、今回のボスは二つの頭を持った巨人のようにデカい二足歩行のモンスターでその手に持つ武器は斧とモーニングスターらしい。

 この層のクエストから手に入る情報であった、搦め手を使わない様々な武器を操る純粋な武力の持ち主、というのにもよく当てはまっている。

 一時期、フィールドの難易度は高いが、ボスはその分弱く設定されている、という噂が流れたことで、キバオウが独断でボス攻略をおっぱじめようとしていたこともあったが、流石にディアベルに止められていた。ディアベルは何処から流れたかも分からない、根拠のない噂には惑わされなかったようだ。

 

 オウガ「取り敢えず、飯にしようぜ」

 

 ユウキ「ボクもうお腹ペコペコだよ~」

 

 時刻は七時を過ぎており、ちょうど晩御飯時であった。なので俺達は広場を後にして、飯屋を探しに向かう。二十五層の迷宮区タワーは主街区から離れている為、明日ボス攻略を控える前線組は俺達同様、迷宮区タワーの最寄りの町で寝泊まりする者が多いだろう。ここは主街区ではないとは言えど、それなりに大規模な町であるため、様々な種類の飯屋が立ち並んでいる。

 町のメインストリートに当たる道を歩いていると、あちらこちらに明日のレイドメンバーと思われるプレイヤー達が片手にジョッキを持って賑やかに騒いでいた。メインストリートを何度か曲がっていくと、不意に、醬油が焦げたような香ばしい匂いを感じ取る。

 

 アルファ「この香りは…!」

 

 サツキ「…あれやろうな~」

 

 俺は匂いの根源に引っ張られるようにして、フラフラと独りでに足を動かしていく。ユウキ達も俺の後ろについてきた。メインストリートから脇道に入ってすぐ右に、こじんまりとしたお店がある。恐らくここが匂いの元だろう。俺達はその店の暖簾をくぐって、四人テーブルに腰かけた。

 

 サツキ「…あ、ビンゴやな」

 

 オウガ「コイツァ縁起がいいぜ」

 

 テーブルに置かれていたメニュー表を見ると、当店のオススメとして一番上にハルトフィッシュの蒲焼という料理名が記載されていた。醬油を焦がした香ばしい匂いは蒲焼のタレだったのだろう。俺達は迷うことなく蒲焼を注文し、料理が届けられるのを待った。程なくして届いたハルトフィッシュの蒲焼は、その淡白な白身肉に濃厚な醬油ダレがしっかりと染み込んでおり、脂がのっていないあっさりとした鰻といった感じだ。魚の下に隠されたホクホクの白米はタレと絡めて食べると尚美味しい。蒲焼を食べ終えた俺とユウキは、追加で適当にもう一品頼む。オウガとサツキはお酒を注文していた。

 

 アルファ「…そういや、鰻って何で縁起がいいんだ?」

 

 ふと、疑問に思ったことを三人に訊ねると、答えたのはオウガだった。

 

 オウガ「…確か、鰻を捌く時に、腹から切るから、腹を割って話せるようになる、みたいな感じだった気がすんだけどな」

 

 ユウキ「え?鰻は背中から捌くんじゃないの?」

 

 サツキ「ま、英語も分からんアホ大学生の言うことやから、間違ってるんやろ?」

 

 オウガ「ア?オレァ、アホ大学生なんかじゃねぇよ。れっきとした中堅大生だ!」

 

 ひょんなことからオウガのリアルの情報が漏れてきた。やはり、身長的にも、見た目的にも18から20前半辺りの大学生ぐらいの年齢だったのか。今までは年齢があやふやだったからこそ、タメで口を利くことに何の違和感も持っていなかったが、実際に年上であることに気が付くと、タメで話すことが良くないことのように感じてきた。

 

 オウガ「そう言うサツキこそアホ大学生筆頭なんじゃねぇのか?。いや、実はもう三十超えてたりしてなァ?」

 

 サツキ「なッ…!アタシはまだまだピチピチの二十代やし!か弱い乙女に向かって何言ってんねん!」

 

 アルファ「…か弱い乙女…」

 

 …サツキさん。あなたがこのギルドの中で一番強いんですけどね。強者が自らのことをか弱い乙女などと自称することに抵抗はないのだろうか。

 

