では、どうぞ!
アルファ「…今日こそは勝つ!」
ユウキ「今日も勝たせてもらうよ!」
ゴゴゴゴゴゴゴッと二人の間の空気が揺れ動きそうな、あるいは、バチバチバチっと視線が火花を散らしそうな、そんな雰囲気を醸し出しながら、俺達は定位置に着く。デュエル開始までのカウントダウンが始まり、一気に緊張感は最高到達点に達した。
デュエルを行う時、この時ばかりは、俺にとってはユウキは、好きな人、ではなくて、好敵手、もしくは超えるべき壁、として認知される。ユウキも俺と似たようなもので、デュエルの時に限っては、俺をコンビのパートナーとしてではなく、倒すべき相手として認識しているようだった。
デュエルのカウントダウンがゼロになった瞬間、俺達は既に動き出していた。ユウキが勢いよく突っ込んできたのを、俺は分かっていたように右へと回避する。そこを刀でこついて、デュエル勝利できるほど甘くはない。それが分からない俺ではない為、ポーチから抜き出した投げピックで牽制しておく。ユウキが颯爽とピックを撃墜し、俺に剣を振るおうとしてくるがその前に、俺がユウキに対して剣を突き出し、ユウキに剣を振らせない。
いくらユウキのスピードが速いとはいえ、動きさえ読めれば先手は打てる。
アルファ「ちょっと雑じゃねぇか?」
ユウキ「ボクはスロースターターなんだよっ」
ユウキがそう言い捨てながら、俺に向かって左脚で鋭い蹴りを放っていた。だが、俺もほぼ同時に右脚で蹴りつけており、二人の足技は相殺される。見る人によっては、今のは体術スキルだと、そう答えるかもしれない。
だが、俺もユウキもスキルは一切使っていないのだ。今のは、俺達が自慢のステータスの暴力で生み出した只の蹴り、である。俺もユウキも、こうも毎日デュエルを繰り返していれば、ある種の対人戦の真理に行き着いていた。
それは、対人戦においてソードスキルを使うということが、如何に愚かな選択であるか、ということだ。確かに、ソードスキルは普通に剣を繰り出すよりも速く、重い攻撃を繰り出すことが出来る。しかも、それはダメージ増強も見込めるし、通常攻撃と比べてスタン蓄積量も多い、更には、連撃技だって設定されている。
だが、そんな数あるメリットを上回るデメリットが存在するわけだ。それは言わずもがな、ソードスキルを発動させた後に硬直時間が出来る、ということではあるが、それ以上に俺とユウキがデメリットだと考えているのは、ソードスキルは一定の型に嵌った攻撃となってしまうという点である。
あるモーションでしか発動できないとなると、そのモーションの初動とそれからの動きを把握されれば、それは相手に対する必殺技ではなく、自分への必死の技と化してしまう。故に、モンスター戦においては、ソードスキルは大変有効なものではあるが、対人戦においては最悪の一手だと言えるだろう。
体術スキルは、硬直がほとんどない、ということから一見、対人戦でも有効そうに思えるが、型通りの動きしか取れない所が非常に弱い。なのでこうして、俺達は体術スキルを模倣した疑似スキル、を創り出しているわけだ。
であれば、対人戦では何を利用して勝ちを得るべきか。それすなわち、己の剣技、アイデア、身体の動かし方、この三つである。俺もユウキも、サツキが残してくれた剣技を極めんとして、かなり月日が流れた。未だ完璧に習得できたとは言えないが、それでもかなり白崎流の剣を扱えるようになったと思われる。更にそれに加えて、我流の剣技、この二つによって今、俺達が繰り広げている剣戟は成り立っている。
…となんだかんだ言っても、ソードスキルと同じぐらい、素早く剣を振れるユウキはヤバすぎるんですけどね…。ユウキの剣が頬を掠めたのを感じて、俺はそろそろ第二ステップへと移行する。
ユウキ「ほらほら!どうしたの!」
アルファ「俺の本業はアイデアマンなんだよ!」
ユウキの右から左、そう見せかけて実は上、かと思えば下から繰り出される幻のような剣を捌ききれるほど、俺は優秀ではない。ならば俺は、アイデアでユウキを上回る。
俺がユウキから距離を取った一瞬でアイテムストレージから具現化したものは、俺の姿を覆い隠せるほどの巨大な岩だ。これをドンドン設置していけば、死角を利用した攻撃も可能となる。だが、そんな俺の作戦をユウキは刀身に迸るオーラで真っ向から破壊した。
月光スキルによる衝撃波だ。幸い、岩の奥に退避していた俺のところまでは衝撃波は飛んでこなかったが、ユウキは既に俺の目前まで迫ってきている。そんな彼女に向けて、俺が投げるのは煙玉。視界を奪ってしまおうという算段だ。
しかし、ユウキは器用にも剣の腹で煙玉を転がし、それを遠くの方へと飛ばした。目の前で爆発するはずだった煙玉は遥か後方で煙を上げている。…だから、天才相手は嫌なんだよ!俺は心の中で悪態づきながら、ユウキにワンテンポ遅れて、剣を振るう。勿論、降り遅れた剣は、力負けし、宙に浮かんだ。
