では、どうぞ!
ユウキ「アルファ!今日は何処、食べに行く?」
アルファ「いや、朝も言ったと思うけど、今日は…」
ユウキ「…あ~…そうだったね。アルファはクライン達に呼び出されたんだっけ?」
アルファ「そうそう…だから、今日の晩御飯は別行動と言うことで」
ユウキ「ん…それじゃ、また後でね!」
アルファ「はいよ~」
そんなこんなでフィールドから主街区へと戻ってきた俺達は、本日の夜を別々に過ごそうと、ユウキは街の何処かへ消えて行った。俺も、集合地点となっているエギルの雑貨屋へと向かうために、転移門を利用して第五十層主街区<アルゲード>に降り立つ。
晩御飯時だということもあって、周囲に展開されている無数の小店には数多のプレイヤーでひしめいていた。そんな猥雑な街中を潜り抜けて、俺はエギルが店を構えるエリアに辿り着いた。アルゲードの街並みは複雑すぎて、俺もエギルの店がある場所以外は、あまり構造を覚えていない。
…キリトはこの街にねぐらを構えているようだが、アイツはこの街で迷子になったりしないのだろうか。そんなふと思い浮かんだ疑問を浮かべながら、俺は店のドアを開く。カラン、カラン、と乾いたベルの音を響かせながら、少し散らかったように見える陳列棚と巨漢の男、そして、赤いバンダナの男が俺を出迎えた。
エギル「よぉ!ようやく来やがったか」
クライン「ったく、待ちくたびれたぜ」
店内には、エギルとクラインが居るわけだが、その他にも片手剣や両手斧、ダガーなどの武器類を筆頭に、各種ポーション類から、謎に満ちた素材、そして果てには食料類など、雑貨店とは名ばかりの、何でも販売店と化しているエギルの店が目に映る。
そして、小さな店内の中からは充満し切った香ばしい匂いが漂って来た。
アルファ「ここって、食べ物屋だったか?」
クライン「んなわけないだろ…エギルの奴が料理してんだよ」
クラインにそう言われて、エギルの方を凝視すると、確かにそこにはフライパンで何かを炒めるエギルがいた。俺はそれに仰天する。
アルファ「エギルって料理スキル持ってんの!?」
エギル「まぁ、熟練度はそこまで高くはないけどな」
クライン「ホント、この見た目で料理スキルなんて、想像もつかねぇよ」
エギル「あぁ?てめぇには飯やんねぇぞ?」
クライン「悪かったって…」
そうこうしているうちに、エギル特製の野菜炒めみたいな料理が完成した。俺の分も準備してくれていたようなので、晩御飯をまだ食べていない俺は、有難くそれにがっつく。
焼肉のたれで味付けしたような濃厚さの中に、シャキシャキとした謎の野菜の甘みが溶け込んでいる。実に美味だ。
アルファ「…ユウキのよりも美味いかもな」
俺が、味の感想をそう述べると、クラインが血眼で俺に食いついて来る。
クライン「なに!?ユウキちゃんも料理スキル持ってんのか!?是非是非俺にご飯を作ってもらいたいんだけど!?」
アルファ「…そんなクラインには、残念なお知らせをしてやるよ…ユウキは、クソ不味いもんばっか作るんだよ…」
クライン「…だったら、遠慮しておくか…」
アルファ「まぁ、本気出せばめっちゃ美味いもん作れるんだけどな…」
それを聞いたクラインが、微妙な表情を浮かべていた。すると、エギルが俺に問い掛けてくる。
エギル「んで、今日俺達を呼び出した理由は何なんだ?」
アルファ「…実はだな──」
俺がわざわざ二人に訊ねたいことがあって、彼らにここに集まってもらうよう願ったわけを話そうとすると、クラインが口を挟む。
クライン「そういや、キリトはどうしたんだよ?アイツは呼んでないのか?」
アルファ「…キリトは置いてきた。あいつはこの戦いには付いてこられない」
エギル「戦い?なんだ?イベントボスでも見つけたのか!?」
クライン「だったらよぉ、尚のことキリトの力が必要だと思うぜ?アイツはゲーム勘に関しちゃあ、右に出る奴はいねぇだろうよ」
アルファ「いや、そういうことじゃなくてだな…」
俺が、何か勘違いをしている二人に対して、誤解を解こうと弁解を試みたその時、再び店内のベルが、カランカランと鳴り、黒衣の剣士が姿を現した。
キリト「エギル!今日も買い取らせてやりに来た──アルファにクライン?みんな揃ってどうしたんだ?」
