今から一カ月ほど前、各層に点在するNPC達が、皆口をそろえて同じクエストの情報を話すようになった。内容は、ヒイラギの月、十二月二十四日の午後二十四時、つまり十二月二十五日の午前零時ピッタリに<背教者ニコラス>というクエストボスが出現するというものだった。
NPCからは背教者ニコラスのバックグラウンドについても知ることが可能で、かつて聖者として十二月の末に子供達に贈り物を届ける役目を担っていたニコラスは、ある少女へ届ける贈り物が聖大樹の実の欠片であることを知ったらしく、ニコラスはどうしてもそれを自分のものにしたくなり、少女にだけ贈り物を届けなかったそうな。そのせいで聖大樹の加護を得られなかった少女は翌年に死んでしまい、それによって聖者ニコラスは呪われ、今も明けない夜を彷徨っているとか…。
と言う風に、欲望が己の身を滅ぼすことを教えてくれるいわば教訓みたな童話なのだが、普段は迷宮区タワーの踏破にしか興味を示さない攻略組の面子でさえ、こぞって背教者ニコラスの情報を求めているらしい。何でも、背教者ニコラスを倒した暁には、その背中に背負う大袋の中に詰まった財宝を手にすることが出来るようだ。財宝と言うものが何であれ、恐らく一年に一回、もしくは今年限りのクリスマス限定クエストなのだから、攻略にも大いに役立つアイテムが手に入るはずだ、と言う算段だろう。
俺もユウキも、どんな財宝が手に入るのか、勿論気にならないわけがなかった。だが、俺達は二人だけのギルド、コンビであり、とてもクエストボスを二人だけで撃破することなど出来ないと思って、半ば諦めながら、それでももしかしたら、と思い、惰性でレベリングを続けていたのだ。しかし、約二週間前、そんな俺を本気にさせたNPCが一人、出現した。
──ニコラスの大袋の中には、命の尽きた者の魂さえ呼び戻す神器が隠れている。
周囲のプレイヤーの間では、これはガセネタ、として扱われている。それ以上に、この世界で一年ほど生きるプレイヤー達からすれば、そう扱わなければならなかった。だけど、俺はそれを愚直に信じて、レベリングに励まねばならないのだ。
ユウキ「右、酸っ!」
アルファ「おう!」
ユウキの指示通り、俺の位置から少し離れた右手に、巨大なアリが口から緑色の強酸を吐き出してきていた。俺はそれを紙一重で躱してから、足のギアを一気に上げて瞬く間に巨大アリに急接近し、そのまま柔らかい腹部を切り裂く。
そこで体力をゼロにした巨大アリを横目に、俺を大きなハサミで真っ二つにしようとしてくるもう一体のアリの攻撃を避けて、両手剣で思いっ切りアリを叩きつけてから三体目のアリを相手にしていたユウキと、スイッチをする。ユウキが相手にしていたアリをプレイヤーの行動パターンの変化に着いてこられない間にすぐさま撃破した。そこで周囲に湧いていた巨大アリを全滅させ終える。
アルファ「ユウキ、ここらで終わろう」
ユウキ「うん」
ユウキと意思疎通を図ってから、三十メートルほど続くアリ谷を一気に駆け抜ける。ここは第四十六層と、最前線の第四十九層よりも三つ下にあるフィールドダンジョンだが、現状一番効率の良い狩場として広く知れ渡っている。そのため、ここの狩場はワンパーティー一時間まで、という協定が結ばれているほどだ。先程の巨大アリ達を葬り去った時、時間は57分と、もう1ウェーブ狩りを続けていると、一時間の制約を超えてしまいそうだったので、少し早めにダンジョンを脱出した。
岩々に囲まれている狭い出口に辿り着くと、そこには、俺達の次にこの狩場を使おうと出口の前で突っ立っているプレイヤーがいた。だが、そのプレイヤーはパーティーを組んでいるわけではなく、たった一人だ。
キリト「…早かったな。上手くやればあと一回ぐらい、レベリング出来たんじゃないのか?」
アルファ「三分前行動だ。後の人達もその方が良いだろ?」
キリト「まぁな、俺からしたら助かる話だ」
ユウキ「気を付けてね」
そうぶっきらぼうに言い放ったキリトは、狩場に向かおうと足を進め始めた。だが、ふとその足を止めて、俺に声を掛けてくる。