アルファ「クソッ!」
ユウキ「終わりだよ!」
ユウキが、的確に俺の右肩を突こうとしてくる。ユウキは俺が指輪の効果でいつでも手元に剣を戻せることを知っているのだ。だからこそ、彼女は早急に守れない位置を攻撃した。だが、俺はユウキを信頼していた。ユウキならば、必ず油断せずに俺を仕留めようとしてくると、そう信じていた。
ならばこそ、俺が取った行動は右手の指をCの形に揃えて、ユウキの剣を待ち構えることだ。嫌な予感でもしたのか、ユウキが剣を引こうとしたがもう遅い。俺の左手は銀色のエフェクトに包まれながら、ユウキの刀身を刃など関係なくガッチリと掴んだ。そのままソードスキルの一連の流れでユウキの剣を取り上げ、俺がユウキの剣の柄を持つ。
そして、呆けるユウキに対して、俺は剣を一閃した。勝者アルファ。メッセージがそう告げている。
…別に、ソードスキルは絶対に使わない方がいいわけではない。相手の意表を突けるソードスキルはむしろ積極的に使って行くべきだ。というのが、俺の最新の見解である。戸惑うユウキに、俺は剣を返してから答えた。
アルファ「体術スキル<空輪>相手の武器を奪い取るスキルだ」
ユウキ「…あ~…使い勝手が悪すぎて、完全に忘れてたよ…」
アルファ「ってことで、今日は俺の勝ちだな!」
ユウキ「…何奢ればいいの?」
俺達は、日々のデュエルで賭け事をしている。勝った方が負けた方に食べ物を一つ、奢るわけだ。だが、俺は別のものを所望する。
アルファ「いや、奢りは無くていい…その代わり…」
ユウキ「…代わりに?」
アルファ「明日一日はオフにしよう。久しぶりにゆっくりと、何処か観光にでも行かないか?」
ユウキ「…まぁ、一日ぐらいなら前線から離れてもいっか…」
アルファ「ワーカホリックですか?」
ユウキ「そんなわけないでしょ…因みに、どこ行くの?」
アルファ「一応、候補は絞ってるけど、ユウキが行きたい場所とかある?」
ユウキ「だったら、アルファに任せようかな」
アルファ「うっし、大船に乗ったつもりでいてくれ!」
ユウキ「じゃあ、期待しちゃうね」
第一関門突破だ。俺がどうして、明日は観光だなんて言い出すことになったのかと言うと、時は三日前に遡る。
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クライン「んで、告白の舞台はどう整えんだよ?」
アルファ「舞台?」
クライン「そりゃあ、何の脈絡も無しに、いきなり告白なんてするもんじゃねぇよ。こういうのはちゃんとデートしてからだな──」
アルファ「あぁ、そういうことな」
キリト「策はあるのか?」
アルファ「……いや、そういう経験が無くて…な?」
俺が苦笑いしながらキリトの方を見やると、キリトもキッパリと断ってくれる。
キリト「俺も、無いぞ」
エギル「残念だが、俺もそれに関してはアドバイスできないな」
クライン「ンなもん適当でいいんだよ」
…告白するのにも、いちいちそんな手順を踏まねばならないのか。恋愛、というものを経験していない俺には、クラインが話してくれた告白までのステップというものが色々と大変なことに思えた。
俺にとってユウキは、実質的な初恋と言ってもいいだろう。実質的、というのは、実は幅広く考えれば俺は一度好きになった人がいるからだ。それは、小学校時代に通っていた学習塾の先生である。こんな、恋とも憧れとも捉えられる小学生の気持ちを、恋だというのなら、俺は一度は恋と言うものを経験していることになるのだろう。
だが、真面目に恋愛する、ということに関しては今回が初めてだ。キリトもエギルもクラインも駄目。アルゴは…友達としての自制心と情報屋としての矜持がせめぎ合った結果、俺がユウキのことを好きだ、と言う情報を垂れ流しそうだ。女性からの意見も貰いたかったが、流石にリスクが高すぎる。
年長者のタイラと同じく女性陣のリズベットは…問答無用でアウトだ。アイツらにこの弱みを握らせる気にはどうしてもなれない。それならば、いっそノーチラスかユナにでも聞こうかと思っていた時、キリトがパチンと指を鳴らしながら、俺に向けてニヤリと笑いかけてくる。
キリト「そうだ!アインクラッド界のイケメン代表に頼ろう!」
アルファ「…?」
キリトが勢いよくそんなことを言ってくれたが、俺にはイマイチピンと来ない。キリトが誰かにメッセージを送り、それから二十分後に、青髪のイケメンがエギルの店にやってきた。エギルの猥雑且つ野蛮な雑貨店には、驚くほど似合わないイケメンだ。
キリト「ディアベル!来てくれたか!」
ディアベル「あぁ…にしてもこれは、何の集まりかな?」
ディアベルは状況を呑み込めていないようだが、それは俺も同じだ。