 サツキ「…なんや?」

 

 アルファ「…いえっ、何も」

 

 サツキは縄張りを守る熊のような鋭い目つきで俺を睨みつけてきた。そんな風に見つめられてしまうと、こちらとしては何も言えなくなってしまう。…モンスター相手にもあんな睨み方しないのに…。まぁ、女性は見た目と年齢が一致しないことの方が多いらしいしが、どっからどう見てもオウガと同じくらいの年齢であろう見た目をしているサツキとしては、三十代と勘違いされるのは腹立たしいのだろう。

 

 ユウキ「そもそも、女の子に年齢のこと聞くなんて、デリカシーがない証拠だよ」

 

 サツキ「ユウキ~、ええ子やなぁ~」

 

 オウガは言葉に詰まり、サツキはユウキの頭をなでなでしていた。

 

 オウガ「アルファは…小学生か?」

 

 サツキ「ん~、顔的にはそうも見えんくはないなぁ~」

 

 アルファ「お前ら…冗談でもそういう事は言ったらダメだからな?」

 

 彼らが冗談で言っていることぐらい、俺にだって理解できる。だが、顔が幼く見えることばかりは、冗談でもやめてほしいもんだ。かつて俺は、中学二年生の頃に焼き肉食べ放題を小学生料金で食べたことがあるのだ。当時の俺は、食べ放題が安上がりになる喜びがある一方で、店員さんに俺が小学生であると疑いもせずに信じられてしまったことにショックを隠せなかった。そんな訳で顔で小学生だと思われることには苦い思い出がある。…三年に上がった頃には、少しは中学生らしい顔になったと思うんだけどなぁ。

 

 サツキ「そう言えば、ユウキって学生やろ?高校?中学?」

 

 ユウキ「……リアルのことは聞くのはマナー違反だよ~。…強いて言うなら、アルファよりは大人だと思うけどね」

 

 アルファ「…」

 

 若干、サツキの質問に間が空いてから、ユウキはそうやってはサツキの質問をのらりくらりと濁して答える。今思えば、ユウキはリアルの情報を透かすことがほとんど無い。もしかしたら、それが彼女なりのリアルと仮想現実の境界線の引き方なのかもしれない。それから俺達はしばらくお店に屯してから、宿に戻り、明日に備えた。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 ディアベル「C隊は右奥に移動して──」

 

 昨晩、しっかりと身体を休ませた俺達は少し早めに起床して、身体をほぐしてから、ボス戦に参加するメンバーが集まる予定の場所に向かった。今回もしっかりメンバーが全員集まったのを確認して、迷宮区の最上階を目指して行進していく。道中、何度かモンスターにエンカウントすることがあったが、特に大きな被害も受けず、ボス部屋の前まで辿り着くことが出来た。ボス部屋の周辺では、モンスターがポップしない仕様になっているので、そこで俺達は今、ボス戦に関する最終確認を行っていた。

 

 サツキ「…あんまり気負い過ぎんときや」

 

 オウガ「…問題ねぇよ」

 

 ユウキ「今日は26層でご飯食べようよ!」

 

 アルファ「…ユウキさん、目の前のボス戦に集中してくださいよ?」

 

 ユウキ「それは勿論!」

 

 それぞれの隊の最終確認も終了し、いよいよ、後はボス部屋に突入するだけという所まで迫ってきた。ふと、キリトの方を見ると、アスナと手をつないでいるのが見えた。決定的瞬間を抑えることのできた俺はボス戦の後に二人をおちょくってやることを決意する。

 

 ディアベル「みんな!勝つぞ!」

 

 そう言ってディアベルは大扉を開け放った。

 

 

 

────────────────

 

 

 

 ディアベル「作戦通りに布陣を固めろ!」

 

 「「オオッ!!」」

 

 ボス部屋に突入してから少しの間、ボスが出現するまでの猶予があるので、その内にレイドメンバーは前にタンクを固めて、その後ろにディーラーが控えるというボス戦定番の陣形を築き上げる。タンクがボスの攻撃を受け止めて、その隙に攻撃手がダメージを与える。

