「じゃあ、今日はここで解散にするから、ここからは自由行動にしようか」
いつも通り昼の部のレベリングを終えたオレは、メンバーにそう指示を出した。メンバーはこれから誰かと夕食に向かったり、鍛冶屋で武器の強化に挑んだり、オークションを競り落とすのだと意気込んだりと、思い思いの夜を過ごそうとしている。
すると、メンバーのうちの一人、黒髪の色素が抜けて茶髪なったような感じの毛色をした青年がオレに声を掛けてきた。
「ディアベルさん!今日も夜の部は出ます?」
先程から、昼の部、夜の部、と言う言葉が出てきているが、その他にも朝の部も存在する。これらの言葉が何を表しているのかと言うと、攻略組におけるレベリングの時間帯のことだ。
基本的に、昼の部は攻略組のプレイヤーの多くがレベリングに励んでいる時間で、次いで多いのが夜の部だ。夜型の多いネットゲーマーからすれば、必然的なことではあるが、朝の部に参加するプレイヤーは少ない。
オレもいつもなら、この後ギルドメンバーと食事にでも行ってから、その足で夜の部に参加するのだが、今日は別だ。
ディアベル「悪い、今日は予定があるんだ」
「あー、そうすか、んじゃまた明日っす!」
オレがそう受け答えすると、彼は仲間の下へ去って行った。オレは一人で、日の落ちた夜の街を歩いて行く。オレが歩いている場所がメインストリートであるためか、所々に血盟騎士団のユニフォームを装備したプレイヤー達やDKBの紋章を刻んだプレートを身に付けたプレイヤー達が酒場で祝杯を上げている様子が目に入ってくる。
そしてその中には、かつての俺の仲間であったリンドの姿が見えた。
ディアベル「…」
一瞬、その場で足を止めてしまうも、オレは彼に見つからないように早足にその場を動き出した。
…ホープ・オブ・ナイツ、約半年前までは人員の多さでも、人員の強さでも、最前線に君臨していた攻略組随一のギルドだった。
だが表面上はよく練り上がったギルドだとしても、その内情は肥大化し過ぎたギルド内での派閥争いが繰り広げられていた酷いものであった。ホープ・オブ・ナイツのトップに立っていたはずのオレはそれを止めることが出来ず、そのまま第二十五層のフロアボス戦で多くの人員を失ってしまい、派閥の主義主張が爆発して、ギルドは実質的な崩壊状態に陥ってしまった。
…あの日のオレの指示が、間違っていなかったとは言わないが、想定外の事態に上手く対応出来ず、オレの指示を無視してボスと闘い続けた彼らが悪いと言えば悪い。しかし、多くのギルドメンバーがオレのギルドを脱退していったとは言っても、全員が全員ギルドを抜けたわけではなく、俺を合わせて十人前後の人員は、そのままホープ・オブ・ナイツに所属してくれていた。
オレは当時、多くの人間が離反していったとしても、オレの指揮力で攻略組を引っ張っていくのだと、反骨精神のように悔しさをバネにして、再び攻略に臨んでいった。だが、彼らの台頭がオレの全てを壊してしまったのだ。彼ら、とは血盟騎士団のことである。
特に、俺と同等の指揮力を誇る副団長、先日、圧倒的な防御力を魅せ付けて、攻略組を遂には完全に掌握した、オレよりも高みにあるカリスマ性を持った男、ヒースクリフだ。更には、統制の取れた少数精鋭のギルドメンバーの存在。つまり、オレにとっての血盟騎士団とは自分の完全なる上位互換だったのだ。
そうしてオレがドンドンと求心力を失っていく中、リンドはオレを目尻に急速にギルドを増強していき、とうとう攻略組でも屈指の実力者が粒ぞろいのギルドを作り上げたのだった。そしてキバオウは、前線からは姿を消したものの、第一層で活動していた大規模ギルドMMOトゥデイを合併吸収し、人員数で言えばアインクラッド一のギルドを作り上げた。
オレは彼らが離反した当初こそ、それぞれが思い描くギルドを創設すればいいのだと、前向きに彼らを応援していたのだが、オレというプレイヤーのパーソナリティーが失われていく度に、彼らに対して決して良い感情を抱くことはなくなっていた。
…どうして、アイツはオレよりも上手くやれるのか。どうして、アイツはあんなにキラキラしていられるのか。どうして、彼らはオレのように失敗しなのか。いっそアイツらのギルドも崩壊してしまえばいいのに。そんな黒くて薄汚い感情がオレの中から溢れ出してくる。