クライン「よぉ!…なんでも、アルファがイベントボスを発見したらしくてな」
こうして俺は、今回ばかりは全く役に立ちそうにないキリトにも、事情を説明する羽目になったのであった。
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確かな足取りで街を歩く。だが、行く末を見据えているわけではない。多くのプレイヤーが闊歩する大通りを、知る人ぞ知るような秘密の近道を、閑散とした路地を通り抜けた。そして結局、大通りへと戻ってくる。目の前にある店が気になり、そちらへ向かう。
その時、ふと、思ったのだ。光の当たる大通り、秘密の抜け道、廃れた路地裏、自分の人生はこれらのどれに該当するのだろうか、と。勿論、その答えは一番後ろだろう。そんなことは考えずともコンマ一秒で導き出せる。だが…いや、だとしても、だからこそ、暗がりに生きる者は自ずと陽の当たる場所を求めてしまうのかもしれない。
そんな自己分析をしながら、店内の席について、メニュー表を眺めた。如何やら、この店はパスタ専門店だったらしい。メニュー表の説明によると、王道から変わり種まで実に数十種類のパスタソースと様々な種類のパスタを自分で掛け合わせて注文できるようだ。
…実に悩ましい限りだが、ここはソースはミートとクリーム、パスタはスパゲティの組み合わせで注文しよう。手早くNPCウェイトレスに注文を伝え、料理が届けられるのを待つ。
…アルファなら、何を頼むのだろう。やっぱり、好みから考えて和風ソースだろうか。そんなことをぼんやりと考えていると、注文した二つの種類のパスタが提供された。
メニューの多さで悩むなら、いっそ二種類ぐらい頼んでしまえばいい、という暴論に基づいた結果だ。ほぼ炭水化物オンリーの食事となってしまうが、そんなことをいちいち気にしなくても良いのは、仮想世界の良い所だろう。
まずは、ミートスパゲッティから手を付ける。二口目は、クリームソースのスパゲッティだ。…これは想像以上の美味しさだ。基本的には、NPCレストランで提供される料理はハズレが多い。故に期待はしていなかったのだが、これは見た目通りの味が再現されている。
…今日帰ったらアルファにも教えてあげよう。きっとアルファも気に入るはずだ。それに、ソースが濃い味付けになっているのも、自分的にはポイントが高い。病院食ではこうも濃い味付けのものは食べられないため、濃い味付けの料理は今のうちに堪能しておきたい。
ぺろり、と二皿たらい上げたボクは、会計を済ませて店を出た。今から、武器の耐久値を回復させようかと思い、リズベットに今日は何処で出店を開いているのかをメッセージで訊ねる。やはり、忙しいのかすぐに返事は来なかったので、返事が来るまでの間、ボクは周囲に展開されているお店を一つ一つ見て回った。
…あの怪しい武器が売ってるお店は、アルファが好きそうだな。…そう言えばアルファ、インナー装備の更新しなきゃ、って言ってたな。この装備とかどうなのかな?と、目に映る物を吟味しては、思い浮かべるのはアルファのことばかりだ。
…いやいやいや、一旦落ち着いてボク!?自分そっちのけでアルファのことばかり考えている自分を客観視して、少し慌てたボクは、クールダウンにと深呼吸をして、心を落ち着かせる。
すると、リズベットから今日は第51層で活動しているという連絡を受けたので、ボクはそれに従って、転移門へ向かった。第51層へと転移し、周囲を見渡すと、そこにはピンク色の髪をした少女リズベットが金槌を振るいながら、誰かの剣を強化している。強化に成功したのか、依頼人のプレイヤーは嬉しそうに喜んでいた。
ユウキ「リズ!ボクは研磨お願い!」
リズベット「了解よ!」
ボクは、リズベットが鍛え上げてくれた剣とコルをリズベットに渡して、剣の耐久値を復活させてもらった。リズベットが作製した剣<モーントシャイン>は今でもボクのメインアームとして大切に使わせてもらっている。リズベットが砥石に剣を当てながら、不思議そうにボクに訊ねてきた。
リズベット「今日はアルファと一緒じゃないんだ。どうしたのよ?」
ユウキ「今日は別行動なんだ」
リズベット「へぇー…ユウキとアルファってセットって感じが強いんだけど、別々に行動することもあるんだ~」
