では、どうぞ!
どうやら昨日の攻略会議で、その場に集っていたプレイヤー達の心に火が付いたらしく、迷宮区の最上階のマッピングは驚くべき速さで完了したそうだ。アルファはその間に一人で迷宮区に潜り、レベリングを行っていた。迷宮区は外のフィールドと違うことばかりだったが、中でも一番驚かせされたことは<コボルド>という亜人型のモンスターの持つある特徴だ。
コボルドは自前のボロっちい斧を得物としてプレイヤーに戦いを挑んでくる好戦的なモブなのだが、特記すべき点は、ソードスキルを使い熟してくるところである。今となってはその動きにも慣れてしまったので難なく戦えるが、初戦はアルゴの攻略本に記載されていたとは言えど、緊張した闘いとなった。
アルファ「まずは斧攻撃を躱して…隙が生まれたら攻めるっと」
声に出すことで体に回避ステップの感覚を馴染ませながら、ひらりとコボルドの三連攻撃を避けた。コボルドは三回攻撃すると必ず態勢を大きく崩すので、そのタイミングですかさずアルファはソードスキルを発動し、コボルドの体力を大きく削る。
因みに、アルファは防具を金属装備ではなく、革装備に決定した。理由は単純で、重金属装備の圧迫感を不快に感じたからだ。ステータスも最低限両手剣を振れるぐらいにSTRを振り、残りをAGIに振ることで、タンク職ではなく、回避型のビルドを構築していくつもりである。ただ、軽金属ぐらいなら防御力を上げるために装備してもいいかも、とも考えてはいる。
そうこうしている間にコボルドとの回避合戦も終了し、アルファは機械的にコボルドの残り体力を削り切った。
時刻を確認すると、午前9時過ぎ。午前10時には本日の攻略会議が始まるので、アルファは遅れないよう迷宮区を後にし、トールバーナに向けて出発した。
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例の噴水広場に向かうと、そこに集まったプレイヤーの全員が一心不乱に本を読んでいる。何事かと思い、近くにいたキリトに尋ねてみた。
アルファ「おい、キリト。今日は読書集会なのか?」
キリト「そんなわけないだろ。アルゴの攻略本だ。それも1層ボスに関する内容だ。アルファの分も取っておいたから、ちゃんと読めよ?」
それを聞いた途端、俺はこの有様の訳を理解した。キリトにお礼を言ってから、アルファも真剣に攻略本最新刊を読み始める。
アルファ(…なるほど、ベーターテストの時とは変更がある可能性があるのか。確かに同じままだったら、観測者側からしたら退屈なもんだからな。…ボス戦では注意深くボスを観察することにするか…)
アルファが思考に沈んでいると、ディアベルの声が聞こえてきて、現実に引き戻される。
ディアベル「─じゃあ近くの人とパーティーを組んでみてくれ!」
辺りに点在していたプレイヤー達は、まるで前以て話し合っていたかのように、綺麗にパーティーを作っていく。そんな様子を見て慌てふためいているキリトを充分に楽しんでから、アルファは声を掛けた。
アルファ「キリト、俺たちと組もうぜ。…アスナも余ってるなら、三人でどうだ?」
アスナ「…アブレてないわよ。周りが仲良しだったから、遠慮しただけ。」
キリト「なら三人でパーティーを組もう。」
キリトがパーティー申請をすると、キリトの視界の左側にふたつのHPバーとそれぞれの名前が表示された。
ディアベルは各パーティーの調整や役割分担をして回り、ボス戦のドロップやお金の配分を決定した。アイテムをドロップした人のものにするという単純な仕様にしたのはドロップ品を巡った争いを無くすためなのだろう。
ディアベルは実務面でも優れたリーダーであり、頼りがいがあると感じさせられる。そして同時に、今後100層をクリアするためには彼は欠かせない人物だとも思わされた。
明日の10時に噴水広場に集合してボス戦に挑むことを決定し、本日の攻略会議はお開きとなる。
キリト「そういえば、二人はスイッチとかポットって知ってるか?」
アルファ「スイッチ?」
アスナ「ポット?」
キリトの言った言葉に聞き覚えのないアルファはそのままキリトに聞き返す。隣にいたアスナも同じく知らない言葉だったようだ。
キリト「説明すると長くなるから…酒場とかでどうだ?」
アスナ「…嫌、誰かに見られたくない。」
どうやら男性プレイヤーと一緒にいるのを見られたくないらしい。…まぁ、今更な気もするが。
キリト「宿屋の個室は…なしだよな」
アスナ「当たり前だわ、そもそもこの世界の宿屋なんてベットとテーブルしかない5畳半程度の狭い部屋じゃない。睡眠だけは本物なんだから、もう少しいい部屋で寝たいわ。」
アルファは、確かにな、と心でアスナに相槌を打っておく。するとキリトは、意外なものを見る視線を俺達に向け、口を開いた。
キリト「お前ら、もしかしてINNの看板が出てるところしか調べてないのか?」
アルファ「INNって宿屋のことだろ?」
キリト「そうだけど、低層では最安値で泊まれる宿って意味なんだ。コルを払って借りられる部屋は他にもあるんだぜ」