キリト「……アルファ…お前も、蘇生アイテム目当てか…?」
キリトの無機質な声を聞いて、ドクン、と心臓が大きく揺れ動く。
アルファ「…そりゃそうだろ……そういうキリトも、だろ?」
キリト「……知っていたのか…」
アルファ「…アルゴからな…お前のこと、心配してたぜ」
キリト「…」
それ以上、キリトは何も言わず、アリ谷へと駆けて行った。それから俺達は、フィールドを駆け抜けて主街区へ戻り、レストラン街の一角で少し遅めの晩御飯を食べてから、愛しのギルドホームへと帰宅した。お風呂の順番を決めるじゃんけんで見事敗北した俺は、ユウキがお風呂に上がってから、その後にゆっくりと浴槽に浸からせてもらう。
二番手のお風呂は、後の人のことを考えずにゆったりと湯船に浸かっていられるのが魅力的だが、一番風呂の新鮮さも捨てがたい所である。そんなこんなでお風呂から出た俺は、脱衣所でユウキから貰ったジャージを身に纏い、リビングへ舞い戻った。
リビングには、少し強張った顔をしたユウキが、安楽椅子に掛けていた。
ユウキ「…アルファ」
アルファ「なんだ?」
ユウキ「…やっぱり、アルファが最近レベリングに夢中なのって、蘇生アイテムでオウガとサツキを生き返らせるためなの…?」
アルファ「……まぁ、そうだな…」
そんなの、当たり前だろう。オウガとサツキは俺のせいで死んだのだ。蘇生アイテムがあるという可能性があるなら、例えそれがどれだけ確率の低い話であったとしても、俺はそれを諦めることは出来ないし、許されない。
ユウキ「そんなのやめようよ…とは言わないけど、無茶だけはしないでね…アルファがそれで死んじゃったら、本末転倒だよ…」
アルファ「…それは…分かってる。でも、精一杯の努力はさせてくれ。ヤバそうだったら、逃げよう」
ユウキ「ん…その言葉を聞けて、安心したよ」
俺が至って冷静であることを伝えると、ユウキは微笑した。
いくら俺でも、この戦いで命を捨てるほど馬鹿ではない。もし、オウガとサツキに蘇生アイテムが機能するなら、これまでのデスゲームは一体何だったのか、と言う話になるし、もしそれで、1万人のプレイヤー全員が今なお何処かの空間でゲームクリアの瞬間を待ち続けており、命があるとするのならば、現実世界で過ごす人間も、誰も死なないのはおかしい、と思うはずだ。なのに一年経っても外部からの救助が一切ないことを考慮すると、やはりこのデスゲームは本物なのだ。死んだ者は二度と戻ってこない。
それに、俺にはオウガとサツキから受け継いだ遺志があるのだ。ユウキを置いて死ぬわけにはいかない。それでも、頭の中ではそうとは分かっていても、その可能性が僅かにでもあるというなら、俺はそれに向かって藻掻き続けるしかないのだ。俺はそんな人間なのだろう。
しかし、オウガとサツキが俺に託した想いと俺の単なる自己満足、どちらに軍配を上げるべきかは、しっかりと見極められている。
アルファ「…それに、金銀財宝ってのも、やっぱり気になるからな~…またエクストラスキルとか手に入るかも知んねぇぜ?」
ユウキ「その時は、ボクがまたエクストラスキルをゲットしてあげるよ!」
しんみりとした話はここでやめにしよう、そう思った俺は、少し明るくそんなことを言うと、ユウキも普段通りの様子に戻ってくれた。クリスマスまであと四日か…。俺達はその日に備えて、レベリング作業を続けていくのだった。
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ユウキ「…ここも違うね」
アルファ「よく分かんな…」
クリスマスまであと二日、そんな中俺達は、レベリングに励むわけでもなく、第三層の森林フィールドに存在する巨大樹の前にやって来ていた。NPCからのクリスマスクエスト情報を統合すると、背教者ニコラスはクリスマスを表す巨大樹の下に出現する、とのことだった。