 今回のような取り巻きが出現しないボス相手には有効な戦術だ。暫くすると、ポツリポツリと青いガラス片が現れ始め、それらが一点に集まってゆく。そこから、頭が二つある巨大な人型のシルエットが完成し、ボスが出現した。

 

 「グオオオオ─────ッ!!」

 

 ディアベル「まずはタンク部隊がボスの行動パターンを──」

 

 一瞬。俺が瞬きをしたその一瞬のうちに、俺の視界からはボスの姿が消えていた。代わりに俺の身体の左側には、人よりも何倍も大きな斧が衝撃波と共に床のタイルを叩き割っていた。

 

 アルファ「なにッ──」

 

 ボスがタンクの挑発を無視して、ディーラーに直接攻撃を仕掛けてくる。そんな話は前代未聞だ。だが、現に蹴飛ばされたタンクたちは四方八方に転がっており、俺の隣にいた誰かは悲鳴を上げる暇もなく、この世界から退場していった。…兎に角、ボスに目を付けられる前にこの場を離れなければ

 

 ディアベル「みんな!数人ずつのグループに分かれて、分散するんだっ!」

 

 ディアベルに指示が出されたことで、動きを止めていたレイドメンバーが再び動き出した。俺はユウキ、オウガと共に左側に移動し、サツキは俺達より近くにいたキリトとアスナと共に右側に移動する。ボスは俺達のことを二つの頭を左右に振り、冷酷な視線を送ってくる。

 …今度は瞬きさえしない。そう意気込んでボスに注視し続けると、突然、ボスが一点に向かって走り出す。そして次の瞬間には、点在していたプレイヤー達の一人にトゲの生えた鉄球をぶち込んでいた。ボスに吹き飛ばされたそのプレイヤーは何度か地面に叩き付けられ、地面を跳ねた後、その肉体をガラス片に変化させる。

 

 「し、死にたくねぇ──ッ!」

 

 恐怖と絶望の叫び声を上げたプレイヤーは、躓き、倒れたところに脳天から斧を振り下ろされ、その命を散らした。また一人、また一人としてボス部屋からプレイヤーが消え去っていく。先程からディアベルが何度も皆に指示を出しているが、これまでのボス戦とは違って、当たり前のように人が死んでいく様子を目の当たりにした多くのレイドメンバー達は、半ば恐慌状態に陥ってしまっており、ほとんどのプレイヤーにその声は届いていない。そうしている間にも、ボスは着実に一人をターゲットにして攻撃し、死者は増えていく。まだ正常な判断を下せているキリトやエギルなどの一部のプレイヤーが必死に攻撃を叩きこんでいるが、タンクもディーラーも機能しない、まさに地獄と称するに相応しい泥沼の戦いが繰り広げられていた。

 

 オウガ「く、来るぞ!」

 

 突然、ボスがこちらに死の視線を送ってきた。このボスは取り巻きや状態異常、ギミックなどを一切使ってこないが、ただ素早く、ただ力強く、純粋な力による暴力で二十五層まで最前線に立ち続けてきたレイドメンバーを圧倒している。巨人が己が命を狩るために無表情にこちらへ迫ってくる様は、人間の原始的恐怖を呼び起こすのには十分だ。三秒も掛からずに俺達の前まで迫り来た巨人は右手に持つ鉄球を左に向かって薙ぎ払ってきた。俺とオウガはその速すぎる一撃を右後ろにステップすることで何とかして凌ぐ。ユウキは左後ろに移動して、その攻撃を避けようとしていた。

 

 アルファ「ユウキ!左じゃない!右だ!」

 

 ユウキ「…ぁ」

 

 右から左に流れる攻撃、左側に逃げれば、追撃に対応することが難しいことぐらい、普段のユウキになら判断できたはずだ。だが、このいつものボス戦とは違う異常な雰囲気がユウキの判断力を狂わせたのだろう。吸い付くように襲い掛かってきた鉄球を、ユウキはギリギリのところで回避したが、その衝撃に呑まれて、後ろから倒れ込んでしまった。巨人は無情にも左手に持つ斧をユウキ目掛けて振り下ろす。俺はその瞬間をスーパースローを見るようにして眺めていた。…ユウキを助けなければ。心がそう訴えかけてくるのに反して、身体は鉄のように重く、動かない。俺はこの土壇場で恐れを抱いてしまった。この雰囲気に、ボスに、そして己の命が失われることに。