はい、研磨完了よ。とリズベットが愛剣を返してくれる。
研磨によってしっかりと磨き上げられたモーントシャインは夜の闇よりも一層深い、深海のような鋭さを放っている。まるで、空の上でぼんやりと光る月明かりを吸収しているようだ。その輝きにしばらく見惚れてから、剣を鞘に戻して、リズベットにお礼を述べてその場を後にしようとした。
するとその時、ボクがここにやってきた方向と同じルートから、栗色の髪をしたプレイヤーが歩いて来る。
「リズ!武器の研磨お願いできる?」
ユウキ「…アスナ!?」
アスナ「ユウキ!?」
まさか、アスナもリズベットの鍛冶屋の固定客であったとは、想定外の出来事にボクもアスナも驚いていると、リズベットが声を掛けてくれる。
リズベット「二人共知り合いだったの?んじゃあ、今からスイーツ店でも行かない?あたし良い店知ってるから!」
アスナ「…まぁ、いいわよ」
ユウキ「ボクもいいよー」
こうして、ボクはリズベットとアスナと共に、スイーツ店へと向かって行った。
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キリト「──で、俺じゃ力になれないイベントボスってどんな奴なんだ?」
アルファ「いやぁ…」
エギル「もしかして、片手剣使いは出禁のイベントとか、か?」
アルファ「………だ」
クライン「ん?なんだって?」
完全に、何か誤解をしている彼らに対して、俺はとうとうその口を開いた。だが、余りに俺の声が細く小さ過ぎたせいか、彼らには聞こえてなかったようだ。彼らに首を傾げられる。
…もとより、迷惑な話かもしれないが、このためだけに彼らを呼んだのだ。俺は、覚悟を決めてより大きな声量で彼らにそれを伝えた。
アルファ「……その、俺、ユウキのことが…好きなんだ…」
俺が、恐る恐るそう答えると、キリト、クライン、エギルは雷にでも打たれたかのように、その場で固まってしまった。その様子を見て、俺は急激に羞恥心を抱く。
アルファ「お、おいっ!なんか言ってくれよ!なぁ!?」
俺が慌ててそう問い掛けると、彼らは正気を取り戻したのか、目をぱちくりとさせてから、何事もなかったかのようにエギルが作った料理を、キリトが振舞ったワインを飲み始めた。
…シカト!?スルー!?なかったことにされるの!?俺はどうしてこんな奴らにこんなことを言ってしまったのだろうかと、焦り散らかしていた。すると、クラインが純粋な眼差しで俺に訊ねる。
クライン「……逆におめぇらって、付き合ってなかったのか?」
アルファ「……は?」
クライン「いや、少なくとも俺は、お前たちが付き合ってるもんだと思ってたぜ?」
俺が、クラインのまさかの発言にショートしていると、キリトやエギルもポカンとしながら俺に似たようなことを言ってくる。
エギル「俺も、そう思ってたんだがな」
キリト「俺もてっきりそういう関係かと…」
そこでようやく石化魔法から解除された俺は、何故か勢いよく弁解した。
アルファ「いや、確かに長い間一緒にいるけれども、そういう関係に至った覚えは無いから!?ただのコンビだから!?」
そんな俺を見てエギルが、何故か呆れながら俺に聞く。
エギル「……それで、俺達にそんなこと伝えて、なんだって言うんだ?」
アルファ「……俺は、どうすればいいんだ?それが分からん。…それで、お前らにわざわざ集まってもらったんだ。…んで、キリトは多分そういうことに関しては何の知識もないと思ったから、俺よりも年上且つ人生の先輩にあたるであろうクラインとエギルにだな…」
俺がそう言い終えると、キリトは若干苦笑いしながら、答える。
キリト「確かに、俺にはそういう経験が無いからな…何とも言えない…」
アルファ「…やっぱか」
キリト「…やっぱ、ってちょっと酷くないか!?俺だって本当なら今頃は──」
キリトが何かを喚き始めていたが、俺は気にせずエギルとクラインに問い掛ける。
アルファ「ってことで、エギルとクラインなら何かいい案を出せるんじゃないかと思ってな…クライン、どうだ?」
クライン「……ない…」
アルファ「…なんだって?」
クラインが、顔を俯かせながら、何かを呟いた。俺はそれが聞き取れず、クラインに訊ね返す。するとクラインは、急に顔を上げていきなり声を荒げた。