そういうわけで俺達は、アルゴからクリスマスツリーらしい巨大樹の座標を買い取り、一つずつ確かめているのだ。因みに、確かめているのはユウキで、俺ではない。俺にはどの巨大樹も飾り付けをすれば、クリスマスツリーだと思えるのだが、ユウキにはその違いが見分けられるらしい。
ユウキ「言ったでしょ、ボクは博識だって」
アルファ「そういやそうだったな…実際、何処がどう違うんだ?」
ユウキ「んーっと、これはツガの木なんだけど、モミとツガの違いは、葉の付け根が吸盤みたいになってるか、カヤの木とモミの木の違いは、葉っぱの先が分かれているか、それで、モミとスギの違いは、葉っぱが丸いか鋭いか、とかだね」
アルファ「へぇ…」
ユウキがざっとモミの木の見分け方を解説してくれたが、俺はその膨大な情報量を処理しきることは出来なかった。
…まさかそこまで知識を蓄えているとは、見た目に反して中身は大人顔負けだな。
ユウキ「…今、失礼なこと考えたりしたでしょ?」
アルファ「え!?いや、そんなわけないだろ!?ユウキの知識量に感心してたんだよ!?」
ユウキ「…ふーん…」
…危なかった。ユウキに見つからないように、安堵のため息をついた俺は、気を取り直してユウキに訊ねる。
アルファ「ってことは、一層の巨大樹がモミの木じゃなかったら、三十五層の迷いの森に決定ってことだよな?」
ユウキ「そうだね、というかほぼ確定だろうけど」
ユウキの偉大な知識のお陰で、第一層の森林エリアにある少し大きな木がスギの木である事を把握できた俺達は、その足で生命の碑に向かい、オウガとサツキに祈りを捧げていた。生命の碑を後にして、転移門へ向かっている最中にユウキが話しかけてくる。
ユウキ「ここからは別行動にしようよ。今回は、ちゃんとクリスマスプレゼント、用意したいからね」
アルファ「あぁ…分かった。そんじゃあ六時半に一層の転移門前で待ち合わせにしようぜ」
ユウキ「おっけー、じゃ、また後でね!」
俺に手を振りながら、何処かへ転移していくユウキを眺めて、これからどうしようかと考え始める。
…ユウキへのクリスマスプレゼントは後はタイラが完成させてくれるのを待つだけだし、かと言ってレベリングにでも向かってダメージを喰らったらユウキが心配するだろうし…。
しばらく考え込んだ俺は、アルゴに連絡を取り、この場に来てもらうことにした。十数分後、アルゴが転移門から出現する。
アルゴ「オレっちはこの時期忙しいんだヨ?」
アルファ「分かってるって、わざわざありがとうな」
アルゴ「感謝の気持ちはチップで証明してくれヨ」
アルファ「へいへい…」
コイツは一体どれだけ俺から金をむしり取れば気が済むのだろうか。と言っても、俺もそろそろオーダーメイドの両手剣を手に入れるために、コツコツと貯めてい約10万コルは、太陽の戎具が手に入ったおかげで、俺のフリーのお小遣いとして機能してくれているので、それぐらいはお安い御用だ。
アルファ「キリトはどの巨大樹に目を付けてるのか、知ってたりするか?」
アルゴ「…キー坊は色んな情報屋から情報を仕入れてるカラ、そこまでは分からないケド、オレっちがキー坊に渡した情報なら、教えられるヨ」
アルファ「だったらいいや、その代わり、キリトにお使い頼めたりする?」
アルゴ「何を伝えたらいいんダ?」
アルファ「…モミの木は、迷いの森にしかない、ってな」
俺がそう伝えると、アルゴは呆れた調子で俺に忠告してきた。
アルゴ「…いいケド、アー坊はオレっちが情報屋ってこと忘れてるのカ?オレっちがその情報を売る可能性もあるんだヨ?」
アルファ「友達なんだろ?アルゴのことは信頼してるぜ」
アルゴ「ハァ…情報屋を信用じゃなくて、信頼するなんて馬鹿なことを…ま、今回ばかりは、アー坊の為に働いてあげようじゃないカ」
アルファ「な?信頼して正解だったろ?」
アルゴ「…うるさいナ、後で料金は請求させてもらうヨ」
アルファ「おっけ、サンキュ」
軽口の応酬をしてから、アルゴが何処かへ転移していくのを見送る。俺はしばらく街々を観光したり、怪しげなアイテムを購入して失敗したりと、久しぶりにゆったりとした時間を過ごした。