 

 オウガ「アルファ」

 

 アルファ「…」

 

 オウガ「……ユウキのこと任せたぜ」

 

 ふと、俺の隣にいたオウガが、真剣な眼差しで俺を見つめ、ポツリとそう己を鼓舞するように呟いた後、ボスに向かって走り出す。──オウガを引き留めなければ、そう強く思う心とは裏腹に、やはり足が全く動かない。オウガはそのまま全力でユウキの傍に駆けつけ、ボスがユウキの身体を斧で切り裂くその寸前、間にオウガが入り込み、ボスの攻撃をもろに受けた。その時、オウガはユウキの顔を見ながら、口を動かした。そして無情にも、オウガの身体は爆散し、無機質なポリゴン片へと変化した。

 

 アルファ「……え……?」

 

 ──オウガが死んだ。ごくあっさりと。視界の片隅に見えるパーティーメンバーのHPバー1本が尽きてしまっている表示から、それが事実であることは理解できる。だが、心はそれを受け入れられず、俺はただ、その場に立ち尽くしていた。オウガの捨て身で命拾いしたユウキは、この上なく青い顔をしながら、俺の方まで移動してきた。

 

 ユウキ「……下がるよ」

 

 未だに動かない俺の手を引いて、ユウキは無理矢理俺を部屋の後方まで連れて行った。目の焦点が合わない、頭が真っ白になる。そして、オウガの死因を脳裏に浮かび上げる。

 

 ユウキ「…大丈夫?」

 

 アルファ「……あ、あぁ…行くぞ」

 

 いつまでも後方に控えていても、この悪夢が終わることはない。無理矢理、一度、思考を強制シャットダウンした俺は、ボスの巨体に剣を向ける。そこからは激闘に次ぐ激闘が繰り広げられた。ボスに狙われたプレイヤーはひたすら攻撃を躱し続け、他の誰かにヘイトが移る時まで耐え忍ぶ。その過程で死んでしまうプレイヤーもいたが、犠牲の上に何とかボスの体力を減らしていった。

 

 ディアベル「ラスト一本ッ!」

 

 大抵のフロアボスは、HPバーを減らしていく毎に新たな能力を解放し、レイドメンバーを窮地に貶めてくる。そして、HPバーが最後の一つとなると、それは尚更だ。いちいち人数を確認しているわけではないが、ボスの進化に構えるレイドメンバーの数は、いつもよりも明らかに少ない。異常なまでの力と速さを併せ持つシンプルな強さを誇っているボスは一体どんな真価を発揮するというのか。ボスは唐突に、左手に持つ斧で己の肉体を抉り始めた。

 

 ユウキ「え…?」

 

 それに伴いボスは自傷によってダメージを受けるが、その動きが止まることは無い。ちょうど、残りの体力が八割程にまで落ちた時だろうか。双頭を挟むようにして斬りこみを入れたボスの身体は、真っ二つに切断された。そしてその断面から、新たな身体が再生し、双頭のボスは二体の巨人へと生まれ変わった。

 右の巨人はフレイル型のモーニングスターと巨大な盾を持ち、左の巨人は右左の両方に巨大な斧を構えている。ただでさえ、人数が少ない中で、二体のボスに変化してしまった。不幸中の幸い、奴らの体力は半分ずつに分かれて四割ずつとなっている。

 

 キリト「避けろッ!!」

 

 ごく自然に、まるで準備運動でもするかのような挙動で身体を捻らせた二体の巨人は、それぞれ別の方角に飛び出してきた。俺、ユウキがいる方向には双斧の巨人が、キリト、アスナ、ディアベル、サツキがいる方向には鉄球の巨人が、だ。

 ボスは、これまでの最高速度を優に超えるスピードでこちらに接近し、斧を振り下ろしてくるが、ギリギリの所で俺の反応速度が上回り、斧の餌食になることを回避する。息を突く暇もなく、もう片方の斧が俺の身体を襲ってくるが、限界まで身体を捻って斧の軌道から逃れた。相手の攻撃手段が失われたこの瞬間を見逃さず、俺は反撃を決めようと、両手剣をボスの左足に一閃しようとたが、既に俺の身体には巨人の片脚が胴体にめり込んでいた。