アルファ「…待てディアベル、キリトと仲直り出来たのか?」
ディアベル「お陰様でね」
キリト「今じゃ時たま酒を飲む仲だな」
アルファ「そりゃぁ良かった」
それから、エギルが余った食材で料理を作り、ディアベルをおもてなししたり、ディアベルが持ってきた酒で俺以外の野郎どもが大騒ぎしたりと、中々愉快な雰囲気が形成されていた。
そしてキリト達が俺の現状をディアベルに伝えると、ディアベルが大層意外そうに口を開いた。
ディアベル「まさか、二人が恋仲じゃなかったとは…流石に想像も出来なかった…」
キリト「んで、アインクラッド一のイケメン、ディアベルさんなら何かいいアドバイスは無いか?」
クライン「女の子を手玉に取るの、得意そうだしよぉ?なんかあるだろ?」
ディアベル「女の子を手玉に取ったことなんて……」
エギル「その顔は、あるんだな…」
ディアベル「…ハハ…昔の話さ。兎に角、在り来たりなことだけど、まずはアルファ君がデートに最適な場所を探して、次にそれとなくユウキさんに行きたい場所を聞き出せばいいと思う。それで彼女に行きたい場所があるならそっちを、無ければアルファ君が選んだデート先を、って感じかな」
アルファ「…なるほど」
ディアベル「まぁ、アルファ君ならなんにせよ成功しそうだけど」
アルファ「そんなことは無いだろ…買いかぶり過ぎだ」
ディアベル「そうかい?アルファ君は結構可愛らしい顔していて、女性人気も高そうだけどね」
アルファ「…やめろ、それはコンプレックスだ」
キリト「確かに、アルファは俺以上かも知んないからなぁ…アルファの隣に立っていると、自然と男としての尊厳が芽生えてくる気がする…」
アルファ「オイてめぇどういうことだ」
キリトがクソみたいなことを言って来たので、俺が拳を構えて牽制しておくと、クラインが何かを真剣に吟味するように、虚空を眺めながらぶつくさと口を動かしていた。俺がそれに耳を澄ませると…
クライン「…もしもアルファが女の子として生まれてきていたら……」
アルファ「え」
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…いったん思考を打ち切ろう。要らぬことまで思い出してしまった。これ以上思い出してしまっては、クラインの尊厳に大きく関わってしまう。
ともかく、そういうわけで俺は、明日は観光と言う名のデートをして、その中のいいタイミングで、告白しちゃおう大作戦を決行することに決めたというわけだ。デュエル勝利の報酬として一日休みを手に入れる。実はそれは告白の為に。これほど人を欺くために考え抜かれた計画があると言えるだろうか。
デュエルを終えた俺達は、晩御飯を食べに向かった。ユウキはつい先日見つけた店なのだと、パスタ専門店を紹介してくれた。俺が頼んだパスタは、和風ソースのパスタだ。それを見たユウキは、何故かいつもよりも上機嫌だった気がする。晩御飯を済ませて、帰路に着く途中に俺は、ユウキに話し掛ける。
アルファ「…悪い、今から一瞬、ノーチラスと会ってくる。先帰っといてもらえる?」
ユウキ「じゃあ先にお風呂入っててもいい?」
アルファ「オーケー、んじゃまた後で」
ユウキ「ん」
ユウキと別れた俺は、急いで待ち合わせ場所に指定した、第三十二層の転移門前へと急行する。待ち合わせの一分前に到着すると、そこにはノーチラスが既に突っ立っていた。
ノーチラスとユナは、今となっては最前線で活躍するトッププレイヤーである。ユナの歌声によるバフは、ボス攻略に置いて欠かせないものとなったし、FNC判定を乗り越えたノーチラスはディーラーの中でも一段上の力を発揮している。
なんとヒースクリフが、厚かましいことにも血盟騎士団に再オファーしていたのだが、ノーチラスは断っていた。その時の決め文句、僕には守るべき大切な人がいますから、は俺の中では伝説級だ。
もしかしたら、今からレベリングに励む予定があったかもしれないし、ユナとゆっくり過ごす時間だったかもしれない。故にこんな時間帯に呼び出すのも少々気が引けるのだが、一度はノーチラスの急な呼び出しに応じてやったのだ。これでおあいこ、といった所だろう。
ノーチラス「やあ、アルファ。今日はどうしたんだ?」
アルファ「ちょっとノーチラスに聞きたいことがあってな…」
ノーチラス「なんだよ?アルファが僕に聞きたいことがあるなんて、随分と珍しいな。明日は雨か?」
アルファ「明日は晴れてもらわないと困る…じゃなくて、えーっと…」
ノーチラス「歯切れが悪いなぁ…」
アルファ「……その、明日ユウキに告白しようと思ってるんだが…なんて伝えればいいと思う…?」
俺が意を決してそう言うと、ノーチラスは口をあんぐり開けて、それから口をパクパク動かしてから、ようやく声を出した。