そして翌日からは再び鬼のようにレベリングを繰り返して、とうとう、クリスマスイヴの二十四日がやって来たのだった。俺はユウキと共に、背教者ニコラスとの戦闘に備えて、回復アイテム全般や武器防具の耐久値などの最終確認をしている。
ユウキ「ねぇ、まだ九時半だよ、零時はまだまだ先だけど、ホントにもう行くの?」
アルファ「あぁ…先にキリトに辿り着かれちゃ、不味いからな」
ユウキ「でもキリトは迷いの森に来るかは分からないじゃん」
アルファ「アイツはきっと来る…」
そういうわけで、俺達は少し早めに迷いの森へと急行した。第三十五層のフィールドダンジョンである迷いの森は他のダンジョンとは少し違った特別なギミックが施されており、それは森自体が数百のエリアに区分されていて、一つのエリアに足を踏み入れて一分経つと隣接エリアの連結がランダムに入れ替わってしまうといったものだ。
巨大樹のあるエリアに行くためには、一分以内に次々とエリアを渡っていくか、主街区で売られているこの森専用の地図を見ながら歩くかの二択だ。だが、前者では避けられない戦闘が起こってしまったときに、どうしようもなくなる可能性があるので、俺達は大人しく地図を見ながら、素早くモミの巨大樹のあるエリアへ駆けて行った。
零時まであと五十分という所で、そのエリアに着いた俺達は、木に背中を預けながら、背教者ニコラスが出現するのを、キリトが来るのを待っていた。
ユウキ「あと七分で零時だよ…」
アルファ「危なくなったらすぐに転移するぞ」
迷いの森では、転移結晶を使用しても、このダンジョンの何処かに転移する、と言う仕組みだが、それでもボスから逃げ切るには充分だ。
ユウキ「うん…やっぱり、キリトは来なかったね…」
アルファ「…いや、まだわからねぇよ…」
ユウキがそんなこと言うので、俺がそう返事をすると、目の前のワープポイントから、黒衣の剣士が姿を現した。それを見た俺は、ユウキにウィンクしながら、笑いかける。
アルファ「な?言ったろ?」
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アルファ「ちゃんとここまでの来れたか」
キリト「…元からここには目を付けていた」
アルファ「そうかよ」
…最悪だ。アルファと会話を適当に続けながら、俺は胸の内でそんなことを思っていた。基本的に、フラグボスと闘う際には、先にスポーン場所に到着した者がボスと闘う権利を得る、早い者勝ちの制度が採られている。
つまり、俺より先に背教者ニコラスが出現するであろう場所で待ち構えていたアルファとユウキに、背教者ニコラスと闘う権利が与えられ、俺は指をくわえてそれを見ることしかできないというわけだ。
アルファ「…俺達と組んで、ボスを倒す気はないか?ドロップ品は取ったもん勝ちで、だ」
コイツもクラインと同じことを言うのか。だが、それはボスに挑む権利を得られなかった俺に対する哀れみから来ているのだろう。
…だけど、俺独りで闘わなきゃ、意味が無いんだ。そうじゃないと、こんな俺が今なお生きている意味が無いんだ。
──二人を、斬るか。どうせさっきも、この世界で初めて出来た友人に対して、俺は剣を抜き、友人を殺してまで無理矢理ボスに独りで挑もうとしたんだ。今更二人に剣を向けて、レッドプレイヤーに堕ちることに何の躊躇いがあるというのだろうか。
俺は今度は、何も躊躇することなく、背中の剣を抜き、アルファ達に剣を向けた。
アルファ「……意思は、堅いんだな…」
キリト「…悪いが俺は、独りでやらなきゃ意味が無いんだ。お前らがボスに挑むってのなら、無理矢理にでも俺がその権利を手にさせてもらう」
…さぁ、どこからでもこい。正直言って、この二人を相手にして俺が勝利を掴み取れるかは、恐らく現在のアインクラッドで一番レベルが高いであろう俺にでも、分からない。
だけど、だからと言ってそれが諦める理由にはならない。俺は姿勢を深く構えて、二人の攻撃に備える。だが、アルファは想定外過ぎる行動を取ってきた。
アルファ「…餞別だ。持ってけ」
キリト「なッ…」