 

 アルファ「ガッ、ハッ…」

 

 そのまま壁まで吹き飛ばされた俺はお腹と背中の衝撃に耐えきれず、身体の中の空気を吐き出してしまった。喉に迫ってきた嗚咽感からゲロなり血なり吐き出しても可笑しくはないのだが、幸いこのゲームにそのような機能はなく、せいぜい涎が飛び出してきたぐらいだ。身体全身が痺れて動かない俺に巨人が迫りくる。…オウガの時とは違って、物理的に動きなくなってしまい、巨人に命を刈り取られるまでのタイムリミットが刻一刻と襲い来る。だが、巨人の動きを止めてくれたのは、近くにいたタンク部隊だった。

 

 「「仲間を守るのが俺達タンクの役目だッ!!」」

 

 数人がかりでボスの強烈な突進を受けたタンク部隊は、何とかボスの動きを食い止める。だが、続いて加えられた双斧の連撃により、防御の構えを崩されたプレイヤーのうちの幾人かは絶叫を上げながら、命を落としていく。その間にもダメージディーラーが果敢に攻撃を仕掛けていくが、ボスに一蹴されてしまった。体力の回復が終了するのを待つ時間も惜しく、八割方回復しきった所で、再び俺はボスの前に躍り出た。

 

 アルファ「俺がボスの攻撃を躱し続ける!みんなは隙を見て攻撃してくれ!」

 

 今度は吹き飛ばされないように、回避することだけに専念して、俺はボスの攻撃を見極め続けた。俺にターゲットが絞られている今、他のプレイヤーの攻撃が通り、着実にボスの体力を減らしていく。残り一割、その時になって、俺に変化が訪れた。

 

 アルファ(右、左上、横から薙ぎ払って踏みつけ、そしてまた右──)

 

 極限にまで集中を高めた俺は、追い詰められていくにつれて更に激しさを、スピードを増してくるボスの猛攻をいなし続けていた。時折、完全に対応しきれず、ボスの攻撃が身体を掠めることもあったが、気にせずその状態を保ち続ける。だが、そんな俺の中にはある疑問が浮かび上がってきていた。

 ─俺はどうして、ユウキの元に駆けつけられなかったのか。どうして、オウガに任せてしまったのか。あの状況でオウガが出れば、見す見す見殺しになってしまうことぐらい分かっていたはずだ。だのに、俺はその様子を傍観していただけだった。…俺が動けば、助けられたはずなんだ。つまり、オウガを殺したのは、紛れもない俺自身──

 

 そんな思考が俺を支配し、動きが鈍ってしまったのが原因か。それとも、このボス戦が始まって以来、延々と使い続けてきた覚醒術の限界が訪れたせいか。はたまた、人間が超集中状態を保てる時間制限の度を越し過ぎてしまったのが原因か。今となってもそれは分からず仕舞いだが、俺は確実に、そして決定的に、ボスの攻撃を回避しそびれてしまった。

 

 アルファ「しまっ──」

 

 緊急回避として、両手剣を掲げ、振り下ろされる斧を受け止める。重力の力が加わった人間のサイズよりも何倍もある、強大で巨大な斧を受けきれるはずがなかった。両手剣はど真ん中から亀裂を入れていく。やがて砕け散った両手剣と共に、俺の身体は斧に叩きつぶされた。体力は一気にレッドゾーンに落ち込む。俺が再び立ち上がる前に、もう片方の斧が振り下ろされた。俺は死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──はずだった。死ぬはずだったのだ。死ななければならなかった。死ぬべきだった。それでも、俺の目の前には、もう一体の巨人を相手にしていたはずのサツキが立っていた。ギリギリの所で俺の前に立ちはだかったせいか、その繊細な刀でボスの攻撃を真正面から受け止めてしまっている。両手剣でさえ耐え切れなかったその攻撃に、刀が堪え切れる道理など無く、刀を破損させたサツキはその身で攻撃を受け止めた。その衝撃で少し宙に浮かんだサツキの身体を、巨人は斧で一閃し、サツキを後方に吹き飛ばした。