クライン「俺は、彼女なんていたことないんだよ!ちきしょうが!」
アルファ「…え?」
エギル「…お前…」
キリト「…マジか…」
クライン「やめろやめろ!哀れみの目を向けるな!」
俺達がクライン独白に驚愕していると、クラインはそう吠えてからワインを一気飲みした。
…まさか、彼女が一度も居たことがないとは…。クラインは見た目も悪くないし、何より人情深くて、更には面白いのになぁ…クラインがモテないとか、世の中の女性たちは何を基準に男性を好きになるというのだろうか。
俺は、世の中の女性に対して理不尽な不信感を抱きつつも、フルーツジュースを口にする。そうしているとエギルが料理に使った器具やお皿を洗いながら、俺に次なる言葉を掛ける。
エギル「どうすればいいのか…それは、アルファ自身が一番わかってるんじゃないのか?」
アルファ「……」
クライン「そりゃユウキちゃんに想いを伝えるしかないだろ!」
…分かっている。このまま、ユウキと一緒に変わらず過ごし続けていたら、きっとどこかで俺は、自分の気持ちを彼女に伝えたくなってしまう。伝えないと胸が締め付けられてしまう。
だけど、同時に俺は思う。もし、想いを伝えてユウキに拒否されたら?嫌な顔をされてしまったら?明日からユウキと一緒に居られなくなってしまったら?
…俺は、耐えられないだろう。ユウキがいない日々など、俺にはまさに地獄と称するに相応しい日々と化してしまうのだろう。俺が想いを内に秘めたままであれば、ユウキとはこれ以上の関係の進展はなくとも、今の関係を維持できる。
ならば、俺は想いを伝えずに、ユウキと過ごし続けれられる今の日々を手放したくない、そう強く思えた。今の関係を壊して、更なる関係が築けるかどうかが分からないのであれば、いっそこのままこの生温い関係のままでいいのではないかと思ってしまっている。今のユウキが俺に向けてくれるコンビとしての信頼を捨てたくない。それを失ってしまえば、俺の心が壊れる音がする。
…どこまでいっても結局、俺は怖がりで弱虫なのだろう。俺は、ユウキに想いを伝えて、更なる関係を手に入れるために勝負に出ることよりも、今の関係性に甘えていたいという醜い感情を優先してしまうのだ。
…俺は、ユウキと関係性を発展させること以上に、ユウキを失うことの方が怖いのだ。そんな、俺の中の弱さを改めて認識し、噛み締め、やはり俺には無理だと、自分の本当の気持ちを諦めようとしていたその時、キリトが口を開いた。
キリト「……怖い、よな…俺も同じ立場だったら、きっと想いは自分の中で閉じ込めてたんだと思う」
アルファ「……」
キリト「だけど、今の俺は違うんだ。俺はこの世界に来て、色んな人と出会って失って、その中で気が付いたんだ。きっと失う前に自分の心の内を曝け出せていたら、もっといい結果に出会えたんじゃないかって…俺達は、今日明日にも死ぬかもしれない。だからこそ、自分の気持ちっていうものは、ちゃんと言葉にしないといけないんだと思うな…」
エギル「…俺の人生経験から言わせてもらえば、やる後悔よりやらない後悔の方が、後々辛い思いをすることになるぞ」
クライン「当たって砕けろ、なんて無責任なことは言わねぇ…決めるのはアルファ次第だ。だけど、俺だったら気持ちをぶつけてみるぜ…後のこたぁ、それから考えればいい、変化するのは怖いことだけどよ、その一歩を踏み込まないと、幸せってもんは手に入んねぇんだぜ…」
俺達は、明日に死んでもおかしくない。その通りだ。だからこそ俺達は、今を精一杯楽しんで、明日に後悔を残さないよう、全力で生きているんだ。
やらない後悔の方が辛い。その通りだ。俺は25層のボス戦で、足が竦んだ。あの時、それを乗り越えて動けていれば、今もオウガとサツキは生きていただろう。それすなわち、やらない後悔を表している。きっと、俺が動いても駄目だったのなら、後悔はしていないはずだ。自分で選んだ結果が失敗だったとして、どうしてそれを後悔するだろうか。勿論、残念には思うだろうが、後悔はしない。自分で決めたのだと、胸張って言える。
後のことは、それから考えればいい。その通りだ。俺は元々、事後処理ばかりで行き当たりばったりの性格だったはずだ。答えが見えていない今、クヨクヨ悩んだって仕方が無いだろ?