アルファが俺に向かって五つの回復結晶を投げてきた。俺は罠かと思いながらも、それを受け取り、ストレージに入っているポーション類と交換する。俺はそこで、ふと疑問に思ったことを口にした。
キリト「……アルファ、お前はボスに挑まないのか…?」
すると、平然とした様子で、アルファは答えてくる。
アルファ「あぁ…キリトがソロで挑むってんのなら、俺は遠慮させてもらうぜ」
その言葉を聞いた時、俺の中の何かが爆発した。
キリト「お前ッ!蘇生アイテムを諦めるってのかッ!」
アルファ「…そうだな」
一瞬、迷うような素振りを見せてから、アルファは俺の問いに答える。
キリト「…なぁ!どうしてお前は、蘇生アイテムを諦められるんだッ!」
アルファ「それは─」
キリト「お前のせいでッ!オウガとサツキは死んだんだろッ!?どうしてそう簡単に諦められるんだよッ!?」
俺は、アルファが何かを言い出す前に彼の言葉を遮った。その弁解など、本当は聞きたくなかったのだろう。
それにこれは、言ってはならなかったことだ。なのに、爆発した俺の不条理な怒りは収まらない。どうして俺と同じ状況に立たされていながら、コイツは蘇生アイテムを諦めるのか、その理由が分からず、俺は矛を納めることが出来なかった。いや、分かりたくなかったのだ。
俺の心なき言葉で、アルファの顔には、深い後悔が走っている。
アルファ「…」
キリト「自分のせいで死んだ人をッ!甦らせることの出来る機会を自ら放棄してッ!お前は何とも思わないのかッ!?」
ユウキ「いい加減にしてよ!アルファのせいじゃないッ!」
俺が黙り込んだアルファに対して、続けて罵声を浴びせようとした時に、隣に立っていたユウキが、俺を睨みつけながら、大声で怒鳴ってきた。
今にもこちらに飛び掛かってきそうなユウキを、アルファはそっと左手を出して、抑える。そして、静かに、だが、ハッキリと俺に言葉を掛ける。
アルファ「…確かに、キリトの言う通り、俺の力不足がオウガとサツキを殺した。それは間違いなく事実だ。…だけど、そんな二人が残してくれた遺志を蔑ろにしてまで、俺の自己満足の為に今ある大切なものを失うわけにはいかないからだ」
キリト「…」
…自己満足。そんなこと、当の昔から分かっていた。でも、それでも僅かな可能性を追い求めて、闘いに身を投じることが間違っているというのだろうか。…いや、それこそが道化だというのだろうか。俺は胸の内で嗤う。
…俺と似たアルファなら、俺が行き着くべき答えを知っているのだろうか。その答えを問おうと、その答えに救いを求めようと、俺はアルファに訊ねようとした。
だが、その瞬間に、ドーンっと、モミの木の前に巨大な怪物が出現した。
アルファ「…ほら、行って来いよ。キリトが死にかけるまでは、そこら辺で隠れとくからな」
キリト「…横入りはするなよ」
…今は、闘わねば、この命尽きようとも。ボスの姿を目にし、再び憎悪の炎を燃やした俺は自然とボスの方へと歩みを進めていく。
最後まで、二人に感謝を述べることは無く、俺は背教者ニコラスとの戦闘を始めた。
────────────────
ユウキ「…ボク、キリトのこと、許せないかも」
アルファ「許してやれよ、アイツも前の俺みたいに、追い込まれてんだよ」
ユウキ「で、でも…」
アルファ「許し合えるのが人の本質だ。俺はそう思うけど?」
ユウキ「…そうだね」
かれこれ戦闘が始まって、45分ほど経過しただろうか。背教者ニコラスは体力をレッドゾーンにまで落とし込んでいた。それを為す者はたった一人のプレイヤーである。木陰に隠れて、その闘いの行く末を静かに見守っていた俺達だったが、突然、ユウキがそんなことを呟いた。
そんなユウキをそれっぽい言葉で宥めていると、とうとう終わりの時がやってきた。怒涛の雄叫びと共に、キリトが七連撃のソードスキルをボスの攻撃を貰いながら発動させ、体力をレッドゾーンに落としながらも、背教者ニコラスを単独撃破した。しばらくして、キリトが何度も手を震わしながら、ウィンドをタップするような素振りを見せる。