だけど同時に、…違う、彼らはオレとは違って上手くやれているのだと、それはいい事なのだと、オレも彼らを見て己のギルドをよりよく発展させていけば良いのだと、そんな綺麗な感情が対立してくる。
──落ち着け、オレはそんな自分を変えたくて、行動を起こすんだろ?一度歩みを止めて、深呼吸して心を落ち着かせてから、指定された場所に向かった。
「久しぶりだナ、ナイトさん」
ディアベル「…その呼び方はやめてくれ」
指定された座標に時間ピッタリにお髭のペイントがトレードマークの少女が木陰から現れた。通称<鼠>、アインクラッドには多くの情報屋が存在するが、情報の信憑性、確実性において彼女の右に出る者はいない。
オレは早速、彼女に本題を話し出そうとしたのだが、その前に彼女が口を開いた。
アルゴ「また、誰かの剣でも買い取るのカ?」
ディアベル「…違う…いや、まぁ違わない、か…」
アルゴ「…依頼は?」
ディアベル「…アルファ君と連絡が取りたい。君なら知っているかと思ってね」
アルゴ「今じゃなくても、明日の攻略会議の終わりに声を掛ければいいんじゃないのカ?」
ディアベル「急ぎの用なんだ」
アルゴ「…分かったヨ。ちょっと待ってナ」
無事に依頼を引き受けてくれた彼女は、素早く虚空を打って、恐らくアルファ君にメッセージを送ってくれた。すぐに彼から返信が来たようで、彼曰く今からでもオーケーらしい。依頼料をきちんと払い終えたオレは、彼女に、彼に第二十八層の転移門で待っている、と伝えてもらう。
オレの依頼が終了すると、彼女は風のように何処かへ消えて行った。その尋常ではない速さに、オレは一瞬呆気にとられるも、彼を待たせてはいけない、と急いで転移門へ歩き出した。
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アルファ「あー、悪い、待ったか?」
ディアベル「いや、寧ろ来てくれるとは思ってなかったよ」
転移門の前で数分待っていると、彼がこの場にやって来てくれた。オレよりも背が低いことから、彼は恐らく年下なのだろうとは思う。顔は全体的に幼げだが、その可愛らしい顔に反して、本人の口調は少々がさつだ。
彼は、直ぐに用件を聞き出そうとしてきたが、立ち話もなんだと、オレはお気に入りの酒場に案内する。適当に飲み物食べ物を頼んで、軽く雑談をしていた。
ディアベル「…もしかしてお酒、苦手なのかい?」
オレが頼んだ度数が強めの果実酒を口にした彼が、少し顔を顰めていたのを見て、オレはそんなことを訊ねる。
アルファ「…あぁ、残念ながら俺には、アルコール飲料の美味しさが全く分からん…」
ディアベル「…まぁ、もう少し大人になればわかるんじゃないかな」
アルファ「因みに、この店のビーフシチューみたいなの、めっちゃ美味いな」
ディアベル「そうだろ?オレのお気に入りなんだ」
まさか、アルファ君が仮想世界でもお酒が飲めないタイプだとは思わなかった。でも、確かに俺も小さい時は、ビールを一口飲んでみては、どうして大人はこんなものに執着しているのだろうか、と疑問に思っていたものだ。
それから、色々と近況報告をしてから、とうとうオレは彼に本題を話し出そうとする。彼もそれに気が付いたのか、少し真面目な表情を見せる。
ディアベル「…実は、キリト君に一層でのことを謝ろうと思ってね…」
アルファ「おいおい、まだ謝ってなかったのかよ」
ディアベル「…いやぁ、どんな顔をされるのかが怖くてね…それで、良かったらキリト君にアポを取ってくれないかい?」
アルファ「…いや、それぐらい自分でやれよな」
ディアベル「そうしたいのは山々なんだけど…ほら、キリト君は最近、結構雰囲気が荒々しかっただろ?だからオレが話し掛けても聞いてもらえるかどうか…」
アルファ「あぁ、それならもう大丈夫だ。アイツも今は穏やかだぞ」
ディアベル「本当かい?だったら明日、自分で声を掛けることにするよ」
アルファ「おう、是非ともそうしてくれ」
ちょうど本題が終わった頃に、オレ達のお皿は空になっていた。今日はわざわざありがとう、と言う意味を込めて、オレはアルファ君の分を奢る。店を出て、別れを告げる前に、オレは彼に、一番聞きたかったことを尋ねた。