…まったく、周りの人間に助けてもらわないと、自分のことにも気が付けないなんて、世話のかかる奴だ。俺は一人自嘲気味に自己分析をした。
そもそも、関係性に不変性など無かった。確かに一カ月、半年、一年程度の短いスパンで見れば、俺とユウキは変わらず生活しているだろう。だが、このゲームをクリアした暁には?その先は?現実世界に戻れば、もう俺達はコンビではない。故に、ずっと彼女と一緒にいることなど不可能だ。遅かれ早かれ、望もうとも望まずとも関係性は変化してしまう。
ならばこそ、俺は──
アルファ「……そうだな。頑張るしかないよな」
苦笑いしながら、俺はそう答えて見せた。三人は、それでこそ男だ!と俺の背中や肩をバシバシ叩いて来る。
キリト「まぁ、アルファとユウキなら、お似合いのカップルだな」
アルファ「そ、そうか?」
エギル「あぁ、誰が見ても、お似合いだ」
キリト「クラインは、一歩踏み込めないから、幸せになれないんじゃないのか?」
クライン「俺が一歩踏み込んでも、相手が一歩引くんだ…」
アルファ「そんじゃあ俺が一歩引かれたら終わりじゃねぇかよ」
クライン「だったら更にもう一歩二歩詰めればいいんだよ」
エギル「そうやって相手の気持ちを考えない奴を、ストーカーって言うんだろうけどな」
なんて、男四人で下らない会話をしながら、俺は決意を胸に、今は彼らとの談笑を楽しんだ。
────────────────
アスナ「ちょっとリズ、食べ過ぎじゃない?」
リズベット「いいのよ、こっちの世界じゃいくら食べても太らないんだから~」
アスナの忠告をのらりくらりと躱して、ケーキを頬張り続けるリズベットを横目に、ボクもシュークリームみたいなスイーツを食べている。
リズベットの紹介してくれたスイーツ店は、NPC経営のお店の中でも上位に君臨するレベルの美味しさを誇っていた。最近では、料理スキルの熟練度を上げたプレイヤーがお店を経営することも増えてきているらしいが、その手の店にはまだ行ったことは無い。
さっき夕飯を食べたばかりだというのに、ボクはバクバクとスイーツを食べられていた。…デザートは別腹、という言葉は本当なのだろう。
ユウキ「そう言えば、リズは結局、プレイヤーホーム購入できそうなの?」
リズベット「後二日ぐらい稼ぎ続ければ何とか、って感じね。って言っても、プレイヤーホームが購入できても、内装の分のお金稼ぎもしないといけないし…借金返済もしないといけないし…色々大変よ…」
ユウキ「しゃ、借金!?」
アスナ「へぇー、この世界にも貸金業って存在するのね。ちゃんと返済しないとダメだよ?」
リズベット「わかってるわかってる!」
借金だなんて、何だか恐ろしいものだと感じたが、まぁ、リズベットの腕なら問題なくお金稼ぎできるだろう。
そう思って、それ以上借金に関する話には口を突っ込まないよう、ボクはパイに手を出していた。するとアスナが、ボクにこんなことを言ってきた。
アスナ「…ユウキのヘアバンド、似合ってるよねぇ~。それにペンダントも絶妙に格好とマッチしてるし…ユウキってオシャレ好きなの?」
リズベット「あ~…あのヘアバンドはねぇ…」
リズベットがニヤニヤ笑いながらボクを見てくる。あの調子ならどうせ、ボクが何も言わなければ、リズが事の詳細を述べてしまうだろう。なのでボクは自分の口でアスナに伝える。
ユウキ「…ヘアバンドもペンダントも、アルファからのプレゼントなんだ。だからアルファはそういうセンスあるのかもしれないね~」
アスナ「え!?アルファ君が!?」
ボクが正直にそう答えると、アスナはビックリ仰天と言った様子で右手で口元を押さえていた。そんなに、驚くことだろうか
。…まぁ、確かにアルファは自分の恰好についてはほとんど無頓着だし、ボクが誕生日プレゼントに部屋着贈ってなきゃ、今でも一日中同じ格好してそうだし…。