アスナ「な…それを早く言いなさいよ…」
キリトは得意げに口元を歪める。どうやらアスナ相手に話の主導権を握れたことが嬉しいらしい。
キリト「俺がこの町で借りている部屋はミルク飲み放題でベットはでかいし眺めもいい、その上お風呂までついていて…」
その時、アスナとアルファは妙に迫力のある声で呟いた。
「……なんですって」 「なん、だと」
キリト「み、ミルク飲み放題?」
アスナ「そのあと」
キリト「ベットがでかくていい眺め?」
アルファ「そのあと、だ」
キリト「風呂付き…?」
やはり俺の聞き間違えではなかったらしい。となるとアスナは同志ということか……。
アスナ「あと何部屋空いてるの?」
キリト「…満室だ、一部屋しかないからな…」
アスナ「その部屋、今日だけでも借りられないかしら?」
キリト「…すまん、家賃が前払いでキャンセル不可なんだ…」
アスナは膝から崩れ落ちそうになる。アスナは男性の部屋に入ることを嫌煙しているのだろうが、アルファにとっては、全くのノープロブレムだ。
アルファ「キリト、風呂だけでも借りてもいいか?」
キリト「あぁ、かまわないぞ」
アルファがヤッフー、とか言いながら、お風呂に入る機会を手にした喜びを表現している。そんな憎たらしい様を見ながら、人生最大の葛藤の末、アスナは苦渋の決断を下した。
アスナ「…私も、お風呂を借りてもいいかしら…」
キリト「あ、あぁ。いいぞ…」
二人共そこまでしてお風呂に入りたいのか…。キリトはお風呂なんて無くても平気な自分と、二人との若干の価値観の違いを実感しながら、歯切れの悪い返事をした。
こうしてキリト一行はお風呂の待つ宿屋に向けて歩き出したのだった。
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約一カ月、その間、ユウキは宿屋に引きこもって外部からの助けを待ち続けた。しかし、いつまで経っても助けが来ないことから、外部からの救助は絶望的であることを、ユウキは嫌でも理解させられてしまった。
メディキュボイドなら、との考えは甘かったらしい。このままでは宿屋を借りるコルはおろか、なけなしの食料を買うことが出来なくなることには気づいていたが、こちらの世界で死んでしまうと現実世界でも死んでしまうという事実が、ユウキの足をフィールドから遠ざけていた。
現実世界ではあれほど死を覚悟していたのに、死というものは目の前まで迫ってくると、やはり恐ろしく感じてしまうものなのだろう。だが、ずっと宿屋に籠っていても、ネガティブ感情が湧き出てくるばかりなので、ユウキは気分転換に街を歩くことにした。
理由は明快、圏内ならば、命の安全が保障されるからだ。しばらく街を歩いていると、周囲のプレイヤー達からこんな声が聞こえてきた。
「おい、知ってるか?攻略会議が開かれたらしいぞ。何でも第一層をクリアするつもりらしい。」
それを聞いたユウキは、この死と隣り合わせの世界に抗う者達が存在することに驚いた。そして同時に、死を恐れて、安全な場所に留まり続ける自身の情けなさを思い知らされる。
ユウキ(ボクは一体なにをしてるんだろ…)
そこでユウキは、ようやく気が付いた。この世界で死ねば現実世界でも死ぬということが、一体何だというのだ。仮想世界では自由に動き回って生活することができるのだ。どうせ死ぬなら、この世界に精一杯抗い、生き抜いたほうが、きっと現実で生きる自分よりも、人間らしい生を全うできるだろう。
更に攻略に参加できれば誰かの為に、この現実では使い物にならなかった命を捧げることもできるのだ。ユウキは考えを改め直して、フィールドに出るために全財産をポーションに変換する決意を固めた。
思い立ったが吉日だというわけで、すぐに道具屋まで行くと、道具屋に無料配布されているアルゴの攻略本というものが目についたので、試しに購入してみる。内容を見てみるとモブの弱点や美味しいクエストなど様々な有益な情報が記載されていた。
ユウキ(いつか作ってくれた人にお礼したいなぁ)
今はこの攻略本にただ感謝をしながら、ユウキはフィールドに向かっていった。
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意を決してフィールドに出たユウキは、この世界で一番の雑魚キャラであるフレンジーボアと相対していた。やはり実際に自分の命が掛かった戦いとなると、嫌な汗が吹き出て、背筋がゾクリと凍る。だが、ユウキはデスゲームになる前にレベリングをし、レベルが2になっていた。ボア相手に即死ということはないだろう。
ユウキ「ぼ、ボクだって戦えるんだからねっ!」
こちらを殺すために敵意を向けてくるモンスターに原始的な恐怖を感じながらも、震える声で自分を鼓舞した。こちらへと突っ込んでくるボアの突進を回避し、隙が生まれたところで、片手剣ソードスキル<スラント>を発動させ、なんとかボアを撃破する。
ユウキ(やっぱりボクだってやれるんだ!…最前線の人達に追いつけるように頑張っていこう!)
