ユウキ「ふぁ~」
ベッドの中で朧気ながら目を覚ましたボクは、両手を天に伸ばして、寝ている間に凝り固まった身体をほぐしていく。時刻は午前六時、まだまだ夢の中に溺れていたい時間帯だが、ボクはその誘惑に打ち勝って、ベッドから降りた。
自室のドアを開けて、そろりそろりと一階へと向かって行く。アルファは基本的に朝に弱いので、8時ぐらいまでは眠りこけているとは思うが、一応忍び足でアルファに気が付かれないよう、用心しておいた。
無事にキッチンまで辿り着けたボクは、ストレージから果物やら小魚やら香辛料やらを取り出して、普段通り至高の調味料作りに励み始めた。前々からこうして朝早く起きては、前日に目を付けておいた材料を組み合わせて、素晴らしき調味料を爆誕させようと試みているのだが、未だボク自身が百点満点を出せる調味料を生み出すことは出来ていなかった。
料理スキルの熟練度もコツコツ上げてつい先日、500の大台に乗った。それでもなお、食材の組み合わせの全てを理解できていないのだから、料理スキルとは簡単そうに見えて、実は奥が深いスキルなんだろうと思う。
ユウキ「…失敗」
また今日も失敗だ。一応、それなりに満足できている調味料の組み合わせはあるが、それなりではなく、完全に満足できるものを作り上げたい。だが、そろそろあの日も迫ってきているわけだし、明日明後日には決着をつけないと…。
時刻が七時を回っていることを確認したボクは、手早く調理器具や食材を片付けてから、安楽椅子に座った。やはり六時起きはボクの身体には厳しいのか、段々とウトウトとしてきた。そしてそのままボクは、二度寝を始めたのだった。
「─おい、ユウキ、起きろって」
突然、遠くの方から誰かの声が聞こえてきた。まだ頭の中がぼんやりとしているが、固く閉ざされた目を開けていく。するとそこには、アルファがボクの顔を覗き込むようにして、ボクの肩を揺さぶっていた。
ユウキ「……おはよう」
アルファ「おはよう、もう八時過ぎてるぞ」
ユウキ「…それを言うなら、アルファもいっつも八時過ぎまで寝てるじゃん…」
アルファ「…まぁ、そうだけど…」
少々寝ぼけながらも、ボクは目をこすりながら、そうしてアルファに反抗した。するとアルファは、何も言い返せなくなってしまう。寝起きに良いもの見れたな、とそれによってエネルギーを回復させたボクは、ストレージからピンク色の液体が詰まった小瓶を取り出して、アルファに訊ねる。
ユウキ「今日のは失敗でしょうか?成功でしょうか?」
アルファ「最近失敗続きだからな、失敗に一票」
ユウキ「酷いなぁ…ま、舐めて見なよ」
ボクが小瓶を差し出すと、アルファは渋々それを受け取り、中の液体を指に付けて、舐めた。すると途端に、アルファは表情を歪ませた。
アルファ「苦いのと酸っぱいののブレンドだな…」
ユウキ「不味いでしょ?」
アルファ「そりゃ不味いわ!せめて失敗作は食わせないでくれよ…」
とまぁ、アルファはボクに文句を垂れてくるが、その癖毎回調味料の味見をしてくれるところとか、実は優しい一面を持ち合わせているところが垣間見える。それからボク達は、朝食を済ませてから、もう日課となってしまったレベリングのためにフィールドへ向かって行った。
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ユウキ「あちゃー、今日は負けちゃったか…」
アルファ「ま、俺に掛かればこんなもんよ」
ユウキ「十戦ぶりの黒星だけどね」
アルファ「…」
今日のレベリングも終えて、ちょうど晩御飯の後のデュエルを終えたボク達は、デュエル会場となった広場で語らっていた。久しぶりに、アルファに負けたボクは、なんだか少し悔しい気分になったので、取り敢えず煽り返しておく。
先日のクエストで手に入れた太陽の戎具なる武器は、アルファにはピッタリの代物だったのようで、これまでのように武器と武器を切り替える際に生まれる隙がなくなったのは、アルファにとっては大きなアドバンテージだ。と同時にボクにとっては痛いところだった。