ノーチラス「…え?まだ付き合ってなかったのか!?」
アルファ「もうその反応にもそろそろ飽きてきたぞ」
ノーチラス「いや、僕としては、この一カ月の間で一番驚くべき話だったよ」
アルファ「…それで、どう伝えればいいと思う?ここはその手の師匠にあたるノーチラスに伺おうかと…」
ノーチラスと出会った当初は、俺が師匠でノーチラスが弟子、みたいな関係だったというのに、今となってはノーチラスが師匠、俺が弟子、だ。そんな懐かしいことを思い出しながら、俺はノーチラスが何を助言してくれるのかを待ち続ける。するとノーチラスは、随分とあっさり答えを出した。
ノーチラス「あんまり難しく考えなくてもシンプルに、好きなんだと、それさえ伝えられたらいいんだ」
アルファ「…そんなもんなのか?」
ノーチラス「あぁ、そんなもんさ」
それから、俺はノーチラスにお礼を述べてから、ギルドホームへ帰宅し、ユウキがお風呂に上がってくるのを待って、お風呂に入ってから、直ぐに寝床に着いた。
楽しみな遠足、修学旅行理論、部活の大会理論で明日に緊張して眠れないかと思っていたが、意外にもアッサリ、俺は深い眠りについたのだった。
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ユウキ「アルファ~、もう朝だよ~」
アルファ「…んん…もうちょっとだけ…」
ユウキ「今日は観光するんじゃないの~?」
アルファ「…そうだったそうだった。今日は久々の休日だった。おはよう」
ユウキ「おはよう。今日は寝覚め良きだね」
いつの間にか俺の部屋に侵入してきていたユウキに、ゆさゆさと身体を動かされて、俺は微睡の中から目覚めさせられた。ユウキにいつも通り言い訳をしていると、そう言えば今日が、自分から観光しようと申し出た日であったことを思い出し、俺はベッドの上で飛び跳ねる。
ユウキは俺が完全に目覚めたことに安心したようで、俺の部屋から出て行った。俺は、あんまり適当な目覚めだと、そのまま二度寝三度寝に落ちてしまうことも珍しくない。そのせいで、いつもユウキには二度たたき起こされることがあるのだが、今日はしっかりと目が覚醒した。
俺は自室でいつもの装備に着替えてから、直ぐにリビングへ向かって行った。ユウキは、既に準備万端といった所だ。
アルファ「んじゃ、休暇を楽しむとしますか」
ユウキ「そうだね!リフレッシュしよう!」
ウキウキのユウキと共に、俺達は取り敢えず、いつもの食事処で朝食を済ませる。ここの定食屋は、鯖の塩焼きや唐揚げっぽいもの、カレーライス、おでん、うどんなど、日本人に馴染みの深い料理が楽しめる隠れた良店だ。
味は何処か本物とは違ったものだが、この店はそれで終わらず、それをこの店特有の味に昇華させている。俺もユウキも、朝から贅沢に野菜たっぷりの鍋焼きうどんを食べて、身体を温めてから観光にいざ出向いた。
俺が最初にユウキをエスコートした先は、第四十七層の主街区<フローリア>だ。攻略の日数の関係上、俺達はフローリアにはあまり滞在していなかったので、ここをゆっくり観光するというのは悪い選択肢ではないだろう。
フローリアは転移門の周りは見渡す限りの花畑が広がっていることが特徴的だが、主街区自体は大きな湖の中で構成されており、いくつもの島々に分かれている。その島ごとに花のテーマが設定されており、見る側が幾つの島を回っても飽きさせないよう工夫がなされているらしい。
…まるでハウステンボスだな、と俺は以前ネットでその画像を見たことを心の中で思い出しながら、ユウキと共に美しい景観を楽しんでいた。
ユウキ「…このお花って、食べられたりするのかな…」
アルファ「食い意地張りすぎだろ…」
ユウキ「料理の探求の為には、仕方が無いんだよ?」
アルファ「…そういうもんか…いや、絶対に違うだろ」
俺は料理スキルを持っていない。故にユウキが言っていることが本当なのかは分からない。だが、なんというか、俺の想定していた楽しみ方と違う気が…。まぁ、ユウキ本人が楽しそうだし、それでいいか。
しばらく、青色に染まった島や綺麗に黒一色の島などを歩いていると、甘い匂いのする出店を発見した。ユウキが、自然と早足にそちらへ向かって行く。
ユウキ「すいません!その綿菓子?一つください!」
アルファ「俺にも一つください」
俺とユウキは、看板に示されている金額を支払い、注文する。俺は、綿菓子は結構好きだ。あの甘い綿のような砂糖が、口の中で溶けていく感覚がたまらない。俺達が綿菓子を注文すると、オッサンは豪快に笑い掛け来た。
「はいよ!嬢ちゃんらはカップルなのかい?」
アルファ「いや──」
ユウキ「そ、そうです!だからおまけして欲しいなぁ~って」
「んじゃあ嬢ちゃんには、綿菓子一つ追加で上げようかな」