一度成功体験を味わったユウキは、何だか自分に自信がついてきた。攻略本に目を通すと、アニールブレードという片手剣を入手できるクエストがある村についての記載があった。
こうして、この世界で闘う立派なソードマンとして生まれ変わったユウキはホルンカの村を目指して進みだした。
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キリト「見ればわかると思うけど、風呂場はそこだから…ご、ご自由にどうぞ」
たどたどしい口調からして、キリトは少々緊張しているようだ。もしかしたら、キリトはその可愛らしい顔に似合わず女の子を部屋に入れた経験がないのかもしれない。
アルファ(まぁ女の子が部屋に入って来たんだ免疫が無ければそうなるよなぁ。え?俺はどうなのかって?もちろん俺にもそんな経験はない。でも、お邪魔してる側だから問題ねーんだよ)
と、見えない誰かに説明…いや、弁解しておく。
アルファ「俺はあとでいいぞ。お先にどうぞ」
アスナ「…ありがと」
アスナは俺にお礼を述べてから、そそくさとバスルームに入っていった。それから俺とキリトは攻略本を読んでいたが、キリトは時折チラチラと浴室の方へ視線をやる。
どうにもキリトは風呂場が気になるらしい。年頃の男の子なんだから仕方がないだろう。…ちなみに俺も気になっていて、この素晴らしい本の内容にに集中できないのは内緒だ。
しばらくすると突然、アルゴがキリトの借り部屋にやってきた。話を聞くと、何やらキリトと重大な商談があるらしい。邪魔をしては悪いと考え、席をはずそうと思ったが、キリトが「構わない」と言ってくれたので一緒にその話を聞いてみる。
アルファ「三万九千八百コルだと!?」
なんとキリトのアニールブレードに、この高額で買い取りを申し出た人物がいるらしい。これほどの額があれば、アニールブレードを強化した方が安く済むのだが、一体、買取人にどんな意図があるというのだろうか。
キリト「クライアントは誰なんだ?千五百コル出す。」
アルゴ「…教えても構わないそーダ。そいつは攻略会議で大暴れした奴ダ」
キリトはじっとこちらを見つめる。…冗談だと思うが、俺を疑っているらしい。
アルファ「いや、流石に俺じゃないだろ…ちょっと暴れたけどさ」
アルゴ「そういやアー坊は攻略会議でひと暴れしたらしいナ。やっぱりオレっちが見込んだとおりヨ」
アルゴ「話がそれちまったナ。正解はキバオウ、ダ」
キリト「そうか…今回も交渉は不成立ということを伝えておいてくれ」
アルファはふと、疑問に思ったことを口に出す。
アルファ「明らかにおかしいだろ…まるでキリトの戦力を削ごうとしてるみたいだな。何かキバオウの恨みを買ったんじゃねーの?」
キリト「…いや、キバオウと出会ったのは攻略会議が初めてのはずだ。」
アルファ「…だったら、ベータテストの時になんかやらかしたんじゃ…」
キリト「思い当たる節が…ないわけじゃない。俺はベータ時代にLAを取りまくったんだよ」
アルゴ「LAはボスにとどめを刺した者に与えられる報酬のことだナ」
アルファがキリトに「LAとは何ぞや」と聞き返す前にアルゴが補足説明してくれた。しかし、流石は情報屋。LAに関する情報を提供したとのことで、情報料を求めてきた。
幸い、金額は指定されていなかったので、嫌がらせに1コルだけ払う。渋い表情を浮かべているアルゴを横目に、俺は再びキリトに話し掛けた。
アルファ「ってことはキリトにLAを取られないようにキバオウが画策したってことかもな」
キリト「…とりあえず今は考えても仕方がない、とにかく、アルゴは交渉の結果を伝えてきてくれ」
アルゴ「アー坊は推理力もありそうだナ。助手にしたいぐらいダ。そんじゃ、オレっちはこれで失礼するヨ。…あ、夜装備に着替えたいカラ、悪いけど隣の部屋借りるヨ」
アルファ「俺も外で夜景を見てくるわ」
キリトの借りた部屋は二階に位置しており、そこから見える牧歌的な雰囲気の町並みはアルファの心を落ち着かせてくれる。しばらくのんびりと夜景を楽しんでるとアスナの悲鳴が聞こえてきた。
アルファ(どうせキリトが風呂場覗いたんだろーな)
などと呑気なことを考えながら、アルファは一カ月ぶりのお風呂を楽しみに、風呂場が空くのを待ち続けた。
何日か前に、しばらくユウキは登場しないと言ったが、あれはウソだ。
…ですが、次回は登場の予定はないです。
では、また第7話でお会いしましょう!