今日も一日のレベリングやなんやらを終え、夕暮れ時に主街区に戻って来た俺達を待っていたのは、嫌に静かな街並みだった。普段なら、日が暮れる時間帯には、攻略に勤しむプレイヤー達が主街区に帰ってくる。しかしこの主街区には、そういうプレイヤーは一人も見当たらず、町の所々に見える夕日に照らし出された人影は全てNPC住民のものだ。
俺達は、火山ダンジョンから脱出した後、温泉を満喫して、その日はゆっくり休み、翌日の昼間は31層の残りのクエストを消化していたせいで、攻略組から二日遅れて第三十二層へ足を踏み入れた。まさかもう、攻略組は他の街を拠点にしているのだろうか。
ユウキ「誰もいないね」
アルファ「プレイヤーが一人もいないなんて、なんか不気味だな」
ユウキ「オバケの仕業かもよ?」
アルファ「…まさか」
ユウキがニヤニヤしながら俺を怖がらせようとしてくるが、流石にそれはあり得ない。ここは安全圏だからな。…でも、万が一を考えて、周囲は警戒しておこうか。取り敢えず、俺達は腹ごしらえのために、適当にどこかのお店に入ろうと、ガラ空きのメインストリートを進んで行く。
すると、右手にレストラン風のお店を見つけたのでそこに入ることに決定した。遠目から見ても店内には誰もおらず、何だか薄暗いが、大丈夫だろか。俺達は店の前まで足を運んだ時、あることに気が付いた。
ユウキ「…クローズ」
アルファ「…閉まってるのか?」
店先のドアには、既に店仕舞いが完了していることを表す立て札が立てられていた。それから俺達は、この街の飲食店らしき所を見て回ったが、どこもかしこも閉店している。その癖、鍛冶屋や道具屋などの飲食店以外のお店は普通に営業していた。
その様子を不思議に思った俺は、道具屋の店主に訊ねてみる。
アルファ「おっさん、どうしてこの街は、飲食店だけが閉まってるんだ?」
「坊主、よそ者か?…この街は、食糧不足なんだよ。だから、食材が高くて飲食店なんかやってられねぇんだ」
アルファ「教えてくれてどうも。解毒ポーションが一つ欲しい」
「旅の人に街のことを教えてやるのは道具屋の務めだからな。それでいて店の利益になるなら尚更だ」
立派なひげを生やした恰幅の良い中年の男性は、朗らかに笑いながら、解毒ポーションを売ってくれた。…なるほど。そういうことか。つまり攻略組の奴らは、飲み食いできる街にとっとと移動したわけだ。
まぁ、俺達も明日からは別の場所に拠点を移すとするか。31層で晩御飯を食べながら、ユウキにそう提案しようと考えていた時、俺は後ろから声を掛けられた。
「なんダ?アー坊とユーちゃんも探偵ごっこしてるのカ?」
その特徴的な話し方をする人など、彼女以外にあり得ないだろう。そう思って後ろを振り向くと、予想通り、そこにはアルゴが立っていた。
ユウキ「アルゴ!久しぶりだねっ!」
アルファ「久しぶりだな。…それより、探偵ごっこってどういう意味だ?」
俺がアルゴに質問返しをすると、彼女はしっかり答えてくれた。
アルゴ「ン?主街区にいるってことは、この街の異変を解決しようとしてるんじゃないのカ?」
アルファ「いや、俺達は今日初めてここに来たんだ。だから結構びっくりしたぜ」
アルゴ「ニャルほど…」
俺がそう返事をすると、アルゴは少し考え込むように顔を俯けて、顎に右手を押し当てていた。やがて十数秒後、アルゴは再び口を開いた。
アルゴ「だったら、オレっちのこと、手伝ってくれないカ?…ずっと前に、アー坊のこと助手にしたい、って言ってたダロ?」
アルファ「…あぁ~、懐かしいな。ユウキ、いいか?」
ユウキ「うん!全然いいよ!」
ユウキが二つ返事で了承してくれたので、俺達はアルゴの助手として、この街の異変の解決に手を貸すことにした。アルゴの言葉を聞いて、そう言えば、まだ第二層にさえ行けていなかった頃にそんな会話をしていたな、と当時のことを思い出した。あれから半年以上経過したが、もう随分と昔のことのように感じる。