ユウキ「ありがとう!」
アルファ「…」
ユウキは、両手に綿菓子を抱えながら、俺は片手に綿菓子を持ちながら、その場を離れていく。どういう反応をすればいいのだろうか?俺は頭の中で困り果てて、何も言えなかった。
するとユウキが綿菓子を一つ食べ終えてから、申し訳なさそうに俺に言葉を掛ける。
ユウキ「…ごめんね…?」
アルファ「…いや、俺は構わないぞ。むしろその程度でおまけを掻っ攫えるなら、騙せるだけ騙してみるか?」
ユウキ「…そうだね。だったらまずは、形から入ろっか?」
アルファ「ちょ!?ユウキ!?」
そう言ったユウキは、俺の右手を自身の左手で掴んできた。俺はユウキのまさか過ぎる行動に、思わず肩をビクリと震わせてしまった。
…なんだなんだなんだ!?俺は何かを試されているのか!?俺が完全に頭の中でオーバーヒートを起こしていると、ユウキが少し真剣みの混ざった顔で俺に再び言葉を掛けてきた。
ユウキ「…嫌だったら、嫌って言って…」
アルファ「…嫌じゃない…」
ユウキ「…じゃあ行こう!」
ユウキが俺の瞳を見据えてくるのに耐えられなくて、俺が少し目を逸らしながら、そう答えると、ユウキは満面の笑みで俺を先導し始めた。
…ヤバい。今すぐ好きだって伝えたい。その笑顔をいつだって見せて欲しいって叫びたい。…落ち着け落ち着け。ハートは熱く、頭は冷静に、ホットハート・クールマインドだ。誰か偉い人がそれが人生を豊かにするのだと言っていた気がする。…今はまだタイミングじゃない。ディアベルが告白は夕暮れから夜の間がいい、って言ってただろ?
いったん冷静さを取り戻した俺はユウキと手を繋ぎながら、思いの外楽勝に行く先行く先のプレイヤー達を騙し続けた。広い主街区の景観を半分ほど楽しんだ頃には、お昼過ぎとなっていたので、俺はユウキに行きたい店はあるか?と訊ねた。
するとユウキは、さっき見たパンケーキ屋さんに行きたい!と元気よく答えたので、俺はそれに従ってユウキを先導する。店内に入って、席に着席するところで、ようやくユウキは俺の手を離した。まだ、彼女の温もりを感じていたいとは思ったが、それをここで口にはしなかった。
…パンケーキ、夜はガッツリ食べることを想定しているため、お昼ご飯としては悪くはないだろう。蜂蜜に似た甘いシロップをフワフワの生地にかけながら、クリームと一緒に頂く。ユウキが、美味しそうに食べているのを微笑ましく眺めながら、俺達は午後のプランを実行しようとしていた。一応、これから行く場所とかも考えていたけれど、ユウキがまだフローリアを観光したい、と言ったので、ユウキの希望を優先した。
それから、珍しい花を眺めたり、花の蜜を吸いに来たであろうチョウチョをユウキが素手で捉えるという離れ技をやってのけたり、俺がそれをマネして失敗し、ユウキに笑われたり、またまたカップル詐欺をしたり、緑の絨毯と呼ぶにふさわしい気持ち良い芝生の上でゴロゴロしたりと、ゆっくりと午後の時間を過ごした。
今日は冬だというのに、太陽の光が少し暖かく、冷たい風も出ていない観光日和な天気だった。陽が沈みゆく眺めを俺とユウキは並んで見惚れてから、晩御飯を食べに向かう。俺が案内した先は、第二十四層の主街区<シャリア>である。
ここには、是非ともユウキに食べてもらいたい…というか俺も食べてみたいお店がある。それは、ステーキが白米と一緒に食べられる神店だ。この世界のステーキ屋さんはどこもかしこもパンがセットで出てきて、白米と一緒に出てくるところが中々見つけられなかった。だが、ようやく白米とステーキを同時に楽しめる店をここシャリアで見つけ出せたというわけだ。
俺もユウキも、提供された豪快なステーキとそれに絡める濃厚なニンニクソース、そしてふっくらした白米にモーレツに感動した。瞬く間に食事を終えてから、俺達は二人で夜の街に出た。眠らない街という二つ名にふさわしく、シャリアの街は至る所が光で照らし出されている。
ユウキ「今日は楽しかったよ~…そろそろ帰る?」
アルファ「いや、まだ行ってない所があるんだ。付いてきてくれるか?」
ユウキ「うん!」
この街は、本当にどんな場所でも輝いている、と見せかけて路地は少し暗かったり、と何処でも輝いているわけではない。故に俺は知っていた。街の外れの高台は、真っ暗であることを。
俺はそちらへユウキを誘導し、高台を二人で登っていく。数分かけて登り切った高台からは、昼のフローリアに劣らず、色とりどりに輝く街の営みが広がっていた。
ユウキ「…絶景だね…」
アルファ「あぁ…中々いい景色だろ?」
ユウキが、街の輝きを越える煌びやか笑顔で俺に笑いかけてくれる。…もし、俺が今から何も言い出さなければ、この笑顔を永遠に眺めていられる…いや、それは違う。ここでビビってちゃダメなんだ。俺の中に迸る勇気を振り絞れ!