そして─
「うわあ…あああああ…」
キリトは悲痛な絶望の声色で、言葉にならない絶叫を上げながら、青くキラキラと輝く宝石を何度も叩きつけ、何度も踏みつけて、最後には雪に覆われた地面に転げまわって、ただひたすらに吠え続けていた。その様子は、まるで人でありながら理性を失った獣のようだった。
そして、やがてキリトは不自然にむくりと立ち上がり、ノロノロと、元のエリアに戻るワープゾーンへ入っていく。それを見た俺達は一瞬間、唖然としつつもすぐに後を追いかける。
すると、前のエリアには、風林火山の面子が疲れ切った様子で、辺りに座り込んでいた。キリトは、不意に地面に青色の宝石を投げ捨てると、俺達に向かって枯れた声で言葉を放つ。
キリト「それが蘇生アイテムだ。過去に死んだ奴には使えなかった。お前らで話し合って、貰ってくれ」
そう機械的に呟いたキリトは、そのまま出口へ向かおうとしたが、それをクラインがキリトのコートの裾を掴んで止める。そしてクラインは、両目に涙を伝わせながら、キリトに語り掛けた。
クライン「キリト…キリトよぉ…お前ェは…お前ェは生きろよ…もしお前ェ以外の全員が死んでも、お前ェは最後まで生きろよぉ…」
人情に篤いクラインのことだ。きっと、死に物狂いにレベル上げに励んで、その先に待っていたものがこれまで以上に深い絶望だったキリトの気持ちを理解して、その涙を流しているのだろう。
クラインに続いて俺も、キリトに声を掛ける。
アルファ「…在り来たりだけど、前を向いて生きろ…後ろを見るのは、たまに振り返る時だけでいい…」
キリト「じゃあな」
キリトは俺達の方を見ることもなく、それだけ言い残して、その場を去って行った。
────────────────
ユウキ「…キリト、立ち直れるかな…」
アルファ「…さぁ…こればっかりは俺にも分かんねぇ…」
あの後、クラインと俺が、死亡した対象のプレイヤーに十秒以内に、蘇生、と唱えることで、効果を発揮するという蘇生アイテム<還魂の聖晶石>をどちらのものにするか、という話し合いを行ったのだが、そりゃあ俺もクラインもこのアイテムは保持しておきたいわけで、中々良い案が浮かばなかった。
デュエルという形で決着をつけるのも、俺としては是非是非クラインと闘ってみたかったのでアリな案だったのだが、風林火山はここでDKBの足止めをしていたらしく、その時のデュエルで消耗していたため、フェアではないと判断し、却下した。
なので仕方なく、人類が最終奥義としてその手に持つ、ジャンケンで決めよう、と言う話に纏まり、俺の魂のチョキが勝利して、見事蘇生アイテムを手にすることが出来た。
帰り際に、ユウキとどちらが蘇生アイテムを持っておくか、ということで少々揉めたのだが、結局、ギルド共有タブに入れておいて、どちらが死んだときでもすぐに対応できるようにする、と言うことに落ち着いた。
そうして、ギルドホームへと帰還した俺達は、温かいお茶を飲みながら、しばしゆるりと時を過ごしている。
ユウキ「…そう言えば、もうクリスマスになったね。メリークリスマス」
アルファ「そうだな。メリークリスマス」
…今日は夜更かしし過ぎてるな。眠気の限界を超えたはずだったが、流石にそろそろきつくなってきていた。
ユウキ「ねぇ、プレゼント交換しようよ」
アルファ「オーケー、俺の素晴らしきプレゼントに度肝を抜かすなよ?」
ユウキ「そっちこそ、腰抜かさないでねっ!」
お互いにストレージから小包を取り出して、プレゼント交換をした。二人で丁寧に包装を剝がしていくと、ユウキから贈られた小包の中には、紫色のミサンガが入っていた。プロパティなどは確認してないが、腕のアクセサリーは持っていなかったので、有難く使わせてもらうことにする。
アルファ「へぇー、この世界にも、ミサンガあるんだ。ユウキ、ありがとな」
ユウキ「…アルファ、これ何?」
そう言ってユウキは、怪訝そうに俺が贈ったベージュ色に近い黄色の細長い布を見せてきた。もしかして、ユウキさんはこれをご存じないんだろうか?