アルゴ「二人共、ありがとナ。…じゃあ、ユーちゃんは助手二号、アー坊は三号ってとこだナ!」
面白そうにそう言ってくるアルゴに対して、俺は少し疑問に思ったことを遠慮せず口にした。
アルファ「それを言うなら、助手一号と二号、だろ?自分まで助手として数えてんじゃねぇのか?アルゴは探偵なんだから、助手一号じゃない…」
──助手一号じゃないだろ?オレがそう言い終える前に、左手の曲がり角から現れたプレイヤーがその姿に見合った見事な重低音の声でハッキリと言った。
「悪いな。俺が助手一号だ」
綺麗に焼けた肌に、逞しい筋肉、スキンヘッドに似合った彫の深い顔を持った男が堂々とアルゴの後ろに立つ。
アルファ「…エギル、いつからアルゴの助手になったんだよ」
ユウキ「エギル!久しぶり~」
エギル「俺も気になってたからな、今晩限りで助手なんだよ」
エギルは豪快に笑いながら、そう言ったのだった。
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あれから俺達は四人で手分けして町の住民に聞き込み調査を行った。その結果判明したことは、この街で生産している食物がここ何年も不作であること、畑の管理はこの街の領主が一任していること、領主の私兵が町の治安を維持していることなどだった。その情報だけでこの問題を勘案するなら、明らかに領主が食料を独占しているせいで、領民が飢餓に苦しんでいるのだと考えられるが、そう簡単な問題ではなかった。
町の住民は口を開けば、領主様は頑張っているのだ、と食糧不足を何年も解決できない領主を非難するどころか、領主のことを擁護しているのだ。それに、住民から話を聞く限り、領主は本当に食糧問題以外の政策に関しては、見事な成果を上げていたのだ。そういうわけで、情報を集められるだけ集めた俺達の間では、事件は迷宮入りになりそうな気配が気配が漂い始めていた。
だが、アルゴが何かを閃いたように、口を動かす。
アルゴ「…これを見てくれないカ?」
そう言って、アルゴが俺達に差し出してきたものは、二つの新聞だった。目を通してみると内容は、別々の出版主が食糧問題についてやゴシップネタ、領主の褒めちぎり等だ。
アルゴ「何処かおかしいと思う所はないカ?」
ユウキ「ん?別に普通の新聞だと思うけど…」
アルファ「…あぁ、俺もユウキと同感だ」
アルゴに言われて、俺はもう一度新聞をざっと眺めてみたが、やはり特に何の違和感も感じない。しばらく沈黙が続く中、エギルがあっと気が付いたような反応を見せた。
エギル「…オイ、領主に関する新聞記事だけ、どっちの新聞でも全く同じ文面だぞ!」
アルゴ「ご明察ダ!流石は助手一号だナ!」
エギルの指摘に促されるように、俺ももう一度新聞記事をしっかり見て見ると、確かにそこには一語一句違わない記事が載せられていた。
アルファ「…なるほどな。自分で情報を精査することを放棄して、メディアからの情報だけに依存した人々の末路ってことか」
アルゴ「それに騙されたアー坊も、そのうちの一人だヨ?」
アルファ「…その通りだな。ということは、出版主と領主はグルということでいいな」
…弁解の余地もない。でも、しっかりと戒めとして心に刻んでおこうか。
アルゴ「まだ確定ではないケド、十中八九でそういうことだろうナ」
ユウキ「つまり、領主が意図的に自分を持ち上げている、ってこと?」
エギル「あぁ、マスメディアを悪用した情報操作ってことだな」
アルゴ「取り敢えず、こっちの出版主の方に、事情を訊ねに行こうカ」
そう決めた俺達は、町を歩いて、出版主が経営しているであろう建物の前までやって来た。探偵アルゴを先頭にドアを開けて、店の中に押し入っていく。するとそこには、一人の生真面目そうな男が椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
「…見ない顔ですが、俺の店に何か用ですか?」
