ユウキ「いやー、絶景だね~」
アルファ「…殺風景の間違いだろ」
俺達の目の前には見渡す限りの真っ青な大空が広がっている。確かに、そこだけに注目すれば美しい景色だと言えるのだが、ふと、下の方を見下ろせば、灰の岩肌と焦げた茶色の地面が広がっており、山の麓の方に小さな村があるだけの虚しい景色が広がっている。更には、俺達が立っているこの場所も、大小さまざまな岩石が覆うだけの、緑なんてどこにも見つけられないハゲた山肌だ。周囲にはところどころから白い煙が噴出しており、その煙から漂う鼻を突くような刺激臭は、硫化水素の火山ガスに違いない。
そう、何を隠そう俺達は火山を登っているのだ。今日の最前線は31層、勿論俺達も現在、第31層にて攻略に励んでいる。迷宮区タワーは火山の反対側に位置している。つまり、火山からひたすら真っすぐ進めば、迷宮区タワーは最寄りの街と共にその姿を見せてくれるのだ。ならば、迷宮区タワーを攻略するうえで、この火山に登る必要性はおろか、麓の村に寄る必要さえないのだが、こうして俺達は今、登山している。
では、何故俺達が山登りをしているのかについて説明しよう。皆さんは、火山の近くでは温泉が吹き出てきやすいことをご存じだろうか。SAOの世界が現実に対して忠実に再現されていると考えると、火山の麓に温泉街がある可能性は高い。そのことを思うと、温泉好きの俺としては、ここを訪れないわけにはいかなかった。というわけで、ちょっと面倒くさそうにしていたユウキを何とか説得して、可能性の探求のために、俺達はわざわざ迷宮区タワーの真反対にまでやってきていたのだ。
結果から言えば、俺の予想は的中し、火山の麓にある村は、ミニ温泉街として機能していた。そして、早速温泉を堪能しようと、意気揚々に村に向かった俺だったが、そこでユウキが、登山したい、と言い出した。ここまで無条件で付いてきてくれたユウキの願望を無視できるほど、俺の心は鬼ではなかったため、仕方なく、ユウキのお遊びに付き合ってあげることにした。そういうわけで、俺達は山頂を目指して山を登り続け、恐らく後二割ぐらいで、火山の頂に辿り着くことが出来そうな所まで登っていた。
…ユウキのお遊び、だとは言ったが、実際は遊びではない。現実の登山とは違って、そこら辺からモンスターが襲い掛かってくるので、それらにはしっかり注意しなければならない。また、火山の表面が砂利で構成されているせいで、モンスターの攻撃を受け止める際に、充分に踏ん張れなかったり、逆にこちらが攻撃を仕掛けるときに勢い余って滑りそうになったりと、クソくらえなことも多い。しかし良いことも少しはあり、この火山は一応ダンジョン扱いになっていたようで、要所要所にある山小屋のような建物には、宝箱がたくさん眠っていた。その宝箱の中から、これまでずっとNPCクオリティだったブーツをレアブーツに変えられたことは大きな収穫だ。
もうしばらく足を使って火山を登り詰めていくと、山頂が見えてきた。俺としては、山頂に何かレアアイテムが入った宝箱の一つや二つ設置されていると予想していたが、その期待は裏切られた。内心、ショックが大きい俺とは違って、ユウキは火山の頂を存分に楽しんでいるようだ。
ユウキ「見て見てっ!火山の中って、本当にマグマだらけだよ!」
アルファ「あんまりはしゃぎすぎて、そっから落ちたりすんなよ」
ユウキ「ボクがそんなヘマするわけないじゃん~」
ユウキは山頂にポッカリと空いた噴火口を覗き込むようにして眺めている。俺もチラリと覗いてみるが、煮えたぎるマグマがボコボコと音を立てている様子を見ると、少し恐くなった。
ユウキがマグマに夢中になっている間に、モブがポップして不意打ちでもされたらたまったもんではないので、しっかりと周囲に注意を張り巡らしておく。数分後、ユウキはマグマの観察に満足したのか、こちらに身体を向けた。
ユウキ「…よし、ここまで付いてきてくれてありがとね!温泉入りに行こっか」
アルファ「疲れた体に温泉は至福の時だ。サッサと下山しようぜ」
俺はそう言って、山の麓に向かって慎重に歩き出そうとした。何せ登山よりも下山の方が事故率が高いのだ。それは登山者が疲れているせいか、それとも、一度何事もなく登れたことから生じる油断のせいかは分からない。しかし、時にどうしようもない場合もあるのだ。例えば──
ユウキ「…うわぁ!?」