リズベット「ホント、アイツにそんな隠れた才能があるなんて、思いもしないわよ…」
アスナ「うんうん…アルファ君ってすっごいセンスいいのね。ビックリしちゃった…」
ユウキ「でも、アルファはオシャレには無頓着だよ?」
アスナ「だったらユウキがオシャレとは何たるか、教えてあげなよ~」
ユウキ「ボクもオシャレとかはあんまり…」
リズベット「ま、アルファはユウキ大好きだからさ、ユウキに何が似合うかとかも分かるんじゃないの~?」
ユウキ「ふぇ!?」
リズベットのまさかの発言に、ボクは大きく動揺してしまった。そんなボクを見たリズベットは…それに加えてアスナは、まるで遊び頃のおもちゃを見つけたような目でボクを舐めまわすように眺めてくる。
…なんだろう、リズがそういう顔をするのは想像できたけど、アスナまでそんな風に変貌できるんだ…。若干、アスナのまた違った一面を知れたことに喜びを感じながら、何とか気を紛らわせようとしたが、無駄だった。
リズベット「…んで、実際のところどうなのよ?」
ユウキ「な、何が…?」
リズベット「ンもう~とぼけちゃって~…やっぱり、アルファと付き合ってんの?」
ユウキ「ち、違うよ!?ボクとアルファは付き合ってなんかいないよ!?」
アスナ「え~意外だなぁ~…お似合いだと思うけど…ユウキにその気はないの?」
…アスナ!?ちょっと前までは寝ても覚めても攻略攻略!な人だったのに、すっごい心に余裕出来たんだね!?ボクは嬉しいよ!?
と別の意味でニコニコとしながら、ボクに迫ってくる二人を何とかして回避しようと、頭を必死に働かせて、ボクは苦しみ紛れの話題転換を斬り出した。
ユウキ「……そ、そう言えばさ、56層でアスナが言ってた、前線から居なくなる事がある不良プレイヤーって、もしかしてボク達のことも含めてたの…?」
苦しい、余りに苦し過ぎる言い訳だ。こんなのもう答えているのも同然ではないか。だが、今回はその苦肉の策が吉と出たようだ。アスナは、若干視線をずらしながら、遠慮気味に答える。
アスナ「…アハハ…そうとも言えるような…そうじゃないような…」
ユウキ「…アスナ?」
これは勝った!そう確信したボクは、ニッコリスマイルでアスナに鋭い視線を浴びせた。リズベットは面白くなさそうにボクのことを見ていたが、そんなことはお構いなしだ。アスナは勘弁してくれ、と顔の前で両手を合わせる。
アスナ「ごめん~…ここでスイーツ一個奢るから、許して~」
ユウキ「…ならよし!」
リズベット「ついでにあたしの分も…」
アスナ「リズには何も迷惑かけてないでしょ!」
リズベット「…無念…」
それから、追加でショートケーキを注文したボクは、美味しくそれを頂いた。リズベットはそろそろ鍛冶屋を再開しなければ、アスナは夜の部のレベリングに出なければ、と各々やるべきことをやらねばならぬ時間がやってきたようなので、ボク達はスイーツ店を出て解散した。
ボクはそのまま、十五層へ転移し、ギルドホームへと辿り着く。システムロックを解除して、家の中に入るも、まだアルファは帰って来ていないようだった。ボクはソファに寝転がって、アルファが帰ってくるのを待つ。
ユウキ「…」
──ボクにその気はあるのか。
アスナとリズベットがそう訊ねてきた言葉は、ボクの頭の中で五月蠅い程反響していた。以前は、この感情には決して気が付かないでおこう。そう決めていたはずなのに、いつの間にかボクは、アルファに抱く感情に名前を付けていた。
…ボクは、アルファが好きだ。身が焦がれそうなほど、どうしようもない程に、彼のことが好きなのだ。抑えていたはずのこの感情に気が付かされたきっかけは、やはり先日のPK被害に遭った時なのだろう。あの日、ボクは他の誰でもなく、アルファだけに救いを求めた。アルファ以外に救いを求めることなど、有り得ないと心は理解していたからだ。