アルゴ「単刀直入に言わせてもらうヨ。もう一つの新聞とここの新聞のある記事が全く同じ内容なんだケド、どういうことか説明してもらえるカ?」
「…俺達は、同じ街に住んで、同じように日々のネタを探しているんですよ?内容が被ることなんてよくあることだと思いますが」
男は、あくまでも何の手品もしていないと、白々しく対応する。
アルゴ「確かに、内容が同じことはあり得るサ。でも、記事の書き方まで全て同じっていうのは、ちょっとおかしいんじゃないのカ?」
「…さぁ、何のことだか。これ以上意味の分からないことを喚くようでしたら、治安兵を呼ばせてもらいますよ」
アルゴからのとどめの一言を喰らった男は、追い詰められたのか、領主の権力を盾に、俺達をここから追い出そうとしてきた。…だが相手が悪かったな。俺達はこの町の住民じゃないんだ。街なんていつ出て行っても困らない。
そんなことを思っていた俺の心を弁解するかのように、アルゴが鋭い鋼のクローを装備して、男に対して威嚇して見せた。
アルゴ「…早く言ってくれた方が、身の為だヨ?」
「…脅しは効かないですよ。もし俺に手を出せば、この街の治安兵がすぐさま駆けつけ、あなた達を牢獄へ放り込むでしょう」
男は、アルゴの鈍く輝くクローの鋭利な先端を突き付けられても、動じることなく対応してくる。…これはもう一人の方を当たるべきか?俺がそんなことを考えた瞬間、少し後ろに控えていたエギルがぬっと無言で前へ出た。その顔は無表情だ。
エギルはそのまま、メインウエポンの斧を取り出して大きく振りかぶってから、バキッ!っと男の座っている椅子の前にあった机を真っ二つに破壊した。
「ひっ!?」
エギル「お前さんの代わりはいくらでもいるんだ。早く口を割らないと、その体が割られる羽目になるぞ。俺達からしたら、治安兵が来るまでに、ここから脱出することなんて造作もないことだ。さぁ、どうする?」
アルゴとは違って、その風貌からして強面なエギルの脅しは、この男に十分すぎるほどの効果を与えたようで、男はすぐに話し始めた。
「た、確かに、一週間に一回はこの街の新聞に、領主様から渡された記事を載せると、領主様と契約しているのは事実だ!」
エギル「お前さんは仮にも新聞を発行しているんだ。何か領主に関する黒い噂は知らないのか?」
「それ以外には何も知らない!」
エギル「だったら、お前さんの身体に聞いてみるとしようか」
「分かった!分かったから待ってくれ!…収穫の時期には、領主様の管理する畑に、領主様の私兵が入っていくんだ。そこで何をしているのかまでは俺も知らないが、丁度、明日の午後三時に私兵が入る予定になっている。これ以上は、本当に何も知らない!」
エギル「そうか。…俺達はもう行くが、変な気は起こすなよ」
エギルが男に背を向けて、そう言い残してから、店を出て行く。俺達もエギルについて店の外に出た。しばらく無言で歩き続けるエギルに対して、俺は声を掛けた。
アルファ「ヤクザみたいだったな。あれは誰でもビビっちまうぜ」
エギル「俺はただの経営者だ。ヤクザなんかじゃねぇよ。…それに、あんなの柄じゃねぇんだよ…」
ユウキ「…良かった~。エギルの本性があれだったら、ボク怖くて話し掛けられなくなりそうだったよ~」
ため息交じりに、エギルが弱々しく項垂れた。ユウキも普段のエギルに戻ったことに安堵しているようだ。…正直、俺もエギルがあんな奴だったら、怖くて話す毎に気を遣ってしまいそうだ。
アルゴ「ま、何はともあれ、エギルは大活躍だったヨ。ありがとナ」
エギル「あぁ、そいつは良かったぜ」
アルゴ「それに対して、助手の二号、三号は…」
ユウキ「あ、アハハ…」
アルゴ「…お荷物だったナ」
アルファ「…ハッキリ言うなよ」
アルゴからの辛辣な進言にユウキは苦笑いをするしかなかったようだ。
エギル「まぁ、明日からは2人が頑張ってくれるだろ。俺は今日限りだしな」
アルゴ「そう言えばそうだったナ。というわけでよそしく頼むヨ?」
ユウキ「うんっ!明日こそは頑張るね!」