勿論、剣速ではボクの方が勝ってはいるけれど、こうも毎日デュエルを繰り返していると、アルファの目も慣れてきたようで、雑に勝つことは出来ない。なのでボクは、フェイントとか奇策を用いながら、アルファに対抗しなければならなかった。今日はアルファに対して攻め切れず、雑に剣を振ってしまった所をカウンターされてしまい、敗北してしまった。ボクは、こういう大雑把なところは反省点だ。
多分、本気でアルファに斬りかかれば、アルファはボクのスピードに完全に着いて来ることは難しいとは思うが、その無理矢理な攻め込みは、自身の技術の向上にはつながらないだろうと考え、自分の中ではデュエルで縛っている。
アルファ「ちゃんと屋台で奢ってくれるよな?」
ユウキ「もちろんだよ…でも、ちょっとタイラのとこに用があるから、先にホームに戻ってもらってもいい?」
アルファ「ん、分かった」
ユウキ「好きなもの買っといていいからね!」
アルファ「言われなくとも!」
…よし!自然な流れでアルファと別行動が取れた!ボクは颯爽と転移門まで向かい、そのまま第十層へ降り立つ。素早くタイラの店まで向かい、店の扉を開けた。すると、扉を開けて左側に、タイラが立っている。
ユウキ「タイラ!こんばんわ!」
タイラ「おやおや、今日はユウキちゃん一人ですか。そろそろ店仕舞いにしようと思っていたんですが、何か用ですか?」
ユウキ「えっと、作ってほしい服があって…」
タイラ「オーダーメイドということですか?」
ユウキ「そうだね」
タイラ「服と言うことは、日常生活用のものですね?」
ボクがそういう前に、会話から読み取ってくれるとは、やはりタイラは年長者なだけあって、しっかりとしている。
ユウキ「うん、部屋着が欲しいんだ」
タイラ「なるほどなるほど、ではどんなデザインにしましょうか。ユウキちゃんには少し可愛目の服装が似合うと思いますが…」
ユウキ「あ…ボクのじゃなくて、アルファの部屋着が…」
そう言えば、言うのを忘れていた。アルファの部屋着が欲しい、そう言い終える前に、タイラは目を光らせた。
タイラ「ほう?これはまた、付き合って一カ月記念とかですかね?」
ユウキ「ち、違う!明々後日がアルファの誕生日なのっ!」
そう、本日は11月21日で、アルファの誕生日である24日の3日前なのだ。三日前とは急ですね。もう少し早く言っていただければ…。とタイラの小言が聞こえてきた気がするが、気のせいだろう。
タイラ「ふむふむ、誕生日プレゼントと言うわけですか…」
ユウキ「…うん」
家族以外の誰かに誕生日プレゼントを贈るなんて、一体いつ以来だろうか。ボクがまだ、普通の小学生として生活していられた小学生の頃に、友達にクッキーや折り紙を贈った時以来だろう。それからはずっと、ボクはパパやママ、姉ちゃんの誕生日しか祝ってなかったなぁ…。
タイラ「では、どうせなら一番いい生地にしましょう。明日に第22層のフィールドに出現する芋虫モンスターから、糸を十個ほど入手してきてはくれませんか?今の所それが一番部屋着に適した生地になりますので」
ユウキ「りょーかい!任せて!」
ボクがドンっと胸に手を当てて、堂々と宣言すると、タイラは穏やかに笑ってくれた。
タイラ「私も何かプレゼントを準備するとしますか…」
ユウキ「じゃあ、一緒にアルファの誕生日のお祝いしようよ!」
タイラ「いえいえ、二人っきりの空間を邪魔するわけにはいきませんから、私はご遠慮させていただきますよ」
ユウキ「え~…」
タイラ「それに、一体いつになったら、ユウキちゃんとアルファ君はくっつくんですか?私もそろそろじれったいです」
ユウキ「ボク達は、そういう関係じゃないっ!」
タイラ「…そうですか。ではまた明日、お願いしますね」
ユウキ「うん、じゃあまた明日」
ボクはそうして、ギルドホームへ向かい始めた。だけど、ずっと、タイラの放った言葉が、ボクの胸の内に渦巻いたままでいる。ボクにとってアルファは、暗がりに閉じ込められたボクに、いつだって進むべき方向を照らし出してくれる、太陽みたいな存在だ。ボクのことを、まるで姉ちゃんみたいに温かく、優しく支えてくれる。
…まぁ、姉ちゃんみたいにどんな時でも、例え自分が死ぬ瞬間でさえも気丈に振舞ってられるような強さはアルファには無いけれど…。でも同時に、ボクがアルファに対して抱いている、この胸の内に燻る感情は、姉ちゃんの投影だけではないのだとも思う節がある。これは僕の体験したことの無い感情だ。親愛とも、友愛とも違う何か…。