…正直、その気になればキリト君にも話し掛けるぐらいの気概はオレにもあったわけで、別に彼にキリト君と連絡を取ってもらうよう頼む必要など、本当はあまりなかった。
それでもわざわざ情報屋を利用してまで、彼と二人で会話をする機会を手にしようとしたのは、他でもないこの瞬間の為ならないのかもしれない。
ディアベル「……アルファ君…」
アルファ「なんだ?」
ディアベル「…君は、ユウキさんの隣に立っていて、どんな気分なんだい?」
アルファ「……どんな気分、って言われても…毎日楽しい、とか?」
彼は、まるでオレの想定していた答えとは違う回答を返してきた。オレの聞き方が悪かったのかと思い、思わず手を大きく動かして、食い気味に彼に聞き直す。
ディアベル「…君は、キラキラと輝くユウキさんの横に居て、辛いとか、苦しいとか、そんなことは思わないっていうのか!?」
アルファ「…あ~…まぁ、確かに俺も、ユウキよりもっと強ければ、って思うことはあるな」
ディアベル「だったら!」
オレが思わず、少し感情的に言葉を重ねていると、彼は苦笑いしながらオレに答えてくれた。
アルファ「だけど悲しいことにさ、俺は英雄なんかじゃないんだ。だからこう、何というか、ユウキみたいな強さが得られなくても、納得できるんだよな、情けないことにも…」
ディアベル「…そうか…」
アルファ「あぁ…んじゃ、俺は行かせてもらうぜ」
ディアベル「あ、あぁ…」
──英雄なんかじゃない。そう言い放った彼の表情は、決して諦念の色を思い浮かべていたわけではなく、何かを後悔するような表情であった。彼が去る前に何か言葉を掛けてやれるわけでもなく、オレはその場に立ち尽くす。
…そうだった。オレは、自分が英雄でありたかったが故に、英雄としての一番星になれない自分に嫌気がさして、そんな自分を差し置いて輝きを放つ人達に対してどうしようもない嫉妬を覚えていたのだろう。そんな性格だから、お前は英雄たる資格がないのだと、自虐気味に自身を嘲笑いながら、オレもホームに戻ろう、と転移門へ向けて足を運ぶ。
ふと、小路へと続く視界の右端にクエストNPCが立っているのが見えた。見間違いかと思い、そちらの方向へ視線を向けると、そこにはやはり、その身を白いローブに包んで、ブラウンに近いブロンド色の髪をした女性NPCが、立っている。
…おかしいな、ここのクエストは全部クリアしたはずなんだけど…。それこそ自分の記憶違いかと思って、オレは試しに女性に話し掛けてみた。
ディアベル「何か、お困りですか?」
「…この層にある、氷の泉まで、連れて行ってはもらえませんか?」
ディアベル「…いいですよ。案内致しましょう」
泉とは恐らく、この主街区から出て数分で着く、この層のボス戦で必須となる氷耐性の装備を手にするためのアイテムが見つかる場所のことだろう。今のオレならば、この層のモンスターに遅れを取ることもないだろう。それにこのまま一人でいれば、また嫌な感情に苛まれる気がする…。
オレは気分がてらに、このクエストを受けることに決めた。泉に向かうまでに三度、モンスターとエンカウントすることはあったが、オレはNPCの護衛として、しっかりとその役割を果たせた。そして泉に到着したオレは、NPCに声を掛ける。
ディアベル「到着しましたよ」
「では…あちらまで向かってください」
女性NPCを無事に泉に連れてくることでクエスト完了だと思っていたオレは、クエストが更新されたことに少々驚いた。女性の指す方角には、氷漬けになった青い盾が見える。
…確かに、こんなクエストをクリアした覚えはなかったな。そんなことを思いつつも、オレは、女性を先導した。だけど、氷漬けの盾は泉の中央に存在しており、泉の中心以外は普通に水が張っているため、オレが近づけるのはここまでだ。
…まさか、この寒い中泉の中で寒中水泳しろとかじゃあないよな?そんなことを思っていると、突然、女性NPCがふわりと地を離れて、凍った盾の方へと飛んでいく。オレはその神秘的な光景に目を奪われていた。女性NPCは、その氷漬けの盾に入り込んでいったかと思うと、輝きと共に再びその姿を現す。