突然、激しい突風が俺達を襲った。突風は下から上に伸びるようにして流れていく。俺は何とかその場に留まることが出来たが、ユウキはその疾風によって、ふわりと足を浮かせて後方に身を動かした。だが、ユウキが足を伸ばした先は、虚空だ。完全に重心が後ろに傾いたユウキはそのまま火口へと落ちていく。
アルファ「ユウキ!手を掴め──ッ!」
俺はすぐさまユウキに手を伸ばす。ユウキは何とかギリギリのところで、俺の手を掴んだ。ユウキが落ちて行かないように、その場で踏ん張ろうとする。
しかし、突風によって俺の身体も少し浮いてしまっていたせいで、俺は踏ん張ることが出来ないまま、ユウキの落下引力によって引っ張られてしまった。
アルファ「うわぉおおお──っ!」
流石に想定外。火口からマグマへと落下していくことなど、誰が予想できようか。俺はユウキが掴んだ右手をしっかりと握りしめながら、夢中で背中から両手剣を引き抜き、在りし日と同じようにその側壁に突き付ける。だが、あの日と違うことが一つだけあった。それは俺が今使っている両手剣は、あの日のような強靭なものではなく、両手剣にしては華奢なものだということだ。ギギギッ、と嫌な音を立てながら、両手剣は俺達の引力に引かれて、その刀身を曲げていく。
──頼む!俺の一心の想いに答えてくれたのか、両手剣は側壁を削り取りながら、次第に落下スピードを緩やかにしてくれる。そして遂に、俺達は宙釣り状態になり、何とか落下を免れた。だが、未だ危機的状況から抜け出すことは出来ていない。下はマグマ、上には登ることも出来そうにない。──どうする?
ユウキ「…アルファ、あっちの方に地面があるよ」
俺の腕に掴まっているユウキが空いている腕で指さす方向を見ると、少し離れたところに、マグマから隆起した陸地が見えた。しかし、その距離は目分量ではあるが、約十メートルほど。──この距離ならいけるか?
アルファ「今から俺の腕を振り子にして、全力でユウキをあっちの方に投げたら、着地できそうか?」
ユウキ「う~ん。…多分」
ユウキの返答は確信とは言えないような煮え切らないものだったが、辺り一面を見まわしても、あそこよりも近い陸地は無さそうだし、他に手段も思いつかない。それに、そんなに悠長に考えている暇もないだろう。両手剣の耐久値が尽きてしまえば、二人まとめてマグマにボトン、だ。
俺は右腕を前後に大きく振り、その腕に掴まるユウキが勢い良くジャンプできるように補助する。
アルファ「3、2、1、今だッ!」
ユウキ「うんっ!」
カウントダウンを取ることでユウキが飛び立つタイミングを作り出した。俺の腕から勢い良く飛び出したユウキは、しっかりと十メートルほど先の陸地に着地した。現実世界なら、十メートルなど、無理難題だろうが、この世界ではステータスの暴力でどうにでもなることが多い。最近軽業スキルを取得したユウキならば尚更だろう。
さて、見事に人生崖っぷち状態に追い込まれた俺だが、ここから脱出する算段はある。寧ろ、勝算なしにこの場で一人になるなど愚かもいい所だ。
ユウキ「準備できたよ──!」
遠くから、ユウキの声が響いてくる。俺はユウキがそう言った傍から、両手剣に結び付けておいたロープを伝ってユウキの待つ陸地へ移動を開始した。ついさっきまでは向こうの陸地まで行く手段がなかったのに、今は向こうに行くまでのロープがあるとはどういうマジックを使ったのか。それは、ユウキが飛び立つ前に両手剣に結んだロープを持って行ってもらい、向こうに着地したユウキが、そのロープを、今度は自身の剣に結び付け、ロープの付いた剣を地面に突き刺すことで簡易的なロープウェイを作り出したからだ。
俺は、豚の丸焼きみたいなポーズを取りながら、ロープを慎重に伝って行った。そして数分後、ようやく地面に足を着ける。…地に足つけるとは、こんなに安心することなのか。そんな感慨に耽っていると、ユウキが声を掛けてきた。
ユウキ「…ちょっと勿体ないかもだけど、転移結晶使う?」
耐久値がゴッソリと減った両手剣を回収しながら、ユウキに答える。
アルファ「それもありだけどさ。ちょっとだけ探索してみないか?ヤバそうだったら逃げよう」
ユウキ「それもそうだね」