だけど、それに気が付くことはボクには許されない。きっと、それに気が付いてしまったら、ボクにとってもアルファにとっても取り返しのつかないことをしてしまうから。…兎に角、三日後までに何としてでも、秘伝の調味料を見つけ出そう。ボクは気分転換に、出店でアイスクリームを買ってから、ギルドホームへと帰還した。
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アルファ「今日は何処で飯食う?」
ついに訪れた誕生日当日、ボク達は夜になるまで何らいつもと変わらず過ごしていた。アルファが今日は何処でご飯を食べるか、と訊ねてきたが、そんなことはもう決まり切っているだ。ボクは多分、得意げな様子でアルファに言ったんだと思う。
ユウキ「今日はボクが晩御飯を作るよ!」
アルファ「…マジ?」
アルファは期待半分恐怖半分といったような、何とも言えない顔をしていた。恐らく、最近失敗した調味料を味見させ過ぎたせいだろう。その様子を見たボクは、少し噴き出してから、笑顔で答える。
ユウキ「大丈夫、今日は本気で作るから」
アルファ「だったら、ユウキシェフに期待してみるか」
ユウキ「任せてよね~」
そうしてボク達は、珍しく夕食を食べずに、ギルドホームへと向かって行った。ギルドホームへと辿り着いたボクは、取り敢えずアルファを椅子に座らせて、料理が出来るまで待機してもらう。この一週間ほど、この日に何を振舞うべきが考えていたのだが、今のボクにはアルファの好みぐらい把握できている。
アルファは兎に角、肉料理が好きだ、と見せかけて、本当の所は、一番好きなのは和食系の料理なのだ。その中でも特にアルファが好きなものは、お刺身と白米の組み合わせだ。この二つに関しては、料理するというよりは、準備するというだけなので、買って来た赤身のお魚捌き、白米を炊く。
魚の捌き方などボクは全く知らないが、この世界では料理が簡略化されているため、捌き方を知らないボクでも、こうして綺麗にお刺身を作ることが出来る。そして、ストレージから青野菜やキノコ類に卵、そして、お肉を取り出して、お浸しっぽいものと茶碗蒸しらしきものを作っていく。ここで重要になるのが、ここ最近研究していた調味料だ。茶碗蒸しには白だしっぽい液体を、お浸しは醬油に近い白色の液体を使用する。特製の醬油は、色こそ違うものの、味はかなり近いものを作れた自負がある。
十分ほどで全てを作り上げたボクは、次々にアルファの待つテーブルの上へ料理を並べて行った。
アルファ「おおっ!これは旨そうだな!」
ユウキ「見た目だけじゃないからね!味も一品級のはずだよ!」
アルファ「んじゃさっそく…」
「「頂きます!!」」
二人仲良く合掌したボク達は、食物へ感謝を捧げてから、料理に手を付け始めた。アルファはまずはお浸しから食べてみたようだ。モグモグモグっと口を大きく動かしてから、お浸しを食べ終えたアルファは、目を見開いた。
アルファ「…醤油!?」
ユウキ「そうだよ!見た目はちょっと違うけど、味はかなり近いはず…お刺身に付けても結構いけるよ!」
アルファ「マジだ!うめぇ!!」
アルファはお刺身と白米のコンビネーションを堪能して、すぐに白米をお替わりしていた。そしてとうとう、ボクの自信作である茶碗蒸しに手を付けた。
アルファ「…白だし!?」
アルファはお浸しを食べた時と全く同じように驚きながら、茶碗蒸しをバクバクと食べていく。結局15分ほどで全ての料理を食べきったボク達は、〆の玄米茶…これは市販のものだが、を飲みながら、一服ついていた。
アルファ「…すげぇ美味しかった」
ユウキ「あ、ありがとう…」
…自分が頑張ってやったことを純粋に褒められると、結構恥ずかしい。
アルファ「毎回こんなにおいしいものを作ってくれたらなぁ~」
ユウキ「成功に失敗は付き物だからね」
アルファ「…それもそうだな」
そろそろ頃合いだろうか。そう感じたボクは、ストレージから一つの包装を取り出した。そして、アルファにそれを渡す。
ユウキ「お誕生日おめでとー!」
アルファ「……あぁ、そういうことだったのか…」