「…ありがとうございます。私はこの盾の精霊だったのですが、気が付けば街へと迷い込んでいて、帰る方角を見失っていたのです」
ディアベル「そうですか。お力添え出来たなら、良かったです」
「えぇ、私は貴方のお陰で、再びこの地を守ることが出来そうです。貴方にはお礼をしなければなりませんね」
そう言った彼女は、もう一度こちらへ飛んできて、オレの両手を掴んで輝く何かを授けてくれた。オレは手の内を眺めてみるも、特に何も見つからない。
「では、貴方に幸あらんことを」
女性NPCはその言葉を最後に、氷漬けの盾の中に入っていき、二度とその姿を現すことは無かった。クエスト完了のお知らせが届き、報酬を見てみるとそこには、<???スキル>と記載されており、スキル欄にもご丁寧に???スキル、という項目が追加されていた。
…エクストラスキルか何かだろうか。そう言えば、新たなスキルスロットにはまだ何も追加していなかったことを思い出して、オレはスキルスロットに???スキルをセットしてから、ギルドホームへと向かって行った。
────────────────
ディアベル「…キリト君、ちょっといいかな?」
キリト「…俺に何か用か?」
翌日、攻略会議が終了するや否や、ギルドメンバー達をほったらかして置いて、オレは約束通り彼にコンタクトを取ろうとしていた。だが、彼の足取りは思った以上に早く、危うく街の中で見失ってしまう所だった。何とか、彼に追いついたオレは、彼にそう声を掛けた。彼は不思議そうに、オレを眺めている。
ディアベル「少し、話したいことがあってね。良かったらオレと一緒に飯にでも行かないか?」
キリト「…まぁ、いいけど…」
昨夜、アルファ君の言っていたように、キリト君の雰囲気が柔らかい。…これは助かった。オレは彼と適当な会話を続けながら、昨日と同じ第二十八層の酒場に連れて行き、全く同じものを注文した。
ディアベル「キリト君は、お酒が飲めるんだね」
キリト「あぁ、アルコール飲料も中々美味しいからな…あと、このシチューも結構好きだぜ」
ディアベル「…オレのお気に入りさ」
…なるほど。キリト君とアルファ君は何処か似ているとは思っていたが、趣向も似通っている部分があるのか。でも、アルコールを楽しんでいる分、キリト君の方がアルファ君よりも少しだけ大人なのかもしれない。
そんな意外な共通点を見つけたオレは、自然と少し口元を歪ませていたらしい。彼がこれまたそれを不思議そうに眺めているのを見て、そのことに初めて気が付いた。
それから、お互いに片手剣使いであることもあって、話に花が咲いたのだが、とうとう、オレは本題に入った。
ディアベル「…キリト君…」
キリト「改まってなんだよ」
ディアベル「一層で、君のアニールブレードをキバオウが買い取ろうとしていたのは、覚えているかい?」
キリト「…確か、そんなこともあったな」
ディアベル「…実はあれは、オレが君にLAを取らせまいと、張り巡らした姑息な罠だったんだ。デスゲーム下だというのに、そんな下らないことで君を危険に晒そうとしてしまって、本当に、済まなかった…」
オレが彼の目を真っ直ぐ見て、己の罪を謝罪し、頭を下げた。彼が何を思ったのかは分からないが、暫くの間、オレ達の間には静寂が訪れた。そして、遂に彼が口を開く。
キリト「…何となく、勘づいてはいたけど、やっぱりそうだったのか」
ディアベル「え?」
──バレていたのか!?でも、だったらどうして今までオレを問い詰めなかったんだ?彼の口から出た予想外の返答に、オレは驚愕する。
キリト「別に、謝ることじゃない。このゲームはリソースの奪い合いなんだからさ…それにLAを無理にでも取ろうとしたのは、攻略組の気持ちを一つにするという意味でもあったんだろ?だったら、ディアベルは悪いことをしたわけじゃない」
ディアベル「でも、オレは…」
キリト「いいんだよ、過ぎたことなんだからさ。前を向いて行こうぜ?」
ディアベル「…ありがとう、キリト君…」
キリト「…せっかくこんな良い酒場を紹介してくれたんだ。もっと色々飲もう」