少しの間ここを探索する、そう決めた俺達は陸地が続けている方向に歩き出した。すると、二手に道が別れており、取り敢えず右方向へ進む。右の道は直ぐに行き止まりになっており、そこには三つの宝箱が設置されていた。宝箱には、罠が仕掛けられている様子はなかったので、三つとも開封してみる。中身はアーマーヘルム、回復結晶、そして、レアそうなカタナ<陽炎>だった。
回復結晶はレア物であるため、入手機会も少なく需要と供給が見合っていないアイテムの一つであることから、宝箱やモンスタードロップで手に入った時の喜びは大きい。だが、武器防具に関しては、自分の使うものでなければ何とも損した気分に陥らせてくれる。最も、今回は将来的に使うことが決定している刀の武器が手に入ったので、大満足だ。
俺達は、反対方向へ進もうと、踵を返す。その時、不意にある疑念が頭の中に浮かんできた。──何故、ダンジョンの入り口にあんなレア物があったんだ?普通は、ああいうのは最後の方に置くはず…。そこで、俺はある答えに辿り着く。
アルファ「…今すぐ転移結晶を使うぞ」
突然の俺の有無を言わせない本気の語り口に、ユウキは何も聞き返さず従い、ポーチから転移結晶を取り出した。
「「転移、ライガル!」
俺達は転移結晶を掲げて、同時に第三十一層の主街区の名を叫ぶ。そして俺達の身体は転移特有の柔らかい光に包まれ──ることは無かった。
アルファ「あれ?」
ユウキ「…転移しない」
アルファ「…結晶無効空間か!?」
一瞬、俺は呆気にとられるも、そう言えば、数層前から結晶無効空間なるトラップが仕掛けられているエリアが登場していると、アルゴが言っていたのを思い出した。──不味い。このままここに長居したら…。俺がそう思った矢先に、俺達が通れる唯一の一本道を塞ぐようにして、炎に燃える鬣を持つ巨大なライオンのようなモンスターがポップした。
「グルラアァァァア──ッ!」
体力バーは二本、示された名は<ファイヤーライオン>…これまで目にしてきた名前の中で、一番シンプルだな。体力バーは二本と、一般的なダンジョンボスと何ら変わりはないとは言え、油断はできない。
ダンジョンボスは大体、能力が突起していたり、何かのギミック解除が必要だったりと、厄介な奴らは多い。今回のボスがもし後者なら、俺達は実質的に詰みだろう。
ユウキ「来る!」
アルファ「あぁ!」
化物ライオンが咆哮をあげながら、俺達目掛けて飛び掛かってくる。ボスに掴まらないように、俺とユウキは少し後ろに下がって様子見する。化物ライオンはそのまま止まることなく鋭く尖った爪で俺を切り裂こうとしてきた。俺は両手剣でクローを迎え撃ち、ボスの動きを止める。そこでユウキがボスの背中を一閃し、ダメージを稼いでくれた。
体力の減り方からして、防御力は低く設定されているようだ。俺が使っている両手剣は攻撃を受け止められるに充分な強度を持った代物ではない。だが、今いる場所が狭い一本道である以上、回避できるスペースに限りがあるため、否応なしに俺がボスの攻撃を受け止めるタンク役を担わなければならない。じわじわと減り続ける両手剣の耐久値にひやひやしながら、化物ライオンの猛攻を丁寧に捌いてゆく。
数十分ほど掛けて、俺達はボスの体力を徐々に減らしていった。ボスが又もやかぎ爪で攻撃してきた際に、俺は今度は受け止めずに身をかわしてカウンターを決めることで、HPが尽きるまであと半分という所にまで追い詰める。
ユウキ「行くよっ!」
ユウキが怒涛の追撃と言わんばかりに、ボスに向かって飛び掛かり、剣を振るったが、ボスはその巨体に似合わず、ユウキの攻撃を四本の手足で器用に躱した。ユウキは、攻撃を空ぶった勢いで、前方に倒れ込みそうになるが、左手だけを地面に着いて、そこを中心として一回転し、華麗に態勢を立て直す。回転している間に剣をボスにヒットさせていたようで、ボスの体力がまた僅かに減少した。
…完全にこっちのペースに持ち込んだ。そう感じた俺はボスに猛攻を仕掛けるために、地面を勢い良く蹴った。ユウキも同じよう感じていたようで、すぐさま更なる追撃を仕掛けようとする。その時、ボスは後方へ大きくジャンプした。だが、その先はマグマだ。何故そのような自殺行為を取ってきたのか。一瞬、俺の頭の中は疑問で一杯になったが、そのすぐ後に理解できた。
ユウキ「…最悪だね」
アルファ「…だるすぎる」