俺は、うるさい程に高鳴る心臓を抑えながら、俺の想いを言葉にする覚悟をここでようやく固めた。ユウキの瞳を見据え、慎重に、それでいてハッキリと言葉を放つ。
アルファ「…ユウキ…聞いてほしいんだ」
ユウキ「ん?どうしたの?」
アルファ「……俺は…その…ユウキのことが、好きです!もしユウキさえ良ければ、俺と、つ、付き合ってくれませんか!?」
…こんなんで良かったのか!?いや、大丈夫、俺が選んだ結果だ。何も悔やむことは無い。例え、告白の言葉を噛んでしまったとしても、告白の言葉が格好いいものじゃなかったとしても、俺は精一杯の気持ちをユウキの瞳から目を離さずに伝えた。
ユウキは、一度瞳を大きく開いてから、何も言い出さない。…おかしいな。ボス戦でも、自分の死を覚悟した時でも、これほどまでに一秒が長く感じたことは無い。心臓はドンドン鼓動を速めていく。何秒、何分、何時間経ったか分からないぐらいの沈黙が続いた。
そして、ユウキが遂に唇を動かした。
ユウキ「……あ、アルファ…ぼ、ボク…違…ごめんッ…」
アルファ「…ゆ、ユウキ…?」
不意にユウキは、口を手を、全身を震わしながら、俺に何かを伝えようとしていたが、結局それは言葉にならず、その大きな両目からボロボロと大粒の涙を溢れさせた。それを不審に思った俺が一歩ユウキの方へと近づくと、ユウキは俺を拒否するように二歩三歩後ろに離れる。
そしてユウキは涙を散らしながら、俺の前から逃げ出した。ユウキは高台を瞬く間に降りていくが、俺にはもうユウキを追い掛ける気力など残っていなかった。
…やっぱり、ダメだったのか…キリト達の見立ても当てになんねぇなぁ…いや、そもそもユウキにカッコいいとこ、見せたことなかったなぁ…いっつも情けない姿ばっかり見せてたなぁ…そりゃぁダメだ…。
ハハッ、と枯れた笑い声を上げながら、俺は虚空を眺める。さっきまではあれ程美しく見えていた街の輝きが、今となっては目にうるさくギラついてくるだけだった。
…振られるって、こんなにも辛い事なのか。こんなにも心が空っぽになるものなのか。あぁ、知りたくなかったなぁ…こんな気持ち…。すこし、酒場にでも寄って行こうかな。…今なら、ずっと苦手だったアルコールの美味しさが分かる気がするな。
俺はふらりふらりと、一歩ずつ無気力に高台を降りようと足を進める。だが、その時、ふと俺の耳元で、懐かしい声が聞こえた気がした。
──オイオイ、ここで諦めんのかァ?
──ユウキのこと追い掛けへんの?
アルファ「…俺は、もう…振られたんだよ…」
誰に言うでもなく、俺はボソリとそう呟く。だが、彼らの温かな声は物語の続きを欲していた。
──まだ返事聞いてへんのちゃうん?