それから二人で、酒場で頼めるアルコール類をすべて頼み、あれやこれやとそれらを飲み干して、愉快な時を過ごした。もうそろそろいい時間帯だと、酒場を出て、彼と転移門へ向かって行く中、ふと、昨日のアルファ君の言葉が脳裏に浮かびあがってきた。
…もしかしたら、彼なら何か答えを知っているのかもしれない。そんな風に感じたオレは、彼に尋ねることにした。
ディアベル「…なぁ、キリト君」
キリト「なんだ?」
ディアベル「もし、自分が英雄ではないと知ってしまったら、君はどうする?」
キリト「…」
オレの質問が彼の何かを刺激したのか、少し顔を背けながら暗い表情を浮かべて、彼は黙り込んだ。しかしすぐに、彼はオレの目を見て言葉を返す。
キリト「…確かに、俺達は英雄なんかじゃない。だけど俺達はそれでも、手の届く範囲の人達を救うために、強くならなきゃいけないんだ。だから俺なら、英雄に負けないぐらい強くなろうと努力する、かな」
ディアベル「……そうか、いい答えだな」
キリト「そんな大層なことでもないさ…今日はありがとうな、今度は俺のお気に入りの店、紹介するよ」
ディアベル「それは楽しみだ。期待しているよ」
そうして、オレは彼と転移門で別れた。…英雄に負けないぐらい、強くなる…。今のオレに足りないものは、そういう反骨精神やガッツだったりしたのだろうか。オレはまだ、自分の中の確たる答えを見つけられないまま、ギルドホームへと足を進めていった。
────────────────
アスナ「──では、作戦通りにやるわよ!」
「「おおっ!!」」
第五十二層のボス部屋前で、いつも通りボス戦の最終確認をしていたわけだが、今回、いつもと違うのは、血盟騎士団団長、ヒースクリフが不在であるということだ。ハーフポイントのフロアボス戦で、たった一人でボスの攻撃を受け止め続けた彼さえいれば、今回のフロアボス戦も順調に行くのだろうが、彼はあろうことか、今回のフロアボス戦を欠席した。
周囲のプレイヤー達の中には、そのことに不満思っている者もいたらしいが、オレには、ヒースクリフが今回のフロアボス戦を欠席した理由が何となく分かっていた。確かに、彼がフロアボス戦に参加し続ければ、攻略組におけるタンクは全て、彼に一任すればそれで事足りるようにはなる。
だが、もし彼死んでしまったら?そのことを考えると、ヒースクリフも自分抜きでもしっかりと仲間を守れるタンクを育成すべきだと考えてるのだろう。52層と他の層と比べて特段難しい層でもないこのあたりで、ハーフポイントでの戦いで数を減らしてしまったタンク職を鍛えようという魂胆に違いない。
そう言えば、ハーフポイントでの勝手な転移結晶による離脱は、各ギルド内での不和を呼び寄せたらしい。フロアボス戦とは、ギルド内だけでなく、ギルドの垣根を超えた連携が必須となってくる。それ故に第五十一層の攻略は大きくスピードを落としていた。因みに、オレのギルドは、ギルドメンバー間の絆の強さだけは、他のギルドと比べて厚かったせいもあり、ハーフポイントでのフロアボス戦では離脱者が出なかった。
52層のフロアボスは、機械仕掛けの骸骨王だ。巨大な骨の大剣を振り回す、攻撃力に特化したボスらしい。気合を入れたアスナの掛け声に応じたレイドメンバーがボス部屋になだれ込んでいく。オレもギルドメンバーの五人と共に、ボス部屋へと足を踏み入れた。
アスナ「B隊前へ!」
ボスとの激戦の末、とうとうオレ達は6本あった体力バーの最終ゲージを削る段階に入っていた。骸骨王がその身体の二倍ほどはある大剣を片手で薙ぎ払うモーションに入った。そんな巨大な剣をたったの片手で振るえるのは、その身体に纏わりつくパワードスーツのお陰だろう。指揮官の素早い指示に対応して、タンクで構成されたB隊がその薙ぎ払い攻撃を五人で受け止める。
アスナ「C隊スイッチ!」
流れるように、指揮官は指示を出して、今度は動きの止まったボスに対して、ダメージディーラー数人で構成されたC隊が猛攻を仕掛ける。その中には月光スキルで、弱点である普通の武器では届かない、高い位置にある骸骨の頭のひび割れを攻撃し、大ダメージを稼いでいる彼女もいた。周囲に湧いていた取り巻きを倒し終えたリンド率いる精鋭部隊が、そのままボスに一撃を加える。オレ達の部隊は、今はポーションによる回復を図るために、少し後方に控えているが、オレ達のいる場所と、彼らの立つ場所には、大きな溝がある気がした。