マグマに突っ込んだボスは、見る見るうちに体力を回復させていく。俺達としてはその行動を阻止したいが、何せボスがいる場所はマグマのど真ん中だ。俺達が入ればひとたまりもない。苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべるユウキと共に、俺はボスに注視し続ける。
ボスはHPバーを一本分満タンにまで回復させてから、また大きくジャンプして、俺達の前に登場した。しかし、先程までは鬣だけが燃えていたはずなのに、今度は全身が炎に包まれているではないか。…これは強化が入ったのか?その答えはすぐにボスが証明してくれた。
アルファ「ッ!」
これまでと比べて、約1.5倍くらいの速さで、ボスが一気に迫ってきた。俺はそれに驚きつつも、しっかりとボスの突進攻撃を回避する。確かにボスのスピードは一段と速くなったが、普段からユウキとデュエルを繰り返している俺からすれば、それを躱すことなど朝飯前みたいなもんだった。攻撃のスピードと火力を上昇させたボスは俺とユウキを仕留めようと次々に爪や尻尾などの全身を使った攻撃を浴びせてくるが、俺とユウキは特段焦ることなく、今まで通りの作戦でボスに対峙する。
ボスに強化が入ろうとも、変わらずこちらのペースに持ち込みながらボスの体力を削っていった。恐らく、次の攻防でボスを倒しきれる。そこまで来た時に、ボスがこれまでにないモーションを取る。後ろ足だけで立ち上がり、息を大きく吸い込んで、肺を膨らませる。そしてその口から放たれたものは、灼熱のブレスだった。点ではなく、面で攻撃してくるブレス攻撃はどこか範囲外へ逃げるのが一番の対策なのだが、この狭い一本道では、ブレスから逃れられる道はない。
ならば、俺達は二人で背を合わせて、ソードスキルを空打ちし、その風圧でブレスの威力を軽減させる。それでもブレス攻撃は俺達を襲い、全身にダメージバック特有の不快感が到来した。程なくしてブレス攻撃は止む。その瞬間に、ユウキがその場から飛び出て、ソードスキルを炸裂させ、ボスを倒し終えた。
アルファ「…ふぅ」
戦闘終了を表すリザルト画面が表示されたことから、ボスが倒れたことを確信した俺は、両手剣を背中に差して、身体に溜めていた空気を一気に吐き出した。周りを見ても、他のモブが出現した様子はないので、手に入ったアイテムを確認しながら、ユウキに話し掛ける。
アルファ「…もう一回、転移できるか試してみようぜ」
ユウキ「そうだね。やってみよっか」
俺達は再び転移結晶を掲げて、ダンジョンからの脱出を試みるが、やはり失敗に終わった。如何やら、ダンジョンボスを倒したからといって結晶無効空間が解除されるわけではないらしい。
アルファ「……なぁ、火山の山頂からマグマに向かってダイブすることが、このダンジョンの正しい入り方だと思うか?」
ユウキ「…どういうこと?」
アルファ「これは俺の予想だけど、俺達が今いる所って、このダンジョンの最奥なんだと思う」
ユウキ「…え?」
ユウキは連続してクエスチョンマークを浮かべた表情で俺を見つめていた。…そもそも、俺達のダンジョンへの入り方がイレギュラー過ぎたのだ。火口の下にあったこのエリアが火山の内部に広がるダンジョンの最深部だと考えれば、レア物が入っていた宝箱が数個設置されていたのも、普通のモブにしては明らかに強すぎる、恐らくこのエリアのダンジョンボスであるライオン型モンスターが出現したことも納得がいく。
俺は、イマイチ俺の言ったことを理解できていないユウキに対して丁寧に説明すると、ユウキは的を得たような表情に変わった。
ユウキ「なるほど~」
アルファ「…というわけで、俺達は今からダンジョンの入り口を探しに行かなきゃならないってことだ」
ユウキ「確かに、ここを登るのは無理そうだもんね…」
ユウキが見上げる先は、遥か彼方に見える俺達が落ちてきた山頂だ。流石に、落ちればマグマ真っ逆さまの所で、何の準備もしていない状態で登っていくなんて無謀なことは出来ない。このダンジョンは結晶無効空間なので、探索中に危機的状況に陥ったとしても、回復結晶を使って一気に体力を回復することは不可能だ。そのことをユウキに伝えてから、俺達は何処かにあるダンジョンの入り口を求めて、道の続きを歩き始めた。
というわけで、今回はまたまた二本立ての構成となっております。今回は題名が思い浮かんだので、それぞれに違うタイトルを付けることにしました。
では、また第41話でお会いしましょう!