──オレ様が譲ってやったんだぜ?ちゃんと最後まで走り抜けよ
俺の背中を、何かが優しくトン、と叩いた。…あぁ、分かったよ。最後に返事だけちゃんと聞きに行くよ…。俺は、ユウキが駆けた場所に向かって走り出した。
────────────────
走る。走る。ひたすらに走る続ける。街は何処を行っても輝いていて、だけど今は暗い所に居たくて、ボクは街中を駆け続けた。街行く人はボクを見て、怪訝そうに、あるいは心配そうに、もしくは不思議そうにしている。だが、ボクはそんなことは一切気にせずに街を駆け抜けた。
辿り着いた先は、光の当たらない薄暗い路地裏。その突き当りでふらりふらりと、ボクは地面に両手をついた。しばらく時間が経ったはずなのに、未だにその両目からは涙が絶え間なく流れ出してきて、視界は涙で滲み歪む。ボクはそのまま、胸から溢れ出す感情のままに泣き続けた。
どうせ、胸の内に秘めたこの気持ちを伝えることが無いのなら、せめて今日だけはと、アルファの手を取った。周りには、ボク達は相思相愛のカップルに見えていた。アルファの温かさをこの手で触れられた。ボクはそれで充分だと、それだけで満足しようとしていた。
でも同時に、本当は、ボクがアルファの手を掴んだその時、ボクはアルファに否定されたかった、拒否されたかった、嫌だと言って欲しかった。だってそうしたら、自分の気持ちに望みはないのだと、諦め切れたのだから。
…いや、それでもきっとボクは諦めきれなかったはずだ。かつてボクは、アルファに、俺達は恋人には見えないと言われたはずだった。だからボクは、アルファに否定されようとも、恋心を抱き続けていたはずだ。
…なのに、彼は、ボクのことを好きだと、そう言った。嘘だ。彼がボクを好いてくれているはずがない。だって、彼自身もボクのせいで、その心を擦り減らしてしまったことを理解しているはずだ。そんな人間をどうして好きになれるのだ。これは都合の良い夢なんだ。ボクの願望が集約された妄想なんだ。
だけど、胸に渦巻く支離滅裂な感情の痛みが、これが紛れもない現実であることを教えてくれる。…あぁ、受け入れたかった。彼の好意が、噓偽りのない真実であるというのなら、ボクは全力で答えたかった。何の迷いもなく伝えたかった。ボクもあなたが好きなのだと、あなた以上に恋い慕っているのだと。あなたの魅せる全てがボクの心を射止めているのだと。
だが、ボクは彼の前から逃げ出した。耐えられなかったのだ。己の内に潜む、本当の感情に気が付いてしまったが故に。…逃げた。気持ちを伝えずにその場から消えた。もう、彼との関係修復は望めない。…明日からどうしようか。あんなにも楽しかった日々は、こうも一転して絶望に叩きつけられるものなのか。
路地裏の隅で、独り顔を抑えてすすり泣いていると、カツン、カツン、と誰かの足音が響いて来る。…誰かではない。その足音だけでも誰だか分かる。ボクの好いてやまない人の足音だ。やがてその足音は近くで止まり、彼の柔らかい声が聞こえてくる。
アルファ「……ユウキ…その、まだ…返事聞いてなかったから…」
ユウキ「……」
アルファ「……もう一度言う、俺はユウキが好きなんだ…聞かせてほしい、ユウキの返事を…」
…彼が傍にいてくれるだけで、自然と涙は止み、途端に心は温かくなった。
…いや、きっと彼なら、ボクのいる場所まで駆けてきて、ボクに優しい言葉を掛けてくれると心の何処かで信じていたのだろう。彼の優しさに甘えていたのだろう。彼がいない場所まで逃げ出したかったのなら、フレンドの位置が分からなくなるダンジョンにでも行けばよかった。
…やっぱり、ボクの心の根幹は卑劣で醜悪なのだ。だけど、そんなボクを、彼は好きだと、今一度ボクに伝えてくれた。…内側から想いを封じ込めてしまおうと意気込んで、何とか最終ラインは守り切っていたのに、外からの衝撃には弱すぎた。
──ユウキが好きだ。彼の口から発せられたその言葉だけで、もうボクの心に限界が訪れる。そしてその爆発する想いを曝け出すように、ボクは叫んだ。
ユウキ「……好きだ…好きだ…好きだ!ボクだってアルファのことが好きだよ!アルファの笑顔、アルファの笑い声、アルファの気遣い、アルファの優しさ、アルファの匂い、アルファの弱い所、それでも立ち上がろうとするアルファの強さ!全部全部好きなんだ!どうしようもない程にアルファのことが好きだよ!…………だけど、ごめん…」
…ボクは、アルファとは付き合えない。そこまでは言葉に出来ず。口を閉ざしてしまった。
アルファ「…どうして?どうしてダメなんだ…?」