包装を受け取ったアルファは、合点がいったようなスッキリした顔でそう言ってくる。
ユウキ「自分の誕生日ぐらい覚えときなよ」
アルファ「…全くだぜ…」
アルファは誕生日を忘れていた自分に呆れているのか、やれやれ、と言った様子で一杯お茶を飲んでから、包装を丁寧に開き始めた。全ての包装を開放し終えたアルファはその中に入っていた緑色のジャージみたいな服を手に取って、ボクに訊ねてくる。
アルファ「…服?」
ユウキ「そうだよ、アルファはいっつもその恰好じゃん、だから部屋着とか持ってた方がいいかなって…」
アルファ「……」
一瞬、アルファが黙り込んでしまった。…もしかしたら、ボクの誕生日プレゼントがあんまりお気に召さなかったのかな?やっぱりもっと実用的なものにした方が良かったのかな?ボクの誕生日プレゼント、嫌だったのかな?そんな不安が、ボクの中に一気に押し寄せてくる。
アルファ「…ありがとうな…大切に使わせてもらう」
だけど、アルファから返ってきた返事は、優しさに包まれた、他人への感謝を伝える言葉だった。
ユウキ「……嫌じゃなかった?やっぱり、剣とかの方が良かった?」
ボクは、そんな面倒臭い質問をしてしまったが、アルファは特段気にすることなく笑顔で答える。
アルファ「嫌なわけねぇだろ?…誰かに誕生日をお祝いしてもらえるってだけで、本人は嬉しいんだぜ?ユウキ、ありがとな」
ユウキ「そっか…良かった…」
ボクは不安になって、そんなことをアルファに訊ねてしまったが、アルファは呆れながらも丁寧に答えてくれた。それから、タイラから預かっていたアルファへの誕生日プレゼントのポーチを渡した。アルファはこれまた嬉しそうにポーチを眺めている。
アルファ「…ちょっと、この服に着替えてくる」
ユウキ「ん」
アルファが、ボクの誕生日プレゼントの部屋着を着てくる、と言ってリビングから退場した。…アルファ、喜んでくれたたんだ…。そんなことを思いながら、ボクはアルファがリビングに戻ってくるのを待つことにした。
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アルファ「…ふぅ…」
お風呂を入り終えた俺は、ユウキにお休み、と声を掛けてから、自室のベッドに飛び込んだ。服装は、これまでとは違って、深い緑色のジャージを身に纏っている。裏地がもこもこしていて、すごく気持ちいい。
ユウキの誕生日を祝ったときは、自分の誕生日ぐらい覚えていたいものだと、そう思っていたのに、いつの間にか日々の生活に追われて、今日が自分の誕生日であることを忘れていた。ユウキがごちそうしてくれた夜ご飯も美味しかったし、プレゼントも嬉しかったし、これまでの人生の中でも、中々充実した誕生日になったと思う。ユウキには、感謝しかない。
…これで俺も、御年16、か…。SAOに参加していなかったら、俺は今頃、高校生として、二学期を、朝早く起きて、ご飯を急いで食べながら準備をして、自転車で学校へ向かう、居眠りしてしまいそうなつまらない授業を受けて、休み時間に友達と話して、部活に励んで、帰りには友達とゲーセンに寄ったり、晩飯一緒に食べたり、コンビニでアイスを買ったりして、家に帰って勉強なんてすることもなくまた眠る、そんな当たり前の日常を過ごしていたのだろうか。そうある自分を妄想をしてみるが、どうしても、そういう風に現実世界で、高校生として過ごしている自分を想像できない。
…もうすぐ50層の折り返し地点に辿り着く。そうすれば単純計算であと一年はこの世界で過ごしてるのだろう。となれば、現実世界に帰還した暁には、俺は17歳、高校二年生になっているわけだ。俺って今どういう扱いなんだろ?高校受験出来ないSAOに囚われた人たちって、多分俺の他にもいるだろうけど、中卒扱いになるんだろうか?それとも、向こうに戻ったら何かしらの救済措置があるのだろうか?いや、無かったら大問題だろ…。
なんて、くだらないことを考えながら、それでも、心の何処かでは素晴らしい一日をプレゼントしてくれたユウキに感謝しつつ、俺は眠りについたのだった。
どっちが先に一歩踏み込むのか。どちらも踏み込むことの無いまま、終わりの時を迎えるのか…。
では、また第53話でお会いしましょう!