如何やらエギルは、明日は仲間とクエストを攻略する予定があるらしい。俺は、明日も手伝うとは一言も言っていなかったのだが、ユウキが快くアルゴの申し出を受け入れてしまったので、もう後には引けまい。
忘れかけていた空腹を思い出した俺達四人は、下層で適当に晩飯を食べてから、明日の午後二時前には、この街の入り口で集合することを約束し、その日は解散した。
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ユウキ「…まだかな…」
アルゴ「あと十五分ぐらいダ」
俺達は翌日、時間ピッタリに午後二時に主街区に集合してから、領主が管理しているという街の南にある広大な畑に侵入した。一度は正面から畑に入ろうとしたのだが、その入り口の前に突っ立っている門番に、用がないなら早く立ち去れ!と追い返されてしまった。
なので俺達は、畑に隣接している森を通り抜けて、侵入させてもらった。今は近くに茂みに身を隠して、出版主の言ったとおり畑にて何が行われるのかを見極めようとしている。因みに、敷地一杯に実った様々な作物を見る限り、この街が食糧不足に陥っているという住民たちの見解は間違っていると言える。…まぁ畑がある土地は周りは高い塀で囲われている上に、住民が生活している区域とはかけ離れた場所に位置しているのだ。普段から情報操作された新聞だけから領主に関する情報を手に入れている住民には、この惨事を知ることなんて到底不可能な話だろう。
アルゴ「二人共、隠蔽スキルは持っているカ?」
アルファ「いや、まだ持っていない」
アルゴ「だったら、こいつを使ってくれヨ。見つかったら面倒だカラ」
アルゴはそう言って、俺とユウキに黒い布で出来たコートを渡してくれた。アイテムの名前はシンプルに<隠れ蓑のコート>で、プロパティを確認すると、装備しているだけで、隠蔽スキル初期段階と同等レベルの隠蔽ボーナスを得られるという優れものだった。こんな良いものを何個も所持しているとは、流石情報屋だ。
俺はアルゴに感謝しつつ、しっかりとコートを装備して、私兵がやってくるのを待ち構えた。そこから少し時間が経つと、馬車を引いた私兵が数人、畑までやってきた。私兵達は俺達が隠れている茂みの目の前にいるのだが、俺達に気が付く様子はない。
「今年も豊作だな。今からこいつらを枯らしちまうなんて、勿体無いぜ」
「領主様も枯らすんじゃなくて、隣町にでも売っちまえばいいのにな」
「俺達に聡明なる領主様のご意向なんて、計り知れないのさ。俺達はただ言われた通りに動けばいい」
「へいへい…ま、今の生活があるのも、領主様のお陰だしな」
私兵はそんなことを言いながら、馬車から何かを入れた瓶を取り出していく。そしてその瓶の中身を豊潤に育った作物にぶちまけた。すると、作物は見る見るうちに元気をなくして、萎れていくではないか。
アルファ「これはもう完全に黒だぜ」
ユウキ「うん、街の人を苦しめるなんて、許せないよ」
アルファ「アルゴ、あの瓶を盗み出すのか?…アルゴ?」
俺とユウキが声を潜めながら、コソコソ話をしているというのに、アルゴは一向に声を出さない。何か異変を感じた俺は、アルゴの方をそっと見やると、アルゴは目の焦点を合わせぬまま、真顔で虚空を見つめていた。
アルゴ「ハッ…ハッ!…ニャックシュンッッ!!」
アルゴは目をつぶって、口元を抑えながら、豪快にくしゃみをした。別にくしゃみをすることは悪いことではないのだが、私兵が目の前にいるこの状況では、悪手過ぎた。
「…?なんだ?今そこの茂みから音がしなかったか?」
「あぁ、俺にも聞こえたぜ」
──不味いな。私兵がこちらに向かってくる。俺がどうやってこの状況を逃れようかと、必死に頭を悩ませている時、アルゴが一手打った。
アルゴ「にゃ、ニャーゴ~」
──猫の芝居!あれだ、小説とか映画とかでよくやるやつだ!私兵は、一瞬足を止めて、怪訝そうに顔をしかめる。
「…?何だ、猫だったのか──」