…あぁ、それを彼に伝えられたら、ボクはどうしてこれほど辛い思いをする必要があっただろうか。ボクはアルファに罪を背負わせてしまった。アルファにオウガを殺した責任を理不尽に追わせてしまった。アルファに人を殺しの楔を打ち込んでしまった。
だからこそ、その罪の認識と罰を欲する心が、彼と関係を昇華させることを拒んでいる──
──のではない。ボクは彼に想いを伝えられた時、気が付いてしまったのだ。そんな罪と罰の意識など、己の輪郭に後付けされた、ただの上っ面でしかないのだと、ボクが本当に恐れているのもは、自分自身にあったのだと。
…ボクは、後何年生きられるのだろう。パパやママ、姉ちゃんが死んでしまった以上、バイオクリーンルームに入ったとはいえ、ボクも長くてもあと二年三年ほどしか生きられないはずだ。
…嫌だった。これ以上大切なものを増やして、死んでしまうその瞬間に未練を残してしまうことが、存在するだけで周囲に多大な迷惑を掛けてしまう自分が、己の幸せの為に動き、まだ生きたいと願ってしまうことが、どうしようもない程に嫌だった。
そして、ボクは、健全な身体を持った健康体であるアルファとは違って、防塵室から一歩も出られない、窓にさえ触れられない異常な人間であるのだ。そんなアブノーマルな人間であるボクが、これから先、ずっと長く生きていられる普通の人間であるアルファの人生の1ページでも無駄にしてしまうことが怖かった。
だからこそ、ボクなんかが、彼を受け入れる資格など無いのだと、ボクは理解し、逃げ出したのだ。ボクがずっと、黙り続けても、彼は変わらずボクの瞳を捉え、真剣な眼差しで見つめてくる。
…言わないと、彼は納得してくれない。ならば、伝えよう。
ユウキ「……ボクは………いつ死ぬかなんてわからない…一か月後…ううん、明日にでもこの世界から消えてしまうかもしれない…だから、そんなボクが、アルファの気持ちを受け入れて、自分も幸せになる資格なんて無いんだ…だから、アルファの気持ちには答えられない…ごめん…」
──勇気が、出なかった。故に、一番大事なことは伝えられなかった。ボクがそう言い終えると、アルファは至って真剣な表情でボクに言う。
アルファ「…いつ死ぬのかが分からない、それは俺だって、この世界に生きる誰もが、だろ?例えば、モンスターに殺されなかったとしても、現実世界でナーヴギア外されただけで、俺達は簡単に死ぬ…それに、幸せになるために、資格なんて要らないんだ。幸せを掴めるかどうかは、その人が一歩前に踏み出せるかどうか、その違いだけだ…」
ユウキ「…資格…なんて、いらない…?」
アルファ「そうだ…俺は、一歩踏み込んでユウキと幸せになりたいと願った。後はユウキも、一歩踏み込んでくれないか?…情けないな、告白の舞台で好きな人に願いを乞うなんて…。だけど、どれだけ情けなくても、見苦しくても、俺はユウキと、今までよりももっと近くで一緒に居たいんだ…俺の手を掴んでくれ」
アルファは、若干苦笑いしながら、地べたに座り込むボクに、手を差し伸べてきた。幸せに資格なんて要らない。彼は確かにそう伝えてくれた。そして彼は、この世界においてはボクもアルファも誰であろうといつ死ぬのかなんて分からない。そうも教えてくれた。
…これは詭弁なのかもしれない。いや、詭弁でしかない。己の複雑な気持ちを正当化して、誰彼のことも考えずに、後から迷惑を掛けることとなると分かった上で、己の中に潜んでいる、彼と一緒に歩きたいという欲望に忠実になるだけだ。
この世界にいる限り、ボクは周りの人間と何ら変わらず外を歩き、好きなものを食べ、語り合うことが出来る。故にこの世界の中だけでは、ボクは普通の人間として在れるのだ。
…あぁ、せめて、この城に囚われている夢の中だけでも、ボクは、彼の隣で歩いていたい…。ボクはいつの間にか俯いていた顔を上げて、アルファの瞳を見据え、震える声で唇を動かした。
ユウキ「……ホントに…ボクなんかで、いいの…?」
ボクがそう訊ねると、彼は真剣に答えをくれる。
アルファ「ユウキじゃないと、嫌なんだ」
…胸が痛い…動悸が止まらないんだ。その言葉だけで、ぐちゃぐちゃに崩れ落ちた心模様が嘘のように喜びだけで満たされていく。そしてボクは、ようやく己の気持ちを、前に進むための言葉に変えた。
ユウキ「…アルファ…好きだよ…改めてよろしくね…」
アルファ「あぁ…俺もユウキが好きだ…これからもよろしくな…」
ボクは差し出されたアルファの手を、離さないようしっかりと掴んだ。
第六十四話にして遂にようやく、無事に?アルファとユウキは恋仲へと関係を発展させましたとさ。
さてさてこの先どうなるんでしょうね?
では、また第65話でお会いしましょう!