アルファ「あぁ、それ只の布だ」
ユウキ「えっ」
俺が冗談でそう言うと、ユウキはそれを真に受けてどういう反応をすればいいのか困っていた。クックック…してやったり、と邪悪な笑いを零し、ユウキの純粋さを弄んでから、ちゃんと訂正してやる。
アルファ「…冗談だ。それはヘアバンドっていうもんなんだけど、ユウキは知らなかったか?」
ユウキ「う、うん…ヘアバンドって何?」
アルファ「頭に付ける飾りみたいなもん」
俺がそう言うと、ユウキはすぐにヘアバンドを装備した。モジモジしながら、俺の目を見て、控えめに訊ねてくる。
ユウキ「ど、どう、かな…」
アルファ「うん、やっぱりすげぇ似合ってるぜ!」
ユウキ「えへへ…照れるな…」
俺の想像通り、やっぱりユウキにヘアバンドは最高の組み合わせだった。タイラにこれの製作を頼んだ時は、おやおや、ユウキちゃんの顔をしっかりと見てるんですねぇ、と嫌味っぽく揶揄われたが、それを我慢してタイラにお願いして正解だった。性能も中々のものだし、頭装備を付けないユウキにもピッタリだっただろう。
ユウキ「……実は、もう一つアルファにプレゼントがあるんだ…」
アルファ「…マジ?俺一つしか用意してなかったんだけど…」
ユウキ「いいよ、これは前からの約束だったからね」
アルファ「……サンタコス?」
ユウキ「それは恥ずかしいからやめたよ」
アルファ「…そうですか…」
少し、いや、多分相当期待していたんだが、やっぱり駄目だったか。少々、気持ちが落ち込んだ俺は、椅子の上で意気消沈していた。
ユウキ「…こっち、来て」
アルファ「?」
そう言ってユウキは、椅子から降りて、ソファに座ると、その横をポンポンっと叩いてきた。俺はどういう意図があるのかは分からないが、取り敢えず、ユウキの隣に座らせてもらった。
ユウキは、しばらく無言で何も話し掛けてこない。
アルファ「…ユウキ?え──」
俺がそれを不審に思って、ユウキの方へ顔を向けた時、俺はユウキに肩を抱えられて、そのままユウキの膝に頭を乗せてしまった。ユウキは顔を背けながら、俺に話しかけてくる。
ユウキ「……一年前、また膝枕してほしい、って言ってたよね…だから、その約束…」
アルファ「……そんなこともあったな…懐かしい話だ…」
確か、俺達がゴンドラの上で話した、他愛もない会話だった気がする。もうあれが、一年も前のことになったのか。俺は月日の流れるスピードの速さに驚きを覚えながら、苦笑交じりにそう答えた。
アルファ「…そろそろ流石に眠いな」
ユウキ「だったら、あの時みたいに眠ってもいいよ?」
俺がそう言うと、ユウキは面白そうに、だが、優しく笑いかけてくれる
アルファ「そうかよ…」
しばらくのあいだ、俺はユウキからの最高のプレゼントを甘受し続けた。
遂にユウキがヘアバンドを入手しました。サンタコスは…。
では、また第55話でお会いしましょう!