──もらった!心の中の俺は勝利のガッツポーズをあげていたが、それは次の瞬間に、崩れ去った。
「──とでも言うと思ったか!曲者め、捕らえてやるっ!」
アルゴ「ニャハハ…。やっぱり映画のようにはいかないのカ…」
アルゴが苦笑いしながら、茂みから飛び出した。私兵は既に敵対化しており、カーソルがモンスターと同じものに変化していた。カーソルの色からして、アルゴが私兵相手に遅れを取ることは無さそうだが、一対多数では、流石にアルゴの分が悪い。
俺とユウキも茂みから飛び出て、私兵に斬りかかる。数分後、特に何の危険もなく、私兵どもを全滅させた俺達は、馬車の中から例の小瓶を奪い取った。
アルゴ「二人共、助かったヨ」
ユウキ「今日はボク達も大活躍だね!」
アルゴ「あぁ、ユーちゃんのお陰だナ」
ユウキ「えへへ~」
アルゴがユウキの頭を優しく撫でている。ユウキはそれを嬉しそうに受け入れていた。そんな和やかな雰囲気にホッコリしつつも、俺は冷静にアルゴに問い掛ける。
アルファ「こうなった以上、領主がこの異変に気が付く前に、俺達が領主の館に突撃するべきじゃないか?」
アルゴ「…それもそうだナ。領主の館への侵入ルートは、昨日のうちに調べておいたヨ。この森を通り抜けて、館の裏手から忍び込もうカ」
ユウキ「りょーかい!」
アルゴ「ここからはスピード勝負になってくるカラ、避けられない戦闘は素早く片付けていこうナ」
そうして俺達は、森の中を駆けて数分で領主の館に到着する。アルゴの下調べのお陰で、俺達はスイスイと領主の館の中へ侵入し、すぐに二階への階段が見えるところまでやって来た。
アルゴ「二階に領主の部屋があるケド、それが何処なのかまでは分かっていないんダ」
アルファ「だったら、まだ騒ぎは起こしたくないな」
ユウキ「ならいい作戦があるよ」
ユウキは、何かを閃いたように、俺達を階段下の薄暗い窪みに誘導して、そこから俺達が侵入してきた方向へポーションを投げつけて、パリーンッ!とガラス特有の硬質な音を破裂させる。それに釣られた階段前を見張っていた衛兵は、ポーションが投げられた方向へ一目散に走っていった。
ユウキ「今っ!」
ユウキが陰りから飛び出したのに続いて、俺とアルゴも遅れずついて行く。階段を登りきると、左右に伸びる通路の左側に、少し大きめの扉と、二人の門番が立ちはだかっているのが見える。恐らくあれが領主の部屋に違いない。
アルファ「…俺がアイツらを引き付けるから、アルゴとユウキは領主の部屋に押し入ってくれ」
アルゴ「了解ダ。でも、無理だけはしちゃだめだヨ」
アルファ「分かってるッ!」
俺はアルゴに返事をしてすぐに、門番たちに急接近した。二人の門番はそれに気が付くも、もう遅い。俺は思いっ切り門番の一人を蹴りつけて、後方へ吹き飛ばした後、更に奥へと駆けた。二人の門番は俺を捕えようと、後を追いかけてくる。しっかり行き止まりまで走った俺は、遠目にアルゴとユウキが領主の部屋に入ったのを確認してから、片手剣を装備した。
この通路の広さでは、両手剣は十分に振れまい。門番たちも腰からサーベルを引き抜き、戦闘態勢に入る。門番の一人が俺に斬りかかってきたので、俺はそれをひらりと躱した。その先には、もう一人の門番が剣を振り上げて俺を待っていたが、俺は片手剣を斬り上げて、うまい具合にその軌道を逸らした。俺はそのまま手首を返して、門番を切り裂く。怯んだ門番に対して閃打をぶち込んで門番を撃破した。もう一人の門番も果敢に斬りかかってきたが、足元を払って、態勢を崩させてから、連撃ソードスキルを決めて、戦闘を終了させる。
門番を撃破した俺は、その足で領主の部屋に向かった。するとそこでは、激しく言い合うユウキと領主がその場を支配していた。
ユウキ「だったらどうしてこんな事するのさ!」
「この街の為だ」
ソファに掛けて、足を組んでいる貴族風の男は冷静にユウキに対して言い返す。恐らく、この男が領主なのだろう。
ユウキ「何が街の為なの!?そのせいで皆が飢餓に苦しんでるんだよ!?」