…アスナさんもユウキさんもリンドも、あまつさえ英雄ではないと言い切ったアルファ君やキリト君まで、オレの目に映る彼らは皆、輝いて見えた。そして同時に、どうしても憎たらしくも思えてしまう。…彼らとオレは、何が違うというのだろうか。元々は、オレが立っていたはずの場所なのに、どうして今のオレにはその舞台が、あんなにも遠いものに感じるのだろうか。
不意に、指揮官からの指示が飛んできたことに気が付いたオレは、ギルドメンバーと共に前へ出た。骸骨王が振り下ろしてきたその巨剣を綺麗に躱して、ソードスキルを決める。スイッチの合図が出たので、オレ達はすぐさまそこから退いた。恐らく、この一巡でボスを押し切れる。オレはそう確信していたが、その想定は砂の城のように崩れ去った。
体力をレッドゾーンに落とし込んだボスは、突然、剣を地面に打ち立てて、謎のシールドでボス部屋を囲ったのだ。途端にオレ達の身体に、紫色の膜が張り始め、二本の矢印が回転を描いた、レイドメンバーに謎のデバフが与えられる。
「な、なんだこれは!?」
周囲のプレイヤー達が焦るのも当然のことで、ふと自身の体力ゲージを見やると、先程までは七割ぐらいあったはずの体力が、三割に落ち込んでいた。ギルドメンバーの体力バーも同じように、六割が四割へと、体力が大きく減少していた。オレはすぐさま回復結晶を使って体力を全快させる。
アスナ「──ッ!A隊避けて!」
ふと、そちらへ視線をやると、ボスが素手でA隊に向けて拳を振り下ろしていた。だが、リンド達は、己の体力バーに集中しすぎていて、周りが見えていない。よく目を凝らすと、リンドの体力バーは残り1.5割ぐらいしかなかった。あの一撃を喰らえば、リンドはたちまち死んでしまう。
…オレが今から行けば、ギリギリ間に合うが、果たしてそんなことをしてまで、自分の嫌いな人を助ける必要などあるのだろうか。リンドが死ねば、DKBは崩壊するだろうし、またオレの脚光を浴びるチャンスが訪れるのではないのだろうか。ならば、ここでリンドを見殺しにすることが、最適解なのではないだろうか。そんな自己中心的な、自分のことだけしか考えない悪魔的な醜い自分がいる。
……だけど、例えオレにスポットライトが当たる機会が失われたとしても、オレは、彼を助けたいんだ。オレの本当の心は、そう訴えかけていた。確かに、オレよりも英雄に相応しい人達は沢山いる。オレは英雄なんかじゃないなかったのかもしれないし、元から英雄ですらなかったのかもしれない。それでも…それでもオレはッ!
──騎士、なんだ。オレはかつて、自分を騎士だと名乗ったのだ。ならばこそオレは、その責務を果たさねばらならない。
オレは全速力でリンドの下へ向かい、迫りくるアームハンマーに向けて、小型のバックシールドを掲げる。タンクのような、ボスの攻撃を受け止め切れるほどの防御力はないが、それでも一撃を凌げるはずだ。
オレは騎士として、リンドの命を繋ぐ!覚悟を決めて身を構えたオレの目の前に、システムウィンドが展開した。「???スキルの解放条件を満たしました。<ナイト>スキルを取得します。スキル<義勇の盾>を使用しますか?」オレは空いている左手で、素早くイエスのボタンを押す。
すると、今までに体験したことの無いソードスキルが発動した。あろうことか、小型のバックシールドでの防御で、貫通ダメージ無しでボスの攻撃を受け止め切ったオレは、そのままシステムアシストに身を任せて、溢れんばかりの蒼い輝きを放った片手剣による一閃をボスにぶつける。
そして、オレの一撃によってボスは体力バーを全損させて、その体を四散させた。目の前に表示されるLAボーナスの表記に目も触れず、後ろを振り向いたオレは微笑しながら、啞然としているリンドに声を掛ける。
ディアベル「…何とかなったか…オレの職業は、<ナイト>だからな。これぐらいは当然さ」
せっかくディアベルさんは生き残ってるんですから、出番の一つや二つ作ってやろうという魂胆でした。彼の手にしたスキルについては、次話でサラッと解説します。
では、また第58話でお会いしましょう!