だが、そもそもアルファに対して恋愛感情を抱いたのは、いつごろからだったのだろう。きっとそれは出会ったあの日から…なんて、思い出や記憶を美化するつもりは無い。出会ったあの日に彼に対して抱いた感情は、ただ、ちょっと面白い人、その程度だったはずだ。だけど、一緒に過ごしていくうちに、無意識のうちにボクは、アルファの持つ優しさとユーモア、そして勇気に、いや、彼がボクに魅せる全てに惹かれて行ったのだろう。
そんな名前の無い気持ちに気が付かせてくれたのは、オウガだった。多分、オウガがボクに、アルファのことが好きなんだろ?と聞いてくれていなかったのなら、この気持ちに勘づき始めるのは、きっと少し遅かったと思う。
誰かを好きになる。ボクが人生において、こんな気持ちを抱くなんて、思ってもみなかった。誰かを好きになって、誰かに好かれて、そんなものは、フィルムや画面の向こう側の出来事…小説や映画でのフィクションでしかなくて、病院という空間に隔離された自分には無縁のものであると思っていた。
だけど現に、ボクはアルファを好きになってしまった。あぁ、恋愛感情とは、これ程にも甘美なもので、こんなにも苦しいものなのか。アルファがボクを救い出してくれたあの日以来、ボクの中に潜む彼への感情は、どうにもこうにも抑えがたいものになって来ていた。この気持ちを早く彼に伝えて、彼がどんな反応をしようとも、ボクは想いの丈を伝えたい、と今この瞬間もそう思っている。
だけど、ボクは決して、そんなことを口にすることは無いだろう。ボクが、彼に想いを伝えることなど、許されるわけがないのだ。
ボクは知っている。アルファはオウガが死んでしまったことを、自分のせいにしているが、本当はボクが土壇場で、判断ミスをしてしまったせいであることを。
ボクは知っている。アルファが先日、お風呂場で吐き気を催していたことを。たまたま、脱衣所を通り掛かった時に、お風呂場の方から、消えない、消えない、消えない、と何かを呪うような呪詛が聞こえてきたのだ。何事かと思い、脱衣所にコッソリ侵入すると、アルファが、何かに追い込まれるように声にならない悲痛を上げていたのだ。だけど、それはリビングにいるボクには決して聞こえないような声量だった。あんなに追い込まれているというのに、彼はボクに最後まで気を遣っていたのだろう。
ボクは、そんな自分が情けなくて、彼に人を殺すという罪を背負わせてしまったということの重さを理解して、その場を離れ、泣いた。どうしようもなく無力な自分を憎み、涙を流した。アルファは、剣を持つ意味を思い出してくれた。
だけど、それで心の傷が無かったことになるわけではない。きっと、人を殺してしまったという罪の意識は、古傷となり彼の心を蝕み続けるだろう。そんな、彼を傷つけてばかりの、彼に辛い思いをさせているばかりのボクが、どうして彼と恋仲になることが出来ようか。それはおろか、どうして彼に己の醜い欲望を伝えることが出来ようか。
ならばこそ、ボクは彼に対して、何も伝えない。今以上のことを何も求めない。これは、ボク自身への罪であり罰なのだ。彼の心を擦り減らさせたボクへの断罪なのだ。胸の内から溢れ出そうとする感情は、罪の意識という牢獄で封じ込めてしまえばいい。
──ガチャリ、とドアの開く音がした。彼が帰ってきたのだ。その事実だけで、ボクの心はどうしようもない程に高鳴る。
…だから、決して想いを伝えないからこそ、ボクは彼に対して、笑顔を浮かべるのだ。
ユウキ「お帰り、アルファ」
ボクが彼にそう伝えると、彼はこれまた嬉しそうに笑顔で答えてくれる。
アルファ「ただいまーユウキ」
…これでいい。そのままでいい。胸の中で燻る感情を制し、制したはずの溢れ出す炎を罰で鎮火して、それでもボクは彼と会話を続けるのであった。
雲行きがよろしくなったと思ったら、次の瞬間には空に暗雲が立ち込め始めてしまいました。
さぁ、これから二人はどうなるのでしょうか…?
では、また第64話でお会いしましょう!