「…では、君に問おう。私は何故、毎年作物の収穫量を制限していると思う?」
領主にそんな質問をされるとは思っていなかったのか、ユウキは言葉に詰まった。
ユウキ「…分からない」
「…もし、食糧が潤沢にあれば、街はどうなる?」
誰も領主の質問に答えない為、俺が思ったことを発言してみる。
アルファ「…町が栄える」
「そうだとも」
ユウキ「だったら!」
「だが、生活が豊かになれば、人口が大きく増える」
アルゴ「それはいいことじゃないカ?人口が増えればその分街は活気づくし、税収も増えるダロ?」
「…税収などどうでも良いのだ。人口が増えれば、土地が足りなくなるのは分かるかね?」
アルファ「あ、あぁ…」
街が栄えることの何がいけないのだろうか。俺は領主の考えが全く読めない中、相槌を打つしかなかった。
「土地が足りなくなれば、我々は何処かを開発しなければならない。だが、街のすぐ隣にある森は、モンスターが頻出するせいで開発には向いていない。…ならば、我々は隣町の方へと土地を開発しなければならないのだ」
「そうなれば、更に人口が増えていくのにつれ、いずれ隣町の土地まで必要になってしまう。その時、何が起こるかは分かるかね?」
アルファ「…土地の奪い合い?」
「そうだ。故に、それを恐れる私は、食糧不足を意図的に作り出すことで人口を制限し、将来の憂いを無くしていたのだ」
アルファ「…」
確かにそうすれば、町の住民は苦しい状況から脱することはできないが、街の恒久的な平和を手に入れることは出来る。領主は、リスクヘッジをした上で、最善策を選んでいる。領主の言っていることは、合理的だ。
それ故俺は何も言い返すことが出来ない。それはアルゴも同じようで、真剣な顔で俯く姿は、領主の言葉について深く考え込んでいるようだ。しかし、ユウキは、絞り出すような声で、それでいてハッキリと領主に言い返す。
ユウキ「…何で。どうして領主様は、街の人達を信じないんですか?街の人達がそんなことをしないと、そう信じられないから、貴方はこんなことをしているんじゃないですか?」
「……」
ユウキ「もし、ボクが同じ立場なら、ボクは領民を信じます。…人は、そんなに悪い存在じゃないんです。いつだって、前を向いて生きることに必死なだけなんです!それを正しい方向へ導くのが領主様の役割だと思うんです。…どうか、今一度領民を信じてはくれませんか?」
しばらくの間、続いた沈黙。誰も何も言い出さない。領主は目をつぶって、微動だにしなかった。だが、遂に領主がその両目を見開いた。そして、優しく話し始める。
「…なぜだろうね。君にそう言われると、その方が正しく聞こえる…確かに、これまでの私は、領民を疑ってばかりだったのかもしれないな…良いだろう、君の言う通り、これからは領民を信じてみようか」
ユウキ「…それじゃあ!」
「あぁ、今日からは、無駄に作物を枯らしたりはしない。領民に満遍なく行き渡るように心掛けよう」
ユウキ「ありがとうございます!」
「なに、礼を言うのはこちらの方だ。お礼と言っては何だが、これを受け取ってはくれないか?」
そう言って領主が差し出してきたものは、緑色に輝く石のようなものだった。これはクエスト報酬ということか。プロパティを確認すると、装備の強化を100%成功させるという優れものだ。クエストが作りこまれ過ぎていて、これがクエストだってこと、途中から忘れてたぜ。その後、領主の館にて丁重に扱われた俺達は、採れたての作物をふんだんに使った豪勢な料理をたっぷりと楽しませてもらった。
…領主がこれまで行ってきた事と、ユウキが提案したことのどちらが正しいのかは、俺には分からない。だが、ユウキの言ったように、人は信じられる存在であるということ。今の俺にとってはそちらの方が納得のいく答えに近い気がした。
アルゴとエギル、特にアルゴの出演回数が多い気がしますが、気のせいです。断じて依怙贔屓などではないはずです。
では、また第43話でお会いしましょう!