 俺は、すぐにサツキの後を追う。ユウキも同じようにサツキの傍へ走る。ボスに背を向けたというのに、何故かボスは俺達を攻撃してこなかった。

 

 ユウキ「サツキッ!」

 

 アルファ「は、早く回復結晶でっ!」

 

 俺は震える手で、早急にアイテムストレージから回復結晶を取り出し、サツキにそれを使おうとする。だが、あろうことか、サツキはそれを拒否した。

 

 ユウキ「……」

 

 アルファ「な、何でだよ!」

 

 サツキ「…アタシはもう間に合わんから」

 

 アルファ「そんなこと言うなって。な?…ヒール!」

 

 回復結晶はHPを瞬時に回復させる代物で、時間経過による回復であるポーションとは違うのだ。故に、サツキの回復が間に合わないことなど有り得ないのだ。だから、俺はサツキが拒否しようとも、回復結晶を使用する。

 しかし、結晶は消費されず、俺の目の前には、「既にHPがゼロになっているため、このプレイヤーに使用することは出来ません」という無慈悲な定型文が出現した。

 

 アルファ「おい、…まだHPバーに体力が残ってんだろッ!ヒール!ヒール!ヒール!ヒール!」

 

 俺は、その事実を受け入れられず、絶望と怒気の混じり合った声で、何度も叫ぶ。だが、何度やっても、同じ文面が表示されるだけで、サツキの体力は見る見るうちに少なくなっていく。

 

 サツキ「アルファ、ありがとうな。でも、もう終わりやから、さ」

 

 あくまでも、サツキはいつも通りに振舞おうとしているが、その声は震えていた。

 

 アルファ「なぁ…そんなこと言わないでくれよ…」

 

 サツキ「……アルファ、ユウキ、…二人は、絶対にこの世界を生き抜いて、な」

 

 ユウキ「……サツキの想い、受け取ったよ」

 

 サツキ「……う、ん。じゃあ、ね」

 

 そして、サツキは儚くも美しい青いガラス片として空間に溶けていった。その時、ふと、俺は何者かの視線を感じ取り、その方角に目を向けた。その先には、サツキを、オウガを、殺した巨人が立ち尽くしている。何の変りもない仏教面、機械的な無機質な表情だ。

 だが、俺と目が合ったその瞬間だけ、俺には、奴は嫌に口元を歪めて、見下すような視線を送ってきたように見えた。それは、誰も守ることのできない俺を軽蔑するような、仲間を捨てることでしか生き残ることのできない俺を嘲るような、俺のために死んでいったサツキとオウガを馬鹿にするような、そんな表情だった。そんな奴の顔を見た次の瞬間、俺の中の何か、が切れてしまった。

 

 アルファ「うぉあああぁぁ──────っ!!!!」

 

 ユウキ「アルファ!?」

 

 アルファ「てんめぇ────ッ!!」

 

 そこからのことはよく覚えていない。覚醒術を長時間使用し続けた代償として、もう闘うことが出来ないほど、全身がボロボロになっていたはずの俺は、超スピードで奴に接近し、たった一人で、ひたすら猛攻を仕掛け、奴の攻撃を悉く躱し続けるという超絶怒涛の戦闘を繰り広げた。

 巨人の一体を倒し切った俺は、疲労が色濃く現れた出した身体で、キリト達が相手にしていたもう一体の巨人を、八つ当たりのように倒しに向かった。その巨人には、俺が相手にした双斧の巨人のような、圧倒的な攻撃力はなかったが、巨大な盾と距離を取って戦える鉄球による鉄壁の防御を作り出し、キリト達の攻めあぐねさせていた。だが、俺はそんなことはお構いなしに、永遠と盾を攻撃し続け、その盾を破壊し、超接近戦に持ち込むことで、相手の長所を一切活かさせないまま、純粋な暴力によって巨人をねじ伏せた。

 二体の巨人が消滅し、ボス戦が終了して、少しずつ冷静さを取り戻した時、俺の心にはポッカリと、大きな空白が生まれていることに気が付く。そして、頭の中に、ここで起きた事実が流れ込んできた俺は、その場に崩れ落ちてしまった。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 オウガ君とサツキさんはここで退場となります。ありがとうございました。

 では、また第34話でお会いしましょう!
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